真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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動き出した。

 リーリエとの特訓が終わり、ジョーイさんにポケモンを預けた後は適当なカフェでディナーを楽しみ、そのまま二人部屋にチェックインした。

 

 

 リーリエは二人きりの空間に慣れ始めているようで、おやすみなさいと言葉を交わした五分後には小さな寝息が聞こえてきて驚いた。自分が言うのもなんだが警戒心を持って欲しい。

 

 

 まあ仕方ないか。一日歩き回ったり、ポケモンバトルをしたりと体力を消耗してかなり疲れていたのだろう。俺も寝

 

 

「むかえにきたよー」

 

 

 寝たかった。おかしい。どうして三行前に書かれたことを無視してやってくるのだろうか? ジョーイさんはどうした? 管理がガバガバすぎるのでは?

 

 

「預かってもらってるはずなのに! って顔してるね……アタシに逆らえる人間が、このアーカラ島にいるわけないじゃない」

 

 

「それもそうでしたね」

 

 

 こんなんでも神様みたいなものだからね、しょうがないね。

 

 

 軽くアローラの神話体系を恨みながら、よいしょっとベッドから降りる。どうせサイキネで無理矢理起こされるのだ、自ら出頭したほうが痛い目を見ずに済むだろう。

 

 

「あれ、ケンもデートを楽しみにしてたの? 嬉しい!」

 

 

 変な勘違いをされているが、放っておいても害はないと判断した。というより抱き着いてくる邪神を払いのけたほうが後が怖い。されるがままになっておくのが無難だ。

 

 

「はいはい。それで、今日はどこに行くんだ?」

 

 

「んーとね、ヴェラ火山! あそこの火口は良い景色だし、邪魔者もいないからね!」

 

 

 前回のフィッシング詐欺をまだ引きずっているのか。あんなの釣りデートなんてものに釣られるほうが悪い。

 

 

 いや、売り言葉に買い言葉でホイホイ釣られるタイプのハルジオンにしてみれば、そもそも人がいないところに行くのがベターだと何気に自己分析できているのか。なかなか侮れないな。

 

 

「おお、いいねヴェラ火山。でもどうやって行くんだ?」

 

 

「セレスティーラに乗っけてもらうの。大丈夫、もう話は通してるから」

 

 

「まさか外に待機させてないだろうな……」

 

 

あんなに巨大な未発見ポケモンがいたら、今頃大ニュースになってるぞ。即刻、国際警察に身柄確保されそうだ。

 

 

「ちゃんとボールの中にテレパシーを送ったよ。ケンも目立つようなことをしたくないみたいだし? 夫の意を汲み取る妻って最高でしょ?」

 

 

 もうボールから出てきている時点で汲み取れていないので、良妻賢母は諦めて欲しいんですけど。という心の声を押し殺し、ハルジオンをくっつけたまま外に出ることにした。

 

 

 

 全くもって憂鬱だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、おにいさま? 夜分遅くに失礼します。早速ですが、コテージ前の広場に来てもらえませんか? ……ええ、少し話したいことがあるので早急にお願いしますね。それでは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜勤中のジョーイさんから預けたボールを受け取り、そそくさと外へ出た。まるで幽霊でも見たかのような表情をするのはやめてほしい。背負っている(じゃしん)は深い……というか重いけれど、まだまだ人間性を棄てた覚えはないんです。そもそも解放したのは貴方達じゃないですか、そんな目で見る前にちゃんとポケモン管理してください。

 

 

 そんな細やかな願いさえ叶う事はなく、また徹夜コースのようだ。こんなに不健康な生活を続けていてもロクな事にはならないと、大学での連続オールで身に染みているので出来るだけ避けたいところではある。平和な日本じゃいざ知らず、この世界は集中力が欠けると、いざという時に死ぬ目に合うのが目に見えているからな。

 

 

「セレス、(不本意だけど)お出かけの時間だぞー」

 

 

「クーン!」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに、散歩待ちの犬のように飛び出すセレス。話は通っているのか通じているのかその両方かは知らないが、この前磨いたコックピットへ、ものの数秒で収納された。ハルジオンも込みで。

 

 

「今日は夜景だよ! まったく、セレスとだけ一緒に見るだなんて浮気もいいところよね。そういうことで、あたしとも一緒に見ようね」

 

 

 何がそういう事なんだろうか。

 

 

 お前浮けるし一人で見に行けよ、なんて言おうかと思ったが口を噤んだ。ハルジオンが俺と見ることにしか価値を見出していないのは、想像に難くないことだった。

 

 

「なるほど……もしかして、ヴェラ火山自体には降りないのか?」

 

 

「今はミヅキとハウが彷徨っているからね。折角の二人きり……三人きり?だし、邪魔されたくないの」

 

 

「……名前、覚えてるのか。というかなんでそんなことを知ってるんだ?」

 

 

 ミヅキ組がヴェラ火山に到着してるなんて、リーリエからも聞いてない。どうやって知ったんだろうか。

 

 

「あいつら有象無象とは少し違うし、ケンが大事にしてるから名前くらいはね……それに、セントエルモとセレスティーラの事を黙っててくれてるし。知ってるのはね、下見を既に終わらせているからだよ! ちゃーんとリサーチ済みなんだから!」

 

 

 褒めて褒めてー、といった願望丸出しな顔をしているが、そのリサーチは一切役に立たないままだぞ……というか、推察するに預けて数秒で抜け出してるなコイツ。ポケセンのポケモン管理どーなってんだ訴えるぞ。裁判所あるかは知らないけど。

 

 

 まあいいかと、複雑な気持ちのままテキトーに頭を撫でて誤魔化した。ミヅキとハウの名前を覚えているのは想定外であり、唯一あるかないかの褒めるべきポイントだろう。その調子で周囲の人間に迷惑をふりまくの止めてくんねえかな無理だな。

 

 

 えへへへ、なんて擬音を口から漏らしながら、ふにゃりと抵抗する事なく撫でられているハルジオンは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断したのか、突如発射したセレスから滑り落ちていった。

 

 

 

「フゥん」

 

 

「もしかして、怒ってる?」

 

 

 なんだろう。人様の上でイチャイチャしてんじゃねーぞうらやまけしからんって声が聞こえたような聞こえなかったような。

 

 

「ふぅん!」

 

 

 それにしても、セレスは気持ちよさそうに飛ぶ。見ているこっちが爽快感を覚える。もう既に取り残されたハルジオンが豆粒のようだ。

 

 

「お前にも、色んな景色をみせてあげないとな」

 

 

「フゥン」

 

 

 独り言のように呟いたそれは、空を切る音とジェットの爆音で掻き消されたかのように思われたが、確かに届いたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ねえねえねえ、楽しかった? ねえ、アタシがいない空は楽しかった? 目を見てよねえ、ケン。ねえねえ、こっちを見て、アタシノメヲミテ、ミロ。ねえ」

 

 

 怖い。ただひたすらに怖い。ハルジオンを置いて遊覧飛行をしていたのは確かだが、それは俺の意思ではないという事もまた確かなのだ。だのに、ここまで恨み節をぶつけられるのは如何なものか。

 

 

「そもそも、セレスを当てにしていたのであれば、テスト飛行をしていない時点で振り落とされた落ち度はハルジオンにあるわけだろ。どれだけの上昇負荷がかかるかさえ認識しておらず、ましてやその失態で発生した時間的損失を別のことに充てるという俺の正当な権利を否定しているわけだ」

 

 

 目を逸らしながら答える。正直、今のハルジオンの目を見ながら論理的思考なんてできる気がしない。ほんの僅か一瞥したが、あれはマジで怒っている。何かドス黒いナニカを感じた。

 

 

「そんなつもりじゃ……」

 

 

「でもいいじゃないか。さっきも言っていただろ? そういうわけで、一緒にまた見ればいい」

 

 

「そういうわけって何?」

 

 

 そんなの俺が聞きたい。言い出したのはハルジオンだからな。

 

 

 

「とにかく、ハルジオンは追いついたんだしオールオッケーって事で。ちゃんと絶景ポイントも抑えてきたぞ? 何なら街の夜景も素晴らしいものだった。ヴェラ火山観たら市街地にも行ってみような」

 

 

「全然オッケーじゃないよ! アタシがやりたかった事全部やっちゃってるじゃん! 街の夜景も、とっておきだったのに………………まあいいや」

 

 

 まあいいやって何?凄く怖いんですけど。

 

 

「気持ちの切り替えって大事だよね。今この瞬間を楽しむことにするよ」

 

 

 恐怖の邪神様から一転、ニコニコと笑うポジティブ少女と化したハルジオンに戦慄する。最早切り替えなんてレベルじゃない、価値観ぶっ壊れてやしないだろうか。今時海外旅行行った大学生でもそこまで価値観変わらないぞ。

 

 

 ハルジオンはフワフワと寄って定位置(俺の首)に着くと、ぐしぐしと頬擦りした。

 

 

「じゃあ、気を取り直して夜景見に行こっか。セレスは後で10万ボルトね」

 

 

「はい」「ふぅん」

 

 

 あ、コイツ全然反省も価値観変わっても気持ちの切り替えもしてないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 針の筵に座るような時間を過ごしながら、二週目になる遊覧飛行を終えた。わあ、綺麗だねえケンは二回目だけど。凄い迫力だねえケンは二回目だけど。等と後ろから囁かれるようなテレパシーで真綿で首を締めるように痛めつけられた精神の疲労は、いつもの三倍くらいはあった。

 

 

「無抵抗の相手に10万ボルトするのはよくない」

 

 

 その一声で、着陸したばかりの砂浜にサイコフィールドが張り巡らされる。

 

 

「じゃあ、バトルね。ケンは勿論、アタシに指示してくれるんでしょ?」

 

 

「ふぅうん?」

 

 

 どちらからも圧力を感じる。元よりそんなつもりは毛頭なかったので虚をつかれた気分になった。そもそも、10万ボルトをセレスに浴びせるのは不当だと思ったからこその言葉であり、バトルで正々堂々叩き潰せという意味ではない。そこを理解しているのだろうかこの戦闘狂共は。

 

 

「いや、俺は傍観に徹しよう。いっそどちらかが戦闘不能になるまでやってみたらどうだ?」

 

 

「ホントに? 砂浜がめちゃくちゃになりそうだけど……」

 

 

「いや今更すぎない? もう既に一面黒焦げだよ、後でセレスにブロアーしてもらうけど歪んだ椰子の木は戻らないんだよ?」

 

 

 ミシミシと音がする。あ、これハルジオンがサイキネで椰子の木を元どおりにしている音だなと、感覚的に理解した。もう見ずともわかる。

 

 

「大丈夫、戻るね。アタシとしてはケンとの思い出の場所として痕を残しておくってのもやぶさかじゃないけ……」

 

 

「ふん(油断厳禁)」

 

 

 不意をついた一撃は、見事にハルジオンに刺さった。

 

 

 

 第二回怪獣大戦の幕開けである。そもそも特性のサイコメイカーを発動させた時点で、惚気話に現を抜かすことが命取りなのだ。同レベルの猛者がいないからって油断しすぎたのだろう。おそらくはヘビーボンバー。体重を一気にかけて押し潰す大技だ。

 

 

 ヘビーボンバーは自身と相手の体重に依存する技だ。セレスの体重は計測出来ないほど重く、体重が有限でのゲーム内ですら200kg以下の敵に最大威力を発揮できる。アローラというガラパゴス環境での仮想敵に、威力を減らせるポケモンはいない。

 

 

 通常ならハルジオンは確一とられて沈んでるだろうが、サイコメイカーも霧散しておらず、特有の確かな威圧感も消えない。

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれるじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、紛うことなき邪神がいた。

 


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