Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT14:光の系譜

 

 

 機動性に優れた青い衣服をまとった美丈夫が、光となって次第に消えていく。

 騎士王の放つ、至極の一撃にさらされて形が残っているだけで偉業と言っていいが、もはやこの世にとどまることはできない。

 人類史上最高位の槍使いと位置付けても反論はないだろう大英雄は、静かな表情で消滅を待っていた。

 

「……ランサー」

 

 バゼットは、短い時間であったが確かな相棒であった、憧れの英雄の前に立つ。もしも自分がアトラムに令呪を奪われなければと、後悔が胸を刺す。

 だが、沈痛な面持ちの女に、槍騎士は消えかけてなお力強い笑みを浮かべるのだ。

 

「そんな顔するなよ。サーヴァントはマスターを護る者。お前を守れなかった俺の責任だ。それに……中々楽しい戦いもあった。そう悪くも無かったさ」

「……なら、気に病むのはむしろ貴方への侮辱になるでしょうね」

 

 泣きたい気持ちを堪え、凛々しき赤毛の美女は笑顔をつくる。

 

「それでいい。小さいことは忘れて、先に進みな。それが生きている者の特権だぜ」

 

 ランサーは安堵したように目を瞑り、ついに影一つ残すことなく、消え去った。

 光の神ルーの子。光の御子クー・フーリンは光となって座に還った。

 所詮サーヴァントは現世においては客人に過ぎない。立つ鳥であるからには、跡を残すことはできない――ただ、人の心の中を除いて。

 

「忘れられるほど、小さい男ではなかったですよ。さよならです……ランサー」

 

 今少し、感傷にふけっていたくもあったが、あまり待たせておくのも忍びない。

 バゼットは後ろを振り向き、

 

「さて……どうしてくれましょうか」

 

 縛り上げられたアトラム・ガリアスタの、真っ赤に腫れあがった顔を睨み付けた。

 

   ◆

 

 暗殺者と槍騎士を失い、マスターではなくなったアトラムは、意識を取り戻したとき既に縛り上げられていた。魔術師にとって四肢を拘束されることくらいは、大した束縛ではない。舌が回れば呪文を紡ぎ、脱出することができる。

 しかし、人間よりも格上の存在である英霊が目を光らせている中、下手の行動は無意味だ。

 

「…………」

 

 屈辱に身を焼かれながらも、必死で自己を抑制し冷静であろうとしている。

 

 慎二の方は、意地を張るアトラムに多少共感を抱いていた。あの拳をくらってなお、態度をとりつくろえるのは大したものだ。

 バゼットの殴りっぷりを見た時は正直死んだと思った。首がちょっとヤバイ角度に捻じれていて、手先だけがヒクヒクと震え、呼吸は既になかったかもしれない。すぐにキャスターが波紋で治療していなければ、実際あの世行きだったと思っている。

 

「……しばらく足腰立たないくらいに殴り倒して病院送りにするとか、すべきなんだろうけれど、ある仕事をしてくれたらこれ以上痛めつけることなく、解放してやる。どうだ?」

「…………聞くだけ聞こうか」

 

 憎らし気に睨みながらも、アトラムは耳を傾ける。

 

「僕の師匠……ロード・エルメロイⅡ世を助けてほしい」

「何?」

 

 思わぬ名を聞いたアトラムは、思わず声を漏らした。

 

「師匠だと? 貴様が、あのロードの弟子? 魔術を使えない者を弟子になど、まさか……いや、彼ならば在り得るか?」

 

 エルメロイ教室には、魔術的な才能に満ち溢れているが、同時に問題も満ち溢れた生徒が集まっている。他の魔術師たちが手に負えなくなった生徒を押し付けてくるためだ。

 色物揃いと評判の教室の中、どんな奴がいてもおかしくないと、アトラムは納得したようだった。

 

「……『彼』? ひょっとして教授と親しいのか?」

 

 アトラムの口ぶりから、慎二はエルメロイⅡ世と近い関係にあるものと感じ取る。

 この男は非情であり、他者の命を使い捨てることも平然となすタイプだ。善悪で言えば考えるまでもなく悪党である。慎二の知人が知れば、有無を言わさず殴り倒すことだろう。

 だが魔術師とは善悪を踏み越えたところに立つ者。教授とて決して正義の味方ではない。自分の『領域』に手を出されない限りは、見過ごすこともある。

 知人の一人である漫画家が、取材しているうちに何かしら悪事を犯した者を見つけても、積極的に『動かない』ように。

 だから、エルメロイⅡ世とアトラムが友人であってもおかしくはない。

 

「まあ、中々話せる男だとは認めているよ。しかし助けだと? どうしたっていうんだ?」

「教授は今、執行部に狙われている。時計塔の法政科が聖杯戦争の中で起こった聖堂教会への襲撃……それを教授のせいにしてことをおさめるために。教授は、この法政科の行動が強引すぎるため、何か裏があると見て、自分を犯人と決めた相手がいるアメリカに向かった」

 

 簡単に事情を説明すると、アトラムは得心がいったようで、嫌な微笑みを浮かべた。

 

「なるほど……私に弁護しろと」

「ああ。聖堂教会を襲ったのは消去法で考えて、さっき路上で僕らを襲ってきた女だろ? ソラウとかいう」

 

 この聖杯戦争に関わるマスターは、慎二、士郎、凛、舞弥、イリヤスフィール、バゼット、アトラムの七人。あのソラウはなぜだかサーヴァントを使役しているが、正規のマスターはこの七人だ。だが、少なくともアトラム以外の六人は、聖堂教会の影響力を邪魔に思うほどの無茶はやらかしていないことを慎二は知っている。

 

「あんたが聖堂教会を焼いた可能性もなくはないが……あんたの戦術は安全圏から一方的な蹂躙を好んでいた。聖堂教会を敵に回すほどのリスクを背負うほど、イカレてるとも思えない」

「フン……まあ正解だよ。聖堂教会を襲い、神父を殺したのはあの女だ。わかっているだろうが、彼女は死徒だ。イレギュラーな手法で非正規サーヴァントを従えているが、魔力は普通に必要となる。だから民間人を殺し、血をすすり、魔力を補充している。それがばれたら、討伐対象になるのは間違いない」

「だから事前に、敵になるものを始末したわけか」

 

 聖堂教会にとって死徒は絶対的な抹殺対象である。見つけ次第殺さなくてはならない相手だ。

 聖堂教会の在り方においても、聖杯戦争の規則においても、排除すべき存在がソラウ・ヌァザレ・ソフィアリというイレギュラーだ。

 

「よくもまあ、そんなものと組んだものだな」

「組んだと言ってもそこまで濃密なものじゃない。不戦と情報提供くらいのものだ。コンビを組んで敵を襲うほどじゃない。路上で襲われたと言っていたが、別に私が頼んだわけじゃない。横合いから不意打ちするのに都合がいいと見ただけだろう」

 

 救援にいかねばならないという焦りを持った慎二や舞弥たちを、精神的に余裕がない、脆い敵と見なしたのだろう。ソラウの狙いは外れ、彼らは冷静に二手に分かれる行動をとったわけだが。

 

「教授をはめたと思われる人物について、知っていることは?」

「そちらは何も聞いていないな。さっきも言ったように、互いに争わないという程度の関係だ。向こうがどういうつもりで、どのように動いているかは知らないね」

 

 親密な関係でないことを強調し、責任をとらなくてはならないような立場にはないと言いたいらしい。

 

「けれど組んだことには変わりない。下手すれば、聖堂教会から敵対認識されるかもしれないなぁ。ここは、そうじゃないことを示すべきじゃないのか?」

「そう来るか……ソラウたちを売ることで安泰を図れと」

「うまくやれば、教授に恩を売ったと認識させることもできる。何より、今ここで顔面を破壊されることから免れるんだ。悪い取引じゃないと思うぜ?」

 

 アトラムの視線が慎二の背後に立つ、赤毛の女の右拳に注がれ、すぐに逸らされる。その顔からは血の気が引き、頬はズキズキと痛みを増していた。

 

「……わかった。だからその女をけしかけるのだけはやめてくれ」

「約束しよう。フーゴ、一番早いロンドン行きの飛行機を頼む」

 

 フーゴは無言で頷くと携帯を取り出し、通話先の誰かに指示を飛ばす。

 

「いや、アメリカ行きにしてくれ。裏があるということなら、ロード・エルメロイの無実を証明したところで執行部や法政科は止まっても、黒幕は止まるまい。無実は証明されたが、ロード・エルメロイは黒幕に殺されました、では話にならないだろう? 時計塔には訴えを送るだけにして、私自身は直接ロードを助けに行った方が良いだろう」

「一理あるが……アメリカのどこに教授がいるかは知らされてないぞ?」

「時計塔に訴えを送るついでに、誰がロードを犯人扱いしたのかも聞いておく。それに私の諜報力もそう馬鹿にしたものじゃない……。教授の行き先くらいは飛行機に乗るまでには調べられるさ」

 

 安全圏にいるよりも、体を張って助けた方が、エルメロイⅡ世や聖堂教会に与える印象は良いものになるだろうと考えているのだろう。

 慎二としてもそこまで言うのなら、強硬に反対する気はない。エルメロイⅡ世を助けてくれるのなら、文句はないのだ。

 

「……バゼット」

「いいでしょう。私は貴方たちに助けられた恩がある。少々の怒りは呑み込みます」

 

 アトラムへの復讐は、先ほどの一撃で終わったことにすると、マクレミッツ家の女魔術師も頷いてくれた。

 

「衛宮」

「ああ、俺も無事だったから、とやかくは言わないよ」

 

 直接襲われた士郎の同意も得て、アトラムは条件付き釈放となった。

 

「そういうことだ。頼むぞ」

「……本当に頼んでいいのか? このまま逃げるかもしれないが」

「あり得る話だな。けど、裏切りを止める手段を僕らは持っていない。だからまあ……信頼するしかないだろう」

 

 裏切りのリスクはあるが、そのリスクを回避することはできない。セルフギアス・スクロールのような便利な契約書の用意もない。

 なら、リスクは甘んじて受け入れるしかない。慎二はそう覚悟したのだ。

 

「フン……なるほど。弟子か。師匠同様、悪くない取引をしてくれる。頼まれてやるとしよう」

 

 魔術を使えない、魔術師の弟子。

 しかし確かに、間桐慎二はロード・エルメロイⅡ世の系譜に連なる者だと、アトラムは認めた。身を斬る覚悟がある。傷つく誠意がある。危険を冒す勇気がある。

 

 一方的に上から押し付けてくる命令なら、隙を突いて反攻したくもなるが、上下なく対等な交渉をしてくれるなら、アトラムも少しは手を貸してやる気になる。勿論、貸した分は、いずれ返してもらうつもりだが。

 

(エルメロイⅡ世の弟子。エルメロイⅡ世の系譜。時計塔の勢力図を書き換え得るもの。どいつもこいつも……苛立たしくも、中々やる奴らだ)

 

 そして十分後、アトラムはフーゴの手配したタクシーに乗り、空港へと向かった。朝一番の飛行機でアメリカへ飛ぶために。

 

   ◆

 

 アトラムを見送った慎二は、聖杯戦争からは脱落したもう一人の魔術師、バゼット・フラガ・マクレミッツに視線を向ける。瀕死の状態からやっと回復したばかりだというのに、アトラムに洗練された拳を捻り込んだ女だ。

 戦場に立ったことでむしろ調子を取り戻してきているらしく、もう体調はほとんど万全と思われた。

 

「あんたはどうする? ついでに飛行機の座席を用意してもらうか?」

 

 自分が手配するわけでもないのに、勝手なことを言う慎二。対してバゼットは慎二とフーゴへ交互に視線を向け、

 

「アトラムが拠点に使っていた工房に、まだ私の腕があるということなので、まずはそれを取りに行きます。ルーン魔術を使えばくっつけられるでしょう」

 

 先ほど、アトラムから聞き出した情報。

 折角手に入れた封印指定級の魔術師の腕。何かの実験に使えるかもしれないと思い、保存しておいたそうだ。

 アトラムの工房は、今頃連絡を受けたアトラムの部下が片付けていることだろうが、バゼットの腕は残しておくと言っていた。この期に及んで、無駄にバゼットの恨みを買うことはないだろうから、信じていい。

 

「その後は……そうですね。貴方たちに協力させてもらいます」

「何?」

 

 慎二が目を丸くする。戦闘に長けた凄腕の魔術師が、手を貸してくれるというのだ。願っても無い事であるが、美味しい話すぎてすぐには飛びつけない。

 

「なんでまた……」

「恩を返すだけです。フーゴには命と一宿一飯の恩がある。アトラムへの報復や、腕の奪還も貴方たちのおかげです。借りっぱなしというのは良くないですからね」

 

 ゆえに返すと、バゼットは言う。魔術師というよりは騎士のような女だと、慎二は思った。

 

「……ま、そういうことなら当てにさせてもらう。いいよな、フーゴ」

「人材はいくらでも欲しいからな。ホテルの部屋はそのままにしておくから使ってくれ。ただ……食事はほどほどに」

 

 一飯どころの量ではなかったとぼやくフーゴにバゼットは、体が回復のための栄養を必要としていただけですと、頬を赤らめながら言い訳した。

 

「では、日が昇る前に済ませておきます。また後で」

 

 力強い足取りで、バゼットはその場を後にした。またタクシーを呼ぼうかというフーゴの提案に、リハビリのために歩いていくと断って。

 正直リハビリは必要ないと思いながら、慎二はバゼットの雄々しい背中を見送った。

 

   ◆

 

「どうやら、無事に終わったようですね」

 

 そんな言葉と共に夜空から、紫の長い髪をなびかせる美女が降って来た。

 

「あ」

「あ、って何です? さては忘れてましたね?」

「……そんなことはないぞ。遅かったじゃないか。敵はどうなった?」

 

 やや逸らされた視線に、感情のこもらない口調。誰が見たところで、慎二がライダーたちの方を忘れていたのだと容易に気づくことができた。

 ライダーは一つため息をついたものの、それ以上追究しても面倒なので話を進める。

 

「あちらの方はですね……」

 

   ◆

 

 黒い幽霊のようなスタンドと拳を合わせ、ライダーはその厄介さに舌打ちした。

 

(すり抜けてくる……。まったく単純で、だからこそ対処し難い能力ですね)

 

 ガード無効。拳が防御を透過し、ライダーに叩き付けられる。その威力はかなりのもので、空条承太郎の【星の白金(スター・プラチナ)】にも匹敵した。

 そのうえこちらの攻撃は通り抜け、魔眼も意味をなさなかった。射程距離も長く、本体であるソラウから十メートル以上離れても活動できるタイプで、ソラウの方を狙っても回り込まれて防がれてしまう。

 

(しかし、サーヴァントを相手にするには決定力に欠ける。【星の白金(スター・プラチナ)】のように時を止められて無防備な状態で攻撃を受けない限り、やすやすと霊核を攻撃されはしない)

 

遠隔操作の恋(リモート・ロマンス)】の攻撃手段は、あくまで拳をはじめとした肉体のみであり、飛び道具や武器は持っていない。

 ソラウの方も同様で、魔術にしてもサーヴァントに通用するものは会得していない。

 

(こちらの攻撃は効かない。あちらの攻撃は通用するにしても、避けられないわけではない)

 

 いっそ宝具を使用するかという考えが脳裏をかすめる。ライダーの宝具は、ライダー自身よりも速度がある。スタンドでも護り切れない速度で突っ切り、ソラウを撃破することは可能だ。

 

(しかし、サーヴァントでもない相手に切り札を使っていいものか……)

 

 七体のサーヴァントは全て出そろっている。マスターもわかっている。

 にもかかわらず、他にも何体ものサーヴァントが存在し、暗躍している。

 この異常の鍵となるのは、おそらくこのソラウに違いない。彼女をここで仕留めることは、大きな意味があるだろう。だが、彼女の背後関係もわからぬまま倒してよいものか。

 

(この女に仲間がいれば、この女を殺したところでサーヴァントは止まらない。みすみす、手札を晒すことになる)

 

 情報を漏らすことへの危険が、ライダーを気後れさせる。

 ライダーは高い戦闘力を誇るが、戦士ではない。戦いを学んだこともなく、戦況において自身で判断をくだすという機会を持ったこともなかった。

 そのため、手札の切り時というものを見定め、決断することに慣れていない。これが重荷を背負わぬ身軽な身であれば、適当な判断を下して行動できただろう。しかし、今のライダーは共に戦う『主人(マスター)』が存在する。

 慎二の意にそぐわぬ行動をとりかねないことへの抵抗は、彼女自身が思っているよりも強く、彼女の自由を鈍らせていた。

 

(情けないことです……)

 

 ライダーは苛立ちながらも、家族以外の誰かと触れ合っている今の自分の在り様が、嫌ではなかった。

 

(今は機を待ちますか)

 

 もとより、自分の役目は慎二たちを救援に向かわせるために、敵を引き付けておくこと。倒す必要はない。

 慎二のことは心配ないわけではないが、

 

(彼は欠点だらけの人間ですが、思いのほか、やる(・・)男です)

 

 そう信じ、目の前の相手に集中する。

 

 自分だけの力で敵わぬことがあっても、焦ることはない。彼女は一人で戦っているのではないのだから。

 

   ◆

 

 もう一組の戦いはより激しく展開していた。

 アスファルトを凶悪なスパイクで穴だらけにしながら、怪物自動車が走る。

 

 タロット、大アルカナの10番。

 正位置においての意味は、転換点、幸運の到来、変化、定められた運命、結束。

 逆位置においての意味は、情勢の急激な悪化、別離、不幸の到来、解放。

 

『運命の車輪』の暗示を持つスタンド、【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】。

 

 その右を並走するオートバイから、人型が浮かび上がり右手を振り上げる。

 

「【ザ・ハンド】‼」

 

 存在するものの一切をこの世から消し去る手。強度や材質にかかわらず、この手にかかれば使い手である億泰自身にもわからぬ、どこか彼方へと消えるのだ。

 だが、その攻撃を自動車は巨体に見合わぬ動きでかわす。すると、空振りして削り取った空間を埋めるために、自然の作用として億泰たちの乗るオートバイが引き寄せられて移動させられる。また【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】との距離が詰まる。

 これではイタチごっこだ。

 

 だがそれも舞弥の冷静で正確な運転技術あってこそだ。

 並列して走っているこの状況を崩さずにいられるからこそ、何とか戦えている。背後に回られたら、速度を上げて潰されるか、ガソリン弾で狙い撃ちにされるか、防戦一方になってしまう。

 

(こちらの機動力は把握されたと見ていいでしょうからね)

 

 パワーはオートバイよりスタンド自動車の方が上。スピードでもあちらの方が少し上だろう。機敏さではこちらが上回っていると思うが。

 

「奴に後ろに回られたら、こちらが一方的に不利」

 

 それがこの戦いの基本。

 

「ち……せこいことしやがるねぇっ! ゴキブリみてーにチョコマカとよー!」

 

 ズィー・ズィーも当然それはわかっている。だから、そうなるように行動する。

 

「くらいなぁっ!」

 

運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】が跳ねた。

 普通の自動車では出来っこない行動。高低差の無い道路で、高くジャンプしてのけたのだ。位置は、オートバイの真上。そして上空で最大限に車体を膨らませる。車体の大きさを制限はあるがコントロールできる能力によるものだ。

 これにより、瞬間移動でもギリギリかわすことができなくなってしまった。

 

「来るぜっ!」

「わかっています!」

 

 オートバイに影が落ちる。すぐに、影の主もオートバイに落下し、押し潰しにかかるだろう。

 仕方なく、舞弥はオートバイの速度を最高にする。風を切ってその場を駆け抜けた直後、道路が砕けるほど重い音がすぐ後ろで響いた。

 

「よく切り抜けたな! だが後ろにつけたぜ!」

 

 落下攻撃からは逃げられたが、それは死の運命をわずかに伸ばしたに過ぎない。

 ズィー・ズィーは舌なめずりして笑う。

 

「ぶっ潰れなぁっ!」

 

 勝利を確信したズィー・ズィーが、真っ直ぐに突進を仕掛ける。

 そのままなら撥ね飛ばしてズタズタにするか、轢き潰して道路の染みにする。

 車体を跳び越えてかわそうとするなら、ガソリン弾を発射して蜂の巣にする。

 いずれにせよ、この距離ならば逃れようはない。【ザ・ハンド】を繰り出したとしても、一振りで抉り取れるのは装甲どまり。勢いのついた車体を止めることはでいないだろう。

 

 だが舞弥はいつもと変わらぬクールな表情のまま、ハンドルを握り締める。そしてオートバイの速度を、

 

「フッ!」

 

 上げずに、思い切り倒れ込んだ。

 

「あぁ!?」

 

 ズィー・ズィーが目の前で転倒した獲物に、疑問符のついた声をあげる。今までどれほど攻撃を仕掛けてもゆらがなかった運転技術が、ここで急に乱れたことに、喜ぶより先に疑念がわく。

 

「どらぁっ‼」

 

 そしてその疑念は正しく、彼らは倒れ込むだけでは終わらなかった。

 まず倒れて一瞬宙に浮いたオートバイは、【ザ・ハンド】に強く蹴りつけられ、【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】のフロントガラスに向かって飛んでいく。

 叩きつけられたオートバイは、衝撃でガソリンに火がつき、小さいながらも強い爆発を起こした。巻き上がる炎が車体の前半分を覆い、ズィー・ズィーの視界が塞がれる。ガラスを割るような力はなかったものの、その衝突に驚いたズィー・ズィーは、彼自身の分身である怪物自動車を思わず停止させてしまった。

 

「くそっ! 小細工を!」

 

 ズィー・ズィーがワイパーを動かし、火のついたガソリンをこそぎ取って視界を開く。そして再び走り出す。しかし、フロントガラスの向こう側の光景に、億泰と舞弥の姿が無い。

 

「ど、どこに隠れたっ!」

 

運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】の進路方向から外れたのかと、ズィー・ズィーは左右に視線を向ける。しかし、二人を探していたズィー・ズィーに思わぬ衝撃が走った。

 彼の体が、否、車体全てが上方向へと跳ねあがったのだ。

 

「こいつはっ! まさかあいつらっ!」

 

 空中に舞い上がった車体。その真下から、億泰のスタンド【ザ・ハンド】が高々と腕を突き上げて立っていた。

 

   ◆

 

 オートバイを犠牲にしてわずかに稼いだ時間を、億泰は無駄にしなかった。

 

 宙に浮いた二人の体をスタンドによって受け止め、安全に着地すると、億泰はただちに次の仕事にかかる。

【ザ・ハンド】の右手が道路に向かって繰り出され、深くえぐり込む。寝そべれば億泰と舞弥が嵌り込むことができるような穴を掘るのに、使用した時間はほんの三秒。それでも大分ギリギリであったが、彼らは穴に体を投げ込むように隠れた。

 そして【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】が自分たちの真上を通るのを待ち、そして通った瞬間に拳を叩き込んだのだ。

 ハリネズミしかり、クワガタムシしかり、頑丈な装甲を持ったものは、腹の下は案外弱いもの。無防備な車体の裏側を襲われた怪物自動車は、思っていた以上にあっけなく吹き飛ばされ、そして屋根を下にして墜落した。

 

「ウゲェッ!」

 

 ひっくり返ったこと自体はダメージではない。物質と融合したタイプのスタンドであるため、一時的に車体がひしゃげ、ガラスが割れたが、すぐに再生させられる。問題はスタンドとはいえ自動車を基盤とした【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】は、当然のように車輪が地面に接していないと移動できないということ。

 もちろん普通の自動車と違い、無理矢理に身をよじり動くことも可能だが、

 

「【ザ・ハンド】ォッ!!」

 

 一手、出遅れた。

 

 すぐさま立ち上がった億泰のスタンドが、空間を削り取る。すると、その空間の虚無を埋めるために、周囲の物体が強制的に移動させられる。

 割れたガラスを更に砕き散らしながら、運転席にいたズィー・ズィーを引きずり出した。

 

 ただ自動車の腹を一度削り取るだけでは、深いダメージにはならない。あえてひっくり返したのは、こうして本命を引っこ抜くためだ。

 そう。これが舞弥と億泰の作戦。

 

『背後に回られたら負ける』――という状況に見せかけて、あえて背後に回らせて、敵に勝利を確信させる。

 勝利を確信したとき、最も身も心も油断する。それが、二人の勝利の筋道だった。

 

「うぉぉぉぉっ!?」

 

 はっきりと車内が見えなかったため、億泰たちがズィー・ズィーの姿をはっきり見たのは、これが初めてであった。

 

「なんだオイ。バランスの悪い奴だなぁ」

 

 億泰が思わず口にしてしまったのも無理はない。

 ズィー・ズィーの体型は、両腕は重量上げの選手のように鍛えられた太く逞しいものであるのに、胴体や脚といった腕以外の肉体は痩せており、いかにもアンバランスだった。

 

「ま、いいや。くらいなっ!」

「ヒッ!」

 

 たとえ物理的な攻撃は無効化するサーヴァントであろうと、スタンド能力は通用する。ましてや防御力に関係なく万物を削り取る、【ザ・ハンド】の右手だ。ズィー・ズィーに対抗手段はなかった。

 

 ガオンッとスタンドの右手がズィー・ズィーに振り下ろされる。

 だが、それがズィー・ズィーの脳を消滅させることはなかった。

 

【ザ・ハンド】の右手が繰り出されるより一瞬早く、ズィー・ズィーの襟元を掴んで引きずり上げた者がいた。その者はズィー・ズィーを掴んだまま高く跳躍する。

 

「ッ! ソラウっ!」

 

 億泰の後ろに控えていた舞弥が、ズィー・ズィーを救った者の顔を見て反射的に銃撃を行う。魔術による自動誘導の弾丸はソラウへ迫るが、彼女はその人間を遥かに上回る視力を持って弾丸を睨み、

 

「……『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』」

 

 その眼から圧縮された体液を発射。視線を向けた位置へ正確に飛ぶ、水流カッターが魔弾を迎撃した。

 

「使えない男ね。けど、こいつの能力は乗り物として有用だから、まだとっておきたいのよね」

 

 呟いて、ソラウは獣じみた脚力で道路を横断し、夜の闇に消えていった。

 魔術で肉体強化も施しているのだろう。石仮面の吸血鬼と比べても、その身体能力は相当なものだった。

 

「逃げやがったか。くっそぉ~~」

「あくまで彼女たちの目的は時間稼ぎ。自分の陣営に損害を出してまで、続行するようなことではなかったということでしょう」

 

 悔しがる億泰と、冷静に状況を推察する舞弥。そこにソラウのスタンドと戦っていたライダーが駆け寄る。

 

「すみません。ソラウをそちらに向かわせてしまいました」

「いえ、こちらに負傷はなく、相手の手の内も知れた。痛み分けというところでしょう。それより士郎を助けに行きませんと」

「おっと、そうだったぜ!」

 

 しかしオートバイは爆発四散。代わりに使えるようなものを、と周囲を見回すと、ズィー・ズィーが放置していった怪物自動車――の、なれの果てがひっくり返ったまま転がっていた。

 

 怪物自動車の正体は、中古ショップでも捨て値で売られているようなオンボロであった。ペンキも剥がれてあちらこちらに地肌が見えて、錆さえ浮いている軽自動車である。それにスタンドパワーを被せて、巨大な自動車に変化させていたのだ。

 とりあえずもう一度ひっくり返し、正しい格好にして動かしてみると、一応エンジンはかかるし、ガソリンも入っていた。

 

「……徒歩よりマシでしょうから、これで行きます」

「恥ずかしいなオイ……」

 

 愚痴る億泰だったが、それ以外の手段と言ったら、通りがかる自動車を強奪するくらいしかない。

 仕方なく二人はオンボロ軽自動車に乗り込み、ライダーは先に走って士郎たちのところに向かうこととなった。

 

   ◆

 

「どうやら無事のようですね」

 

 ライダーがソラウたちとの戦いの顛末を説明し終えたとほぼ同時に、舞弥たちがオンボロ自動車に乗って到着した。

 

「……よくもまあ途中でエンストしなかったな」

 

 実物を見て、慎二は呆れた声を出す。いくらスタンドで強化できるからって、これはない。ゴミ捨て場で拾ってきたのではなかろうか。

 

「私たちの自動車は……」

 

 舞弥は尋ねようとして、燃え散った残骸を見つけ、顔に手を当ててため息をつく。

 

「一応、まだ使えそうな装備は拾っておいたよ」

「気が利きますねキャスター。ありがとうございます」

 

 キャスターに差し出された銃や魔術礼装を見て礼を言うものの、やはり大半は失われてしまっている。出費は痛かった。

 

「しかし士郎が助かったのだから、良しとしましょう。それで、士郎。やはり手を引く気はないのでしょうね」

「……ああ。俺はやめない」

 

 一歩助けが遅ければ死んでいたというのに、士郎の意志は何も変わりはしなかった。

 

「では一つ吉報があります。正確には、吉報にするように努力してほしい報告、でしょうか」

「おっ、そうだった」

 

 そこで士郎は、億泰の口からアインツベルン城への招待の話を聞く。

 もちろん士郎は二つ返事で頷いた。

 

「マスター……罠の可能性が」

「それは多分大丈夫だろうぜ。あの強力なバーサーカーを従えていることを思えば、罠なんて使うまでもないだろうからさ」

 

 セイバーの懸念を、慎二が払拭する。もともとイリヤスフィールはそういった絡め手を使うような性格とは思えない。正面から叩き潰す自信家であり、それだけの力を持っている。

 

「もっとも、話し合いが上手くいかなければ、その場で戦闘ってこともありえるがな」

「ああ。けど、爺さんの娘なんだ。行かないわけにはいかない」

 

 その決意は固いようだった。慎二はそれ以上口を差し挟まない。これは聖杯戦争の問題でさえない。

 ただの衛宮家の家庭事情だ。

 

(ただでさえ、間桐の家庭事情を抱えてるんだ。他人さまの方まで首を突っ込んでいられるか)

 

 ただ気になることがあるとすれば、

 

(アーチャー……)

 

 素知らぬ風を装っているが、聞き耳を立てていることは感じ取れた。表情は変わっていないが、気にしている。これでも多くの人間と会ってきた慎二には、その程度のことはわかった。

 

(そもそも、あいつはそんなに感情隠すのが得意じゃないからな)

 

 その行動。その在り方。似ても似つかないように見えて――理屈ではなく感じ取れてしまうものがある。

 

(やっぱり、衛宮、なんだろうな)

 

 なぜ、どうして、英霊として召喚されているのか。そして、過去の自分に対して向ける敵意ときては、なんとも明るい事情が想像できない。

 英雄なんてのは、悲劇に見舞われているものと、相場が決まっているのだから。

 

(どうするか。何か、するべきなのか……?)

 

 家庭事情以上に面倒そうなものを知ってしまった慎二は、思い悩みながらなんとなしに周りを眺め、ふと気づく。

 

(フーゴ?)

 

 慎二の頼もしい(金銭面で特に)協力者であるパンナコッタ・フーゴが、鋭い目で士郎を睨み付けていた。好ましいもののない、敵対とまではいかないにしても、酷く不愉快そうな顔つきで。

 

   ◆

 

「ふぁっふぁっふぁっふぁ……我が孫は、本当に頑張っておるのぉ」

 

 魔蟲を介して一連の動きを監視していた妖翁が、温かみの欠片もない声をあげていた。

 

「これで、ついに正規のサーヴァントが落ちたわけじゃ」

 

 アサシン――チョコラータとセッコ。

 ランサー――クー・フーリン。

 7体のサーヴァントのうちの、二体が消滅した。

 

「残る五体。そして、儂らが召喚した、【世界王の刺客(ディオズ・サーヴァント)】も……残り五体」

 

 ディオズ・ランサー――グレーフライ。

 ディオズ・アーチャー――アラビアファッツ。

 

 アインツベルン陣営の情報収集に赴いたグレーフライから連絡が途絶えた後、アラビアファッツを向かわせて、ようやくアインツベルン陣営のサーヴァント――バーサーカーの情報を手に入れることができた。

 情報を伝えることには成功したものの、アラビアファッツ自身は追いつかれて倒されてしまったが。

 

「情報収集だけで二体も失うとは。流石は……と言うべきであろうかな」

 

 しかし情報収集はもう十分。活発に動き出してもいい頃合いだ。

 ディオズ・サーヴァントをどうぶつけるか。五体一斉にかかれば、正規サーヴァントであっても十分仕留められるだろう。だが、一体や二体はやられるかもしれない。

世界王名簿(ディオズ・リスト)】の召喚限界は、七人まで。既に限界であり、これ以上はまともなやり方では召喚できない。それでは最後まで勝ち残れない。

 

「盤上は面倒なことに、セイバー、キャスター、アーチャー、ライダー……四陣営が顔見知りで仲良しこよし。しかもバーサーカーを要するアインツベルン陣営とまで友好を結びかねない」

 

 キャスター陣営はセイバー陣営の完全な味方。遠坂凛と間桐慎二は戦う意欲はあるが、イレギュラーである謎のサーヴァント、すなわちディオズ・サーヴァントの正体を掴むことを優先して動いている。

 

「全陣営が組んで、我らを先に仕留めるという方針になることも、十分あり得るのぉ……」

 

 ディオズ・サーヴァントの所有権はソラウに渡してある。魔力と戦闘力はある彼女だが、戦術的に上手く立ち回れるかといえば、疑問が残る。そもそもディオズ・サーヴァントは誰も彼も協調性がない。チームワークなど期待できない。

 

「更なる戦力が……望まれるのぉ」

 

 

 

 ……To Be Continued

 

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