人を温める最適な方法は人を使うことであると、私は思っている。
窓の向う側は、いかにも冷たそうな風に吹かれて、落ち葉が舞っているのが見て取れる。
その先に写る海も真っ黒で、もし私があの場所にいたら、このちっぽけな体の熱なんて、一瞬で吸い取られてしまうだろう。
だけど、そんな風景を目の当たりにしても、今の私はちっとも寒くない。
なぜなら、私の胸元には愛しの妹がいるからだ。
「村雨姉さんの手って、とても綺麗ですよね」
「ありがと。春雨の手はふっくらして柔らかいわ」
白露型駆逐艦五番艦『春雨』。
最愛の妹である彼女を、私はぎゅっと抱きしめる。
「やっぱり、春雨は温かいわね」
「そうですか?自分ではよくわからないですけど、はい」
それは体温だけが原因というではないのだろう。
彼女といると、心まで温かくなる。それは彼女の雰囲気が、そして私の彼女に対する想いが、そうさせているのだろう。
「確かに、春雨って温かいっぽい!」
「わわっ!」「おっと」
そんな私達の空間に、急にもう一人が割り込んでくる。
白露型四番艦『夕立』。
元気が取り柄の彼女は、春雨に前から抱き着いて頬ずりしている。
別にそれ自体は構わないのだけど、もう少し御淑やかにしてほしいと、思う。
現に、春雨もびっくりして、手をバタバタさせている。
そんな彼女を、私は背中から優しく支えてあげる。
「夕立、あなた蜜柑はどうしたの?」
「もう食べたっぽい」
視線を向けると、確かにテーブルの上には蜜柑の皮だけが広がっている。
早いわね。食べ始めて一分も経ってないんじゃないかしら。
「夕立姉さん。少し、苦しいです、はい」
「おっと、ごめんっぽい」
妹の控えめな抗議に、夕立が少しだけ距離を取る。
それでもニコニコしながら、私と春雨の方を見ている。
随分と、ご機嫌なようだ。
「夕立姉さん、今日はご機嫌ですね。何かいいことがありましたか?」
春雨も私と同じ感想のようだ。夕立にそう尋ねる。
「うん!あのねあのね、由良と今度一緒に買い物行くことになったの」
「由良さんと?」
「そう。新しいリボンを選んでくれるって!」
夕立が自分の頭を指し占める。
そこには、黒いリボンが結ばれている。
彼女は毎日リボンを付けている。それが出撃の日であろうとも。
だからだろう。潮風に晒され続けたそのリボンは、綻びが目立ち、色もくすみ始めているのがわかる。
「凄く楽しみっぽい!」
「姉さん、由良さんのこと大好きですね」
「大好き!」
あらら。そんなにお熱なのね。
それまでは、私と一緒で春雨と五月雨に構いっきりだったのに。
元々人懐っこい彼女だけど、ここまで一人に入れ込むことはなかったと思う。
それが恋なのか、そもそも恋というものを夕立が理解しているのか。
彼女の様子を見ただけではわからないけど、少なくとも一般的な好意よりも上の感情を由良さんに抱いていることは確かだ。
私は由良さんとほとんど面識がないのだけど、一体どんな女性なのかしら?好奇心をくすぐられる。
「みなさーん、お茶が入りましたよー」
そんな時、私達の元にキッチンから声が聞こえる。
声の発生源は、白露型六番艦『五月雨』。
この部屋にいる四人のうち最も末妹にあたる彼女は、四つの湯呑をお盆にのせて、こちらに歩いてくる。
「わ、わわわ……わっと!」
その姿はとても見ていられない程危なっかしい。別に一度に全部持ってこなくてもいいのに。
「あ、五月雨。お茶は私が持っぽい!」
夕立がそんな彼女を助けるため、私達の元を離れる。
そういえば、五月雨は夕張さんを通じて由良さんとも交流があったわよね。
後で聞いてみようかしら。
「ねえ、春雨」
「はい?」
でも、今はこっちの方が大事。
「私は春雨のこと、大好きよ」
言いながら、私はまた春雨をぎゅっと抱きしめる。
「えへへ。私も村雨姉さんのこと、大好きです」
彼女も笑顔で返してくれる。
でも、私と彼女の好きは違う。友愛と親愛は、近いようで遠いのだ。
「まあ、今はまだそれでいいかな」
「何がですか?」
「何でもいいの」
そう返して、私は胸の中の温もりをしっかりと堪能するのであった。