Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT13:残る者は

 

 アトラムが召喚したサーヴァントは、極めて特殊なアサシンであった。

 

 まずアトラムは、召喚の術式に特殊な改造を加えることで、本来ハサン・サッバーハの内の誰かしか召喚されないはずのアサシンのクラスに、ハサン以外の英霊を割り当てて召喚した。前回に召喚されたアサシンが強力であったため、それに習ったのだ。

 

 そして呼ばれた彼の名は、チョコラータ。

 

 神代の英雄でも、偉業を為した傑物でもない。だが戦争という、結局は『殺戮』を最も求められる地獄において、彼らほどの適任はなかった。

 彼らを支配下に置いた犯罪組織のボスでさえ、そのおぞましさゆえに動かすことを躊躇ったほどの暗殺者。

 暗殺者となる前には、医者として仕事をしていた。もっとも、その医学知識は人を救うのではなく、できるだけ苦しめながら生かし続け、その絶望を観察することに使われていたのだが。

 

 チョコラータはカビを振りまき、他者を無差別に虐殺するスタンド【生命侵食・失墜深緑(グリーン・デイ)】を操り、深い医学知識を悪用して的確に人間を殺害することができた。

 そして、そのチョコラータの恐ろしい能力を、より最悪なものにする方法があった。

 

 そのために使われたのはチョコラータの宝具、【泥へと投げる角砂糖(コーリング・セッコ)】。

 

 その効果は生前の相棒であったスタンド使い、セッコの特殊召喚。

 

 チョコラータのカビは、カビさせる対象がそれまでいた場所から下の方へ移動することで繁殖する特性を持っていたが、セッコの【心乾きし泥の海(オアシス)】は地面を泥化させ、沈めることでカビの繁殖を助けることができた。

 

 まさに相性最高のコンビと言って、言いすぎることはない二人であった。

 

 彼らはアトラムに対し忠実とは言い難く、下剋上を狙っている気配があったが、能力において不満はなかった。

 

 大気には虐殺兵器を撒き、大地は誰も立つこともできない死沼と化す。

 

 並大抵の英霊など、血肉も霊体を食い殺すカビと、逃げ場を失くす泥化現象のコンボの前に、敗退せしめることができただろう。

 

 不運は、並大抵の範疇ではない英霊と、初戦で当たってしまったこと。

 

 アイルランド最強級の大英雄、クー・フーリン。

 

 単純な戦闘能力では圧倒され、殺人カビもルーン魔術によって防御されてしまい、善戦はしたもののチョコラータは討ち取られてしまった。

 セッコに、クー・フーリンのマスターであるバゼットの手首を斬り落とさせ、令呪を奪っていなければ、アトラムが最初の聖杯戦争の敗退者となっていただろう。

 

 泥化する能力のみを使わせて潜伏させ、姿をさらさずに温存しておいたのが功を奏した。

 

 スタンド使いに詳しい者であれば、スタンド使いは二人いると察することができただろうが、バゼットはどちらもチョコラータがやっているのだと思い込んでいた。

 

 こうして彼は九死に一生を得て、クー・フーリンを奪い自らのサーヴァントにすることに成功した。魔力供給も、奴隷として買った女たちを供給源にしているので問題ない。

 

 アトラムは、魔術礼装である壺を手の中で弄りながら、状況の変化にどう対応するか考えていた。

 建てかけのビルは身をひそめさせる場所はいくらでもあり、魔術で気配なども消しているため、すぐに見つかる心配はない。

 

(新たに増えたサーヴァント、キャスター。キャスターでありながら魔術師でない変わり種であるが、【対魔力】というスキルを無意味にできる分、普通のキャスターより便利かもしれない。侮るべきではないな)

 

 数の上で逆転され、3対2となってしまったが、アトラムは焦らない。当初の目的も諦めてはいない。むしろ好機かもしれないとさえ思う。

 

(ランサーは実に使い勝手のいい駒だ。だが、セイバーはそれ以上だ。ここでランサーを失っても手に入れたい)

 

 元々、聖杯戦争において最優とされるセイバークラス。素人同然のマスターに召喚されながらも優れたステータスを示す彼女を、自分のような一流の魔術師が持てば、その力は更に上昇するはず。

 

(今は手を組んでいる『奴ら』も、いずれは戦わなくてはならない。そのための手駒として、ランサー以上に有用だ。単純に、戦闘力がより高い)

 

 アトラムは今後のことについても考慮し、セイバーを『強奪』することを決意していた。

 とにもかくも、第一に鎖を手にする元のご主人様を除かねばならない――アトラムの視線が、半ば地面に埋まった自動車に向かった。

 

猛れ(ガッシュアウト)

 

 呟きと共に稲妻が躍り上がり、鎌首をもたげ、そして空間を走り抜けた。

 アトラムの手にかざされているのは、『原始電池』を原型とした魔術礼装。

 世界最古の電池であるそれを伝え、発展させてきた魔術師の一族がいた。彼らが没落した時、ガリアスタ家がその魔術を金で買い取ったのだ。

 神の力として世界中で恐れられてきた『雷』を操ることができる魔術は、ガリアスタの繁栄を支える代表的な力だった。

 

 そんな自慢の雷光がエンジンを射抜き、アトラムの口元が満足げに微笑みの形をつくる。

 その眼には、火を噴いて弾け飛んだ車体が映っていた。

 

   ◆

 

「……チ、戦いの最中に嫌な声を出されちまった」

 

 ランサーは眉をしかめる。アトラムより令呪の消費と共に放たれた命令。

 

 ――『取り得る手段全てを尽くし、全力でアーチャーを始末せよ』

 

 その命令に応えるため、令呪の魔力がランサーのステータスを向上させていくのを感じながらも、ランサーの気分は良くなかった。

 無論のこと、アーチャーは倒すつもりであるが、端的に言えば『勉強をしようとしたところで、親から勉強をしろとせっつかれた子供』のように、やる気を殺がれたようなものだ。

 

「楽しめる気分じゃねえ。悪いが、手早く終わらせるぜ」

 

 ランサーの槍を持つ方とは逆の手が、三個の小さな石を掴み出す。石の一つ一つには、単純な模様が刻まれていた。ヨーロッパに古来より伝わる魔術文字――『ルーン』だ。

 ランサーは俊敏な動作でそれらの石を、アーチャーに投げつけた。刻まれている文字の意味は、それぞれ、太陽(ソウェル)松明(ケーナズ)勝利(テイワズ)

 その効果はすぐに表れた。飛来する石から火花が弾けたかと思うと、次の瞬間には輝く炎が猛々しく噴き上がった。

 

「くっ!」

 

 その炎の激しさは、アーチャーの護符(アミュレット)レベルの【対魔力】ごときで防げるような威力ではない。赤い弓騎士は逡巡する余裕もなく、手にしていた中華剣を投げ放つ。

 炎は回転する中華剣によって空中で散り消えたが、剣の方も金属が沸騰するほどの熱にさらされて焼滅した。

 

「手放したな!」

 

 今までにはなかった行動パターンに、アーチャーのリズムがずれる。踏み込んできたランサーに対して、新たな中華剣を生み出すのが間に合わない。

 拙速で造り出した剣を交差させ、上から振り下ろされた槍を受けたが、容易く砕かれる。

 

「ぐっ!」

 

 肩口が切り裂かれ、赤い血が噴き出す。槍が引かれ、ランサーの眼光が弓兵を射抜いた。眼光に半瞬遅れて、魔槍の穂先がアーチャーへと突き出され、

 

「ちぃっ!」

 

 アーチャーが無手の右腕を振るう。右手が穂先に抉られて、指がちぎれ吹き飛ぶ。だが槍の軌道はどうにかそれて、霊核を貫かれることは防げた。衝撃でアーチャーの体は吹き飛ばされ、泥化した大地に倒れる。

 

「悪あがきを。だがもう、この先はねえ!」

 

 追撃に迫るランサーだったが、その前に青い影が割り込んだ。

 

「っ! セイバーっ!」

「横槍御免! だが、この先からは私が相手だ!」

 

    ◆

 

 拳の一撃一撃が人型ごとき、血塊に変えて土に還す威力。セッコの猛襲がキャスターへと降り注いだ。それはたとえ防御しても、防御ごと煮溶けた砂糖のように、蕩かして貫く。

 

「フゥム……やはりな」

「うぐぐぐっ!」

 

 だが必殺の拳の連打はことごとくキャスターに弾かれ、一方的に攻撃する側のセッコの方が忌々し気に呻く。

 

「なぜ溶けねぇ‼」

 

 涼しい顔のキャスターに、セッコは怒声をあげた。

 セッコの拳は確かにキャスターに触れていると言うのに、キャスターの体は泥化しない。

 今まで人も石も、ありとあらゆるものをドロドロに果てさせたセッコの力が、通用しない。

 

「そう怒るなよ。こっちだって手が痺れてしまっているさ」

 

 キャスターの手は、淡く輝きを帯びていた。その波打つ輝きは仙道によって編み上げられた『波紋』の力。手を濡らす水に帯びた波紋は硬化し、キャスターの手を覆うグローブとなっていた。

 

 キャスターの波紋は、水を固体のようにできる。

 優れた使い手であれば、コップの水を指一本で持ち上げることもできるし、棒の両端に、紐状にした水を絡ませて立たせ、アーチをつくって鉄棒のようにぶら下がることもできる。

 

 元より液体であるものを、液状化させることはできない。

 

 固体を泥化するセッコとは真逆の現象をもって、【心乾きし泥の海(オアシス)】を防いでいたのだ。

 

(もっとも、能力は防げてもパワーやスピードは変わらないからね。いかに波紋で筋力を上げ、痛覚を弱め、再生力を高めているとはいえ……分が悪いな)

 

 キャスターの波紋をまとった拳にも、レンガを粉砕するくらいの力はあるが、セッコの拳はそれ以上だ。泥化抜きでも強い。正面対決を続けていれば、いずれは競り負ける。

 

(だが、これで単純に殴り勝つのは難しいと、向こうに印象付けられたはずだ)

 

 キャスターの戦闘への思考の一つ――『相手の側に立って考える』。

 

 セッコからしてみれば、殴り合いでは自分の方が不利だと、事実に反した思い込みをしてしまっているはずだ。キャスターへの攻撃が効いていないように見えるために。

 そんなキャスターの狙いは上手く嵌った。

 

「クソっ……だが、俺が溶かすことしかできないと、思ってるんじゃねえぞ」

 

 キャスターに向かい指を突き付け、言い捨てると、ドプンと勢いよく地面に沈む。

 セッコが姿を消し、どこから攻撃してくるかわからない状況になっても、キャスターは焦らずに、地面を濡らす水と、水に伝わる光の波紋を見つめる。

 

(大地の震動や、サーヴァントの生命エネルギーが波紋に伝わる。それを読み取れば、たとえ地中に隠れていても、どこにいるかはわかる)

 

 キャスターはセッコが大地の下を泳ぎ、自分から離れて行っていることは簡単にわかった。だが、それをセッコが自分から逃げているのだとは思わない。

 セッコは自分の能力に自信があり、そのプライドを傷つけるような逃亡をするはずがない。ならば、この行動は逃げではなく――

 

(攻撃のために距離を空けているということ!)

 

 キャスターの予測は当たっていた。

 光射さぬ地中で、セッコは耳をすまし、音で地表の様子を捕らえる。キャスターが立ったまま移動していないのを確認し、

 

「ウケ、クケケ……くらいなっ!」

 

 セッコは暗い土の下で腕を振りかぶり、渾身の力を込めて『大地』を殴りつけた。

 泥化した大地は殴り飛ばされ、押し込まれる。地面が波打ち、衝撃がキャスターに向かって突進していく。

 

「むっ!」

 

 波紋の様子を見る間でもなく、キャスターは足裏から伝わる振動で攻撃が向かってくるを知覚する。

 波紋使いのサーヴァントは、咄嗟に地を蹴って跳躍した。その直後、地面が爆ぜた。

 

 ッパァァァァァン‼

 

 風船が割れて飛び散るような音と共に、地面が炸裂した。セッコの打撃の衝撃がキャスターの足元に直撃し、その威力が破壊を生み出したのだ。土石が飛び、空中に弾丸となって巻き放たれる。

 

「うぬぅぅ……!!」

 

 そして、それらはさながら散弾となって、空中に跳んだキャスターへ襲い掛かった。

 

   ◆

 

 アトラムはまず自動車を破壊した。

 命を奪うのが目的ではないので、攻撃はやや手加減した。自動車が燃えてもせいぜい大火傷は負っても、即死はしない程度に。

 令呪を奪う前に殺してしまっては、セイバーを支配する令呪を手に入れることができなくなる。火傷を負ってそのまま悶え死ぬのはいいが、令呪を奪うまでは生きている時間を残しておいてもらわねば困る。

 

 適当に虫の息になってもらうのが最良だが、自動車から逃げられても問題ない。

 セッコの能力で底無し沼と化したフィールドにおいて、自動車はいわば浮島。数少ない土台であり砦だ。時間が経てば沈み切るだろうが、わずかながら余裕がある。だが、自動車を離れ、一歩でも足を地につければ、泥に足を呑まれ、まったく動けなくなる。

 そうすれば後はただの的だ。どうとでも料理できる。

 

 それがアトラムの作戦であったが、

 

「フン、流石にそう簡単にはいかないか」

 

 自動車が雷に打たれ、爆発炎上する一瞬前、ドアが蹴破られて四つの人影が外に飛び出していた。

 自動車のドアを蹴破ったのは、フーゴの【パープル・ヘイズ】であった。このまま動けない自動車の中にいても、自動車を棺桶にくたばるだけだ。

 しかしアトラムの考えどおり、外に出るのは尚のこと自殺行為だ。泥の海を移動する『手段』がなければ、自動車内で踏ん張るしかない。

 

 泥の上を移動する『手段』がなければ。

 

 だがその『手段』が彼らにはあった。

 

「くっ、さすがにきついぞ! いつもの自己犠牲の精神を発揮して降りろよ衛宮!」

「無茶言うなよ!」

 

 本を片手に持った慎二が、狭いながらも確かな足場に立ち、同じ足場を使っている士郎に怒鳴っていた。フーゴもまた足場から落ちないように苦心している。バゼットは【パープル・ヘイズ】に抱えてもらっているため、この中では一番楽にしていた。

 

「もっと広い足場はできないのか?」

「贅沢言うな。元々、足場をつくる術じゃないんだよ!」

 

 その足場は慎二が『偽臣の書』を使って生み出した『影』。

 本来は『影の刃』をつくり、攻撃する魔術だ。影は、海面から突き出ているサメの背びれのような形の刃となって、地面を滑り標的を襲う。

 今、慎二はこれを横倒しにして寝かせ、刃の『腹』の部分に乗っているのである。できればもっと大きな足場を用意したいが、慎二の力ではこれが限界であった。

 慎二たちは、三人横並びに刃の足場に乗り、アトラムのいる一角に向かっていた。

 雷撃が来た方向から、アトラムの居場所は知れている。

 

「バゼット……あいつもいたのか。野たれ死んでいたかと思ったが……いいだろう。たかが未熟者の魔術師ごとき、まとめて打ちのめしてやる」

 

 迫る四人をアトラムは自信たっぷりに迎え撃つ。

 その眼には勝利のみが映っていた。

 

   ◆

 

 セイバーは放出した魔力を爆発させ、推進力となってランサーに襲い掛かる。

 泥の海の主であるセッコが相手であれば、このような乱暴な突進は隙を晒すだけであっただろうが、今の相手は同じ条件のランサー。泥が足に絡みつくこの大地で、優勢なのは明らかにセイバーの方であった。

 

「くそっ……よりによって……!」

 

 しかも、ランサーは令呪の効果によってアーチャーを仕留めろと命令を受けている。ゆえに、その意識はどうしても、今戦っている目の前のセイバーより、後ろに下がっているアーチャーの方に向いてしまうのだ。

 集中力を欠いた状況で、セイバーほどの強敵に攻撃を受け、なおもしのいでいられるのはランサーが卓越した凄腕であると賞賛するしかない。

 だが、いつまでもは続かないことが、ランサーにはわかっていた。そして、マスター。アトラム・ガリアスタの思惑も。

 

(倒せと言われたのはアーチャーのみ。つまり、奴はまだセイバーを欲しがっている)

 

 自分と同じように、三騎士の一隊であるセイバーを手札に加えようとしたのが、そもそも今回の戦闘の起こりである。状況はもはや混沌とし、五体のサーヴァントが戦闘を繰り広げる修羅場と化しているが、アトラムは初志貫徹の姿勢らしい。

 

(そして、ここで俺を使い潰すことになってもより良い駒(セイバー)が手に入るなら構わないと思ってやがる。糞が)

 

 忌々しい主人だが令呪の強制力が反逆を邪魔する。奴隷(サーヴァント)とはよく言ったものだ。

 

 仕方ない。こうなったら、もともとここに召喚された目的――強者との戦いを最後まで貫くのみ。

 

「見せてやる……我が槍の真価、神髄を!」

「ムッ!?」

 

 セイバーの大地を割り裂く斬撃を弾き返し、渾身の力で踏み込む。

 踏み込みに押し負けた泥が弾け、撒き散らされる中、ランサーの青い影が夜空を駆け昇る。

 

「あれは……!」

 

 空中でランサーの真紅の長槍が振りかぶられる。その全身全霊、全知全能が、魔獣の骨を刻んで造られたという魔槍に注ぎ込まれ、

 

「くらえ……【突き穿つ死翔の槍《ゲイ・ボルク》】!!」

 

 放たれた槍が、閃光となった。

 

 幾つもの光の一本一本が、音を超える速度と人型など消し飛ばす威力を備え、城をも粉砕する対城宝具。

 分裂し、敵を八方より強襲する死の獣。

 ランサーの必殺の奥義が、神話の時代からこの世界に蘇った。

 

 広範囲に降り注ぐこの攻撃は、セイバーのみならずアーチャーも攻撃の範囲内であるため、令呪の縛りもクリアでき、むしろ通常より威力が上がっている。アトラムやセッコも巻き込むかもしれないが、そこはご愛敬としてしまおう。

 

(こちらの宝具は――駄目だ。間に合わない!)

 

 ランサーの奥義を相手取るには、セイバーもまた宝具の神髄を解放させなければ対応できない。だが、宝具を放つにはほんの少し時間が足りない。

 セイバーがせめて聖剣を振るい、一本でも多くの槍を受け止めてしのごうと覚悟したとき、彼女の前に美しい七つの花弁が咲き開いた。

 

「!? これは!」

 

 セイバーは思わず背後を振り向く。そこには、先ほどランサーに砕かれた手をかざし、宝具を生み出しているアーチャーの険しい表情があった。

 

「時は稼ぐ。攻撃を頼んだぞ!」

「……はいっ!」

 

 セイバーが宝具を振るうために集中に入ったのを見届け、アーチャーは自分の使える中で、最上の防御力を誇る宝具の名を高らかに叫ぶ。

 

「【熾天覆う七つの円環《ロー・アイアス》】!!」

 

 かつてギリシャの名だたる大英雄たちが二つに分かれて相争った、トロイア戦争の中に登場する宝具。あのアキレウスと双璧を為した大英雄ヘクトールの攻撃さえも防いだ、英雄アイアスが手にしていた楯。

 だが、その鉄壁をしてなお、魔槍の雨は容赦なく穿ち抜く。音を立てて破壊される盾を見つめ、アーチャーの顔の焦燥が色濃くなる。

 

(北欧主神の大神宣言(グングニル)でさえこれほどではなかろう……。このままでは、持たない!)

 

 あと一枚、あと一秒。そこまで迫った死の槍を目前に、

 

「待たせました」

 

 清廉なる声が間に合った。

 彼女の手には、かつて『三十の松明を束にしたよりも明るい』とされた、眩い輝きが握られている。

 

「二人がかりで戦うこと、申し訳ないが……手心をくわえるわけにはいきません」

 

 強き勇者への賞賛を込めて、尊き祈りの結晶が、その真価を今こそ開く。

 

「【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】!!」

 

 最後の花弁が散ったと同時に、光の奔流が闇夜に打ち上げられた。

 いまだ空から大地に降りずにいたランサーに向けて、名高き最強の一角に座す力が注がれる。盾によって力を殺がれた槍では、押し勝つことはできなかった。

 

「……ちぇっ、最初に戦えていたらな」

 

 マスターが変わる前であったら、たとえ二人がかりで来られても、勝っていたのは自分の方だったろう。

 そんな想いを抱きながらも、ランサーは自身の敗北を受け入れて、星の輝きをその身に受けたのだった。

 

   ◆

 

 火山噴火のように下から噴き上がり、襲い掛かってくる(つぶて)。一つ一つがセッコの【武器改造】によって、サーヴァントも傷つけられる凶器と化している。

 

(これはまともにくらえば、全身ズタズタだな)

 

 逃げ場のない範囲攻撃に対し、しかしキャスターには経験があった。かつて、同じような攻撃を喰らったことがあった。当然、対処法もある。

 キャスターは空中で体を回転させ、足を下にしてビシリと背すじを伸ばし、腕は胴体にぴったりとつけて一本の棒のような姿勢をとる。

 そして、

 

「フゥ~~~~!!」

 

 強く深く、キャスターは呼吸を行う。呼吸によって生まれた、血液のリズムが生命エネルギーを汲み出し、増加させ、強化していく。刻まれた波紋のビートを、キャスターは足の裏へと導き、集中させる。

 

「当たる面積を最小にして、一点集中の波紋防御!」

 

 全波紋エネルギーを足裏にのみ集中させ、他の部分の防御を捨てる。直立姿勢をしているため、足裏からはみ出る部位は殆どない。

 攻撃を受ける面積を最小限にし、攻撃を受ける部分にのみ強固なガードをかけたのだ。

 下から襲い掛かる礫の弾丸は、時折足裏にブチ当たるが、波紋ガードを破ることができずに跳ね返される。さすがに全身を足裏に隠すことはできず、礫がかすってキャスターの体に切り傷をつけていくが、正しく掠り傷であり致命傷にはならない。

 

「ぬおおおおおっ!」

 

 とはいえ、傷ついていることは確かであり、攻撃を受けた衝撃で体の軸がずれれば、防御していない部位にモロに攻撃を喰らう。

 常に姿勢を微調整しながら、永い瞬間を耐える。散弾攻撃がやむと、ようやくキャスターは地面に降り立つことができた。

 

「むっ!」

 

 

 だが、降り立ってすぐにキャスターは、自分が地面に流した波紋に乱れを感じた。セッコから再び攻撃が放たれ、衝撃がこちらに向かっているのだ。

 

「だが、二度は通じない!」

 

 キャスターは強く深く、呼吸を行う。そして優しく強い光をまとった拳を、大地に向けて振り下ろした。

 

山吹色の波紋疾走(サンライトイエロー・オーバードライブ)‼」

 

 呼吸法によって生み出された生命エネルギーの波紋は、拳を通して大地に伝達。波は唸りを上げて地面に浸透し、キャスターへと迫る衝撃波とぶつかった。

 

 波と波。二つの波が綺麗に重なり、互いを中和し合う。衝撃波はキャスターにぶつかる前にゆったりと、かき消された。

 

「!?」

 

 優れた聴覚で周囲を把握していたセッコは、自らが放った衝撃波が消えたことに驚愕する。

 

「お、俺の攻撃が、ク、クソ、パクリだっ! パクリやがってあの野郎!」

 

 セッコはキャスターが自分と同じ『波』による攻撃をしてきたことを悟り、怒りに震えて毒づく。

 

(んん……? 同じような攻撃っつうことは)

 

 攻撃――すなわち、防ぐだけではない。それに遅ればせながら気づいたセッコは、

 

「やべえ、オアシ――!」

 

 慌てて拳を振るおうとしたが、その時には既にキャスターの第二波が放たれていた。

 太陽の輝きを帯びたエネルギーが、地中のセッコへと襲い掛かる。

 

 バチィィィィィィッ!!

 

「うげぇぇぇぇぇっ!!」

 

 電撃のように痺れる痛みに、セッコは悲鳴をあげて仰け反る。常人なら気絶してしまう衝撃をくらい、泥の暗殺者は慌てふためいた。

 環境を自分の有利なように作り替え、安全な場所から攻撃を仕掛けて来た彼にとって、『反撃』をくらうなど滅多にないことだった。ゆえに、冷静に対処することができず、思わず肺の中の空気を吐き出してしまった。

 

(やべっ……息がっ……吸わねえとっ)

 

 更なるパニックに憑りつかれたセッコは、逃走を選択してしまう。まっしぐらに地表へと浮かび上がり、空気中に顔を出す。

 

「プハァッ! ヒュウゥゥゥ、ゼェェェッ! ハァッ、ハァッ……」

 

 空気を吸い込んだセッコはようやく落ち着き、自分に醜態をさらさせた憎き敵を睨み付ける。

 

「このクソパクリ野郎がぁっ!」

 

 怒りながらも、また地中に戻ったところで波紋を流し込まれて痺れさせられるだけと、理解はしていた。ゆえにセッコはセイバーとの戦いでしたように、地面を弾力のある状態に変え、トランポリンのように弾み、勢いをつけて跳躍する。

 ただし、その視線はキャスターへ注がれてはいない。目当てはランサーと向かい合っている、セイバーの後ろ姿。

 

(あいつとの相性は悪くねえ! あいつを捕まえて人質にして脅せば……!)

 

 自力での戦いが不利であると理解したセッコは、恥も外聞もなく正面からの戦いを避け、人質を取る策に出た。卑怯卑劣と罵られようと構いはしない。

 自分が勝ち、相手を殺せれば手段などどうでもいいのだから。

 

 だが、キャスターはその行動も既に読んでいた。

 

「んなぁっ!? なぁんだとぉっ!?」

 

 セッコは驚愕する。

 

 セイバーへと跳んでいたはずなのに、真っ直ぐにキャスターへと飛びかかっている自分自身に。

 

 波紋。その効力は多岐に渡る。

 生命磁気の強化。肉体の治癒力、筋力などの増強。

 痛覚などのコントロール。吸着と反発。吸血鬼の破壊。

 

 そして、生物への催眠効果。

 

 先ほど大地に流し込み、セッコに浴びせかけた波紋は攻撃のためのものではない。

 この暗殺者(アサシン)に対し、ある催眠を仕込むことにこそあった。

 

 無論、敵対者を完全にコントロールするほど都合のいいものではない。例えば、自殺するようにしむけるなどといったことは、流石にできない。

 だが、ほんの少し、思っていたのと違う行動を肉体にとらせることはできる。

 行こうと思っていた方向と、違う方向に進ませるという程度のことは。

 

 そしてまんまと、セッコは飛び込んできた。

 応じる準備を完全に済ませたキャスターへと、無防備に。

 

 こちらに迫るセッコに対し、キャスターもまた、力強く跳躍する。

 岩をも割り砕くほどの脚力で高みに跳んだかと思うと、その身を捩じり、独楽(コマ)のように激しくきりもみ回転しながら、足先に波紋の力を集中させる。

 

 一回転ごとに太陽の強い輝きが夜闇に弾け、その激しさは大気を引き裂く!

 

 英霊的スピンと波紋エネルギーが織り成す、人体工学の限界を凌駕した超次元的蹴撃!

 

 標的に向けられた足先に込められた、その驚異的突貫力はまさに!

 

 超ドリリング乱気流の交響曲(シンフォニー)

 

波紋乱渦疾走(トルネーディ・オーバードライブ)――ッ!!」

 

 ドッズゥンッ!!

 

 ドリルのような蹴撃(キック)がセッコの心臓に突き刺さった。回転の破壊力と共に、キャスター全力の波紋が注ぎ込まれ、霊核が撃ち抜かれる。

 分厚い鉄板に弾丸が叩き込まれるような音を響かせ、花火より短く鮮烈な光が閃いた。

 

「がぁっ………!!」

 

 自分の行動に混乱したまま、防御もままならずにまともにキャスターの波紋蹴りをくらい、セッコは自分がどうして敗北するのかも理解できない。ただそのまま、その身をちぎれさせるように消滅したのだった。

 

    ◆

 

 慎二は歯を食いしばり、必死で『影』を操っていた。

 頭上から、雷が叩き付けられてくるのだ。左右に動かしてかわしていくが、おかげで中々近づけない。

 

「くそっ、嬲ってやがる!」

 

 慎二は、アトラムが本気で攻撃していないと見ていた。もっと広範囲に雷を流せば、逃げ場なく自分たちを黒焦げにできるはずだ。

 それをしないのは、向こうが本気を出していない。遊んでいると取るしかなかった。

 

 慎二は屈辱に怒り心頭であったが、アトラムの方は望んで手加減しているわけではない。

 セイバーの令呪を士郎から奪うため、うっかり殺してしまわないようにしているのだ。しかし一気に片を付けない理由はそれだけではない。

 

 警戒しているのだ。

 

(『偽臣の書』の力を借りなければ魔術を使えない、素人以下のマスター。地を滑る刃を足場に使う発想は中々だが、敵ではない)

 

 アトラムは、間桐慎二については敵と見なすほどの評価はしていなかった。衛宮士郎もだ。

 だが傷を負っているとはいえ凄腕の戦闘魔術師であるバゼットと、もう一人の男、パンナコッタ・フーゴに関しては警戒していた。

 

(裏社会の顔つきに違いないが……情報によればあの『パッショーネ』の一員)

 

 世間知らずな、多くの魔術師ならばいざ知らず、現代的な富と権力にも精通しているアトラムにとって、『パッショーネ』の名は重かった。

 危険な新興の超能力者、『スタンド使い』を多数抱え込む、非合法組織。

 

(特に奴に関しては、能力も知れ渡っている)

 

 知れ渡っていると言っても、無論、裏での話だが、それでも珍しいことだった。自分の能力を知られれば、敵に対策をとられるがゆえに、多くのスタンド使いは自分の力を隠している。

 だが、フーゴの場合はあえて能力を隠していない。周囲への脅しのためにだ。

 

(『大量殺戮を引き起こす殺人ウイルス』……ぞっとしない話だ)

 

 どのようなウイルスなのか、どのように感染させるのか。そんな細かい情報はないが、決定的な効果だけは確かな事実として、知られていた。

 圧倒的に凶暴で、獰猛な能力。

 

 ならば近づかせないのが一番だ。外に放っていた使い魔の目で、慎二たちの位置を確認し、相手から見えない位置から雷で攻撃。消耗させ、隙を伺う。あくまで慎重に。

 焦ることは無い。勝利は自分のものだと、アトラムは内心で笑っていた。

 

 アトラム・ガリアスタは多くの魔術師とは異なり、戦いを好む。競い合い、鎬を削る戦いではなく、一方的な勝利を得られる戦いのみを、であるが。

 

 逆に、一方的な敗北を突き付けられようとしている慎二は、必死で考えていた。

 

(とにかく近づけなきゃ話にならない。こちらの戦力はフーゴと僕だが……フーゴの能力は教えてもらっているが、この夜の中では使いづらい)

 

 フーゴの使用する殺人ウイルスは、生物の新陳代謝を破壊し、細胞を死滅させて溶かし、死体も残さずに消し去ることができる。その弱点は光。光に照らされれば殺菌される。

 だが、光がなければ敵味方関係なく襲い掛かり、皆殺しにしてしまう。使い手のフーゴでさえ例外ではない。

 

(単純にスタンドで殴るだけでも強力なはずだが、やはり奴に近づかなきゃならない。僕の影の刃で攻撃はできるか……? いや、悔しいが、魔術戦で勝てるとは思えない。この距離ではジリ貧だ。とにかく近づくには……)

 

 雷撃が飛び出している場所は、建設中の家屋の二階。アトラムの姿は見えないが、外から眺めても視線のとどかない奥の方に潜んでいるのだろう。

 一気に近づく方法がないわけではない。ただ、その場合近づけるのは一人。

 

「衛宮、お前何ができる? 魔術でも護身術とかでもいい。僕が知らない特技か何かあるか」

「え? 魔術は、強化と投影くらいできるけど……どちらも大したもんじゃないぞ」

 

 大したことがあろうがなかろうが、『使える』だけで慎二にとっては狂おしい渇望と嫉妬の対象であったが、それを飲み込む。

 

「投影ね……日用品を数分くらいは投影できるのか?」

「あ、ああ、それはできるけど……」

「そうか……。衛宮、ちょっと命かけてくれるか?」

「わかった。何をすればいいんだ?」

 

 恐れる様子もなく答える士郎がちょっと嫌になるが、贅沢は言ってられないので慎二は答えた。

 即興の作戦を。

 

「……無茶苦茶というか、出鱈目だな」

「うるさい。他に案があるのか?」

「ない。それでいこう」

 

 士郎の了承を得ると、次にフーゴが動いた。スタンド【パープル・ヘイズ】の腕が降り、抱えられていたバゼットが、本体のフーゴの腕に手渡される。

 

「ちょ……」

「すみませんが、我慢してください」

 

 フーゴに横抱きにされて慌てるバゼットに、年若いギャングは冷静になだめる。

 若干、頬を赤らめて黙るバゼットに代わり、【パープル・ヘイズ】の手が次に抱えたのは士郎であった。

 

「変に動くなよ。危ないからな」

 

 士郎にそう言ったのは、誇張でもなんでもない。士郎が身動きして、【パープル・ヘイズ】の手の甲についたカプセルが割れたら、カプセル内部のウイルスがばら撒かれ、この場の全員が死んでしまう。

 言われた通りじっとしていた士郎を、『パープル・ヘイズ』は振りかぶり、

 

『ぐあああるるるる、うばぁっしゃぁぁぁ!!』

 

 投げ放った。

 

「なんだとっ!?」

 

 自分の方に目がけて、ボールのように飛んでくる士郎という冗談のような光景に、アトラムはたじろいだ。

 

(だ、だが、飛んで火にいる夏の虫だ。手首を切り落として、セイバーのマスター権を)

 

 アトラムは身を乗り出し、士郎を捕らえようとした。

 その直後、

 

 ドウンッ!

 

 鈍く鋭い。そんな日本においては聞き慣れない音が、夜の空気を震わせた。

 

「うっ……!」

 

 足に衝撃を受け、アトラムがその場にすっころんだ。

 痛みに顔をしかめ、褐色の肌の魔術師は足を見る。ズボンに突き刺さった、一つまみの異物。

 外の方を見れば、フーゴから渡された拳銃を握る慎二の姿。

 

「ぬかった……! 銃弾など……!」

 

 近代兵器の活用。魔術師という生き物の中では、俗世間に交わることの多い方のアトラムであっても、魔術師同士の戦いで魔術的に強化しているわけでもないただの拳銃を用いると言うのは、予想外であった。

 物理的な魔術防御はしてあったため、銃弾は防がれて傷はない。しかし、全く何も感じないわけではなかったため、足を取られてしまったのだ。

 遠距離攻撃のできるまともな魔術師がいれば、即座にとどめを刺されているだろう失態である。アトラムは屈辱に歯を食いしばりながら立ち上がる。

 

(セイバーのマスターを投げて来たのは、注意をそちらに引きつけるためか……!)

 

 ドタドタという音がした方に顔を向ければ、士郎がアトラム同様に立ち上がりながら睨んでいた。

 先ほどの音は、士郎が二階に投げ込まれて転がったことでたった音だ。

 

(まんまと反応させられ、外から見える位置におびき出されてしまったというのかっ!)

 

 そして、そこを撃たれた。

 外を見れば、もう慎二たちの姿はない。雷撃による邪魔が途絶えた隙に、下の階まで辿り着いたのだろう。じきに二階に上がってくるはずだ。

 

「やってくれる……! だが、貴様から令呪さえ奪えばっ!」

 

 セイバーのマスターとなり、命令を飛ばせば逆転できる。

 

(ガッシュ)――」

 

 死なない程度に――障害が残るかどうかなどの考慮をする気は無論なく――電撃を浴びせかける。

 その行動が成就する前に、

 

 ベコォッ!!

 

 いまだしっかりとした建材が張られていない、二階の床を突き破った手が、アトラムの足首を掴んだ。

 

「っ!! 猛れ(ガッシュアウト)!」

 

 咄嗟に標的を変更し、床に向けて雷光を飛ばす。落雷の破壊力が床を貫いて、向こう側の敵へと向かう。当たったのかは判然としなかったが、足首は解かれた。

 

(小癪な……こうなれば、この場の全員を始末してやる! セイバーを諦めることになるが、まだ奪う相手は残っている! ここは離脱して……)

 

 士郎と慎二を殺し、セイバーとライダーを脱落させることに方針変更を決めたアトラムであったが、彼は既に後手に回っていた。

 

「ヘイッ! こっちを見な、アトラム・ガリアスタ!」

 

 背後から声をかけられ振り向けば、既に慎二が昇ってきていた。

 もはや猶予はないと見たアトラムは、全力で雷撃を振りまくことを決める。地盤が泥化している今、あまり衝撃を与えるとこの建物が崩れる恐れがあるが、威力を落とすつもりはない。

 

「くらえ……」

 

 精神を強く集中し、特大の雷を舞い踊らせようとした瞬間、

 

 パシィッ!

 

 アトラムの手の中の壺がはじかれ、褐色の手の中からこぼれ落ちた。

 

「!?」

「【マイキー・ザ・マイクマン】!」

 

 すかさず慎二がスタンドを繰り出す。小人のようなスタンドと慎二の右手を繋ぐ、コードのような紐が壺に絡みついた。慎二が右腕を引くと、コードも引き戻され、壺を投げ縄のように捕らえて、慎二の手元に運ぶ。

 

「よしっ、いい仕事だったぞ。衛宮」

 

 壺をはじいたのは一条の矢。ただの木製の、競技用の矢。

 アトラムが視線を向けた先には、弓道で扱う弓を構えた、士郎の姿があった。

 

「貴様っ……そんなものどこに隠し持って」

 

 先ほどまでは確かに、士郎の手には何もなかった。

 たった今、この場で造り出したのだ。

 

 士郎が唯一、まともに行うことができる『投影魔術』によって。

 

「そんな質問してる場合か? 魔術礼装のなくなったあんたに、もう勝ち目があるとは思えないがね?」

 

 慎二は周囲に影の刃を走らせながら脅しをかける。

 自動車に乗っている間に、バゼットから聞いたアトラムの戦術への対抗として考えついたのが、この作戦であった。

 

(……コケにしやがって)

 

 アトラムは屈辱に唇を震わせながら、しかし現状が窮地であると認めざるを得なかった。

 雷を操る魔術はアトラムの最強の技だ。もともと、彼が得意とするのは部下の魔術師に協力させて、連携して強力な魔術を創り出すものだ。独力では限界がある。

 それが失われた今、慎二や士郎だけならまだしも、フーゴやバゼットまで階下に控えているとあっては、脱出すらできるかどうか。

 

 一つ、手があるとすれば、まさに彼の手にある――令呪。

 ランサーのものは使い切ってしまったが、アサシンであるセッコの令呪はまだある。今すぐここに呼び出し、士郎がセイバーを同じように令呪で呼び出す前にけりをつければ、勝ち抜けられる。

 

「令呪をもって――!――?――!?」

 

 そしてアトラムは命令を下す言葉を放とうとしたが、自分を追い込んだ敵への怒りと苛立ちの表情が、訝し気なものになり、強い焦りと必死さを表すものとなる。

 彼は気づかなかったが、先ほど掴まれた足首――そこには、幾何学的な紋様が刻まれていたのだ。

 

 その図形の意味するものは『(イーサ)』。ルーン文字の一つである。

 その文字に込められた概念は、アトラムの足首から浸透し、喉を、舌を、凍り付いたように動かなくしていた。

 

「いかんせん本調子ではないので、これが精一杯ですけどね」

 

 カツカツと足を鳴らし、上がって来たのは赤毛の女性。左手を失っているため、若干バランスが悪くなり歩きづらそうであったが、真っ直ぐにアトラムの方に向かってくる。

 

「ですが、十分でしょう。ええ」

 

 その視線は苛烈な怒りに満ちていた。先ほどアトラムが浮かべていた屈辱への怒りなど、これに比べれば風前のろうそくの火にもひとしい。

 不遜な魔術師の表情が哀れなほどに引きつり、彼女の放つ圧力に気圧されて後退する。

 

「……せっかくの再会なのに、そんなゲロ吐きそうなほど怖がらなくてもいいでしょう? 私の方はとても嬉しいと言うのに」

 

 女性の残った右手がギリギリと握りしめられる。そのグローブはルーン魔術の達人である彼女が、酷く直接暴力的なルーンを刻んだ自慢の一品。先ほど天井を突き破ったほどのパワー。

 

「安心してください。とりあえず聞きたいこともあるので、命まではとりません」

 

 大きく振りかぶられ、

 

「……死ねぇっ!!」

 

 二秒前に吐いた台詞とは思い切り矛盾する雄叫びと共に、放たれた。

 

 

 

 アトラム・ガリアスタ――敗北(リタイア)

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

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