ひゅー……ひゅー……
薄暗い室内に酷くかすれた音が響く。
その元を辿れば一人の男が自身から流れ出た血だまりに身体を沈ましていた。
よく見てみるとその出血は喉からの物のようで、その傷から漏れた空気がこの音の発生源のようだ。
その傍らでは一人の青年が一本のナイフを手に笑みを浮かべていた。
「すっげぇ。豆腐でも切ったみてぇだった。マジCoolじゃん。」
青年、雨生龍之介の取った行動は単純だった。
インベーダーに頼んで作成してもらったメスを投擲し、それに相手が気を取られている間に近づきナイフを一閃。
サーヴァントの戦闘に夢中だった相手は碌に対応できずに血の海に沈んだ。
「……あれはお前の仕業か。」
「あれ?もう終わったの姐さん?」
何かが崩れる音と共に掛けられた声に龍之介が振り向くとインベーダーが大きく壁に開いた穴から出てくる所だった。。
その手に白の大鎌は無く、それは戦闘の終了を教えていた。
「中々に手強かったがあいつはサーヴァント。前に言った通りにマスターが狙われれば脆い。」
近くの血だまりに視線を向けながら発せられた言葉に龍之介少しの沈黙した後、ばつが悪そうな表情を浮かべた。
「……あー。俺やっちゃった?」
「まあ、殺(ヤ)ったな。」
「いやいや、まだ生きてる!一割くらい生きてるって!」
「つまり、九割方死んでるではないか。」
彼女としては戦闘に水を差されたのは少し残念だったが、飽くまでも目的はネブレイドであり、戦闘はその過程に過ぎない。
言わば食前酒のようなものだ。
有ればより楽しめるだろう。
しかし、無くても特に支障は無い。
寧ろ、ネブレイドによって把握した実力からあのまま続けていれば自身が敗北していた可能性も少なくなかった事を理解しているため。
軽く感謝をしたい位だった。
だから、その慌てる様子は少し滑稽であった。
「まあ、死んでいた場合は令呪を取り込めなかったから良かったがな。では、少しあっち向いておけ。」
「え~どんな感じなのか一遍見てみたいんだけど。」
「……なんなら自分の身体で体験してみるか?」
「後ろ向きま~す。」
「よろしい。……さて、食事の時間だ。」
……バキッ!ゴリゴリ。ブチブチッ!グチャ!グチッ!
・
・
・
「ふぅ。」
「……姐さん。質量保存の法則ってどうなったんだろうね?」
「説明できなくも無いが面倒だ。」
龍之介が振り向いた時にはパーカーの男が存在した証は血に塗れた衣服しか無かった。
「まあ、そっちはいいけど。それは何なの?エイリアン(ご同輩)?」
龍之介はインベーダーの成人男性一人が入ったとは思えない。
その滑らかなゲレンデのような腹部を切り裂き、中身を確認したいと猛る好奇心にこれから先に彼女と居ることで見られるだろう光景への期待で封をした。
最もその好奇心が抑えられなかった所で令呪の使い方すら知らない彼にはどうしようも無いのだが。
しかし、彼女が手に摘んだ某SFホラーに出てきそうな何かについては尋ねざる負えなかった。
「で、それはどうしたの?」
「こいつの身体を切り分けた際に飛び出してきたのだ。さすがに驚いて最初は叩き潰してしまったがな。」
そう言って彼女が指した場所には未だに蠢く肉片と円形に飛び散った赤い液体だった。
「この男の知識にこれの詳細があったよ。名前は刻印蟲。宿主の血肉を喰らって、魔力を生成する蟲らしい。」
そこまで言うと彼女は突然刻印蟲を床に叩きつけて、踏みにじった。
「うわ!どうしたのさ姐さん」
その余りにも突然な反応に驚いて、顔を向けて声を掛けた。
インベーダー自身も自身が取ってしまった行動に驚いているようだった。
「……少々消化不良が起きているようだな。」
「消化不良?」
「ああ。」
彼女は手を何度か開閉したり、首を回したりと身体の調子を確かめるように動かした。
その後、不機嫌そうな表情を浮かべた。
「前に言ったな。ネブレイドとは他者の全てを取り込むことだと。」
「確かにそう言ってたよ。」
「他者の全てとはその悲願や後悔すら含まれる。以前ならば問題にならなかったが」
「今は影響を受けちゃってるのね。」
「そう言うことだ。」
召喚される前の彼女なら何ら問題なく、この程度の思いは容易く飲み下せただろう。
しかし、今の彼女は生前に比べて遥かにキャパシティが足りなかった。
それは魔術師ですら無い龍之介に呼び出された事や星一つ滅ぼせる彼女を聖杯のシステムでは再現しきれないことなどが関係していた。
「だから食後の運動といこう。」
「食後の運動?」
「ああ、この程度なら想いが身体に馴染まで待つよりも、消化してしまった方が早い。幸いな事にすぐに終わりそうだ。」
笑みを浮かべて上着の内に手を伸ばす。
そして、引き出された彼女の手には鈍い輝きを放つ液体の入った試験官が握られていた。
「龍之介。お前の見たかった魔術らしい魔術を見せてやる。」
どこか楽しげにそう言うとインベーダーは試験管を傾けて中身を床に垂らしていく。
「――Fervor(沸き立て、),mei(我が) sanguis(血潮)」
床に落ちた中身は一度散った後に集まり膨張していく。
明らかに異常な膨張を続ける液体は楕円形を維持した状態で腰の辺り動きを止めた。
その異常な変化を除けば液体と固体、両方の性質を持ったこれは水銀のように見えた。
「何これ?メタ○スライム?」
「何だそれは?これはランサーのマスターの持っていた魔術礼装だ。」
――魔術礼装 月霊髄液。
水銀の質量を高圧力で放つ事で生み出される強力な攻撃、防御に触覚による索敵すら可能な高性能な礼装。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの魔術回路を取り込んだ事により使用可能になった。
ケイネスの切り札だった。
「Automat(自)oportu(律) defensio(防御) : Automat(自)oportum(動) quaerere(索敵) : Dilectus(指定) incursio(攻撃)――行くぞ。龍之介。」
パーカーの男。
間桐雁夜の記憶に従って歩みだすと月霊髄液がそれに従い。
さらにそれを龍之介が追った。