エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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第5話 逃走と新人

武内君から焦った声で電話が来て1日が始まった。

「勘太郎さん、明日テレビに出られませんか?」

「出られません」

「そこをなんとかお願いしたいんです、お願いします」

「明日は体育の授業でマラソンがあるんでぇ~休めないっていうかぁ~」

「この間出したCDの反響が凄いんです、首に縄打ってでも引っ張ってくんのがお前の仕事だろって社内で無茶苦茶に言われてて……」

「メディアに露出したくないって言ったら、それでもいいよって言ってくれたから契約したんですけどぉ〜」

「それは契約書に書かれていませんので」

電話は切られた、大分切羽詰まってるらしいな。

そういえば数日前の学校の昼休みにも放送部が俺が歌ったビートルズの『抱きしめたい』を流してたなと思いながら、世界に俺の前世の音楽の種が撒かれた事を嬉しく感じていた。

 

 

 

 

 

もちろんテレビなんか出る気ないので、翌日の今日は学校サボって楓の実家の寿司屋で寝っ転がりながらテレビを見ていた。

昼営業は親父さんの手伝いで寿司握ったりして、常連さんに「よっ!二代目!」なんて言われちゃったりしてなかなか愉快な時間を過ごしていたのだが、楓の母がチャンネルを回した時に俺の心は凍りついた。

28時間テレビがやっていたのだが、画面の右上の方に『この後2時間後、「Not Enough」の「KTR」登場!』と書いてある。

Not Enoughは俺の出したCDで、KTRは俺がクレジットに出した名前だ。

登場しねーよ、と思いながらもバクバク拍動する心臓を抑えていたのだが、瞬間、寿司屋の玄関がバンバン叩かれた。

「誰でぇ、準備中って書いてあんのによ」と立ち上がる親父さんを横目に見ながら、俺は庭側のサッシを開けキティちゃんのスリッパのまま壁を乗り越えて逃げ出した。

と言っても行くところなんか限られている。

とりあえずタクシー拾って美波の家に転がり込んだ俺は、専業主夫のおじさんに心配されながらも汗を落とすためにお風呂をいただいていた。

おじさんには「だれか来たら僕は飯屋きらりへ行ったと言ってください」と言ってあるので、ある程度時間は稼げるはずだ。

風呂にそなえつけのテレビをつけてみると、右上には『この後1時間後、「Not Enough」の「KTR」登場!』と書いてあった。

あと1時間待てば企画終了で俺の逃げ切り勝ちだ。

安心しながら一息つき、風呂のちいさな窓を見上げると、窓から手がズボッ!と入ってきた。

大きな手だった、武内君の手だ。

俺は急いで服を着込み再び脱兎となった。

 

とにかく走りに走った俺は、体力が尽きかける前に見知らぬボロい文化住宅に駆け寄った。

一番手前の部屋を強くノックする、いない。

次の部屋を強くノックする、いない。

次の部屋はノックする前に、酔っ払った女が顔を出した。

「らーりぃ?新聞?うひはいらはいから」

俺はドアにつま先を突っ込んで無理やり押し入った。

「りょ、料理させてくんなっ!!」

ひるむ女の横をすり抜けると、もう一人いた女が出すには早いこたつで手酌で飲みながら28時間テレビを見ていた。

右上のテロップが『この後5時間後、EDに「Not Enough」の「KTR」登場!』に変化していた。

奴ら逃さねぇ気だ!!

「料理!料理だけしたら出て行くから!」と女に言うと、完全に酔っぱらってるのか「肉!肉!肉がいい!」とこたつで再び飲み始めた。

冷蔵庫に残っていた賞味期限の怪しい鶏肉と冷凍庫に入っていたガチガチの豚バラ肉のパックを取り出し、鶏肉は筍を混ぜてつくねにして、豚バラ肉はレンジで解凍をかけながら鍋の用意をする。

最低限の調味料だけを使って薄味に調整し、解凍の終わった豚バラ肉を味付けして桂剥きした大根で丸く包んで鍋に入れた。

肉の真ん中には棒状に切った筍も入れて食感を変えると共に強度を上げてある、寿司の大根巻きの肉版だ。

つくねも入れてひと煮立ちさせ、こたつの上に置くと「おおっ!鍋が降ってきた!」と酔っぱらい2人は嬉しそうに鍋をつつき始めた。

俺もしれっとこたつに入り、妙齢の酔っ払い2人が絡ませてくる汗ばんだ足の感触をしばし楽しんだ。

 

「でさー、巡査なんかもう人権ないって感じでさー」

見ためは中学生なのに今年23歳だというおまわりさんの片桐早苗さんの話を聞きながら「すごいねー中学生なんだー」と同じ事を言い続ける年齢不詳の童顔ジャージ女安部菜々さんのウザ絡みを受け流し続けている。

すでにテロップは『この後2時間後、EDに「Not Enough」の「KTR」登場!』に変わっていて。

ようやく逃げ切ったかな、と思った所で男の力強い手で両脇をガシっと掴まれた。

心臓が止まりそうなぐらい驚きながら上を見上げると、顔面蒼白で汗ダクダクの武内君が俺を見下ろしていた。

「勘太郎さんのあ、iPhoneの……クローンを……新田美波さんが作っていたので……ようやく捕まえる事ができました……」

俺は机の上に置きっぱなしのiPhoneを見て、武内君の顔を見た。

今度は逃げることができなさそうだ。

おまわりさんとジャージ女は俺によっかかって爆睡していた。

 

俺は角の丸い12弦のリッケンバッカーを持たされてステージ裏に立たされていた。

衣装合わせをする時間もなかったので、服装は28時間テレビのTシャツとアロハ柄の半ズボンにスタッフから借りたポンプフューリーだ。

武内君の情けで顔を隠すのにデストロイヤーのマスクだけはつけてもらえた。

「武内君も一緒に出るんだよね!?」と振り返ってみると、武内君は大の字になって失神していた。

9月とはいえこのクソ暑い中を1日中走り回ったんだ、当然の結果だった。

俺は『KTR!KTR!』と死にたくなるようなコールが響く中、シールドも繋がっていないギターを掻き鳴らしてビートルズの『抱きしめたい』を歌うことになったのだった……

 

 

 

顔から火が出そうなステージが終わり、リハも何もなしに歌った割には結構盛り上がったらしくて帰りには「次は特番組むから」なんて言われて家路についた。

酒飲みロリコンビの家にスマホを忘れてきたが、いいんだ。

俺はクローンの作れないAndroidに乗り換えるから……

 

 

 

 

 

酒でも飲んで忘れたい日は過ぎ去り、今日は酒飲みコンビの2人が閉店後の飯屋きらりに来店していた。

「いやー、あの鍋食べた時はただものじゃないと思ったんですよね~まさかレストランの店長さんとは……」

となぜか名札付きのエプロンドレスを着ている安部菜々さんが言い。

「こないだも言ったけど、あの時の事はないしょにしてね。酒飲んだ警官が男子中学生連れ込んだとかほんとやばいんだから」

と顔には似合ってないがボリューミーな身体にはとても合っているボディコン衣装を着た早苗さんがぶつぶつ言う。

部屋に忘れていったiPhoneから俺の自宅に連絡してきてくれたので、あの日のお礼も兼ねてご飯を御馳走することにしたのだ。

営業中は提供していない酒を二人にお酌し、焼き鳥を焼けるはしから出していく。

「うまっ!これどこの鳥よ?」

「ないしょだよ」

ほんとはスーパーの特売品だ。

「このつくねはほんと日本酒に合いますね〜」

「はい、とん平焼き」

「おおっ!酒呑み心がわかってるわね〜」

「いただきまーす」

 

「店長〜こっちもとん平焼き〜」

「この焼酎、ラベルがないけどどこのかしら?」

「ラベルがあるとくラベルからでは?」

今日はめったにない機会ということで、店員達も残って酒を飲んでいる。

男二人は酒を一杯飲んだところで嫁さん達が回収していった、夜遅くに男が深酒して帰るのは色々と危ないからな。

ここらへんは男女比のせいか前世とは逆だ。

俺のお目付け役としては楓がやってきて和久井さんと佐藤と同じテーブルで飲んでいる。

三船嬢はなにやら料理を勉強したいとかで俺の横で手伝いをしてくれている。

ちょいちょいメモを取っているようだが、俺のレシピは全部食べログ由来だぞ。

 

「浪人も二浪目からは周りの視線が違うので……」

「わかりますよ〜地下アイドルも3年目からは別ジャンル扱いですよ〜」

 

「それで親から資金を援助してもらって、起業した次の月にリーマンショックがきたの」

「企業を起業したのに職を失ってショックだったんですね」

「かと言って公務員も安泰とは言い難いのよね〜」

女達はいつの間にか全員カウンターに移動してきて、姦しく喋り続けていた。

 

「え〜、冷製めんたいパスタ」

もう何皿目かもわからない料理をカウンターに置くと、早苗さんの手がパスタの皿じゃなくて俺の手を握った。

ふにゃ〜っとした声でヨレヨレの抱きしめたいを1小節だけ歌って、早苗さんはニコニコ笑顔のまま気絶するように寝落ちした。

「完全に酔いつぶれてますね……」

ちょっとムスっとした楓が一発早苗さんの頭をはたいてから、冷製めんたいパスタを食べ始める。

「でさ〜」

と何事もなく話は再開され、俺もまた料理に戻るのだった。

 

深夜一時前の事だろうか。

俺と三船さんがデザートのワッフルを焼いていた時に菜々さんが大声をあげた。

「ええっ!?この店って服装自由なんですか!?」

「そうよぉ〜あらしもっと調理服が可愛くってもいいとおもうろよ……」

「はいはいはーい!店長!あたしここで働きたいですっ!」

「採用担当は和久井さん」

「採用!」

と和久井さんが即答しながらアスパラの肉巻きを挟んだ箸で菜々さんをビシッと指し示し、そのまま意識を失った。

後で片付けてみたら、この日は呑みも呑んだり11本、5人で買ってきた焼酎と日本酒をほとんど全部開けてしまっていた。

 

結局店員募集に応募してきたのは酔っ払いの菜々さんと、なぜかしれっと履歴書を持ってきた千川さんだけだった。

親にはOLをやっていると嘘をつきながら、派遣フリーター兼売れない地下アイドルをやっている事が判明した安部菜々さんはまさしくエクスペンダブルズにふさわしい人材だ。

一方千川ちひろさんは前途有望な二十歳で法学部な超高学歴大学生だ。

「大学を辞めてでも!」と意気込む彼女には申し訳ないが、俺が物言いをしてお断りさせてもらった。

あまりに食い下がるので「大学を卒業したらもう一度考える」とだけ言って勘弁してもらった。

あの人はグイグイ来すぎて正直怖い。

 

 

 

 

 

 

新しい人員を1人増やして行われた飯屋きらり1周年イベントは大盛況のうちに行われた。

 

初日に行われた高峯きらり嬢によるスピーチには従業員一同と常連客から熱い拍手が送られ、きらりは恥ずかしがってアルミのマイクスタンドを10回折り畳んで退屈な子供が遊んだあとのストローのようにしてしまった。

 

新メニュー唐揚げ丼はもちろん売れたが。

イベント限定メニューとして日替わりで出した辛さ10倍カレーやおでん系おでん定食やシチューうどんやソーセージの入ってないソーセージドリアや色付きロシアン餃子は予想の倍ほどに売れ、うちの姉以外からは大好評となった。

いつでも唐揚げが食えるぞとうちの姉に話したら「姉心がわかってない」と脇腹をつねられた、納得がいかない。

 

フリフリのエプロンドレスで自らを『ウサミン星人』と称して給仕をする安部菜々(2X)は皆から生暖かい目で見守られ。

菜々さんに当てられたのか腋丸出しの服で自らを『しゅがぁはぁと』と称してカレーを盛る佐藤心(21)は和久井さんに店に親を呼ばれて涙目になっていた。

 

ニート本田の考えたポイントカードはぼちぼちな勢いで飯屋きらりTシャツやマグカップと交換され、それらがなくなってから初めて高峯きらりグッズと交換された。

「きらりが将来アイドルにでもなったら激レアグッズだぞ」と客には言っていたが、皆「はは……」と愛想笑いをするだけだった。

 

小太り女子小学生の常連だけが「きらりちゃん可愛い〜」と言いながら嬉しそうに高峯きらり写真集を交換して帰った、いい子だったからきらりの歌のCDもあげた。

 

忙しくも充実した1ヶ月が過ぎ去り、俺は長い人生で初めての印税というものに対面することになるのだった。




抱きしめたい=I Want To Hold Your Hand
KTR=勘太郎
姉=高峯のあ
小太りの女子小学生=お菓子が好き

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