真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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一ヵ月遅れのあけおめです。


ジェットコースター記念日。

 波のさざめきと、少しの肌寒さで目が覚めた。流石の常夏のアローラといえど、野外の、それもビーチで一夜を過ごすとなれば多少は冷えるようだ。

 

 

 湯たんぽ代わりのハルジオンの他に、周囲にはカプ・ブルルが近くにいるのみ。どうやら言付け通りに周囲を見回っていたようだ。昨夜と変わらずテーブルの上に無駄に積まれたきのみが、忠犬の仕事っぷりを物語っている。

 

 

 まあカプ神がニ柱いる砂浜に近づくポケモンなんて、ハッキリ言ってアローラを生き抜くためのセンスが無さすぎるので絶対来ないとは思ってはいたが。

 

 

 極稀に、危機察知センサーがぶっ壊れたポケモンや戦闘狂の無謀なポケモンがいるだろうが、そういうイレギュラーも視野に入れサボらずに見回りを続けている点を見ると、ものぐさの神という評価を改めなければならないのかもしれない。

 

 

「あ! ケン殿、起きられましたか」

 

 

「おはようカプ・ブルル、ご苦労様だったな」

 

 

「い、いえ。とんでもないことです」

 

 

 それとも、単に命が惜しいから渋々やっているといった感じなのだろうか。腕の中で幸せそうに眠るハルジオンを見ると、少し目を泳がせたブルルを見て漠然と考える。まあやる事やってくれたら、ものぐさだろうがナマケモノだろうが関係ないか。

 

 

「おかげでハルジオンが爆睡するくらいには、平和にゆっくりと休めたよ。本当にありがとう。まあこれでも食べてくれ」

 

 

 ポケットからポケマメのケースを引き出し、虹マメを取り出してブルルに放った。

 

 

 違法な粉を使うなんちゃって豊穣神ではなく、本職の豊穣神に献上するものとしては弱いかもしれないが、喜んでもらえそうな代物が虹マメくらいしか思い当たらなかった。

 

 

 まあハルジオンでも嬉しそうに食べるし大丈夫か。

 

 

「え、ええっ!! これは……良いんでしょうか、こんなものを頂いてしまっても」

 

 

「だいじょ「良くない!」「ひっ!!」……起きてたのか」

 

 

 先程までムニャムニャ言いながら俺を抱き枕にしていたとは思えないくらい、研ぎ澄まされたような気配を纏っているハルジオン。

 

 

「アンタ、それを人間から受け取る事が何を意味しているのか解ってて貰うなら……本当に殺すわよ?

さっきからデレデレしやがって。昨日の事といいアタシもそろそろ我慢の限界なんだけど」

 

 

 さっきとは、コイツ何時から狸寝入りをかましていたのだろうか。油断も隙もない。

 

 

「も、勿論返しますよお!! ボクにはとても頂けるような代物ではありませんから!!」

 

 

 投げ渡したポケ豆を、凄い勢いで投げ返された。どうやら他のポケモンが虹マメを貰うことは許されないみたいだ……何の風習かは知らないが、嫉妬深さもここまで来れば勲章モノだな。その筋の人に見せたらリボンくらい貰えそうだ。

 

 

「ケン、それはアタシたちのモノなんだから、無闇矢鱈に有象無象へ渡さない事。特に他のカプなんて絶対ダメ!!」

 

 

 アタシたち、と言う辺り手持ちポケモンの仲間意識が垣間見れる。どうしてUBとは仲良く出来て同族とは殺し合いも辞さない構えなのか、これがわからない。

 

 

「じゃあ代わりに、何をカプ・ブルルに送ればいいと思う? 

流石にここまでしてくれたんだから、お礼くらいはした方がいいんじゃないか?」

 

 

「バカね、アイツはアタシの下に付けるだけで十分なんだから、何も要らないわよ」

 

 

「ええ!! そうなんです!! ボク何も要りませんから!!」

 

 

 ぷるるちゃんは生き延びるのに必死だ。この前まで威厳溢れる姿……だったかは分からないが、知らぬ間に調伏させられている。俺には助けられそうもないし、出来る事といったら、ここで何も与えない事だろう。

 

 

「分かった、でも何かあれば遠慮なく言ってくれ……ハルジオンには配慮してな。また何かあったらよろしく頼むよ」

 

 

「は、はい。ボク程度の力であれば喜んで!」

 

 

 ウラウラ島の頂点がそんなに弱気で大丈夫なのだろうか。それとも謙虚と言うべきか。

 

 

 まあそのどちらでもカプ・ブルルが有用という事実には変わりない。カプ神がバックにいると知れば、この島の住民は恐怖で逆らえないだろう。直近で町一つと商業施設をぶっ壊しているのだ、もしかするとウチの邪神より恐れられているかもしれない。

 

 

 そんな存在の協力を仰げるようになったのは良い収穫だった。この島での多少の無茶は誤魔化せる。

 

 

「そろそろ日も昇ってきたし、お暇しようかな。どうやって帰る?」

 

 

 あんまり考えないようにしていたが、聞かないわけにもいかないのが現実の辛いところだ。

 

 

「え、帰りも飛ぶに決まってるじゃない」

 

 

 あれは飛ぶとは言わない。

 

 

「いやいや。せっかくカプ・ブルルさんがいらっしゃるんですから、森のポケモンに乗せてもらって帰るとか」

 

 

「そんな雑輩にケンを任せられるワケないでしょ」

 

 

 さも当然のように言うが、俺にとっては空を飛ばないポケモンとの砲弾ツアーは、安全装置のないジェットコースターと大差ないのを分かっているのだろうか。いやない。

 

 

「いやいやいや。ハルジオンと一緒にまったりと空の旅もいいなあって思ってたんだけどダメかなあ?」

 

 

「嬉しい……でもダメ。空は万が一があるし、今日はサクッと帰っていっぱいデートしようね!!」

 

 

 ハルジオンのサイコパワーを全身に感じ、もう手遅れなのだと知った。

 

 

 だがそれでも心は諦めない。こういう時のためのカプ・ブルルさんなのだ。気を利かせてエアームドみたいなポケモンを連れてきてくれるだろうと、辛うじて動く首を捩って期待の目線を向けてみる。

 

 

「それでは、その、お気をつけて」

 

 

 少しの同情を包蔵したカプ・ブルルの一言で、俺は全てを察した……サヨナラ大地……サヨナラ自意識……サヨナラ裏切り者……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はもう動けない。何なら明日も動けない。そんなレベルで身体を酷使した一日だった。

 

 

 あの後、満身創痍で戻ってきた俺に待ち受けていたのは山登りであった。昨日買った下ろし立ての服を着ているリーリエとアセロラが、既にポケモンセンターの前で待ち受けており、そのまま引き摺られるようにホクラニ岳へと誘われた。ご親切にも、既に荷物も預けたポケモンたちも回収済みとの事で、感涙が止まらなかったのは言うまでも無い。

 

 

 臓物と三半規管が狂ったままでの山登りは困難を極めたが、それでも時間経過で体調は良くなった。このままピクニックを楽しめるようになるだろうと高を括っていたところに更なる試練が訪れたのは、リーリエとアセロラが作ってきたお弁当に舌鼓を打っていた時だった。

 

 

「バトルの練習がしたいです」

 

 

 今思えば、これは布石だった。リーリエからの細やかな願いを俺が叶えない筈がないという前提の置き石。勿論これを、快く了承した。

 

 

 昼食後、リーリエのメラルバとアセロラのシロデスナ、最近あまりバトルさせていないシーザーの三匹で軽くバトルの練習をしたり、野生のポケモンと戦ってみたりと穏やかな時間を過ごした。ところが、リーリエが突如、明後日の方向にモンスターボールを投げたところから雲行きが怪しくなる。

 

 

「勝負をしませんか?」

 

 

 ポケモンバトルの練習中に突然そう言われると、普通じゃバトルの事だと思うだろう。言うまでもなく、これも快諾した。

 

 

「でも、ただ勝負をするなんて面白くありませんし……勝った人の言う事をなんでも聞くというのはどうでしょう?」

 

 

 大した自信だ。リーリエのメラルバがそこそこ優秀で、シルキーだとちょっと梃子摺るなあってレベルだとしてもだ。ましてやアセロラと二人掛でかかってきたとしても、この世界でレベル上げしたシーザーに敵う道理など無い。

 

 

 いいだろうと、同意してしまった。

 

 

「では、頂上まで競争です!」

 

 

 耳を疑った。全くポケモンバトル関係無いじゃん。

 

 

 いきなり始まった徒競走に俺だけが固まった。文字通り固まって足が動かないのは、おそらくアセロラのシロデスナが邪魔をしているのだろう。何時の間にか足元を砂で固められているのを見れば一目瞭然だ。砂地獄でも使われているのだろうか。

 

 

 謀られたと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 事の発端のリーリエは、さっき捕まえたであろう「りゅうせいちゃん」に乗って遥か彼方へと飛んでいった。変な所に牽制球を投げたなあとは思っていたが、きちんと刺してる辺りメジャーデビューも遠くはないのかも知れない。

 

 

 仮にも捕捉率が伝説のポケモン並みのアレを捕まえるなんて恐れ入る。しかも進化後だ。メラルバの件といい何処からそんなポケモンを引っ張ってきているのだろうか。

 

 

「ケン? そんなにボーッとしてていいの?」

 

 

「いやだって動けないじゃん」

 

 

 シーザーに手伝ってもらおうと振り向いたら、困ったような顔でシーザーもこちらを向いていた。足元を見たら案の定だ。砂地獄はポケモンの交代を許さない、つまりボールに戻せない。

 

 

「それで、リーリエには何を?」

 

 

「ええ! べ、別に何も貰ってないよ?」

 

 

「誰も貰ったかなんて聞いてないんだけどな」

 

 

 バツの悪そうな顔で音の鳴らない口笛を吹いているのを見ると、問い詰める気も失せる。そもそも怒る気も無いが。

 

 

「交代できないなら追加すればいい。ニシキ、滝登りだ」

 

 

 シーザーの地震は巻き込まれそうなので、万が一の砂地獄も効かないニシキに出張って貰おう。ボールから飛び出したニシキは、勢いそのままで水流を纏いシロデスナに目掛けて一直線に飛んでいった。

 

 

 滝登りは何の問題もなく油断していたシロデスナに直撃し、そのまま一撃で仕留めたようだ。ニシキもメガシンカをしていないとはいえ、幾ばくかレベルアップをしているようで、成長を感じる。

 

 

「え、それはズルいよ! 斯くなる上は……ジュペッタ、黒い眼差し!」

 

 

「着地を狙って滝登り!」

 

 

 繰り出されたジュペッタと目が合いそうになったが、即座にニシキが視線を遮り滝登りをお見舞いする。殺傷能力が無いとはいえ、端からトレーナー狙いとは恐れ入る。

 

 

「ニシキ竜舞。シーザー、拘束が解けたら俺を背負って山を登ってくれ。手袋を付けるから」

 

 

 ニシキで竜舞を積みアセロラの次の一手を牽制しつつ、バッグからポケリフレ用の対鮫肌用手袋を取り出した。これがこんな事で役に立つ時が来ようとは、買っていて良かった。ありがとうライチさん、肌荒れせずに済むよ。

 

 

 ゲームだと4-5ターンは縛られる砂地獄だが、この世界ではキッチリとしたターン制など無い。ニシキの滝登り二回に竜舞一回、となればそろそろ解ける筈だ。

 

 

 目の前のアセロラとニシキは膠着状態が続いているようで、お互いに睨み合っている。あんなにニシキの顔は怖いのに、よく睨み合えるなあ。

 

 

 なんて考えていたら、足を締め付けるような感覚が消えた。と思った瞬間に、シーザーに背中へ乗せられた。

 

 

「ニシキ、アセロラをよろしっ!」

 

 

 いってえ舌噛んだ。セレスにも負けず劣らずのロケットスタートだ、ちゃんと伝わっているといいんだが。

 

 

 それにしてもシーザーのクライミングは尋常じゃなく速い。舗装されている道路には目を向けず、頂上への直線距離を最短ルートで駆け抜ける様はマッハポケモンに相応しい。ただトレーナーを乗せて走っていると考えると、相応しいかどうかはその限りではないが。

 

 

 まず揺れる。跳ねる。とにかく揺れる。その上速度も洒落にならないレベルなので風圧もすごい。しかもセレスやハルジオンに頼り切りだったせいか、何時になく張り切っている様子。

 

 

 シーザーがゴールに辿り着くのが先か、腕が限界を迎えるのが先か。最早リーリエとの戦いではなく、己自身との戦いとなっていた。負ければ大怪我は避けられない。気分は安全装置の無いジェットコースターに乗っている様だ……あれ、デジャヴ?

 

 

 腕の感覚が消えかけそうになっていたところで、ようやく頂上へと辿り着いた。長い様で短い時間だったが、良い感じに胃の中の昼食がシェイクされたみたいでシンドい。

 

 

 だが、流石にこれは勝っただろう。中々の速度で、且つショートカットも駆使して来たわけだ。ぐへへ、なーにをお願いしようか……な……

 

 

「ケンさん、早かったですね。もう少しかかるかと思いましたが」

 

 

 目の前には、メタングに乗って休んでいるリーリエの姿が。先程まで綺麗にセットされていたポニーテールが見るも無惨にボサボサになっている辺り、なりふり構わず駆け抜けたのだろう。敵ながら天晴れだ。

 

 

「リーリエ、お前の勝ちだ。とりあえず聞くだけ聞いてみるけど、お前の願いを言うと良い」

 

 

「言っておきますけど、聞く『だけ』じゃダメですからね」

 

 

「あ、はい」

 

 

 釘を刺された挙句、添い寝を所望された。勿論疲れて即寝落ちしたので、何も記憶に無い。非常に残念だ。

 

 

 

 

 


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