激しい殴り合いが続く。
ようやく異変に気が付いたのは、三回目のヘビーボンバーがハルジオンに炸裂した時だった。とうの昔にダメージの許容量がオーバーフローしているにも関わらず殴り合える理由、それは、
「アタシの方がケンのこと愛しているんだから!!!」
「ふぅうウん!!(私だって負けない!!)」
仲良し度が一定以上だと、瀕死になるような攻撃を受けても耐えることがある。勿論インターネット対戦のようなバトル環境だと起こり得ないが、これを最初に見た時はアニメのような行動に感動したものだ。実際に見ると戦慄モノだが。
なんだこいつら。普通に即死する攻撃を三回連続とか、どんな理屈で耐えてるんだ? 返しの10万ボルトを涼しい顔して……いや表情分かんねえや……耐えているセレスも、傷だらけの体と血走った目で衰えることのない技のキレと闘志を持つハルジオンも。
ポケモンをこんな風にしてしまうポケマメって、なんて怖い食べ物なんだろうか……と半ば現実逃避しながら、止めるタイミングと、止めるためのソリューションを考える。生半可な理由なら、「じゃっ、続きしよっか❤️」と殴り合いを再開するに違いない。
一呼吸置き、名案を力の限り振り絞った。
「やめろ! もうたくさんだ!」
俺は声高らかに叫んだ。振りかぶられる鉄柱が時を止めたかのように物理運動を止め、酸素をオゾンに変え続けていた迸る電撃は一瞬で鳴りを潜める。
「お前らを煽ったのは俺だ、それに関しては本当にすまないと思っている! 仲間内でここまでやりあう事を想定していなかった俺の落ち度だ。ハルジオンからの如何なる罰も受け入れよう! だから、ここで矛を収めてくれないか?」
「え、どういうこと? もしかして、セレスティーラが、負けそうだからって庇おうっていう、魂胆なの?」
「それは違う!」
コンマ一秒で否定する。想定内の問いかけだ、ここで言葉を詰まらせたら人生が詰む。
「へえ、じゃあ、どういう事?」
「ただ純粋に、お前らに傷付いてほしくないだけだ。アローラの環境だとかトレーナーとしての体裁だとか、そういったもの抜きでお前らが大事なんだ。その事に今一度気付かされたと同時に、自分が途轍も無く愚かである事を悟った。セレスの分まで俺が罰を受けるのであれば本望だ、これは愚かな俺に対する罰でもあるんだからな」
「ケンは、愚かじゃないよ?」
「愚かなトレーナーだからこそ、故意にポケモンを煽り傷付けたんだ。それがこのザマだ、もしチャンピオン級の外敵がやってきていたら……負ける事は微塵も想定してないが、そもそも万全の状態で戦わせてあげられないなんて事態は、トレーナーとして失格だ。シロナさんは、セレスとハルジオンが、ここまで消耗してしまっている状態で迎え撃てるほど弱い相手ではなかった」
実際、肩で息をする程疲弊しているハルジオンを見るに、相性有利なガブリアスですら応対する力は残っていないように見える。本来なら二発目くらいで留めておくべき行動だったと自省していることもあったため、こちらの気持ちは真摯に伝わったようだ。
「むぅ」
「フウん」
どこか考え込むセレス。いや、考え込むというより……反省しているのか?
「ふぅうん」
「そうだね。そもそもセレスは、外に出して、もらえないもんね」
おっと、これは喧嘩両成敗的な流れかな。ちょっと成長が見られて少し嬉しいぞ。
「じゃあ……アタシからの罰は、セレスもちゃんと、外に、出してあげて」
おやおやおやおやぁ、想像の斜め上だぞぉ?
「それはちょっと困るんですけど……」
「セレスティーラ、続きをやりましょ」
「ふぅん」
「はいはいわかりましたお姫様。ただ、お前が外に出る機会は確実に減るからな?」
「え? 普通に出るけど?」
うそだぁ、君たち100レベルの対応するのにどれだけの労力を割いていると思っているんだ。そろそろ寿命の前借りも効かないレベルまで到達するのも時間の問題ではないように感じるのだが?
「まあ、いいや。どうせ俺が蒔いた種だし……もしかして、こうなることを見越して、こういった対立を作り出した。なんて事はない……よな?」
サッと俺から見て右斜め上に視線を寄越すハルジオン……もしかして俺、嵌められた???
──────────────────
所詮は五歳児程度の頭脳だろと侮っていたツケが回ってきたのを悟った朝だった。普段は頭パッパラパーで傍若無人な振る舞いをする邪神でも、本質は長い間人間という生き物を見てきた守り神であったという事実を嫌という程味わったのだった。
そもそも何故セレス以外のポケモンが、特にエルモがボールから出てこないのか。何故普段よりハルジオンの圧が強かったのか。何故セレスに対する罰が10万ボルトだったのか。
色々考えるだけでも、ターニングポイントはいくらでもあった。ただコイツらが何時もいつでも本気すぎて、見破れなかったのだろう。だってさぁ、仲間の自由を勝ち取るために本気で殴り合いなんてします? あれ容赦のカケラもなかったよ? 目の前で見ていてドン引きでした。
「ほらね。セレスもエルモも、ちゃんと外に出てきていいんだって!」
「モクモク」
「フゥン」
「はいはい朝ごはんですよー」
コテージ前の広場には、特に何もない筈なのに人だかりが出来ている。一部には写真を撮ろうとしている人間もいたが、周りに全力で窘められていた。 なんだろうなぁ、撮影NGでも入っている芸能人でも来るのかなぁ。そもそもこの世界の芸能人見た事ないやぁ。
どうしてこの人集りは、俺らを囲んでいるんだろうなぁ。
「ふふ、見せつけられてるわね」
「フゥん!」「もクク」
てんきがいいなー、あろーらってすごい。いなかにもこんなにひとがあつまるんだなぁ。
よりにもよって、どうしてボイスレコーダーなんて持ってたんだろうな。おかげで揉み消そうに揉み消せず、しきりに証拠を誇示してくるようになった。これからは発言もより一層気をつけねばならない。ていうかサイコパワーで何か言わされでもしたら終わりじゃね? どうか気付かないでほしい。
あー、それにしてもてんきがいいなぁ。
「あ、ケンさんこんなところにいたんですね! ポケモンさん達と仲良しで羨ましいです」
「意識が躁鬱を繰り返して認識がバグっているせいかは知らないが、雑踏の中から天使が現れた。これが信仰心の為せる技かと我ながら感心する。リーリエが尊すぎて全てがどうにでもよくなった」
「え、え?」
ヤバい。もう現実も地の文も判別つかなくなりつつある。ここら辺で現実に意識を戻したほうがいいかもしれない。
「やあ、おはようリーリエ。昨日はよく眠れたかな?」
「え、え?」
ヤバいぞ由々しき事態だリーリエがバグった。なんか顔もすごく赤いし、呼吸も同じくらい荒い。昨日ジャングルのどこかで病気でも貰ってきたか?
「ケン。流石に今のはちょっと……」
「え、あ。おはようございます、ケンさん」
今のはちょっと、なんだろうか。それよりもリーリエの容態が心配だ。
「リーリエ、調子はどう? どこか具合悪くない? 顔が赤いし、ちょっと休んだほうがいいんじゃないか?」
「いや、えっと。お気になさらず……」
「そういう訳にはいかない。お兄さんやククイ博士に頼まれた事もあるが、やはりリーリエには健康でいてもらいたいからな」
「あの、少し寝不足で……」
「よし今日は休もう。どうせ今日か明日くらいでミヅキとハウが来るし、お兄さんのコテージで休もう。それがいいそれがいい」
何より、俺も眠たい。だいたい比率にしてリーリエ九割九分五厘、俺五厘くらいだけど。
「は、はい。移動するなら早めに……その、周りの目が」
「フゥン」
セレスがブースターを使っての、突然の擬似砂嵐を巻き起こした。粋な計らいというやつなのだろうか、はたまた自分はこんなに役に立ちますよという打算的なアピールなのだろうか。どちらにせよ助かった。
リーリエを背中に背負い込む。どうせお兄さん鍵開けっぱなしだろ、凸るか。ご飯中のポケモン全員をボールに仕舞い込むと、一目散に駆け抜けた。目指す先はコテージだ。
────────────────────
「こんにちはー、誰かいま……」
聞き覚えのある声で目を覚ます。どうやら深く眠っていたようだ、瞼が重い。目脂がザラつく不快な感覚を無意識のうちに拭いながら、上半身を起こし、来客を、見た。
「え、えっと。おじゃましましたーーーーー!!!」
「また来るねー」
ミヅキとハウ。そう、それは分かった。ただ理解出来ない、どうして逃げる必要があるのだろうか?
ちょっと待て、どこへ行くと声をかけようとして、上半身が裸である事に気付き、同時に、下半身も裸であることに気付いた。
やべえ、追いかけられねえ。
それよりも嫌な予感しかしない。何故なら横に生暖かい物体がある事を感覚器官が察知しているからだ。
「むにゃ……おはようございます、ケンさん。どうしましたか?」
「どうしたも、こうしたも、ない。どうして裸なんだ……」
「え、覚えていないんですか! ちょっとショックです……」
いや確かに覚えていない。敬虔なリーリエ教徒の脳味噌構造は特殊であり、リーリエとの記憶を保存するために脳のストレージなど容易く削り取るのだ(自称)。そのため覚えられない筈がないのだが、何故か思い出せない。こうなった経緯を。
確かに運んだ。リーリエを寝かせた。そしたら、一緒に添い寝してくださいと言われ理性と人間性を犠牲にして添い寝した。
あれ、俺いつ服脱いだんだ?
「リーリエと一緒に横になった後、どうなったんだ?」
「それを女の子のわたしから言うのはちょっと……」
完全に悪手だった。何を馬鹿正直にストレートに聞いているんだ俺は馬鹿か?ダメだ寝起きのせいか全然頭が回らない。まだ微睡んでいる気もする。
「ほら、ケンさんも色々やって疲れてますし。もう一回おやすみなさいしましょう?」
「お、おう」
されるがままに布団に戻ると、背中にリーリエが抱き着かれた。どうやら向こうも恥ずかしいようで、身体というか、埋められた顔が熱い。
ここまでされてようやく、ああ、俺成し遂げたのか……記憶ないけど。と、謎の達成感を感じるのだった。