Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT17:間桐臓硯の企み(中)

 テニール船長(キャプテン・テニール)と名乗ったサーヴァントに向かい、バーサーカーが走り、間合いを詰める。

 バーサーカーのスタンド、【星の白金(スター・プラチナ)】の射程距離は約2メートル。殴るにはその範囲内まで近寄らなくてはならない。

 

「おぉっと、まずは俺の相手をしてもらうぜ? 承太郎先輩?」

 

 バーサーカーの前進を阻み、ラバーソウルが立ちはだかる。彼の身にへばりついた肉塊こそは彼のスタンドにして宝具、【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】。

 

 タロット、大アルカナの14番目、『節制』の暗示。

 正位置においては、節制、自制、調和、献身。

 逆位置においては、浪費、消耗、生活の乱れ。

 

「オラオラオラオラッ!!」

 

 星をも砕かんばかりの剛拳がラバーソウルに向かい叩きつけられる。しかしラバーソウルは余裕の笑みを浮かべたまま避ける素振りも見せなかった。

 

「なっ……!?」

 

 士郎が思わず声を上げた。かつて士郎の目の前でセイバーを始め、三体のサーヴァントを蹂躙したバーサーカーの拳の連打(ラッシュ)が、

 

「効かねえよ、この田吾作がァ!!」

 

 完全に防御され、弾かれたのだ。

 

「馬鹿めがっ! 前にも言っただろうが! 俺のスタンドは『力を吸い取る鎧』! 『攻撃する防御壁』! どんな攻撃だろうとエネルギーは分散されて吸収されちまうのだ! てめぇの拳でも【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】を破壊することは不可能よ!」

 

 ラバーソウルのまとう肉塊は、拳を叩き付けられても若干へこむのみで、貫かれることなく、その威力を本体まで決して届かせなかった。それどころか、大きく広がった肉塊は大きく顎を開いた鮫のように、バーサーカーへと迫る。

 覆い被さり、食らいつくために。

 

「かつてのように水に沈める戦法は使えねえ! つまりッ! 今の俺には本当にッ、何一つぅッ! 弱点はないッ! わかったかビチグソがっ!」

 

 ラバーソウルにとって、バーサーカー・空条承太郎との戦いは二度目であった。サーヴァントになる前、ラバーソウルはDIOに雇われた刺客としてジョースター一行を襲ったことがある。

 スタンド【黄の節制(イエロー・テンパランス)】に守られた彼は、承太郎の攻撃をすべて無効化したが、川の中に沈められ、呼吸を塞がれてしまった。【黄の節制(イエロー・テンパランス)】に包まれたまま呼吸はできず、しかたなくスタンドの防御を解いたところをぶちのめされたのだ。

 だがサーヴァントになった彼に呼吸は必要なく、溺死する心配もない。したがって同じ負け方をすることはない。安心して下品な罵声を放ち、ラバーソウルは得意気に笑う。しかし次の瞬間、

 

「ぼげえっ!?」

 

 ラバーソウルの目の前からバーサーカーの姿が消え、【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】の邪魔が無い横合いから、【星の白金(スター・プラチナ)】の拳が抉り込まれた。

 ラバーソウルは無様に殴り飛ばされ、床をもんどりうって倒れ込む。

 

「はひぃ~、はひぃ~」

「移動した瞬間が、スタンドの視覚をもってしても見えなかった……『時間停止』か」

 

 かつてテニールの主だった男と、同じ種類の能力。

 

 サーヴァントとなったことで宝具へと昇華されたその力。

 

 

 世界の時の流れを止める――【世界果てるとも星は輝く(スター・プラチナ・ザ・ワールド)】。

 

 

 だがその最強無敵のスタンドもさることながら、テニールの背すじを冷たくするのはバーサーカー自身の洞察力と判断力であった。

 

(本当にバーサーカーかよ……。的確に能力を使ってきやがる)

 

 テニールはかつて自分を殺した相手の脅威を、改めて思い知る。絶体絶命に陥ってなお、冷静に計算して一発逆転を果たした機転と知性は、狂気を伴いながらなお健在と見るべきだと認識した。

 

(もともと、アーチャーがこの家に戻ってくるだろうってことで待ち伏せていたが……アインツベルンまで来るってのは計算外だしな。さすがに多すぎる。ここは……数を減らさなくちゃな)

 

 心の中で算段をつけ、赤っぽい髪の少年へと顔を向ける。その視線に気づいた少年は急に自分を見たことを妙に思いながらも、睨み返して問う。

 

「なんだ?」

「お前は衛宮士郎だったな?」

「……だから、なんだ」

 

 嗜虐的ににやつきながら、テニールは言った。

 

「てめえの家は、今どうなってるだろうな? 確か藤村大河……だったか」

「っ!!」

 

 士郎の顔色が変わる。恐怖、怒り、不安、焦り、敵意、痛み。

 多くの感情が()()ぜになったため、逆に激発する寸前で止まり、不安定に混乱したまま体を硬直させて、言葉もなく立ちすくむ。わかりやすい感情と共に動いたのは、別の人間であった。

 

「テメエ! 何しやがったァッ!!」

 

 虹村億泰が血相を変え、率先して怒鳴る。舞弥の眉もかすかながらつり上がった。セイバーの殺気が増し、誰も気づくことは無かったが、アーチャーも奥歯を噛みしめていた。

 士郎たちには敵が何体いるのかわからない。大河にまで手を回しているのが本当かどうか、判断できない。

 だがもしも本当に邪悪そのものの連中が、あの朗らかで子供っぽい女教師に手を伸ばしているとしたら……。考えたくもない話であった。

 特に士郎にとって、大河は最も身近な日常の幸福を象徴するような人物だ。自然と体が震え、血の気が引き、顔が青ざめる。しかし、うかうかと敵の言葉に乗せられていいものか。

 今すぐにでも駆け出し、手のかかる姉のような女性の安否を確かめたいが、そうしていいのか――わからない。士郎をはじめとして、この場にいる大河と既知の者は全員、そう考えて迷っていた。

 

「ふぅ……シロウ、ここは私とバーサーカーだけでいいわ。貴方は家に戻りなさい」

 

 行動に迷う士郎たちを救いあげる言葉を、イリヤはこともなげに言った。

 

「え……? だけど、相手は2体も」

「あら? 3体まとめて圧倒したところを、その眼で見たはずだけど」

 

 士郎が心配そうな顔で躊躇いの言葉を口にするが、イリヤはその心配を笑っていなす。

 

「早く行きなさい。私との話はまだ全然終わってないのだから……些末事はさっさと片付けないと、続きを始められないでしょう」

 

 弟をしつける姉のように、優しくも有無を言わせぬ口調で、士郎に言い聞かせる。

 

「……行きなさい。士郎」

「舞弥さん」

「私たちも残ります。大河さんは貴方とセイバー、アーチャーに任せます」

 

 舞弥も士郎に、ここは分かれて行動すべきと促した。

 

「なぁに安心しろよ」

 

 億泰もまた、口を開いて言う。

 

「承太郎さんがついてる。絶対負けやしねーさ」

 

 全幅の信頼が籠った言葉。それを向けられた最強のスタンド使いは黙して立つのみ。だがただ立つだけの姿にさえ、誇り高さを感じさせる。

 

 それが空条承太郎という男だ。

 

「…………わかった。必ずすぐに、また話そう」

「ええ。楽しみしてるわ。シロウ」

 

 言葉を終えると同時に、イリヤは美しく整った腕を、指揮棒のように強く振るって見せた。それを合図に、バーサーカーが吠える。

 

「オラァッ‼」

 

 バーサーカーが掛け声を轟かせながら拳を叩き付けたのは、敵二人ではなく、自分の足元だった。部屋の床を構築する木材が、スタンドの激しい拳打を振るわれて砕ける。拳の一発で床全体の半分が割れ、建材が跳ねて周辺に飛び散った。足元を中心に、床全体に亀裂が走り、亀裂はすぐさま壁を伝って部屋全体を砕いていく。

 間髪入れず、スタンド・【星の白金(スター・プラチナ)】は更に拳を重ねていく。

 

「オラオラオラオラオラオラオラッ‼」

「オイオイ、まさか……」

 

 テニールが少し慌てた様子になる。既にバーサーカーの足元はクレーターのように、陥没していた。拳が叩き付けられるごとに、部屋全体が震え、天井から破片が剥離して落ちてくる。電灯が罅入り、割れて砕けた。部屋の震動は次第に大きくなり、もはや壁にも天井にも亀裂が入り、家具が倒れ込む。

 

「崩れるっ!」

 

 アーチャーが叫んだとほぼ同時に、天井が崩れて落下。壁も崩壊し、部屋全体が倒壊していく。

 崩壊が始まったが最後、天井全体が落ち、部屋全てが潰れるのに三秒とかからなかった。その余波を受け、遠坂邸の一角、建物全体の約二割が壊滅することとなる。

 イリヤが合図をくだしてから、十秒足らずの時間で起きた惨事であった。

 

 

   ◆

 

 土煙を立てて崩れた瓦礫の山の一部が盛り上がり、下から二人のサーヴァント――テニールとラバーソウルが這い出した。サーヴァントである以上、ただの物理的な質量で傷を負うことはないが、視界が塞がれると敵を見失いはする。

 

「埃塗れだぜ。ビチグソがぁ……!」

 

 忌々しいと、ラバーソウルがその辺りの木材の破片を蹴り飛ばす。士郎たちを逃がすために、派手な行動をとったのだろう。実際、いきなりの破壊行動で状況が混乱し、テニールとラバーソウルも機敏に行動できなかった。

 おかげで士郎たちがどちらへ行ったのかもわからない。

 

「あの雑魚野郎ども……まんまと逃げやがったな」

 

 テニールが苛立たし気に唸る。逃がすのは狙い通りだったが、隙あらば逃げる背後から撃つことも考えていた。それが隙を狙うどころの騒ぎではなくなり、士郎たちを脅すことで握った、場の空気の主導権も奪われてしまったのだ。

 その場において精神的に上に立つことは戦況のコントロールにも繋がる大事な要素であるが、特にスタンド使いの戦いでは精神的な有利さが、そのまま戦闘力の向上になる。強気であればそのまま強くなり、弱気になれば弱くなるということだ。

 

「あら、ようやく出て来たのね」

 

 ゆえに、こういう上から目線で畳みかけられるのはあまりよくない。

 月明かりを浴びる妖精のような魔少女と、凄味を撒き散らす偉丈夫のサーヴァントと対峙しながら、テニールは舌打ちした。

 

「チッ……ガキが調子に乗りやがって」

「ふぅん? 調子に乗ってたら……どうするつもり?」

 

 冷たく見下すイリヤスフィールに、キャプテン・テニールは邪悪に笑いかけ、

 

「こうするんだよ! お嬢ちゃん!」

 

 イリヤの足元から、瓦礫を吹き飛ばしながら鱗の生えた腕が伸び上がった。指の一本一本を飾る鋭い爪が、荒々しく少女の白い肌に襲い掛かる。

 

「殺せっ! 【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】!」

 

 テニールが潰れた屋根の下から出て来た時、すでにテニールのスタンドは潜航し、身をひそめながら瓦礫を掻き分け、イリヤの足の下にまで辿り着いていたのだ。

 

 タロット、大アルカナの18番目のカード――『月』の暗示のスタンド、【暗青の月《ダークブルームーン》】。

 正位置においては、不安定、潜在する危険、虚偽、猶予の無い選択、洗脳、トラウマ。

 逆位置においては、失敗にならない過ち、未来への展望、優れた直感。

 

 水のトラブル、嘘と裏切り、未知の世界への恐怖を表す――幻惑と偽りのスタンド。

 

 半魚人のような不気味な格好(フォルム)をしたスタンド、【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】はパワーもスピードも、バーサーカーの【星の白金(スター・プラチナ)】には敵わない。

 しかし一点、【星の白金(スター・プラチナ)】より優位なことがある。

 

 それは『射程距離』。

 

【<ruby><rb>星の白金</rb><rp>(</rp><rt>スター​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​プラチナ</rt><rp>)</rp></ruby>】も近距離パワー型のスタンドの中では、射程距離の広い方であるがテニールのスタンドはそれを上回る。本体は船の上にいながら、スタンドは水中で行動させることができることも可能だ。

 本体に注意を引きつけ、スタンドで不意を打っての攻撃。人食い鮫を両断し、頑強な船のスクリューでもズタズタにできる爪は、か弱い人型なぞ薄紙のように引き裂くだろう。

 

 当たればの話だが。

 

「【ザ・ハンド】!」

 

 イリヤが切り裂かれようとした瞬間、少女の姿がかき消えた。爪は虚空を薙ぎ、無為に終わる。

 

「――――ッ!」

 

 そして瓦礫から上半身を突き出した体勢の半魚人スタンドに、近距離パワー型の拳が打ち込まれる。下から繰り出されたアッパー系の一撃は、【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】を高く上空へ叩き上げた。

 

「げふぅっ!」

 

 中々長い滞空時間を経て、やがて落下して転がる【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】。ここにテニールの奇襲は失敗を迎えた。

 

「へっ、その程度の策は織り込み済みなんだよッ!」

 

 脇にイリヤを移動させた億泰が得意気に言う。

 

「……別に、あのくらい防げたわ」

 

 一方、素っ気ない口ぶりでイリヤは人差し指を振った。少女の服の下から銀色の針金が伸び、空中を走って形を作り、針金細工の鳥となる。錬金術を得意とするアインツベルン家の魔術であり、その強度も中々のものだ。確かに爪の斬撃にも耐えられたかもしれない。

 

「ともかく、これで一体仕留めたわね。バーサーカーの拳を防御もできずに喰らって、無事で済むはずが」

 

 イリヤは自慢のサーヴァントのパワーを信頼していた。実際、【星の白金(スター・プラチナ)】の一撃は大型トラックだとて正面から殴り飛ばす。少なくとも戦力は相当に減少するはず――

 

「ククックク……やるねぇ」

「……まさか」

 

 イリヤは素直に驚きの表情をつくる。【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】は平然と立ち上がり、爪を構えていた。

 

「なるほど……厄介な『鎧』を着込んでいるね」

 

 キャスターの目が鋭くなり、声に危険への緊張が混じる。半魚人じみたスタンドの体に、おぞましい粘液がへばりつき、蠢いていた。【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】――『力を吸い取る鎧』『攻撃する防御壁』。

 

「まあそういうことだ……お嬢ちゃんたちの攻撃はほぼ、俺たちには通用しない」

 

 注視すれば、テニールの身にも【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】が絡みついていた。

 イリヤは顔をしかめる。彼女は夢の中でバーサーカーの記憶を見聞きし、ラバーソウルのスタンドについての知識を得ていた。

 

 物理攻撃の一切を跳ね返し、高熱も冷却も通用せず、むしろ力を増してしまう。吸収するエネルギーに上限があるのかは不明だが、試す気にはならない。今はこの場から離脱しているが、もしもセイバーの【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】の力さえ吸収されてしまったら目も当てられない。

 

「ちょっとばかり厄介かもね……貴方たちも気をつけなさい。あのスライムに食いつかれたら、取り外す手段はないわ。肉ごと抉り取る以外にはね。それでも外さなければ、だんだん侵食されて食われ果てることになるけれど」

 

 ゾッとするような事実をイリヤに説明され、滅多に表情を変えない舞弥でさえ眉をしかめる。

 

「確実に破壊することができるものがあるとすれば、億泰くんの【ザ・ハンド】か……」

 

 キャスターは正確に敵味方の能力を分析し、結論付ける。確かに【ザ・ハンド】ならば防御力など無視して粘液を削り取れる。しかしそれは相手もわかっている。おいそれと削らせてはくれないだろう。

 いくら【ザ・ハンド】が万物を抉り消せるとはいえ、あくまで右手で触れたものだけだ。他の肉体部位を【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】に攻撃されたら防げない。そして抉り取るときは大きな動作になるため、隙も出来やすい。

 

「億泰くん。まずは私が仕掛けるからサポートを頼む。チャンスがあれば必殺の右手をお見舞いしてやってくれ」

「おう! 任されたぜ!」

 

 決め手となる億泰を最初から矢面に立たせるのは危険と判断したキャスターが、前に出る。

 キャスターとラバーソウル、バーサーカーとテニールが噛み合う構図となり、戦いが再開された。

 

   ◆

 

 道なき道を二つの影が疾走する。一つは赤き弓兵、一つは少年一人を抱きかかえた青い鎧の剣士であった。

 草木の生い茂る山道も、立ち並ぶ住宅の屋根の上も関係なく、一直線に突き進んでいく。走り、跳び、越えて、目的地である衛宮邸まで最短ルートに。

 流石の士郎もジェットコースターよりも速く激しい機動には吐きそうな気分になるが、必死に耐えていた。

 

「っ……あれを」

「……衛宮?」

 

 そんな人が目を向けぬ屋根の上の爆走を、気配を感じて捕らえたのは時計塔の執行者であるバゼットだった。彼女が指差した先によく知る相手がいることを、慎二も認める。

 慎二たちもまた衛宮邸に向かおうとしていた。今彼らが使っているのは、パッショーネで使っている自動車、運転はまだ本調子でないフーゴの代わりにバゼットだ。

 運転に関してバゼットは、飛行機の運転もできる達人である。非常事態においてはとても役に立つ女だ。しかし慎二は、エルメロイ教室の面々に通じる一般社会との不適合性――いわゆる『残念さ』をバゼットから嗅ぎ出しているのだが。

 

「方角的に衛宮の家に向かっているな。こいつは……向こうでも何かあったか?」

「……飛ばします」

 

 バゼットが強くアクセルを踏み込み、ハンドルを回し、反対車線に飛び出した。当然向こうから走ってくる自動車とぶつかりそうになるのを辛くも避けながら、車線を時速100キロで逆走していく。

 

「うおっ!?」

「少し荒っぽくします。ご注意を」

「おい? あまり表側で目立つと僕が、後でボスや藤村組から怒られ……」

 

 慎二の声やフーゴの訴えを無視して、バゼットは鋭い運転を開始した。慎二たちにとって気の休まらないドライブの幕開けであった。

 

   ◆

 

「俺の【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】に弱点はないッ! 磨り潰されて養分になりなッ! カスがぁッ!」

 

 罵声を飛ばしながら、ラバーソウルが動いた。自分の纏う肉塊の鎧を四割ほど分裂させて、鎌首をもたげる蛇のように動かし、キャスターへと襲い掛からせる。

 

「まったく……口汚い男だ」

 

 辟易した様子で呟くキャスターであったが、侮る気配は微塵もない。実際、ラバーソウルは強敵であった。キャスターには【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】を破る効果的な攻撃手段がない。波紋法と体術を駆使して強力な打撃を放つことはできようが、そんな単純な物理攻撃は無効化されてしまう。

 

「まずは……パウッ! パウパウッ!」

 

 素早く携帯していたペットボトルの水を口に含み、口内で高圧力をかけてウォーターカッターとして吐き出す。鉄をも切り裂く波紋カッターが、迫りくる恐怖映画のスライムの如き、醜悪な怪粘液へと飛来した。

 

「チャチな攻撃よのぉ~! 打撃も斬撃も無駄なんだよぉ! ドゥー・ユゥー・アンダスタンンドゥ!」

 

 しかし肉塊の障壁は回転する液体の刃も通用しなかった。水に波紋を含ませて流し込んでもいるが、波紋エネルギーさえ吸収し、むしろカッターが斬りつけた部位の体積が増し、膨らんでしまう。

 

「ううむ、こりゃ厄介だ」

「よぉし俺が!」

 

 後退するキャスターを見て、この中で【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】に対し最も有効な能力を持つ億泰が、加勢しようとする。

 しかし敵はそれを良しとしない。

 

「動くんじゃねえ! 【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】!!」

 

 テニールのスタンドは大きく腕を振るい、腕に生えている鱗を飛ばした。生前は得意な水中に敵を引きずり込んでから使っていた鱗の刃。陸上では敵も逃げ回れるため効果でいえば水中より落ちるが、殺傷力は中々だ。特に数が多ければ、凶悪な攻撃手段になる。

 

「魔力が供給されていれば、鱗は何枚でも生やせるッ! 弾数は無限よ!」

 

 一つ一つが刃のように鋭い鱗が、散弾銃よりも広範囲に放たれ、彼の敵対者たちに浴びせかけられる。

 

「オラオラオラオラオラァッ!」

 

 真っ先に反応したのはバーサーカーであった。

 スタンド【星の白金(スター・プラチナ)】のラッシュは、強烈かつ正確に、鱗の散弾を叩き落としていく。宝具【世界果てるとも星は輝く(スター・プラチナ・ザ・ワールド)】を使うまでもなく、鱗の半分は彼によって防がれた。

 

「こっちにも来やがったぜ!」

 

 残りの半分の鱗弾に、億泰のスタンドが右手を振るう。だが、【ザ・ハンド】の右手は強力であるが、弧を描き削り取る動きであるゆえに、動作が大きく、すなわち一撃一撃の多くの時間を必要とする。さらに言えば、億泰自身の性格もあって正確さはあまり高くない。当てれば確実に破壊できるが、遅く、狙いが甘い。防衛にはやや不向きなスタンドなのだ。

 よって、取りこぼしが出てしまうのは自然の流れであった。

 

(しまった!)

 

 鱗弾を一つ、削り切れずに素通りさせてしまう。そして、その鱗弾の弾道上には――舞弥が立っていた。

 

「舞弥さんっ!」

 

 億泰が慌てた声を上げるが、当の本人はいたって涼しい顔で動く様子もない。

 

 鱗弾は夜の暗さの中で、月の光に微かに煌めきながら飛び、そしてガチンッと弾かれた。

 

「なっ……こいつは」

「気づかなかったのオクヤス。言ったでしょう? あの程度は防げたって」

 

 鱗弾を弾いたのは銀色の鳥――アインツベルンの金属鳥。イリヤの操る使い魔が飛来し、舞弥の盾となったのだ。

 

「感謝します。イリヤスフィール」

「別に……話が終わっていないのは、貴方ともだし、ね」

 

 イリヤのその言葉は士郎と共に、テーブルにつく資格が舞弥にもあると認めているということ。家族であると認めていることの裏返し。この子供らしい酷薄さを孕む少女が、どうでもいいものをわざわざ護る理由はないのだから。

 

「俺からもありがとうだぜ! イリヤ!」

「はいはい……とにかく、こいつらを片付けるわ。やっちゃえ、バーサーカー!」

 

 イリヤの下した命令に、バーサーカーの姿が消えた。同時に、テニールが5メートルばかり後方に倒れていた。

 吹き飛ばされて倒れたのではなく、吹き飛んで倒れた状態に気がついたらなっていたのだ。

 

世界果てるとも星は輝く(スター・プラチナ・ザ・ワールド)】だ。感覚にして5秒、バーサーカーは世界を支配していた。

 

「ぐぬ……また時を止めたか」

 

 先ほどまでテニールのいた位置――その近くに立っているバーサーカーを見て、テニールは状況を把握する。時を止めて、近づいて殴った。それだけのことだが、時の流れに抗えない身では決して避けられない攻撃だ。

 

(だが、ダメージはねえ。一見、顔などの【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】に覆われていない露出した部位があるように見える……。だが実際は肉のスタンドは俺たちの全身を余すところなく覆いつくし、擬態しているにすぎない。つまり、どう殴ったところで致命傷にはならね~~)

 

 かつて、ラバーソウルが【黄の節制(イエロー・テンパランス)】を全身まとわらせて変形させ、花京院典明という承太郎の仲間に化けていたように、先ほど、壁の一部に成りすましていたように、ラバーソウルのスタンドはかなり精密に変形することができる。

 先ほどバーサーカーは、テニールの顔や腕の一部など、見たところ【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】の防御がされていない部位を狙って拳を叩き込んだ。バーサーカーとは思えない、急所への的確な攻撃であるが、実際のところは見せかけで弱点ではない。そこもまた完璧に防御していたのだ。

 先ほどラバーソウルが無防備な顔面に一撃喰らったのは、『防御が完全でない』と敵に思い込ませるための策略である。今頃は、ラバーソウルの方も顔を完全に覆い、もう一度殴られても防げるようにしている。

 

(隙があるように見せて無意味な攻撃をさせ……逆にこちらが隙を突くって寸法よ!)

 

 ヨロヨロと、拳が効いたふりをしながら立ち上がる偽テニール船長(キャプテン・テニール)。テニールと連動して吹き飛び、倒れていた【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】もまた立ち上がり、無理しているような動きで構え、腕を振るう。

 再び、鱗弾が次々に発射された。

 

「今度はさっきより多く、広範囲にだ! てめえ自身はともかく、仲間まで護り切れるかなぁっ!?」

 

 時を止めたところで、【星の白金(スター・プラチナ)】の射程距離では、広く撒き散らされた鱗弾全てには届かない。イリヤの使い魔でも同様だ。これを何度も繰り返せば、いずれ誰かを負傷させられる。そう思い、昂ぶり嘲るテニールを、バーサーカーは狂戦士らしからぬ冷たい目で見た。

 

「――――」

 

 時が止まり、そして動き出した瞬間、カカカカーーーンッという甲高い打撃音が響く。光の線が縦横無尽に空間を走り、別の光と衝突して明後日の方向に飛んでいく。数十個もの微かな光は、鱗弾だ。鱗が互いをビリヤードのように弾き合い、狙いとは違う方へと飛んで行ってしまう。

 

「なんだぁっ!? こいつはまさかっ、貴様っ、こんなことを狙って……!?」

 

 テニールは目の前で起きたことが信じられなかった。時を止めたのは予想内だが、それによってただ鱗弾を弾き飛ばしただけではない。弾き飛ばした鱗弾をまた別の鱗弾に当てて弾き、更に弾かれた鱗弾は別の鱗弾を弾く。その繰り返しによって、わずかな動作で広範囲に放たれた多くの鱗弾を、全て吹き飛ばしてしまったのだ。

 

(バーサーカーだろっ? バーサーカーのはずだろぉっ!?)

 

 内心、悲鳴をあげるテニール。無理もない。こんな複雑で精密な回避方法、バーサーカーにできる方法ではない。できるはずがない。バーサーカーにこんな計算しつくされた動き、可能なはずがない。

 それとも本能か? 獣であっても、本能が研ぎ澄まされれば人間以上に知的な行動をとることがある。鼠が跳弾を利用したり、猫が血管に空気を送り込んできたりすることもある。それと同じ、本能のおもむくままに知性を超えた最善手を打って来たのか?

 

(違う)

 

 テニールは直感的に悟った。バーサーカーがこちらを睨む、恐ろしく強い眼光を浴びて、魂が理解した。

 

(こいつは計算で俺の鱗を防いだんじゃねえっ!『凄味』だッ! こいつは『凄味』で俺の攻撃を防ぎやがったッ‼)

 

 ジャンケンの勝負は運が決定するのだろうか?

 

 いいや違う。

 

 運によるものには違いないが、運を呼び込むものは精神のパワーだ。精神的に相手を上回ることが強運をもたらす。強き者は運命を味方につけることができる。

 

 バーサーカーもまた、その精神的な凄まじさによってテニールの戦術を上回ったのだ。

 

(ヤバイっ! バーサーカーであるこいつは理性的な判断ができないと思っていた! それがこちらのつけいる隙になると思っていた! だが違う! この男にはそんなものは何の障害にもならない! このままじゃっ!)

 

 顔を蒼白にしたテニールは、自分たちがいかに侮っていたかを痛感した。無論、理性の在る状態であれば、これ以上に抜群の知力と判断力を発揮でき、更に強力になるのだろうが、バーサーカーだから弱体化しているなどと考えるのは誤りであった。

 

 空条承太郎が弱くなっていると期待するなど、愚かしいことだった。

 

 だが今更、他に手札はない。

 

「【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】ッ!! 全ての力を振り絞れぇぇぇぇぇッ!!」

 

 まさに鬼気迫る、という言葉の当てはまる形相で両腕を振るい、先ほどに倍する数の鱗弾を発射する。

 

「――――ッ!」

 

 バーサーカーもまた両の拳を握り、目にも映らぬラッシュを繰り出した。拳に弾かれた鱗弾は、またしても他の鱗弾に当たり、次々と本来の射線から外れていく。たとえ鱗弾の数が3倍であろうと、バーサーカーたちに掠り傷一つ負わせられないだろう。

 絶望から額に汗をにじませ、テニールは呻く。だが彼の寿命を延ばせそうな手は、他になかった。

 

 一方、もう一人のディオズ・サーヴァント――ラバーソウルはテニールの様子に慌てていた。

 

(おいおい……ひょっとしてヤベーのかぁ?)

 

 テニールほどバーサーカーの脅威を実感したわけではないが、悪い流れであることは感じ取れたラバーソウルは、自分だけ逃げてしまおうかと、邪魔者のいない方向に視線を向ける。しかし、

 

「おっと……そちらから仕掛けておいて、勝手に逃げようなんてムシが良すぎるんじゃないかね?」

 

 その目つきに気づいたキャスターが回り込み、立ち塞がった。

 

「ジジイっ! さっき何もできなかったくせに、邪魔すんじゃねえっ! スカタンがっ!」

 

 ラバーソウルの纏っていた【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】の体積が、倍以上に膨れ上がり、爆発したように襲い掛かる。大顎を開いた鰐のように、キャスターへと喰らいかかった。

 

「確かにさきほどは決め手がなかったが……今は違う」

 

 普通、醜悪な粘液が飛びかかってきたら、身を退くところだろうが、今のキャスターは違った。

 

「むぅんっ!」

 

 足を踏み込み、腕を振るった。右腕がグーンと伸び、本来の射程距離を超えて、届かないはずの間合いを詰める。だが顔面に迫る拳を見ても、ラバーソウルは薄ら笑いを消さなかった。パンチ程度では【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】の防御を破ることはできない。波紋の力を流し込まれても吸収することができることは証明済みだ。

 

(調子に乗りやがって! 俺のハンサム顔に触れた瞬間、喰らいついてやるぜ!)

 

 内心で高らかに嘲笑うラバーソウルだったが、その拳が当たる直前で形を変えようとしているのを察した時、余裕が凍り付いた。

 

(こっ、こいつッ‼ 気づいてやがるのかっ!?)

 

 キャスターの手が拳の形から、人差し指と中指を伸ばし、ピースサインのような形になる。そしてそのままラバーソウルへと伸び、

 

(うぉぉぉぉぉっ‼ やめっ―――!)

 

 ズンッと、ラバーソウルの両目に2本の指が突き刺さった。

 

「ドベェェェェェェェッ!!」

 

 激痛に襲われたラバーソウルが絶叫した。普段、【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】の絶対的な防御に守られている彼は、痛みに酷く弱い。かつて承太郎との戦いでは一撃殴られただけで情けなく戦意を喪失したほどだ。

 

「てめっ! やめろっ! やめてやめて許してくれぇぇぇぇぇっ!」

「そうはいかない。こんな機会はもうないだろうからね」

 

 懇願するもキャスターはかぶりを振る。

 自慢げに弱点は無いと語ったとおり、【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】はまさに鉄壁だ。少なくともキャスターの力で突破できるものではない。

 しかし『穴』はあった。キャスターはそれをその身に刻み込んだ『戦いの思考』をもって、見つけだしたのだ。

 

(相手の立場になって考える……テニールの反応。明らかに怯えていた。【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】が完全であれば、怖がることはない。つまり彼の行動は、弱点があると教えているも同じ)

 

 そして弱点になりうる部位を探した。普通の鎧に当てはめて考えると、どうしても隙間を空けておかなくてはならない部分が存在することに気づく。すなわち、『目』だ。

 粘液状の防御壁は、関節部もくまなく覆えるが、目はそうはいかない。目を覆ったら視界が塞がれる。どうしても開けておかなくてはいかないのだ。テニールの場合、【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】の腕もそうだろう。鱗弾を発射するため、肉塊で覆うわけにはいかない部位だ。

 このように、防御してしまうことで本来の役割を果たせなくなる部位は、防御するわけにはいかない。それが【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】の弱点だ。

 

「くらえっ! 緋色の波紋疾走(スカーレット・オーバードライブ)‼」

 

 眩い光がキャスターの指先から弾け、稲妻のような衝撃がラバーソウルに流し込まれた。

 

「ウギャギャギャギャギャギャァァァァァァァ!!」

 

 耳を塞ぎたくなるような悲痛な絶叫があがり、波紋エネルギーによって発生した熱がラバーソウルの両眼を焼き焦がした。顔が炭化し、キャスターの指が引っかかっていた部分が崩れる。

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 

 指が顔から離れたことで、ラバーソウルはこの時しかないとばかりにキャスターに背を向けて転がるように逃げ出す。しかし、

 

 ガオンッ!!

 

 逃げるラバーソウルが5歩と走らぬうちに、彼の左胸を妙な感覚が通り抜けた。殴られたのではない。叩かれた感触はなく、衝撃で身が押しのけられるということもない。

 

(なんかスースーするような……)

 

 左胸に手を触れようとしたが、その時には既に手はなくなっていた。

 

(あれ? 俺の手はどうした?)

 

 目を失ったラバーソウルが、腕を動かす感覚が消えていることに気づいた直後、イレギュラーなサーヴァントの姿は光の粒子となって消滅した。

 

「いっちょうあがり……ってとこだがよぉ。何度やっても不思議だよなぁ。俺のスタンドで削り取ったやつは、一体どこにいっちまうんだろう」

 

   ◆

 

「ぐっ……ラバーソウル……ギャッ!」

 

 相方がやられたことに気づき、更なる焦燥に襲われるも、直後足に痛撃を受けて転倒する。テニールが右足に視線を向けると、ふくらはぎが抉れて、骨まで見える有り様だった。

 だが痛みは大して感じていない。それ以上の恐怖に囚われているため、痛がるような余裕がないのだ。その恐怖の対象は悠然と立ち、倒れたテニールを見下ろしていた。

 

「ヒィッ……ま、待て、待ってくれッ!」

 

 ラバーソウルが敗れ、【護り喰らえ黄の節制(イエロー・テンパランス)】が消失した今、テニールを護るものはない。弱点である目だけでなく、どこを殴られてもそこでジ・エンド。テニールはこの世から消滅するだろう。

 

「士郎が行ってから10分くらいかしら。追っかければ間に合うかもね」

 

 イリヤは遠坂邸の門に目を向ける。既にイリヤには、偽テニール船長(キャプテン・テニール)に対する関心は微塵もない。

 視界に入れられることさえなく、鉄拳によって滅びさる直前のテニールだった。だが、

 

「えっ?」

「明かり!?」

 

 その周囲は突然浴びせかけられた強い光に照らされ、昼間のように周囲が明瞭に見えるようになる。その降って湧いた突然の光源は、一部崩れた遠坂邸の屋根の上にあった。

 

「あいつは……こないだの自動車スタンド!」

 

 顔を上げたキャスターは、その眼に屋根に乗っかった、奇怪な自動車を発見した。前方のライトから、ただの自動車が出すにしては強い光線を放っている。だがそれだけだ。光自体は、こちらを傷つけるようなものではない。

 ただ、舞弥は周囲を見てふと気づく。

 

「……? これは、なんだかキラキラしているような」

 

 周囲のあちこちで、小さな粒が煌めいている。ただライトの光を浴びるだけでなく、光を反射し、キラキラと輝いている。

 

(家が崩れたときに割れたガラス片……? いや違う!)

 

 それは『鱗』だった。【深く沈みし暗青の月(ダークブルームーン)】がばら撒いていた、鱗弾。それが何百枚も周囲に突き刺さり、光り輝いている。見方によれば、地上に星空が降りたかのような、美しい光景。けれど、舞弥の感想は違った。

 

(まずい……これは何か、意図的な状況!)

 

 ひりつくような空気。突き刺すような冷や汗。誰が何を狙っているのかはわからないが、舞弥の歴戦の嗅覚とでもいうべきものが、自分たちが罠の真っただ中にいることを悟らせる。

 

「みんな、一旦……」

 

 舞弥はまず、【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】を叩くことを、周囲に呼びかけようとする。急に現れ、それでいて攻撃してくるわけでもなくライトを浴びせかけている――それだけであることがむしろ怪しい。何かあると睨んだのだ。だが、

 

「……!? ごふっ」

 

 指示を出すよりも先に、舞弥は口から血を吹いて倒れ込んでいた。

 

「っ! 舞弥さぁんっ!」

 

 億泰が叫ぶ。彼は泡をくって駆け寄り、彼女を抱き起した。その身にはバッサリとした切り傷があり、ぞっとするほど多くの血が流れ出している。

 

「なんでっ、誰も、どこからも攻撃なんてっ!」

 

 確かに億泰の言う通り、舞弥の傍には誰もおらず、飛び道具で攻撃された様子も無かった。

 

 誰も気づくことはない――バーサーカーでさえ。実際に『そいつ』と戦ったのは彼ではないのだから。だが彼の仲間が共に召喚されていたら、気づいただろう。その攻撃の正体に。

 

 彼のことはアーチャーから説明されていたが、凛のときとは状況が違うために、同一の敵だと結び付けられなかったのだ。

 

 今はまだ誰もいかにして襲われたかを理解できるものはおらず、ただ、ライトを浴びせかけられた無数の鱗が煌めいていた。

 

『クククク』

 

 

 

 ……To Be Continued

 

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