エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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新年早々出張を二発食らったので、短い話で刻んでいきます


周囲の反応1

吉川 (36) 会社員の場合

 

会社の近くに飯屋ができた。

オシャレなカフェでもチェーンの牛丼屋でもない、まさに飯屋といった風情のアルミサッシの引き戸の入り口。

開店したばっかりなのにもう汚れている気がする赤い暖簾には子供が書いたような文字で『きらり』と入っている。

入り口横のメニュー表には『カレー』の文字のみ。

そういう店が大好きな課長に、お昼に営業一課のみんなと一緒に連れてこられてしまった。

「しかし、カレーだけってのはどうなってんだろうな」

そんな店に我々を連れてきた張本人の課長が行列に並びながら言う。

「よっぽど自信があるのかもしれませんよ、カレーの有名店から暖簾分けされたんじゃないんですかね」

「それならカレーショップとかなんとかカレーとかつけないか?大体カレーの有名店なんか聞いたこともないぞ」

「近頃は意外とありますって、何でもかんでも専門店化してんですから」

同僚たちのくっちゃべりを聞いていると、ようやく我々の番が来た。

先頭から順に食券を買って席に座らされ、FM放送のかかる店内で新人らしい店員が忙しく動き回るのを見ながら何ともなしにカレーを食べた。

 

その日の仕事は定時に終わった。

昼飯の後は誰一人カレーの話をしていないのに、なぜか全員一言も話さぬまま昼間の店へ向かっていた。

昼よりも明らかに伸びた行列に無言で並びながらカレーを待ち、FM放送を聞きながらカレーを食べた。

店から出て駅へ向かうと、会社の前で課長を含むうちの課の数人がたまっていた。

挨拶をしようと近づくと、課長に「美味かったよな」と聞かれ「美味しかったです」と答えた。

その後総務の若手が通りかかったので、彼らを伴ってもう一度飯屋に行った。

カレーは美味かった。

 

 

 

 

西野 (22) フリーターの場合

 

近所にコンビニがあるのは幸せだけど、電車で行ける場所に美味しい店があるのはもっと幸せだと思う。

今日はバイトを休みにしていたので、朝から近所の公園でラジオ体操に参加してきた。

そのまま公園の鉄棒で無意味に懸垂をしたりして身体をいじめ、3駅向こうの飯屋きらりに向かって歩きだした。

朝から水しか飲んでいない私はふらつく体をなんとか動かして、いつもの倍はある行列に潜り込んだ。

今日はきらり常連待望の新メニューお披露目の日、ネットでは今日は子供店長が調理するんじゃないかって話題になっていた。

前に並ぶ二人連れのお客さんもその話をしているみたいだ。

「癪だが、あの店長がいる時は味が別次元だから期待せざるを得ないんだよ」

「噂では中学生らしいけど、普通に昼間からいることあるよな」

「どうせ中学なんか行ってねぇだろ、あんな若いうちからあんだけ料理上手くて他に何か勉強する事あるか?」

「ムカつくけど、料理だけは本物だからな……」

「こないだ店まですげぇ美人に車運転させてたらしいぞ」

「マジかよ、くそっムカついて腹減ってきた……新メニューたいしたことなかったら掲示板でボロクソに叩いてやるからな」

子供店長の妬まれっぷりに若干引いていると、店員さんが注文を聞きに来た。

特別メニューが出る日はいつも開店前にこうやって聞きにくるのだ。

「今日は新メニューあるんだけどカレーとどっちにする?僕的には新メニュー結構アリかなって思うんだけど」

ヒョロヒョロしたチャラ男ことヒモさんが絶妙にウザい喋り方で聞いてくる。

男の店員さんは二人いるんだけど、お互いにニート君、ヒモ、と呼び合ってるから客もこっそりそう呼ぶようになった。

「新メニューって何ですか?」

「それ聞いちゃう?でも駄目、それ言っちゃうと店長が怒るから。僕は別にいいかなって思うんだけどね、店長若いから仕方ないよね。楽しみ邪魔しちゃ悪いからね」

「あっ……じゃあ新メニューの方、大盛りで」

ヒモさんは不敵に微笑みながら次の客へと移った。

 

新メニューは豚の角煮丼だった。

ホロホロになるまで煮込んだ豚が、謎の甘い汁のかかったご飯の上でとろけてこの世のものとは思えぬ美味しさだ。

麻婆豆腐丼を食べるときみたいにレンゲでかっこみ、味の染みた煮卵から今日限定の店長特製杏仁豆腐まで堪能した。

 

 

 

いくらでもいけちゃいそうなぐらい美味しかったけど、今日は新メニューは一杯でお願いしますってニートさんに言われて後ろ髪を引かれながらも店を出た。

きらりに来た日はいつも帰りが辛い……

私は大きくなったお腹を抱えて、三駅分の道のりを歩き出したのだった。


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