Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

9 / 20
ACT8:それは思ってもみない言葉だった

 

 

 歴戦。彼の経歴はまさにそれ。

 英傑。彼の人生はまさにそれ。

 

 敵の偽装を見破り、相手の独壇場であったはずの海の中で倒した。

 文字通り、周囲の全てが敵である船の中、四肢を拘束されてなお、指一本で逆転を果たした。

 打撃も、炎も、冷気も、あらゆる攻撃を吸収する粘液に喰われながら、その弱点を見出した。

 鋼鉄の武装を誇る怪物自動車の執拗な追撃を、ことごとく打ち破った。

 実体を持たぬ魔性の霧を、ただ一息で押さえつけた。

 仲間を人質にとった卑劣な敵を、機を逃さずに叩きのめした。

 砂漠の空から炙り殺そうとした太陽の主の隠れ場所を、撃ち砕いた。

 ダイヤモンドと同等の硬度だという巨大な歯を、掘り崩した。

 遥か遠くから操られた恐怖の水の使い手から、勝ちを手にした。

 際限なく強くなり続ける妖刀を、幾度も新たな手段を使って圧し折った。

 賭けによって魂を奪い取る兄弟を、知恵と精神をもって圧倒した。

 

 そして――世界を支配する力を持った悪の帝王との戦い。

 彼は、敵の領域に足を踏み入れ、敵と同質の力を手に入れ、そして、ついに『世界王』に、勝利した。

 

 どれほどの苦戦、どれほどの困難。

 けれど、彼は故郷に残した母のため。共に戦う友のため。

 苦を苦ともせず、ただ一言呟いて、死地に臨むのだ。

 

『やれやれだぜ』

 

   ◆

 

「あ…………」

 

 朝、湯船に浸かっていたイリヤは、目を覚ました。いつの間にか、風呂に入りながら寝ていたらしい。

 

「イリヤスフィール、聞いているんですか?」

 

 おつきのメイドが、話しかけていた。それで目が覚めたのかと納得する。

 

「ごめん。聞いてなかった。何?」

「もう……昨夜のことです。なぜ、衛宮士郎を見逃したのですか? 追おうと思えば、追えたでしょうに」

 

 メイドの諫言に、イリヤは強い感情を出すことなく答える。

 

「すぐ殺すなんて、面白くないわ。兎はギリギリまで追い詰めて、怯え切ったところを仕留めるものでしょ?」

 

 子供らしい残酷さを口にするイリヤに、メイドのセラはなお言い募る。

 

「ですが……バーサーカーの宝具を明らかにした以上、殺しておくべきだったかと」

「問題ないわ。バーサーカーの宝具に対応策なんて、無いもの」

 

 イリヤの答えに、セラの隣に立つ、胸の大きい方のメイド、リーゼリットが口を開いて同意する。

 

「うん、時間停止は……時間停止でなければ対抗できない」

 

 それでも納得しきれないセラは、疑念を口にした。

 

「まさか、お嬢様。衛宮士郎にお情けを」

「そんなもの、かけているに決まっているでしょ」

 

 イリヤは肯定する。けれど、決して親愛などの(ぬる)い感情ではない。

 

「キリツグの代わりに……たっぷりと苦しんでもらうんだから」

 

 その言葉を口にしたとき、イリヤは笑顔であった。

 

   ◆

 

 2月3日。

 慎二は、昨夜手に入れた情報を思い返し、唸る。

 時間は正午。場所はファミレスのチェーン店。美味しくも無いランチを食べる気はなく、コーヒーだけ注文する。真面目な学生は、まだ学校にいるべき時間だったが、気乗りのしなかった慎二はサボって、もっと重要な今後の戦いについて考えることにした。

 

「あいつが、衛宮だと……?」

 

 未来の英霊、衛宮士郎。

 背格好も、口の利き方も、まるで違う。だが、【マイキー・ザ・マイクマン】の紹介したプロフィールに嘘はない。アーチャーはあの衛宮士郎の未来の姿だ。

 

「だとしたら……どうすりゃいいんだ?」

 

 この情報で、聖杯戦争で有利になるかというと、そうでもない。

 普通なら、英霊の真名がわかれば、特技や弱点を知ることができるのだが、今回は別だ。何せ、今の士郎が何をどうすれば、あの弓兵になるのかまるでわからない。魔術はからっきし、運動能力も常人を凌駕するようなものじゃなかったはずだ。それが、伝説の大英雄と肩を並べるようになるなど、慎二の想像の限界を超えている。髪や肌の色からして違うではないか。

 どうしてそうなったのか? それに、士郎だということは、この聖杯戦争を経験しているはず。その未来の知識はあるのか?

 

「直接本人に聞いてみるしかないだろうが、どう話したもんか」

 

 ここに召喚された以上、彼にも願いはあるだろう。容易く、自分のことを話すものだろうか?

 

「あ~~、あいつはもういいや。もう一人、セイバーの方を考えよう」

 

 セイバーの真名、アルトリア・ペンドラゴン。

 これまた信じがたい名だ。イギリスに伝わる大英雄、アーサー王が、あんな小柄な少女だというのだから。

 イングランドのかつての支配者であったケルト人。その伝説に謳われる、誉れ高き王。

 円卓に集う、綺羅星のごとき騎士たちを統括する、まさに騎士王の名に相応しき大英雄。

 ブリテンの内乱を終わらせ、異民族の侵略を追い払い、ついには地中海世界の覇者たる大ローマへと遠征して勝利を手にした、無敗の剣帝。

 ブリテンの最も偉大なる時代を築き、そして終わらせた最後の王。

 アヴァロンの地で眠りにつき、いつか目覚めると伝えられる、未来の王。

 

「宝具が何かとすれば、間違いなくエクスカリバーだよな」

 

 アーサー王が持つとされる武器や道具は数多い。

 

 反逆の騎士モードレットを貫いた聖槍【最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)】。盾、【夕べの顔(ウィネブ・グルスヴッヘル)】。短剣、【小さな白い柄手(カルンウェンハン)】。魔法の船、【綺麗な形(プリトウェン)】。姿を見えなくする魔法のマント【(グウェン)】――このマントの伝承は、あるいは剣を透明化させていた術を元にしているのかもしれない。

 しかし、アーサー王の所有物の中でただ一つを選ぶとすれば、聖剣エクスカリバー以外にありえない。

 かつてブリテンの地に、大岩に突き立てられた剣があった。その剣にはある予言がかけられていた。すなわち『この剣を抜いた者が、ブリテンを統べる王である』という予言が。

 幾人もの猛者がその【王者の剣】を抜き放ち、王になろうと夢見たが、誰一人その剣を抜いた者はいなかった。

 その剣を抜いた者こそが、いまだ若きアーサー王。そして剣の名はエクスカリバー。

 

 数多の英雄を討ち、巨人を斬り、ローマ帝国を降すことになる、剣の中の剣。

 松明を30本束ねたよりも、なお眩く輝くと伝えられる剣。

 

「教授の持つ【他が為の憤怒(モラルタ)】は『多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)』を起こし、一振りで複数の斬撃を行うが……」

 

 伝説においては、ただ頑丈で、凄まじく切れ味のいい剣ということしか語られてはいないエクスカリバー。だが、人の持つ剣の中で最高峰の聖剣が、ただ良く斬れるだけのものとは思えない。

 

「だが剣は剣。振るう隙を与えずに倒すことができれば、どんな力があろうと発揮できずに終わるはず」

 

 実際、バーサーカー相手には宝具を発動できずに打倒されていた。大英雄と言えど、やりようによっては勝てることは確かだ。こちらのサーヴァントの正体が知られていないうちに、対策を立てていけばいい。

 剣以上に重要なのは鞘の方であり、鞘がある限りアーサー王は無敵であったというが、これは伝説上では魔女モリガンによって奪われている。昨夜の戦いで傷を負っていたことを考えても、鞘は持っていないと見ていいだろう。

 

「だがやはり……問題はバーサーカー……」

 

 慎二は苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

 最強のスタンド使い、空条承太郎。

 時を止めるスタンド、【星の白金(スター・プラチナ)】。

 

 狂気に侵され、冷静さを失ってなお、その戦闘センスは卓越していた。正面からの戦いでは、勝てないことははっきりしている。

 だが、その理性と知性が発揮されていない承太郎ならば、裏をかいた戦いならば可能性はある。これが本来の承太郎ならば、裏の更に裏をかき、敵を追い詰めるだろう。それよりはマシだと思おう。

 

「バーサーカーのスキルに対魔力はない、ならばライダーの【魔眼】が通用するはず……」

 

 対策を練る慎二の耳に、携帯電話のコール音が届いた。

 

「誰だ?」

 

 通話ボタンを押して、耳に当てる。

 

「もしもし?」

『慎二か? 私だ』

「……教授?」

 

 電話の向こうの声は、ロード・エルメロイⅡ世のものだった。

 

「ちょうど良かった。実は少し不味いことがあって」

『こちらは、少しどころではなく不味いことになっている。次に話せるのがいつになるかわからん。何せ、時計塔の執行者に追われているのでな』

「…………は?」

 

 執行者。

 それは、『封印指定』を受けた魔術師を捕縛、あるいは始末するエージェントだ。

 誰かに受け継がせることのできない、特殊で希少な力を持つ魔術師は、魔術協会から『封印指定』を受ける。つまり、その魔術師が死ねば失われる魔術を『保護』し、『管理』するということだ。

 封印指定を受ければ、一生幽閉されることになるため、封印指定を受けた魔術師は、大抵逃げることを選択する。そのまま逃亡した魔術師が、騒ぎを起こさずに暮らすなら魔術協会は静観する。しかし、封印指定を受けた魔術師が、神秘の秘匿に失敗し、犯罪が漏洩した場合、それを隠蔽するため、戦闘に長けた執行者が送り込まれ、封印指定の魔術師の処置を行う。

 封印指定を受けるほど強力な魔術師を、狩るのだから、執行者の力は想像を絶するものである。

 その執行者に追われているということは、ほとんど死刑の確定宣告だ。

 

「な、ななな、なんでだよ!? あんた封印指定受けるようなレベルの魔術師じゃないだろ!」

『……次に会った時は3回、いや、5回蹴る。それはそれとして、執行者が動くときは、封印指定の執行を行う場合以外にもある』

「……魔術犯罪者を討つ場合。でも、それでもなんでっ!」

 

 魔術師は所詮、外道の者。人倫を踏み越えて、自分だけの法を歩む者。

 だから一般社会の法律を破ったところで罰されることはない。人を殺そうと、犯そうと、喰らおうと、奪おうと、魔術協会は気にもしない。ただ、その犯罪が表に出て、神秘が漏洩することに関しては、徹底的に隠蔽してかかる。

 神秘が漏洩すれば、魔術師の存在そのものが無価値になるからだ。また、魔術協会と対立する組織、聖堂教会が動く可能性も高い。魔術犯罪者が討たれるだけならまだしも、そこから聖堂教会との抗争に発展してはとんでもない被害になる。

 とはいえ、教授が神秘を漏洩するようなヘマをするなど、慎二は到底思わない。教授は腕こそ平凡だが、魔術師としての在り方と誇りは一流だと慎二は信じているのだ。

 しかし、次に教授の口から出た言葉に、慎二は引きつった叫びをあげることになる。

 

『実はな、そちらで神父が殺され、教会が焼かれた事件。それの犯人が、私だということになってしまった』

「……なんだって!?」

 

 聖堂教会に喧嘩を売るどころではない。宣戦布告なしの奇襲攻撃。その犯人は、聖堂教会からしたらどんなことをしても、討伐する対象。魔術協会からすれば、聖堂教会との戦争を起こしかねない爆弾。どちらからしても、早急に滅殺しなければならない怨敵だ。

 

『お前が私の、正式でないとはいえ、弟子のようなものであることは、少し調べればわかることだからな。そのお前を聖杯戦争に勝たせるため、教会勢力を排除したのだという声が出てきてな。それを受けて、法政科が動き出した』

 

 法政科。魔術協会を構成する学部のうちの一つであるが、学部の一つとして数えられることのない異端の学部。魔術を学び、研究するのではなく、魔術教会の秩序を保ち、発展させることを目的とする『政治』を行う部門だ。

 

『私が犯人だという奴らも、別に本当に私が犯人だと信じているわけではなかろう。ただ、魔術協会としても聖堂教会との仲が不穏なままでは、色々と面倒だ。だから、適当なスケープ・ゴートを用意し、処罰することで、聖堂教会の怒りを和らげようということだろう。法政科の役目は、時計塔の問題を解決することであり、真実の追求ではないからな』

 

 たとえ教授が犯人でなかろうと、真犯人が野放しになっていようと、教授が犯人となることで、問題が収まるのなら、そういうことにする。

 法政科はそういうところだ。

 

『だがこれは法政科の行動としても、強引すぎる。真犯人の捜査をせず、私を犠牲にすることに力を注ぐなど……聖杯戦争の過程で、真犯人がわかれば、誤魔化しをしようとしたこともわかり、聖堂教会の心象はより悪くなるだろう。まだ様子を見るべきだろうに、この行動は拙速すぎる。何か、裏にある』

 

 魔術協会に、陰謀と権力闘争は日常茶飯事だ。現代魔術科のロードである教授を、排除しておきたい思惑があるのかもしれない。

 

『私はこれからアメリカに行く。私が犯人であると言い出した魔術師……そいつがいるのが、アメリカだとわかった。そいつを捕まえて話を聞く。どうも……都合がよすぎる気はするがな。掴まされた情報なのかもしれん』

 

 教授を罠に嵌めた魔術師……そいつの居場所の情報が、容易く手に入ったこと自体が、罠なのかもしれない。

 

『だが、どうしてもこれ以外に手がかりがない。こうなったら、敢えて罠に踏み込んで、敵の反応を見るしかない』

「ライネスや、エルメロイ教室の連中は?」

『そちらも動いているが、執行者を止めるのは難しいようだ。相当に事前準備をして仕組んでいる。この分だと、私を嵌めた奴と、冬木教会を襲った奴は、結託しているかもしれん、今はまだ憶測の域を出んが、そちらも注意しろ。冬木教会を襲った参加者は、ただ単に暴走しているだけの輩ではないかもしれん』

 

 慎二は冬木教会の襲撃者は、聖杯戦争のことのみを考え、それ以外を見ることなく突き進むような奴だと、考えていた。だが、教授に濡れ衣を着せたのも、襲撃者の仕込みだとすれば、視野を広く持ち、計算をしたうえで、暴挙を行う――より恐るべき相手なのかもしれない。

 

『次に連絡を取れるのがいつになるかわからん。何せ命の保証もないのでな。それでは、そろそろ切るぞ』

「あっ、待ってくれ! 実は……」

 

 電話を切ろうとする教授に、慎二は慌てて自分の事情を話す。特に、バーサーカーとして空条承太郎が召喚されていたことを。

 

『……それは、マズイな』

 

 教授の声は、執行者に追われていると言っていたときより、ずっと途方に暮れていた。

 

『まあ、バーサーカーであったことは救いだな。承太郎の真骨頂は、その理性と知性だ。それがなければ、奴などせいぜい、時を止めれて、遠近両方の攻撃手段があり、べらぼうに強いスタンドを持っているというだけだ』

「せいぜい、ってレベルじゃないだろ……」

 

 慎二の声も、改めて途方に暮れていた。

 

『手があるとしたら、どこかの陣営と限定的な同盟を組むことだな。お前たちだけの力ではまず勝てん。セイバー陣営とアーチャー陣営は顔見知りなのだろう?』

「やっぱそれしかないか……」

 

 慎二としては士郎や凛に頭を下げたくないので、できれば向こうから頼んでくる形にしたいところであった。

 

『それと、念を押しておくが、聖杯には用心しろ。私が10年前に見た聖杯は、悪意に満ちていた。当時召喚されたアサシンの願いのせいかとも思うが、あるいは聖杯のシステムそのものに異常が発生している可能性は否定できん。勝ったと思って、酷いしっぺ返しがあるかもしれない。気をつけろ』

「ああ……耳タコだよ」

 

 10年前の聖杯戦争の顛末は、何度も聞いた。慎二としては、先祖の栄光ある儀式が壊れていると考えるのは、愉快な話ではないが、教授の実際に見た事実を切り捨てることもできない。聖杯にかける願いがあるとしたら、慎二を魔術師にするというもの以外に無いが、聖杯が願いをまともに叶えないものだとしても、勝利への意欲は失われない。

 その勝利を持って、今までの屈辱の日々を見返してやるのだ。

 

『お互い、生きてまた会いたいものだな。では、健闘を祈る』

 

 そうして、教授との会話は終わった。それが今生の最後の会話にならないことを、慎二は祈る。

 教授の身は心配であったが、慎二は自分の身の心配もしなければならない。これで、頼れる助言者と連絡を取ることは、容易にできなくなった。

 バーサーカーとの戦いも、自分で考えるしかない。

 

「昨日は3体がかりでも勝てなかった……いくら同盟を組んでも、正攻法じゃ勝てない。この戦いはむしろ、アサシンやキャスターの領分だ」

 

 セイバーの戦い方では正直すぎる。アーチャーやライダーは多少からめ手や邪道も使うが、それでも足りない。もっと、承太郎の戦い方を知っている者がいなければ。

 慎二のあては教授であったのだが、今の教授はそれどころではない。

 

(どうしたもんかな……)

 

 ファミレスの支払いを済ませ、慎二は外に出る。

 今はフーゴも本職(ギャング)の方が忙しく、相談はできない。悩んでいると、その悩みを解決する者――承太郎の戦い方を知る者が、向こうから現れた。

 

「よおっ! 昨日ぶりだな。待ってたぜ」

 

 睨み付ければ中々に恐ろしいが、笑えば意外と愛嬌のある顔が、慎二を出迎える。

 

「お前……っ!」

「ああ、そんな身構えなくてもいい。戦う気はないよ」

 

 別の声が、慎二のすぐ後ろから聞こえた。慌てて振り向くが、すでにそこに姿は無い。

 

「だからぁ、戦う気はないってばさぁ。慎二くん?」

「このっ……気安く呼ぶな!」

 

 もう一度前を向くと、今度はそこに、派手な帽子のキャスターの姿があった。

 

「おっと、そういやよぉ、自己紹介してなかったよな。俺は虹村億泰」

「うーん、私は有名じゃないから、名前を隠してもそんなに意味は無いんだけど……言ってもいいかい? マスター」

 

 キャスターが、慎二の後ろ側にいる人物に、許可を求める。

 

「いいえ、念には念を入れるに越したことはない。キャスターの真名は言わないように」

 

 残念ながら、許可は下りなかった。慎二の背後に立つ黒髪の女性は、冷たく却下した。

 周りを3人に囲まれ、慎二は苦い顔をする。彼らに敵意があろうがなかろうが、これでは逃げることはできない。

 

「キャスターが言ったように、戦う気はありません。ただ少し、話をしたいだけです。間桐慎二」

「そういうあんたは、久宇舞弥、だったか」

 

 首を捻り、昨夜は良く見ている余裕のなかった彼女の顔を良く見る。少し影があるが、中々の美人だと評価するも、これから彼女と話すことはあまり楽しく思えなかった。

 

   ◆

 

 霊体化したライダーは、慎二から受け取った情報をもとに、町を跳び回っていた。

 

(バゼットとアトラム、ですか)

 

 この町に入って来た、経歴を偽装した外国人二人。どちらも、ホテルや民宿、どの宿泊施設も利用しておらず、所在不明。しかし、町中の防犯カメラの画像を手に入れられるだけ手に入れ、調べた結果、彼らが映っているものを見つけた。

 映っている防犯カメラが仕掛けられた地点を中心に、ライダーは調査を行っている。

 

(しかし、どこからこのような情報を得ているのでしょうね)

 

 慎二は情報の出どころは口にしない。ライダーの方も突っ込んでは聞かないことにしている。知る者が少ない方が、いいこともある。言わないのなら、言わない方がいいことなのだろうと、ライダーは慎二を信じることにしたのだ。

 

(さて、この辺りにアトラムという男の方が、良く映っていたらしいですが)

 

 新都の街並みの中、拠点として使えそうな場所を探るライダーであったが、本当に偶然、彼女はサーヴァントの気配を感じ取った。眼を閉ざしているライダーであるからこそ、視覚以外の感覚は鋭敏で、気配を嗅ぎ取ることには長けているのだ。

 

(!! これは……)

 

 気配を殺し、そっとそのサーヴァントの気配がある方へと向かう。

 

「あ~あ、ったくあの女……サーヴァントに買い出しまでやらせるかぁ? 見てくれはいいが、ことあるごとに殴りにかかるし、散々だチクショウ……」

 

 ぶつくさ言いながら歩くサーヴァントが確かにいた。攻撃を仕掛けるような真似はせず、音もなくその後を追う。

 やがてサーヴァントは、新都の中では古ぼけたビルへと入っていく。かつては飲食店や算盤教室などが運営されていたが、今ではどの階も空いており、解体されるでもなく、取り残された目立たないビル。

 しかし、ライダーにはそのビルに、魔術による結界が張られていることがわかった。

 

(見つけましたよシンジ……誰かはわかりませんが、聖杯戦争のマスターの拠点を)

 

 親鳥が留守の巣の中に、卵があるのを見つけた蛇のような、恐ろしい微笑みが、美しい女の顔に浮かぶのだった。

 

   ◆

 

「単刀直入に言うと、我々と手を組んで頂きたい」

 

 手近な公園に慎二を連れて来た舞弥は、最初からズバリと自分たちの要求を言い放った。

 

「私たちの目的は、衛宮士郎と、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。この二人が無事なまま、聖杯戦争が終わることです」

「あんたについての情報は聞いている……衛宮切嗣の助手をしていたって」

 

 臓硯から渡された情報の中に、2、3行程度だが、彼女のことも書かれていた。

 

「そう考えてもらって、問題はありません。私は、切嗣が養子とした士郎と、切嗣の実子であるイリヤ。彼らを護りたいのです」

「イリヤ……バーサーカーのマスターが、衛宮切嗣の娘だって? それ、衛宮……いや、士郎の方は、知っているのか?」

「昨夜、話しました」

 

 昨日、士郎と舞弥は、共に衛宮邸に帰り、事情を話し合ったのだという。

 

   ◆

 

「まず、今夜出会ったマスターの少女、イリヤですが、彼女は切嗣の実の娘なのです」

「爺さんの!?」

 

 のっけから驚愕する士郎。義父の過去についてはろくに知らないが、家族がいたとは。

 

「切嗣が聖杯戦争の参加者であるということは、もう知っているようですが、彼は御三家の一つアインツベルンに雇われ、マスターとなりました。そしてアインツベルンの令嬢、アイリスフィールと出会い、恋仲となり、子を為した。その子がイリヤです」

 

 愛人かと思われていた女性の口から語られる、義父の恋物語。何やら複雑な気分で士郎は聞く。

 

「切嗣は終盤まで残りましたが、ついには敗退。アイリスフィールも死亡。アインツベルンは、勝利できなかった切嗣を切り捨て、イリヤの身も取り上げました。何度か、切嗣が外国に行くと出て行ったことがあったでしょう? あれは、イリヤを取り戻しに行ったのです。結果は、惨敗でしたが」

 

 聖杯戦争の負傷で、力の衰えた切嗣では、舞弥の助けがあってもどうにもできなかった。

 

「昨夜の様子を見るに、切嗣はアイリスフィールを見殺しにして敗北し、イリヤのことも捨てて失踪したと思われているようです。そして、士郎のことも憎んでいる」

「俺が、爺さんの義息子だから……」

 

 イリヤが士郎を『お兄ちゃん』と呼び、奇妙に親し気な様子を見せながら、同時に冷たい殺意も向けてきた、ちぐはぐな感情。それも、今の話を聞けば納得できる。

 

「自分から、親の愛を奪った者。ということだろうね。同時に、父親を同じくする義兄弟でもある」

 

 複雑だ。キャスターは哀し気にため息をつく。

 

「何にせよ、イリヤは最後には士郎を殺すつもりでしょう。私は貴方を死なせたくはない。聖杯戦争を降りて、逃げてほしい。逃走手段は私が用意します。イリヤの方も、私が無事に終わるようにします。私に任せて、身を引いてほしい」

 

 このまま聖杯戦争を続ければ、父を同じくする者同士の殺し合いとなる。それだけはしてはならないと、舞弥は士郎を説得する。

 士郎は答えた。

 

「……ごめん、舞弥さん。それはできない。セイバーとの約束もあるし……親父がやり残したことなら、俺が何とかしないと。舞弥さんにだけ押し付けるわけにはいかない」

「……貴方は、やはりそう言うのですか。多分、そうだろうと予想はつきました」

 

 舞弥はため息をつく。この結果は予想できた。義父同様、この少年は人に頼ることが、恐ろしく下手くそだ。自身の価値を顧みることに、どうにも盲目だ。

 保身を知らない。自分の身を危ぶむ人間がいるということを、頭ではなく心で理解するということができない。舞弥は文句を言えるような立場ではないけれど。

 

「では、私は私で、別行動を取ります。こうなれば、強制的に脱落させるしかない。セイバーとバーサーカーを討ち取り、戦闘手段を奪わせてもらいます」

 

 舞弥は、士郎の横に座るセイバーに目を向ける。冷たい眼光が向けられたセイバーは、毅然とそれを受ける。

 

「貴方の、シロウを想う気持ちは正しいと私も思う。けれど、私も私の目的を捨てるわけにはいかない。話し合いで解決できない以上は、剣を持って結果を為させてもらいます」

「ええ。貴方はせいぜい、士郎を護ることです」

 

 二人の女に、互いに恨む物は無い。けれど容赦もない。恨みも憎しみもない相手との戦いなど、慣れたものだ。

 

「行きますよ、億泰、キャスター」

「あいよ、それじゃ、頑張れよ士郎。お茶、ごちそうさん」

「士郎くん、君に生きていてほしいと願う人間がいる。それだけは、忘れないでくれ。ではまた会おう」

 

 話し合いは成立せず、舞弥一行は、衛宮邸を後にした。

 

   ◆

 

「衛宮士郎と組めば良かったんじゃないのか?」

 

 どうせ士郎が戦いをやめないならば、傍で護った方が、士郎の安全という意味では良かっただろうと、慎二は言った。

 

「そうしたら、イリヤは更に私に敵対的になるでしょう。イリヤを護ることも考えれば、士郎と組むことはできない。今はまだ、イリヤは士郎を敵として見ているのだから」

「ドロドロの人間関係だな」

 

 愛された養子と捨てられた実子。死んだ本妻に、子供を護ろうとする愛人。昼ドラもびっくりの濃さだ。

 

「そういうわけで、士郎とイリヤ、どちらとも直接組むわけにはいかない。しかし、私たちだけでは、戦力に不安がある」

 

 聖杯戦争で戦い抜くのなら、彼女たち3人は悪い戦力ではない。

 

 魔術師としては大したことはないが、戦闘と殺人に長け、強力な魔術礼装を用意しているマスター。

 応用の利く能力を使いこなし、自分より強力な相手との戦いを心得たキャスター。

 破壊力に優れ、特殊な運用も可能な、強力なスタンド使い。

 格上とも渡り合える、いいチームだ。

 

 しかし、勝利以上のものを求めるのなら、力はいくらあっても十分ということはない。護り、生かすということは、殺すより何倍もの労力を要するのだ。

 だから、舞弥たちは別の陣営と組むという選択をした。組む対象として、思い当たるのは二つ。昨夜にイリヤとの戦いに乱入したことで、ピンチを救い、多少は恩を売ることができた、遠坂か間桐。

 

「遠坂の方ではなく、僕を選んだ理由は?」

「より、恩の売れそうな方を選んだ結果です」

 

 優秀な魔術師である凛より、この聖杯戦争でも最弱のマスターである慎二の方が、舞弥たちの力を高く買ってくれるだろうという判断。それを、舞弥はオブラートにくるんで端的に答えた。

 

「……まあいいさ」

 

 慎二の方も願ったり叶ったりだ。バーサーカー対策に悩んでいたところ、昨夜バーサーカーを多少なりとも抑え込んだキャスター陣営が、手を結びにきたのだから。

 

「けど、聖杯を手に入れられるのは最終的に一組。いつかは、ぶつかり合うことになる。いつまで、同盟を組むつもりだ?」

「私の目的は、士郎とイリヤの安全のみ。キャスターも、聖杯を手に入れなくてもいいそうです」

「えっ?」

 

 慎二はキャスターの方を向く。人間を超えた存在である英雄が、使い魔に成り下がることを是とするのは、あらゆる願いを叶える聖杯を手に入れるためだ。なのに聖杯を手に入れる気が無いとは、どういうことか。

 

「うん、私が召喚された目的は、私が死んだ後の世界を見たいと思ったからなんだ。私は、志半ばで死んだ。その志を継いでくれる者と会うことができたから、後悔は無いが……その後がどうなったか、一目見てみたかった。だから、私の願いは召喚された時点で叶っている」

 

 キャスターは満足げに微笑む。

 

「どうやら、彼は勝ってくれたようだ。世界は救われたんだ」

 

 キャスターがどのような冒険を潜り抜け、何を想って生き、死んでいったのかは知らない。だが、その言葉に嘘は無いと感じた。キャスターは、確かに願いを叶えたのだと、理解できた。

 

「だから私に聖杯は必要ない。しかし、戦いは真面目にやるよ? 家族を想うマスターには、共感もしているし、することが外道なことでなければ死力を尽くすとも」

「……わかった。思いのほか、割のいい取引らしい」

 

 士郎や凛に頭を下げることなく、バーサーカーとの戦いにおいて頼りになる相手と同盟を組めるのは悪い話ではない。それに聖杯戦争以外を視野に含めても、『魔術師殺し』の相棒という存在は、都合がいい。

 敵はマスターばかりではないのだから。

 

「細かい内容は後で決めるとして……聖杯を手に入れるのが僕だということを確約するのなら、同盟を組もう」

「士郎とイリヤの無事を保証するのなら……全てにおいて力を貸しましょう」

 

 二人のマスターにより、同盟が締結した。

 

(もっとも……彼の希望は叶えられないかもしれませんが)

 

 舞弥は、士郎にも慎二にも言わなかったことがある。

 聖杯の汚染。もはや、聖杯は万能の願望器などではなく、呪いを振りまく地獄の鍋になっていることを。第四次聖杯戦争で、彼女はそれを知ったのだ。

 マスターの方はともかく、サーヴァントの方は、一縷の望みをかけて、聖杯を得るために召喚に応じた者たちだ。その救いの糸を断つことで、彼らがどんな行動をするか読むことができない。

 誰が勝利しようと、幸福な結末を迎えることはない。その事実を知っているのは、舞弥、億泰、そしてキャスターだけだ。

 

(士郎の友人として、不幸にならないよう心掛けはしますが……それでも、士郎とイリヤの安全を天秤にかけるのなら、手段は択ばない)

 

 舞弥が鉄面皮の下、慎二の犠牲を含めた、今後の行動を模索する。その間、億泰とキャスターは舞弥の考えていることを予想し、もう少し、全方面に救いのある結果を出すために努力することを考えていた。

 舞弥自身への救いも含めて。

 

(誰も彼も……自分の身を削りすぎだよなぁ。自分がいい目を見たって、いいじゃねーか)

 

 億泰は彼らしく単純に考え、決める。

 みんなにとっての幸福な結末(ハッピー・エンド)を、手にすることを。

 

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 





・アーサー王の装備に関する参考文献
・『マビノギオン・中世ウェールズ幻想物語集』/訳・中野節子:協力・徳岡久生/JULA出版局/2003.3.27刊行


 事前に書いておきますが、メインは慎二であって、エルメロイⅡ世の方は本筋には関わりません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。