真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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答え合わせ。

 結論から言えば、ウツロイドはおろかウルトラホールすら現れなかった。

 

 

 意味が分からない。どこで間違えたのか見当すら付かない。

 

 

 ぐるぐると、頭の中が掻き回される感覚に犯される。言い知れぬ違和感が胃の中を掻き混ぜ、身体の中を這い回る嫌悪感と共に臓器を刺激しているようだ。頭と胴体、特に胃の具合が凄ぶる悪い。

 

 

 フラグ管理自体は完璧だった。

 

 

 どれだけ、どんなイレギュラーが介在しようが……それこそアルセウスを連れてこようが、ソルルナ含むウルトラビーストを揃えてしまおうが、世界は運命力に引き寄せられ、ストーリーはイベントフラグを頼りに回り続ける。ザオボーが迎えに来たのも、その証明だ。本来支部長クラスの人間が使いっ走りなど、現実世界では有り得ない。

 

 

 それがゲームの物語。だのに、待ち焦がれた必然は訪れず、最大の目的は果たせず。

 

 

 最早、八方塞がりと言えるだろう。このままでは二度とウツロイドを捕獲出来ず、運命は変わらぬまま、ルザミーネは暴走して目を覚まさなくなり、リーリエはカントーへと行ったきり。

 

 

 勿論、ルザミーネの行動全てを妨害し続ける事で、阻止する事自体は可能だろう。だが、全て阻止した後は? そもそもこんな事があって、まだゲーム通りに動いてくれるのか? もしや邪魔された? それにしても誰が、なんのために? それ以前にこの世界は本当に『ゲーム』通りに進んでいるのか?

 

 

 ……いや、もう考えるには全てが遅すぎる。

 

 

 既にどうしようもない段階に来てしまったのだから。

 

 

「ケンさん、大丈夫ですか?」

 

 

 リーリエが心配そうに、顔を覗き込んでくる。

 

 

 初日からずっとこの調子だ。待てど暮らせどウツロイドは現れず、夜になってもそれは変わらない。本来ならば到着のタイミングでイベントが発生する筈であったし、滞在する必要など無かったのだが……未練がましく無理を言って、エーテルパラダイスにて二泊三日している所だった。条件付きで。

 

 

「もしかして、ベッドの調子が良く無かったんですか?」

 

 

「ふかふかだったし、それは違うわ。きっと乳臭い生娘と添寝してたせいよ」

 

 

「あらあら、土臭い抱き枕が何を言っているんですか? ちゃんとお風呂に入りましょうね、嫌われますよ?」

 

 

「水浴びしてるし! 嫌われてない!」

 

 

 条件とは、リーリエの部屋で寝泊りをするという一点のみ。それさえ守れば、リーリエと一緒にいれるし、異変が起きれば内線が鳴って知らせてくれるし、リーリエと一緒にいれるし、ミヅキたちのいる一般の宿舎よりも早く最上階へ向かえるし、リーリエと一緒にいれる。要は良いこと尽くめという訳だ。

 

 

 いつ襲来しても問題ないように、寝てる間はハルジオンを見張らせている。眠っている間にウツロイドが来れば、ハルジオンが時間を稼ぎ、その場でエルモには電力を吸い取ってもらう手筈となっており、もし昼間に来るなら、ハルジオンの役をシルキーとシーザーに担ってもらう。

 このようにして、昼夜いつやってきても良いように体制を整えた。最悪攻撃が当たらなくとも、レベルの低いウルトラビーストにウルトラボールを投げるのだから、ノーダメージでもゲット出来る気もする。

 

 

「リーリエったら、守り神とも仲良しなのね。素晴らしいわあ、成長したのね」

 

 

 その条件を決めた張本人が、ここにいる。ルザミーネだ。いやなんでここにいるんだろうか。

 

 

 前々から様子を見るに、家族ぐるみの仲直りは成功していたらしい。帰って来た時は、頑なにエーテルパラダイスへ乗り込んだ際の詳細を話そうとしなかったし、もしやと思ったが心配して損した。

 

 

 しかも、このデレっぷりだ。少しリーリエが鬱陶しそうな顔をする程度には。頭と腹と胃が痛いのは、大半がこの人のせいだと言っても良い。どうして病が治らないうちに、ここまで穏やかなのだろうか。前のリーリエの口ぶりからして、ウツロイドの毒牙にかかっているのは間違いない筈なのだが。

 

 

 何かがおかしい。おかしいが……逆に考えよう、光明が見えた。これは別に放置していても問題ないのでは? このままの調子であれば、リーリエに危害を加えず、ウツロイドが現れないからウルトラビーストと融合もせず、それによって寝たきりになる事もない。

 

 

 ただ、演技である事も否定は出来ない。この人一人何でもできるワンウーマン社長タイプだからな、これくらいの事ならば、おそらく平然とやってのけるだろう。

 経過観察して様子見するとして、リーリエには変わらず俺がそばに居ないとな。これは仕方がないからな。やる事なくて暇になるしな。

 

 

 考えれば考える程、身体の不調が激しくなってくる。もう今日はすぐに寝た方が良さそうだ。さっさと意識を手放さないと、リーリエがベッドに入ってきて一層眠れなくなる。

 尚、別の場所で寝ようにも、ソファで寝るとリーリエもソファに来るので余計苦しくなるから諦めた。

 

 

「もう具合悪くて死にそうだし、寝る。おやすみ」

 

 

「ああもう、ケンさんったら、わたしを置いて夢の世界へ行かないで下さい!」

 

 

「リーリエ、君のお母さまの前でベッドの中に潜り込もうとするのはやめなさい。やめて」

 

 

「非常に仲睦まじいんですね、リーリエもケンくんも。では、お二人の邪魔をしてはいけませんので失礼しますわ」

 

 

「公認にしようとするのは、今は、ちょっと勘弁して欲しいんですけど。安眠を、安眠を下さい」

 

 

 不安と心労と愛の重さで眠れないんです。お願いします。

 

 

「それじゃあ、いつもの粉で寝ちゃおう!」

 

 

「それ使うと、爆睡して大事なタイミングで間に合わなくなるからダメです。というか何勝手に寝ようとしてんだ、哨戒任務はどうした?」

 

 

「そんなのセレスティーラに頼んだよ、久しぶりの外で嬉しそうだったなあ」

 

 

「いつの間にボールを……」

 

 

 これ以上困らせないでおくれ。セレスがなにかの拍子に設備を破壊でもしたら、ルザミーネに凍らされる。唯でさえ、寄りを戻した娘に手を出しているように見られているのに……

 だが、殺意とか敵意とか、そういった類が全く感じられないのも事実だが……そういったものを欺ける可能性も……ああ、どんどん悩みの種が増えていく。

 

 

 悩みの種で、必ず不眠になる訳ではないという事が証明されてしまったな。俺の特性がなまけだったってオチかもしれないが。

 

 

 もう俺は頑張ったし、少しお休みしてもいいよね。さよなら、俺の知っているアローラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

「それで、聞きたい事って何だい? ライブキャスターじゃなくて、わざわざここまでやってきて。そういえば、今日はケンくんとオハナタウンまで行く予定じゃなかったかい?」

 

 

 カンタイシティにあるホテルしおさいを出た後、用がある、とカプ・テテフとのデートを控えるケンに伝えて、リーリエが向かったのは空間研究所であった。

 どうしても気になる事があって、ダメ元でチャイムを鳴らしたところ、ククイ博士もバーネット博士も、普通に二人とも帰ってきているとの事で拍子抜けした。

 フィールドワークに出掛けた二人が既に戻っている事について、物申したい気持ちをグッと堪えて、リーリエは尋ねる。

 

 

「ククイ博士。どうしてわたしを、ケンさんに預けたんですか?」

 

 

 思い切った質問ではあったが、当然、本来の庇護下であるククイ博士の下を離れるわけで、危険も高まるのだ。巻き込まれるであろうリーリエには、知る権利があると思っていた。

 

 

 彼はイレギュラー過ぎる。

 

 

 有り得ない強さ。有り得ない知識。有り得ない記憶。どれも昨日の今日で、ある程度理解はしたし、信用もしたものの、まともに整理のつくものではなかった。それに、

 

 

「それに、ケンさんがホウエン地方から来ただなんて絶対に嘘だって、ククイ博士なら分かった筈です。荷物やトレーナーパスを見たら一目瞭然でしょう。どうして、そんな人物にわたしを預けようと思ったんですか?」

 

 

 自分は昨日の話があって、ようやく信用したのだ。嘘を吐かれたままのククイ博士が、彼を信用している訳がない。必要なら、口止めされている彼の身の上を話す覚悟さえしていた。

 

 

「……なあリーリエ、もうカプ・テテフには出会ったかい?」

 

 

「……ええ、まあ」

 

 

 思い出したくもない。最強最悪、邪神と言っても過言ではない、非力な自分ではどうしようもない上位の存在。アレの殺気にあてられて失禁しかけたのは内緒だ。

 

 

「ぼくがケンくんを助けた時……ボールから彼女が現れたんだよ。助けてくれってね。

 どうにも様子がおかしかったし、相手はカプ神だし、詳しく話を聞いてみることにしたんだ」

 

 

 あの傍若無人が具現化したような存在が、お願いをするなんてと耳を疑う。怪訝そうな顔をするリーリエに、ククイは苦笑いで返した。

 

 

「ぼくだって博士の端くれだし、カプ・テテフがどんな存在かなんて理解してるさ。でもね、彼女は見ていられない程に必死だった。彼が死んでしまったかもだなんて慌てててね。

 空間を……方法は詳しく語らなかったが、おそらくウルトラホールを渡っている途中に、彼が落っこちたみたいなんだ」

 

 

 理解できない。そもそも、ウルトラホールとはリーリエにとって開いているものであり、渡るための出入り口等では断じてない。そしてそんな方法を思い付くには、実際に見るか、経験してみるしかないのだ。未来から来たなんて半信半疑であった彼の話が、より現実味を帯び始めていた。

 

 

「ぼくもあんまり信じちゃいなかったが、トレーナーパスを確認したらね……驚いたよ。もう島巡りを終えていて、アローラ図鑑コンプリートの印もあった。図鑑が無かったのが悔やまれるよ。それに一番信じ難かったのが……IDが、ミヅキくんのと一緒なんだ。勿論、見なかった事にした」

 

 

 背中に冷や汗が走るのを感じながら、リーリエは彼が言っていたことを思い出した。

 

 

 ミヅキはこの世界の俺みたいなものだから、と確かに言っていた。

 

 

「もう、リーリエには聞かされてたみたいだね、彼が未来らしき所からやってきたって事。やっぱりぼくの見立て通りだ」

 

 

 図星を突かれ、キョトンとするリーリエに、悪気は無かったよと付け加えるククイ博士。

 

 

「いや、キミの持っているほしぐもがケンくんの興味を引くものだと思ってたからね。予定に無かったのに空間研究所に連れてきたのは、リーリエにもfallやほしぐもについて、ある程度の事は知っておいて欲しかったからなんだ」

 

 

「そうだったんですね。でも、おかげでケンさんの事がまた一つ分かった気がします」

 

 

「そうかい、そのままケンくんと仲良くしておいてほしいところなんだけど……ちょっと待ってて」

 

 

 突然、ライブキャスターが鳴り出した。ククイは差出人の名前を見て、眉を顰める。

 

 

「なあライチ、報告は後でゆっくり時間をとって…………え?ほんとに?……分かった、少し考えてみる。うん、また後で」

 

 

 ピ、と通話を切断すると共に、長い溜息が吐き出された。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「カプ・テテフの件で前々からライチにお願いしていた件についてなんだけど……そういえば、ライチって知ってる?」

 

 

「アーカラ島の島クイーンですよね、耳にした事くらいはあります」

 

 

「本来なら、この島に来る際に顔合わせをするつもりだったんだけどね。ケンくんの対応で、少し予定を変えたからまだ会ってなかったよね。

 それでね、前に頼んでおいて、ライチとケンくんを上手く接触させたんだけど……少し不味い事になっててね。よく聞いてほしい」

 

 

「え?」

 

 

「ケンくん、本気のライチに勝っちゃったみたいなんだ。ついでに、街一つ破壊出来るくらいの力を持ったポケモンも持っているみたいで、場合によっては敵対も辞さないとの事だ。最悪の場合、国際警察と協力してでもケンくんを排除しないといけない」

 

 

「は、排除……? 殺すんですか!?」

 

 

 つい先日まで仲良く談笑していた相手を、殺す。ククイ博士の言葉に、リーリエは冗談の類が含まれていない事は重々承知していただけに、その言葉は重くのし掛かる。

 

 

「本当に最悪の話だ。ケンくんが守り神を殺し尽くし、アローラを滅ぼそうとした時、誰かが殺してでもそれを止めないといけない。

 その止めなきゃいけない立場の島クイーンが、勝てないと匙を投げたんだ。だとしたら、最悪が訪れる前に禍根を断ち切らないといけない」

 

 

「だからって……だからって、今も苦しんでいる何の罪も無いケンさんを、殺すんですか?」

 

 

 脳裏に浮かぶのは、赤いギャラドスを愛おしそうに撫でる、真顔のケンの姿。彼はただ迷い込んでしまった、ただ足掻いているだけなんだと伝えないと。

 

 

「それを見極めるために、リーリエ、キミが傍にいてあげるんだ」

 

 

 その時、リーリエはようやく自分の役割を認識した。ククイ博士はリーリエをケンに見てもらうためではなく、ケンをリーリエに見てもらうようにと思ってこの配役にしたのだ。

 

 

「おそらく、本気のぼくでもどうにもならない相手だ。カプ・テテフもいる以上、島キング、クイーン総出で相手しても勝敗は分からない。

 だけど、きっとケンくんは良い子さ。カプ神や凶暴なポケモンにも慕われ、険しく長い島巡りも修めている。ぼくと話す時は壁を感じたけど、リーリエやミヅキ、ハウとはきっと仲良くなれると感じた。ぼくはその感覚を信じてる。だからリーリエ、キミを送り出したんだよ?」

 

 

 ニカっと、人の良さそうな笑みを浮かべる姿を見ると、やっぱり敵わないなあとリーリエは思った。

 

 

「はい! わたしなりに、頑張ってみようと思います!」

 

 

 頑張らなければならない、

 

 

 ケンを救えるのは、わたしだけなのだから。

 

 

 

 




※過去編の時系列は12話前後を参照。

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