FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
どうも、皆さん。お久しぶりです。
半年振りにこちらの作品に戻ってきました、紅椿の芽です。
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。
この期間の間、作者はというと
・榛名バンジーを飛ぶ
・轟雷・改予約
・ありとあらゆる榛名フィギュアを入手
・ブルーイーグルの為エアブラシ購入
・お金消し飛ぶ
と、色々ありました。本当、ここまで長い間お待たせしてしまい申し訳ありません。
そんな中でも待っていてくださった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当、ありがとうございます。いつになるかはわかりませんが、本作は必ず完結させたいと思います。超不定期更新となるかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。
今回久し振りにこちらの作風で書いたので若干ズレが生じでいるかもしれませんが、生暖かい目で見ていただけると幸いです。
さて、前書きが長くなってしまいましたが、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。
アメリカ・イスラエル共同開発第三世代型IS『シルバリオ・ゴスペル』の暴走事件から丸二日が経った。原因は未だ解明されないままではあるが、一人の重傷者を出すことなく私達は任務を遂行することができた。それが何よりも嬉しい。まぁ、あの事件を公にすることなんてことはできるはずもなく、IS絶対神話が根強い昨今の世の中じゃそれは当然なわけでして…………私達の待遇は全く変わっていない。それはそれで安心したところはある。私達が所属しているのは本来人を殺める為の軍隊ではなく、国民の生命と財産を守る為、アントと戦い続けている国防軍だ。例えそれが国外の人であったとしても、最悪の事態としてその命を奪い取る結果にならずに済んで良かった。
その一方で、私が館山基地でブルーイーグルの整備と補給、多少の改良をしている間にIS学園の臨海学校は終わり、丁度学園に戻った時に臨海学校に行っていたみんなも帰ってきた。…………なんか私だけ臨海学校をまともに出る事が出来なかったんだけど、これ単位的に大丈夫だよね…………? そこがものすごく不安になるんだけど…………いやだって、よくよく考えてみてよ。四月の時点で一週間近く授業欠席して、今回も結局初日しか参加してないし…………下手したら私だけ留年なんて恐れがある。できればそれは補習という形で落ち着いてくれると嬉しいんだけど、どうなるんだろうね…………。
そんな風に少し色々と気にしているわけだけど、訓練だけは欠かすわけにはいかない。何より今日は休日でアリーナが一つ丸々と空いているとのことだ。使わないわけにはいかないよね。
「…………くっ…………! まだ、足りない…………っ!!」
広々としたアリーナにいくつもの障害物をホログラムとして投影し、その隙間から出現するターゲットドローンを訓練用のマーカーガンで撃ち抜いていく。イーグルユニットと全身のフォトンブースターをうまく利用してギリギリで障害物を避け、攻撃をしているわけだけど、まだ彼奴とやりあうには足りないように感じた。
「もっと…………もっと強い奴を——!!」
アリーナの壁を蹴り、強引に進行方向を変え、展開した日本刀型近接戦闘ブレードで最後のターゲットドローンを破壊する。これで訓練プログラムは完了したのか、クリアタイムが表示されるが、別にそんな事はどうでもよかった。この間の福音事件といい、アナザーの襲撃事件といい、私一人の力ではどうしようもない事が多々あったからなのか…………自分が未だに非力な事が嫌になってしまっている。だからといって悔やんでいても、いたずらに時間を無駄にするだけ。とはいえ体を動かして鍛えようにも、手応えが足りないように感じた。本当、私はどうしたらいいの…………?
(悩んでいたって仕方ない…………もう一段階レベルを上げてやろ、っと)
とりあえず、もう一度さっきと同じ訓練を行おうと私はセッティング用のディスプレイを呼び出し、訓練の難易度をさっきよりも一段階上のものに設定した。どこまで攻撃が苛烈になるかわからないけど、少なくともゴスペルやアナザーほどではないような気はする。だけど、やらないよりはマシ。そう思って訓練を開始しようとした。
『…………そこまでにしておけ、一夏』
その時だった。肩を掴まれ私は飛び出すのを止められてしまった。
「箒…………訓練の最中なんだから止めないでよ」
『いいや、流石にこれ以上はダメだ。無理をしてでも止めさせるぞ』
『そうですわよ一夏さん。いくらなんでも休憩もなしに六時間も続けて訓練をするなんて無茶ですわ』
「セシリアまで…………」
いつのまにか来ていた箒とセシリアに私は訓練を止めるように忠告されてしまった。気がつけばすでに昼を過ぎ去っており、夕方に突入してもおかしくない時間帯になっていた。しかし、アリーナの閉館時間まではあと少しある。だから、そのギリギリの時間まで私は訓練をやりたいんだよ…………そうでもしないとあの暴力の権化には勝てそうにない。
「あと少しでアリーナの閉館時間なんだし、これをやったら切り上げるから、これだけはやらせてよ…………」
『その状態でよくそんな事が言えるな…………バイタルデータは此方からも閲覧できるんだぞ?』
『いい加減休憩を取ってくださいまし。このままではまた倒れてしまいますわよ?』
これで終わりにすると言っても、二人はそれよりも早く切り上げて休むように言ってくる。別に何も休まないとは言ってないのに…………確かに息は上がってるし、集中力も少し乱れてきてはいる。けど、まだやれない事はない。
「わかってるよ、セシリア…………でも、この一回だけはやらせて。そうしたら本当に今日の分は終わりにするからさ」
『いくら一夏さんの頼みといえどそれは聞けませんわ…………いいから早く休んでくださいな。もう貴女の体は限界ですわよ』
…………話が平行線で結局どっちも譲らない状況がさっきから続いている。いつもの私なら多分こんな事じゃ怒らないんだと思うけど…………今回ばかりはそんな事はなかった。
「そんな事言われなくてもわかってるよ!! それでも私はやらなきゃいけないの!! ただでさえみんなの足を引っ張っているような事ばっかりしてるってのに…………こんなすごい高性能機を預けられても活かせなくて、敵にはまだ遅れをとってるし…………これじゃいつまでたっても彼奴になんか勝てない!! だから、私は少しでも力をつけなきゃいけないの!! そうじゃなきゃ私は…………私は——ッ!!」
こんな大声を出したのは久しぶりだと思う。それでも、今の私に力がないのは私が一番わかってる。今までのことを振り返ってもそうだ。アーテル・アナザーと初めて交戦してから、私は何度もみんなの足を引っ張るかのように離脱したり、決め手に欠けたり…………結局は誰よりも戦果を出せずにいる。そんな自分が嫌で嫌で仕方なくて…………だから少しでも力が欲しくて…………その為に訓練に打ち込んでいたかった。だけど周りは私を休ませようとする…………大して何もできてない私に休む価値なんてものがあるの? 今の私のとって、その休む時間も全て訓練に費やしたい、そう考えているほどだ。それもこれも、全てはみんなの足を引っ張らないようにする為…………次こそは彼奴に勝つ為…………。
しかし、ここで大声を出したのがきたのか、思わず膝をついてしまった。持っていた近接戦闘ブレードを地面に突き刺し、辛うじて体を支えるが地についてる足が少し震え始めていた。
『…………全く、本当お前ってやつは、自分の事をいつも卑下する癖、昔から治ってないみたいだな』
そんな私の様子を見てから箒はそんな事を言ってきた。別に私は自分の事を卑下してるつもりなんか…………だって全部本当のことだし。
『あのな…………お前がいなかったら今頃ここの部隊どころか学園は消し炭になっているかもしれないんだぞ? それにだ、お前の力があったからこそ守れた命だってあるはずだろ。——少しは自分に自信を持て。そして体を労われ。前に雪華にも言われたんだろう? 『パイロットは休むのも仕事』ってな』
『そうですわよ。それに、一夏さんは全然足を引っ張ってなどいませんわ。むしろそれは私達の方…………一夏さんの力がなければ私達だってどうなっていたかわかりません。だから一夏さん…………どうか自身に鞭打つのを強いる真似はやめてくださいまし』
二人の声音はまるで懇願するかのような、そんな感じのするものだ。それになんだか励まされてるような気もする。互いにマガツキとラピエールを展開し、バイザー越しだからその表情を読み取ることなんてできやしないけど、その言葉はきっと本心から来ているものなんだろう。そう考えたら、自分は一体何に意固地になってしまっていたんだろうと考え始めてしまう。訓練を一日にあんなにしたって、彼奴の力にはまだまだ足りないっていうのに…………単純に考えた結果、というか一種の強迫観念のようなものもあったのかもしれない。次は負ける事を許されてないっていう、そんな感じの。アリーナもそろそろ閉館時間となりそうだし、二人から言われた通りここで切り上げることにするよ。そう思った私はブルーイーグルを解除した。同時に全身を支えていたパワーアシストが切れ、思わず私は地面に崩れ落ちてしまった。どうやら疲労がかなり溜まっていたみたい…………二人に言われた通り、そこでやめてよかったのかもしれない。このままだときっと事故を起こしていたと思う。
『一夏、大丈夫か!?』
『一夏さん!!』
「あはは…………私は大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだし…………」
『何がちょっとだ、馬鹿。セシリア、此奴を運ぶのを手伝ってくれ。このまま歩かせたらきっと転ぶ』
『了解ですの。では、私はこちら側から支えますね』
二人に抱え上げられ、ピットまで連れて行かれる私。側から見たらきっと変な光景に見えるだろう。例えば捕まえられた宇宙人的な写真みたいな感じ。多分、今の私はそれが一番近いんじゃないだろうか。そんなどうでもいいような事を考えられるくらい、頭の方には余裕があった。…………でも、私は本当にそれでいいんだろうか。自分の事なのに自分が一番納得できずにいる…………物心ついた頃にはあったんじゃないかと思うその考えは、今は浮かび上がっても仕方ないと強引に結論づけた。それならば明日また頑張ればいいだけだ。そう思いながら着替え終えた私達はアリーナを後にしたのだった。
◇
(はふぅ…………)
晩御飯を食べ終えた後、私は寮の大浴場に一人、ゆったりと湯船に浸かっていた。今日は男子——というか秋十の為に設けられた開放日。それを利用して秋十と話し合った結果、私も利用後は使っていいって事になってる。これだけ広いというのに一人きりでいるっていうのはなんとなく贅沢な気もするが、これはこれで寂しいものだよ。静かに入っていられるという点からしたら確かに最高なのかもしれない。でも…………時折大浴場の前を通るたびに聞こえてくる楽しげな声…………あんな風に和気藹々とした雰囲気の中で楽しくお風呂に入ってみたい、そんな願望をその度に抱いてしまう。だけど、それは決して叶うことがないささやかな願いなんだと思う。
(あんな風にみんなと一緒に楽しくふれあうことができたらいいんだけどね…………この足じゃなかったら)
目を落とした先にあるのは幾多もの裂傷を刻み込まれた私の両足。前に聞いた話だとこの傷口の下にT結晶の欠片がめり込んでいるんだよね…………詳しいことは知らないとしても、この傷を見たらほとんどの人は拒絶反応を示すだろう。両足だけじゃなく、全身のあちこちに大小さまざまな傷がある。こんな傷だらけの人なんて…………生理的に受け付けられるはずなんてないんだよ。人並みの幸せなんて…………私には少し手が届かない存在なのかもしれない。そう考えたらなんだか目頭が熱くなってきた。長い間入っていたからのぼせてきちゃったのかな…………。
(わかってるよ…………私は軍人だし、今は任務としてここに来ているにしか過ぎないんだし…………そんな事にうつつを抜かしているわけにはいかないよ…………)
元よりこの派遣任務だって、秋十の護衛の為、迫ってくるアント群に対する抑止力の為なわけだし、なにも学園生活を謳歌する為なんかじゃない事は分かっていたはずだった。だけど…………頭の中ではそれを理解しているはずなのに、なんで今の私はこんな風に心がぐちゃぐちゃになってしまっているんだろ…………わからないよ…………。ぐちゃぐちゃになった気持ちが混ざり合って、自分でもよくわからない。アナザーに勝ちたいし、みんなの足を引っ張らないように力をつけたいのは本当のことだし、だからといってこのなんでもない平和な時間を過ごしたくないというわけではない。でも、どちらをも両立なんて…………今の私にはそんな事ができるほどの器用さはない。
「私って…………本当、どうしたらいいんだろうね…………」
湯船の水面に映った自分の姿に問いかける。答えなんてものは返ってくるはずはない。静かな時間だけが過ぎていく。水滴が湯船に音を立てて落ちた。その音がやけに大きく聞こえたような気がする。気がついたら私の頬は濡れていた。また落ちる水滴。その音はさっきよりもなんだかはっきりと聞こえた。
「何を泣いているんだろ…………私…………」
そんな暇なんて私にはない。これじゃいつまで経ってもみんなの足を引っ張るだけだし、館山基地や横須賀基地のみんなにまた迷惑をかけてしまうだけだ。そう思っても流れる涙は止まってくれなかった。わけもなく泣きたくなるって、こういうことを言うのかな…………。
「——だあぁぁぁぁぁっ!! 何やってんのよ、一夏ぁぁぁぁぁっ!!」
膝を抱えて水面を見つめていた時、唐突に、そして乱暴に大浴場の扉が開かれた。同時に聞こえてくる怒声にもにた声。私は思わずその声がした方へ目を向けていた。そこにいたのは、体にタオルを巻きつけ、いつでも入浴を始められる体勢を整えている鈴の姿だった。って、なんで今ここにいるわけ!? 一応ここ貸切って扱いになってなかったっけ!?
「り、鈴? ど、どうしたの——」
「どうしたもこうしたもあるか! なーに一人で大浴場を貸し切ってんのに、そんなちんまりとした使い方なのよ! せめて湯船で泳ぐくらいのことはしなさいよ!!」
「しょ、小学生じゃないんだからそんなことするわけないでしょ!?」
「じゃあ私が泳ぐ! 飛び込むから待ってなさいよ!!」
「本当に危ないからそれだけはやめて!!」
そんな私の制止も聞かずに湯船へと盛大に飛び込んで来た鈴。その余波をもろに受け、私の顔はびしょ濡れになってしまった。
「ふぅ〜、一度やって見たかったのよねぇ。いつもなら混んでいてそれどころの話じゃないし」
「…………混んでなくてもやらないでもらえるかな? 見てるこっちは肝を冷やしたんだけど」
「あら、そう? ごめんごめん」
そんな感じに笑い飛ばす鈴。そんな彼女の快活そうな笑顔を前にしたら、さっきまでうじうじと暗い考えばっかりしていた自分が嘘みたいに何処かへと消えていったような気がする。本当、彼女のこの元気さにはいつも助けられているよ。それに…………なんだか少しだけ賑やかになって、少しだけ昔に戻ったみたいな感じになって、ちょっと楽しくなってきたしね。
「それにしても、私がここにいるってよくわかったよね?」
「流石に千冬さんに聞いたわよ。いくら勘がいいって言われても場所まではわからないっての」
それに、と鈴は言葉を続けてきた。
「さっきの食堂でのアンタを見ていたら、そりゃほっとけなくなるわよ。いくら食欲がないからってエナジーバー一本すら食べきれない状態って…………見てるこっちが心配になってくるわ」
実際、訓練を切り上げてからもまともに食べる気が起きなくて、とりあえずエナジーバーを口にすることしにたけど、半分だけ食べてまだ残ってるしね。というか、気がつかないうちにまたみんなに迷惑をかけてしまっていたのかも…………そう考えたら申し訳ない気持ちと、そんな自分が情けなくて仕方なかった。
「…………まぁ、何があったかは聞かないし、聞いたところで私が力になれるかなんてわからないわ。けどね、この時間くらいは楽しんでなさいよ。流石にそれは損でしょ」
「損、かぁ…………私ってそんなに損してるように見える?」
「さぁ? アンタ自身が満足してるんだったら損してないだろうし、してないんだったら損してるって感じじゃない?」
いつのまにか私の隣に来ていた鈴はそう答えた。鈴の答えはどこか他人任せな回答で、曖昧な部分が多いもののように思えてくる。でも、鈴らしい答えだと私は思う。その答えに自分の事を重ねたら…………
「…………損、してるかもね」
「ほほう? どうしてどうして?」
「まぁ、何気ない事だと思うんだけどさ…………ほら、例えばお風呂に入る時とかさ、鈴達は大浴場でみんなと入ってるわけだけど、私はその…………これのせいでみんなと入るのが引け目に感じてるわけで…………」
そう言って私はまた自分の両足に目を落とす。それにつられて鈴も視線を下げた。
「…………でも、みんなが使っている大浴場の前を通るたびに羨ましいなぁ、って思っちゃうんだよ。なんだか楽しそうだから…………だからさ、みんなと一緒にお風呂に入って見たいなぁって。…………笑っちゃうよね、こんな傷だらけの身でそんな事を言うなんて」
半ば自嘲するかのように私は話していた。だってそれはそうでしょ? こんな体のいたるところが傷だらけの人なんて、ただ気味が悪いだけだろうし。いつも周りの目を気にしているせいなんだろうか、余計にそんな事を考えてしまった。
「——ふーん、じゃあ今の一夏は大勢でお風呂に入りたいってわけね?」
「う、うん…………多分、そうなるのかな?」
「——だそうよー、アンタ達。早い所来なさーい!」
「え…………?」
鈴の呼びかけとともに再び開く大浴場の扉。湯気でよく見えないが、そこにいたのは
「全く…………そのくらいならいつでも聞いてやるぞ、一夏」
「本当、箒さんの言う通りですわ。水臭いですわよ?」
「まぁ、僕も色々あったから一夏の気持ちはわからないでもないけどね」
「一夏、日本には『裸の付き合い』という言葉があるそうじゃないか。是非経験させてくれ」
「もう、一夏はいっつもそうなんだから。溜め込まずに話して欲しかったよ」
「あ、一夏さん! 今日は私が背中をお流ししますね! 私に任せてください!」
「静かなのもいいが、たまにはこのくらい賑やかなのも悪くはないだろう?」
箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、雪華、エイミー、レーア…………派遣部隊の面々がそこには集まっていた。な、なんてみんながここに集まってるの…………?
「ど、どうしてみんなが…………」
「私が呼び集めたわ。本当は全員で突撃でもしてやろうかと思ったけど、先にアンタの様子を見てからって事になってね」
結果的に似たようなことになったけど、と鈴は胸を張るようにして言っていた。未だ状況を把握できていない私をよそに、みんなはぞろぞろと湯船の中へと入ってくる。さっきまで私と鈴だけしか入ってなくて広々としていた湯船は、今や少しだけ混雑しているような感じがして来た。
「しかし、風呂はいいものだな。命の洗濯とはよく言ったものだ」
「僕達からしたら、こうやって大勢で入るってのはなかなかない文化だけどね」
「確かに。私の場合は専用のシャワールームに一人で入ってましたからなおさらですわね」
「「「流石、貴族はレベルがおかしい」」」
みんなが思い思いに自由に過ごしている。でも、その輪の中に私も自然と組み込まれているような、そんな気がしていた。心なしかさっきまでよりも温度が上がっているような気がする。心の底からポカポカするってこんな感じなのかな、とふと思った。
「ところで一夏よ、日本の風呂に入る時はこれらが必須とクラスの連中に聞いたのだが、それは本当か?」
そんな風に考えている時、ふとラウラに話しかけられた。そっちの方に目をやると、頭にはシャンプーハット、いかにも銭湯とかにあるであろうケロリン桶、そしてアヒルの玩具。…………なんだろう、色々と間違っているような間違ってないような…………。というか、一体どんな情報を得たらそんな風になるのか、思わず考え込んでしまった。ラウラ自身、日本文化について変な方向に舵をきった知識を持っているから、それも影響しているんだろうけど…………この一昔前のアニメとかで出てそうな雰囲気にはどうツッコミを入れたらいいのかわからなくなっていた。ただ、私の経験上わかったことといえば
「…………ラウラ、それきっとみんなからネタとして弄ばれているよ」
「なんだと!?」
「…………この子、純粋無垢過ぎるでしょ」
とはいえ、この中で一番身長が低いといっても過言ではないラウラには非常に似合ってしまっているというのも否定できない事実である。まるでカルチャーショックを受けたかのようなラウラの反応に、近くに来ていた雪華も思わず言葉を零していた。
「そういえばお風呂に入ってる一夏の姿を見るのって初めてかもしれないね。シャワー上がりとかは毎日見てたけど」
「あー、多分私もそうかも。元々館山と横須賀所属だし」
「ってオイ。この配置は何? 私に対する当てつけか!?」
偶然にも鈴を挟むかのように並んだ私と雪華。私は多分そこまでではないけど、雪華は体つきの割に成長がいいからね…………本人曰く着痩せするっていうからあんまり気がつかないけど。
「い、いや、そんなつもりは…………ねぇ、雪華?」
「そうそう、偶然偶然」
「どう見たって当てつけでしょうが! というわけで、一夏! 大人しく揉ませなさい!」
「なんでそうなるわけ!? というか、それは本当に勘弁して!!」
「落ち着け、セクハラ大明神」
「にょわっ!?」
またもや鈴にやられそうになった私だったけど、危機一髪、レーアが近くにあった洗面器で軽く鈴の頭を叩いてくれたおかげで今回は未遂に終わった。変な悲鳴をあげて湯船に沈む鈴。一方の私はその後何をされるのか予想がついていたため、自分の前で腕を組んで防御の構えを取っていた。…………わけなんだけど
「「「ブッハァァァァァッ!!」」」
セシリア、エイミー、雪華の三人による鼻血の大噴出が起きてしまっていた。って! 何あの量!? どう考えても失血死待った無しな出血量なんだけど!?
「あー…………流石に今の一夏は色々と艶かしいからな…………こいつらにとっては劇薬も同然か」
「うん…………女の僕でも今のは流石にやばかったよ」
「一夏はやはりとんでもない力を秘めているようだな」
いや、人をそんな危険物みたいに言わないでよ、箒。あとシャルロット、それ目隠ししてるようで指の間からチラチラとこちらを見ているよね? それにレーア、私にはそんな人に大量出血させるような変な力はないからね!? なお、ラウラは目の前でアヒルを浮かべさせたまま一人寛いでいる。マイペースである意味すごいと思った。
「なんの…………これしきの事で…………!」
「我々の血で…………一夏さんの柔肌が汚れるのは…………!!」
「なんとしてでも…………避けなければ…………!!」
「あれだけ出して意識を保ってるお前ら、ある意味私の元いた部隊の連中より逞しいぞ」
いつの間にかなんとか立ち直ろうとしている三人。というか、あれだけ噴き出していたのに、湯船には一滴も落ちてないってどんな能力なのさ…………あと、三人ともそれはそれで体調とかは大丈夫なのだろうか? さっきのあれを見た後ではいささか不安になってくる。
「…………で、この賑やかな風呂ってのはどうかしら、中尉殿?」
さっきまで湯船に沈んでいた鈴は頭のてっぺんまでずぶ濡れになった状態で、トレードマークのツインテールもぴったりと体に張り付いていた。そんな格好なのにまたもや胸を張ってドヤ顔でそんな事を聞いてくるものだから…………その姿がなんとなくおかしくて、思わず笑みがこぼれてしまった。
「な、なによ。人を見ていきなり笑って…………」
「ごめんごめん。そんなつもりじゃないよ」
私は一度みんなの方へ視線を少し向けた。和気藹々とした雰囲気で、こんな風に楽しい気持ちでいられる…………そんなこの空間がとても心地良かった。何より…………私の悩んでいた気持ちも、ぐちゃぐちゃになってしまった心も、まるでアイロンをかけられたシーツのように皺を伸ばされて、さっぱりとしたような気がするんだ。
「うん…………こういうのは初めてだけど、この空気は好きかな。こんな風にみんなとお風呂に入れて良かったよ。ありがとね、鈴」
「ちょ、ちょっと…………よしなさいよ。そんな風に改まって言われたらむず痒いわ」
「でも、この空間をくれたのは鈴のおかげだから。本当にありがとう」
私はそう第二の幼馴染に今できる精一杯の笑顔でお礼を伝えた。もし鈴がこういう事を提案していなかったら…………多分沈んだ気持ちのまま私はずっと過ごしていたのかもしれない。だからこそ、彼女にはしっかりとお礼を言いたかった。
「…………ったく、その笑顔は本当卑怯よ…………」
「? 何か言った?」
「なんでもないわよ。独り言だし、気にしなくていいわ。——そういや聞いたわよ、この間の福音事件、アンタ一人で無力化したそうじゃない」
突然鈴はつい先日あった福音事件について話してきた。私としてはいまだに引っかかる事案の多い件だし、自分がまだ強くなってないって実感させられた事件だったし…………あんまり触れて欲しくないネタではある。でも、今の私ならそんな話題でも話せそうな気がしていた。
「別に私一人の力じゃないよ。周りには第二三航空戦闘団もいたわけだし…………瀬河中尉達の援護がなかったらもっと苦戦していたと思うよ」
「いや、こっちでも見てたけどアンタの動き、どう考えても私たちより何段も上よ? あれはアンタの力があったから出来たこと。ホント、一夏にはかなわないわよ」
「そ、そう、かな…………」
「そうなんだから自信持ちなさい! って事で、風呂から上がったら一夏の戦勝パーティをやるわよ! みんな、文句はないわよね?」
突然の鈴の提案。私からしたら鈴が変な方向に舵をきったようにしか見えない。いや、なんで私の戦勝パーティなんて事になるのさ。別にそんなことしなくてもいいのに。流石のこれにはみんなも困惑するだろう、私はそう思っていた。
「おっ、それはいい! 部隊長の私より激務に当たってる副官をしっかりと労わねばな!」
「ラウラの言う通りだ。どうせだ鈴、先日の件もあるし盛大にやってやろうではないか」
「私もそれには賛成ですわ! 紅茶でよろしければこちらでご用意いたしますわよ?」
「私とエイミーは大賛成でーす!」
「折角ですし食堂の一角を貸し切ってやっちゃいましょう!」
「一夏には色々お世話になったからね、あの時のお礼も兼ねてさせてよ」
「無論、私も賛成だ。そのくらいさせてもらってもバチはあたらんだろうさ」
しかし、そんな私の予想を裏切ってみんななんかやる気満々である。え、えぇ…………別にそんなこと気にしなくてもいいのに。
「というか、私よりも箒のことを祝ってよ。遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう一夏。そういえば福音事件で忘れてたが、丁度私の誕生日だったか…………時が経つのは早いものだな」
「いや、なんでそんな達観したような感じになってるの!? てか、自分の誕生日を忘れてたって本当!?」
「? 別に構わんだろ。一夏の戦勝と比べたら些細なものだ」
「どこが!?」
待って待って! 箒が完全に色々と悟りを開いてしまっている。前々から思ってたけど、これ完全に悟りとか達観の領域に入ってるよね!?
「なら、秋十に簪も呼んで盛大にパーティするわよ! この二大主役を盛大に祝ってやろうじゃないの!」
「「「おおーっ!!」」」
この場の主導権は完全に鈴が握っている。最早この後パーティを食堂で開くことは確定事項らしい。いやもう本当に…………なんでこんな事態になったのか私には理解が追いついていない。今でもその経緯を考えてるけど、やっぱりわからない。でも、今はそれでもいいのかもしれない。
「全くもう…………とりあえず、私は身体を洗ってくるから」
「あ、それなら私が一夏さんの背中をお流しします!!」
「おー、一夏の後ろに尻尾をブンブン降ってる子供のグリズリーが見えるぞー」
「なにそれ物騒すぎない?」
「というか、グリズリーって尻尾あるの?」
「そこはせめて機体つながりで子供の狼にしておけ」
「なんかもっと物騒になってますわよ!?」
「機体も物騒だから仕方ないのではなかろうか?」
「そこを否定できないから困ったものだよ」
「皆さんの私に対する扱いってなんなんですか!?」
——この、笑い声が絶えない和気藹々とした雰囲気に満ちた、なんでもない日の何気ないひと時。それが今の私にとってとても大切で、とても尊い場所のように感じていたから。この学園に来て、初めて学生みたいな事をしたような気がするよ…………だから尚更だね。賑やかな喧騒の中、私は思わず口元が緩んで、また笑みをこぼしていたのだった。
◇◇◇
「さて…………こんなものでいいだろう」
大浴場の入り口。学生寮の寮監である千冬はいつものジャージに着替え、大浴場の入り口に立てかけてある看板に張り紙をしていた。そこには『国連派遣部隊貸切中』と達筆な字で書かれた張り紙があった。元は清掃中の看板として出しており、中には一夏しか入っていなかったのだが、鈴音が千冬の元を訪れた事で状況は変わった。結果として、現在IS学園に配備されている国連派遣部隊全員が入浴するという事態になったわけだが、千冬にとっては好都合であった。一夏の事情を知っている彼女からしたら、一夏が一人で入浴するという事は、他人に不要な不安を抱かせず、一夏自身にもその負担を強いる事はない為、双方にとってメリットは大きいと考えていた。
しかし、今日の一夏はどこか気が沈んでいるように見えていた。実の姉として声をかけて励ませればよかったのだが、どうすればいいのかわからずいたずらに時間が過ぎていた。そんな時に来たのが鈴音だった。最初はどんな結果になるのかわからず不安だった千冬だが、今となってはそんな心配は無くなっている。
「本当…………一夏は誰からも慕われているんだな」
大浴場から聞こえてくる賑やかな声、それが何よりの証拠だった。なに話しているのか、こちらまで聞こえてくるほどだ。その中には一夏の声も混じっている。それを耳にした彼女は胸をなでおろしたのだった。
「なんだか賑やかですね、織斑先生」
「山田君…………いや、真耶か。こんな時間にどうしたんだ?」
「いえ、なんだか楽しげな声が聞こえてきたので、気になって見にきただけですよ」
そんな千冬の隣に偶然にもこの賑やかさを耳にした真耶が並んだ。彼女もまた寮監の補佐として巡回しており、代表候補生時代に来ていたジャージを身につけている。同じジャージ姿であっても、ぴっちりとした千冬とダボつきのある真耶とではお互いの性格や人間性が現れているようであった。
「それにしても、皆さんなんだか楽しそうですね」
「そうだな。いくら軍人とはいえ、中身はまだ齢十五のガキ。むしろ、こんな時くらいでも楽しくやってほしいものだ。そう思わないか?」
「そうですね…………命懸けで戦ってる皆さんには感謝しても仕切れないくらいですよ。本当なら、私達のような大人がしっかりしなきゃいけないというのに…………」
「全くもってその通りだ。生徒である彼奴らは常に最前線で力を振るっているというのに、我々にできるのは精々その身の無事を案じて他の生徒を避難させて待つくらいだ。…………本当、寒い時代になったと思わんかね」
ISが対アント戦において戦力とならない以上、彼女たちにできる事は限られてくる。前線で戦闘を行うなど、自殺行為にも等しい。故に後方での仕事が多くなるわけだが、子供が命を張って戦っているというのに、大の大人である自分たちは…………そう考える度に彼女達は良心の呵責に苛まれる。特に千冬は肉親である一夏があらゆる場面で傷つきながらも戦っているのを目にしてきている。故にその胸を締め付けられるような思いは人一倍強いだろう。真耶も彼女なりに思うところがあるのか、口を噤んだままその場を動けずにいた。
「——さて、こんな湿っぽい話はここまでだ。どうだ真耶、彼奴らはこれから食堂で何かやる気みたいだが、我々から少しばかり差し入れをしようじゃないか。このくらいしたところで問題はないだろう」
「…………ですね。日頃のお礼と労いはしなきゃいけませんよね!」
「そうと決まったら我々も行動しなければな。行くぞ、真耶」
「はい、先輩!」
だが、今この場で考え込んでしまっても解決策が出てくるわけではない。それよりも二人は、今まで頑張ってきた彼女達の為に一肌脱ぐことにしたのだった。それが今の自分たちにできる自分たちなりに考えた答えだとして…………。
その後、食堂で開かれていた派遣部隊の面々主催によるパーティに二人は差し入れを持って行ったのだが、彼女達のテンションに巻き込まれ、二人も参加することになったのだった。
そんななんでもないある日の一コマである。
今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。
-追記-
今更ですが、本作にOPとEDをつけるなら
OP→『夜鷹の夢』or『calling』
ED→『悲刻の鼓動』or『君が光に変えていく』
かな、と思っています。
なお、作者はこれらを流しながらこの作品を書いてます。
以上、作者の独り言みたいなものでした。