ポケットモンスター -N's story-   作:ロールキャベツ

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VS女子高生と電竜

 その街は大都会という言葉だけでは片づけられないほど大きかった。

 

 いくつもの百貨店、目立つラジオ塔、街の発展に大きく貢献しているポケモンジム、科学が切り開いたリニア鉄道による隣接する地方への迅速な移動、そして世界と繋がる玄関として利用されているグローバルターミナル。

 

 あらゆる技術がこのコガネシティの発展を飛躍させている。

 

 その大都会を見たNはイッシュ地方のヒウンシティを思い出していた。その街もかなりの大きさで、高層ビルに空港、港湾があり世界中から多くの人が訪れている。どちらが大きいのかはわからないが、共通している大都会という部分にどこか懐かしさを覚えた。

 

 そして気が付いたことがもう一つ。この街の人間とポケモンはよく笑っている。楽しそうに生活しているのだ。人々は野生のポケモンを見かければ気軽に声をかけて触れたり、野生のポケモンも人間に慣れているのか、ほとんど警戒せずに彼らに近づいていく。

 

 これまで傷ついてきたポケモンばかりを見てきたNにとっては奇妙な光景に見えた。

 

「逃げて!」

 

 そう聞こえたのはとある建物の前を通り過ぎようとしたときだった。一メートルはあるだろう大きな鉄球が、敷地の中から外にいるNに向かって一直線に転がってきていた。それもかなりの速度が出ている。このままぶつかればただでは済まないだろう。

 

 しかしNは慌てることなく冷静に対処してみせた。キュウコンをモンスターボールから出すと〝まもる〟で球体の進行を防ぎ、そのまま回転の威力を落としてその場を収めた。

 

「すみません! 大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 

 敷地の中から二人組の女の子が慌てて駆けてくる。一人は金髪、もう一人は茶髪だ。二人揃って同じワイシャツとスカート、鞄を身に付けている。

 

「ボクは大丈夫だよ。キュウコンのおかげでね」

 

 行動を褒めるようにNはキュウコンをなでた。

 

 彼の言葉が本当であることを確認すると、二人は安堵した。キュウコンをなでるNを見た金髪の女の子から笑みがこぼれる。

 

「あの、トレーナーさんですよね? よければ私たちの研究に協力してもらいたいんですけど!」

 

「研究?」

 

 彼女が何を言っているのかさっぱりわからないとでも言うように、Nは小首を傾げて女の子を見る。

 

「あ、すみません! 私たち、この学校の生徒でロボット研究部という部活で活動しているんです!」

 

 Nは彼女の背後にある建物に目をやった。

 

 校門の奥、正面には地上5階建ての白い校舎が建ち、その左右に4階建ての校舎が縦に伸びている。空から見るとコの字型で形成されているのがわかるだろう。校舎の中には彼女たちのような生徒が他にもいるのが見えた。

 

「なるほど。キミの言う〝研究〟はポケモンの生態についてではなく、ロボットの〝研究〟というわけだね?」

 

「そうなんです! 私の夢は発明を通して、人とポケモンがより共存しやすい世界をつくることなんです!」

 

 金髪の女の子はその言葉に熱を込めながら瞳を輝かせた。興奮しているのか、少し前のめりになっている。

 

「ヴァニラ先輩、抑えて」

 

 どういうわけか、地面に転がっている鉄球を確認していた女の子は金髪の女の子――ヴァニラの挙動を見て困ったように笑った。その様子から察するにいつものことなのだろう、とNは考えた。

 

 ヴァニラは、「ごめん、ミクちゃん」と苦笑いする。

 

「それで、ボクはそのロボット研究にどう協力するんだい?」

 

 Nの言葉に対してヴァニラはその鉄球を指差した。

 

 彼女たちはその学校で最終学年を送っているロボット研究部の部員で、その内ヴァニラは部長を務めているという。近々開催される大きなロボットコンテストに向けて現在はロボットを製作中であり、それがNに向かって転がってきた鉄球であった。

 

 何の変哲もない、強いて言えば綺麗な球体をした鉄の塊を見たNは怪訝に思った。彼が知っているロボットとはヒト型の、もっとゴツゴツとしたものだ。ロボットに対して球体のイメージがない。

 

 Nが何も言葉を発しないのを見たヴァニラはにやりと笑うと鞄からタブレットを取り出した。液晶画面上を素早く指が移動したかと思うと、鉄球に動きが表れた。

 

 丸々とした球体から短い手足が生える。さらに頭部と思われるものが出現した。ヒト型ロボットには遠いが、それでもNのイメージするロボット像に近づく形に変形した。まさか球体の中から頭と手足が出てくるとは驚きである。

 

「ミルタンク型ロボットのミルちゃんです!」

 

「これはまだ試作の段階なので姿形は酷いですけど、今のところは概ね設定した通りに動いてくれています」

 

 ヴァニラの言葉にミクが冷静に補足を入れる。

 

 たしかに試作機と言われなかったらどのあたりがミルタンクなのかもわからないくらい特徴がない。体型が似ているカビゴン型だと言っても通じてしまっただろう。

 

 彼女たちはそのミルタンク型ロボットを完成させてロボットコンテストに出場する予定とのことだった。

 

 ミルタンクの戦闘を再現したロボットを作りたい。そのために様々な動きを学習させる必要があり、データ収集のためにできる限りポケモンバトルに長けているトレーナーを探しているとヴァニラは言った。

 

「一つ質問をしてもいいかな?」

 

 Nの問いかけに二人は首を傾げる。

 

「なぜミルタンクのロボットなんだい?」

 

 ヴァニラは指を二本立てて、それには二つの理由があると言った。

 

 彼女たちが今回ロボットを製作するに当たって決めたテーマは〝コガネシティ〟。彼女たちが一緒に過ごす学校生活が最後の年にこれまでの集大成をロボットに込めようということで、生まれ育ったコガネシティを題材にすることを決めた。

 

 コガネシティと言えばまず思い浮かんだのが、コガネジム、ジムリーダーのアカネが使うミルタンクというポケモンであった。

 

 攻撃、防御、回復におけるその力は凄まじく、初心者並びに特に何も対策せずに挑んだ挑戦者はことごとく返り討ちに遭うという。特に使用してくる技の一つでもある〝ころがる〟による攻撃力の増加と体力回復の〝ミルクのみ〟は、多くの挑戦者を葬り去ってきたことでも有名だ。

 

 その強さに敬意を表するためにミルタンク型のロボットに決めた。

 

 そしてもう一つは、コガネシティで生まれ育った証、そこにいたという証を残したいというのがロボット研究部の願いでもあった。学校を卒業した後は、彼女たちはそれぞれの道を生きていく。毎日のように集まっていた日々から遠ざかっていく。もしかしたらもう会えなくなるかもしれない。

 

 それでも力を一つに合わせて、コガネシティでロボットを作ったという事実を残しておきたい。だからこそ、コガネシティのミルタンクなのである。

 

「そうか。キミたちにも信念があるんだね」

 

 Nが研究のサポートを決めたため、彼らはロボット研究部の部室兼工場に向かっていた。

 

 聞くところによると、部長を務めるヴァニラの父親はリニア鉄道の製作に一躍買った会社の社長でもあり、その会社が所有する使用されなくなった小さな工場を貸してもらい、ロボット研究部が使えるようにしていた。なかなかの権力者のようである。

 

 ロボット研究部が使用している工場は学校からさほど遠くない距離にあった。小さいと言うわりには敷地面積が広く、研究には十分な大きさであるようにNは感じた。さすが大きな製作に携わった会社が所有している工場である。

 

 工場内に入ると制服を着た生徒が三人ほど作業をしていた。こちらに気が付くと会釈をする。

 

「その人は?」

 

 長身のメガネをかけた男子生徒が問いかけた。

 

「この人はNさん。データ収集に協力してくれるトレーナーさんだよ」

 

 ヴァニラが制服の上からでもわかる大きな胸をさらに張る。その態度に視線を逸らしつつ溜め息を吐いたメガネの男子生徒はNに向かって頭を下げた。

 

「すみません。たぶん彼女のことだから無理やり連れて来られたんでしょうけど、お力を貸していただけるとうれしいです」

 

 態度から察するに、どうやら彼はヴァニラとは違い根っからの真面目な人間のようである。彼はテルユキと名乗った。

 

「ヴァニラさーん。ルカさんがまたダウンしたんですけど、冷えピタのストックってまだありましたっけ?」

 

 何かの作業をしていたのか、スパナを持った生徒がヴァニラに声をかける。覇気のない声に、茶髪にピアス、制服をだらしなく着ているその姿は一見遊んでいそうな印象を受ける。

 

 買ってきました、と言ってミクは鞄から出した冷えピタをその男子生徒――レンに渡した。レンはサンキュ、と言ってそれを受け取る。そのまま、無造作に置かれた机の前で椅子の背もたれにもたれかかった長髪の女子生徒の元へと歩いていく。

 

 おそらく、彼女がルカなのだろうとNは察した。アイマスクのように貼っていた冷えピタをルカの目元から剥がすと、レンは替えを同じように張り付けた。その姿はまるで舎弟だ。ルカはプログラマーなのだ、とミクはNに教える。

 

 部員は五名ほどの小さな部活動のようだ。

 

 彼らの傍らにはパートナーであるポケモンが同じように作業している。いや、作業というよりも力を貸しているという表現の方が適切だろう。でんきタイプのポケモンは電気を供給し、ほのおタイプのポケモンは炎を生み出して鉄を熱したりしている。

 

 それぞれが得意とする力を使い、人間に協力している。

 

「早速ですけど、始めましょうか」

 

 ヴァニラに腕を引っ張られたNは外にあるバトルフィールドへと連れ出される。

 

 彼らはそこでいつもポケモンバトルをしているのがわかった。フィールド上にはバトルによってできた傷があちこちにできている。穴が開いていたり、焦げ跡があったり。

 

「ボクはキミと対戦するのかい?」

 

「そうですよ。二匹以上の手持ちがいるのは私だけなので」

 

 Nは腰のベルトに装填しているモンスターボールに触れた。たしかに彼には二匹以上のポケモンがいるのだが、驚いたのは彼女の観察眼だった。

 

 N自身、決して手持ちのポケモンを見せびらかすようにはしていないのだが、一瞬の隙をついて彼女に見られていたようだ。

 

 ルカ以外の部員たちも外に出てきて、彼らのバトルを観戦する。

 

 二人は位置に着くと、それぞれ手持ちをモンスターボールから出した。Nはキュウコン、ヴァニラはコイルをフィールドに出す。

 

「キュウコンですか。相性的にも能力的にもNさんに分がありますね」

 

 ミクが冷静に分析をする。キュウコンはほのおタイプのポケモンであり、コイルはでんきタイプとはがねタイプの二つのタイプを持つポケモンだ。

 

 そして炎は鋼に強く、またキュウコンはロコンからの進化により、進化前のコイルよりも能力が高い。彼女の言う通り、相性的にも能力的にもNの方に分があるのは明らかだ。

 

「でもヴァニラはそれすらも覆してしまうよ」

 テルユキが静かに言う。その瞬間、バトルが始まった。

 

 先に動きを見せたのはじしゃくポケモンのコイルだ。

 

 銀色をした丸い本体の左右にあるU字型の磁石のようなものを急速に震わせる。〝きんぞくおん〟で特殊攻撃に対するキュウコンの防御力を下げる戦法のようだ。コイルは特殊攻撃力が高いため、効率よくダメージを与えるには打ってつけの変化技である。

 

 音によって苦しんでいるキュウコンに対し、コイルは追い打ちをかけるように攻撃を仕掛ける。

 

「〝エレキボール〟!」

 

 電気エネルギーを球体に圧縮し、トレーナーの指示でキュウコン目掛けて発射する。

 

「かわして〝かえんほうしゃ〟」

 

 キュウコンは攻撃を華麗にかわすと火炎放射を放った。それは一直線にコイルへと向かう。コイルは攻撃を放った直後のため、即座に攻撃を避けることは難しいだろうとNは判断した。

 

 しかし確実に命中するであろうと思われたそのとき、コイルは攻撃をかわした。なんとも素早く、見事な動きである。元来コイルは動きの素早いポケモンではない。ましてや攻撃直後であるため、次の動作に移行するまでの態勢を取るのに少なからず時間がかかるはずであった。

 

 それにもかかわらず、コイルは機敏な動きで火炎放射を避けてみせた。キュウコンの攻撃を読んでいたとでも言うのだろうか。

 

 Nは一瞬考えると、キュウコンに指示を出した。キュウコンは自身の分身をフィールド上に複数つくり出し、コイルを取り囲んだ。

 

「集中して! 本物は一匹。残りはコピー。焦らないで」

 

 コイルの動揺を抑えるためにヴァニラは声をかける。トレーナーの声に対し、コイルも冷静にキュウコンの動きを見極めようとする。

 

「……〝かえんほうしゃ〟」

 

 コイルを取り囲んだキュウコンが一斉に火炎放射を放った。四方八方からの炎の攻撃は命中すれば戦闘不能になるのは間違いなかった。

 

 しかしヴァニラはにやりと笑った。

 

「そう来たか。〝ジャイロボール〟!」

 

 コイルはその場で自身の身体を高速回転させると、火炎放射を受けた。炎に包まれたかに見えたが、その攻撃は渦を巻いて上昇すると霧散した。

 

「やるね。でも……」

 

 九尾がコイルの身体に絡みつく。キュウコンは瞬時に近づくと炎を纏った牙で噛みついた。浮遊していたコイルは力尽きて地面に落ちる。

 

「九尾にそんな使い方があるなんて……」

 

 労いの言葉をかけながら、ヴァニラはコイルをモンスターボールに戻した。

 

「キミの判断力もなかなかのものだよ。コイルとの息もぴったりのようだね」

 

 Nは感じたことを素直に口にした。トレーナーではない一般の学生がここまでポケモンバトルの技量を持っているとは正直思ってもいなかった。ポケモンバトルからはかけ離れたメカオタクの学生かと思っていたが、そうではないようだ。

 

「すごいバトルだ。記録は取れた?」

 

「はい、テル先輩。ばっちり学習させてます」

 

 ミクは試作機とケーブルで繋がっているノートパソコンを掲げてみせた。リアルタイムでバトルを記録し、そのままミルタンク型ロボットにデータを送信して学習させている。

 

「さすがはNさん。旅をしているトレーナーは学生とは違う力量を持っている。でも次はわからない」

 

 テルユキは独り言を呟いた。そのことに二人の後輩は何も言わなかったが、レンは軽い溜め息を、ミクはくすりと笑った。

 

 二回戦が始まる。

 

「モココ、ゴー!」

 

 ヴァニラはわたげポケモンのモココをボールから出した。それはピンクの体色で、頭部と首周りをふさふさとした綿毛が覆っている二足歩行のポケモンだ。

 

 Nは引き続きキュウコンで攻める。

 

「〝わたほうし〟!」

 

 モココは自身の綿毛を増幅させるとフィールド上に放散した。それは瞬く間にキュウコンに絡み、取り払おうとキュウコンはもがく。

 

 綿毛によって動きが鈍くなっているところにモココは素早く近づく。そして拳を一打、二打、さらにもう一打とキュウコンに浴びせる。拳を打つたびに拳が硬くなり威力が増していくその技は〝グロウパンチ〟という。

 

 思うように動けなくなってしまったキュウコンが拳の前に倒れた。

 

「……可愛い顔して容赦がないね」

 

「ありがとうございます」

 

 語尾にハートマークでも付きそうな具合でヴァニラは屈託のない笑顔を見せる。

 

 Nはゾロアークを出した。残り一匹ずつのバトルになる。

 

「〝でんじは〟!」

 

「〝こうそくいどう〟」

 

 二人同時に指示を出す。

 

 相手が仕掛けてくる戦法をお互いに読み、見事に的中したのはNの方だった。ゾロアークは文字通り高速に移動して麻痺状態にする技を避け、モココに接近する。しかし、鋭い爪で切り払おうとするも、モココが尻尾を振り回して間合いを詰められないように体勢を取った。

 

 ゾロアークは瞬時に判断して距離を取ると、暗黒の衝撃波を飛ばした。

 

 モココも強い電撃を放ち応戦する。

 

 外野にいるテルユキたちは二人と二匹による戦闘から目が離せなかった。授業の一環で行うバトル実習では見られないほどの迫力あるバトルが目の前で繰り広げられている。

 

 テルユキは幼馴染みであるヴァニラを見た。彼女の表情は生き生きとしている。

 

 ヴァニラは小さい頃からポケモンとの触れ合いに長けていた。生来から持ち合わせている明るくてうるさいのにどこか憎めない性格故か、どんなポケモンともすぐに仲良くなり、心を通わせる。

 

 ヴァニラとテルユキは子ども心にポケモントレーナーが行うようにポケモンバトルをしたことがある。バトルの仕方をほとんど知らなかったとはいえ、そのときテルユキは彼女に手も足も出なかった。

 

 二人は同じ学校に入り、同じ職業を目指す。総合的な学力はテルユキの方が上であるが、ポケモンバトルになると途端に彼女に敵わなくなる。決してバトルが不得手なわけではなく、彼女が強すぎるのだ。

 

 ヴァニラのバトル実習における成績は満点から落ちたことがない。無敗の成績を誇るのは開校されてから例を見ないと教員たちも大絶賛するほどだ。

 

 テルユキはいつしか彼女に訊いたことがある。将来はポケモントレーナーになって強さを極めるのか、と。それに対する返答は、興味がない、であった。

 

 人間とポケモンがより幸せになる発明をしたい。そのために最高のエンジニアになりたい、と彼女は熱弁した。頭の中は機械のことでいっぱいで、父親以上に重度のメカオタクであることを改めて知った瞬間でもあった。

 

 そんな彼女のバトルセンスはいったいどこから来ているのか。生まれつきのバトルの天才はそのバトルの中で真価を発揮していくからこそ天才なのだ。

 

 ゾロアークもモココもダメージが蓄積しており息が上がっている。

 

 Nはヴァニラに感嘆していた。ポケモンにも人間と同じように個々の能力などがあるわけだが、それらを最大限に活かせるように彼女は自身のポケモンの能力を正確に把握し、的確な指示を与えている。

 

 さらにはトレーナーが出す指示、それによるポケモンの動き方、フィールドの環境などあらゆる情報を見て瞬時に対策を立てることができている。

 

 彼女の頭の中には攻撃パターンがクモの巣のように張り巡らされ、すべてが繋がっている。答えがないことはない。あらゆる状況に対して突破口を持っているのだ。

 

 モココの声は純粋だった。トレーナーを信頼し、ただ一緒にバトルを楽しんでいる。そしてモココ自身もトレーナーのことをよく知っている。一心同体のような動きを見せているのはそのためだろう。トレーナーとポケモンの力量が計り知れない。

 

 Nは人間とポケモンが繋がる瞬間をもっと見たいと感じていた。

 

 そのとき、モココの身体に異変が生じた。身体が青白く輝き出し電気の弾ける音がする。小さな身体は徐々に大きくなりだし、首と尻尾が長くなる。煌々とした光が弾けたとき、姿は変化していた。

 

「やった……! デンリュウ!」

 

 モココからデンリュウへと進化を遂げたその姿は、愛らしさを残しつつもどこか勇ましい。黄色い体色が特徴的だ。

 

「まったく……。驚きだよ」

 

 Nが驚きつつも興奮を隠せないことが伝わったのか、ゾロアークも構え直して戦闘の意を見せる。

 

「〝ナイトバースト〟」

 

「〝10まんボルト〟!」

 

 二匹は再び闘い始めた。先程にも増して戦闘が激しくなる。

 

「すごいです! ヴァニラ先輩のモココが進化したのも相まって、急速に戦闘パターンを学習しています!」

 

 ノートパソコンの画面から目を話すことなく、ミクが興奮気味に報告する。予想以上にデータが収集できていることを知り、テルユキとレンも歓喜する。

 

 しかし喜びも束の間、ルカの声がその空気を裂いた。

 

「今すぐケーブルを抜いて!」

 

 三人の部員が振り向くと工場の中からルカが駆けてきた。レンが目元に貼ったはずの冷えピタは額に貼り直されている。その表情はどこか焦っているようだ。

 

「プロトタイプに搭載してる知能は完全じゃない! 暴走するわよ!」

 

 三人が困惑し試作機を見たときには遅かった。それは自ら転がりだし、その衝撃でケーブルが引き抜かれる。そのままフィールド上へと侵入して二匹の間に割って入る。

 

「ミルちゃん!」

 

 ヴァニラがデンリュウにバトルを中断させる。

 

 鉄球はミルタンクが転がるが如く、デンリュウに向かっていった。デンリュウは攻撃せずにひたすら避けることに専念する。

 

「ちょっと! どうなってるの!」

 

 ヴァニラは部員に声をかける。

 

「処理が追いつかなくて暴走したのよ! 力づくで止めるしかない!」

 

 ルカが声を張り上げる。

 

 部員たちが焦る姿を見て不測の事態に陥ったことがわかったNは、ヴァニラに声をかけた。

 

「壊すかい?」

 

「それはダメです! ミルちゃんを壊すのだけはなんとかして防がないと!」

 

 鉄球の回転速度が増し、避けきるのは困難と判断したデンリュウは取り押さえようと正面に立つも、呆気なく弾き飛ばされてしまった。ゾロアークも同じように火炎放射で鉄球の動きを封じようとするも、その威力を殺してしまうほどの回転により弾かれる。

 

 デンリュウは再び転がってきた鉄球に向かって〝グロウパンチ〟を放った。相手が転がるたびに威力を増しているなら、こちらも拳を叩き込むたびに威力が増していく技を放ち力づくで止める戦法だ。

 

 しかし、ミルタンク型ロボットは直前で変形した。回転の勢いを残したまま頭と手足を生やすと、デンリュウの拳に自身の〝ふみつけ〟をぶつけた。相殺すると再び鉄球へと姿を変える。

 

「驚いた……。ミルタンクの攻撃パターンを完全に踏まえて攻撃してる……!」

 

 さすがは私がプログラミングしただけあるわ、とルカは自画自賛を始めた。

 

 そんなことより先に打開策を考えてくれ、と後輩のレンが彼女の両肩をつかんで揺する。そのときヴァニラが叫んだ。

 

「打開策ならもうみつけた!」

 

 その顔には焦りや不安が一片もない。バトルしているときと同じように楽しさで満ち満ちている。

 

 ヴァニラの指示で、デンリュウはフィールド上に〝エレキフィールド〟を展開した。フィールド一帯に電気が駆け巡る。

 

 鉄球がデンリュウ目掛けて猛進する。

 

 デンリュウは〝グロウパンチ〟で迎え撃つ構えを取る。

 

 鉄球は先程と同じように変形すると軽く宙を跳び、踏みつけて対応しようとした。しかしそれこそヴァニラの狙っていた瞬間だった。

 

 デンリュウは即座に回転すると流れるように尻尾を使って、跳んだ鉄球を上空に打ち上げた。鉄球は成す術もなく空に飛ぶ。そしてすかさず跳び上がったデンリュウにヴァニラは指示を出した。

 

「〝かみなりパンチ〟!」

 

 握りしめた拳を横に払ったヴァニラに呼応するように、デンリュウもその拳に電気を纏わせ鉄球の上から叩き込んだ。〝エレキフィールド〟によって威力が増したその拳はミルタンク型ロボットを地面に叩きつけるには十分だった。

 

 それは地面にめり込み、白い煙を上げた。技の衝撃で四肢が取れ、拳を打ち込んだ箇所は凹んでいる。

 

 部員たちはすぐに駆け寄り壊れ具合を見た。

 

「プロトタイプとはいえ、良い出来だったのに……」

 

「中身、まだ使えるものありますでしょうか……?」

 

「うわー。ヴァニラさん、見事にやってくれましたね」

 

「たぶんヴァニラのことだから、壊さずに止めることを途中から忘れてたと思う」

 

 テルユキたちは口々に嘆いた。

 

 ヴァニラも駆けてくると、そのロボットの変わり果てた姿に同じく嘆き膝をつく。雰囲気が一気に暗くなるのをNは感じた。どうしたものかと困っていると、ミクはおもむろにケーブルをロボットに繋いだ。

 

 キーボード上を指が躍ると驚きの声を上げた。

 

「データ生きてます! 暴走後のデータ、残ってます……!」

 

 その朗報にヴァニラたちは歓喜した。威力の増したあの技の衝撃でよくもデータが生き残っていたものだと飛び跳ねる。

 

 ミルタンク型ロボットは、暴走していたにもかかわらず強さと頑丈さを見せつけてくれた威厳を評して、「暴れミルタンクのミルちゃん」というなんともネーミングセンスの欠片もない名前をヴァニラによって命名された。

 

 その後、ロボットはフィールド上から撤去した。

 

 もちろんNも手伝った。彼にとって和気あいあいとした雰囲気の中で誰かと作業をするというのは初めてのことであった。これまではポケモンのために尽力してきたが、人と触れ合うのも悪くないとNは感じた。

 

「Nさんはいつまでコガネにいるんですか?」

 

 Nはバトルで荒れたフィールドをヴァニラとともに直している。

 

「どうだろう。次の目的地が決まるまでかな」

 

 彼女の顔は良いことを聞いたとでも言わんばかりの笑みになる。

 

「それなら、私たちの製作に少し付き合ってください! 協力してくれるトレーナーがいなくて困ってたんですよ」

 

 ポケモンバトルの続きができる、とヴァニラははしゃいだ。バトルする前は微塵も見せなかったが、可愛い見た目とは裏腹にどうやら闘うことがかなり好きらしい。

 

 ポケモンバトルの才能がありつつも、あくまで極めたいのは技術者の道。彼女が望む人間とポケモンが幸せになる世界を、発明を通して成し遂げようとしている。自身で切り開こうとしているその揺らぎのない信念が、Nには眩しく見えた。

 

「私、世界各地の技術力を学びたくて、旅に出たいんです。ホウエン地方のラルースシティとか、カロス地方のアゾット王国とか。だから今度、Nさんの旅の話も聞かせてください」

 

 このことはまだみんなには内緒で、とヴァニラは顔の前に人差し指を立てる。

 

 作業に戻った彼女の後ろ姿をNは見た。

 

 人間やポケモンにとって理想的な世界とはどんなものだろうか。

 

 理想的な世界を求めるためには、世界の真実を知らねばならない。それが未知の世界に繋がるための方法になり得るかもしれない。

 

 気が付くと、暗くなってきている空に街の明かりがぼうっと映えていた。旅路はまだまだ長そうである。

 

 

 

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