真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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評価は勿論の事ですが、やっぱり感想もモチベ上がりますね。どしどし送って書かせてください。


食事のレポート。

 ハルジオンの独白(きょうはく)は、俺の心に深く刻まれた。これだけ熱烈に愛を語られたのもそうだが、一番衝撃だったのはLv100まで育てた準伝ポケ全てがハルジオンのような偏愛を持ち合わせている可能性があるという、その一点に限る。

 

 

 いったい誰が予想しただろうか、効率良くテンプレ通りにポケモンを育てたらこんな邪神が産まれるなど。これは対策がどうとか後悔するしないの問題ではなく、ある種仕方ないものだったのかもしれない。そもそもポケモンの世界に入り込んだ事自体がイレギュラーだ。潔く諦めよう。

 

 

 しかし、実際問題これを拗らせた対応で済ませば世界を巻き込む大戦争が勃発してしまうだろう。アローラが海に沈む日もそう遠くないのかもしれない。

 

 

 あれだけ思いの丈をぶちまけたハルジオンは、珍しく疲れて眠ってしまった。非常に手慣れたように腕枕を強要するのを見るに、模範的な常習犯であることが窺える。

 

 

 仕方ないので一緒に布団を被る。今のハルジオンに反抗しても、無事で済むヴィジョンも成功するヴィジョンも全く見えない。ここは時間をかけて解決策を模索するのが最適だ。幸い、ここまでのアクションを起こしているのはハルジオンのみ。他のポケモンからプレッシャーの類を感じないため、ゆっくりやっても問題ないだろう。

 

 

 ハルジオンの暖かい寝息を肌に感じながら、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケンさーん、起きてください!」

 

 

 微睡みの中、福音が聞こえた。薄っすらと目を開けば、そこには可憐な天使が一人。ここは天国か……と真剣に自分の生死について問い詰めたところで、リーリエがジト目でこちらを見つめているのに気づいた。

 

 

「…………随分と、ぐっすり気持ち良さそうに寝てましたね。いつもと抱き枕が違うからでしょうか?」

 

 

 ポケモンを懐に抱いて寝るのは、この世界ではマナー違反なのだろうか。自分が抱き枕にされてないため今回の寝心地は悪くなく、ハルジオンの体温が逆に安眠を促したと言ってもいいだろう。この抱き枕に高評価を付けていいかもしれない。

 

 

「夫婦だし当然よね! これからもいっぱい一緒に添い寝してあげるから!」

 

 

「ふふふ、この薄汚れた抱き枕さん……一回綺麗に洗濯してあげましょうか?」

 

 

「……なに? やる気なの?」

 

 

 なにやら、この狭い一室で天魔界戦が始まりそうな予感がする。

 

 

「それより! どうしてリーリエがここに? お兄さんはどうしたんだ?」

 

 

「あっ、そうでした。実はおにいさまのモーテルで朝ごはんを作ったんです。よければ、その……ケンさんに食べて欲しくって……ダメ、ですか?」

 

 

「ありがとう、喜んでいただくよ」

 

 

 是非もない。寧ろ、どうして断るかと思ったのだろう。天と地がひっくり返っても有り得ないというのに。

 

 

「ふーん、姑息な点数稼ぎなんて無駄だもんね。こっちには優秀な召使いがいるんだから!」

 

 

「お前それポイント駄々下がりだからな……?」

 

 

 逆にライチさんのポイントが急上昇だが、それを言えばコ二コシティごと地図から消えて無くなりそうなので心の中に仕舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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 モーテルへの移動中、ボールに戻る気などさらさらないハルジオンがいつも通りに首根っこにしがみついていると、ある一人の勇敢な……無謀とも言うが……観光客がシャッターを切ったことで、黙っていて正解だったと思い知ったのだった。

 

 

「すっげー! ホンモノのカプ・テテフだ! 」

 

 

 まあ撮られるよなぁ、神様だから罰当たりだとか日本人以外の人間って考えないのかも、等と考えていたが、周りの反応を見る限りだとそうでもないように感じた。

 

 

 ジョーイさんも、現地住民の皆さんも顔を真っ青にして慌てふためいているように感じる。高々写真を撮られた程度でどうしたというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「無礼者め」

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬感じた殺意と共に、カメラが消えた。

 

 

 

 

 正確には、カメラを持っていた両手ごと握り潰したかのように圧縮された。と表現した方がいいだろう。どういう原理があるかは知らないし知りたくもないが。

 

 

 滴り落ちる血を見たのか、銘々に悲鳴があがった。周囲はさらに響めきを広げ、緊張が高まる。

 

 

 ただ、一番叫びたいであろう渦中の彼は無音だった。よく見れば大粒の涙を流し怯えたようにこちらを見ている。口は縫い合わされたように閉ざされたままで、端からツゥっと垂れる出血がみられた。

 

 

 あ、これ全身サイコキネシスの刑だな。とここでようやく勘付いた時には、彼の意識は既になかったようだ。糸を切られたマリオネットのように泡を吹いて倒れ込んだ彼を、ジョーイさんたち医療スタッフが担架を持ってきて奥へと担いで行ったのだった。

 

 

「……なんて言ったの?」

 

 

「次は命を奪うって」

 

 

 どうせ指向性のテレパシーで罵詈雑言を捲し立ててるだろうなぁとカマをかけたら、シンプルにキツいこと言ってた。正直ちょっとちびりそう。

 

 

「……そこまで写真が嫌なのか?」

 

 

「写し身をいっぱい作られるなんて気持ち悪いから無理。あたしは、唯一無二のあたしよ」

 

 

 邪神様のどうでも良さそうなプライドで両手を無くした彼に黙祷を捧げた。ハルジオンに治療を頼んだところで素直に聞いてもらえるとは思えない上、治したところでカメラ弁償しろなんてつけあがられても困る。

 

 

 あれ、こんな事出来るんならシロナのガブリアスなんて余裕だったのでは? とも考えたが、ただ単にバトルの真似事でもしたかったのだろう。あれだけ俺の事を狂愛してるのであればやりかねない。聞かない方が吉と見た。

 

 

「ケンさん、置いていきますよー?」

 

 

「……リーリエさんメンタル強すぎない?」

 

 

「ふふ、鍛えてますから」

 

 

 あー、これも聞かない方がいいやつだー。

 

 

 

 

 

 

 

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 モーテルでリーリエとグラジオが出してくれた食事は、どこの国かは知らないが洋食スタイルのもので日本人の俺には新鮮味があった。

 

 

 モーテルの扉を開けた隙間から吹き込んだパン屋のような芳醇な香りから既に期待以上だったが、テーブルには色とりどりのジャムと専用の陶器に入ったバター、チーズとサラミのようなものを散りばめられたシーザーサラダ、どこかの映画で貴族が食べているのを見たことがあるような半熟卵を専用のスタンドに乗せたもの、一際目立つ巨大な瓶には既視感のあるラベルが貼ってあるモーモーミルク。グラジオが奥でぐったり横になっているのを見るに、リーリエの入れた意気込みがよくわかった。

 

 

「リーリエ……パンは、そこの、オーブンに……入ってるから、後は頼んだ」

 

 

 その言葉を最後に、グラジオは寝息をたてはじめた。ちょっと消耗し過ぎじゃないですかね?

 

 

 というより、モーテルにオーブンなんて置いてあるのか。と思ったが、よく見れば電子レンジと兼用のようだ。電子レンジの隣には表面を焼かれるために待っているバゲットが山のように積んである。

 

 

「おにいさま、ありがとうございます。ここからは私に任せてゆっくり休んでくださいね」

 

 

 グラジオがサムズアップのハンドサイン。はよ寝ろ。

 

 

「それにしても凄く豪華だな、めちゃくちゃ手が込んでるんじゃないか?」

 

 

「そうでもありません。私たちの故郷では、あまり火を使わないような手間のかからない朝食が基本ですから」

 

 

 手間のかからない、という言葉に納得しかけたがグラジオが瀕死である事と整合性が取れない……あれ、このモーモーミルク、確か新鮮さを売りにしていてこの前買えなかったタイプの奴だ。

 

 

 ……この様々なパンの種類もフレンドリィショップでは買い揃えられないし、そもそもサラダに使われている新鮮な野菜やチーズなどを流浪人のグラジオが持っているとは考えづらい。

 

 

「おにいさまにも、ほしぐもちゃんにも頑張って貰ったので大丈夫ですよ」

 

 

 ボールからぴゅいぴゅいと声が聞こえた。どうやらコスモッグもお疲れの様子。ここまで気合い入れなくても、リーリエの焼いたトースト程度で十分以上の満足感は得られたのになぁ。

 

 

 と言うより、ここまでのものが出てくると逆に怖くなってくる。どんなものを対価に要求されるのだろう? 俺は果たして明日まで地に足がついているのだろうか? 人生、山あり谷ありと言うが、今を絶頂と例えるならば下に待つのは奈落だろう。今から落ちるのが怖い。

 

 

「ふーん。人間のくせに中々頑張るわね。食べてあげてもいいけど?」

 

 

 この後に及んでまだこんな事を言うのか。無言でマスターボールを取り出そうとしたが、それよりも早くリーリエが返事をした。

 

 

「是非食べて欲しいです」

 

 

 条件反射レベルで早い返事だったが、ここまでハルジオンを好いていたか甚だ疑問である。もしかして裏でイチャコラやってるのではと、ハルジオンに対し疑いの目を向けてしまうがすぐに霧散した。コイツにそんなことする余裕はないのを、既に身を以て体感済みだ。

 

 

 何より、リーリエの言葉に温かみが籠っていないのである。顔と声は笑っているが、四六時中リーリエを見続けていた俺には分かる。目だけが笑っていない。

 

 

「え、それじゃあ、食べよっかな……」

 

 

 ハルジオンもタジタジである。少し見ないうちにリーリエに対して弱くなってないか? それとも気のせいだろうか。

 

 

 何はともあれ、せっかくリーリエが用意してくれた朝食だ。頂くことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 最高だった。その一言に尽きる。

 

 

 

 シーザーサラダは冷たい水に浸されていたように程よい低温で、それが脂っこいはずのチーズや肉を絶妙に和らげ、旨味だけを際立たせている。色とりどりのジャムも、焼きたてのパンに合うようなものばかりで食事が終わる最後まで飽きることはなかった。ハルジオンはパンとモーモーミルクで満足してしまう程。スタンドに立ててあった茹で卵はこれまた絶妙な半熟加減であり、塩加減もリーリエの調理スキルの高さが伺えた。

 

 

「すごく美味しかった……さて俺は代償に何を失うんだ……?」

 

 

「何言ってるんですか……でも、ケンさんがここまで喜んでくれて嬉しいです!」

 

 

 こんなおもてなしを用意してくれたにも関わらず、笑顔でこんな事言ってくれるリーリエたんマジ天使。錯乱しすぎて本当に天使に見えるくらい天使。

 

 

「美味しかった! また食べたい!」

 

 

 ハルジオンもご満悦のようだ。といっても、こいつパンしか齧ってなかったけど。

 

 

「ふふ、いつでもとは言いませんが……ケンさんに頼まれたら断れませんね」

 

 

「えーほんと? ケンーまた食べたいよー」

 

 

 悲報、邪神様食い物に釣られる。

 

 

「馬鹿野郎、ここまで揃えるのにどれだけ手間暇かかってると思ってんだ」

 

 

「確かに、毎朝焼きたてのパンをエーテ……取り寄せるのは難しいですね。でも、ケンさんが喜んでくれるならへっちゃらです! これでシェードジャングルでも頑張ってくれますよね?」

 

 

 なるほど、今回は冒険前の鼓舞が目的だったのか。効果覿面すぎて一日中頑張れそうだ。まあなにか致命的な言い間違いをした気もするが、おそらくは気のせいだろう。よくあることだ。リーリエも疲れてるんだろう。

 

 

 そんな些細な事よりも、リーリエがここまで尽くしてくれることに全身全霊の感謝を示さねばならない。

 

 

「リーリエ、少ないけど受け取ってくれ。今回はありがとう」

 

 

「え、いいですよ別に! わたしはケンさんに喜んで欲しくて作ったんですから!……それにこれくらいじゃ足りませんしね」

 

 

 リーリエはボソッと呟いて、差し出した手をそっと下ろした。

 

 

 あーれれーおっかしいなー、俺の手には十数万円くらい握られてるんだけどなー。

 

 

 さーて、シェードジャングルにはいったい何が待ってるんだろうか。果たして十数万円以上の働きができるのだろうか。もう疑問しかなかった。

 

 

 

 

 


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