「蘭子ちゃん!ラジオでも相変わらずなんだね!」
「・・・ふふふ。お主も我が言霊に込めた秘められし力にあてられたか。して「相変わらず」とは如何なものか。我の力を知らぬそなたではなかろう」
(ラジオ聞いてくれてありがとう!でも「相変わらず」ってなんのこと?)
「最近のアイドルって、みんな個性的だけど、蘭子ちゃんはその中でも一際目立っていて可愛いってことだよ」
神崎蘭子が久しぶりに登校したよく晴れた木曜日。都内のお嬢様中学校の2年生の教室の一つでは、朝のHRが始まるまでの間、彼女との楽しげな会話が繰り広げられていた。蘭子とさっきから会話しているのは、クラスメイトの吉田玲奈。髪は大人しめの黒色で染めてはいないが、肩先くらいの長さの髪を少しふんわりとさせており、ショートボブといった具合ではある。また、クリクリとした大きな瞳と相まって、どこぞの可愛らしい令嬢といった具合である。蘭子は密かにこの者もどこぞのアイドルかなにかではないかと疑っている。あまり踏み込んでは失礼かと思い、まだ直接聞けたことはないが。
普通に考えれば、蘭子の周りにはもっと人がいてもおかしくないのだが、彼女の独特の喋りについていける者はほとんどおらず、彼女に話しかけるのはさっきの玲奈ともう一人くらいだった。しかし本当は皆としても彼女と喋って仲良くしたいのだが、言語の壁はあまりにも高いということである。
つまり、まるで飾られたお人形を見守るかのような扱いで距離ができているのだ。もちろんイジメということではないが、それが蘭子にとって悩みの種であった。
そんな中、彼女らから少し離れた教室の入り口付近に固まって談笑していた女生徒グループの一人が蘭子を見つめながら、己の幸運を喜んでいた。
「今日は蘭子ちゃんいるんだ!やばラッキー!はぁ眼福!眼福!」
「ちょっと目がやばいことになってるってば!」
「あははは。彩っちは本当に蘭子ちゃんのストー・・・ファンなんだねぇ」
「優子、今、ストーカーって言おうとしなかった?」
「うん?なんのことかな?彩ちゃん」
「落ち着きなよ彩。優子もあまりからかわないの。それに彩の蘭子ちゃん信者っぷりは今に始まったことじゃないわ。誰よりも筋金入りだし」
「唯もそう思う?だよねぇ。転入してきた時からだもんねぇ。そんなに蘭子ちゃんがいいの?」
「当然でしょ!?むしろ、なんであんた達がそんなに平然としていられるのか不思議だわ」
彩と呼ばれたこの少女は、その長い黒髪を自分の指で梳いてそのまま耳にかける。流れるような髪質と凛とした顔だちは大和撫子といった具合だが言動と行動によって、やんちゃという言葉が似合う少女である。彼女は蘭子が転入してきたその時に蘭子のカリスマにやられてしまって、信者の一人になっている。といっても頭もやられているようだが「なんですって?」こりゃ失敬。
そんな彼女を見守っている優子はおっとりとしているのだが時々毒を吐くことがある。見た目にも現代っ子といった風で、明るめに染めたセミロングの髪を緩くウエーブさせている。また唯と呼ばれた少女は彩と優子と長い付き合いであるが、いつの間にか、二人のお目付け役のような立ち回りをすることが多く、気苦労が絶えない苦労人である。彼女も非常に整った顔立ちをしているのだが、若干大きめの眼鏡が彼女の魅力を覆い隠していた。本人は気にしていないようだが、クラスメイト達は事あるごとにコンタクトにすることを勧めているのだが、今の状態をみるに成果はあがっていないようだ。
さて、そんなクラスでの他愛もない会話にあちこちで花が咲いている中、ややいつもより遅れ気味に、この学校のもう一人の有名人が登校してきた。
「おはよう・・・ちょっと、なんであんた達は教室の入り口で固まってんのよ。誰かが通る時の邪魔になるじゃない」
そう知る人ぞ知るトップアイドルの水瀬伊織である。今日もいつものようにうさちゃんを鞄から覗かせ健在ぶりをひっそりアピールしている。カチューシャでまとめられたふわりと柔らかそうなその長い髪は暖かそうであった。また、聡明さを物語るその瞳と細い眉はなにか考え事があるのか若干悩ましげであった。
それでも彼女の美貌にかなう生徒など、この学校には皆無であった。数か月前までは。そう神崎蘭子の転入である。そのため、普段から刺激を求めている女生徒たちは、この天から使わされたような美少女が2人もいるという現実離れした事実に激しく反応した。その一端が先の彩のような生徒の存在である。
じつはこの学校の女生徒の多くは水瀬伊織派であるが、最近神崎蘭子派も拡大しつつある。そのため、ここのところ、この2大勢力がぶつかることが度々あるのだが、その話はまたの機会にしよう。
「あ、水瀬さん。おはよう。どうしたの?今日はずいぶん遅かったね」
「えぇまぁ。ちょっと昨日のお仕事が遅かったもので。おほほほほ」
「あ~それってもしかしてなにかの収録とか?」
「まっそんなとこよ」
「へぇ~さすがはトップアイドルの水瀬伊織ちゃん。やっぱり忙しいんだねぇ」
「ま、まぁね。昨日は共演者がNGばかり出すから帰りが遅くなってしまったのよ」
実はNG出まくりだったのは自分だったが、どうにも恥ずかしさが勝ってしまい、クラスメイトには見栄を張ってしまった。
「そうなんだ。番組をつくるって大変なんだねぇ。自分が失敗しなくても、他の人がそうだったら番組にはならないんだぁ。いい番組をつくるって難しいんだね」
「そ、そういうことね」
どうにもこの優子という女生徒はおっとりしているが、なかなかに鋭いことをいう。少し気まずくなった空気を和ませてくれたのは、やっぱり彼女のお目付け役の唯であった。
「ねぇ、水瀬さん、番組がオンエアされる時は教えてね。絶対みるから」
「・・・いつもありがとう。また教えるわ」
伊織はそう言って軽く話を受け流すと、そのまま教室の中に入っていく。淡白なように見えるがいつもこういう態度ってわけではなく、これは同じ世界の先輩として後輩に対してやるべきことがあるからなのだ。そう言い聞かせて伊織は自分の席へと向かう。まぁ、それを察していたから唯は助け舟を出したのだが。
伊織は自分の机の上に鞄を置いて、椅子には座らず、蘭子と玲奈の元へと近づく。
「ちょっと、そこの堕天使をお借りしてもいいかしら?吉田さん」
「え?でもすぐに授業が始まるよ」
「ご心配どうもありがとう。でも事が事だから、きっと先生だって許してくださるわ。というわけで、いいわね?」
「よ、よかろう。では向日葵の少女よ。しばし待つがいい。すぐにまたここに・・・へ!?あ、あまり引っ張るではない!」
「時間がないって言ってるでしょう!?」
伊織はぐいぐいと蘭子を引っ張って教室の外へと向かう。このクラスでは偶にこうした光景が見られることもあって、朝や昼の休憩時間には多くの女生徒が集まっている。それもこれも彼女らの登校予想なるものが水面下で出回っているからであるが、それが一体誰が漏らしているのか知る者はいない。そのため、正しい情報と嘘の情報が出回るのが常であるので、彼女らの登校日を正確に把握できる者など皆無であった。
そんな中、せっかくの貴重な会話時間を邪魔された玲奈であったが、あまり残念ではなさそうだった。またいつでも話せるし。そう思っているような表情を浮かべている。
「アイドルって大変なんだなぁ」
そう漏らす吉田玲奈の表情はとっても柔らかかった。
伊織が向かったのは屋上。幸いにして誰もいない。授業開始までの時間を思えば、これは当たり前ではあるが、内容が内容だけに誰もいないのはありがたかった。
「じゃぁ、説明してもらえる?昨日のラジオでのあれ」
「ん?昨夜の我の現世への降臨の儀がどうかしたのか?ま、まさか、我の降臨を妨げんとする煉獄の門番の策略にまんまと嵌ってしまったと言うのか!?」
(昨日のラジオ出演がどうしたんですか?もしかしてどこか失敗してしまってそちらでは評判がよくなかったですか?)
「いえ、評判自体は上々よ。私のとこのプロデューサーにも電話して聞いたけど「なかなか個性的でいい感じじゃないか」って褒めてたわ。webニュース記事でも悪い印象を書いている人はいなかったわよ・・・たぶん悪いことも書きようがなかったでしょうし」
「如何した?」
(どうかしましたか?)
「いえ、こっちの話よ。それより、私が言いたいのは、あの高垣楓とかいうアイドルに出された最後の質問の答えについてよ!」
「ふむ。何故、そないに些細なことを我に申すのだ。異種の瞳を持つ天の者は言葉のとおりに受け取ってくれていたではないか」
(どうして気にされるんですか?私ちゃんとお父さんに恋してましたって言いましたよ?)
「あんたね・・・あの言い方だと、今、そういう人がいますって宣言しているようなものじゃない。まぁ世間の人は、お父さんに恋していたとかなんて初心なのかしら!とでも思っているみたいだから、それは不幸中の幸いだけど。あの先輩アイドルに感謝することね。最初のフォローがなければ、さすがに疑われていたわよ?」
「ぴぃ!?」
(えぇぇ!?そんな!?)
「やっぱりわかってなかったのね。あんたの場合、態度というか、声のトーンというか、そういうので何を考えているか丸わかりなの。いい?私たちアイドルにとってスキャンダルは大問題なの。とくにあなたは、色々な意味で注目されているの。だから、同い年のアイドルであるあなたがスキャンダル発覚ってなったら、私まで飛び火するの。いいこと?次はちゃんと私の初恋は父親でしたってはっきり言うのよ」
「・・・」
「あ、あら?ちょっとどうしたの?わ、私、強く言い過ぎちゃったかしら?あ、え、えーと「伊織さーーーーん!!!!!」ぐふぅ!?」
プルプルと身体を震わせていた蘭子は、いきなり伊織の身体に抱き着く。勢いがありすぎて強いその衝撃に倒れそうになるが、そこはトップアイドル。なんとかその衝撃に耐えて、彼女を剥がそうともがく。だが蘭子の力は思いのほか強く、本当に同じ中学生女子にはとても思えなかった。
「うぅぅぅ・・・伊織さんも、こんなに、わ、私を心配してくれて、あ、ありがとうございます!あ、あの、大好きです・・・伊織さん」
強く抱き着きながらの蘭子の本心からの言葉に照れくさくなる伊織であったが、さすがはツンデレの女王。この学校の生徒や果てはどこぞの剣豪将軍であれば一撃に恋に落ちていたであろうが、彼女はこれくらいではノックアウトされないのだ。表面上は。
「え?あの、その、あ、ありがとう・・・いやいやそうじゃなくて。あーもう!わかったから!早く離れなさいよ!もう授業始まっちゃうじゃない!」
「うふふ。はーい」
「・・・あんた絶対、わざとあの喋り方してるでしょ?」
「・・・遥か高みにて光り輝く我を導きし者よ。申し訳ないが、我の結界が突如乱れてしまい、そなたからの言霊を遠ざけてしまったようだ」
(なんのことですか?)
「そう。別にいいわ。あんたがどんな喋り方でも私には関係ないし。でもだからってアイドルだってこと忘れたらダメだからね」
「あいわかった!そなたの導きの言霊は我が魂に刻み込むことにしよう」
(わかりました!覚えておきますね♪)
「あんたってほんとに・・・はぁ。まぁいいわ。行くわよ」
やっと剥がすことに成功した伊織はそそくさと教室へと向かう。しかし蘭子はすぐに追いついて伊織の左腕に抱きつく。ため息をつきながらも急がないと授業が始まることもあって、とくに文句を言う気にはなれず。教室までそのまま二人は仲良く向かった。口では遅れるのも覚悟の上と言っておきながら、なんとか授業開始までに戻れそうでほっとしている伊織はやはり模範的な学生である。
教室につく手前でさきほどの話を思い返していた伊織は、蘭子の言葉がちょっと気になった。が、考えすぎだろうとその考えを頭の片隅においやる。しかし思考の残滓は小さな呟きとなって漏れるのであった。
「私もってどういう意味だったのかしら」
突如のオリキャラ祭りに私も困惑しております。