「ふむ。我を語り手に選ぶとはよくわかっておるではないか。それはそれとして、いつまで我を音楽準備室のこんな薄暗い狭い空間で待たせるのかと・・・ん?その喋り方は需要ないからやめろだと?何を言っておるのだ八幡!我が我としているためにはいつもと同じ言葉を使わなければ・・・え?雪ノ下嬢からの伝言?・・・は、はははは!面白い冗談だな八幡よ。そんな虚言に惑わされるほど我は落ちぶれてはおらぬ!!我は己の信念を貫・・・こ、この気配!?・・・お、お主は、ま、ままままさか、本物のゆ、雪ノ下嬢!?・・・い、いえ、そのこれは、なんていうか、ははは、いえね?ちょっと、ほんの少し、フランクな喋りをしたほうが、読み手にも伝わりやすいんじゃないかなって思いまして・・・え?フランクの意味を履き違えている?わ、我のはその逆?・・・はい・・・はい・・・これはしたり!・・・いえ、あの、つい癖というか、いえ決してあなたの意に背くわけでは・・・はい・・・いえ、あなたの目をみるとか本当に勘弁してもらえませんか・・・はい・・・ほんとすみませんでした・・・・・・ゴラムゴラム・・・ふぅ、やっと行ったか。さて、では気を取り直して、ついに、我が主人公の物語を話そうでは・・・ん?雪ノ下嬢と電話が繋がってるからバレてる?今度はガチでぶちギレ寸前?・・・今度こそちゃんと喋るのでやらせてくださいお願いします!!・・・・・・ごほん。それではご聴講いただこう。あの堕天使との出会いの話を・・・」
とある水曜日の放課後。生活指導の平塚女史に先日再提出した現代国語の課題のことで呼び出された折、思い出したかのように僕の進路について聞かれたことが、全ての切っ掛けであった。
「わ、我、い、いえ、ぼ、僕の進路で、でででですか!?」
いつもに比べるとうまく言葉を発声できた気がする。いや自惚れかもしれない。僕は昔から女性と話す経験が全く無いので近くにいることすら照れくさく、そのためか女子の近くだと顔は赤くなり汗まで出てくるのが常で、しかも性別に関わらず相手に嫌われることを怖がっているので、そもそも自らオートに相手を避けてしまうヘタレオブヘタレの僕にとって、目の前の見目麗しい平塚女史のような人を直視しながら喋ることなどできるはずがなかった。
事実、現在我は彼女の向かいの丸椅子に座っているのだが、この言葉も職員室の校庭側の窓を見据えながらのものである。しかも平塚女史は、僕の目を真っ直ぐに捉えてくるので、口から出てくる言葉をなんとか意味が通じる形に保つので精一杯だった。まあ相手が同性であったところで相手に通じる形のコミュニケーションができるかは明言を避けるが。
この生活指導を受けるようになって最初に言われたのは僕は自意識が強すぎて、一言でいうなら自惚れているそうだ。事実、人はさほど他者について関心をもっていない。だから本当なら多少間違えても問題になることはない。だから気にするな。ということで話が終わるのなら苦労はないのだがね。と平塚女史は言っていたっけ。僕がそんな以前のことに思いを馳せていると彼女は言葉を返してくれた。
「・・・君はいつもそんな態度で話すが、そろそろ慣れてくれてもいいと思うくらいには言葉を交わしている筈なのだがね」
そう言いながら平塚女史は苦笑いを浮かべてため息をつく。僕のことでいつもいつも本当に申し訳ない。昨年入学してすぐ、僕のこの状態にクラス担任が白旗を挙げてから、生活指導である平塚女史には定期的に相談に乗ってもらっている。
その成果が冒頭の台詞なのだ。他者の理解を得ることなど難しいことは百も承知ではあるが、これでも最初の状態に比べるとかなり改善されたのだ。なぜなら、最初は平塚女史と向かい合って椅子に座ることすらできなかったのだから。
だから、どもりながら詰まりながらも、なんとか自分の伝えたいことを形にできるだけで、大きな一歩なのだ。他者からみれば小さすぎて誤差みたいなものだと自分でも思う。まあ、会話らしい会話は未だに成立したことがないんだがな。
「ひ、平塚女史に、には、いつもそそそ相談にのってもらっているのに、も、申し訳ない」
「あぁいや決して謝罪してほしいつもりで言ったんではないんだ。すまん失言だな。私の力不足を痛感しているというただの愚痴といったところだ。忘れてくれ。ほら?これでも食べて落ち着いたらどうだ。ある生徒からの大量に貰ったので配っていたところだ。あぁ見た目はあれだが味は保証しよう」
「は、はぁ」
ここで否定の言葉を重ねるのはなんとなく正しくない気がしたので曖昧な返事を返す。こういう具合が悪い時にはお茶を濁す自分が嫌になる。なにか思いついても、この状態で、うまく伝えられる気もしないが。何とはなしに平塚女史に渡されたクッキーの小袋を受けとる。
ふむ。なかなか美味しいではないか。クッキーに夢中の僕をみかねてか、僕の煮え切らない態度をみかねてか、平塚女史は「冒頭の質問は少し後で改めて話そう」と前置きをして、少し眉をしかめて躊躇いがちにであるが、狙いすましたかのように、僕の痛いところに踏み込んできた。
「・・・風の噂で聞いたところによれば、なんでも君は、独特の喋り方というのか、時々、急に饒舌になることがあると、あぁそういえば中二病というのだったかな。その状態でなら、良し悪しは別にしてコミュニケーションをとれるらしいのだが、これは事実かね?」
「・・・」
「沈黙は肯定と捉えたいところだが、答えたくないことなら答えなくても構わん。だが私が思うに、もしこれが事実なら、これは君が抱える問題の根本的な解決の糸口になるのではないかと思うのだがね。まぁこの話には落ちがついていて、同性に対してしかうまく使えないようだが」
平塚女史はくつくつと音にならない笑いを押し殺した後、もう冷めてしまったであろうコーヒーを口に運ぶ。
「あぁ誤解しないでもらいたいが、決して君のその状態を否定するためにこんな話をするわけではない。そのような仮面を誰だって持っているのだから」
ここで言葉を切って僕の方を向く。いや見られても困るのですが。固まってしまったまま思案していると、僕が黙っていることを肯定の意と受け取ったのか、平塚女史は軽く頷く。一度頷いた後、ゆっくりと彼女は自身の手に持つコーヒーカップに目線を落とす。
なんとなくだが、あのセリフは僕だけに向けたものではないような。勘違いかもしれないが、それでも、そんな風に勘違いしてしまうくらいには、この人と言葉を交わし、一緒の時間を過ごしてきたのだ。たぶん。漠然とではあるが、冒頭の彼女のセリフを自然と肯定できるような気がした。
「とはいえ、君が持っているものは、周りの者からしたら少々度肝を抜かされる部類のものだろう」
「う、そ、そ、そうですね・・・」
正直言えば否定したいところだが、正直、まだ平塚女史の言葉を理解しきれていない気がして、まだきちんとした否定も肯定もできそうになかった。だからやっぱりこういう反応になってしまう。
そんな僕の反応をみて、彼女は少し逡巡するような態度を見せたが、それも一瞬ですぐに表情を引き締めた。
「さて、冒頭の質問に戻ってもいいかね?君の将来について、教えてくれないか。なーに焦ることはない。ゆっくりと話してくれればいい」
「じ、じつは、ぼ、我は・・・小説家になりたくて」
「ふむ。率直にいって、君は現国の成績はそんなに悪くないがそれほど良くもない。それでも目指したいのか?」
「・・・はい」
「そうか」
僕の肯定に短く返してきた平塚女史は満足そうに頷くと、自身の左手の時計をチラッとみる。なにか予定でもあるのだろうか。
「君は小説の原稿を書いているのか?」
「は、はぁ、まぁ、一応」
「それでは、これまで誰かに批評を受けたことは?」
「あ、ありません・・・」
インターネットで公開して批評を受けることを考えたこともあるけど、ああいった手合いの人は匿名だからか容赦がなく、僕のメンタルが致命的なダメージを受けることは想像に難くないので踏み出せないでいる。
もちろん持ち込みする勇気もない。なんて自分はヘタレなんだと凹んでいると平塚女史はそんな僕に希望の光をもたらす。
「なら、明日にでも奉仕部を訪ねてみればいい。体育の時間でよく一緒になっている比企谷も入っている部活だ。部長はもちろん、もう一人も優秀な生徒だ。君のその将来の夢に向けた作品について的確なアドバイスをくれるだろう」
「え?そんな部活が・・・でも八幡も・・・わかりました。それは、どうも・・・あり、ありがとうございます」
八幡がいるのならたしかにお願いできるかもしれない。よし、明日行ってみることにするか。決意を新たにしていると・・・平塚女史はここまでくればもう一つ済ませてしまおうと言わんばかりに、いつもの生活指導を申し出てくれた。だが、今日はいつもと様子が違った。
「・・・そろそろ外堀を埋めるのもやめにしようか。時間は有限だ。君も全くやりたいことがないわけではないだろう?おそらく、今日のこれは荒療治になる。だが、もしかすると何か変わるかもしれない。もちろん変わらないかもしれない。それでも、私は君に合わせたい人物がいるんだ。会うも会わないも君次第だが、さぁ、どうするかね?」
僕に選択を迫った平塚女史は、僕が戸惑いながらも了承を選択すると、その答えを待っていたかのように、立ち上がり、僕に「ついてきたまえ」と言って、校舎裏の駐車場まで僕を連れてきた。
そんな彼女は一台のスポーツカーの前で立ち止まり、我にもその車に乗るように促してきた。断る理由もないのでスポーツカー独特の天井の低い車内に、自身の身体を丸めるように小さくさせて滑り込む。
「君には少々手狭で悪いが、我慢してくれ」
車内はたしかに手狭ではあったが、クッションは非常によいし、身体にフィットするようであまり苦痛には感じなかった。
そんな僕は平塚女史の問いかけに右手親指を上げて応える。それをチラッとみた彼女はそれを合図と捉えたようで、エンジンをかけすぐに学校を後にした。
学校を後にしてからしばらくは下道を走っていたが、すぐに高速道路を進み始める。
あまりの目まぐるしい場面の変化に軽い酔いを覚えてふと隣でこの車(もしや、かの名車あす、アストンマーチンでは?いや左ハンドルだし・・・まさか)を操る平塚女史に目をやる。いつまにかサングラスを手にしている。その風貌はいかにも大人といった風で、非常に格好がよかった。
「あ、あのぅ、我、いえ、僕らはどこに向かってるので?」
「ん?着いてからのお楽しみだ・・・と言いたいところなのだが、こればかりは事前に伝えておく必要があるか・・・材木座。一つ君に問おう。この後、我々が出会う人物が、もしこの世ならざぬ者だと主張したとしよう。君はそれをどう証明することで、その主張した相手が納得する答えを出す?ちなみに否定の証明は不可とする」
「・・・はい?」
な、何を言い出すのだろうこの人は。そんな証明なんて・・・そんなのまるで・・・しかも否定はできないとか。
「なお今日その人物と会うのは他言無用だ。それを承諾できなければ、この車は高速を降りることはないだろう。さっきの問題の制限時間は今日の面会時間の期限である午後7時までだ。さぁ、君はどうするかね?」
この人はなんで、こんなにも難しい質問が好きなのか。しかもこちらを見ないので表情を確かめることはままならないが、その横顔を伺うといかにも楽しくて仕方ないという気がする。この人は本当に意地が悪い。
僕が優柔不断なのをたぶん誰よりも知っている筈なのに。まあとは言っても、ただからかっているわけではなさそうだけど・・・ここまで来て帰りますとか、僕にとっては逆立ちしたって言えないことくらいのお膳立てをされてるじゃないか。まったく。これも仕方ないか。
「・・・わかりました」
僕の若干の抵抗を込めた渋々の返答にも満足そうな笑みをその横顔に浮かべながら、彼女はこちらをチラリと見ただけで何も言わなかった。そして、おそらく自身の年収レベル以上のスポーツカーは次の高速出口を下り、下道におりて若干スピードを緩めながらも、足早に目的地へと急いだ。
「「・・・」」
き、気まずい。
今、僕は一人の銀髪の少女と、いや訂正、これまでテレビや雑誌でも見たことないくらいの美少女と、ある教室の真ん中で、向かい合って座っている。
しかもその距離は1mあるかどうか。こんな至近距離で女生徒と向かい合うことなどこれまで我には経験がない。そのおかげでさっきから、だらだらと額の汗が流れるのを止めることができない。ハンカチを忘れず持っていてよかった。
目の前の少女もスカートのポケットから何やら黒っぽいハンカチを取り出し、その額の汗をぬぐっているようだ。これをみるに室温が高いのではないか?と思ったが、平塚女史は澄ました表情を浮かべていたので関係ないのかもしれない。
それはともかくとして、僕とこの少女がこうしているのは、この部屋に入ってすぐに平塚女史が我らに出した極めてシンプルな指示によるものである。
「さて、材木座、そこの椅子を彼女の前に持って行きたまえ。もう少し近づくんだ。そうだそこでいい。よし座りなさい・・・なんで外を向いているんだ彼女の方を向け。む?なんで君まで私の方を向く。え?こんなの聞いてないですなんなんですかだって?まあまあ落ち着きたまえ。これから君たちのするべきことを話そうと思っていたところだ・・・よし。では君たち。これから一時間、好きに話をするがいい。私は君たちをここで見守っているが、口を挟むことはしないし、ここで聞いたことは他言しないことを誓おうじゃないか。それでは、ふぁ、始め!」
これが原因。なんなのだ。これは。あと女史よ、きっと「ふぁいっ!」とか言おうとしただろう・・・さて、どうしたものか。
しかし、この人に逆らうとどうなるのかよく知っている僕と、先のことを聞いた彼女の反応を察するに彼女も、平塚女史に従うほかないことを悟っているようであった。そのため、上記の無言で向き合いながらのお通夜状態が続いているというわけだ。
そもそも、なぜこのような事態が発生しているのかというと、僕が平塚女史に連れられたのは都内のとあるお嬢様中学。疑問に思って聞いてみると、どうやらここのある生徒もまたある意味思春期特有の悩みを抱えているようで、その生徒の担任は困って友人である平塚女史に協力を依頼したそうだ。
普通なら厄介な話と思いそうなものだが、さすがは平塚女史。彼女はその依頼を快諾したらしく、これまでに何度もその生徒の面倒を見ているようである。今日はその一環として、特別授業と称して新しい刺激を彼女に与えるのが目的らしい。彼女曰く「きっと君にも感じることがあるはずだ」とのことだ。それはいいのですが、あの、僕は劇薬かなにかなんですか?
敷地に入ることを許された僕と平塚女史は一度職員室に立ち寄り、平塚女史に依頼を出したという方に挨拶を済ませた。このとき相手方の教諭に僕がいつもどおり挨拶をすると「さすがは静ちゃんね」と生暖かい眼で見られたがなんなのだ一体。さて職員室を後にし目的地である本館3階の一室に入る。
その部屋にはすでに先客がいた。その者こそ、今僕と向かい合ってる少女である。そうそう蛇足ではあるが、この僕がこのような神聖な敷地に足を踏み入れることができるとは夢にも思っていなかったので、これまでになくかなりテンションが上がってしまい、校門をくぐった途端、持病を発動させてしまって、一緒にいた平塚女史と一緒になって守衛さんに謝る一幕もあった。詳細は僕の名誉のために割愛する。
先程より僕のことばかり語るのは、目の前の少女をどうやって表現したものかと思案していたからだ。彼女は都内の超有名お嬢様中学の制服(なぜわかるのかって?これくらい僕クラスの紳士にとっては嗜みである。ぐふふ・・・すいません校門でみました)を着ているが、これが驚くほどよく似合っている。
暗めの銀髪は左右で短めにクルクルと巻かれてまとめられており、珍しくはあるものの、彼女の幼くも精巧な人形のような顔立ちやその雰囲気によく似合っていた。
だが、その赤い大きな瞳はあちこちに揺れまくっていて、彼女の落ち着きのなさを表しているようだった。もしや瞳が赤いのはカラコンだろうか。
さて前置きが長くなったが、さっきからお互い全くの無言なのはどうも彼女が極度の人見知りだからのようだ。僕が年長者として勇気を振り絞って声をかけようとすると「あぅぅ!?」とか「ぴぃ!?」とか驚きの声をあげてくる。ごめんなさい僕も極度の人見知りでした。ちょっと見栄を張りたかったんです・・・チキンな僕のハートに彼女の反応はなかなか堪える。
ただ、彼女のそれは僕を拒絶するためのものではないようで、その声をあげた後に話を続けない僕を不思議そうな顔で見つめてくる。く!可愛くこちらの顔を覗き込んでくるではない。余計に話しづらいではないか。
それに、向こうも向こうとて、なにかしら僕に話しかけようとはしておるようなのだが「あ、あの・・・」とか「わ、わず・・・うぅ」とかでなかなか最初の発声から続きがでてこない。僕がなにか洒落たことでも言えればいいのだが、そんなことができればこれまでの苦労の9割はなかったであろう。いや言い過ぎだろうか。
それにしてもどうしたものか。ふむ。ズボンのポケットからお気に入りの懐中時計を取り出して時刻を確認する。酉の刻か。懐中時計ってなんだか中二心をくすぐられないだろうか。僕だけか。残念。おやこの女生徒も興味があるのだろうか?なんとなくこの時計に視線が感じるが。まあ物珍しいのだろう。
時計をみたところどうやら時刻は17時30分(この曖昧さは安物である証だ覚えておくがいい)。ここに到着したのがたしか17時頃だったから、約30分も無言で向かい合っていることになる。
平塚女史もなんという拷問をこの少女に強いているのだ。僕にとってはこの状態は意味がわからないも、こんな美少女と至近距離で対峙していることだけで幸せなのだから眼福である。これからの人生思い出ベスト5には入るだろう。
しかしだ。この少女にとっては、僕のような無口で小太りの男とかろうじて二人きりではないにせよ、話もせずただ近距離で1時間も対峙しているなど、この年代の少女にとっては下手をするとトラウマになってしまうのではないだろうか。
なんだか沸々と女子に対するいいしれぬ負の感情が湧き上がってくる。いかんついつい思考が目の前から明後日の方向を向いてしまう。ちょっと落ち着かなければ。
そういえば、なぜか先ほど、紅茶を買わされたのだったな。なぜか2本買わされたので平塚女史に渡したが受け取ってはくれなかった「すまんこういった紅茶はあまり好きではないんだ」たしかに職員室ではいつもコーヒーだったが。
どれ、どっちのポケットだったかな。ふむ?これは、そうか、紅茶にはクッキーが合うような気がしなくもない。なるほど。これは妙手を思いついた・・・よし。これならば、あまり不自然でもなく、この状態を打破できるだろう。
理由さえ見つかれば、あとは、大丈夫だ。
もうこれから先会うことなどないだろうし、多少引かれても、無言のままよりはマシだろう。もしドン引かれたら、黙々とクッキーを食べ続けて、なんとか残りの時間を乗り切ろう。自分がすることに対して、これまでになく、厚く厚く理由を重ねて、自分の逃げ道を作りながら、僕は・・・・・・いや、我は、声を張り上げる!!
「こ、これは!?なぜ我のポケットにクッキーなど甘ったるいものが!?あいやこっちには紅茶のペットまで!?これはこの我を剣豪将軍義輝と知っての狼藉か!?」
ぶはは!!と大きな笑声が教卓の方から聞こえてくる。ひーひー言いながら教卓をバンバン叩く音までお供につけて・・・そ、そこまで笑わずとも・・・というかお主は我関せずを貫くのではなかったか・・・お、おのれ!!必ずや後で文句を言ってやるからな!!覚えておれ!!・・・それにしても、と視線を目の前に戻す。
我の発言を聞いてから、この目の前の少女はただでさえ大きな瞳をさらに大きく見開いて我をまっすぐ見つめている。う、うむ。なにやら気恥ずかしい。だが、表面上は笑われず、非難もされなかったし、まずは上々であろう。
「こほん。ときに、そこの、えーと、あの・・・謎に包まれし天の使いよ!!この甘ったるい飲料は我にとって聖戦へ赴く際の妨げになる。この焼き菓子も同様である。よって、お主ならこれらを食すことができるであろう?」
茫然とこちらを見つめていた少女は、その大きな瞳を爛々と輝かせ、我が差し出した紅茶のミニペットボトルとクッキーの小袋を受け取る。本当に小さな声であったが「・・・ありがとう」と呟いていたしな。よかった。
これでなんとか、この重苦しい空気は霧散することだろう。あとは黙々とクッキーと紅茶に舌鼓を打って過ごせばいい。
「・・・一度しか言わぬから心して聞くが良い剣豪将軍よ。我は天の使いではない」
「ん?」
あれ?ちょっとなんなのだ。あなたのその言葉使い・・・それはまるで・・・
「我は古の血の盟約に従い永い永い悠久の眠りから目覚めた光との混沌をもたらす闇の眷属!!・・・まさか汝が我の才能を見抜くとは・・・どうやら貴方も瞳の持ち主のようね。ク、ククク、面白い!!汝も我と同じく瞳を持つ者!!このようなことは悠久の眠りの前にもついぞなかった。よかろう。今、このとき、我と汝の盟約は再び結ばれた!!我とともにくるがよい!!剣豪将軍よ。我らの行く手を阻むものなど、我らの盟約と絆の前には障壁足りんことを思い知らせてやろうぞ!」
右手にクッキーを、左手に紅茶のペットを持ったまま、彼女は手を顔の前でクロスさせ、ポーズを決める。
この流れるような動きに不自然さなどまったくの皆無で。我の仮面がただの偽物で、これが本物だと見せつけられた気分でさえあった。
だた、まだよくわかってはいないのだが、それでも、さっき決めたではないか。我はこの時においてこの仮面を被ろうと。たとえ無様であっても何もしないよりはずっといいと。
「な、ななな、なんと、まさか!?お主はかの聖戦を収める唯一の希望と予言の書に記されている『堕天せし者』であるとでも言うのか!?」
「いかにも!・・・我が友よ。これより先、幾百の敵が現れようとも、貴方とともにあらんことをここに誓おう。うふふ。光栄に思うがよい!!・・・ハーッハッハッハッ、時は来た!我らの前にひれ伏す民衆が紡ぐ歓喜の声は渦となり・・・我の霊格をさらに高める召喚陣へと集まるよう!!かつて神によって封印されし聖戦の舞台を包んでいた白き半球そのものが・・・悠久の時を経て、いまや薔薇の蕾と化す・・・そして今・・・満を持して、開花せんしめんとしておる!これはもはや堕天使だけに許された唯一絶対の禁忌の力!!今ここに示そうぞ!!」
「・・・なるほど。あいわかった。我が汝を!汝が我を求めんとする限り!我らの行く手に敵はない!!」
とりあえず我の世界観で応対したはいいが、ぶったまげたぞ。とんでもないなこの女子は。そういえば、先月くらいに中二病全開の凄まじい美少女アイドルが現世に現れたとか掲示板で祭りになっていたような。
なるほど。この少女はあのアイドルのディープなファンといったところか。そうであれば、このような呪いをその身に宿すのも頷ける。我はニヤリとメガネを上げながら、彼女の言葉に対して、自身が感じる感情を言葉にして、相手に渡していく。
あぁこれが呪いを受けた者の宿命か。そうだな。この彼女の主であるあのアイドルの言葉を借りれば、きっと、この言葉が今の我の本当の気持ちなのだ。彼女にとってもであろうが。
「「我が魂の赴くままに!!」」
なーはっはっはっは!!とお互いを見合わせて笑う我らを見守っていた平塚女史は、相変わらず教卓の前に座ったままで、机の上で手を組みその上に顎を乗せながら、静かにその瞳を閉じている。
さながらその表情は母親のような、よくは知らないが、まるで聖母のような慈愛に満ちた表情を浮かべていた。
この瞬間はきっと我の人生にとって忘れられない思い出となるだろう。しかし奇しくもこの瞬間は材木座義輝がガチの中二病を纏うことになった瞬間でもあることは想像に難くない。
あの少女と中二病全開のトークを繰り広げ続けた我であったが、突然訪れた非常にガタイの良い真面目そうな大男の部屋への乱入によって、その時間は終わりを迎えた。
彼女の父親ではないかと思ったが、そんな彼をみた彼女は「あ!?」と呟いたと同時に、慌ててクッキーの残りと紅茶のペットをそのカバンに仕舞って、手招きをする彼の方に走り去っていく。
ふむ。初めてお呼ばれした夕食会に急ぐ子供のような微笑ましい慌て方の彼女を見送って、これでもう我の役目は終わりかと思い、教卓の方を向くもそこに平塚女史の姿はなく、先の大男と出入り口付近で名刺交換をしていた。
さすがは女史であるなと感心しておったのだが、ときおり相手に対して「今日のことは課外授業のようなものでして。たとえ今すぐ必要でなくてもいつか必要になることですから」とかはまだいいのだが、だんだんと「あの、あなたの仕事も不規則なんですか。それでは身体を壊してしまいますね」「も、もしよろしければいつでも駆けつけます」「私の得意料理は肉じゃがなんですが!?」となんともあからさまな売り込みをかけていた。
ちょっと返して、さっきまでの格好いい平塚女史を返してよ。げふんげふん。
それよりもこの大男、平塚女史の売込みに対して「はぁ・・・」「いや自分は・・・」「決して否定しているわけでは!え?いえそういうわけでは・・・」などとなんだかしどろもどろであった。我はなんだか親近感を覚えたので、心の中で「耐えるのだ!名も知らぬ堕天使の守護者よ!」と祈っていた。
おや?なんだかさっきからコートの袖が引かれているような。
「謎の堕天使よ。どうしたのだ」
「・・・あ、あの、その・・・我が友と現世の秩序を律するにあたり、我らは現世の理に従わねばならぬ。残念なことに現世では大気の精霊が不足しているから念力だけでは想いを伝えることは叶わぬ。よって互いの言を封じ込め、何人の侵入をも許さぬ強固な絆を築かんがため、秘密の門と通路の在処を示す地図とその暗号をお互いに知っておかねばならぬ・・・つまり、そ、その・・・」
最後の方は小さな呟きでほとんど聞こえなかったが、不思議と言いたいことは理解できた。ふ。さすが我。
「そ、それは、お主と、れ、れれれれ、連絡先を交換しろ、ということ・・・だろうか?」
「・・・うん」
彼女の照れたような可愛らしい頷きに呆けながら我は無意識にスマホを取り出して、彼女に言われるままに連絡先の交換をした。彼女は顔を赤くしながらも嬉しそうにスマホを抱いて小さく呟いた。
「・・・またお話ししてね」
そう言い残した彼女は、急ぎ足で謎の大男に向かって走っていった・・・その後ろ姿はまさしく天使であった。
続く