Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT3:愚か者の讃歌

 

 衛宮士郎が我に返ったのは、自宅へ帰りついた時だった。

 

「……なんだあれは」

 

 アニメやゲームでしか見ないような情景。

 格闘技の世界チャンピオン決定戦も、お遊戯にさえならない、人の領域を超えた殺し合い。

 

 そして、その傍に佇む、密かに憧れていた同級生の少女。それを背後から襲おうとした外国人。

 

 最後に、声を上げた自分に迫りくる、深紅の槍。

 

 思い浮かべられるのはそれで終わりだ。後は、本能に急かされてその場を逃げ出した。後方で、何かがぶつかった鈍い音がしていた気もするが、振り返ることなく、ただ脚が動くのに任せて走っていた。

 無我夢中で家に帰りつけたところを見ると、人間の帰巣本能はまだ捨てたものではないらしい。

 

「……夢じゃ、ないよな」

 

 屋内に入り、目に焼き付いた光景を分析する。普通の人間ならば、どんなに『現実』であると本当はわかっていたとしても、『現実的にありえない』という理由で、夢や幻であると判断し、真実から目を逸らそうとするだろう。

 しかし、士郎には幸か不幸か、非現実的な事象が、存在しうることを知識として持っていた。

 

「魔術……」

 

 天地自然の摂理を誤魔化し、物理の法則を曲げる、科学と逆方向の技術。

 魔術について、三流以下の知識しかない士郎であったが、ゼロでない以上、可能性を見つけることはできた。

 

 あのような冗談のような存在も、魔術であれば存在させられるかもしれない。

 

 そんな真実に辿り着く。だが辿り着いたところで、

 

「ご名答」

 

 実質的な死を向けられて、何の役に立つわけではなかった。

 

「な……!」

 

 青い衣服をまとう、猛獣の如き美丈夫。先ほど、一瞬であるが鮮烈に、士郎の目に焼き付いた戦士の片割れ。それが微笑みを浮かべて目の前に立ち、布に針を通すような軽い仕草で、槍を突き出した。

 

「ッ!!」

 

 士郎はその突きをすんでのところでかわし、床に転がる。そして、畳の上にたまたま転がっていた、商店街のセールを知らせるポスター――藤ねえが持ち帰り、いらないからと置いていった物――を丸められた筒を拾い上げる。

 

同調開始(トレース・オン)……構成材質、補強」

 

 巻かれた紙の棒に魔力を通す。

 そして、続けて繰り出された槍を、かろうじて受け止めた。

 

「ほう」

 

 窮鼠の意外な抵抗に、襲撃者は少し面白そうだという顔をする。もちろん、襲われる方はちっとも面白くはない。一瞬、攻撃がやんだのを好機と、走り出す。

 

「おっと、二度も逃がすか」

 

 しかし、槍使いは容易く距離を詰め、槍を振るう。必死の想いで士郎はその槍を受け止めるが、衝撃は殺しきれず、ガラス戸に叩き付けられる。ガラスは砕けて、士郎は庭に転げる。それでも死は免れるが、それは相手が全く本気でないからに過ぎない。

 槍使いは油断しているわけではない。士郎を嬲っているのでもない。むしろ、善意だ。

 どうせ死ぬのならば、全力で抵抗し、力を出し尽した果てに。可能な限り生き抜いたうえで、死なせてやろうという、戦士の情けだ。

 だからといって、士郎は全く嬉しくはないだろうが。

 

 それから、士郎は逃げる間に幾度か槍をしのぐが、所詮、強化された紙にすぎぬものが、そういつまでも耐えられるわけはなく、ついには引きちぎられた。そして、士郎もまたその身を吹き飛ばされる。

 

「よくここまで逃げたもんだな」

 

 ランサーが言う。士郎は、衛宮邸から窓を体当たりで突き破り、外に出て、土蔵まで逃げていた。吹き飛ばされた士郎は、土蔵の扉に叩き付けられ、土蔵の中へ転げる。

 

「くぅぅ……」

 

 体が痛む。士郎は立ち上がろうとするが、既に、その首には槍の穂先が突きつけられていた。

 

「ここまでだな。中々筋は良かったが……もしや、お前が7人目だったのかもしれないが……ここまでだな」

 

 そして槍がそのまま、士郎に刺し込まれようとした、まさにその瞬間、

 

「ッ!?」

 

 ランサーが背後を振り返り、暗闇に向かって槍を振るった。槍に手ごたえを感じ、ランサーは自分が攻撃を受けたことを確信する。

 

「飛び道具か?」

 

 ランサーは目を凝らすが、投擲物と思しき物は見当たらない。

 しかし、自慢の槍を見た時、少し気になる変化があった。

 

「……濡れている?」

 

 槍には、僅かながら水滴がつき、ポツリポツリと垂落ちていた。校庭での戦いからここまで、水に濡れるようなことがあった覚えはない。

 攻撃の正体を推察しようとしたランサーだったが、背後で強力な魔力が膨れ上がるのを感じ、それどころではなくなった。

 

「!?」

 

 振り返ったランサーは、先ほどまでそこにいなかった存在を確認した。烈風と閃光と共に現れた『彼女』は、即時、状況を読み取り、剣を振るった。

 

「7人目のサーヴァントだと!?」

 

 驚愕の声を上げたランサーは、その剣撃に対する防御が間に合わず、土蔵から叩き出される。放物線を描いて飛んでいくランサーから目を逸らし、攻撃を繰り出した人物は士郎へと顔を向けた。

 

「…………」

 

 美しい金髪の少女が、士郎を真っ直ぐ見据えている。

 その眼差しが士郎には、暗闇の中に太陽が現れたように、眩しく感じられた。自分と同い年が、もっと年少であろう彼女が、人間を超えた何かを宿していることを悟っていた。

 

「問おう……貴方が、私のマスターか」

 

 その問いかけの意味を、士郎は知らない。

 

「マス、ター……?」

 

 困惑する士郎へ、鎧をまとう少女は言葉を続ける。

 

「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上した。マスター、指示を」

 

 剣騎士(セイバー)と自らを称した少女は、踵を返し、ランサーを叩き出した方向を見て、様子を探る。

 

「これより我が剣は貴方と共に在り、貴方の運命は貴方と共に在る。これにて契約は完了した」

 

 矢継ぎ早に放たれる言葉を、士郎が理解する前に、セイバーと名乗った少女は、外へと駆け出した。いや、その表現は正確ではない。彼女の足元から爆発するような魔力が放たれ、その勢いを持って、彼女は射出された。

 外には、赤い槍を構えた戦士が待ち構えていたが、セイバーは勢いのままに攻めかかっていった。

 

   ◆

 

 慎二が衛宮邸に着いたとき、今日2度目の戦闘は始まっていた。

 

(ど、どういうことだぁ……?)

 

 こっそり衛宮邸に忍び込み、酷い衝撃音が繰り返し起こっている方に向かった慎二は、土蔵の陰に隠れながら戦闘現場を見つけ、首を傾げた。

 間に合えばランサーと戦うことになり、間に合わなければ士郎の死体と対面することになる。その二つについては概ね覚悟していた慎二だったが、これは予想外だった。

 

「ランサーは予想どおり……もう一方は、セイバーでしょうか」

 

 先ほど校庭で行っていた戦闘に、勝るとも劣らぬ激戦。

 聖杯戦争に召喚される七つのクラスの中で、上位のクラスである三騎士。すなわち、剣騎士(セイバー)槍騎士(ランサー)弓騎士(アーチャー)

 その内の一体であるランサーと互角にやり合っているのだから、相手もかなり強力な英霊だと推測される。アーチャーは先ほど校庭で確認した。ならば、相手は三騎士の残る一体である、セイバーである可能性が高い。

 

「女騎士か……」

 

 鎧をまとう、麗しい女剣士。ただ、肝心の剣は透明で、目に映らぬようになっていた。

 

「透明な剣の逸話……知らないな。だが剣を透明するくらいなら魔術でもできるし、真名の推理材料にはならない、っと違う。衛宮の奴はどうした!?」

 

 そもそもここに来た理由を思い出し、慎二はキョロキョロと首を左右に動かす。

 幸い、目当ての人物は無事見つかった。多少傷を負っているようだが、五体満足だ。安堵しようとしたが、慎二は士郎の手の甲に、嫌な物が浮かび上がっているのを視認してしまった

 

「令呪……だと?」

 

 それは、あのイラつく馬鹿が、自分の敵になってしまったということだ。

 

「……どうしますか?」

 

 隣のライダーが、感情を乗せない声で言う。その冷たく聞こえる声は、慎二の混乱を鎮めてくれた。

 

「そ、そうだな……まあ、どっちが勝とうが負けようが僕らに関係ない。もう少し様子を見るか」

 

 ひとまず、士郎の方は安全のようだから、手を出さずともいいだろう。彼に危害が及ぶようであれば乱入すればいい。何にせよ、この状況、何がどうなっているのか教えてもらうためにも、士郎には生きていてもらう必要がある。

 まずはこの場が多少収まり、話し合えるような状態になるのを待つことにした。

 

「その心臓……貰い受ける」

 

 そうしている間に、ランサーが動いた。馬鹿げた量の魔力が溢れる槍が、渾身の力を込めて投げ放たれる。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 吹き出る魔力が爆発するように噴出し、踏み込みだけで大地が砕ける。そして放たれた槍は、一瞬でセイバーに届き、次の一瞬で、ランサーの手元に返ってきていた。

 

「かわしたなセイバー……我が必殺の一撃を」

「呪詛……いや、今のは因果の逆転! 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)……御身はアイルランドの光の御子か!」

 

 どうやら、ランサーの正体がクー・フーリンであるという推測は正しかったようだ。

 ゲイ・ボルク。それはクー・フーリンが使っていたという魔槍の名。彼が師である魔女スカサハから賜ったもので、投げると30に分裂し、敵を撃ち抜いたという。

 

(今のは30に分裂、とはいかなかったが……あるいはまだ本気じゃないのか?)

 

 慎二がクー・フーリンの伝説を思い出しているうちに、どうやら戦いは終わったらしい。ランサーは槍を引き、その場から姿を消した。この勝負は痛み分けとなった。

 士郎は困惑した様子でセイバーに話しかけている。どうも、完全に何もわからないまま、偶発的にセイバーを召喚したらしい。

 

「運がいいのか悪いのか……どうせなら僕がセイバーを召喚したかったよ」

「マスター、それはどういう意味です?」

 

 チクリと突っ込むライダーを無視し、慎二は物陰から出る。そして、

 

「よう衛宮。中々いい夜だな」

 

 内心を隠した笑みを浮かべ、7人目のマスターに話しかけた。

 

   ◆

 

 慎二を追って土蔵の陰から、身を現しながらライダーは、自分の仮初のマスターについて、少し考えていた。

 

(この捻くれた男に友人がいるとは、少し驚きですね。よほど出来た人物なのでしょうか)

 

 短い付き合いだが、この少年は中々の難物だ。

 初対面の相手には、まず毒舌で傷つけて反応を試し、その内面を見定めようとする。他人が自分をどう見ていても意に介さず、傍若無人の態度を貫く。基本的に、他人を信じておらず、友好的な態度で接してくる相手は、自分を利用したいだけだと考えていて、更に悪いことに、慎二のその考えは正しい。

 慎二は、優秀な成績、弓道部副部長といった立場から、意外と学校におけるヒエラルキーが高い。慎二と仲が良いように見える人間は、慎二に取り入りたがっている者ばかりである。

 前にこっそり慎二の様子を、隠れて探っていたライダーは、そんな冷たい利害と打算の関係の中、割り切って笑っている慎二に、何とも不快な気分になったものだ。

 逆に、美綴という弓道部部長は、そんな慎二にも真っ当に対応していた。慎二のことを抜きにしても、正しく真っ直ぐな心根の少女に、ライダーはかなり好感を抱いた。彼女と少し、ガールズトークというやつを試みたくなったほどだ。

 

(どうせなら、あのような女性と仲良くすればよいものを。シンジは本当に性根が悪い)

 

 しかし、友人を心配して慌てふためく慎二は、少し可笑しく、愉快だった。このプライドの高い少年が、見栄を張ることを忘れてしまうような対象がいることに、何だか少し安心していた。

 

(私の真のマスターは桜、ただ一人。あの家から、あの『怪物』から、桜を救うためなら、手段を選びはしない。どんな罪も行いましょう。時が来れば、間桐を裏切ることになるかもしれない。しかしシンジは……一応、サクラの兄ですしね。今は面倒を見てやりますか)

 

 出来の悪い弟を見る姉とは、このようなものだろうか。

 二人の姉を持つ、末の妹であるライダーは、初めての体験に、予想だに出来ぬ楽しさを感じていた。

 

   ◆

 

 士郎は悪友の登場に、今夜幾度目かの驚愕を体験した。

 一方、セイバーの方は驚くどころか、冷静に見返し、目に見えぬ剣を構える。

 

「先ほどから覗き見ていたのには気づいていました。ランサーの次に相手をするつもりでしたが、そちらから出てくるとは思いのほか、胆力があるようですね」

 

 物理的な力があるかのような威圧感を発するセイバーに、慎二は背中につららを入れられたような恐怖に囚われる。隣にライダーが立っているが、この距離で剣の達人に斬りかかられたら、騎兵である自分のサーヴァントが対応しきれるか、自信が無い。

 今にも斬りかからんとしていたセイバーだったが、慎二にとって幸いなことに、士郎が我に返り、セイバーを止めてくれた。

 

「ま、待て、えーっと、セイバー! そいつは俺の友人だ!」

「友人? しかし、この者はサーヴァントを連れたマスターです。聖杯戦争において、敵対する存在です」

「いやだから……そもそも聖杯戦争ってなんだよ! こっちはさっぱりわからないんだから、マスターって言うんなら説明してくれよ……」

 

 慌ててセイバーを宥める士郎に、慎二は胸を撫でおろす。今まで付き合いのあった士郎が、上辺だけの仮の姿であり、本来は己が目的の為なら殺人さえ行う『典型的な魔術師』であった、などというオチは無いと、完全に確信できた。

 

「フンフン……なるほどなぁ。つまり、お前は素人のマスターだってことだな? 衛宮」

 

 上から目線で慎二は言う。割とイラッとくる慎二の態度だが、士郎は慣れているのでどうとも思わない。

 

「その狂犬じみた奴を押しとどめておくと約束するなら、僕から説明してやってもいいぜ? この聖杯戦争についてさ」

「……わかった。セイバー、いいか?」

 

 右手を掲げて提案する慎二に、士郎は頷き、セイバーにも確認する。セイバーはあまり機嫌が良くない様子であったが、剣を降ろし、戦闘をしないという意思を示した。

 

「いいでしょう。しかし……」

 

 セイバーは冷たい視線を慎二に浴びせかけた。

 

「もし、貴方がマスターとの友情と信頼を、裏切るような真似をすれば……その裏切りを後悔する時間さえ与えません。それを肝に銘じておきなさい」

「……呼び出されたばかりだろうに、中々の忠犬じゃないか。本当に、ウチのと交換したいくらいだよ」

 

 冷や汗を額ににじませながらも、慎二は強がる。

 どんな強敵であっても、どんな不利な状況であっても、プライドを忘れるな。意地を張れ。強気で踏み込め。それが師の矜持であり、慎二がそうあろうとする姿である。

 

「じゃあ、こっちに来てくれ。茶くらい淹れるよ」

 

 士郎に促され、慎二たちは衛宮邸に入る。セイバーは終始、ライダーを警戒し、ライダーの方はセイバーを無視しながらも、その仕草の端々からセイバーへの悪感情が垣間見えていた。

 

(見たところ、セイバーは正規の英雄……反英雄のライダーが仲良くなれないのは無理もないか)

 

 一般的に英雄とは、偉業を達成し、信仰の対象となった存在である。一方、反英雄とは、『悪行を為したが、それが人にとって良い結果となった者』『滅ぼされることで、善を明確に知らしめた者』といった存在のことだ。

 ライダーはその反英雄――人類史に、悪として刻まれた存在だ。正統派の英雄には、コンプレックスがあってもおかしくない。

 

(何だかんだで口の減らないあいつが、こうも無口なのは珍しい。よっぽどセイバーと交流したくないらしい。まあ、僕の邪魔にならなければ、それでいいことだがな。別に嫌いな相手と、無理に仲良くなる必要は無い。無論、僕とも仲良しこよしにならなくていい。命令をちゃんと聞いて、従えば、それ以上は望まないさ)

 

 その考えは正しい。ライダーは嫌いな相手とは、限りなく無言になるタイプであるようだ。しかし慎二は、ある別のことに気がついていない。気に食わない相手とは、口をきかないという態度をとるライダー。そんな彼女が、自分には頻繁に口を開いているという事実を。

 

(いつライダーは僕を裏切ってもおかしくはない。奴は桜の味方……あいつが、桜をただ召喚主以上の相手として見ていることくらい、態度でわかる。なら、桜の敵をどう見るか、考えるまでもないことだ)

 

 慎二は、『ライダーは自分を敵だと見なしている』――そう思い込んでいた。何せライダーの本来のマスターは桜であり、自分は桜を魔術師の因襲に縛り付ける、間桐の一員なのだから。

 

   ◆

 

「まず結果から言おうか。お前は聖杯戦争のマスターに選ばれたんだ」

 

 砕けた窓ガラスから、冬の風が入る中、寒さを我慢しながら慎二は話す。畳の部屋に置かれた、大きな木製のテーブルに向かい合わせの形で、慎二と士郎は座る。ライダーとセイバーも座布団の上に、綺麗に正座していた。日本人であるマスターたちは胡坐であったが。

 

「なんで割れた窓ガラスも直せない程度のお前が、最優とされるセイバーのマスターになれたのか甚だ疑問ではあるが……いや案外、聖杯がハンデをつけたのかな」

 

 いつもならライダーがすかさず、『マスターなら直せるのですか?』とツッコミを入れたところだろうが、今、彼女は正面に座るセイバーと顔を合わせもせず、斜め横と向き、黙して座っている。

 

「聖杯……?」

「その手の甲にある聖痕(せいこん)……それがマスターの証、令呪だ。サーヴァントを支配する力。三度だけだが、現在の人間を凌駕するサーヴァントを、絶対服従させることができるのさ」

 

 別に自分の手柄でもないのに、得意げに言う。令呪のシステムを開発したのは間桐の家なので、関係あるといえばあるが。

 

「ついでにサーヴァントの力を一時的に増幅するドーピングの役割も果たす。ただし、繰り返すが三度まで。使い切ったら、お前殺されるから気をつけるんだね」

「……殺される?」

 

 令呪の説明を終えた慎二は、士郎が淹れた緑茶をすする。一方、士郎は説明の一番物騒な部分に反応する。

 

「聖杯戦争はサーヴァントを殺すより、マスターを殺した方が簡単だからな。それにサーヴァントによっては、無能な自分のマスターを殺して、別の有能なマスターに乗り換える選択もあるしね」

「聞き捨てなりませんね、慎二とやら。私は騎士の誇りに誓い、マスターを裏切るような真似はしません」

 

 自分が士郎を殺す可能性を示唆されたセイバーが、怒りの表情を見せる。

 

「騎士ねぇ。騎士物語なんて、裏切りと痴話喧嘩がテンプレみたいなもんだけどねぇ。ま、とにかく、誰も彼も、マスターもサーヴァントも、聖杯を手に入れるためなら手段を選ばず、殺しにかかるってことさ。何せ、聖杯を手に入れたら、どんな願いでも叶うんだからな」

「……さっきから言っている、聖杯ってなんなんだ?」

 

 そもそも大前提から理解できていない士郎に、慎二は無知な者に対する優越感を含ませた表情で、優しく説明してやる。

 

「まず、聖杯戦争ってのは、魔術の儀式だ。聖杯って名前だけど、キリスト様の血を受けた、なんてのは関係ない。七人の魔術師がマスターとなり、殺し合い、生き残った一人が、ただ一人だけが、魔術の産物である聖杯……ゲームでいや、超レアアイテムを手に入れられるのさ」

「殺し合い……!」

「そう、その殺し合いのための道具が、お前のセイバーや、僕のライダーのように、聖杯の力によって召喚された使い魔――サーヴァントさ」

 

 士郎は、セイバーとライダーへ視線を向ける。しかし、彼女たちは、凄まじく美しいが、人間に見える。

 

「使い魔になんて、見えないけど……」

「使い魔だよ。マスターに与えられた武器。過去の英雄を、聖杯の力で実体化させた存在。その力は、現代の魔術師とは比べものにならず、近代兵器よりも強力だ。それが、僕らマスターは好きに使えるわけさ」

 

 慎二は菓子に手を伸ばしながら言う。セイバーは自分たちを道具扱いする慎二に苛立ちに顔をしかめるが、ライダーはもう慣れたもので、我関せずの姿勢で、いつの間にか茶を飲んでいた。

 

「そして、お前はその武器を使って戦うしかない……。マスターの権利と義務は、脱落するか、死ぬか、戦争が終わるまで、やめられない。まあとっとと脱落して、町の外に2週間ばかり逃げることを勧めるよ。本来なら、教会を避難所として設置し、聖杯戦争に参加したくないマスター、敗北したマスターを保護していたんだが……ついこないだ、焼かれちまったからな」

「……先日、神父が殺されて、教会も火をつけられて焼かれたって事件か」

「そう。この町の教会は、聖堂教会の息がかかっていた。魔術師の組織である魔術協会とは、本来反発しあう仲だが、聖杯戦争という儀式は規模が大きすぎるため、聖堂教会も嫌々ながら協力してくれている。本来なら監督役として、参加者がルールを逸脱するのを監視していた。実際、前回の聖杯戦争じゃ、一般人を誘拐して、何人も殺していたサーヴァントに対し討伐令を出している」

 

 だが、

 

「もういなくなった」

「じゃ、じゃあ、今はブレーキを踏む奴がいないのか!? それに……前回、ってことは今回が初めてでもない……? それに一般人を殺しただって……?」

 

 士郎は次々と浮かび上がる疑問点を口にしていく。それに対し、慎二は面倒そうな表情になりながらも、教えてやる。

 

「ブレーキ役と言っても、そこまで大したものじゃなかったが、名目上であっても抑えがなくなったのは確かだ。まず間違いなく聖杯戦争参加者の仕業だろうな。抑えを排除したってことは、抑えがあったら困るようなことをやらかすつもりってことだろうねぇ。で、聖杯戦争は今回で5度目……前回起こったのは10年前だ。第四次聖杯戦争は、特に被害が大きかったそうだぜ? 確か……お前自身、経験したんじゃなかったか? 10年前の連続火事を」

 

 士郎は目を見開いた。呼吸が一瞬止まる。

 

「お……お前、何で知って……」

「間桐はこの町に長くから定住する魔術師の家系……そもそも、聖杯戦争という儀式を始めたのは、僕ら間桐を含めた三つの家系だ。全部の聖杯戦争に参加しているし、その内容も知っている」

 

 慎二の知る聖杯戦争の内容は、そこまで深いものではないのだが、彼は自分の知識量を誇大に語る。それに、前回の聖杯戦争についてなら、臓硯経由ではなく、師から多少聞いている。

 

「お前が、火事で家族を失い、魔術師である衛宮切嗣の養子になったこと。それに、聖杯戦争自体を知らないってことは、知らないんだろうが、お前の義父も、聖杯戦争の参加者だったんだよ」

「……!! 親父が!?」

 

 これまでで最大の驚愕に、士郎は震える。同時にセイバーの眉がピクリと動いたが、それに気づいた者はいなかった。

 

「そうさ。いや、お前の義父について詳しく聞いちゃいないけどね。ただ、前回の聖杯戦争じゃ、間桐の参加者……よくは知らないけど、僕の叔父も死んだ中で、7人の中でたった2人の生き残りの1人だった」

「そんな……そんな犠牲を払ってまで、聖杯が欲しいのか!?」

「欲しいとも。どんな願いでも叶う、万能の杯だぜ? 金も、女も、それどころか、永遠の命や、死者の蘇生だって……それがほんの6人殺せば手に入るんだぜ? 死ぬのが6万人だって、全然おかしくないシロモノだ。そりゃ参加しない手はないだろう」

 

 慎二はストレートな欲望を、士郎にぶつける。だが、士郎には理解できない。そういう考え方もある、とは思うが、実感できない。士郎には、欲望の主体である自分自身が、酷く希薄なのだ。

 

「そんな……!」

「それが嫌だっていうんなら、お前が止めてみるかい? 聖杯戦争で手に入る聖杯は、霊体であるサーヴァントしか触れられないようになっている。だから、サーヴァントの方だけ倒せば、マスターの方は殺さずに聖杯戦争から脱落させられる。全部のサーヴァントだけを倒し、お前とセイバーが優勝すれば、誰も死なずに戦争は終わるわけだ。サーヴァントは元々、過去の亡霊で、とっくに死んだ存在なんだからさ」

 

 言いながらも、慎二は無理だと思っていた。慎二ほどでないにせよ、士郎は基礎の基礎もろくにできない、へっぽこ魔術師だ。魔力供給もおぼつくまい。

 そんなざまでは、いかに最優のセイバーとはいえ、強敵ぞろいのサーヴァントを6体全部討ち果たすなど、笑えない笑い話である。

 

「……そうか、それなら」

「……お前マジか」

 

 慎二は士郎を底抜けの馬鹿だと再認識した。もちろん、笑えなかった。

 まさか、命がかかっていると理解していながら、まだ自分を犠牲にするほど、友人のタガが外れているとは、慎二も思っていなかった。

 

「マジ!? マジで言ってんのお前!? いいか、マスターはサーヴァントに到底敵わないが、役割はある! サーヴァントはマスターから与えられる魔力によって、存在を維持している……マスターが魔術師として優秀であればあるほど、サーヴァントも強くなる! 逆も真なりだ! へっぽこなお前がマスターで、勝ち進めるわけないだろ!!」

 

 ライダーは内心で『貴方が言いますか、それを』と思っていたが、黙って煎餅をかじっていた。間桐の家では口にしたことのない菓子だったが、中々いける。

 

「今持っている令呪を適当に使い切って、セイバーとの繋がりを絶てば、セイバーは消滅する! いっそ、令呪で命令して自害させちまってもいい! とにかくとっととやめちまえ! お前なんかに何ができるって言うんだよ!」

 

 自己犠牲的な人間なら、慎二は何人も知っている。誰かのために死地に出る者を、何人も知っている。だが、彼らは皆、強かった。力という意味でなく、精神の意味で。だが士郎はまだ、自分の在り方に悩み、自分がどう進むべきか迷っている。自分が何をすべきかは異様に強固に決めているが、いかにして為すかはわかっていない。その不安定さは、戦場では致命的だ。

 慎二には、士郎が生き残れる未来が見えなかった。満足して死ねる未来も、また見えなかった。

 

「……確かに、俺は弱いけど、聞いた話じゃ一般人にも被害をもたらしかねない奴が、教会を焼くような奴が、暗躍しているんだろ? なら、それを黙って見ているわけにはいかない。あの夜の火災が、聖杯戦争のせいだって言うなら、尚更だ。このままにしていたら、災厄を起こすような奴が、聖杯を手に入れてしまうかもしれない。俺は……聖杯戦争に参加する。戦争を止めるために」

 

 慎二は頭を抱えた。士郎が本気であるのはわかっていた。

 士郎の夢が、『正義の味方』であるというのは聞いていた。初めて聞いた時は大笑いし、ぱっと思いつく『正義』についての問題――例えば『病気の子供の治療費を稼ぐために、犯罪に手を染めている人間を捕まえた結果、子供が死んでしまったら、それは正義が為されたと言っていいのか』などを羅列して苛めたものだが、士郎が本気で考え込んでしまったため、笑いが引っ込んだ。

 ちょうど今のように。

 一方、士郎はセイバーに顔を向け、

 

「そういうことだ、セイバー。俺はマスターとして戦うって決めた。俺がマスターとして、納得してくれるか?」

「……納得も何も、貴方は初めから、私のマスターです。この身は、貴方の剣となると、誓ったではないですか」

 

 士郎としては、こんな巻き込まれの、三流魔術師では、セイバーの方は不服かもしれないと考えていたのだが、セイバーは気にしていなかった。前回のマスターのことを思えば、士郎は実力こそないが、心情的には遥かに良いマスターであった。

 

「そうか……なら、俺は、お前のマスターになる。よろしく頼む、セイバー」

 

 そして士郎は、セイバーへと手を差し出す。驚いた顔をしたセイバーだったが、やがて微笑み、自分も手を出し、士郎の手をとった。

 

「今一度誓いましょう。貴方に令呪ある限り、この身を貴方の剣となると」

 

 清々しい誓いと共に、二人は握手を交わした。

 そんな『騎士の誓い』とでも題名がつく絵のような光景を、苦虫を嚙み潰したような顔で眺めながら、慎二はフンと鼻を鳴らした。

 

「……なら、お前は僕の敵だ。容赦しないからそう思え」

 

 慎二は席を立ち、出口へと足を向ける。

 

「行くぞ……おい? いつまで煎餅かじってんだ!」

「……これ、後で買ってください」

 

 ポリポリと音をたてながら、ライダーは士郎たちと出会ってから、初めて声を出した。

 

「ったく……今夜はもう戦いの空気じゃないから見逃してやるが、次会ったら覚悟しろよ! 殺されても恨むなよ!!」

 

 士郎に向けて指を差し、怒鳴りつける慎二だったが、士郎は慎二の怒気を受け流し、

 

「ああ、知ってる。悪いな、心配してくれてるのに」

「んなっ……心配だとぅ!? 馬鹿言ってんじゃ……」

「できれば敵同士にはなりたくないんだけどな……けど、ありがとう、慎二」

 

 殺し合いを宣言した相手から笑顔を向けられ、慎二は言葉を失くし、言いようのない感情にフルフルと震える。

 

「もういい! じゃあなっ!」

「それでは、良い聖杯戦争を」

 

 言い捨てて衛宮邸を後にする慎二と、ペコリと一礼し去るライダー。二人を見送り、士郎の激動の夜は終わる。

 そして、激動の日々が始まることに、思いを馳せるのだった。

 

   ◆

 

「ふむ……これは吉と出るか、凶と出るか」

 

 セイバーやライダーにさえ気づかれることなく、衛宮邸での話を聞いていた男は、衛宮邸を出た後で、言葉を漏らした。殺気があったらサーヴァントたちは気づいただろうが、男には敵対する意思は無かった。

 男はふと、手に持っている、水の入ったペットボトルに目を向け。

 

「……どうせならワインを持っていきたかったが、戦闘用なら高いワインなど使わなくていいと言われちゃ、反論できないね」

 

 この時代のワインに興味があるのだがと、肩を落とす。

 

「しかし危機一髪だった。もう少しで、士郎くんがランサーに殺されるところだった」

 

 先ほど、ランサーに『飛び道具』を放った男は、安堵の息をつく。

 しかし、ランサーの邪魔をしたのは良かったが、その後でセイバーが召喚されたのは予想外だった。彼のマスターは、士郎が聖杯戦争に参加することを快く思わないだろう。

 

「しかもセイバー……いや、聞いた話からすれば、当然の縁なのかな。ふぅ~~、さてどう説明したらいいかなぁ」

 

 かつて、理由あってのこととはいえ、家族を捨てた過去を持つ男は、家族の身を案じている自分のマスターのことを思う。しかも、自分のマスターと、士郎は、血の繋がりは無いという。

 

「血の繋がりはない、しかし、息子のように思える相手、か……」

 

 これもまた縁かと、男は、人生の終りの方で巡り合った、弟子のことを思い出す。

 良き男だった。弟子であり、親友であり、息子であった。最後に彼を助けるために、その身を犠牲にして彼の人生は終わったが、一切の後悔は無かった。

 

「……さぁて、早く帰らなくちゃ」

 

 少し微笑み、派手な帽子をかぶった男は、夜の街を走る。誰にも見られず、知られず。

 自分のマスターの下へ。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 

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