艦隊これくしょん―艦これ― 第2艦隊健在なり   作:瀬戸 信浩

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第2話

第5章

 

「本日1400時、敵の大規模艦隊がバシー沖で確認されました。確認時、このような針路を取っていたことが明らかになっています」

 3階の多目的室では机がロの字型に並べられ、各辺に2つのパイプ椅子が差し込まれている。入口から入って対面側では寺西が左側の椅子に座り、体を壁側に向けていた。壁には海図がプロジェクターで投影されており、明石が指し棒を持って説明している。入口入って左側には那珂と時雨、入ってすぐの側には五月雨と満潮が座っている。

 海図に赤い点線が描かれる。バシー島下方に近づくかというところで点線が止まった。

「敵艦隊の規模は、空母2隻、重巡2隻、軽巡2隻、駆逐5隻の大艦隊となっています、現在、敵艦隊は停止していますが、明日にはまた動き出すでしょう。その時の予想進路図は」

 赤い点線がまた線を創り出す。線がまっすぐに向かっていると、ある半島にぶつかった。

「カムラン半島」

 那珂がつぶやく。

「ええ、カムラン半島に向かう可能性が、かなり高いと思われています。早速、日本政府はカムラシア政府に対してこの情報を提供し、カムラン半島沿岸部での避難を提案しました」

 寺西が体ごと振り向く。

「避難の連絡はされているけど、避難までには時間がかかる。そこで我が日本海軍は絶対防衛線を引き、深海棲艦がこの線に到達する前になんとしても敵艦隊を撃滅する作戦”南1号作戦”を立案した」

 寺西がそう言うと、カムラン半島の海岸線に沿って黄色い線が結ばれた。

「今回の作戦に失敗は許されない。でも成功すれば、前回の作戦の失敗を取り返して、日本とカムラン間に輸送航路を作ることが出来る」

「ここまでが富山長官と話し合った内容だ 。そして、ここからは僕が考える作戦だ」

 寺西は立ち上がる。明石がスライドの次ボタンを押すと、横須賀を先端に絶対防衛線まで伸びる青い線が引かれ、バシー近海とカムラン近海の2箇所、ある地点に丸印がつけられた。説明を始める寺西の目つきが、少し鋭くなる。

「第2艦隊は今回も、海上自衛隊のくりはまを母艦に作戦行動を行うことになる。そこで第2艦隊は、夜間のうちにバシー近海でこれを叩く」

「夜の闇に紛れて奇襲を行うんだね」

 時雨が頷く。

「そうだ。勿論、ここで仕留めきるのが一番いいんだけど、そうは行かないだろう。そこで、こちらに一定以上の被害が出た場合、すぐに母艦へ退避する」

「えー、でもここで取り逃がしたら、絶対防衛戦までやすやす通り抜けちゃうよ―」

「そこで絶対防衛戦近辺のこの海域だ。ここで二度目の攻撃を仕掛ける」 

「なんでわざわざ2回に分ける必要があるのかしら。非効率じゃない」

「そこで明石の出番だ」

 寺西が目線を向けると、明石が胸を張って口を開いた。

「私が絶対防衛戦に到着するまでの間、みなさんを修理します!」

 明石と寺西以外の全員が目を見開いて、驚いた顔をする。

「え、そんなことが出来るの?」

 すかさず那珂が明石に聞く。

「ええ、私の艤装には艦艇修理施設が備えてあります。これで入渠施設がなくても、ある程度までなら修理することが出来ますよ!」

「と、いうことなんだ。だから、今回は明石もくりはまに乗船してもらって、絶対防衛線海域までの間、応急修理を行って再出撃という形をとることにした」

「そ。それなら異論ないわ」

「説明すべきことはこれくらいかな。後、質問や意見はあるかい?」

 寺西は皆を見るが、特に手は上がらない。

「ならこれまでにしよう。出港は4時間後だから、それまでに準備をしいておくように」

 全員が席を立つと手際よく多目的室を片付け、部屋を後にする。その時、寺西は明石に声をかける。

「明石、少し良い?」

「はい、なんですか?」

 心あたりがないのか、明石はキョトンとした表情で寺西のもとへとやってきた。

「建造の方はどう? 新たな艦娘は?」

「ああ、そうですね。最近は建造出来てないですね」

「そうか……やっぱり妖精さんたちがネックかい?」

「私達はどうすることも出来ませんから」

「……そうだね。戦力が増強できればと思ったんだけど」

「すいません……失礼します」

 少し気落ちしながら明石は出ていった。

「そうだよね、彼女に言っても何もならないんだよね」

 そんな明石の姿を見て、寺西も少し肩を落として多目的室を出た。

 

 『こちらアルバトロス3。敵艦隊を視認。くりはまからの距離30海里、方位080。予想進路上を毎時15ノットで航行中。現在確認できるのは、空母ヲ級2隻、重巡リ級1隻。軽巡ヘ級1隻、駆逐ハ級2隻』

 くりはまに乗船していた第2艦隊が甲板まで走る。艦内ではアラート音が鳴り続き、那珂たちが通った道の隔壁が次々、乗組員によって閉鎖される。

「周辺警戒を厳となせ! 彼女らの戦闘中に襲われたらひとたまりもないぞ!」

 艦橋では浅田艦長の指示が飛び、増員された見張員が目を皿にして周辺警戒にあたる。

「さてと、第2艦隊発進するよっ!」

「さすがに夜は暗いですね」

「今日は月が出てないから余計にね」

 バシー近海は暗く荒れている。艦艇の航行にはあまり向かない状況だが、夜襲にはちょうどいい天候である。第2艦隊を運んだ護衛艦隊は、スピードを上げてカムラン半島方面に海域を離脱してゆく。

「せっかくの夜襲だから、敵艦隊の針路左方から突撃して、魚雷全門斉射と同時に離脱するよ。その後、最接近と同時に同航戦に持っていって、一気にこれを叩くよ」

『夜のうちに敵空母は撃沈してもらえると、後の作戦進行が楽になるから、その方向でお願いするよ』

 無線越しに寺西の指揮が下る。

「そんなの、言われなくてもわかってるわよ」

「でも重巡がいるってことは、その重巡に気をつけないと。夜戦での重巡洋艦は戦艦くらいに侮れない」

「そうだね! 第1に空母、第2に重巡洋艦が重点目標かな!」

「了解です!」

 

 第2艦隊は予定通り、敵艦隊の左方から回り込んで、敵艦隊を発見した。敵艦隊は先程のヘリを視認したことで警戒しているようであるが、まだこちらには気づいていないようである。

「うーん、これだと近づいたら気づかれそうだね」

「見つからないうちに攻撃を仕掛けるか、見つかって命中率の高い攻撃を仕掛けるか。悩みどころだね」

「多少ダメージを被っても、明石さんがどうにかしてくれるなら、突撃しても良いんじゃないかしら」

「そうだねぇ、五月雨ちゃんはどう思う?」

「え、私ですか? 私は……私も満潮ちゃんに賛成です。一気に大ダメージを与えたほうが、反撃が怖くないかなーって」

「よし、じゃあこのまま突撃して魚雷を放つよ!」

「了解!」

 単縦陣で第2艦隊は敵艦隊へと突撃し始めた。敵機動艦隊もその動きで第2艦隊の存在に気づき、迎撃態勢を取る。

「那珂ちゃんの本気、見せちゃうからねー!」

 第2艦隊は魚雷を放つと、すぐに針路を反転させ敵艦隊から急いで離れる。しかし、重巡リ級は離脱する第2艦隊に主砲を放つ。こちらの魚雷は空母ヲ級2隻に命中。しかし、重巡リ級の砲弾も満潮に直撃した。

「くっ!」

「満潮ちゃん、大丈夫?」

 すぐに五月雨が陣を解いて、満潮の隣に寄る。

「まだそこまで大きな損傷じゃないわ。小破かどうか微妙なラインね」

『わかった。那珂、攻撃を続行してくれ』

「りょうかーい。満潮ちゃんもやる気だし、このまま攻撃しちゃうよ!」

「全く、頭にきたわ! あの重巡、何が何でも沈めてやるわ!」

「そうヤケにならないで。落ち着いて戦っていこう」

 今度は同航のまま、敵にジリジリとにじり寄る。今度は先に敵艦隊の一斉砲撃が行われた。しかし、距離を少し離していたからか、全弾命中せずに海へと落ちる。

「さあ、畳み掛けるよ!」

 今度はこちらの一斉砲撃。しかし、突如として悲劇が那珂を襲った。那珂が発砲した瞬間に第4砲塔が吹き飛んだのである。他の駆逐艦たちの砲撃はヲ級を直撃。甲板を貫通したのか、大きな火柱を上げて足が止まった。

「那珂さん、大丈夫かい?」

「うん、ちょっと筒発トラブルがあったみたい。でも、まだまだ那珂ちゃん大丈夫だもんね!」

「そうですか、大事なくて良かったです!」

 今度は行き足が止まった敵艦隊の進路を塞ぐように、丁字で第2艦隊は攻撃を仕掛けた。

息をつく間も与えぬ砲撃、敵の2席目の空母に砲弾が吸い込まれ、損傷が重なっていく。しかし、いつの間にか放たれた敵の魚雷が艦隊を襲う。

「きゃー!」

 悲鳴とともに、五月雨の横っ腹に魚雷が命中。そのまま船体中央部から大出火が起きる。

「五月雨、五月雨!」

「五月雨!」

 なんとか沈没は免れているが、五月雨は一気に受けたダメージによって気絶していた。

「長官! 五月雨が大破判定! 機関部に直撃弾!」

『分かった。第2艦隊は現時刻を持って……』

「待って!」

 那珂が叫ぶ。

「まだ……まだ撤退するには早い」

『何を言ってるんだ。くりはまに戻れば、明石が修理をしてくれる。今は撤退を』

「私が五月雨ちゃんを引っ張る。それで戻るよ。時雨ちゃん、旗艦を任せても良い?」

「本気かい?」

「もちろん」

「……分かったよ。このままじゃあ、後で割を食いかねないからね。満潮、良いかい」

「全く、むちゃくちゃするわね。でも、那珂さんが逃げる時間は死んでも稼ぐわ」

「死んじゃだめだよ―。後でまた叩く機会はあるからね。あせらないでね」

「わ、分かったわよ」

「長官、それでいい?」

 いつの間にか、寺西の唇からは血がたれていた。緊張と心配とで、自身が気づかないうちに握力と噛む力が強まっていたようだ。

『那珂、頼む』

「分かったよ。それじゃあ時雨ちゃん、申し訳ないけど頼むね」

「勿論さ」

 そんな中、敵艦隊の次の砲弾が飛んでくる。那珂が五月雨の盾になって砲弾を受け切るが、その体は傷だらけでもうぼろぼろだ。しかし、那珂は力を振り絞って海域を離れていく。

「さあ、そんなへなちょこ弾、全部避けきってみせるわ!」

「その言葉もあの化け物どもに通じてるかわからないけどね」

「威勢よ威勢」

 そのまま2隻は敵艦隊に突っ込む。砲撃を受けつつも、敵艦隊を挟み込むように航行し、

一斉に砲雷撃を見舞った。魚雷は次々に命中、空母は両艦ともに轟沈。重巡リ級も直撃弾を受け、大破漂流状態だった。

「流石にこれ以上は厳しいかな」

「ええ、まだ第2ラウンドがあると考えると、ちょっときついわね」

 2人も敵弾を受けて、中破状態まで追いやられていた。燃料もまた戦うことを念頭に入れると、少し心もとない量になっていた。

『ああ、2人とももう十分だ。すぐにくりはままで戻ってくれ』

「了解」

 2隻はそのまま敵艦隊と距離を取りつつ、くりはままで向かっていった。敵艦隊はその場を離れず、時雨と満潮を凝視しながら距離が離れていった。

「もう追ってこないみたいね」

「向こうも大損害だからね。このまま去ってくれると良いんだけど」

 

『海上自衛隊の哨戒機から連絡があった。空母が中心だったあの艦隊は、そのまま針路を東に向けたそうだ。おそらく空母撃沈が決め手になって、撤退したんだろう。今は第1艦隊が残存部隊の掃討に当たるそうだ』

「ふん、最初から第1艦隊が掃除すればいいのよ」

『第1艦隊は太平洋中心部まで遠征した帰りに、補給も受けずに向かったんだ。第1艦隊を責めることは出来ないよ』

「そうだね。大変なのはお互い様だね」

『そっちの様子はどうだい?』

「まあ、大方さっきの戦闘の時の報告どおりかな。那珂さんと五月雨が大破。僕と満潮は中破だよ」

「那珂さんと五月雨はすぐに入渠が必要な状況だったから、ゆうぎりに乗ってそっちに戻ってるところよ。くりはまの人に聞いたら、那珂さん、五月雨をタラップまで運んできた途端に気を失ったらしいわ。なかなか無茶してたみたいね」

「満潮もそういうときは無茶しちゃうタイプでしょ?」

「わ、私は……まあ悔しいけど、確かに否定はできないわね」

 椅子に座りながら、時雨と満潮は明石の修理を受けている。怪我はしているが、まだ戦意は旺盛だ。

「満潮ちゃんと時雨ちゃんですが、絶対防衛線海域まで修理を続ければ、ほぼ完璧な状態で送り出せそうです。結構ここから時間かかりますしね」

『ありがとう明石』

「いえいえ、私もこんなに身近でお手伝いできて嬉しいです!」

「痛い痛い! 明石、ちょっと力が入りすぎてるよ」

 時雨が明石に包帯を巻かれている右腕を抑えていたがる。

「ああ! ごめんなさい」

「それで、残りの陣容はどんな感じだったかしら?」

『あとは、重巡1隻、軽巡1隻、駆逐3隻の水雷戦隊だけだ。だけって言っても、今の僕らからすれば大艦隊だけどね』

「何、弱気になってんの! ここまで来たらやるだけじゃない!」

 満潮の気分が昂ぶって、勢い良く立ち上がるが、明石がなだめてすぐ戻る。

「そうだね。堅い空母が居ないぶん、だいぶ戦闘がやりやすいよ」

 時雨は落ち着いて答える。

『すまない。僕の立場上、逃げて帰れ! とは言えないんだ。よろしく頼む』

「ふふっ、普通の提督なら、そういうことも言わないんだけどね。まあいいさ。ボクたちは敵艦隊を止めて、なおかつ無事に帰投してみせるさ。ねえ満潮?」

「勿論よ! 私の目の届く範囲で、戦没は出さなあいたたたた」

 どうやら騒ぎ過ぎが傷に来たようで、満潮がうずくまる。

「けが人なんですから、無茶しちゃだめですよ!」

『それじゃあ時雨、改めてよろしく頼む』

「よろしく頼まれるよ」

 

 絶対防衛線海域まで護衛艦隊はやってきた。すでに満潮と時雨は艦を降り、海上で待機していた。

「さて、いよいよだね」

「ええ、こてんぱんにしてやるわ」

 太陽はもうだいぶ傾いており、敵艦隊が来るであろう東側からは、黒い夜と幾つかの気の早い星々がゆっくりと2隻の頭上へとやってきていた。

「なんかもう疲れたよ」

「何いってんのこれからじゃない」

「いや、ボクら二人だけかと思うと緊張してね。ここに来るまで緊張が解けなかったから、なんか疲れが溜まっちゃったよ」

「はあ、なんで戦う前にそんなくだらないことで悩んでるのかしら。あんた、そんな気の弱い感じじゃないでしょ。それとも何? 私が使い物にならないって言いたいの?」

「別に悩んでは居ないし、君は素晴らしい駆逐艦だ。でも、ただでさえ重巡を中心とした艦隊に挑むのに、こっちは戦力が半減はしてるからね」

「まあ、そうね。でも、私達2人にかかれば、あんな敵艦隊ヨユーよ、ヨユー」

「君はボクを買いかぶりすぎてる気があるよ」

『こちらたかなみ、敵艦隊を視認。方位060、距離40海里』

 時雨が腰に当てていた手を降ろし、満潮は組んでいた腕を下げる。

「さて、時間だね」

「はあぁ、もう待ちくたびれたわ」

「やっぱり君もくたびれてるじゃないか」

「ち、ちがっ、これは言葉の綾で」

「はいはい。早く行こう」

 時雨の目つきに殺気が乗る。満潮はまだ少しぶつくさ言っていたが、戦闘準備は万端だ。

「長官、僕達はこのまま反航戦で突っ込む。その後は状況次第だけど、おそらくまた同航戦になるかな。勝負は魚雷をどれだけ効果的に当てることが出来るか、にかかってる」

『分かった。艦隊を頼んだ、時雨』

「うん」

 そう言うと、時雨と満潮は一杯の速力で敵艦隊へと向かっていった。重巡リ級が砲撃しようとしたその瞬間、遠くから何かが着弾し、表面で爆発する。

「弾着、今!」

「どうだ?」

「敵艦艇に損傷認めず! やはりダメージを負っている様子がありません!」

「今はそれでもいい。彼女らは我々最後の切り札なんだ。たとえ目くらましに過ぎなくても、今はどんどん打ち込め!」

 護衛艦隊のたかなみ、おおなみ、やまぎりが深海棲艦艦隊に向かって砲撃していた。

「まずいな、護衛艦隊が離脱してないじゃないか」

「ここまで来たら仕方ないわ。早く奴らを片付けて、護衛艦隊に被害が出ないようにしないと」

 重巡リ級と軽巡ヘ級が砲撃で妨害されている隙に、時雨と満潮は敵艦隊に向かって砲撃を始めた。両艦の砲撃はリ級に見事命中。そして敵艦隊の砲撃が始まったが、リ級は護衛艦隊に向かって砲撃を行った。不運なことにやまぎりに主砲弾は命中。艦後部の喫水線付近に大穴を開けた。

「やまぎり被弾! 浸水発生!」

「すぐにやまぎりをカムラン半島方面に避難させろ。我々は被弾するまで砲撃を続ける」

「了解」

 時雨たちが敵艦隊の右横をすぎると、敵艦隊は取舵をとる。こちらも面舵を当て、同航戦へと移行する。魚雷の射程圏内に入り次第、すぐに魚雷を一斉発射した。白いアブクの線は一直線へと伸び、敵艦隊へ着弾はした。ヘ級は爆発で横に穴が空き、ダメージを追ってる様子だが、被雷したはずのリ級に変化がない。

「あれ、不発だったみたい」

「は? 不発?」

「まあまあ、そういうこともあるよ」

「それがなんで今なのよ!」

「それはボクに言ったって仕方ない」

「装備の点検をしっかりやってれば防げたんじゃないかしら!」

「分かった。後で反省するから、今は集中させてくれ」

「ふん」

 2隻は再び砲撃を始めた。しかし、敵艦隊の砲撃が運が悪いことに次々と命中。すぐに中破にまで追いやられる。

「やるじゃない、でもここで負ける訳にはいかないのよ!」

「流石に駆逐艦だと、ここまで耐えきるのはキツイかな」

「全く、また弱気に……」

 その時、リ級の砲撃が時雨を直撃する。口から血を吐く時雨。もう時雨の耐久は限界だった。

「何やってるの! 早く離脱――」

 そういう満潮にもヘ級の砲撃が直撃。大破してしまう。

「ここまで……なの?」

 痛みと悔しさとで満潮の目から涙が溢れる。しかし無慈悲にも、まだ砲撃していないイ級の砲は満潮と時雨を捉える。ゆっくりと閉じようとする目に、大きな影が落ちる。

「まだ諦めるのは早いです!」

 気を失わないようにと踏ん張っていたが、ついに気を失った満潮を支えたのは明石だった。

「私も第2艦隊のメンバーです! 仲間が助けを求めるなら、たとえ戦場の中であろうと、私は駆けつけます!」

「ごめんね明石さん」

 いつの間にか、飛ばされた時雨も近くまで戻ってきた。

「ボクらが装填するまでの時間が終わるまで耐えてくれ」

「ええ、任せてください」

 満潮と時雨をかばいつつ、明石は耐える。幸い、第1波は大きな損傷もなく耐えきった。

「さあ、喰らえ!」

 時雨と満潮、そして明石の砲弾が軽巡ヘ級に直撃し、ヘ級は爆沈した。

「せめてリ級は……!」

 明石は次の5隻による砲撃も、あと僅かのところで砲撃を避け続け、イ級の砲撃以外はなんとか避けきった。。

「まだ戦うつもりですか、あのリ級は」

「ごめんね、明石さん」

「大丈夫です。私はまだ小破ですから」

 次の砲撃の波が来る。リ級の砲撃はなんとか躱すことが出来た明石だが、同時に来たイ級の砲弾は胸元に直撃し、ふらついたところに残りのイ級の砲弾が直撃する。

「明石さん!」

 もう残り少ない体力を使って、明石に叫ぶ時雨。

「今がチャンスよ、時雨ちゃん!」

「う、はあああああ」

 もはや気力で立ち尽くすだけの時雨は、全身全霊を込めて砲弾を放った。砲弾はまっすぐリ級に直撃し、爆発を起こした。リ級はその爆発でぐったりとした姿勢を取った。

「明石さん、一旦距離を取ろう」

「え、でも相手はまだ浮いてるけど」

「いや、おそらく大丈夫だ」

 明石は半信半疑ながら敵艦隊と距離を取る。すると、じわじわと重巡リ級が海へと沈み込んでいくのがわかる。3隻のイ級たちは、こちらに向かってくることはなく、沈みゆくリ級の周りをぐるぐると回っている。

「ゆっくりとだけと、相手は沈んでいってるよ」

 リ級はそのまま時間をかけ、一体何を思っているのか、空を見上げつつ沈んでいった。

「さて明石さん、戻ろうか」

「え、ええ」

 沈みゆくリ級に目を奪われていた2隻は、リ級が沈んだのを確認すると、そのままくりはまへと戻った。イ級たちはリ級が沈むを見届けると、東の方へと行ってしまった。

「はあ、もうだいぶ気を持つのがきつくなってきたよ」

 明石の肩によりかかりながら航行を続ける時雨がつぶやく。

「いやいや、せめてタラップまで来てもらわないと、私一人じゃ2人運ぶのは大変ですよ~」

「そういえば、明石さんの大砲、一体どうしたんだい? ボクの記憶が正しければ、明石さんは大砲持ってきてなかったはずだけど」

「いや、実は那珂さんから副砲をこっそりお借りしたんですよ」

「ああ、それでか。あとで謝ったほうが良いね」

「ええ、そうします」

「ええっと、あとは」

「後はどうしたんですか?」

「そうだ、明石さん、避けるのがすごくうまいね。ボクも満潮も、さっきはびっくりしたよ」

「ああ、私も無我夢中でしたから、その集中力のおかげかもしれません」

「大変だ! 気を失ってるぞ!」

 いつの間にか、明石と時雨はくりはまのすぐ近くまで来ていた。

「担架出せ!」

「ああ、ついたかい。じゃあボクは少し休むよ」

 そう言うと、時雨はゆっくりと瞳を閉じた。

 

「作戦報告は以上になります。詳細な報告は後ほど」

「ああ、彼女らの回復を待ってからでいい。しかし」

 そう言うと、富山は背中を丸めて深く息を吐いた。

「これじゃあ、第2艦隊は壊滅状態だな」

「全く、そのとおりですね……」

「まあ、全員が回復し切るまで、作戦行動は控えるように。君たちは十分な戦果を上げてくれたからね」

「分かりました。艦娘たちを骨休みさせますね」

「ああ、それまでの間の穴は、こちらが責任を持って埋めよう」

「助かります」

「あと、お互い戦力増強したいねぇ」

 そう言って富山は頬杖をついて、ため息を漏らす。

「残念ながら、建造の状況は芳しくないと明石から報告が」

「いや、それはわかってるけどな。言いたくなっちゃうのさ」

 寺西は少しその言葉を聞いて目線を下げつつも、うんうんと頷いた。

「そういえば、護衛艦隊が新たな艦娘を回収したそうじゃないか」

「あ、はい。その報告は受けています」

「その娘は第2艦隊で様子を見てやってくれ。第2艦隊は第1艦隊より、戦力増強が急務だからな」

「……お心遣い感謝します」

「これからも頼むよ」

「分かりました」

 言い終わると、寺西は富山の執務室を後にした。

 

 満潮が目を覚ます。開けた視界に映るのは、木の天井だ。

「起きたか」

 満潮が声のする方に顔を向けると、そこには寺西の姿があった。

「サイッテー。寝てる女の子の顔を見るなんて」

 まだ寝ぼけているからか、体力が失われているからか、満潮の声に力がない。

「あ、ああ、ごめん。満潮のことが心配で見に来たんだけど、よろしくなかったか」

「ふん、あんたはもっと女性を扱うマナーっていうものを勉強すべきよ」

 体を起こそうとする満潮。しかし、彼女の全身に激痛が走り、歯を食いしばりながらまた体を横に倒す。

「だめだよ。まだ十分に傷は癒えていないんだ。無理に体を起こすと傷が開くよ」

「ええ、そうみたいね」

 ふと、枕元の台の上に満潮が目線を向けると、花瓶に1輪の小ぶりなひまわりが刺さっていた。その花をぼうっと見つめながら、満潮は尋ねる。

「作戦は……作戦は成功した?」

「ああ、作戦は成功だ」

 微笑む寺西。しかし、満潮の顔はまだ晴れない。

「時雨は……」

「時雨か? 時雨なら今朝、目を覚まして入渠施設の方へと行ったな」

「え」

 満潮が目を見開いて、まるで幽霊でも見たかのような驚きの顔で寺西を見た。

「時雨も戻ったの?」

「ああ」

 なんでここまで驚いているの分からない、という風に寺西は困惑した様子のまま、満潮の問いに答える。

「重巡リ級は中破。軽巡は沈没させたけど、まだ無傷の駆逐艦が3杯も残ってたのよ。私たちは満身創痍。あの時、私たちは絶対に助からなかったわ。何があったの?」

「あ、ああ、言い忘れてた。明石だ」

「え、明石……さん」

「そう。明石が君たちの盾になったんだ。それで時雨が重巡リ級にとどめを刺したんだ。明石は敵艦隊の一斉砲撃を3度、退けたんだ。戻ってきたときは中破状態だったけどね。だから全員戻ってこれたんだ」

「そう、そうだったのね」

「ああ、ああ」

 突然、寺西が右手で顔を覆う、しかし、頬を伝って涙がこぼれた。

「本当に、ほんっとうに良かった。誰一人と沈まず、帰ってきてくれて本当に、良かった」

「まったく、みっともないわね」

 そう優しく言って、満潮は天井に向き直る。目を閉じ、長く細く息を吐いた。また、寺西の方を向いたが、まだ寺西は肩を震わせながら泣いていた。

「ほら、ぐずぐず泣かないの。あんた司令長官でしょ」

 寺西は満潮に背を向けるとティッシュを取り出し、鼻をかんで涙を拭った。

「ああ、すまない」

 体を戻した寺西の目は真っ赤に充血していた。しかし、なんとか満潮に笑顔を見せる。

「全く。私達の司令長官が、こんなに甘ちゃんで泣き虫だったなんてね」

「いや、泣くことはめったにないよ。本とか映画で泣いたことはないし」

「いまのを見ちゃうと、それだけ聞いても、はいそうですかとはならないわよ」

「そ、そうか」

 少し恥ずかしそうに寺西は頭頂部をかく。

「まあいいわ。今回の作戦は、結果論だけど残念ながら良くはなかったわ。今回は作戦になかった、明石さんという要素があったからなんとかなったけど」

「そうだね、明石がいなかったら……」

「ま、考えたくもないわね。だから、今回のことはしっかり反省して、次以降に活かすこと。またつまらない作戦を考えたら、ただじゃおかないわよ」 

「あ、ああ、心に刻むよ」

「あと、那珂さんは戦闘中、めっちゃ忙しいんだから、あなたも戦術を学んで、戦闘中も私達が考える負担をなるべく減らすように努力しなさい」

「分かった。艦隊戦のこともしっかり勉強する」

「ええ、私からの文句はこんなところかしらね。あと、本っ当に明石さんが助けになったんだから、今後1週間位は明石さんを最大限敬いなさい。良いわね?」

「分かりました……」

「ん、それじゃあ」

 満潮はドアの方へ顎を向ける。しかし、寺西はキョトンとしたままだ。 

「私にも1人になる時間が欲しいの! 察して!」

「わ、分かった! 失礼するよ!」

 そう言うと、寺西は慌てて仮の病室を後にした。一気に部屋がしんと静まる。

「あーあ、司令官にはもっとデリカシーが必要よ」

 そう言って満潮は、花瓶に挿されたひまわりにそっと手を伸ばした。

 

 

 

第6章

 

 夜7時。夕食も終わって各々が自由な時間を過ごしているうちに、寺西は工廠へと向かった。工廠では夜になったにも関わらず、淡い黄色の光が窓から漏れている。

「失礼するよ」

「あ、長官ですか」

 作業が一段落していたのか、明石は手を休めていた。そして寺西が中に入ると、もう2人の先客がいた。

「司令官! お疲れ様です」

「あらあなたも来たのね」

 寺西がいつも座る壁際の丸椅子には、この前のカムラン半島海域で保護された睦月型駆逐艦の三日月と、第1艦隊の叢雲がいた。

「ああ、君たちもいたんだね。そこ、座ってもいいかい」

「あっ、どうぞどうぞ」

 寺西はゆっくりと丸椅子に腰掛ける。

「中佐就任、おめでとう」

「あ、私からもおめでとうございます!」

「あ、ありがとう」

 寺西はカムラン半島防衛戦での功績が認められ、晴れて中佐に昇進していた。

「そういえば、君たちはここで何をしていたんだい」

「さっきまで明石さんのこの前の武勇伝を聞いてたところよ」

「ぶ、武勇伝だなんてそんな」

 そう言って顔を赤くした明石は後頭部に右手を当てながら、左手をブンブン振る。

「いや、あの時の明石はすごかったよ。明石がいなかったら本当に今頃どうなっていたか」

「長官までそんな」

 顔を赤くしたまま明石はうつむいてしまう。

「そういえば、わざわざ工廠まで来てどうしたの?」

「ああ、実はその話にも関係するんだけど、一度明石には謝っておこうと思ってね」

「え、私、謝られるようなことしました?」

 ふいに明石の顔が上がる。

「いや、ほら、作戦前の会議中にさ、戦力を更に増やすべきだ! って明石に言っちゃったことを謝ろうと思ってね。あの時は君の立場や気持ちも考えずに、口に出して、明石には申し訳ないことをしたよ。本当にごめんね」

「え、ああ。そんなこともありましたね、良いですよ。私も気持ちは同じでしたから」

「それで、ここ最近、建造が工廠を遅くまで開いているのは、僕の発言のせいなのかなと」

「いやいやいや、それは全く違うんですよ。これは私が好きでやってることなので! すいません!」

 申し訳なさそうに頭を下げる寺西と慌てて訂正をする明石。

「似た者同士ってこういう時厄介ね」

「そ、そうですかね?」

 寺西は少しどうすれば良いかわからないのか、不審な挙動をした後、

「じ、じゃあ、僕はこれで」

 と言って、出口のドアへと向かっていった。

「あ、ちょっと待ちなさい」

 そう言って叢雲は寺西を呼び止める。

「え、どうしたんだい?」

「いえ、今の時間なら、運動場の前の岸辺に行ってみると面白いものが見れるわよ」

「ん、そうか。教えてくれてありがとう。行ってみるよ」

「司令官、お気をつけて!」

「ああ、ありがとう三日月」

 寺西はゆっくり工廠を後にした。

 工廠を出てきてそのまま運動場までやってきた寺西の耳に、海の方から艤装の駆動音が聞こえてきた。なんだなんだと思いながら寺西が岸辺へと向かうと、海上では五月雨が1人で航行していた。

「自主練習か? ……邪魔すると悪いか」

 そうつぶやくと、寺西は岸近くのコンクリートの段差に腰掛けながら物思いに耽る。夜の海に響くのは五月雨の旗艦の駆動音と波の音、そして鎮守府内の工事の音であった。

 現在、横須賀鎮守府は北東にあった空き地に新たな施設を建てているのである。富山は寺西に保養棟が建つという話はしていたが、中身がどうなるかなどの詳しい話は知らされていなかった。また、機密漏洩防止の為、鎮守府の入り口から工事現場までは作業員専用の通路ができており、通路と工事現場は仕切られているほどの徹底ぶりのため、工事の進み具合が分からなくなっていた。

 寺西がぼんやりとしていると、五月雨が彼に気づいて手を振った。寺西も答えるように手を振る。五月雨が練習をやめ、すぐ寺西のもとへとやってきた。

「お疲れ様、五月雨。自主練習かい?」

「そうなんです! この前の出撃で一番にやられてしまったので……」

「そうか……」

 気落ちした表情の五月雨に、寺西は言葉を続ける。

「あの戦いは本当に厳しい戦いだった。だから、そこまで気落ちする必要はないよ」

「はい……」

「でも、こうやって自主練習するのは、とても良いことだと思う。五月雨が納得するまで続けてみると良い。燃料も弾薬もちゃんと用意してあげるよ」

「あ、はい! もしかしたら、怒られるかもってちょっと思ってたんですけど、そう言ってくれると嬉しいです」

「頑張ってる子を怒ることは出来ないよ。でも、根を詰めすぎて他のことに支障が出ないようにね」

「はい! 気をつけます」

「うん、それで良し」

 2人が笑顔で向き合っていると、突然、アラーム音が鳴り響く。

『第2艦隊に発令。第2艦隊に発令。第2艦隊は装備を整え、速やかに出港準備を行え』

「敵襲か? すまない五月雨、出港準備よろしく頼む」

「了解ですっ!」

 寺西は駆け足で司令本部棟へと向かう。しかし、道中で同じ様に駆け足でやってきた富山長官と鉢合わせた。

「はあ、間に合った」

「富山さん、どうされたんですか?」

「緊急出港だ。カムラン半島にまたもや敵艦隊が接近しているらしい。申し訳ないが、ブリーフィングの時間も取れそうにない」 

「え、では無線で作戦会議ですか?」

「いや、中佐は内火艇で彼女らと一緒にくりはまへ乗艦してくれ。作戦立ては艦内で行ってもらう」

「わ、分かりました。どちらにせよ取りに戻るものがあるので、一度、司令部棟に戻ります」

 寺西は駆け足で司令本部棟へと向かった。

 

「さて、とりあえず、現状わかっている情報の共有と作戦立てを行う」

「寺西2佐。こちらが現在の情報になります」

 走ってやってきたくりはまの士官が、紙束を寺西に渡す。寺西はあまり1枚1枚に時間をかけずに内容を読み込んだ。

「うん、よし。実はカムラン半島に深海棲艦の艦隊が向かっている。この前の戦闘もあって、一斉攻勢に出るつもりらしい。残念ながら僕らの足では、どう頑張っても間に合うことができない。そこで、カムラン半島沿岸部で停泊しているであろう敵艦隊に強襲。相手が下手に動き出す前にすべて叩くのが今回の作戦だ」

「簡単に行ってくれますわね。この前の戦闘では、相当の苦戦を強いられたと資料にありましたわ」

 そう言ったのは栗皮色の制服を身に着け、ポニーテールで結ばれたマロンクリーム色の長い髪が特徴の、上品な女性だった。

「それだけ新戦力の君と、三日月を頼りにしているということだよ。よろしく頼むよ熊野」

「そ、そう言われてしまったら、頑張るしかありませんわね」

 熊野は最上型重巡洋艦の4番艦である。この中では最も武装の積載量が多く、寺西は彼女に期待を寄せていた。

「那珂ちゃんもパワーアップ! したからね。深海棲艦なんてイチコロだよ♪」

「はい! 提督からより多くの資材を提供してもらえるようになったので、那珂さんにも、ついに魚雷が装備できるようになりました!」

「真の那珂ちゃんの力、見ててよねっ」

「ああ、期待しているよ」

 力強く寺西が返答すると那珂は嬉しさが溢れ、鼻歌を歌いながら魚雷を放つポーズの練習をし始めた。

「敵艦隊の規模の詳細は不明。しかし、敵主力艦隊には空母2隻と戦艦1隻がいるそうだ。前回の戦いよりもまた更に厳しい戦いになる。だが、なんとしても生還して欲しい。僕からは以上だ」

「じゃあ皆、該当海域につくまで待機!」

 那珂の一声で会議は終了した。寺西は持ち込んだプロジェクターを片付け始めた。その片付けを手伝おうと、五月雨が傍にやってきた。

「早速、練習の成果を見せるタイミングがやってきたね」

「そ、そうなんですけど、まだ始めてそんなに経ってないので、もうちょっと後でも良かったかな、なんて」

「ははは、まあいいさ。この前活躍できなかった分、思いっきり暴れてくればいいさ」

「はい! 頑張っちゃいます!」

 

 護衛艦隊がヤンシン湾沿岸に近づいた時、熊野が計測室でじっと座っていた寺西に声をかけた。

「長官。私の偵察機が敵艦隊を捉えましたわ。方位250、距離60。予想通り、沿岸で停泊して艦砲射撃と航空機隊の発着艦を行ってます」

「うん、分かった。すぐ甲板に出よう」

 2人が甲板に上がると、第2艦隊の面々はすでに発艦準備を整えていた。寺西を見るなり、姿勢を整えて敬礼する。寺西は目に入る朝日に目を細めながら、彼女たちを眺めた。

「すでにヤンシン湾沿岸部で、沿岸砲撃と艦載機による爆撃が行われている。もう被害状況も分からない状態だ。――でも、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない。頼んだよ」

 少し間が空き、那珂が寺西の隣に来て、彼女たちの方を向く。

「じゃあ、出撃!」

「了解!」

 元気の良い掛け声とともに、彼女らはすぐ海面へ降り立つ。

「那珂! すまないけど、指揮を頼むよ!」

「まっかせてー!」

 今回は寺西が出張ってしまっているため、専用の無線機が必要な、艦娘たちとの交信は出来なかった。その為、寺西は戦闘指揮を那珂に一任することにした。

 護衛艦隊は敵深海棲艦艦隊からの攻撃を避けるために、すぐに針路を東にとって戦場を離脱していった。

「さて、この前こてんぱんにしてくれた仕返しが出来るね」

「三日月ちゃん大丈夫? 表情が固いよー。そんな時はスマイルスマイル! ほら真似して!」

「す、スマイルッ!」

 三日月は那珂に振られて、思いっきり笑顔をしようとするが、緊張のせいでこわばりが表情から抜けす、引きつった笑顔になってしまった。

「ほら、突然のことで困惑してるじゃない」

「いやいや、スマイルは元気の源だよ! 満潮ちゃんもスマイル!」

「なっ、私はやらないわよ!」

「五月雨、なんというか、出撃のときもいつもこうなんですの?」

 少し後方にいた熊野が五月雨に話しかける。

「敵艦隊が視認できるまでは、結構こんな感じですね」

「な、何と言うか、脱力してしまいますわね」

「でも、艦だった時代と違って、こうやって仲良く出来るのは嬉しいです!」

「いや、そうですけど……」

「そういえば、熊野さんは緊張しないんですか?」

「え、いえ、そこまでは」

 しかし、五月雨の言葉を聞いてか、熊野の手は小さく震えていた。それに気づいた五月雨は何も言わずに前を向く。

 ヤンシンを覆う黒煙が大きくなる頃、那珂が敵艦隊を見つける。

「敵艦隊を発見! うーん、戦艦と空母がいないから、警戒に当たってた水雷戦隊かな?」

 敵艦隊は、重巡1隻、軽巡2隻、駆逐3隻の陣容であった。第2艦隊が敵艦隊に向かっていくと、敵艦隊は9時の方向ヘ転舵。相手は丁字の形に持っていく考えのようである。

「相手をしている暇はないかな。右ヘ転舵して、敵艦隊の横を抜けていくよっ!」

「とおおぉぉう!」

 素っ頓狂な声を上げつつ、熊野が敵艦隊に砲撃する。しかし、熊野の砲弾は迷いなく敵重巡に直撃した。那珂の指示で右に転舵したため、第2艦隊は敵艦隊と反航戦の位置関係で戦闘に突入する。

「やりましたわ、やりましたわ!」

「熊野ちゃん、砲撃!」

 那珂の声で、ハッとした熊野は急いで転舵した。すると、重巡リ級からの砲弾が熊野をかすめ、振り返る熊野の視界に収まる前に、海へと飲み込まれた。

「す、すいません、当たったのが嬉しかったばかりに」

「次から気をつければ大丈夫だって!」

 そう言いながら那珂が砲撃すると、駆逐艦に砲撃が当たる。次に敵の軽巡洋艦がどちらも砲撃すると、熊野が直撃弾を受けた。

「きゃあっ!」

「大丈夫?」

 熊野のすぐ後ろにいた時雨が声をかける。

「ええ、ちょっとびっくりしましたけど、これくらいはかすり傷ですわ」

「それなら良かった」

 航路が最接近したところで、駆逐艦の砲撃と魚雷が放たれる。海に映る黒いシルエットがゆっくりと別れると、敵艦隊で一層大きな1本の火柱が上がって軽巡ヘ級が艦首から海へ没した。駆逐ロ級の内の1隻は大破炎上しながら傾きつつあった。

「このまま抜けるよ! 被害の状況は?」

「五月雨さんが小破されてるくらいですね。他の方の被害はほとんど無いです」

「ごめんなさい、避けようと思ったら、そっち側に軽巡洋艦からの砲弾が来て……」

「大丈夫だよ~。メインステージは、これからだからね!」

 そのまま艦隊は敵水雷戦隊が立て直す間を与えずに、沿岸部へと猛進してゆく。ヤンシン湾沿岸に近づくと、黒い入道雲が街を覆い尽くし、たまに血のように赤い亀裂が空高く落ちてゆく。

「敵艦隊が見えたわ。良いわね、まだ動いてる様子はないわよ」

「ええ、まだ沿岸砲撃を続けているようです」

「それなら一気に肉薄して、一網打尽にしちゃおう!」

「了解だ」

 満潮を先頭に後方に回り込んだ第2艦隊。敵艦隊が砲身を向ける前に、雷撃の一斉射を放った。まっすぐ敵艦隊を捉えた魚雷は、停泊中の敵艦隊を次々と襲う。気がつけば、空母ヲ級の内1隻は傾き始めていた。敵艦隊は機関始動し、陣形がバラバラのまま反撃を始める。

「五月雨、直上!」

 敵駆逐艦を砲撃していた五月雨を、敵の艦攻部隊が取り囲む。しかし艦攻部隊から放たれた魚雷は、五月雨の回避行動によって紙一重ですべて避けられた。

「大丈夫ですっ!」

 敵からの砲弾の間をすり抜けつつ、第2艦隊は砲撃を放つ。駆逐ハ級は那珂からの直撃弾が弾薬庫にあたり爆沈し、残りの艦から集中的に攻撃された戦艦ル級は、もう浮いているのが不思議なくらいまでダメージを負った。しかし、先程の敵水雷戦隊が合流し、こちらへ反撃を始めた。

「挟まれるとまずいね。みんな! 応戦しつつ挟撃を避けるよ!」

 日は完全に昇り、強い日差しが頭上から降り注ぐ。海は波に合わせて、日光を強く照り返す。

「三日月、あの戦艦ル級に雷撃!」

「はい!」

 時雨と三日月が同時にル級に魚雷を放つ。もう回避行動取るだけの足が無いル級は、叫びながら魚雷を我が身に受けた。そして、海の中へと呑み込まれてゆく、

「よし! 今の雷撃良かったよ」

「ありがとうございます!」

 第2艦隊は猛然と攻撃を繰り返し、敵艦が次々と黒い海ヘと沈んでいった。魚雷の直撃を受けて五月雨が退避しようとする頃には、あれほどいた艦艇群も、もはや5隻のみとなった。

「捉えましたわ!」

 熊野の20.3センチ砲が軽巡ヘ級に直撃し、軽巡ヘ級が一瞬で真っ二つになる。その光景を見て、これまでと判断したのか、空母ヲ級1隻と重巡リ級はすぐに海域から離脱した。大破したもう1隻のヲ級とハ級はそのまま放置される。

「時雨ちゃん、熊野ちゃん、五月雨ちゃんを連れて先に退避してもらえる?」

「分かったよ」

「満潮ちゃんと三日月ちゃんはそこのヲ級を雷撃処分してから、私と離脱しようね」

「わかったわ」

 満潮と三日月は動かなくなったヲ級に狙いを定めた。三日月は苦い顔をして、満潮はあまり表情はなく、しかし細く長く息を吐くと、魚雷を放った。那珂は何も言わず、至近距離で14センチ砲を当てた。

 

 那珂たちは合流地点へ行くと、すぐにくりはまへと回収された。頭上にある太陽が、お昼時までまだ少しあることを告げている。甲板には寺西と明石が待機していた。

「お疲れ様。被害は五月雨が大破している以外は、大きな損害はないかな?」

「うん! 那珂ちゃんもほぼ被弾してないし、他のみんなの損害も小破が最大だね」

「僕は1発も敵弾を貰わなかったよ!」

 時雨が嬉しそうに、胸を張って寺西に自慢をする。

「それはすごいね。さすがは幸運艦、といったところか」

「そういえば、このまま帰投するの?」

「いや」

 寺西が否定すると、艦内から浅田艦長がやってきた。

「あ、説明してよろしいですか」

「はい。ちょうどそのことを話そうとしていたところです」

「分かりました。本艦はこれよりフンイェン・ベイへと寄港し、救援支援物資を陸揚げします。すいませんが、艦娘の皆さんには、寄港中の警備をお願いしてもいいですか?」

 寺西が付け加えるように話す。

「警備任務は五月雨以外の艦娘に頼もうと思っている。とは言っても、哨戒機からの連絡も異常なしとのことだから、敵艦隊と遭遇することは無いだろう」

「那珂ちゃんは大丈夫だけど、みんなは?」

 他のメンバーも何も言わずに頷く。

「じゃあ、那珂ちゃんたちも出撃するよ」

「うん、よろしく頼むよ。護衛艦隊が港に接舷したら、交代交代で警備にあたってくれ。順番は那珂に任せるよ」

「では、私はこれで」

 浅田艦長はすぐに艦内へと戻っていった。

「護衛艦隊が警戒にあたっているから、時間はあまりないけど、寄港するまで休んでいていいよ」

「わかりました―」

 艦娘達はそう言われると、いそいそと休憩場所になっていた艦内食堂へと向かっていった。

 

 くりはま以下、艦艇3隻が港に寄港した。艦内の隊員たちはすでに物資の揚陸準備を進めている。港から見える都市はまだ黒く覆われているが、火は収まり始めているようである。港の上で待機中に装備を整える熊野に寺西が声をかける。

「すまない熊野。熊野だけ別任務がある」

「あ、あら、そうですの? 那珂さんにはこのことは」

「もう言ってある。これを」

 そう言った寺西は熊野に自衛隊の作業服と帽子を渡した。

「今、使われてない一室を着替えるために貸してもらった。着替えてまたここに戻ってきてくれ」

「わかりましたけど、一体何をするんですの?」

「……実は損害がひどかった、近辺の街の被害状況を確認しに行く。ヤンシン政府からの許可は取り付けたよ。ここから車で15分ほどのところだ」

「でも、それは本来、長官のお仕事ではないでしょうに」

「まあそうなんだけどね。でも、僕らが戦った敵がやったことだから、見ておきたいんだ。被害を受けた街がどうなっているのか」

 少し目を伏せて、しかし力強い意志を秘めた瞳を熊野は見た。

「まあ、提督一人では心配ですから、私も同行しますわ」

「ごめん。本当は一人で見に行くべきところなんだけど……」

「まあ、私も街がどうなっているのかは気になりますし。では、着替えてまいりますので」

 

 街はひどい砲撃と空爆に晒され、沿岸部は瓦礫の山と化していた。消防士が必死に消火している様子が見受けられるが、天高く上がる炎は消火の水を物ともしない。道の脇には人が座り込んでいるが、その殆どが呆然としているもの、それか泣いているものばかりであった。

 車が止まった。進行方向は倒れた共同住宅で塞がれており、ここまでしか来れないようであった。寺西はつばを飲み込んで車外へ出る。焦げ臭い香りとともに、何が焼かれているのかわからない異臭が漂い、寺西は眉をひそめ思わず口を抑えてしまう。

 重い足取りで道を塞いだ瓦礫のもとに向かう。木片やコンクリート片が散乱する中で、ボロボロの布地で巻かれた何かを発見した。中身は黒く焦げているが、頭の形からかろうじてそれが人間であったものであることがわかる。それを認識した寺西は足が止まり、目を見開き、右手で強く胸を抑えて、立ったまま体を丸める。

「だ、だいじょうぶですの?」

 心配した熊野が、不安げな様子で少し体をかがませ、寺西の顔を横から覗こうとする。

「あ、ああ、大丈夫だ。こういうのは、見るのは初めてでね。何と言うか、ショックがお大きいな、はは」

 少し笑うような声を出したが、顔に汗が滲み、苦悶の表情が見える。寺西は目をつむり、息を整えて姿勢を正した。寺西が視線を上げると、同じような死体が1つ、2つではなく、いくつもあることに気がついた。

「避難が間に合わなかったのか……」

「家から逃げ出すのに、色々持ち出す必要がありますものね」

「もしかしたら、学校帰りの子供と合流していたということもあったかもしれないね」

 瓦礫を見つめていると、運転手が寺西の方へとやってきた。

「揚陸、間もなく完了とのことです。そろそろお戻りください」

「ああ、ありがとう」

 2人は瓦礫から背を向け、車の方へと歩き出す。

「もし、あの亡くなった人たちの家族が別のところにいたら、彼らはどうやってこれからの人生を歩むんだろう……僕だったら、耐えられる自信がない」

「わかりませんわ。親しい者の死は、確かにその人の人生に大きな影響を与えますけど、それをどう受け止めるかは、彼らそれぞれで違うのではなくて?」

「そうか、そうだね」

「――でも」

 寺西が言い止まった熊野に顔を向けると、熊野は悲しさと苦しさが混ざった表情でうつむいた。

「私達の故郷である日本を、このようには絶対にしたくありません」

「……勿論だ」

 2人の背中には、黒いすすが薄くかかっていた。

 

 くりはまが横須賀鎮守府に寄港すると、寺西はすぐに富山長官の執務室へと向かった。すでに日は昇っており、もうそろそろお昼時分かなという時間であった。執務室へ入ると、富山長官の姿はなく、大淀だけが書類作業を行っていた。

「あれ、大淀さん、富山長官はどちらに?」

「富山長官でしたら、今は応接室で会議中です」

「ああ、そうですか。作戦の報告にあがったんですけど」

「それなら、そこのソファでお待ちいただいて大丈夫ですよ」

「では失礼します」

 寺西はゆっくりと腰をおろし、ふうと一息つく。

「お茶、お持ちしましょうか?」

「あ、お気遣いは大丈夫です。ありがとうございます」

 寺西がそう言うと、大淀は会釈して書類仕事に戻った。

 10分ほど経った頃、寺西は防衛作戦の疲れでうつらうつらしていると、突然ドアが開かれた。びっくりしたと同時に、寺西は半目ながら直立し、敬礼する。

「ご苦労様です!」

「お、寺西が来てたか、ちょうどいい」

 部屋に、50台中盤と思しき、長身ながらとても細身で、目の大きい神経質そうな雰囲気の男が入ってきた。

「久しぶりだ、寺西少佐。いや、今は中佐か」

「お、お久しぶりです、内田海将」

 内田海将。海上自衛隊で自衛艦隊の司令官をしている。日本海軍が組織されたのは、彼が自衛隊各幕僚および防衛省に強く働きかけた結果である。その為、日本海軍すべての責任を負っているのも彼である。

「報告は上がっている。最近は、南西海域で目覚ましい戦果を上げていると。これからも我が国のために努めてくれ」

「了解でありますっ!」

「そう、それと、先程富山には話したんだが、日本海軍に新たな人材が入ることになった。来なさい」

 内田海将がそう言うと、ドアの方から短髪で穏やかな表情をした、小柄な女性と、肩幅があって、全身ががっしりとした長身の五分刈りの男とが部屋に入ってきた。2人はこちらを向くと、敬礼する。富山が紹介を始める。

「2人は今日付けで横須賀鎮守府に所属になる、高盛少佐と難波少佐だ」

「高盛です。よろしくお願いいたします」

「難波です! よろしくお願いします」

「第2艦隊司令長官の寺西です。こちらこそよろしくお願いします」

「まあ、仲良くやってくれよ。あと、2人は新しく設けられる呉鎮守府に着任する予定だ。そのことも頭に入れておいてくれ」

「分かりました」

 そこまで話が進むと、内田海将が口を開く。

「私はここで失礼する。今後も活躍を期待している」

「お任せください」

 富山の返答に頷くと、海将は部屋を出ていった。

「提督。寺西中佐が作戦のご報告をしたいと」

 内田海将が出ていってすぐに、大淀が富山に伝える。

「あ、そうだ。じゃあ、報告を聞こうか。大淀、少し頼まれてもいいか?」

「何でしょう?」

「誰か暇そうなやつを捕まえて、2人の鎮守府内の案内をしてもらっていいか?」

「あ、はい。構いませんよ」

「すまんな。案内した子と一緒に、シュークリームでも食べさしてやる」

「ふふ、ありがとうございます」

 大淀は書類を書いていた手を止め、ふっと立ち上がって執務室を後にした。

「すまんが2人はそこの廊下で待っていてもらってもいいか? ちょっと作戦報告を聞かなきゃいけないんだ」

「分かりました。では難波少佐と一緒に、廊下で待たせていただきますね」

「失礼します」

 2人が執務室を後にする。富山は手に持った書類の束を机に置くと、ドカッと執務用の椅子に腰掛ける。

「いや、やっぱり新人と上司が来た時は疲れるな。特に精神的にな」

 そう小さな声でぼやきながら苦笑する。

「内田海将は特に考えが読めませんからね」

「あの人、表情もめったに変わらないから、分かり辛いったらありゃしない。さて、報告を聞こうか」

 寺西が作戦報告を話す。その間、富山は黙って彼の言葉に耳を傾き続けた。

「以上が報告です」

「なかなかの大戦果だな。被害も目立ったものは五月雨の大破くらいか」

「五月雨も帰還中に明石に応急修理をしてもらっていたので、復帰はそこまで長くかからなさそうです。他の艦娘達は今日これからと、明日の午前まで休日にしました」

「了解だ。ご苦労さん」

「あと、援助物資の揚陸中に、警備艦隊が艦娘を保護しました」

「そうか、また吹雪パターンか。艦種は?」

「まだ不明ですが、那珂の言うところによると戦艦ではないかと」

「そうか。彼女の様子は?」

「まだ意識はありません。しかし、損傷もないようなので、そこまで目覚めるのに時間はかからないそうです」

「よし、目が覚めたら、色々話を聞いてみてくれ」

「分かりました。報告はそんなところです」

「お疲れ様だった。今日はもう休んでくれ」

「はい、失礼します」

 寺西はフリップをパタリと閉じると、部屋を後にした。

「しっかりしてきたな」

 富山はニヤッとしてそう言うと、窓から刺す強い日差しを浴びながら、ぐっと一伸びする。

 

 空がやわらかな紅に包まれるころ、寺西は私室で本を読んでいると、ドアが優しくノックされた。

「はーい」

 そう言って、寺西はスタンドライトを消して花柄の付箋を本に挟み、ドアを開けた。ドアの向こうには那珂がいた。

「どうしたの? 夕食までまだすこし時間があるけど」

「いやー、実はね」

 そう言って那珂は廊下へと視線を向ける。寺西もドアから廊下を覗くと、そこには濃い藍色の短髪で、全体的に体が大きい、いま所属してる艦娘たちより大人びた印象を与える女性が立っていた。

「あー彼女、もう回復したんだ」

「そうなんだよー。とりあえず目が覚めたみたいだから、長官の元に連れて行ったほうが良いかな―って」

「うん、助かるよ、ありがとう。僕が挨拶するから、それが終わったら鎮守府の案内してもらってもいいかい?」

「いいよ!」

「さて」

 そう言うと、寺西は私室から出て部屋の鍵を閉めた。

「ようこそ横須賀鎮守府へ。僕は第2艦隊司令長官の寺西中佐だ」

「あなたが司令官なの……そう」

 虚ろな目の彼女が寺西の目の前にすっと寄る。何かつぶやいて、いきなり寄ってくる彼女に寺西は心中ビクビクしつつも、固い笑いを見せて右手を差し出す。すると山城はいきなり寺西の胸ぐらをつかんで顔を寄せた。

「姉様、姉様はどこですか? ここまで一度も出会ってないからとても心配なのだけれど、姉様がいないなんてことはないでしょうね」

 早口でまくし立てる彼女。しかし、首がしまっている寺西はそんな彼女の言葉を聞いている余裕が無い。

「し、締まってる……!」

 寺西の右手がバンバン彼女の左腕をはたくが、彼女は全く緩めない。

「姉様が……姉様がいない? うふふ、いないなら作ってしまえばいいじゃないですか。あなたはそれだけの立場ある人間なのでしょう? それなら姉様を作って」

「はい、ストップ!」

 那珂が力づくで寺西を引き剥がす。寺西は無理やり剥がされたため、その場で尻餅をついてしまった。

「あっ、はっ、ごほっ、ごほっ」

「長官、大丈夫?」

「はっ、はっ、なんとか、大丈夫」

「山城ちゃん! なんでこんなことするの?」

 那珂が山城を強く睨んで尋ねる。山城は斜め下に目をそらして言う。

「だって、私、姉様がいないなんて、考え、られないわ」

「だからって、会ったばかりの長官を、こんな目に合わせていいと思ってるの?」

 目をそらせたまま、山城は返事をしない。

「那珂、もういい」

 目元を抑えて寺西が立ち上がる。

「今回の件は不問とする。君は強い精神的ショックを抱えているみたいだ。だが、これから君は僕の部下だ。軍隊において、上官にこういうことをすることの意味はわかっているだろう?」

 山城は何も答えない。

「次、このようなことがあったら、然るべき処分を下す。いいな?」

 山城はだんまりを貫く。

「返事!」

 寺西の大声に、那珂も山城もビクッと体が反応する。

「わ、分かりました」

「よろしい。那珂、夕食までに鎮守府内の案内を頼む」

「わ、分かったよ」

 そう言うと、那珂と山城は階段を下っていった。寺西はぼんやりとつぶやく。

「満潮と那珂が来た時は、これは大変な新人が来たなと身構えたけど、山城はそれ以上だね……」

 

 

 

第7章

 

 工廠の外で男が2人と艦娘が1人、少し開けてある大きな鉄扉に寄りかかっていた。

「こういうのは何かと緊張します」

 腕を組んだ難波少佐が難しい顔をして、額に汗をにじませている。

「ああ、君の初めての所属艦になるからね。おそらく向こうも緊張してるだろうから、こっちは今のうちにちょっとほぐしておけばいいさ」

「そうですねぇ。私も目が覚めて初めて富山長官にお会いした時は、だいぶ緊張しましたね」

 寺西が左袖を少しまくって腕時計を見る。

「もう終わってるんじゃないか?」

「あ、ホントですね」

 明石が寺西の時計を覗き込む。ちょっとの接近だったが、寺西の肩が上がり、頬の血色が良くなった。

 その時、工廠の扉から一人の女性が現れた。高校生くらいの年齢であろうか、茶色のツインテールと真っ赤な服が特徴的な艦娘が現れた。

「これは驚きだ。君は空母かい?」

「そうや! うちの名前は龍驤。独特なシルエットやけど、艦載機を出せるちゃんとした空母なんやで! 期待してや!」

「お、よ、よろしくお願いします」

「彼が、君の司令官になる難波少佐だ。お互い仲良くね。そして僕は、彼の上司の寺西中佐だよ。何かあって、そのことが彼の手にあまるようなことは僕に相談してくれ。で、この子が僕の部下の明石だ。工廠で主に兵器の開発などをお願いしてる」

「明石です! よろしくお願いしますね」

「おおー、よろしゅうな」

 3人が龍驤と握手を交わす。寺西は建造を待ってる間にずれた、帽子をかぶり直す。

「しかし、最初の空母が難波少佐の元にやってくるとはね。期待が高まるね」

「いやいや、中佐の指導の賜物です」

「まあまあ、そんな謙遜せずに。じゃあ、本来ならこの横須賀鎮守府を難波少佐に案内してもらうところなんだけど、ちょっと作戦会議まで時間がないから、会議室に向かおう」

「了解しました」

「私も後片付けをしたらすぐに行きますね!」

 

 司令本部棟2階の会議室には、すでに第2艦隊全員の姿があった。寺西は入口入ってすぐのところでふと立ち止まると、軽く数回頷いて入り口正面の席に移動した。艦娘達を見回すと、どうしても山城に視線が集中してしまう。目はまだ死んだ魚のような目をしており、顔色もあまり良いようには見えない。隣りに座る時雨も、そんな彼女に直接は目を向けないが、心配している様子が感じ取れる。

 難波少佐と龍驤が椅子に座ると同時に、寺西が声をかける。

「じゃあ熊野、よろしく頼む」

「わかりましたわ」

 寺西がプロジェクターの電源を入れると、五月雨が部屋の電源を消す。寺西が笑顔で手をあげると五月雨も笑顔で軽く会釈し、席に戻る。入り口正面の壁に島々に囲まれた海の海図が出される。

「私たちの活躍により、カムラン半島との輸送ラインが限定的ながらも再開し、燃料の輸入が増えましたわ。ですが、この量でもまだ、自衛隊の護衛艦が全力を出すには量が足りないです。そこで海上自衛隊は、深海棲艦侵攻前まで産油地点として使われていた、東部オリョール海の調査を始めることにいたしましたわ。でも、東部オリョール海はまだ深海棲艦が海域を保持しています。そこで第2艦隊は、このバシー島を中心とした東部オリョール海にて制海権を奪取。産油地点の調査と事業再開のお手伝いをいたしますわ」

 熊野がパソコンの右矢印ボタンを恐る恐る押すと、ぱっと画面が海上の写真に切り替わる。

「え、えー、これが衛星? からの写真ですわ。今、オリョール海は深海棲艦に制海権を奪われて、海上自衛隊の偵察機も哨戒機も満足に飛ばせない状況ですの。でも、写真解析の結果、空母や戦艦が何隻か目撃されているとのことですわ」

 また熊野がパソコンの矢印ボタンを押すと、青い線が横須賀から南下し、オリョール海から少し太平洋の方まで出て行った。

「今回の私達の航路はこうなってますわ。少し長いですけれど、この作戦が成功すれば、オリョール海以西の制海権は私達が確保したも同然。戦略的価値は非常に大きいものになりますわ。あと、今回の01号作戦は私、熊野が旗艦を担当いたします。皆様、どうぞよろしくお願いしますわ」

「何か質問や意見はあるかい?」

「じゃあ、私から」

 そう言うと明石が立ち上がる。

「最近、敵空母との戦闘を行う機会が増え、対空脆弱性が指摘されていました。そこで、満潮、五月雨、時雨の3名の主砲を、新たに開発した10センチ連装高角砲に換装しました。これによって、主砲の火力はそのまま、対空力を増加する形になりました。また、新たに軽巡洋艦用の15.2センチ連装砲、魚雷搭載艦用の61センチ4連装酸素魚雷の開発に成功しましたので、それぞれ那珂、時雨に試験的に装備させています」

「分かったよ、ありがとう。今後も開発をよろしくね」

「勿論です!」

 明石が元気よく反応する。そんな様子を見て、寺西の口元も少しほころぶ。

「ウチはどうすればええんか?」

 龍驤が手を上げて寺西に聞く。

「君は鎮守府で待機だ。難波少佐と一緒に、作戦行動がどのように行われるか学んでほしい」

「分かったで」

「よし、他に何かあるかい?」

 そう寺西が聞くが、全員無言で寺西を見つめるだけだ。

「うん、それじゃあ早速出撃準備に取り掛かってくれ」

 

 横須賀鎮守府の係留ドックには、一門の主砲と大きなアスロックSAMが目を引く護衛艦やまぎりが入港していた。タラップ降りてすぐのところでやまぎり艦長以下、数名の士官が艦娘たちと寺西、難波を出迎えた。寺西がまず握手をして挨拶する。

「日本海軍第2艦隊司令長官の寺西2佐です。よろしくお願いいたします」

「海上自衛隊、やまぎり艦長の竹岡2佐であります。こちらこそよろしくお願いいたします」

 やまぎり艦長の竹岡2佐は鋭い目つきをした、厳しい雰囲気の人であった。少し、寺西は気圧されつつも、艦娘たちに指示を出す、

「よし皆、乗艦を始めてくれ」

「こちらの士官が案内いたします」

 竹岡艦長の横にいた3佐が、第2艦隊の艦娘たちの案内をしながら艦内へ入っていた。寺西はそんな彼女らを見送りつつ、竹岡艦長に尋ねる。

「前まで乗艦として使わせていただいていた、くりはまはどうかされたんですか?」

「くりはまは現在、新任務に対応するため、改装工事中という話を聞いておりますが、我々も詳しいところは把握しておりません」

「分かりました。ありがとうございます」

 竹岡艦長は敬礼すると、すぐにやまぎりへと戻っていった。寺西と難波と龍驤はやまぎりが係留ドックから離れるまで、彼女らを見送った。

 

 バシー島西部海域でやまぎりから出撃した艦隊は、バシー島北部を経由して東部オリョール海までやってきた。海はあまり波が立っていなかったが、空が一面曇っているため、赤道に近づいたのに気温はあまり高くない、長時間の作戦には適した天候だった。

『こちら寺西。状況は?』

「今はまだ敵艦隊を発見できていませんわ。これから沖ノ島方面に向かいますから、そこにいる可能性が高いですわね」

『了解。引き続き、作戦遂行よろしくね』

「わかりましたわ」

 熊野は目を細めて付近を警戒するが、敵艦隊は見当たらない。

「おかしいですわね。ここまで来たら、挨拶の一つもあって良いんじゃないかしら?」

「まあまあ。もしかしたら、太平洋側に出てるかもしれないしね」

「そうかなぁ? こっちが太平洋で大規模な作戦行動をやってるわけじゃないし、那珂ちゃんはあの沖ノ島辺りに敵艦隊がいると思うなっ」

 那珂の言葉を聞いて、熊野は腕を組みながら頷いた。

「那珂さんが言うなら、おそらくそうなのでしょう。沖ノ島近辺を特に警戒して、作戦行動に当たりましょう」

「偵察機でカバーできない範囲は、私達が頑張って見つけます!」

「その通りです!」

「まあ、目視で見える範囲は任せなさいよ」

 駆逐艦たちが目を皿にして見渡していると、那珂の動きが止まった。短い髪は潮風に吹かれ、優しくたなびいている。集中した様子の那珂が口を開いた。

「敵艦隊発見したよー。ここからの方位080で、後1時間で視界に捉えそうだね。規模は戦艦2隻、空母1隻、雷装巡洋艦2隻、軽巡洋艦5隻、駆逐艦2隻だね」

『空母が少ないのは助かる。全艦、単縦陣で080ヘ転舵。敵艦隊を正面から迎え撃とう』

 1時間後、敵艦隊が視界内に現れた。空母ヲ級はすでに艦載機を発艦している。

「対空戦闘用意!」

「さあ、新しく高角砲をつけた僕らの実力、見せつけるチャンスだ!」

 艦娘達が対空攻撃の準備をしているタイミングで、寺西から入電が入る。

『全艦、相手には高火力艦が多い。回避に集中しつつ攻撃してくれ』

「了解しましたわ」

 空母ヲ級から放たれた攻撃機隊が第2艦隊を襲う。それに対応して、駆逐艦隊が対空砲を一斉に放つ。しかし、何本かの魚雷が海へと放られた。

「満潮さん、魚雷来ます!」

「わかってるわ!」

 間一髪のところで満潮は魚雷を回避する。

「姉様……」

 そうつぶやきつつ、山城が敵艦隊へ主砲を撃つ。遠距離からの砲撃であったが、軽巡ト級に直撃弾が当たる。

「流石だね、山城」

「ええ……こんなところで遅れを取ってるわけにはいかないわ」

 敵戦艦2隻も砲撃を放つ。しかし、狙われた那珂と時雨はこれを安々と回避する。

「いくら、那珂ちゃんのことに目が奪われちゃっても、那珂ちゃんを射止めることは出来ないよ~。だって、那珂ちゃんはみんなのものだから!」

「大丈夫。この距離なら躱せる」

 距離が縮まり、熊野と那珂が砲を構える。

「那珂さん、正面のあのデカブツを狙いますわ」

「オーケー、タイミングは熊野ちゃんに任せるよ」

 よく的を絞り、熊野は思いっきり砲撃を放った。那珂も合わせて発砲する。両名の砲弾は風切り音とともに敵戦艦に襲いかかった。だが、直撃を受けても敵戦艦はびくともしない。

「タフだねぇ」

「倒れないなら、倒れるまで撃ち続けるだけですわ!」

 艦娘達は魚雷を発射し、敵艦隊の進路上から左方へ離れていく。魚雷は敵艦隊の何隻かに命中し、重雷装巡洋艦のチ級は大爆発を起こした。

「損害はいかがですか?」

「私が小破なんですけど、他は? 居ないの?」

 山城が皆を見渡すが、誰一人口を開かない。

「まさか私だけ食らっているなんて、不幸だわ」

「まあまあ、戦艦ですし、仕方ありませんわ」

 第2艦隊が回頭を始めると、敵艦隊も回頭し始めた。またもや反航戦の様相を呈する。激しく砲弾が飛び交い、次々と艦が炎を上げた。敵は戦艦1隻、雷巡1隻がすでに大破まで追い詰められていた。しかし、第2艦隊にも被害が出始めた。

「ぐあっ!」

 敵雷巡の放った魚雷が次々と時雨に命中。一度で大破状態までダメージを受ける。

「はあっ、はあっ――申し訳ないけど、お先に戦線を離脱するよ」

「ええ、わかりましたわ。後は任せてくださいな」

 砲撃しつつ、熊野は指示を飛ばす。

「全艦、面舵90度!」

 第2艦隊が90度で転舵をやめると、敵艦隊が180度の変転を済ませ、丁字の形になる。敵艦隊は急いで再び舵を切ったが、その隙を逃さず攻撃を叩き込んだ。この猛攻により、戦艦1隻、雷巡1隻、軽巡2隻の撃沈に成功する。

「あの赤い雷巡チ級、固いですね」

「どうも、ただのチ級と様子が違うようね。そうなると、あの赤い戦艦ル級も要注意すべきね」

 敵艦隊との位置が同航戦へと移る。敵軽巡洋艦の果敢な突撃により、山城と敵軽巡洋艦ともに中破まで追い込まれた。しかし、数も減った敵艦隊は次々となぎ倒され、軽巡2隻、駆逐1隻が海の底へと消えていった。

「まだやる気なの? 不幸だわ……」

 敵艦隊は最後の突撃の様相で、一気に舵を切って艦隊の隊列に突っ込んだ。三日月は雷撃と砲撃のダブルパンチで、空母ヲ級を沈没させることに成功した。

「や、やりました!」

 しかし、赤いオーラを纏った敵戦艦と雷巡の攻撃によって、熊野と那珂は大破させられた。

「イタタタタ、那珂ちゃん大ピーンチ」

「流石に、魚雷直撃は効きますわね。五月雨、旗艦代理お願いしても良いかしら?」

「わ、分かりました」

 痛手を負った熊野と那珂が戦線を離脱する。五月雨は手をぎゅっと握りしめて、つばを飲んだ。

「大丈夫よ、私達も手伝うわ」

「そうです! 皆で負担を分ければ、大丈夫ですよ」

 そう言って、満潮、三日月が五月雨の側に寄る。その時、寺西から入電が入る。

『五月雨、聞こえるかい?』

「はい! しっかり聞こえます」

『突然、交代してもらってすまない。だが、五月雨なら頼れるよ』

「そ、そう言ってくれると嬉しいです」

「何よ? 私の能力じゃ不満ってわけ?」

 機嫌を悪くした満潮が突っかかる。

『そうじゃないさ。満潮も十分頼れると僕は思ってる。でも、五月雨のほうが君より先に着任して、戦闘経験も多いんだ。それで五月雨になったんだけど……』

「分かったわ。それについては納得よ。で、これからどうするの?」

 不機嫌な口調のまま、満潮は腕を組む。4隻の艦娘たちは、再編成のために敵艦隊から一時的に距離をおいていた。

『五月雨。次の一斉攻撃を最後に、君たちには戦線を離脱してもらおうと思っている』

「え」

 意外な一言に五月雨は驚きが隠せない。

「また甘ちゃんの考えが出てきたの? アナタ何も変わってないじゃない」

 少し、寺西がその言葉に詰まったが、話を続けた。

『これ以上損害を出すと、敵艦隊がこちらを振り切って、撤退中の那珂、熊野、時雨を襲撃、さらに後方に控える調査船団と護衛艦隊を脅かす可能性がある』

「な、なるほど」

『そこで、五月雨、満潮、三日月、山城の4名は、これより最後の一斉射を行ってもらう。その時、敵戦艦に火力を集中するんだ。斉射が終わり次第、海域西側の敵戦艦の射程外に退避して、敵艦隊の被害状況を僕に知らせて欲しい』

 五月雨は胸に手を当て、深呼吸をする。

「分かりました。長官の作戦、お借りします」

「まったく」

「三日月、頑張ります!」

「……姉様に合うまで死ねないわ」

 黙っていた山城も五月雨のもとにやってきた。五月雨は意を決すると、真っ先に敵艦隊へと向かっていく。

「全艦、最大戦速!」

 五月雨に続くように、3艦も目一杯の速さで敵艦隊へと向かっていく。敵戦艦が砲撃を放つ。三日月はその弾道を見ると、機関に一杯鞭打って、出来得る限りの最大の速力で海の上を駆けた。すぐ後ろを正確に敵の主砲弾が着弾する。突っ込む艦隊の最後尾から山城が斉射を撃つ。砲弾たちはバラけながらも敵旗艦へと向かい、重い数撃が敵旗艦に叩き込まれる。 残された軽巡洋艦と駆逐艦の砲撃をかいくぐって、五月雨、満潮、三日月の3名は魚雷を放物線状に放った。水面を覆う水疱は段々と敵旗艦へと迫り、なんとか逃れようとする彼女を絶望へと追いやった。大爆発。彼女の背丈よりも高い火柱が上がったと思うと、あっという間に戦艦ル級は海上から姿を消してしまった。

「や、やったぁ」

「待ちなさい、まだ油断はできないわ」

 離脱しつつ、落ち着いた様子で五月雨を制する山城。その視線の先には残存艦たちの姿があった。

 旗艦を失った彼らは数分間、第2艦隊に近づかない程度で追跡を行ったが、すぐに引き返して太平洋方面へと引き上げていった。

「ちょうかん~、敵艦隊、引き上げていきました~」

 とても安堵した声で五月雨が通信を送る。肩も今はがっくり脱力されていた。

『そうか。敵艦隊が引き返すかどうかは賭けだったんだけど……上手く行って何よりだよ』

「ま、結果オーライね」

「なんとか撃沈できて良かったです!」

「……」

『こちら調査船団、指揮艦のしょうなんです。海域より敵艦隊が離脱したので、これより海洋調査にあたります』

『了解しました。日本海軍第2艦隊は一度やまぎりに戻り、休憩後すぐに調査船団の護衛を行います』

『よろしくお願いします』

『ということだ。申し訳ないけど、休みを取ったら今度は護衛艦隊とともに、調査船団の周辺警戒にあたってくれ』

「了解ですっ!」

『ただし、山城は損傷しているからやまぎり艦内で待機すること』

「……分かったわ」

 山城は眉をピクリともさせない乾いた表情で答える。通信を終えると特に会話もなく、そのまま第2艦隊はやまぎりへと戻っていった。

 

 結局のところ、調査中に深海棲艦が襲撃してくることはなかった。無事調査を終えた調査船団と護衛艦隊は、夕方に無事、横須賀へと帰投した。やまぎりも横須賀鎮守府係留ドックへと入港し、艦娘たちの下艦を行っていた。傷ついた彼女らを、寺西、難波、龍驤の3名が出迎える。ボロボロになった熊野が姿勢を正して敬礼する。

「第2艦隊帰投いたしました」

「お疲れ様。熊野の指揮のお陰で、間一髪で作戦が成功したよ」

 穏やかな表情で熊野を出迎える寺西に、熊野は安堵の吐息を漏らして微笑む。

「そう言っていただけると光栄ですわ」

 寺西が他のメンバーも見る。時雨、那珂、山城と大きな損傷を抱えた艦が多い。

「損傷した艦はすぐに入渠。損傷していない艦は装備を整え、休養に入ってくれ」

「了解」

 第2艦隊の艦娘たちはすぐにドックの方へと向かって歩いていった。

「熊野」

 そんな中、寺西が熊野を呼び止める。

「はい?」

 熊野が振り向く。

「報告はゆっくりしてからでいいよ。十分に損傷を直してから執務室に来てくれ」

「わかりましたわ」

 すぐに踵を返して、熊野は入渠ドックへと歩いていった。そんな彼女らを見守る寺西の後方から声がかかる。

「寺西2佐」

「はい」

 振り返ると、やまぎり艦長の竹岡2佐が立っていた。

「お預かりしていた第2艦隊、これで全員です」

「無事運んでいただいて、ありがとうございます」

「いえ、任務ですから」

 竹岡2佐はそう言うと、すぐにやまぎりの方へと戻っていった。寺西は敬礼をしつつ、やまぎりの出港を見送る。

「艦隊司令の仕事は大変ですね」

 同じ様に敬礼してやまぎりを見送る難波3佐がぼそりと言った。

「一番大変なのは、ああもボロボロになってまで戦わなければならない彼女らさ。彼女たちの苦労に比べたら、これくらい屁でもないさ」

 やまぎりはゆったりと銀波をかき分けて、鎮守府を後にした。

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