Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT9:地に降り立つ

 

 

 夕方の校舎内で、衛宮士郎は降り注ぐ弾丸から、必死に逃げ走っていた。

 

「や、やめろ遠坂!」

「やめろと言われて、やめる敵がいるかっての!」

 

 遠坂凛の指先から、魔弾が次々に放たれる。彼女自慢のガンド魔術。腕の刻まれた魔術刻印に魔力を通すだけで、呪文詠唱などしなくても発動できる。一発一発が、コンクリートも砕く、本物の銃弾に勝る殺傷力だ。

 爆音をあげ、校舎が破壊される。凛の運動能力も強化されており、駆けっこで逃げ切るのは厳しい。

 

「あいつ、隠蔽とかどうする気だ!?」

 

 教室に逃げ込み、戸を閉めて鍵をかける。戸を壊すなりしているうちに、窓から逃げようとしたが、教室全体に結界を張られ、閉じ込められてしまう。

 

「あいつめ……!」

 

 士郎が行えるのは、基礎的な強化魔術のみ。置かれていた机を強化し、盾として構える。対する凛は教室に向けて、数百発の魔弾を同時に叩き込んできた。

 嵐のような弾丸が過ぎ去った後の教室には、士郎が強化した以外の備品は、全て砕け散り、もはや教室としては使えない有り様になっていた。

 

(終わったか……?)

 

 砕けた机の脚を手に取り、強化して武器として使えるようにする。

 一か八か、立ち向かうべきか考えていると、窓が割れて、光り輝く宝石が投げ込まれた。その美しさに目を奪われる士郎だが、理解もしていた。それが『爆弾』であることを。

 

 ズガァッ!!

 

 教室を埋める爆発。その爆風に押し飛ばされた士郎は、戸を破って廊下に転げ出た。

 

「がっはぁっ!」

「ようやく出てきたわね? 衛宮くん?」

 

 士郎は、歓迎する凛に、『机の脚』を剣のように構えた。

 

「そのヘンテコな武器を捨てなさいよ。衛宮くんに勝ち目なんてないでしょう?」

「そんなの、やってみないとわからないだろ?」

 

 苦しい言い分だと、士郎自身思う。だが、可能性がゼロでない限り――否、ゼロであっても、諦めることだけはできない。

 

「……これが最後の忠告よ。大人しく武器を捨てて、令呪を出しなさい。最悪、腕の神経を剥がすことになるけど。命を取られるよりマシでしょう?」

「断る。それは、俺にセイバーを裏切れと言っているのと変わらない!」

 

 遠坂凛は優しい人間だ。普通の魔術師なら、この力量差で、こんな忠告など行わない。呼吸するのと同じように殺し、令呪も奪い取るだろう。

 しかし、凛が善性の人間であったとしても、士郎は彼女に従うわけにはいかなかった。

 

「そう……3秒あげるわ。自分の命だもの。自分で選びなさい」

 

 凛は人差し指を士郎に向け、魔力を集中させる。

 猶予を与えられた士郎だったが、もう彼は覚悟を決めていた。

 

「……3秒」

 

 凛もガンドが放たれ、士郎に撃ち込まれる。少年の体は後ろに飛び、背中から倒れ込み、動きを止めた。

 

   ◆

 

 偶然にも、士郎と凛が戦っているのと同時刻、慎二と舞弥も行動を起こしていた。

 場所は新都。ライダーが見つけた、別のサーヴァントが出入りする、5階建ての古いビルを慎二は見つめる。事前に調べられるだけ調べたが、もう3年前から店舗も住人もなく、ほったらかしになっている空きビルらしい。舞弥はビルに、人避けの効果と、侵入者の訪れを知らせる警報の役割をする結界が、張られていることを確認する。ビルの入り口付近には罠は無い。

 

「じゃあ、計画通りに」

「ええ、億泰、キャスター、段取りはいいですね?」

 

 慎二と舞弥は、事前に立てた計画に基づき行動を開始する。

 まず慎二、ライダー、億泰がビルの頂上から侵入。舞弥とキャスターが、ビルの正面口から乗り込む。挟み撃ちの形にするわけだ。

 ライダーが、慎二と億泰をそれぞれ左右の腕で脇に抱え、壁を駆け上ってあっという間にビルの屋上に到達する。それを見届けた後、舞弥とキャスターもビルに足を踏み入れた。

 

   ◆

 

 屋上と屋内を繋ぐドアは、鍵がかかっていたが、ライダーが無理矢理ドアを破壊し、慎二たちは内部に入っていった。

 

「……すぐには攻撃してこないみたいだな」

「罠とかも無さそうだぜ」

 

 恐怖を押し殺した慎二と、呑気な口ぶりの億泰が言う。

 ビルの中は明かりもついておらず、暗い。視力を強化することのできない慎二は、フーゴから貰った暗視ゴーグルをつけ、周りを見ていたが、すぐに襲い掛かってくる様子はなかった。

 慎二と億泰の話声は、携帯電話によって、舞弥の耳にも届いていた。

 

『しかし気づかれています。その為の結界です』

『ふむ……君の目から見て、危険だと思うかね?』

 

 キャスターではあっても、彼に魔術の知識は無い。慎二は知識だけは詰め込んでいるが、実践することはできない。この一行の中では、舞弥が最も魔術に詳しかった。

 それでも見習いよりマシという程度のものであったが。

 

『攻撃性はそぎ落とされている代わり、感知に偏った構成。私でもわかるくらいに』

『……なるほどなるほど』

 

 キャスターが深く頷く。

 

「なんだよおっさん。なるほどって、何かわかったのかい?」

 

 慎二は早速、無礼な口ぶりでキャスターに話しかける。しかしキャスターはおっさんと呼ばれても、怒りもしなかった。むしろ生前に出会った誰かを懐かしむような表情を、ふと見せた後、慎二に説明してやる。

 

『うむ、憶えておきたまえよ少年。戦いには、そのための『思考』というものがある。第一に……【相手の立場に立って考える】』

 

 彼は、かつて弟子に教えたことを、100年の時を経て、再び語り出す。

 

『いいかね? ここは敵の本拠地で、敵以外は住んでいない空きビル。ならば罠は仕掛け放題だ。ならばなぜ、感知用の結界だけしかないのか……』

「サーヴァントに結界は通じないからじゃないか? 現代の魔術師じゃ、英霊には通用しないからさ」

 

 古い神秘の塊であるサーヴァントの前に、現代の薄まった神秘の産物など、相手にならない。せいぜい足止めが関の山だ。それならいっそ無い方がいいと考えたのではないか、そう意見した慎二に、キャスターは、

 

『それもあるだろう。しかし、もう一歩深く考えてみたまえ。感知さえできればいい。このビルの住人が、そう考えたのだとしたら……この敵はとても攻撃的な奴だ。奇襲や暗殺の類さえ受けなければ、必ず勝てる。こいつには、そういう自信があるのさ』

 

 もしも臆病で、敵の侵入を察したらすぐに逃げようとする相手であれば、足止めの罠くらいは仕掛けているはずだ。つまりこの敵は、迎え撃つ気でいるのだ。

 

『こちらが2陣営でも勝てる……それほど強力なサーヴァントだと?』

「おいライダー、お前はそのサーヴァントをどう思った?」

 

 舞弥が警戒を強め、慎二がサーヴァントを最初に発見したライダーに印象を聞く。

 

「何というか、中々共感を覚えるサーヴァントでした。マスターにこき使われている感じが」

 

 慎二に嫌味を言いながら、ライダーは昼間に発見したサーヴァントのことを思い出す。かつて、自分を討伐するためにやってきて、返り討ちにしてきた戦士たちと比較し、そこまで強いとも思えなかった。まして、最後に自分の首を刈り取った、ゼウスの息子である大英雄ほどではない。

 

「少なくとも、負ける気はしませんね。セイバーのように、強者の気配というものは感じませんでした」

「強者の気配ってのは良くわかんねえけど、油断はしないようにしようぜ? 俺が昔やり合った殺人鬼は、一見してスゲー普通っぽい奴だったが、その実トンデモねえ奴で……」

 

 億泰が自分の経験をもとに、忠告を口にした時。ちょうど、5階を調べても変わった様子が無かったので、4階に降りる階段に、ライダーが足をかけようとしたのとも同時であった。

 

 ドゥンッ!

 

『はっ!』

「ど、どうした!?」

 

 携帯電話の向こうから聞こえた銃声。慎二は飛び跳ねそうな自分を抑え、現状の把握をしようと携帯電話に話しかける。

 

 ズウンッ!

 

『ぐっ! これは、後ろからっ!』

『こいつっ、スタンドっ! バキャッ! ツーッ、ツーッ……』

 

 キャスターと舞弥の声の後、破壊音が響き、通話が途絶えた。

 

「もしもしっ! もしもしっ!」

 

 もはや返事は無い。慎二の叫びにも似た呼びかけに、返す声は無かった。向こうの携帯電話が破壊されたのだ。

 

「落ち着きな。キャスターがいるから、向こうは大丈夫だろう。それより……こっちの心配をすべきだぜ?」

 

 億泰の声にハッとし、慎二はコツリコツリという足音が、ゆっくりとしかし確実にこちらに向かっていることに気づいた。下の階からだ。

 

「…………っ!!」

 

 そして、5階と4階を繋ぐ階段の踊り場に、女性の影が現れた。

 

「ライダーっ!!」

「ハッ!!」

 

 慎二は迷いなく、ライダーをけしかける。この場で、単純に戦えば最強の戦力だ。億泰のスタンドも相当強いし、上手くやればライダーをも仕留められるが、総合的なステータスを考えれば、流石にサーヴァントには及ばない。

 そして、ライダーも目の前の相手に、サーヴァントの気配がない事がわかっていた。目を閉ざしてる分、彼女は気配に関しては敏感なのだ。相手は人間だ。おそらくは、下の階で戦っているサーヴァントのマスター。ならば、過去の神話に刻まれたライダーに、敵うべくもない。

 

 それは当然のこと。慎二も凛も、イリヤであっても、この場ではサーヴァントの勝利を疑いはしない。

 

 だから、それを油断というのは酷な話であった。

 

 ズガァァァァンッ!!

 

「かふっ!?」

 

 踊り場に現れた人影に、ライダーが腹を殴られて吹き飛んだ。ライダーは殴り上げられ、自分が降りて来た上階に逆戻りさせられることになり、凄い勢いで慎二の真横を通り過ぎて、壁に叩き付けられた。衝撃でコンクリートが砕け飛ぶ。

 

「ええ……?」

 

 慎二は見た。電灯の点いていないくらい屋内に、君臨するが如く立つ、女性の姿を。

 

「バ、バゼット・フラガ・マクレミッツ……?」

 

 誰が予想できようか。サーヴァントに殴り勝つ、マスターの存在など。

 

   ◆

 

「はっ!」

 

 2階にいたキャスターの真横の壁に突如、穴が開いて弾丸が飛び出し、彼に襲い掛かった。彼はそれを、波紋によって強化した拳で受け、弾き飛ばす。

 

『ど、どうした!?』

 

 慎二の声に答える余裕はない。キャスターはまた攻撃がくるかもしれないと、壁側を警戒するが、

 

 ズウンッ!

 

「ぐっ! これは、後ろからっ!」

 

 攻撃が来たのは、背後からだった。キャスターの右肩が、背後からの弾丸に撃ち抜かれた。先ほどキャスターが弾き飛ばした弾丸が、反転してきたのだ。そして弾丸は、再度Uターンして更にキャスターを襲う。普通なら在り得ない軌道だ。

 

「こいつっ、スタンドっ!」

 

 舞弥がそれを悟り、声をあげた瞬間、彼女の手にしていた、連絡用の携帯電話が砕かれた。もう一発、撃たれていたスタンド弾によって。

 

「くっ!」

「落ち着きたまえマスター……何、場所はすぐにわかる」

 

 キャスターは、水入りのペットボトルをかざし、

 

「コォォォ…………」

 

 特殊な呼吸音を響かせると、水に変化が発生する。水面に波が生まれ、波紋となる。波紋を生み出しているのは、キャスターが呼吸によって血液中から汲み上げる生命のエネルギー。そして生命エネルギーは、周囲に存在する別のエネルギーに呼応し、反応を示す。

 腕を伝わり、体を伝わり、床を、壁を伝わり、『敵サーヴァント』の生命の震動を、キャスターに教える。

 

「今、この水は波紋探知機と化した……敵は」

 

 キャスターは、天井の一画を睨み、指差した。

 

「あそこだ!」

 

 その指差した点に向け、舞弥は魔術弾を撃ち込む。呪詛の籠った弾丸は、物理現象以上の破壊力を発揮し、天井の板を粉砕した。そして、ちょうどその上に隠れていたテンガロンハットの男は、足場を失って落下する。

 

「うおおお!?」

 

 目を白黒させたカウボーイ風の男は、キャスターと舞弥から8メートルほど前の廊下に落ちる。何とか足から着地し、転ぶことは免れたものの、姿はさらけ出されてしまった。

 

「くっそ、やってくれるぜ……」

 

 テンガロンハットのサーヴァントは愚痴りながらも、手の銃をキャスターに向けて、戦闘続行の意志を見せた。

 

「……サーヴァントの戦いに、私では力になれない。頼みます」

「うん、任せてくれ」

 

 拳銃を構えるサーヴァントをキャスターに任せ、舞弥はその場を離れる。背中に遠ざかっていく足音を受けながら、キャスターは口を開く。

 

「撃たないのかい? マスターを狙うのが聖杯戦争のセオリーと聞いたが?」

「んんー、俺は女を傷つけない主義なんでね。だからもう一人のサーヴァントとは戦いたくねえし、あんたを相手にするのは、むしろ願ったりだ。男はぶっ殺しても心が痛まなくていいぜ。俺の名はホル・ホース……ま、自分を仕留める相手の名前くらい、憶えておきな」

 

   ◆

 

(…………)

 

 倒れ伏した士郎。その体はピクリとも動かなかったが、その意識はしっかりしていた。

 

(……強化した教科書を重ねて、服の下に入れておいたのが良かった。ギリギリ、守ってくれたようだ)

 

 宝石が爆発する直前、教室で壊れた机から落ちた教科書を、拾っていたのだ。学生服の下で穴の開いた教科書に感謝し、士郎は凛が過ぎ去ってくれるのを待つ。このまま、勝ったと思って行ってくれれば一番いいのだが。

 

(もし、令呪を取り上げるために近づいてきたら……一か八か……)

 

 昨夜、アーチャーが見せた、剣や矢の投影を思い浮かべる。剣を振るい、投げ放つ姿を。自分に同じことができるだろうか?

 

(やるしかない!)

 

 至近距離に凛が近づいてきたら、不意を突いて攻撃することを決める。

 今、凛は離れたところから、じっと士郎を睨んでいる。この距離からガンドを駄目押しで撃たれると一番まずい。心臓がバクバクと音をたて、立ち上がって逃げ去りたい誘惑にかられるのを抑える。

 

「死んだふり……してたりして?」

 

 ポツリと凛が呟く。士郎は、至近距離まで凛が近づいてくれる可能性は諦め、別の好機が訪れるのを待つ。

 敵手が最も隙を見せるのは、勝利の直後。その次に大きい隙が、攻撃の一瞬前だ。攻撃に移ってからでは、もう防御はできないため、その瞬間を狙われたら防ぎようがない。西部劇のガンマンの対決のように、凛の動きを感じ、その一瞬を静かに待つ。

 

「…………」

(…………)

 

 呼吸も忘れる緊張の時間。

 そして、

 

「っ!!」

「っ! あんた、やっぱ死んだふりっ!」

 

 跳ね起きた士郎に向かい、凛は魔弾を放つ。対する士郎は、今度は逃げも守りもせず、正面から凛に向かい走り出した。魔弾が頬を掠め、二の腕を穿つ。血が飛び、激痛が士郎を苛む。それでもなお、士郎は止まらない。

 

「な! 自殺する気!?」

 

 あまりに無謀な行為。それが予想外であったからこそ、凛は一瞬、攻撃の手を止めてしまった。気圧された自分に気づき、攻撃を再開しようとするが、もう遅い。士郎は、凛の間近に届いていた。

 

(やばっ!)

 

 凛はその鬼気迫る接近に怯む。士郎が女を殴ると言うのは、あまり想像がつかないが、そうされるくらいのことをした自覚はある。せめて、顔ではないといいなと思いながらも、衝撃と痛みを覚悟した。

 

「危ない遠坂っ!」

「へ!?」

 

 士郎が凛を抱き込み、その身を押し倒す。仰向けになった凛の視界に、一瞬前まで自分の心臓があった位置に、何者かの腕が突き込まれるのが見えた。

 

(な……)

 

 凛は理解した。そして、自分の間抜けさに心底、腹を立てる。まるっきり同じではないか。

 最初の夜、ランサーと戦っていたときと。

 

(同じ失敗をして……同じ奴に助けられるなんてっ!)

 

 乱入者だ。

 漁夫の利を狙う敵がいる。

 

 見えるのは腕だけだが、胴体がある方向に指を向け、魔弾を放った。大きな音をたてて、腕が後方に消え去るのが見えた。乱入者を吹き飛ばすことに成功したようだ。

 

「くっそぉっ! 衛宮くん! 一時停戦ってことでいい!?」

「ああ、願ったり叶ったりだ!」

 

 士郎としても、確実に競争相手を殺す気でいる相手よりかは、まだ手心を加えようとしてくれる凛の方につくことに、躊躇いはない。

 二人は起き上がり、乱入者が吹き飛んだ方向に目を向ける。

 

「っちぃ……アジな真似……よし、今回は憶えてたぜ……アジな真似してくれんじゃねぇかよぉ」

 

 魔弾をくらっても、ダメージは無いようだった。忌々しそうに呟きながら、平然と立って、二人を睨む。

 全身を、ダイバースーツのような奇妙な服で多い、泥沼のように濁った目だけを出した異様な男。凛の目には相手がサーヴァントであることがわかった。

 だが、凛の目を引いたのは、男の格好ではない。男の足が、学校の床にめり込んでいることだ。それも床を破壊してめり込んでいるのではなく、足が床に沈みこんでいるように見えた。男の足元の部分だけ、床が液状になっている。

 

「だが……所詮この俺に敵うわけはねえ……くたばりな……俺の【心乾きし泥の海(オアシス)】でなぁ」

 

   ◆

 

「……ぶ、無事か? ライダー」

 

 敵から目を逸らすわけにもいかず、自分の背後に倒れているだろう使い魔に、慎二は何とか声を絞り出す。

 

「かふっ、こほっ……何とか」

 

 慎二の声に答え、ライダーは身を起こすが、その動きは良くない。腹に響いたダメージは浅くないようだ。

 

「おいおい、本当に大丈夫かよ。今のは半端じゃなかったぜ?」

「私もそれなりに半端では無いつもりです。この程度」

 

 億泰は心配気に声をかけるが、ライダーは強がり半分ながらも戦意を失うことなく、前に足を踏み出し、慎二の横に立つ。

 

「お前が吹っ飛ばされるとはな。体格的にもお前の方が有利なはずだろ?」

「……体格とか背丈とかについて、あまり言うようなら反乱も辞さないと思いなさいマスター。それは後にして、おそらく魔術によるものなのでしょうが……彼女、下手をすれば私よりも怪力かもしれません。今の拳、咄嗟に身を引いていなければ、腹を貫かれていたかも」

 

 回避運動をとったうえで、殴り飛ばされたというのだ。ますます人間離れしたマスターである。

 

(だがそうとわかっていれば……)

 

 相手が高い白兵戦能力を備えているとわかっていれば、それに応じて行動すればいい。慎二がそう考えた時、その姿が突如消え、

 

「!?」

 

 いきなり目の前に出現した。

 

(早っ!)

 

 そう思考することさえやっとのこと。慎二の運動能力は学生としては高い方だが、これから振り下ろされる赤毛の女の拳は、もはや兵器のレベルだ。躱せはしない。

 

「【ザ・ハンド】!!」

 

 そこで慎二の命を救ったのは億泰であった。スタンド【ザ・ハンド】の右手が、何もない前方の空間で、弧を描く動きで振るわれる。すると、その能力により空間が削り取られ、

 

 グォンッ! パッ!!

 

 慎二の体が、その『削られた空間』を穴埋めする形で、瞬間的に移動させられる。慎二という叩き付ける対象を失った拳は、慎二の背後にあった壁に撃ち込まれ、コンクリートを豆腐のように粉砕する。

 

(魔術……!? いやでも……乱暴すぎだろ!)

 

 助かったことを喜ぶ余裕もなく、慎二は必死でフーゴから渡された拳銃を抜き、女に向けて撃つ。しかし、至近距離から放たれた弾丸を受けても、彼女は当然の如く微動だにしなかった。

 

「私を無視しますかっ!」

 

 自分が傍にいると言うのに、マスターへの攻撃を許してしまったライダーは激昂し、彼女に襲い掛かる。大木も容易く圧し折る拳が放たれる。

 

 バッシィィィィ!

 

 しかし、ライダーの【怪力:B】を伴った拳を、赤毛の女はキャッチャーがボールをしっかりとミットで受け止めるように、完璧に抑え込んだ。

 

「貴様っ!!」

 

 だがライダーもこの程度で怯みはしない。更に力を込め、敵マスターに押し込んだ。勢いよく背中から壁に打ち付けられた衝撃で、壁は砕け、彼女は壁の向こう側の部屋へと、ライダーごと転がり込んで行った。

 

「ライダッ……」

 

 メメタァッ! ズガァッ! バキャァァァッ! ドズヴッ! ベキャァッ! ビキィッ!!

 

 叫んで後を追おうとした慎二だったが、砕けた壁の穴から鈍い打撃音や、破砕音が連続して聞こえ続け、止む気配がない。

 どうやら、向こう側で拳の応酬が行われているらしい。

 

「……なあ慎二。これ、中に入ったら巻き添えで死にそうなんだが」

「……うん、僕もそう思う」

 

 億泰が及び腰で言うのに、慎二も同調せざるを得ない。正直、このまま逃げ出したい。

 けれど、

 

 バキャアアアアッ!!

 

 逃げる間もなく、壁に新たな穴が開き、掴みあう女が二人、廊下に躍り出る。空中でライダーの方が身を捻り、相手の女を慎二たちのいるのとは逆の側に放り投げた。

 

「ふっ!」

 

 強く投げられた赤毛の女は、顔を天上に向け、後頭部を床に叩き付けられる体勢にあった。しかし彼女は呼気を一つ吐いたかと思うと、頭部が床に触れる直前、裏拳を床に叩き込み、その反作用で身を浮かせ、反転宙返りを決めると、足から鮮やかに着地する。

 

「マジで何者だ? 魔術師かホントに!」

 

 英霊並みの動きを見て、慎二は呻く。到底、魔術師とは思えない。囲碁の大会に、オセロの名人が乱入してきたような、恋愛ゲームにゾンビが殴りこんできたような、そんな場違いな相手であった。

 

「……さんざん殴ったつもりですが、あまり手ごたえは無いようです。いざとなれば、宝具を使うこともあり得ます」

 

 慎二の前に降り立ったライダーが言う。ライダーの宝具は、ミサイルにも匹敵する兵器並みのシロモノだ。それを使う必要があるかもしれない。それほどの相手だと言うのだ。

 慎二は冷や汗を流しながら呟く。

 

「……策が、間に合うかどうかによるな」

 

   ◆

 

「先ほどの銃弾……アーチャーが他にいることを考えると、君はアサシンかね?」

「惜しいが違うな。この俺は『銃士(ガンナー)』。エクストラクラスという奴さ」

 

 ホル・ホースと自ら名乗りをあげた型破りなサーヴァントは、クラス自体が型破りであった。キャスターの問いに笑って答えた後、先手を取って行動を開始する。

 

「【拳銃皇帝(エンペラー)】!!」

 

 メギャン!

 

 テンガロンハットのサーヴァントは、空っぽの手にリボルバー式の拳銃を出現させる。

 この拳銃が、彼のスタンド宝具。

 タロットの大アルカナにおける4番目『皇帝』のカードの暗示。

 正位置においては、支配、安定、成就、行動力。

 逆位置においては、横暴、傲岸不遜、傲慢、身勝手。

 また、統治、防御、そして同盟を意味する解釈もある。

 

「脳みそ、床にぶちまけやがれ! キャスターよぉ!」

 

 銃口から、自在に動く弾丸が3発、連続で発射された。

 

「スタンドの弾丸……生前の私であれば危なかったかもしれないが……」

 

 キャスターは弾丸が発射されると同時に、自分の首元に巻かれた蝶ネクタイを解いた。一本の帯となったネクタイが、彼の手の中で揺れる。そして、

 

「キャスターとして召喚されたのは正解だった!」

 

 ネクタイが奇妙に蠢き、蛇が獲物に襲い掛かるように弾丸を絡めとる。ネクタイはスタンド弾に巻き付いて、その動きを抑え込む。前から迫る3発の弾丸を瞬時に捕え、

 

「ふっ!」

 

 次にキャスターの背中側へと伸びて、後方から迫っていた『4発目』、否、『先に撃たれたまま宙を飛んでいた1発目』をも防ぎ、捕まえる。

 

「な、なにぃっ!?」

 

 自分の自慢の弾丸を、正面から捕らえたうえに、背後から仕掛けた奇襲をもしのがれた。ホル・ホースはその鮮やかな手際に驚愕する。

 

「スタンドはスタンドでしか攻撃できない。だから、私にスタンドを倒すことはできないが、防ぐことくらいならできる」

 

 キャスターの手の中で、四つの結び目ができたネクタイがクネクネと踊るように動く。

 そのネクタイは、キャスターがサーヴァントとして召喚されたことで身に着けたスキル【道具作成】によって作り出したものだ。

 東南アジアに生息する、サティポロジア・ビートルというカブトムシの糸によって作ったネクタイを魔術で再現したもの。100パーセント波紋を通すことができる。波紋使いが持つ武器としては最高の物だ。波紋を流すことで自在に動かせ、鉄のように硬くすることができ、生命レーダーとして死角からの攻撃も察知することも可能なのだ。

 

「むっ……」

 

 キャスターは、自分の手のネクタイから、銃弾の手ごたえが消失したことに気づく。ホル・ホースが【拳銃皇帝(エンペラー)】の弾丸を消したのだ。

 

「やるな、おっさん。だが、防ぐだけじゃ、俺には勝てないぜ」

 

 いくらスタンド弾を防ぐことができても、キャスター自身が言うとおり、スタンドを倒せるのはスタンドだけ。なら、距離を置いて戦えば、ホル・ホースが一方的に攻撃できる。防戦一方のキャスターは、どう頑張っても負けないのがやっとだ。勝利は得られない。

 

「ああ、君の言う通りだ。この勝負に、私の勝利はない」

 

 自身の不利を認めながら、しかしキャスターの表情に屈辱や失意は浮かんでいない。ただ静かに微笑み、

 

「あるのは、彼女の勝利だ」

 

 直後の爆音と、ビルの震動を迎え入れた。

 

   ◆

 

 凛の放つガンドが、士郎を狙っていたときよりも、更に激しく放たれる。威力もより強力だ。士郎相手のときは手加減していたというのは、本当であったらしい。

 けれど、

 

「ふん」

 

 魔弾の雨を、両拳によって叩き落とし、士郎と凛に向かって近づいてきた。

 

「こ、この程度なら……能力を使う、までもねえ……」

 

 凛の魔弾よりも、なお速く強い、拳の連打。海を割り裂くモーゼのように、弾雨を割って、男が迫る。

 

(この程度は、予想の範囲内……)

 

 凛は、魔弾を撃つ方とは別の手でポケットをまさぐり、一粒の宝石を取り出す。

 

Anfang(セット)

 

 宝石を軽い手つきで投げ放ち、同時に呪文を口にする。放たれた赤い宝石は、敵サーヴァントの目前で炸裂した。炎が弾け、風が激しく周囲を叩く。

 

「どうよ……!【対魔力】を持たないサーヴァントなら、ちょっとは」

 

 相手のクラスはわからないが、既に【対魔力】を持ち、魔術師の天敵とされるサーヴァントは全員知っている。相手が魔術に耐性がある可能性は少ないと見えた。

 凛は、爆発から顔を庇いながら、相手の様子をうかがう。しかし、爆発の炎や煙が弱まったあとの爆心地には、誰の姿も見当たらなかった。

 

「……今ので倒した、なんてわけないわよね。気をつけなさい、どうやら逃がしたわ」

「ああ……一体どこに」

 

 凛が汗を一筋垂らしながら、士郎に声をかける。士郎は頷き、周囲を探すが、気配も感じ取れない。霊体化した可能性もある。

 

(セイバーを呼ぶか……?)

 

 貴重な令呪を消費してでも、サーヴァントの応援を呼ぶべきか判断に迷った瞬間、士郎の足元が『膨れた』。熔けたガラスに、息を吹き込んだように。

 

「っ!?」

 

 膨れた床が弾け、内部から現れたのは禍々しい死の手。まず放たれたのは手刀。刃物でもないのに、その速度によって士郎の胴体を切り裂き、鮮血を飛び散らせた。そして士郎が悲鳴をあげることも許さず、彼の首を掴んで抑える。

 

「ぐっ!」

「大人しくしろよ……? おい女のガキ……こいつを殺されたくなきゃ……令呪を使って自分のサーヴァントを……殺しな……」

 

 床を水のように潜り、泳ぎ、浮かび上がって来たサーヴァントは、凛へと命じる。士郎の喉は、既に少し解け始めていた。

 

「……そいつとは元々敵同士よ? 人質になると思ってるの?」

「へっ……本気で言ってるなら……こいつごと俺を仕留めるんだな」

 

 男の口元に卑しい笑みが浮かぶ。彼には確信があった。サーヴァントを自害させることはできないかもしれないが、人質が通用することは、確信していた。生前、邪悪に手を染め続け、浸り続けてきた彼だからこそ、相手が善人かどうかくらいすぐにわかる。

 

(こういう奴は、人質を見捨てることを気にするからなぁ。ウヒヒ……たとえこっちの言うことを聞かなくても……見捨てたという心の重荷を抱えた相手なんざ、ラクショーで殺せる……)

 

 悔し気に黙る凛に対し、男は士郎を殺して、その生首を投げつけてやろうかなどと考えながら、士郎の方を見る。士郎の顔は、さぞ恐怖に歪んでいるだろうと思っていた男だったが、

 

「…………!?」

 

 その顔を実際に見て、驚く。士郎の目は男を睨み、その眼差しに、恐怖は含まれていなかった。いや、それどころではないことを、男は理解してしまった。

 

(なんだこいつ……!?)

 

 彼は生前、『相棒』と共に悪事を行っていた。『相棒』の生きがいは、『他人が絶望に落ちるときの表情』を見ることであった。人間が死ぬ瞬間の表情こそが、『相棒』の研究対象であり、最大の幸福であった。男も『相棒』のその研究に付き合い、幾人もの絶望と死の表情を眺め、ビデオに録画してきた。

 だが、士郎の浮かべる表情に、これまで数えきれないほど見て来た、絶望はなかった。

 それでも、それが生前の自分を打倒した男、ブチャラティのように、覚悟によって死の恐怖と絶望を乗り越えたようなタイプなら、理解はできずとも『そういう奴もいる』と受け入れることはできた。

 だが士郎は違う。死に対する恐怖がそもそも無い。絶望も無い。自分の命を大切にしていないということは、自分が無いのと同じことだ。人間を構成する要素が欠けている。砕けて外れてしまったかのように。

 

(なんだ……こいつはッ!?)

 

 見たことのない相手。未知の存在。幾人もの人間を躊躇いもなく、無造作に殺してきた男は、ただただ純粋に、心の底から思った。

 

気持ち悪い(・・・・・)

 

 自分が得体の知れないエイリアンを掴んでいるような思いに囚われ、男は士郎を反射的に投げ放していた。

 

「ううっ!」

「衛宮くん!?」

 

 士郎を投げつけられ、咄嗟に受け止めてよろめく凛。

 一方、男は士郎を掴んでいた手を、薄ら寒い思いで見つめた後、その身をズブズブと床へと沈めていった。

 

「気分が悪い……今日はもうやめだ」

 

 その台詞を残し、男は姿を消す。その後もしばらく、士郎と凛は周囲を警戒していたが、本当にその場を離れたらしく、攻撃は無かった。

 

「どうやら本当に行ったようね……衛宮くん? その傷……」

 

 ほっと息をついたところで、凛は士郎の傷を気にする。サーヴァントの手刀によってつけられた傷からは、血が止まらずに流れていた。

 

「ああ……見た目ほど大したもんじゃないさ」

「ちょっとは気にしなさいよ! ああー、もうっ! ちょっと助けられちゃったし、もう戦う気も失せたから、私の家に来なさい! 手当くらいしてあげるわ!」

 

   ◆

 

「なんだっ!? 何があった!!」

 

 ホル・ホースが揺れるビルの中で叫ぶ。壁がミシミシと鳴り、天井から埃や砕けたコンクリートの破片が落ちる。廊下が傾き始め、窓ガラスが嫌な音を立てて割れていく。

 

「これからこのビルは倒壊する」

「はぁ? そんな大規模な魔術や宝具が使われたような魔力の動きは……まさかっ!」

 

 ホル・ホースは自分の間抜けさに気づいた。魔術などというものを知る前なら、容易に辿り着けただろう答え。

 

「爆弾かっ!」

「そう。これが私たちの策。私たちの決め手は、私でもライダーでもない。私のマスターだったのさ」

 

 サーヴァントにも気取られず、結界にも反応しない、単純明快な物理的破壊。

 爆破解体(デモリッション)――爆発物による建築物解体技法。爆弾で支柱を破壊することで、建築物を自重によって圧壊させるという、衛宮切嗣が精通していた技術である。

 それを切嗣から学び、身に着けた久宇舞弥が、今回の策の主役であった。幸い、このビルはありふれた技法で建てられており、外観を観察するだけで設計は八割以上正確に推察できた。支柱の位置も簡単に掴めた。後は、敵の目が舞弥へと向けられない時間を作り出すだけ。

 

「君や私は、ビルの倒壊に巻き込まれてもなんてことはない。マスターたちも避難の準備や心構えはしている。だが、何の準備もしていない君のマスターはどうかな?」

「ちぃっ!!」

 

 ホル・ホースが事態を把握したときには、もうビルは音を立てて崩れようとしていた。

 

   ◆

 

 爆音が響いたとき、慎二は策が成ったことを知った。ならばもう戦う必要はない。早く逃げねば諸共潰されてしまう。

 

「行くぜ!!」

 

 ガオンッ!!

 

 億泰が右腕で円を描いて壁を大きく削り、大人でも通れる丸い穴を空けた。後はそこから出るだけだ。

 だが、赤毛の女魔術師は揺れる床を蹴って、慎二たちに向かって走る。その動きは、このビルから避難するための動きではない。

 

「こいつっ、まだやる気だっ!」

 

 なんと飽くなき闘争心。ビルの異常がわかっていないはずはないのに、それでも自分は生き延びれる自信があるのか。並みの魔術師では、落下の衝撃と、瓦礫による圧迫に耐え切れず死んでしまうのは必至であるのに。

 

「残念ですが、我々にはもう、やる気はありません」

 

 流石のライダーも付き合っていられず、鎖をしならせて振り回し、投げつける。鎖を巻き付けて、動きを封じようと言うわけだ。だが、その鎖が巻き付くよりも前に、彼女は床を砕いて階下に落ちていった。次に取る行動は明白。

 

「下からっ」

 

 次の瞬間、億泰の足元が砕けて、グローブのはまった拳が襲い掛かる。

 

「【ザ・ハンド】!」

 

 億泰は自らのスタンドで、その拳をガードするがあまりの威力に、腕を弾き飛ばされそうになる。

 

(こいつっ、クレイジー・ダイヤモンドやスター・プラチナ並みのパワーだぜ!)

 

 スタンドをもってしても、簡単に倒せる相手ではないが、もう時間がない。既に天井から瓦礫が落ち、床も傾き始めている。

 

「一抜けたぜっ!」

 

 億泰は床を飛び、先ほど開けた穴から、地上から10メートル以上の高さにある空間に躍り出る。それを逃すまいと、鉄腕の女魔術師も手を伸ばすが、その後頭部に急な打撃をくらい、動きを止めることになった。

 

「っ!?」

『レディィィィ!』

 

 敵マスターを驚かせたのは、慎二の行動だった。彼は、億泰を追おうとした女の赤い頭に向けて、自らのスタンド【マイキー・ザ・マイクマン】を投げつけたのだ。手足の生えたマイクのようなスタンドが、勢いよく頭部にぶつかったため、一瞬注意がそちらに向いてしまった。結果、億泰はもう完全にビルの外だ。

 残った慎二も、ライダーが横抱きに抱え、壁を体当たりで破壊して脱出していった。そして直後、ビルは完全に大地に向かって崩れ落ちていく。赤毛の女魔術師が、外に出る前に。

 3秒後、5階建ての空きビルは、完全に瓦礫の山と化した。

 

   ◆

 

「勝った……のか?」

 

 ライダーに横抱きにされたままの慎二は、夕日の沈んだ暗闇の中、瓦礫の惨状を見つめて呟いた。

 

「見ていましたが、サーヴァントもマスターも、出てきた様子はありません」

 

 慎二の呟きに応えたのは、舞弥だ。慎二が見ると、舞弥と、そして舞弥に横抱きにされた億泰がいた。舞弥よりも大柄で背も高い億泰が、舞弥にお姫様抱っこされている様は非常に珍妙なものであった。筋力を魔術で強化してあるからできることだ。

 

「おい……早く降ろしてくれよ」

 

 億泰が若干頬を赤くして言う。落下してきたところを、受け止めてもらった手前、強く言うことはできないのだろうが、流石に成人男性がこんな格好になっているのは恥ずかしい。

 

「……これは失礼」

 

 そう答えた舞弥の声が、彼女にしては楽しそうに聞こえたのは気のせいだっただろうか。

 ともかく、億泰と慎二は彼女たちの腕から降ろされた。

 

「勝ったってことでいいのか?」

「拠点一つを台無しにしたわけだから、損害という意味では向こうの負けさ」

 

 慎二はそう言うが、敵マスターがどうなったのかはわからない。ああも化け物じみた戦闘的魔術師なら、あるいは生きているかもしれない。だが、拠点が潰れた以上、町に出ていくしかない。そして、町にはフーゴの情報網が張り巡らされている。どこにいたってすぐにわかる。追撃も奇襲も容易い。

 そして、サーヴァントの能力も知ることができた。かなり追い詰めたと言っていいだろう。

 

「ここは長居しない方がいい。人も集まってきたし、いつ警察が来てもおかしくない。事情聴取は面倒だろう?」

 

 今まで魔術により人を遠ざけていた効果が消えた今、ビルの突然の倒壊を知った通行人や、周囲の建物にいた人々が集まってきている。キャスターは早くこの場を離れることを提案した。一同は賛成し、その場を自然な素振りで立ち去るのだった。

 

「キャスター。敵のサーヴァントはどうしました?」

「お互い、ビルの完全に崩れる前に霊体化して、外に逃げたんだがね。あちらがどうなったかはわからないな」

 

 ホル・ホースはビルの倒壊が始まると、すぐにその場から逃げ出した。マスターを気に掛ける様子もなく、脇目も振らぬ逃走ぶりはいっそ見事だったとキャスターは語った。

 

「だとすれば、やはりマスターは生き延びているかもしれませんね。サーヴァントがマスターの魔力供給なしに存在できない以上、マスターが死ぬ可能性があるのなら、そんなにあっさり逃げられるものではない。マスターがこの程度で死ぬはずがないという信頼があったのでしょう」

「いやどうかな。あれは単に彼の性根のような気もするよ?」

 

 キャスターは舞弥の意見に、苦笑を混じらせて返答する。

 

「とはいえ、中々厄介な相手ではあるね。自分の強さと弱さを良く知っている手合いだ」

 

 ガンナーへ、油断してはいけないという評価を下すキャスターに、ガンナーのことを良く聞こうとした慎二であったが、彼のポケットの中で携帯電話が鳴る。フーゴからの連絡だ。

 

「もしもし、フーゴか。そっちは片付いたのかい? こっちは例の情報から、バゼット・フラガ・マクレミッツと戦闘したところだよ。たった今、拠点を潰して引き上げているところ。詳しい経緯は……え? 何? 何だって?」

 

 慎二は、フーゴの言ったことを聞き返す。聞こえなかったのではない。その内容が、非常に不思議でおかしなものであったからだ。

 

   ◆

 

「だから、バゼットと戦ったはずがないと言っているんだ。バゼット・フラガ・マクレミッツは……」

 

 フーゴは電話をしながら、傍のベッドに横たわる女性に目を向け、

 

「今ここにいるんだから」

 

 彼女がバゼットその人であると確認した。

 今日の『仕事』でアメリカン・ギャングを完全に潰した終えた後、部下からの連絡を受けて彼女のことを知った時、自分も慎二同様にその連絡を疑った。彼女が見つかったのは、新都とは川を挟んで逆側、深山町の古い廃屋の中であった。たまたま、その廃屋を夜の寝床にしようと入り込んだホームレスが倒れた彼女を見つけて、死体かと思って驚き騒いでいたのを、フーゴの部下が聞きつけたのだ。

 美しい顔立ちの赤毛の女性。左目の下に泣き黒子。耳にはイヤリング。鍛え上げられた体に男性用スーツをまとい、右手には手袋をはめている。しかし、問題は左手。

 

 左手は、肘から先が切断され、失われていた。

 

 しかも奇妙なことに、その切断面からは血が出ていなかった。刃物で断ち切られたり、衝撃でちぎれたりといった、普通の傷ではない。

 一度ドロドロに肉と血と骨が、『溶けて』から、手がちぎれた後に、また固まって傷口が塞がったように見えた。チーズとトマトソースが混ざったピッツァのように。

 

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 

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