真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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思わぬ遭遇。

 力負けしたガブリアスが吹き飛ばされ、眠るように動かなくなった時点で勝敗は決した。シロナがすぐさまガブリアスに駆け寄ると、ガブリアスは申し訳なさそうに一声鳴いた。

 

 

 この勝負は、たとえ相手がチャンピオンであろうと元々こちらが勝って当然のものだった。シロナにこちらの情報など一切なく、チャンピオンであるからこそ逆にシロナさんの情報はほぼ筒抜けであったのだから。ポケモンの強さもこちらが上であることもレベル差を鑑みれば明白で、プレッシャーなく指揮する事が出来たのもそれが要因の一つだろう。そのレベル差も俺だけが把握している事だ。

 

 

 もっと上手く戦えていた筈だ。安直にムーンフォースを出さず温存していれば、ガブリアスを寄せ付けぬよう立ち回れていれば楽に勝てた。結局のところ肉薄していたガブリアスに仕切り直しを強いることが出来たのは、ハルジオンのマンパワー故であり、トレーナーの手腕ではない。同格同士の戦い、例えればレート戦のような戦いであればあの瞬間で敗北を喫していただろう。

 

 

 トレーナーとして、このポケモン達を率いるには実力が足りないのかもしれない。

 

 

 それでも、

 

 

「やったよー! 褒めて褒めてー!」

 

 

 この喜びを、一緒に共有してくれる。俺のことを信じてくれたハルジオンが耐えがたい劣等感を流してくれる。

 

 

「はいはい、これで満足か?」

 

 

 顎下の部分を、こしょこしょとくすぐるように撫でる。えー、思ってたのと違う! 等と言っているものの身体は正直なようで、ふにゃりと表情を和らげている。チョロい。

 

 

 ポケモン達を信じるのは当たり前だ。自ら厳選し、自ら育て、自らの考えうる限り最高のコンビネーションを生み出すパーティーを作ったのは、そう、紛れもなく自分自身なのだから。

 

 

 だが、それは酷く一方通行で自分勝手なものだ。無論、データだったポケモンだからこそ行えた事であり、神に祈りこそしたが、当然ポケモンに自分の事を信じて欲しいなど思ったことは一度もなかった。

 

 

 けれど、今は違う。互いに心を通わせなければバトルには勝てない。神頼みなど以ての外だ。もう一戦シロナと交えるならば、今のままであれば次は絶対に勝てないだろう。未知をアドバンテージにしていたのだ、同じ轍は二度踏まないだろうし、同じ手は二度と通じない。

 

 

「驚いたわ、想像以上よ」

 

 

「それはどうも」

 

 

 チャンピオンに褒められる。それは特別な事で浮かれそうになるが、真意を履き違えてはならない。褒められているのはトレーナーの俺ではなく、ポケモンのハルジオンだ。

 

 

 それが分かっていても、少し浮ついてしまうのは仕方がないだろう。才色兼備な美女に、こうも真っ直ぐ褒められる経験など短い人生の中であるかどうかさえ怪しいものだ。

 

 

「…………ケンさん、お疲れ様でした」

 

 

「お、おう。リーリエ……ちょっと怒ってない?」

 

 

「まさか。おこってなんかいませんよ?」

 

 

 嘘だ、あからさまに不機嫌すぎる。棒読みで目を泳がせている辺り、隠す気など毛頭ないのだろう。

 

 

「……………………デレデレしてる」

 

 

 ボソリと呟かれた一言は、背筋を凍らすには十分な毒を含んでいた。ジト目でこちらを見つめる天使には一体何が見えているのか非常に気になるところではある。

 

 

「あ、確かにデレデレしてる」

 

 

「お前らいい加減にしろ」

 

 

 されるがままになっていたハルジオンも、同じようにジト目でこちらを見つめ始めた。ただ、撫でられっぱなしのデレ顔なので威力半減である。

 

 

「貴女たち、その子のことよく見ているのね」

 

 

 私には全然分からない、といった風にシロナさんが呆れ顔をする。本当に美しい顔というのは、どのような表情でも様になるのだと再認識した。

 

 

「そ、それほどでもありません!」

 

 

 顔が真っ赤になるリーリエ、こちらも負けず劣らずかわいい。あとそれ褒められてないからね?

 

 

「ふふっ、お邪魔しちゃ悪いわね。それじゃあケンくん、また会いましょう」

 

 

 そう言ってシロナはガブリアスをボールに戻すと、代わりにトゲキッスを出し、流れるように空に消えた。

 

 

…………え、シロナさん帰っちゃった? ちょっと早すぎん? バトルについて色々話を聞きたかったんだけど。

 

 

 リーリエが脅しなどするはずもないので論外として、もしかしてハルジオンの圧力に負けたのか、とも考えたが現在進行形で掌に弄ばれてる此奴がそんな事出来るはずもない。シロナの用事は未だ未達成の筈なのだが……謎は深まるばかりだ。

 

 

「ケンさん、今日はここでゆっくりしませんか? ほしぐもちゃんに色んなポケマメを食べさせたいです」

 

 

「よし、ハルジオン集めてこい」

 

 

「えー、なんでこの女のために……」

 

 

 天使から休養せよと指令が入ったので、そちらに脳味噌をシフトさせる。シロナさんとはどうせもう会わないんだし深く考えなくていいや。それよりもリーリエの用事が最優先である。

 

 

「いやー残念だなー、これはハルジオンにしか頼めない大役なんだけどなー」

 

 

「三分間待ってなさい!」

 

 

 チョロい。ホントチョロすぎるぞこの邪神。素晴らしい笑顔で飛び出して行ったぞ。

 

 

「わたしたちも、一緒にポケマメ拾いましょう……ハルジオンさんに悪いですし」

 

 

 優しい、やっぱりリーリエは天使なんだなぁと再確認した。罪悪感なんて感じなくてもいいのにとは思いながらも、勿論二つ返事で了承した。

 

 

 

───────────────

 

 

 

 危うく、考え無しにリーリエとモーン博士を会わせるところだった。作戦を変更し、途中まで本気で集めようとしていたハルジオンに待ったの声をかけて、そこそこの量を散歩がてら採取した後ポケモン達に食べさせた。拗ねているハルジオンもちょっと可愛い。ただその攻撃実数値185(ちからづよいりょううで)で首をホールドするのはやめろ、それは俺に効く。

 

 

 結果としてリーリエに手持ちを全て晒した訳だが、意外にも、リーリエはウルトラビーストであるエルモやセレスをそれほど嫌な目で見ることはなかった。まあ嫌な存在に膝枕してもらう筈がないし、警戒しすぎたか。

 

 

 今回リーリエと初顔合わせとなったのは、シルキーだ。キュキュっと可愛らしくぴょんぴょん跳ねながらリーリエにじゃれつく(技ではない)と、すぐに仲良くなった。天使と戯れる小動物を見て、こちらも癒されたのだった……その癒しも、じゃれつく(物理技)を敢行して来たハルジオンを抑えつけながらだったのでプラマイゼロだ。

 

 

 日が暮れる前に何とかセレスに乗ってバレないよう元の場所へ帰り着き、その時点で超えたかった段差を突破。今は最寄りの8番道路にあるポケモンセンターで一息ついている。とんだ遠回りだった、飛んだだけに。

 

 

 だがまあ、目的は一応果たせた。ショートカットしなければミヅキ達と一緒に島を回らなきゃいけなくなるし、グラなんとかお兄さんとロイヤルドームで鉢合わせする危険も決して低くはない。あのお兄さんめんどくさそう……特にリーリエ関連だったら。

 

 

 手持ちを紹介できた点については、リーリエにこれ以上隠し事をしなくても良くなったと考えれば、今回の逃避行も悪くはなかったのかもしれない。

 

 

 一番の収穫は、ポケモンセンターにチェックインするのが遅れたおかげで、リーリエと二人部屋になった点だ。最高だ。もうこれ以上ハッピーな事はない。リーリエにおやすみとおはようを誰よりも早く言えるなんて、これ以上の誉れはないだろう。勿論ベッドは別だが、二段ベッドなのでリーリエの寝息を聞きながら眠る事が出来る。幸せだ。

 

 

 ちなみにジョーイさんからダブルベットを勧められたらリーリエが顔を真っ赤にさせて、ま……まだ早いです! とか言ってて鼻血出そうになり、危うく天に召してしまうところだったが、デレデレしてんじゃねえよとハルジオンの登場で全身が引き締められ、事無きを得た。おかげで一躍有名人になり、周囲5mに人はいなくなったが。

 

 

 与えられた個室に逃げ込むような形になったが、狭い部屋でリーリエと二人きりになれたのは島の住民グッジョブと言わざるを得ない。ハルジオンには絶対言わないけど。

 

 

 明日はシェードジャングルで何をしようか、と話を進めていると、きゅるるる、と可愛らしいお腹の音が聞こえた。またもやリーリエは顔を真っ赤にし、俯く姿に一つの様式美というものを感じ、堪能してご飯を一緒に買いに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 一緒にご飯を買いに行ったのが間違いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前……リーリエと何してる?」

 

 

「お、お兄さま!? どうしてここに!!」

 

 

 どうしておにいさまがいるんですかねぇ。あんた今頃ロイヤルドームにいる筈だろうが。どうしてフレンドリーショップで弁当選んでんだよ。

 

 

「そんなことはどうだっていい。それより、この男は誰なんだ?」

 

 

「初めまして! リーリエからグラジオさんの数々の武勇伝を聞き及んでおります。私はケンです、ククイ博士からリーリエの護衛として雇われています。今後ともよろしくお願いします!」

 

 

 リーリエに色々言われる前に、自分の立ち位置を明確にしておく。第一印象は大事だ、外堀を埋めるのはもっと大事だ。これで好感度爆上げであろう。

 

 

 まあ、数々の武勇伝、と言っても俺が知っているのはヌル持って非行に走ったことと、スカル団の用心棒をしている事だけだけど。本人はフッといって満更でもなさそうである。もしかしておにいさまってチョロい?

 

 

「……用心棒をしている、と言ったな。リーリエを護れるかどうか試させてもらう!」

 

 

 残念、チョロくなかった。しかも護衛と伝えたのにも関わらず用心棒に変換する辺り、厨二病の進行が思った以上に酷い。見た感じ16歳くらいだし、そろそろ高二病へ突入してもいいのでは無いだろうか。

 

 

 ここまでポーズを決めて、腰のモンスターボールを取ろうとして……店員さんとリーリエにジト目で見られていることにようやく気がついたようだ。

 

 

 何を隠そう、ここは店内である。決め台詞決めポーズを赤の他人にキメてこれは大ダメージだろう……と思ったが、フッ何やってやがる俺……等と言いながら俺の手を掴み外へ出た。誤魔化せてない誤魔化せてないから。

 

 

「……用心棒をしている、と言ったな。リーリエを護れるかどうか試させてもらう!」

 

 

 本日二回目だが、まあ本人に至って悪気は無いのだから触れないでおこう……ちょっと夕焼けとか言い訳にならないくらい顔赤いけど。リーリエとそっくりでちょっと萌えた。

 

 

「まずは様子見だ、ズバット!」

 

 

「」

 

 

 ズバットは何か言っているみたいだが、周波数が高すぎて聞こえない。おそらく決まった……みたいな顔しているお兄さまも聞こえていないだろう。

 

 

「シルキー、おいで」

 

 

「きゅきゅ!」

 

 

 俺にとって、シルキーとは初バトルになる。まあ前哨戦みたいなものだし今の戦術が通用するかどうか……まあ十中八九押し通せるだろうけど、確認作業はすべきだろう。

 

 

「剣の舞」

 

 

「噛み付く」

 

 

 シルキーの方が断然速い。小さい身体が美しく舞う姿は、龍の舞と比べても遜色ないだろう。纏っている布がドレスのように目を惹きつける。

 

 

「シルキー、剣の舞で翻弄してやれ」

 

 

 噛み付くために接近して来たズバットだが、シルキーの美しくも俊敏な踊りに付いて行けず、攻撃は外れる。

 

 

「くそ、もう一回だ!」

 

 

 ズバットがもう一度襲い掛かるが、レベルが違いすぎた。ゲームなら化けの皮くらい剥がせるだろうが、この世界ではそれすらも叶わない。

 

 

「シャドークロー」

 

 

 ようやくズバットが剣の舞に慣れ始め、正確に狙いを定めたところで指示を出す。シルキーは待ってましたと言わんばかりに荒々しく引っ掻いた。

 

 

 二回ほど積んだシャドークローは、物理特化クレセリアを一撃で葬り去れるポテンシャルを秘めている。ズバット如きが耐えられるはずもなく、ノックアウト。

 

 

「くっ、ヌル!」

 

 

「バルぅ!」

 

 

 次は切り札のタイプ:ヌルか。まあ敵ではないな。

 

 

「じゃれつく」

 

 

「回避に専念しろ!」

 

 

 無理だ。鈍足のタイプ:ヌルではシルキーに追いつけない。約2秒の逃避行の末、シルキーのフェイントに引っかかったタイプ:ヌルはボコボコにされて宙に放り出された。流石に今ので戦闘不能だろう。呆気なかったが、レベル差が開きすぎているし当たり前か。

 

 

「……驚いた。こんなにも強いトレーナーとポケモンがいるなんて」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 安心して妹さんを俺に任せてください。

 

 

「俺の完敗だ。リーリエをよろしく頼む」

 

 

「お兄さま、どこに行くんですか?」

 

 

「……少し、頭を冷やしてくる」

 

 

そう言ってポケモンセンターに行く辺り優しい。流石はリーリエのお兄さまだ。

 

 


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