「何で、あの子逃がしたの?姐さん?(結局、首にホワイトサイズを突きつけても改めないので呼び方の訂正についてはあきらめた)」
龍之介と名乗ったこの男はそう尋ねてきた。
どうやら、この男は自分が差し出した幼いストックを放置してきた事を疑問に思ってるようだ。
「さっきも言ったが、さすがにあのストックは未成熟すぎる。熟成させるのだ。ワインのようにな、封を開けるのを待つのも楽しみの一つだ」
尤も、私は堪え性が無いので多少渋くとも封を開けてしまうかもしれないが。
そう心の中で呟きながら質問に答える。
「ふ~ん。そんなもん?俺なんかは小っちゃい子の方が相手してて楽しいけどね。反応も素直だし」
なるほど。
「そこは我々とストックの違いだな」
「違い?」
そう言うとオウム返しに尋ねてきた。
その表情はまるで無垢な童のようだった。
「ああ、お前達ストックは表情、声、挙動といった外部出力でしか他者の考えを認識出来ない」
「そうなの?姐さんみたいなのが居るし、読心の術とかあるんじゃないの?」
ふむ?
確かにこの世界のストックは私の世界とは違う技術形態を持っているようだ。
その位出来るかもしれないが、
「飽く迄、私が言ってるのは一般的なストックの話だ。しかし、私達はネブレイドをする事で他者の全てを取り込める」
「ネブレイド?」
本当にこの男は面白いな。
知らない単語、疑問。
そういうものを自身の命を握ってると言って良い私にすぐにぶつけてくる。
まるで好奇心の塊だ。
案外、私の召喚者としては適格なのかもしれん。
「ネブレイドの説明は難しいな。吸収とでも言えばいいのか?」
「へ~。それってこう頭からバリバリいっちゃう感じ?」
「包装紙は剥がすがな。」
龍之介はうっひゃ~と言葉を漏らしながら体を抱きしめるように腕を交差させる。
しかし、その顔は気の抜けた笑みに彩られていて、本気で恐れていないことが容易に窺える。
「でも、それなら尚更若い方が良いんじゃないの?お肉って大体若い方が柔らかいでしょ?刃物の通り方だって全然違うし」
「肉の味は大した問題ではないからな。全てを取り込むと言っただろう。我々が重視するのは対象の経験、ストック風に言えば思い出だ。それによってネブレイドの質は変わるのだ」
しかし、最後は酷く単調でつまらなかった。
ほとんどが我々に怯え、穴倉に隠れ、悲嘆に暮れているだけの思い出。
だから、ストック共には見切りをつけ、クローン達を探させた。
「ということは医者をネブレイドすれば医者に。空手家をネブレイドすれば空手家になれるってこと!?すっげーーよ。マジ、スッゲーー!!」
「その通りだ。まあ、その例えは何の役に立つのだという感じだがな。」
生半可な兵器では傷つかない私達にストックの治療法なんぞは互換性が無いし、私はすでに宇宙空手を修めている。
「それじゃあ、さあ」
「ん?」
「今までで最高のネブレイドってなんだったの?」
「っ!」
それを聞くか。
私の分身、ステラ。
長い時間を掛けてたわわに実った果実。
それは同胞たちの手によって加工され極上のワインに成った。
色を楽しみ、香りを楽しんだ極上のワイン。
唯一、味わう(ネブレイド)事が出来なかったという点を除けばあそこまで心躍った時はなかっただろう。
しかし、
「さぁな?忘れてしまったよ。」
「えー。」
肝心なネブレイドが出来なかった以上含めるべきでは無いだろう。
しかし、それ以前のどのネブレイドもあの胸の高まりには及ばなかった。
ならば、どうして最高などと言えようか。
「だからこそ、私は期待しているのだよ。他のサーヴァント達に。」
「ああ、聖杯戦争だっけ?まさか、この痣がそんな楽しそうなことの参加券とはね~。」
そう言って龍之介は手の甲にある三画の令呪を掲げる。
「そうだ。そして、参加するのは名のある英雄達。ああ!どれほどのネブレイドが出来るのか?今から楽しみでならない!」
「どんなcoolなものが見れるのか。俺も楽しみだよ。姐さん!」
そして、静かな深夜の空気に二つの笑い声が響き渡った。