真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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積もる話。

 盲点だった。まさかグラジオの借りてるモーテルがすぐ近くにあったなんて。わざわざロイヤルドームからここまで戻ってくるなんて無駄すぎる努力しやがって、おかげでリーリエと一緒に一夜を過ごす計画が台無しだ。

 

 

 その時は確かに、リーリエも積もる話があるだろうとかなんとか言って快く送り出したが、冷静になってみれば酷く惜しいことをした。もしかすると、一夜限りのチャンスだったのではないかと絶賛後ろ髪を引き千切られる思いで一杯である。

 

 

 しかし、三カ月くらいはリーリエと離れ離れだったという境遇を考えると少し同情した。もしもリーリエの兄になれたなら、四六時中一緒に生活し、お邪魔虫を皆殺しにし、近親婚の許される国を探す或いは樹立させるまである。彼の身に起こった悲劇を思うと胸が張り裂けんばかりだ。

 

 

 ……と、リーリエのために帝国を創り上げる妄想をしたところで、マスターボールが開いた。まあいつもの邪神様だろう。今夜は徹夜しないって伝えなきゃな……その前に寝たフリをダメ元で試しておこう。

 

 

「…………起きてる?」

 

 

「…………起きてるよね?」

 

 

「……………………えーと、セレスティーラのボールはど「はいはいハルジオンさん! 今起きましたから!」

 

 

 こんなところで10m級の鉄案山子を出してみろ、三回建てでも屋根が吹っ飛ぶぞ。

 

 

「ふふ、押してダメなら引いてみろってね!」

 

 

「ガンガンいこうぜの間違いじゃないのか……」

 

 

 成功したのがよっぽど嬉しかったのか、目の前でクルクル小躍りする小さな邪神に溜め息が自然と出ていた。いちいち可愛いのもモヤモヤする要因の一つだろう。

 

 

「んで、今回は? 言っておくけど夜通しは無しだぞ?」

 

 

「わかってるって! ……昨日はほんとにごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………ハルジオンが、謝った???

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日の天気はリュウセイグンか……?」

 

 

「ちょっ! そ、そこまで言わなくてもいーじゃない! ……あたしだって、少しは責任を感じてるし」

 

 

 この邪神に良心なんてあったのだろうか、と今までの行動を振り返るも特にそんなエピソードはない。どういった風の吹き回しだろうか。

 

 

 だが、これはチャンスだ。何が原因かは知らないが、引け目に感じている事を利用してマウントを取れそうだ。

 

 

「そうだな、いきなり気絶するくらい酷使させられたんだからなぁ」

 

 

「そう! だから、疲れないよう養ってあげるね!」

 

 

…………何を言っているんだこの邪神は。

 

 

「いや、いきなり言われても話が見えないんだけど」

 

 

「だから!! あたしが責任持って面倒みるから!!」

 

 

「俺はペットか何かかな? とにかく、そういう話はノーセンキュー…………いやちょっと待て、話くらいは聞いてやろう」

 

 

 あまりに激動の連続すぎて感覚が麻痺していたが、この世界では地に足のついていない立場だったな。戸籍もない、実績もない、職もない……俺、リーリエの旅が終わったらどうなるんだろう……

 

 

 少しだけ、ポケモンバトルで食って行くかとも考えたが不安定すぎる。ククイ博士の研究を手伝うのもやぶさかではないが、原作から持ってきた知識はいずれ底をつくだろう。ついでに150万円も数年で底をつく。やばい、この世界の成人年齢低いだろうから補助金も宛てにならない。

 

 

 そう、最悪の話だ。バトルで生計を立てられたり、正式な博士の助手になりさえすれば問題はないのだ。だから、ちょっとだけ話を聞いて楽そうだったらそちらの方にシフトするだけ。異世界で邪神相手にヒモ生活も悪くない。これでラノベ書けそうだな。

 

 

「えっとね、普段は貢ぎ物ときのみで生活して……」

 

 

「おい、その貢ぎ物ってどこの誰が……あっ」

 

 

「一日中、遺跡の中でゆったりのんびりと暮らすの! 身の回りの世話はメイドがやってくれるから大丈夫!」

 

 

「おい、そのメイドってどこの誰……あっ」

 

 

 あれ、これって実質ライチさんに養ってもらうのでは……?

 

 

「いざとなったら遺跡を増築して、念願のマイホームも!!」

 

 

「ハルジオンさん、少しばかり俗に染まりすぎなんじゃ……」

 

 

「違うもん!ちゃんと勉強したんだもん!」

 

 

 その手には最早飾りとも見て取れる膨大な量の付箋がついた、何度も読み返され擦り切れた結婚情報誌があった。色々メモしてある辺りどこの誰かのものだろう。ハルジオンがそもそも字を書けるかどうかなど知ったことではないが、十中八九どこの誰かのものだろう。いとあわれなり。

 

 

「でも、人間のオスってこういう頼れるメスが好きなんでしょ?」

 

 

「頼れるのは島クイーンなんだよなぁ」

 

 

「もしかして、浮気?」

 

 

「……浮つくも何も俺たち恋人でもなんでもないからな?」

 

 

 危ない危ない、一瞬凍える世界が発動した。あれおかしいな、目覚めるパワーは炎だったよな。どうして身体が震えてるんだろう。

 

 

「じゃあ、恋人を通り越して夫婦って事?」

 

 

「…………思ったけどさ、どうしてお前は俺に執着するんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを口に出して、瞬時に後悔した。冷や汗が目尻を辿り網膜を刺激する。蛇に睨まれた蛙のように、それを拭うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……本気で、言ってるの?」

 

 

 

 

 

 

 

「そっか。今まで聞いてこなかったから分かってるって思っちゃってた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あたしの全ては、ケンのものだから」

 

 

 

 

 

 ぞくりと、何かが這い回る感触が背筋に絡みついた。

 

 

 

 

 

 

「ケンに捕まえられてからケンのためにいっぱいトレーニングもしたしケンのためにポケマメもきのみもふしぎなあめもふしぎな料理もたくさん食べたしケンのためにすごいとっくんも乗り越えたしケンのために技もたくさん覚えたしケンのために何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!!死ぬような思いでバトルして倒し倒され磨耗してそれでも一緒に頑張って勝利の美酒も敗北の泥水も共に分かち合ってきて…………」

 

 

 

「その愛情が」

 

 

 

「ケンが、あたしの全てを変えちゃった」

 

 

 

 

「ケンがいなくなるなんてアローラが沈んだって考えられない。ケンがあたしの全てだから。」

 

 

 

「でも、不幸にもケンは人間という短寿の生き物……命を燃やして生きてるのもケンの魅力的なところだけど。それでね、()()()で考えたの。ケンがいなくならない方法を。限られた時間を最大限に使ってケンと一緒に世界を終える方法を」

 

 

 

「……人間って、社会を持っているのに特定の相手だけで番を持つポケモンでもない変な生き物だって知ってた? 愚かだよね、短命で脆弱、その上一匹しか孕めないのに独占欲だけは一丁前」

 

 

 

「そんな強欲で愚かな種族に、ケンは絶対に渡さない」

 

 

 

「……そんなに顔を痙攣らせちゃって可愛い。ケンだけは特別だから大丈夫。ケンは聡明で器も大きいし当たり前だよね」

 

 

 

「……もしかして、過激だと思った? でも、こんな風に思ってるのはあたしだけじゃないよ。セレスティーラだってセントエルモだって思ってる。産まれた瞬間からケンの子供だった子たちはそんな風に思わないだろうけど……でも羨ましいな、ケンから全てを与えられて成長するなんて考えるだけで幸せだよね。でも幸せすぎて平和ボケしてるっていうか、ケンを盗られるっていう危機感がないみたい……話、逸れちゃったね」

 

 

 

「勿論、ボックスの中にいるアザレアもヒマワリもアジサイもジェリーもシルバレもプロテンもキリコもアバドンも、みーんな、ケンのこと大好きだから安心していいよ」

 

 

 

「でも、一番大好きなのはやっぱりあたしかな。他のどのカプよりも早く捕まえられたし他の誰ともボールも違うし他の誰より一緒にバトルもしたし他の誰より愛情だって感じられた。金の王冠を使ったのもあたし、一番敵を倒したのもあたし。誰にも負ける気がしないのもあたし」

 

 

 

「特に、ケンに関してはね、誰にも一番を譲りたくない。今までも、そしてこれからも、あたしはケンの一番の矛で、盾で、伴侶でありたいの」

 

 

 

「……そんなに強張らないで、ケンは自然にしてる方が素敵だよ?」

 

 

 

「何かの間違いでこの世界に来ちゃった時はどうしようかと思ったけど、帰りたくなったらこの世界のアルテミスを探せばいいよね。ケンも知ってるだろうけど、あの子、世界を渡る力があるから」

 

 

 

「あっちの世界だとケンはほとんど喋らなかったよね。表情も無機質みたいだった。でも、この世界に来てから、まるで命を吹き込まれたように言葉を話して、表情を変え、感情の起伏も見てとれるようになった。恥ずかしいけど、一瞬ニセモノかと思っちゃった……でも、ちゃんと、あたしの名前を呼んでくれた」

 

 

 

「すごく、嬉しかったな」

 

 

 

「だから、この世界ならケンと番になれるって思ったの。だからこうやっていっぱいアプローチして、馬鹿みたいに嫉妬して、そっと寝込みを襲ってるの」

 

 

 

「分かった? あたしも責任を取るけど、ケンも責任を取らなきゃダメだからね?」

 

 

 

「だから、目を逸らさないで」「あたしたちを、あたしだけを見て」「もっと愛して」

 

 

 

 

「聞いたからには、絶対に逃がさないんだから」

 

 

「……逃すつもりもないんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、話って何?」

 

 

「詳しくは知らないんだけどさ、ポケマメが大発生してるみたいなんだよ」

 

 

「ポケマメって?」

 

 

「ポケモンと仲良くなるために、アローラでは古来からきのみのように使われて来た食べ物の事さ」

 

 

「そう……でも、貴女が深刻そうな顔をする理由が見当たらないわ」

 

 

「その大発生前に、ある予兆があってね……この写真を見て」

 

 

「綺麗な空ね……これは、UFO?」

 

 

「そう。でも、あたしにはこのシルエットに心当たりがある」

 

 

「……それが本題?」

 

 

「バカンスに来てるところ悪いけど、頼めるかしら?」

 

 

「別にいいわよ、貴女には色々お世話になってるし」

 

 

「ありがとう、助かるわ。それ実はポケモンなの」

 

 

「ええっ! 本当に? こんな形の空を飛ぶポケモン、古代の文献にも載ってないわ。飛行機の間違いじゃないの?」

 

 

「もし本当にポケモンだったら? チャンピオンとしてバトルしてみたくない?」

 

 

「んー、でも相手してくれるかしら……」

 

 

「大丈夫、そのポケモン、多分トレーナーを乗せて飛んでるよ。トレーナー自身も聡い子だからね、その事について言及すればバトルしてくれるわ」

 

 

「そういえばアローラってそらをとぶを使うのは原則禁止だったものね……どうしてそこまで詳しいのに、貴女が調べないの?」

 

 

「……あたしじゃ、見極められなかった。でも、あんたはチャンピオン。他の誰でもないあんたじゃなきゃ、彼を、ケンを止める事が出来ないかもしれないの」

 

 

「ふーん。ケンくんね……彼にも、未知のポケモンにも少し興味が出て来たわ」

 

 

「島を管理しているモーンって人がいるから、そこで泊まって待ち伏せしてて。島にターゲットが向かったら連絡を入れるわ」

 

 

「了解、後で色々聞かせてもらうわよ?」

 

 

「あたしも聞かせてもらうさ」

 

 

 

 

 




ニックネームは実際に使用していたものです。何がどのポケモンなのか想像してみてください。

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