種はそう難しいものではない。
月霊髄液がインベーダーの姿を隠したところで真上へ跳躍、月霊髄液よりも一瞬早く天井に辿り着き天井を蹴った。
そうして、月霊髄液の囲いの中から脱し、翼を展開して天井を掠めるように滑空。
背後に降り立ちホワイトサイズを一閃した。
言葉にすれば、これだけのことだった。
ホワイトサイズを一振りするとその風圧に当てられたように頭部を失った胴体は床に倒れ伏した。
「下らん真似は辞めろ。」
彼女はそれを一瞥しホワイトサイズを持ち直しその胴体に向けた。
首が切り離されてヒトが生きているなどある筈が無い。
しかし、その瞳には背筋が凍りつきそうな殺意が込められていた。
「お前の息子から貴様の正体は割れている。」
「……喋りおったか。まったく、不出来な子供を持つと親は大変じゃのう。」
そんな言葉が切り離された頭部から聞こえたかと思うと身体がグズグズと崩れていく。
いや、違う今まではナニカの集合体がヒトの姿を模っていただけなのだ。
だから正確には元の姿に戻って行っているのだ。
その姿は今も月霊髄液を覆い隠している醜悪な蟲だった
それが重なり合い、縒り合さり、映像を逆再生するかのように人の姿になっていく姿はどう言い表しても醜悪だった。
「私も人間の醜さは理解しているが、貴様程はそう居なかったぞ?」
「言うてくれるのう。」
この短時間で外見は整えられても、中身まではどうしようも無かったのだろう。
その数え切れないほどに皺が刻まれた肌の下を虫が這いずり回っているのが見て取れた。
その姿のおぞましさに幾つもの惨劇を生み出し、楽しんできた彼女でも眉を顰めた。
「カカカ。あの愚息から聞いたのなら分かっておるだろう?儂を殺すのは手間じゃぞ?」
頭を潰されようとも、四肢を引きちぎられようとも問題はなく。
核といえる虫を殺さなければ殺害は不可能。
大鎌一本で始末するのは面倒だろう。
「儂もそこの桜も令呪は持っとらん。ここらで引いたらどうかのう。」
臓硯はこの侵入者達が雁夜を倒したにも関わらず、こんな奥まで来たのは注意深く他のマスターが居ないのか確かめに来たのだと考えていた。
それならば、自身と桜がマスターでない事さえ確認させれば帰るだろうと思っていた。
これは当然と言えた。
魔術師は基本的に合理主義者であり、倫理に反するなんて事では何かする事は無い。
飽く迄、魔術師としての最低限のルールさえ守っていれば面識も無い魔術師同士が殺し合うことなど無いのだ。
だから、
「勘違いをして貰っては困る。」
「……勘違いじゃと?」
だから、臓硯は正しく間違えた。
目の前の彼女の目的は他のマスターの殺害ではなく。
「私が欲しいのは貴様の無残な死に様だけだ。」
自分であるということを。
「さっきので分かった。貴様を殺すには相応の武器を用意する必要がありそうだ。」
彼女の右手を白光が包む。
現れるのはバーサーカーにも向けたホワイトキャノン。
しかし、それだけでは終わらずに重低音を響かせながら変形をし始める。
先端には三つに増えた銃口、フレームの下には増設されたドラムマガジン、冷却のためのホースが絡み付く。
それが臓硯へと向けられた。
「首を落としても死なないなら、死ぬまで粉々にするだけだ。」
「ま、待て」
銃身が回転を始め 臓硯の言葉をかき消すような連続した轟音が地下室を満たした。
「うおぉぉぉ!」
先ほどまで月霊髄液に張り付いていた蟲達が弾幕に飛び込んでいく。
そうやって少しでも本体への攻撃を軽減しようと足掻く。
しかし、その程度ではどうしようもなかった。
視界を全て埋める程の蟲達よりも閃光と爆音を背に直進する弾丸の数の方が一度にぶつかり合う数は多いのだから。
蟲達を貫き通した弾丸は目標に穴を穿ち、肉を削り取っていく。
彼女が弾丸を放つのを止めた時、その場で動いているのは慣性で空転を続ける銃身だけだった。
「マ……だ。マダ、死ネぬ……っ!」
--いや、まだ一つだけあった。
体に幾つもの火傷を負い、穴を開けたその身でまだ生き足掻く│蟲《ゾウゲン》が居た。
「……感心する程の生き汚さだな。」
数歩歩いて追いつき見下ろした。
例え、逃げ延びたとしても一時すら生きれないだろう。
それでも生きようとするそれに彼女は問い掛けた。
「お前は生きて何を成し遂げたかったんだ?」
「--何を?」
ひたすらに出口を目指して居た動きが止まった。
その楕円の体が捻られ、顔に当たるであろう部位が此方に向けられる。
「ワシは不老不死に成り。そして、」
其処まで言うと一拍の間が空いた。
何かに気づいてしまい、愕然としたように。
「ああ、そうじゃったワシは。」
視線が彼女の顔に向かう。
しかし、その視線は彼女を通して別人を見ているようだった。
「ユスティーツア。」
「まあ、知りたくも無いがな。」
その惚けたような視線は彼女が彼を踏み潰し、床のシミにしてしまうまで途切れる事は無かった。