Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT11:懐かしき思い出に

「何よ、失礼しちゃうわ。レディに向かって」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、冗談めかして言う。しかし、その口ぶりと違って、その目からは冷たく鋭い視線が放たれ、億泰へと突き刺さって来ていた。

 

「おいおい、レディっつーんなら、そんな言い方するもんじゃねぇぜ?」

 

 しかし、億泰はまるで動じずに、変わらぬ態度をとる。

 億泰にしてみれば、この程度の殺気はどうと言うことも無い。友人と交際する、黒く長い髪が自慢の女性が、友人の浮気を疑った時に流れ出す瘴気の方が、遥かに恐ろしい。

 イリヤの放つ殺気は強くはあるが、億泰に言わせれば『ドス黒さ』が足りない。

 

「……いいわ。聖杯戦争は、夜にするのがルールだものね」

 

 イリヤは諦めてため息をつく。

 

「それで? なんでこんなところにいるの、オクヤス」

「そりゃ、お前と違って大人だからな。仕事に決まってるだろ」

 

 億泰は偉そうに笑って言う。

 

「仕事?」

「舞弥に頼まれて色々と調べてんだよ。お前こそ、なんでいるんだ?」

「散歩よ? アインツベルンの城から出るなんて初めてだもの。折角なんだから、楽しまなくっちゃ」

 

 イリヤの答えに、億泰は羨まし気に唸る。

 

「気楽なこと言ってくれるぜ! 俺なんか、まったく昼も夜も働きづくめで、嫌になるぜ。昨日も倒れるビルから逃げたりよぉ」

「あら、あのビルの倒壊は貴方たちのせいだったの。派手にやるわね?」

 

 イリヤのその小生意気な表情に、億泰は自分が余計な情報を漏らしたらしいことに気がついた。億泰は、目を左右にキョロつかせ、すっとしゃがんで目線をイリヤに合わせ、気まずげな表情をイリヤに近づける。

 そして、

 

「今のは、舞弥には内緒にしてくれ。な?」

 

 ぼそっと、頼み込んだ。

 それは素の行動であった。イリヤを油断させるなどといった演技ではない。

 そんな計算をして動けるほど、億泰は頭が良くない。そのエサを食べ損ねた大型犬のような、情けない表情につくったものなど何もない。全くの自然体で、億泰はイリヤと話しているのだ。

 先日殺し合った相手だというのに。懐かしくも変わらぬ友人として。

 

「……プッ、ククク……アハハハハ! 何よオクヤス! 貴方の方こそ、全然成長が無いじゃない! アハハハ!」

 

 イリヤはよくわからない笑いの衝動がこらえきれず、お腹を抱えて笑う。

 笑われた億泰は渋い顔をして、

 

「ちぇっ。けどよ、もう雪合戦では負けないぜ?」

 

 そんなおかしな負け惜しみを口にし、イリヤをますます笑わせる。戦争の町に、不思議に温かな空間が生まれていた。

 

「あ~、とにかく、黙っていてくれるんなら、なんか美味い物奢るぜ?」

「仕方ないわね。殺しちゃう前に、ちょっとだけ遊んであげるわよ」

 

 コロコロと鈴のように笑いながら、イリヤは億泰の提案に頷いてくれた。それを受けて、億泰は冬木の観光案内パンフレットを取り出し、近くのレストランや喫茶店を探す。今の財布の中身でもなんとかなりそうな店を。

 

(思いつくまま話していたら、なんか上手くいきそうだぜ)

 

 イリヤの殺気は本物で、あとで殺そうと言う言葉も本気だろう。

 けれどそれだけだ。

 

(殺し合いになっちまったっていう、ただそれだけのことだぜ。仲直りできるさ)

 

 他人が聞けば正気を疑うかもしれないが、億泰は本気だった。何せ、成功例がある。

 億泰は、今では親友となっている男と、初対面で殺し合ったのだ。自分も舞弥も、勿論士郎も、イリヤと仲良くすることは十分できるはずだ。

 そして、イリヤが復讐以外の道を歩むことも、当然できるはずなのだ。

 

 もちろん、億泰も簡単にそこまでいけるとは、考えていない。

 

『本心はてめーが答えねェーことを願ってンだよォォォォ――――ッ! てめーを削り取りたくてウズウズしてんだぜェッ! このボゲェ――ッ!!』

 

 かつて、億泰は兄を殺した男に、そう叫んだ。

 その時の狂おしい怒りは、今でも胸の奥に焼き付いている。友の手前、冷静になろうとしながらも、噴き出ることを止められない殺意は、今も心の底で燻っている。

 兄の仇に勝利し、越えてなお、全てが消えることはきっと無いだろう。

 兄との思い出がある限り。兄を好きだったという感情が消えない限り。つまりは、億泰が生きている限り、その『黒い炎』が消えることはないだろう。

 けれど消えなくても――人は生きていくものなのだし、幸せになることだってできるのだ。

 

   ◆

 

「マスター」

 

 一人、男子トイレで用を足していたときに女の声で呼びかけられ、危うくファスナーで股間のものを挟むところだった。

 一瞬の間を置き、その声が聞き覚えのあるもので、少なくともトイレの怪談めいたものでないことを理解し、慎二は振り返る。

 思った通り、そこにはバイザーをかけた女がいた。

 

「……ライダー。男子トイレに入ってくるんじゃない」

 

 まだ動揺を鎮め切れてなかったらしく、そんなどうでもいいことを口にしていた。

 

「安心してください。何も見えてはいません」

「そういう問題じゃねえよ……!」

 

 怒ればいいのか、呆れればいいのか、わからず慎二は呻いて、顔を手で覆う。

 

「で、なんの用だ。アトラムを見つけたか?」

「いえ、聖杯戦争とは関係ないのです。ただ少し……話したく思いまして」

「何?」

 

 慎二は予想外の言葉に驚く。

 

(嫌いな奴と何を話すっていうんだ?)

 

 桜を束縛し、苦しめる間桐の一員たる慎二に、ライダーが聖杯戦争のこと以外に話すようなことなど思いつかない。

 

(まさか、このタイミングで反旗を翻す、なんてことはないよな?)

 

 ライダーの目的は桜だ。間桐の家に囚われた桜を解放するために、ギリシャの女怪は戦っている。だが、間桐の支配者である間桐臓硯は一筋縄でいく男ではない。

 数百年を生きる老魔術師を排除する手段を見つけてからでなければ、慎二に手を出すようなことはないと思っていたが。

 

「桜のことです」

 

 ライダーの言葉に、慎二は得心がいった。それなら、わざわざ嫌いな相手と話す意味もわかる。桜の何を話す気か知らないが、まだ殺されるようなことはなさそうだ。

 

「……いいだろう。屋上に行くぞ」

 

   ◆

 

「へえ、ニホンのお菓子も結構美味しいじゃない。おじい様は、腐った豆とか生卵や生魚を食べてるって言っていたけど」

「……間違ってるわけじゃねえが偏見たっぷりだな。あれだ。アインツナントカの爺さんはすっかり日本嫌いになっちまったっぽいな」

 

 和菓子屋に入って、みたらし団子を手にしながらイリヤが言う。億泰の方はお茶だけだ。あまり小遣いは渡されていないのだ。

 

「まあ娘さんさらって行ったようなもんだからな。承太郎さんのお袋さんも、日本人の旦那と結婚して家を飛び出していったっていうぜ。ジョースターさんはそれから日本人が嫌いになったって……うん? でも仗助のお袋さんは日本人だよなぁ。それはそれ、これはこれって奴かぁ?」

「ジョータロー? バーサーカーのことよね? オクヤスはバーサーカーと仲いいのね」

 

 茶をすすりながらとりとめもなく呟く億泰の言葉に、イリヤは興味を惹かれて声をかけた。

 

「おう、まあな。イリヤは承太郎さんのこと好きらしいな」

「うん! 強いしカッコいいし、傍にいてくれるもの!」

 

 承太郎さんモテるなぁと思いながら、億泰は頷く。確かに空条承太郎はそこらの俳優など足元にも及ばない、ルックスとスタイルの持ち主だ。そして中身は外見以上に男前である。

 

「……敵に回したくない相手№1な人なんだけどなぁ」

「逃げるなら別に追わないから、今からでも聖杯戦争降りてもいいんじゃない? 私は士郎さえ殺せばいいから」

 

 あっさりと言ってくれるが、イリヤに士郎を殺させるわけにはいかないのである。

 

「う~ん、お前の方は降りれないのか? アイリさんのことからすると、今回の『聖杯』はお前なんだろ?」

 

 億泰の指摘に、イリヤは息を呑む。呑気な様子から、何の気なしにアインツベルンの重要な秘密を口にされ、一瞬うろたえてしまったのだ。しかし、億泰は前回の聖杯戦争に、アインツベルンの一員として参加している。アインツベルン製ホムンクルスのマスターの正体を知っていても、むしろ当然である。

 

「……そうよ」

「だったら、この聖杯戦争に勝とうが負けようが、お前死んじまうってことだよな? アイリさんみたいに」

 

 十年前、土蔵に力なく横たわる、イリヤの母の姿を思い起こし、痛みをこらえるような表情を浮かべる。案外涙もろい億泰の目じりには、微量の水が湧いていた。

 

「そうなったら、もう団子も食えねえし、雪合戦もできないんだぜ? そこまでしなくちゃいけないことなのか?」

「……気軽に言ってくれるなぁ」

 

 真正面からの素直な問いに、イリヤは怒るでもなく、やや呆れながら微笑む。

 

「雪合戦なんてするほど子供じゃないけど、美味しいものはちょっと惜しいかな。けど、一族の悲願だから……お母さまも、そのお母さまも、ずっとずっと、この日のために身を捧げてきたのだもの」

「……アイリさんは、イリヤの身を捧げさせないために頑張ってたんだぜ?」

 

 億泰は言うが、声には力がなかった。アイリの頑張りを知りながら、その願いを叶えられなかった後ろめたさが、力を失わせるのだ。

 

「アイリさんが最後に、俺に言った言葉だ。『ごめん』ってな。『でも、切嗣も私も、あの子のことを大切に思ってる』ってな」

「…………」

 

 イリヤは俯き加減で億泰の声を聞いていた。

 

「今更……」

「ん?」

「今更じゃない、そんなの……。私にはもう……他に道なんてないのに」

 

 顔をあげたイリヤが、億泰を見つめる。睨んでいるのではなく、ただ静かに見ている。殺気もなく、ただ見ているだけであったが、億泰にはその眼差しが、殺気を伴う眼光よりも恐ろしく感じられた。

 

「キリツグが何を思っていたところで……私を独りぼっちにしたのに変わりはないのに。シロウが何も知らなかったところで……キリツグを盗ったことに変わりはないのに」

 

 イリヤのしている目を、億泰は客観的に見たことがある。

 こちらを見ているようで、何も見てはいないような暗い双眸。

 敵を見ているようで、ただ自分自身の憎悪のみを見つめているような眼差し。

 一冊の書物と、幾本ものナイフを手に、億泰と戦った少年と同じ目であった。

 

『母の死体を、拾いに行ったんだ……。父に復讐を。それだけを考えて、生きて来た』

 

 億泰を殺しかけた少年は、そう言ったのだと聞いた。

 

 蓮見(はすみ)琢馬(たくま)

 

 億泰にとっては、億泰の友人である東方仗助の母親を傷つけた男。他にも殺人を犯し、町を騒がせたスタンド使い。

 スタンドは、本の形をした『The Book(ザ・ブック)』。本のページを見せることで、自身の体験した記憶を、相手に追体験させられる。自動車事故にあった記憶を見せれば、相手を自動車にはねられて重体になった状態にすることができた。億泰自身、重度のインフルエンザ患者にさせられてしまった。

 億泰にとって、琢馬はただの敵でしかなかったが、後から推測するに、彼もまた復讐者であったのだろう。余裕の態度を崩さず、冷たく、億泰を侮辱して煽りながら、自分のことは何も話さなかった。

 

『俺のことは、ただの冷酷な殺人者だとでも思ってろ』

 

 自分の内面に、人生に、決して立ち入ることを許さなかった。

 

『明日の朝には、母の復讐が終わり、真の意味での俺の人生はスタートする』

 

 しかし、一つわかることは、彼もまた生きようとしていたことだ。復讐の先を求めていた。

 それはきっと、あの少年と同じ目をしているイリヤだって同じなのだ。

 

「なあ、イリヤ。切嗣や士郎を、恨む気持ちや復讐してえっていう気持ちはわかるぜ?」

「嘘。わかりっこない」

 

 イリヤはあっさり否定する。大事なものを失った気持ち、奪われた気持ちは、体験者にしかわからない。だから、自分のことをわかるなどできるはずないと、容易く言い返した。

 けれど、

 

「わかるんだよ。俺も、兄貴を殺されたからな。イリヤも知ってるだろ。形兆の兄貴だよ」

 

 イリヤは一瞬言葉を失くし、億泰をまじまじと見つめる。あの、自分がもっと幸せだと無邪気に笑っていられた頃の思い出と、まるで変わらぬ呑気でお馬鹿なこの男が、そんな悲劇を通過してきたなどと、とても思えなくて。

 

「兄貴は……ま、酷いことをしてきたし、自分の都合で何人もの人を殺しちまった。自分が殺したように、自分も殺されるのも、しょうーがねぇっつうことかもしれねえ。だけど、その時に殺されるのは、本当は俺のはずだったんだ。兄貴は、俺を助けて、身代わりになって死んだ。だから……絶対に、仇はとらなきゃいけねえと、誓ったよ」

 

 億泰は馬鹿だ。だから、嘘をついたり、作り話を本当のことのように話したりなんて、器用な芸当はできないと、イリヤは十分に理解していた。だから、億泰の言葉を信じる以外、ホムンクルスの少女にできることはなかった。

 

「……オクヤスは、復讐したの?」

 

 兄を殺した相手を、殺したのかと問う。

 

「いや……ぶちのめして、警察に突き出した。殺人は証拠がなかったが、盗みとかが発覚したからな」

「……なんで?」

 

 イリヤは重ねて問う。なぜ殺さなかったのかと。

 億泰のスタンドを使えば、証拠を残すことなく人を殺せる。躊躇う理由など、見当たらないのに。

 

「なあイリヤ。復讐ってのは、どうしても殺さなくちゃ駄目なのか?」

 

 逆に問われ、イリヤは言葉を返せなかった。聖杯戦争は殺し合いだ。復讐の相手が参加するなら、殺す。復讐と勝利を同時に遂げられるのだから、それで問題はないと思っていた。

 けれど、そう言われると困る。シロウにはキリツグの代わりに苦しんでもらいたい。けれど、自分はシロウを殺したいのだろうか?

 

「復讐っていうのはよ、自分の人生に決着をつけるためのものだと俺は思うぜ。復讐を果たさなくちゃ、自分の大切な人が浮かばれねえ。復讐を終わらせなくちゃ、その先に進むことができねえ。だから、何が何でも復讐しようとする……けど、復讐の相手を殺すことは、絶対の条件じゃねえって思うんだ」

 

 かつて億泰は、友人に言われた。

 敵討ちだとか、勝つとか負けるとかを考えるんじゃなく、護ることを考えるのだと。それが、敵を倒すことに繋がるのだと。

 そのときまで、兄の仇をぶちのめしてぶち殺すのだとしか、考えていなかった億泰であったが、自分個人の為ばかりではなく戦うことを学んだのだ。復讐の為ばかりでなく、復讐の先の意味を、見ることができるようになったのだ。

 

「重要なのはよ、乗り越えることじゃねえかな。自分の辛い気持ちを乗り越えること……別に敵を許せとか言ってるんじゃねえ。俺だって、別に許してるわけじゃねえ。ただ……自分の復讐心を超えることができれば、お前はもっと成長できるんじゃねえか。もっと、大切なことを見つけられるんじゃねえかと……クソ、自分で何言ってるのか良くわからなくなってきちまった」

 

 頭悪いなぁ俺と、苦い表情で悔しがりながら、何とかイリヤに想いを伝えようと、億泰は懸命であった。

 

「とにかくよっ! 俺はイリヤが人殺しになるなんて嫌だし、士郎を殺されるのも嫌なんだよ! だからよ、仲直りしようぜっ! なっ!」

「……もうちょっと頑張れば、感動的な説得になったような気がするけどなぁ」

 

 最後には単なる自分の願望を言うことになった億泰に、イリヤは呆れてため息をつく。

 

「やっぱ、駄目かぁ?」

 

 眉をハの字の形にし、情けない顔をする億泰は、お腹を空かせてご飯を待つ、大型犬を連想させた。

 

「……しょうがないわねぇ。レディとしては、そこまで言われて断っちゃ礼儀知らずになってしまうわね」

「! じゃあ!」

「話し合うのは承諾してあげる。ただし、話し合いが決裂したら、やっぱり戦争よ」

「おっしゃぁ! いつにする? 放課後でもいいか?」

 

 殺気を滲ませ、話し合いはするが仲直りするかはまだ決まったわけではないと、釘を刺すイリヤ。だが、億泰はまるで意に介さず、すぐにでも士郎の首根っこをひっつかみ、アインツベルン城に乗り込みに行く構えだ。

 

「……準備があるから、今日は駄目。明日の午後ならいいわ」

「よっし! 俺の方も話しておくから、美味い茶菓子用意しておけよな!」

 

 ルンルンという擬音が浮かびだしそうな勢いでうかれ、喜びを全身で表現しているような億泰。そのあまりにわかりやすい態度に、イリヤは殺気を出して本気になる方が馬鹿な気がしてきた。

 

「……アインツベルンは、古い名門よ? もてなしだって最高に決まっているでしょ? せいぜい恐れ入るといいわ」

 

 気がつけば、イリヤはそんな軽口を叩いていた。笑顔と共に。

 

   ◆

 

「昨夜……キャスターが使った術をどう思いますか?」

 

 屋上に昇ったライダーは、慎二にそう切り出した。

 

「バゼットを回復させたアレか? 魔術じゃないが、中々のものじゃないか?」

 

 現代医療では回復は運に任せるしかないような重傷。魔術師でも、一流でなければ癒せない傷だった。それを、息と血によって蘇らせた、あの技術。慎二の目からしても、いい仕事であった。

 

「貴方は……あれで桜を癒されると思いますか?」

 

 なるほど。慎二は納得できた。

 傷を癒し、生命をコントロールする脅威の技術。

 しかも、魔術ではないゆえ、魔術と同じやり方では防げない力。

 桜の体内を蝕む、『蟲』を排除しうる。少なくとも可能性はある。

 

「『波紋』か。確かにあれはジジイも知らない力だろう。対抗できるかも、な」

 

 そして、キャスターの人柄からして、事情を話して頼み込めば、少女を救う協力を惜しむことはないだろう。億泰も同様だ。舞弥は渋るかもしれないが、話し合う余地はある。

 

(問題はだ……キャスターが桜を助ける力になると決まった場合、僕は用済みになるってことだ)

 

 死を受け入れるのが魔術師の在り方とはいえ、まだ何もしてないうちに死にたくはない。

 もっとも、今のところ、慎二は自分がライダーにどうかされるとは思っていない。ライダーが離反するつもりなら、慎二に黙ってキャスター陣営に話をつけるはずだ。それをせずに話をするということは、何か交渉をするつもりであるということになる。

 

「貴方の目で見てもそうならば……期待できるということですね」

 

 ライダーが頷く。そして、

 

「マスター……はっきりさせておきましょう。私は、間桐を裏切るつもりでいる」

 

 堂々と宣言した。だが、慎二にとっては驚くほどの内容でもない。

 

「ふぅん? 雇用条件に不服があるのかな? まあ条件を変える気もないが……で、裏切ると言っても、『契約書』がある限り、逆らうことはできないはずだけど?」

 

 慎二は肌身離さず持ち歩いている『偽臣の書』を手に取って見せる。

 

「そう、そこが問題ですが……一つ簡単な解決策があります」

 

 ライダーは指を一本立てて言う。

 

「シンジ……貴方も一緒に裏切ればいい」

「……気軽に言ってくれるなぁ」

 

 慎二は、いや、桜も、慎二の父も、叔父であった雁夜も、誰もが、あの間桐の家の囚人であるのだ。看守は勿論、あの間桐臓硯。恐怖の絶対支配者。

 幼い慎二にとって、魔術の家とは、魔術師の血統とは、有象無象とは違う、特別な存在であるという誇りであった。だが、実際のところは、間桐の家はただ臓硯のためだけの道具であった。家は牢獄であり、血統は奴隷の鎖であった。

 その鎖から解き放たれたいと願ったのは、『本物』を知ったときからだ。いや、本来は

臓硯の家族をも犠牲にする、手段を選ばない姿勢こそが魔術師としての真実なのかもしれないが、そんなものは糞くらえだ。

 

『――本当の意味で強い人間になれ。胸を張って、誇り高く生きろ。そう在れれば、(ディオ)に祝福されなかったお前でも、夜の(スター)のような微かな光明程度は、見つけることができるだろう』

 

 あれこそが、慎二にとっての『本物』だと、自分でそう決めたのだから。

 

「つまりクソジジイを裏切るっていうことだろ? だがあいつは、何百年生きてるかわからない、下手すりゃお前よりもっと化け物だ。力や体よりも、もっと根本的な部分からな。そんな奴を敵に……元々味方になってもいないが……まわすのは問題だ。もともと、僕を聖杯戦争に出したのは、自分が裏で動くための囮程度の役割だろうさ。あいつがどう動いているのか知らないが、『本来より多いサーヴァント』が、あのジジイの仕業であっても驚きはしないね」

 

 あてずっぽうで、真実に近いことを言い当てていたなど、この時の慎二が知る由も無かった。

 

「ともあれ、今までは敵と見なしてもいなかったのを、完全に敵対するとなれば、相当にヤバいぜ? いくらあいつでも、英霊と正面から戦って勝てるわけはないが、絶対裏で暗躍して最悪のタイミングで仕掛けてくる。お前そんなに頭良くないし、罠にかかってやられるのが目に見えるようだぜ。僕にそんな危険な道に誘うって言うんなら、それなりの対価はあるんだろうな?」

 

 相変わらず、相手を苛立たせ、煽っていく慎二。しかし、ライダーはあくまで冷静に、

 

「対価ですか。そうですね……ずっと考えていました。貴方に報いる対価を」

 

 へえと、慎二の口からやや驚きを含んだ声が漏れる。同時に興味も沸いた。ギリシャの神話に伝わる反英雄が、いったいどんな対価を考えたのか。

 しかし、慎二の期待は、ある意味裏切られることになる。

 

「……ですが、所詮は仮初に顕現した、影に過ぎぬ身。実のある物は何も渡せません。対価となるようなものは、何も思いつきませんでした」

「なに? それじゃ……」

 

 慎二が文句を言おうとした時、ライダーはその高い位置にある頭を深く下げた。

 

「えっ?」

「それでも、それでもどうか、桜を助けるために。私の願いを叶えるために、力を貸してほしい。どうか、どうかお願いします」

 

 ライダーは、ただ真摯に頼み込んだ。報酬を与えることはできない。何も約束できない。

 それでも助けてほしいと、ムシのよすぎることを、口にする。

 

「お前、自分で何言ってるかわかってる?」

「恥知らずなことを言っている自覚はあります。けれど……それでもどうか、お願いしますと、言うしかないのです。『偽臣の書』の拘束だけのことではない。確かに臓硯は危険な魔術師です。魔術や戦術についての知識のない私だけでは、対処しきれないかもしれない。臓硯のことを良く知り、多くの知識を持った貴方の協力が欲しい。私にできることなら何でもしましょう。だからどうか……」

 

 ライダーは、ひたすら言い募る。

 

「貴方の協力が、必要なのです」

 

 そう言われ、慎二は顔を手で覆う。

 

「んなこと……言われてもな……」

 

 そして、指の隙間から空を見た。

 

「お前のお願い、なんて、なぁ……」

 

 顔から手を放し、いまだに頭を下げているライダーの後頭部を睨み付け、

 

「~~~~っ! しょうがない奴だなっ、やってやるよ!」

 

 口で何を言おうと、どんな態度を取ろうと、結局のところそう言うのだ。

 そういう奴なのだ。

 

 間桐慎二という少年は。

 

   ◆

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツが目を覚ましたのは、午後5時のことであった。

 目を開けたまま、数秒黙って天井を見つめた後、静かに上半身を起こす。

 

(点滴……)

 

 何を投与されているかはわからないが、精神や肉体に異常を感じられないことから、害のあるものではないと判断する。

 

(病院ではないですね。ホテルのようだ)

 

 点滴の針を抜こうとして、針の刺さっていない方の手が無いことを思い出す。

 

「……不覚」

 

 自分の身に起きた出来事を思い起こし、渋面をつくる。自分自身を殴り倒したい気分であった。もちろん、敵の方はその3倍も殴りたいが。

 しかし何より気になるのは『奪われたサーヴァント』が、今どうしているのか。

 

「おや、丁度よく、目を覚ましたようですね」

 

 部屋のドアが開き、振り向くと若い男が立っていた。

 

(日本人ではない……今のはイタリア語ですが、さて何者か)

 

 治療をしてくれていたのだから、ひとまず危害を加えるつもりはないのだろう。まず話を聞くことを選択する程度の理性は、バゼットにも存在した。

 

「はじめまして。僕の名はパンナコッタ・フーゴ。聖杯戦争に、ちょっと首を突っ込んでいる人間だよ。ミス・マクレミッツ」

「なるほど……こちらのことを知っているわけですか」

 

 どこまで知っているかわからないが、ヘマをして令呪を奪われたということは知っているのだろう。敗北者をわざわざ助ける理由があるとしたら、情報を聞き出すことくらいだろうが、

 

(用済みになったらどうなることか)

 

 片手でどこまで戦えるか、あまり楽観するわけにもいかない。見たところ、このフーゴという男、中々修羅場を潜っている物腰だ。

 

「大したことは知りませんよ。特に、君が何者にそんな目にあわされたのか、なんてことは全くわからない。つまり、そこを話してもらいたいわけですが」

「やはりそういうことですか。しかし、話した後、私を無事に解放してくれる保証はしてくれるのでしょうか?」

 

 ふむとフーゴは考え込み、

 

「わざわざ生かした奴を、もう一度殺し直すなんて無駄なことをする気はないですが。さて、どうしたら信頼してくれますか?」

「……そう聞き返されると、確かに難しいですね。どうも思ったより、頭の働きが鈍っているらしい」

 

 バゼットは首を振ってため息をつく。信頼をするとは容易いことではない。短絡的な言葉や行動で培うことはできず、常日頃からの行動をもって、時間をかけて生まれるものなのだ。

 この状態では何も保障になるものはない。しかし、拷問や催眠術などで聞き出すことなく、真摯な対話を行おうというフーゴの姿勢に、バゼットは賭けることにした。

 

「仕方ない。うだうだ言っていても話が進まないし、ずっとこうしてもいられない。話すとしましょう」

 

 赤毛の烈女は覚悟を決め、フーゴを睨むように見つめる。

 

「……お手柔らかに。けどまずは、飲み物でもどうです? 点滴だけでは本調子が出ないでしょう」

 

 食べ物はすぐには体が受け付けないだろうが飲み物くらいならどうかと、フーゴが提案した途端、

 

 グウ~~~~!!

 

 大きな音で、バゼットの体の半ばあたりが主張を行った。既に臨戦態勢にあるのだと。どんな相手でもかかってこいと。

 

「…………」

 

 彼女の顔が、髪の毛と同じような色に染まる。笑えばいいか、慰めればいいか、何を言おうと怒りそうなバゼットに、フーゴは出来るだけ表情を変えないように務め、部屋に備え付けられたルームサービスのメニュー表を取って差し出す。

 

「好きな物を言ってください」

 

 バゼットは顔を真っ赤にしたまま、注文したいものを指差していった。

 

   ◆

 

 コツコツという音を、士郎はその耳で聞いていた。しかし、その音が意味することはわからなかった。わからないようにされていた。

 それが自分の足音であるということを。

 自分が、自分の意思によらず歩かされているということを。

 

(…………)

 

 やがて、音が止まる。士郎が立ち止まったからだ。

 そして、その瞬間に士郎は我に返った。

 

「っ!? ここはっ!」

 

 既に日は沈み、暗くなった空の下、士郎は見知らぬ場所に来ていた。

 

「ようこそ。セイバーのマスター」

 

 見知らぬ場所で待っていたのは、見知らぬ男。

 長い金髪をした、褐色の肌の美青年。しかしその口元は士郎への嘲笑を浮かべ、目は欲望と殺意にぎらついていた。

 

「ふん、それにしても、こんなに簡単に暗示にかかるとはな。これは神代の魔術など使わずともよかったか」

 

 そう言う青年の足元の地面には、直線で形作られた模様が刻まれていた。それは、北欧地方に伝わる魔術文字『ルーン』。士郎を呼び寄せた、術の根源であった。

 それを為したのは、この聖杯戦争で唯一、ルーン魔術を身に着けたサーヴァント。

 

「なあ、ランサー」

 

 青い髪をした、狼や猟犬を思わせる鋭さを持った男――ランサー、クー・フーリン。

 ランサーは褐色の青年に答えることなく、朱色の槍を片手に、面白くも無さそうに立っていた。

 

(ランサー……ということは、こいつがランサーのマスターなのか!)

 

 最初に目にしたサーヴァントであり、自分を殺しかけた相手を見つけ、士郎が瞠目する。

 

「フン……まあいいさ。それより、セイバーのマスター。君に提案がある。何、簡単でありきたりなものだ」

 

 自分の言葉に反応する様子を見せないランサーに、褐色の男は肩をすくめた。そして、士郎に向かって右手を差し出しながら、言葉を紡ぐ。

 

「貴様の令呪と、セイバーのマスター権を渡せ。そうすれば、命だけは助けてやろう」

 

 男の名はアトラム・ガリアスタ。士郎は知らないが、慎二たちが探す聖杯戦争のマスターの一人。

 

「……頷くと思うか」

「なるほど。確かに、死の危険にさらされても『死そのもの』への恐怖が見えない。イカレているな」

 

 アトラムは、士郎に断られても気分を害した様子は無かった。別に怒るほどのことでもないからだ。

 

(手間は増えるが、まあ数秒余計に時間がかかるだけだ)

 

 士郎の背後の地面から、一本の『腕』が生える。

 奇妙な衣服に覆われたその腕は、次の瞬間には放たれた矢のような勢いで、士郎の令呪の宿る手に向かって手刀を繰り出した。

 

(これで、『3体』のサーヴァントを保持できる)

 

 アトラムは内心ほくそ笑む。魔術にせよ、戦闘にせよ、力を振りかざしての略奪が彼の本領であった。

 士郎は、目の前のアトラムとランサーに気を取られ、背後には全く気付いていない。

『マスター一人につき、サーヴァントは一体』。それが聖杯戦争の基本であると教わったがゆえに、例外への対処に気が回らなかった。

 

 ザンッ!

 

 斬撃音が響いた。

 しかし、それは士郎の手首が切り落とされた音ではなかった。

 

「!?」

 

 今度はアトラムが瞠目する番であった。

 斬撃音の発生源は、地面に深く突き刺さった、一振りの中華剣。

 

「ちぃっ!」

 

 腕を引いたセッコは忌々し気に自分を狙った、赤い外套の男に目を向けた。士郎のことをつけていたのか、まったくいいタイミングで現れる。

 

「アーチャー……組んでいたのか」

 

 しかし、アトラムの余裕は崩れない。彼には二体のサーヴァントがいるのだ。たとえセイバーが令呪で呼ばれても、マスターの差は覆せない。彼にはその自信があった。

 彼はスーツの内側より、小さな壺のような物を取り出す。それは彼の自慢の魔術を発動させる礼装だ。紀元前二百年ごろまで遡る、古き技術を受け継ぎ、利用した魔術。

 

猛れ(ガッシュアウト)

 

 呪文と共に、激しい光と音が、空間を引き裂いて力を撒き散らした。

 

   ◆

 

 自動車が一台、猛スピードでかっ飛ばしていた。スピードは言うに及ばず、二車線道路の左右は勿論、反対車線の隙間を縫って走り、信号もまるっきり無視する。警官に見られれば、免許取り消し程度で済まない勢いだ。しかし運転手は見られる危険性は考えていないし、見られてパトカーで追いかけられても吹っ切るだろう。

 そもそも、運転手の免許証自体が偽造なので取り消しも糞もない。

 

 その運転手の名を、久宇舞弥と言った。

 

「うおおおお!」

 

 いつ事故になっても対応できるようにスタンドを準備し、億泰は震えあがりながら助手席にしがみつく。

 後部座席の方では、その運転に対して顔を蒼褪めさせていたのは慎二だけだ。他の同乗者たちは、ギュウギュウに押し込められて狭苦しいのが嫌なだけで、運転の速度や荒さは気にしていない。

 

「な、なあ、もうちょっとスマートな運転できないのか?」

「士郎のためです。我慢しなさい。あと、下手に喋ると舌を噛みますよ」

 

 左右に車体を滑らせるように動かしながら、舞弥は冷徹な声を慎二に返す。

 舞弥が士郎につけていた蝙蝠の使い魔を通じ、士郎の危機を知ったのが数分前。急いで舞弥の自動車に乗り込み、舞弥、億泰、キャスター、慎二、ライダー、フーゴ、バゼットという大所帯で救援に走り出した。

 使い魔は、アトラムが放った『稲妻』の魔術により、撃ち殺されてしまった。今どうなっているかわからないため、舞弥の焦燥は深まるばかり。

 それゆえか、その異常に最初に気づいたのはフーゴであった。

 

「……すみません。さっきから、変な車がずっとついてきているようですが」

 

 言われ、舞弥はサイドミラーとバックミラーを交互に見る。

 背後についた自動車は、古い形の外国車であった。

 ガラスは薄汚れて曇り、中が見えないほどだ。そのためか窓ガラスを開けているが、運転手は腕しか見えない。腕はとても筋肉のついた逞しいものであった。

 車体にはサビが浮き、到底、舞弥の運転についてこれるようなものには見えない。しかし現実として、その古い車は舞弥の運転する車にピッタリとついてくる。どう曲がろうと、車線を変えようとだ。

 

(こいつは……)

 

 たまたまなどではありえない。舞弥はその車を敵と確信する。彼女は礼装の魔弾を装填した拳銃を抜き、窓から手を出して、相手のタイヤに向けて銃口を構える。しかし、トリガーが引かれる前に、相手の車の助手席側のドアがバタンと開き、人影が車の屋根に飛び乗った。

 

「っ!? あれは!」

 

 舞弥は、思わず窓から顔を出して後ろを見る。バックミラーの確認では気が済まなかったのだ。肉眼で確認した、屋根の上の人影、――舞弥は『彼女』を知っていた。

 女の姿は、『かつて見た時』とまるで変っていない。

 

「昨日のお返しと……そして『十年前』のお返しを、させてもらいに来たわ」

「なるほど……私たちがバゼットだと思っていたのは、貴方だったのですね」

 

 舞弥は、昨夜戦った相手である、『赤い髪の美女』を見つめて言う。

 

「生きていたのですか。ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ」

「当然でしょ? 愛は不滅なのよ」

 

 

 

 ……To Be Continued

 

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