Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT16:間桐臓硯の企み(前)

 

 

「ようこそ、アインツベルンの城へ」

 

 涼やかな声が響く。大きなテーブルの上座に座るイリヤの向かいに、士郎たちの席が用意されていた。メイドたちが椅子を引き、士郎たちに座るように促した。

 

「承太郎さんはいるのかい?」

「バーサーカーは隣の部屋よ。戦いとなれば、壁を突き破ってここに来るわ」

 

 億泰が無遠慮に部屋を見回してたずねるのに、イリヤが答えた。前の戦いで殴り倒されたセイバーが、少し表情を硬くする。

 

「戦いにはならないさ」

「そう? 戦争なのに?」

 

 士郎たちが座ると、メイドたちが紅茶を注いでまわる。豊かな香りが漂う中、士郎はイリヤスフィールを真っ直ぐに見て訴えた。

 

「戦うなんてしたくない……まして、家族とは」

「家族かぁ。簡単に言うのね。何も知らなかったのに」

 

 猫がカナリアを弄ぶような、愉し気な微笑みを唇に顕す。残酷な眼差しが士郎に注がれ、赤毛の少年は気圧されそうになる。可愛らしい少女の姿であるが、牙を剥けば士郎に勝ち目はない。サーヴァントを除けばこの場にいる誰より強い。

 舞弥は優れた戦闘者であるが魔術師としては大したものではなく、サポート型だ。億泰は強力なスタンド使いだが、凛をも上回るイリヤの魔術を相手にするのは厳しい。

 三人がかりなら勝てるだろうが、サーヴァントやメイドたちを含めばまた不利になるであろうし、そもそも士郎たちの目的がイリヤとの和解である以上、戦闘になった時点で、目的不達成により敗北同然である。

 

「知らなかった……。切嗣は教えてくれなかった。けど、切嗣はよく一人で海外に行っていた。動きづらい体を引きずるみたいにして、本当に動くことができなくなるまで」

「…………!」

 

 イリヤの表情がかすかに動く。

 

「切嗣は、決してイリヤを忘れてなんかいなかった。俺はイリヤの言う通り、イリヤのことも切嗣の過去も何も知らなかったけど……イリヤを忘れるような、そんな人じゃなかった。それだけは断言できる」

 

 我が子を愛さないような男ではなかった。

 いっそ愛を抱かなければ、もっと楽な人生を生きられただろう。背負うものもなく、割り切った生き方ができただろう。けれど、楽な人生よりも、切嗣という父親にとって(イリヤ)は大切だったのだ。

 

「その通りです、イリヤ。私も切嗣と共に、アインツベルンへと赴きました。体を壊した切嗣と、魔術師としては半端な私では入り口を閉ざされたアインツベルンに足を踏み入れることもできませんでしたが、切嗣は貴方を迎えにいこうとしていました」

 

 舞弥が士郎の言い分を肯定する。アインツベルンの長であったアハト翁の思惑により阻まれたが、幾度も切嗣は挑んでいたのだ。

 二人の言葉を、イリヤも虚偽とは思わなかった。

 

 周囲が心配するほどに偽ることを知らない士郎はもちろん、切嗣の為の道具として自分を律してきた舞弥もまた、嘘が得意な人間ではないと見なしていたから、彼らは真実を言っていると信じられた。

 

「……それで?」

 

 動いた表情が消え、千年も溶けない氷のような面持ちが、士郎を見つめる。

 

「愛とか家族とか……それが戦いをやめる理由になるというの? 遥かな時を重ね、他のすべてを投げうって、屍を積み上げ続けたアインツベルンの悲願を捨てろと? 私たちは……使命以外の全てを捨ててきたのよ? 自分たち自身さえも。それを」

 

 イリヤスフィール。彼女こそはアインツベルンの最高傑作。アインツベルンのやり方では、彼女以上の者を生み出すことはできない。そう言い切れるほどに、イリヤは優れていた。つまりイリヤでさえ勝利できないのなら――アインツベルンはもはや無駄だ。

 アインツベルンでは至れない。そう諦めて、永い年月と途方もない犠牲を、全ては無駄な浪費であったのだと納得するしかないのだ。

 

 アインツベルンの悲願も、聖杯戦争も、戦いに身を投じたマスターたちも、全ては無駄――無駄死に。

 イリヤの母、アイリスフィールのことも含めて。

 

「認められるわけ、ないでしょ」

 

 たとえ父を憎まずとも、自ら降りることはできない。

 戦うしかないのだと、イリヤは改めて確認し――

 

「んん? 自分自身を捨てたぁ? いや、イリヤはここにいるじゃねえか?」

 

 深刻さの欠片もない声に、水を差された。

 

「オクヤスぅ……」

 

 思わず永久凍土の表情を崩し、恨みがましい視線を向けてしまうイリヤ。士郎も急にシリアスが破壊されことに戸惑い、億泰の方を見つめている。

 一方億泰は、メイドに差し出された焼き菓子を飲み込んだ後、自身の意見を述べ始める。

 

「いや、アイスクリーム……アインシュタイン……えっと、とにかくイリヤの一族がなんか目標のためにすげぇ頑張ってんのは知ってるぜ」

 

 一応、聖杯により何ができるか、アインツベルンが何を悲願としているかは、十年前も兄から何度も教えられ、今回も舞弥から聞いているのだが、億泰の頭脳では『根源の渦』とか『魂の物質化』とかは難しすぎて、イマイチ理解できていないのだ。

 ただノーベル賞とかオリンピックの金メダルみたいな凄いものとだけ捉えており、勉強なり訓練なりを毎日頑張ってきたのだと考えている。

 

「それを諦めなきゃいけねえってのはそりゃ辛いよな……けど他に何もないってことはねーだろ」

「無いわ」

 

 イリヤはきっぱりと言い切る。そこに躊躇は無い。魔術師という生き物は、目的のために今も未来もすべてを火にくべるのだ。目的のための機械。そこに余分な機能はない。ゆえに、目的が消えれば他には何もない。そういうふうに生きるものだ。

 それがイリヤの、アインツベルンの信念であった。が、

 

「う~ん、それは……嘘だね」

 

 そこで口を挟んだのは、紅茶の香りを楽しんでいた髭の紳士であった。

 

「私は『相手の身になって考える』ことが大切だと思っているのだが、それによると……君は決して、使命以外のものを持っていないわけではないね」

「何よ。あんたに何がわかるっていうの?」

 

 キリリと空気が張りつめるような殺気が、イリヤから放たれる。しかし、キャスターにとってその程度の殺気はそれこそ児戯でしかない。

 

「わかるも何も……こうした場を設けていること自体が、家族と話したかったということに他ならないのではないかな?」

「んぐっ……それは、オクヤスがしつこいから仕方なく……」

「なら、億泰くんの言うことを聞くくらいの余裕はあるわけだ。使命以外の何物も拒絶するような機械ではない」

「だからっ……それは、気まぐれのお遊びで」

 

 ちょっと意地悪な態度のキャスターに、イリヤは反論するのだが、図星を突かれてむきになっているように見えた。いかに凄腕の魔術師とはいえ、対人関係の経験は全く薄い。悪意ある相手との口論に勝利する弁論術は知っていても、まっとうな大人に、敵意もなく穏やかに接されることへの対処法など学んでいない。

 狡知に長け、謀略を得意とする間桐臓硯などよりも、例えば藤村大河などの方が、この場合よほど手強い相手となる。何せ、前者は遠慮なく叩き潰せるが、後者はまず争う意欲がわかないのだ。

 天然な昔なじみの億泰と、教師的な年長者のキャスター。イリヤにとっては天敵に等しい。

 

「だからっ……私は」

 

 苦し紛れに否定の言葉を紡ごうとしながら、上手く反論できないでいるイリヤ。話し合いが上手く和やかな方向に向かいつつある中、

 

 ドザアッ!!

 

 突如、何かが降って来た。

 

「な、なんだっ?」

 

 士郎が慌てて立ち上がり、部屋の隅に落ちたそれに目を向ける。

 

「うっ、くっ……」

 

 苦し気な様子で倒れ込んだ身を起こそうとしていたのは、赤い外套を纏った白髪の男だった。

 

「アーチャー!?」

 

 叫んだ士郎に視線を向けたアーチャーは苦々しい顔をしたが、すぐに一息ついて気を落ち着ける。立ち上がって首を動かして周囲を見る。その場にいる面々の顔を一つ一つ見据えた後、

 

「凛め。まったく……とんだことになったものだ」

「凛? どういうことだ。何があったんだ」

 

 士郎に訊かれて、アーチャーは気に入らなそうな表情のままに口を開く。

 

「襲撃を受けた。ソラウと彼女の率いるイレギュラーのサーヴァントによってな」

 

   ◆

 

「悪あがきしてくれるじゃない」

 

 少し不愉快そうに眉を吊り上げ、ソラウは床に転がる凛を踏みつける。狙いは血が流れ落ちる肩の傷だ。

 

「ッッッ‼」

 

 骨が軋む音をたて、惨い痛みが凛を襲うが、彼女は歯を食いしばって悲鳴をあげることに耐える。

 

「つまらない意地を張って……令呪のなくなった貴方の利用価値はかなり落ちているところだけど、セイバー陣営への人質になるかもしれないから、とりあえず生かしておいてあげる」

 

 凛の手の甲には、三分前までは残っていた令呪が消滅していた。アーチャーに対し、こう命じたためだ。

 

『今すぐにアインツベルンの城に転移せよ』『士郎に状況を説明せよ』

 

 アインツベルン城では同盟相手である士郎がイリヤと話し合いをしているはず。悔しいが自力でどうにかできない以上、士郎に救援を求めることが最善手と判断し、凛はこの二つの命令を下した。

 とはいえ、勝算はかなり低かった。どうやら生かしておいてくれるようだが、すぐに殺されていても当然であったのだから。

 

(私が死んでも、アーチャーには【単独行動】のスキルがある。しばらくはマスターの魔力供給がなくても現界は可能。私が詰んでも、アーチャーには希望がある)

 

 できればアーチャーには生き延びてほしい。敵の手に落ち、人質にされたマスターとしてのせめてもの『かっこつけ』だ。

 邪魔されずに目論見を達成できた凛は、口を微かに緩ませ、笑みを見せた。それが勝ち誇っているように見えたソラウは、若干腹を立て、

 

「先に舌を抜いておくべきだったかしら。いえ、初手で手首を切り離しておくべきだったわね」

「ッ~~~~~‼」

 

 更に強く足に力を込める。グリグリと傷口を踏み躙られる痛みは、想像以上のものであっただろう。だがそれでも一言も悲鳴を発することなく、凛はやがて意識を手放し、気を失った。

 

「フゥ…………ガンナー。運びなさい」

 

 つまらなさそうに踵を返したソラウは、背後で待っていたテンガロンハットの男に命令すると、遠坂邸を出て行く。まだ太陽が沈みきっていないが、魔術を使えば陽光を屈折させて遮ることは可能である。戦闘で激しく動き回るとなったら、魔術行使にブレが生じて陽光をその身に受けてしまう危険があるが、普通に散歩する程度なら問題ない。

 外に待たせているズィーズィーの自動車へと、足を向ける向かうソラウの胸中には、もう遠坂邸の何物にも興味はない。当然、カウボーイ姿のサーヴァントが、気絶した少女を痛まし気に見つめていたことに気づくこともなかった。

 

   ◆

 

 それまで漁夫の利を狙う戦法や、情報収集を第一とし戦果を求めない行動をしていた、非正規のサーヴァントとマスターが、いよいよ積極的な攻勢に出た。

 新たな展開に、その場の全員が大なり小なり緊張感を纏う。

 

「それで……貴方はこれからどうするつもりですか? アーチャー」

 

 舞弥からの問いかけに、弓兵は考える間も置かず答えた。

 

「しれたこと。凛を救出する。令呪が切れたからと言って鞍替えするほど浅ましくはないつもりだ」

 

 幸い、アーチャーのクラスに常備される【単独行動】により、2日間はその身を保っていられる。

 

「それなら俺たちも行く」

「フン、半人前以下にくっついてこられても足手まといだ。セイバーだけならともかく、貴様は引っ込んでいろ」

 

 立ち上がる士郎に、アーチャーはにべもなく言い放ち、足早に城から出て行こうとするが、

 

「面白いじゃない。私も行くわ」

 

 思わぬ声に、アーチャーは足を止めて振り返る。視線の先には、悪戯を思いついた猫のような顔のイリヤスフィールが椅子から降りていた。

 

「……どういうつもりだ?」

「別に。言葉通り、面白そうだって思っただけよ。リンを助けたら、彼女がどんな顔するか見物でしょう?」

 

 聖杯戦争の敵手に救われるということは、さぞかし凛のプライドに(ひび)を入れることだろう。悔しさに引きつりながら、それでも礼を言うだろう。凛にはそういう律儀なところがある。一方、イリヤにはそういうのをとても面白く感じるところがある。

 

「それに、ソラウとかいうオバサンを何とかしないと、おちおち優勝もできないみたいだしね……。それにいつまでたっても私の中に『来ない』のよね。多分、あのオバサンが『横取り』してるんだと思うから」

 

 イリヤは自分の胸に指をあて、触診するかのようにトントンと数度叩いた。その後、イリヤの目くばせを受けたホムンクルスのメイドの一人が、屋の扉を開ける。部屋の外の廊下には、バーサーカー・空条承太郎が腕組みをして壁に背をつけながら、静かな風格を纏いながら待っていた。

 

   ◆

 

 慎二とバゼットは、フーゴが短期契約で借りているマンションに着き、ベルで呼び出すが返事がない。

 慎二が事前に渡された鍵でドアを開けると、床に散らばった書類や砕けた机の中央に、倒れた男性の姿が目に映った。

 

「フーゴっ!」

 

 慎二は叫びながらも、すぐに部屋に飛び込んだりはしなかった。その理由は、倒れたフーゴの向こう側にうずくまる、奇怪な人影。

 シュウシュウと唸り、涎を床に零すそれはフーゴのスタンド【パープル・ヘイズ】であった。そいつは慎二が部屋に入ったのに気づくと、異様な目つきで睨み、激しい勢いで立ち上がる。じっとしていた猛獣が、獲物が射程範囲内に入って来た途端、目にも止まらぬ速さで襲い掛かるような動きだ。

 まだ攻撃は仕掛けてきていないが、拳は構えられている。もう少し近づけば、殺戮ウイルス兵器を備えた拳が叩き付けられるだろう。

 

(まずい、動けないぞ)

 

 蛇に睨まれた蛙のように、慎二は動きを止めるしかなかった。代わって動いたのはバゼットであった。

 

「『サガズ』っ」

 

 小さな石が素早い動きで投げられ、倒れたフーゴの肩に当たった。

 

「うぐるるぅぅッ!」

 

 それを攻撃と思ったのか、【パープル・ヘイズ】がバゼットに体を向け、激しく拳を振るってくる。白兵戦に長けたバゼットでも、近距離パワー型スタンド相手では少々分が悪い。だが、【パープル・ヘイズ】の一撃を喰らう前に、バゼットの放った小石――いや、小石に刻まれた魔術文字の効果が発動した。

 

「ハッ‼」

 

 フーゴの体がビクンと跳ね、驚いたように目を見開く。同時に、【パープル・ヘイズ】の動きが止まり、スゥッと搔き消えた。フーゴの意識が戻ったことで、コントロールを失っていたスタンドが鎮まったのだろう。

 さっきの石に刻まれたルーン文字は『サガズ』。昼や日を表すルーンであり、すなわち『目を覚ましている時間』に通じる。それを利用して、フーゴを目覚めさせたのだ。

 

「ううっ……僕は……」

 

 苦し気に起き上がるフーゴは、床の一部が砕け、罅が入っているのを見つけた。更にその破壊の中心に汚らしい液体が染み付いているのを認め、何があったのかを思い出す。

 

 蟲を使った魔術により、体の自由を奪われ、意識も消えようとしていたその瞬間、フーゴは最後の力を振り絞ってスタンド【パープル・ヘイズ】を出現させた。

 

(動くものは……全部ぶちのめせッ‼)

 

 自分を嵌めた敵に強い怒りを込め、そう命令したフーゴが気を失った後、【パープル・ヘイズ】は命令どおり、拳を振るった。

 スタンドは精神力によるものなので、意識を失っている間は使えないことが多いが、例えば眠る前にスタンドを出現させておくと、眠った後もスタンドを出したままにできる。そして特に【パープル・ヘイズ】はフーゴの意思を離れて動くことがままあるタイプのスタンドであった。

 

 フーゴは気絶する前にスタンドを出すことで、身を護ったのだ。だがこれは賭けだった。

 

 事前の命令は聞いているとはいえ、敵味方の判断もつかず、暴走しているようなものだ。そして【パープル・ヘイズ】ほど暴走が恐ろしいスタンドもいない。なにせ【パープル・ヘイズ】が放つウイルスは、解放されたが最後操ることはできず、本体のフーゴさえも殺してしまうのだから。

 

 ただ命令のときにフーゴが強い怒りを込めていたのが吉と出た。怒りによって【パープル・ヘイズ】の殺人ウイルスが通常より凶悪になり、広範囲に広まる前にウイルス同士で食らい合って、消滅してしまうようになっていたからだ。

 敵意を強めれば強めるほど、殺傷力が弱まる『ねじれ』た性質――【パープル・ヘイズ・ディストーション】――それが、フーゴの命を救った。

 

 獰猛なるスタンドは、フーゴの体を支配しようとしていた魔蟲を叩き、ウイルスによって徹底的に殺し尽した。その後も臓硯は何匹か魔蟲を飛ばしたが、ことごとく叩き落とされ、原型も残さず腐った液体になって消えた。

 蟲を殺したウイルスはすぐに共食いし合い、消滅してしまうため至近距離で横たわるフーゴが感染することはなかった。結果として、フーゴは賭けに勝利し、臓硯の企みを打破したのだ。

 

「臓硯……奴が、とうとう積極的に動き出したようだ」

 

 まだ本調子ではないものの、フーゴは最も重要な案件を伝える。それを受けた慎二は、顔色を蒼くし、唇を引きつらせた。無理もない。

 慎二にとって、間桐家の人間全てにとって、臓硯とは絶対支配者なのだ。それもおぞましく邪悪な。

 いかに覚悟し、いつか来ると理解していたとしても、いざその時が来て全く恐れないというわけにはいかなかった。

 

「……家にはもう戻れないな」

 

 息を恐怖で荒げ、バクバクと暴れる心臓に手を当てながら、慎二は懸命に冷静であろうとする。間桐の家はもはや敵地である。ならば、

 

「衛宮の家に行こう……。ライダーと桜もいるしな」

 

 今頃、ライダーは桜に肉体から蟲を取り除き自由になれる可能性について、話し終えているだろう。桜を士郎に家に泊まらせていたのは正解であった。こうなれば、桜の力も使い、臓硯と戦わなくてはならない。

 本音を言えば、自分から戦う意志を固めてほしかったが、状況はもはや戦わないことを許してはくれないようだ。

 

「正直……直接、手を出す可能性は低いと思っていたんだがな……。奴が僕のことを気にしているとは、思っていなかった」

 

 慎二もフーゴも、魔術師でさえない人間だ。スタンド使いとはいえ、サーヴァントのマスターにさえなれない人間は、聖杯戦争の中では問題外である。ゆえに、臓硯が動いたとしても、真っ先に狙ってくるとは思っていなかったのだ。そこまで重要視はしていないだろうと。

 

「案外、臆病なんだろうさ」

 

 臓硯を嘲る慎二であったが、無理をしているのは見え見えだった。拳を強く握って体が震えるのを堪えていると、フーゴもバゼットもわかっていたが、指摘はしない。少年の強がりに水を差すほど、二人とも悪趣味ではなかった。

 

   ◆

 

 士郎たちが遠坂邸についたときには、夕暮れから夜になりかけていた。

 士郎、セイバー、舞弥、億泰、キャスター、イリヤ、アーチャー、バーサーカーという大所帯。正規サーヴァントの七体中四体という半数以上を要する、大戦力だ。

 およそ作戦も何もなく物量で押し切れる集団は、正面から屋内に入り、アーチャーの案内でリビングルームに向かう。しかしそこには人影一つなく、ただ凛のものであろう血痕が残されていただけであった。

 

「死体がないところを見ると、おそらく生かされたまま連れていかれたのでしょう」

「うん、不幸中の幸いというところかな」

 

 舞弥の推測にキャスターも同意する。用済みと見なされたのなら、すぐさま始末され、この辺りに死体が転がっているはずだ。死体を隠すような手間をかけるとも思えない。ゆえに死体がない以上は生かされていると見なすのが妥当だ。

 ただ、生きているのと無事なのとは別問題のため、楽観はできないが。

 

「どこに連れていかれたんだろうなぁ。前に見つけた拠点のビルは潰したし……」

 

 億泰が頭を掻きながら言う。以前、ソラウが潜伏していたビルは、舞弥が爆弾で倒壊させた。その後にソラウがどこへ行ったのかの情報はない。

 

(フーゴによるギャングの情報網からも怪しい場所を見つけられていない。よほど周到なのか……?)

 

 舞弥は首をひねるものの、答えは出ない。元より、舞弥は周囲から思われているほど柔軟な思考は慣れていない。本来、切嗣の一部として行動してきた彼女にとって、自分で考えるということは切嗣が亡くなって長い時間が経過した今でも、難しいことであった。

 

「どこかの空き家を勝手に使っているというわけじゃないのか?」

「そういうところは一番先に調べています。見知らぬ他人に催眠術か何かをかけて操り、家を乗っ取っているという線も考えましたが、今のところそれも……」

 

 士郎の素人考えを否定する舞弥だったが、答えながらふと思いつく。

 

(他人の家に強引に割り込めば不自然さが目立つ。しかし、最初から協力者がいたら? アトラム・ガリアスタのように、必要とあれば手を組む流儀のようですし、ありえないことではない)

 

 今までの調査は、ソラウ個人の隠れ家を対象にしていたが、家を持っている誰かが、隠れ家として自分の家を快く提供していたとしたら? その場合、調べ方を少し変える必要が出てくる。

 

(慎二とフーゴに提案を……)

 

 舞弥が今後の方針を考えていると、

 

「――――ッ‼」

 

 突如、士郎の背後に人型が立ち上がった。凄まじい威風を纏い、爆発するような闘志を放ちながら、力の張りつめた拳が振り上げられる。

 

「!? 承太郎さん!?」

 

 億泰が慌てた声をあげるが、バーサーカーは聞く耳持たず、己が分身に拳を振るわせる。吸血鬼の頭蓋も一撃で粉砕する鉄拳が、嵐のように撃ち込まれる。

 

 バシィッ‼

 

 拳は士郎の額すれすれの空間を抉り、そして何かが殴り飛ばされる音が響いた。

 

「…………!」

「バーサーカー?」

 

 バーサーカーの睨み付ける方向に、イリヤもまた視線を向ける。だがそこには壁しかないように見えた。

 

「……まさかっ!」

 

 同じものを見た億泰がスタンド【ザ・ハンド】を出現させ、右手を振り下ろして空間を抉った。すると、

 

 グンッ!!

 

 壁の一部が盛り上がり、弾けて引き寄せられる。しかし、削り取られた空間を埋めるべく引き寄せられたのは、実際は壁ではなかった。壁に張り付いて壁と同じ色になり、壁に擬態していた奇妙な塊であった。粘土のような不定形なものだが、質感的には肉のような、アメーバのような、なんとも言えぬ気色の悪さが怖気を誘う。

 

「いやまったく……隙が無くて恐ろしいぜ」

 

 そして、壁を覆っていた肉塊が引きはがされ、その裏に隠れていた者たちの姿が露わとなる。隠れていた人数は二人。だがただの二人なはずはない。

 うちの一人が、壁を模倣していた肉塊を削り取って消滅させようとしていた【ザ・ハンド】に向かって銀色に輝く何かを発射した。

 

「クッ!」

 

 その銀色の飛来物を削り取って防いでいるうちに、奇妙な肉塊はグニャグニャと形を変えて、男たちの方へ這いずって戻っていった。

 

「お前……あの夜に遠坂を襲おうとした……! 遠坂はどうした!」

 

 銀の飛来物を投擲した男の顔に、士郎が反応する。忘れもしない。士郎がはじめてサーヴァントを見て、聖杯戦争というものに触れた夜。アーチャーとランサーの戦いの中、凛を襲い漁夫の利を得ようとした男だ。

 

テニール船長(キャプテン・テニール)……俺のことはテニールとでも呼んでくれ。どうせ本名じゃないがな……ククク。ここにいたガキなら、マスターのとこで寝ぼけてるんじゃねえかな。ここにはいねえ」

 

 士郎にからかうように名乗ると、バーサーカーへと意識を向ける。

 

「渋いねぇ……。いやまったく、空条承太郎……バーサーカーになっても渋いことをしてくれる」

 

 テニールと称する、逞しい体つきをした口髭の男が進み出る。ニタニタと嫌な笑みを浮かべ、背後に奇怪な半魚人のごときスタンドを出現させた。

 その右に立つのは、先ほどまで壁に変化していた奇妙な肉塊を足元に引き寄せた、背の高い男。長い黒髪を後頭部で束ねており、たくましい体格をした、中々の美青年であるが、どこか軽薄で信用ならない雰囲気がある。

 

「借りを返してやるぜぇ? 承太郎先輩?」

 

 二人は、共にバーサーカーへと意識を向ける。一方、士郎たちの側でいち早く動いたのはアーチャーだった。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 彼は両手に白と黒の中華剣を生み出すと、

 

「バーサーカー以外眼中にないとは、舐めてくれる!」

 

 プライドを傷つけられた怒りと共に投げ放つ。白の剣はテニールと名乗った男に、黒の剣は長髪の男に。

 電柱や大木でさえ斬り落とせる威力を乗せて、一対の剣は斬りかかった。

 

「頼むぜ、ラバーソウル」

「へっ、【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】!」

 

護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】と名を呼ばれた肉塊が蠢き伸び上がって、男たちの前で壁となった。飛来した二振りの中華剣は肉塊を斬りつけるが、肉塊は持ち前の弾力で衝撃を吸収し、剣の威力を消滅させる。剣は受け止められて、床へと転がった。

 

「くっ、擬態だけではなく、防御力もあるのか」

 

 アーチャーが舌打ちする。今の攻撃を防いだことから、自分の力では直接斬りつけても、肉塊の防御を突破することは難しいと察した。

 一方、この場で最も小さな背丈の、最も強いマスターは動じずに目に出て、

 

「その変な粘土、気持ち悪いわ」

 

 冷たく吐き捨てる。

 しかし殺気は薄い。殺そうと言うほどの興味を、目の前の二人に抱いていなかった。イリヤスフィールはただ汚物に対する蔑みの視線を投げかけ、

 

「やっちゃいなさい、バーサーカー」

 

 殲滅を命じた。

 

「―――――――ッ!!」

 

 最強のバーサーカーの咆哮と共に、遠坂邸での戦いが幕を開けた。

 

   ◆

 

「ウイルス使いはものにしそこなったわい……」

『そう。でもいいんじゃない? 遠坂の方は捕らえたことだし』

 

 暗がりの中で矮躯の老人が、さして残念そうでもない声音で呟く。その言葉を聞く赤髪の女も終わったことには興味を持っていない様子であった。魔術的な通信で会話する二人は、それぞれの行動の結果を報告し合う。

 

「まあのぉ……だが所詮はどちらも些事よ。これからが重要なのじゃからな」

 

 パッショーネの情報網を握り、凶悪なスタンド能力を持つパンナコッタ・フーゴ。

 御三家の末裔にしてアーチャーのマスターであり、この聖杯戦争の参加者の中でトップクラスの魔術の腕前を持つ遠坂凛。

 

 そのどちらをも『取るに足らない』と言い放ち、間桐臓硯は余裕のない厳めしい顔でソラウに告げる。

 

「急げよ。好機なのだからな」

『ええ、ズィーズィーの【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】なら、もう数分もかからないわ』

 

 道なき道を走る【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】の速度は、従来の自動車など足元にも及ばない。目撃者を気にしなければの話だが――今更気にするような彼女ではない。

 生粋の魔術師である臓硯からすればあまり気持ちのいい話ではないが、一般人に見られても、せいぜい猛スピードで暴走する自動車の怪談が流行る程度だろう。

 

「よもやアインツベルンが衛宮の(せがれ)と共に来るとは……予定がちと狂ったが仕方あるまい」

 

 臓硯は目の前にあるものを睨む。前回の聖杯戦争が終わってから十年かけて組み上げた『作品』を。

 

 黒より黒く、この世の何よりも黒く――光を一切受け入れぬ闇の塊のようなソレ。漆黒の繭のような、楕円球のナニカ。

 

 それこそは、かつての聖杯戦争で砕けた聖杯の欠片をベースに、臓硯が自分の都合のいいように手を加えてつくりあげた『マキリの聖杯』。

 

 黒く黒く黒く――この世で最も邪悪な器。

 

「これにて我らは望みを叶える……」

 

 かつて人類から悪を根絶しようとした魔術師は、その悲願のすべてを忘れ去り――ただ願いの果ての残骸のみを追い求める。

 

「我らがあげる祝杯のため……贄となってもらおうぞ」

 

 端的に言って――世界は危機に瀕していた。

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 

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