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アナタと紫が見守るなかで、アリスはすこぶる順調に紅魔館へと向かっていた。
出発してすぐ、アナタに言われたアドバイスがきいたのだ。
…アリス、まず魔法使いの基本を思い出して…という一言だけで、アリスは理解する。
(落ち着くのよ私、先生に言われたじゃない。理沙様の修行は体に染み付いているわ)
魔界において随一の向上心をもつ魔法使いからも、アリスは学んでいた。
魔法とは、本来ならば知覚しえない森羅万象の持つエネルギーを利用する。
そのエネルギーには種類があって、魔法使いが利用するエネルギーは魔力という形で認識し、詠唱や術式によって顕される。
そして魔力、霊力、法力等々のエネルギーを理解するということは、世界の根本原理を理解するということ。
幼い日のアリスでは、魔導書に書いてある方式をなぞり形式化された魔法を繰り出すことしかできなかった。
今朝方アナタが、アリスの人形を絡めとったように、魔力そのものを柔軟に扱うことなどできなかった。
(今の私は、違う。もう、魔導書を見ながら戦っていた頃の私じゃない)
今、アリスは湖畔の自然へ見事に溶け込んでいる。
霧に当てられ、好戦的になっている妖怪達は、地形にそった匍匐飛行をするアリスに全く気付かない。
不可視化も認識阻害も、消臭も消音も、自らが押し退けてしまう空気の流れも、今のアリスが使える魔法では隠しきれない。
だからアリスは飛行する以外の魔法らしい魔法を使わずに、純粋な魔力操作でもって環境との不和を無くす。
飛行によって乱れる気流を制御し。
自身の表面から発する熱を気温に合わせ。
音を立てぬよう物に触れず身を動かさず。
それでも今のアリスは、飛行のための魔法が完璧でない。
どうしても溢れてしまう魔力を、草木や大地に馴染ませる。
魔法使いの中でも少々特殊なアリスの身体は、息遣いも鼓動も止めることができた。
(先生みたいに、能力では、できない。魅魔様達のように、魔法では、できない。朝倉様達のような科学力も無い。けど…)
湖の島に建つ紅魔館へと、アリスは誰に気付かれることなく辿り着く。
(この方法なら、私だって!)
尚、普通は魔力を精密に操作するこの方法よりも、そういった用途の魔法を覚えて使う方が簡単である。
アリスの修行の成果は、下手に小手先の技術を扱うよりも、基礎を磨かせたかった魔法使いの狙い通り、しっかりと実力を底上げしていた。
極めたというには程遠いにしても、凡才な教え子の成長に修行好きの魔法使いは、きっとうふふと笑うだろう。
(さて、大きな館だけど。どこから入ったものか…あれ?)
一度、館を俯瞰しようと上昇したアリスは、視界の端に何かをみとめた。
「…綺麗…」
それは流れる星屑のように輝く、魔力の残滓。
霧雨魔理沙の飛んだあとには、一筋だけの天ノ川が、細々と流れていたのだ。
アリスは思わず見とれてしまった。
魔法使いが山ほどいる魔界ですら、見たことがなかった。
未熟な魔法使いは、零れた魔力を隠さないため、その者特有の痕跡となる。
その痕跡には時として、残した者の性情が表れる場合があって。
紅魔館の窓のひとつへと続いている、幻想郷の未熟な魔法使いの痕跡は、魔界にて期待の新星として育てられた魔法使いを、星屑の煌めきでもって虜にしてみせた。
「アッ、いけない!」
ハッと我を取り戻し、慌てて魔理沙の跡を追う。
わずかな間とはいえ油断したアリスの、声と魔力の乱れを感知した紅魔館の門番は、派手に壊された門の前で新たな魔法使いへと手をふった。
アリスはそれに気付くことなく、紅魔館内部へ侵入する。
ようやく役者が揃ったと、明るい笑みを浮かべた紅い髪の妖怪は、先程行われていた戦いの疲労など物ともせずに、妖気に誘われた獣のような木っ端妖怪へと殴り掛かっていった。
※
(おじゃましまーす)
心のなかで勝手する非礼を詫びながら、アリスは廊下へ。
床に足を着けず、いくらか浮いている自分を、まるで亡霊のようだと感じた。
(さて、霧雨さんとやらの軌跡が消えないうちに、おいつかなくちゃ)
死なすのはあまりに惜しいと、アリスは思っている。
「レッドキャップス」
その名を呼べば、尖り耳の妖精を模した人形が姿をあらわす。
アリスの前には、赤い帽子を被った腰までの丈程の8体が整列した。
「上海、蓬莱」
続けて、更に小柄な赤い服の人形が、2体。
こちらは美しい少女のよう。
アリスは魔力で紡いだ糸を介して、人形たちを操作する。
上海と蓬莱は、身の丈からすれば不相応な人間サイズの剣を持ってアリスの側に。
レッドキャップスは、相応サイズの弓矢や鎌をかまえて、先陣をきる。
アナタと紫は、ここまでのアリスの手際に関心していた。
《良いね、ちゃんとした連携だ》
音を立てず、無駄なく。
人形達は、まるで軍隊のように死角をカバーして、行く先に脅威があるか調べつつ、進む。
人形とアリスの視界は共有などされていないが、何かあれば人形が自動で合図を送るので、少なくともある程度なら不意討ちを避けることができる。
「ギドラ様は、良い教育をなさっているのですね」
気配の消し方も、人形の使い方も、紫からしてみれば微笑ましいやり方ではあるが、しかし優秀さはうかがえる。
本心からの言葉に、アナタの首はそれぞれがあらぬ方向を向いた。
《わたし、じゃないさ》
苦笑いをしながら、アナタは言う。
《アリスが学んだ大半は、私とは別の者が教えたことだよ》
「そうだとしても、ギドラ様からの影響は、相当に大きいのではなくて?」
ニヤニヤと、悪戯っぽく笑いながら、紫。
「なんだか囃し立てたくなってしまうほどに、慕われているではありませんか」
《はっはっはっ。魔界が誇る名教師たちだけでなく、私のような獣にもなついてくれているのなら、この上無く嬉しい事だよ》
「あらあら、うふふ」
紫はアリス以上に順調な霊夢へ目をやりながら、保護者同士のような会話に興じた。
一方でアリスは、魔理沙を追ううち、壁にぶち当たってしまった。
魔理沙の痕跡が、何もないただの壁で途切れているのだ。
「ええ…」
あまりにあからさまなので、逆に困惑してしまったアリスだが、すぐに気を引きしめ直すと人形達に周囲の警戒をさせる。
単純な事しかできないとはいえ、眼前の壁を魔法で調べることに集中する間、死角からの接近や攻撃を察知するには事足りる。
「さて」
アリスは壁に手をあて、探知魔法をかけようとした。
「あ」
その壁を形作る魔力に触れた途端に、感じる。
知らない誰かの魔力が、芸術的な緻密さでもって組み上げられていた。
罠だ。
魔法使いが魔法使いを殺すために魔法で作り上げた魔法の罠だ。
直後、紫電が走る。
「いっ!!」
膨大な量の情報が頭に飛び込んで来る。
探知阻害、攻勢防壁、欺瞞情報。
予想外に多い妨害魔法の数々。
アリスは鋭い頭痛を感じたが、しかしそれも一瞬のこと。
壁に次々表れては、発動寸前でアリスにより打ち消される、紅魔館の魔法使いが構築した術式は、70を数えたところで打ち止めとなった。
時間にすれば1秒半、2秒は無い。
「…あー、痛かった」
見れば周囲の床や天井や壁などは、弾け飛んだ魔力で深々と抉れ、焼け焦げている。
ひとつひとつが単純だからこその飽和攻撃を、正面から同じ魔法で叩き潰した結果だ。
「やだ、ごめんなさい!」
背後を守っていたレッドキャップスも、3体ほど丸焦げにしてしまった。
魔法耐性のある、燃えにくい素材でなければ消し炭であった。
人間ならば即死している程には重症な人形を抱き上げ、魔法で作った水球に入れてから自宅へ戻すと、壁にポッカリと開いていた入り口を睨む。
「私って、ほんとバカ」
正直にいえば、アリスは妨害魔法に牙を向けられたとき、嬉しかった。
例え、仕掛けた相手が本気でなくとも。
そこに明確な殺意が隠っていようとも。
アリスが戦ったことのある魔法使いのように、決して敵わないと深く絶望してしまいそうになるような、こちらの心を根本深くから粉々にしようとしてくるような、圧倒的な力量差を感じなかった。
実はこの時、アリスは幻想郷にて初めて、自分と近しい魔法使いと魔法で戦ったのだ。
「…うん、よし。負けないんだから」
教わってばかりだった。
手加減されてばかりだった。
ようやく、試せる。
アリスは若い熱意のままに、入り口から下へ下へと続いている階段へ進んだ。
(まだ人間の、未熟な魔法使いだなんて言われていたけれど。私と違って、あの罠を発動すらさせずにすり抜けたんだもの。きっと優秀なのね)
変なところを勘違いしたアリスは、進む先に見えてきた重々しい金属の扉へ急いだ。
実際魔理沙は誘い込まれただけである。
(様式美とかいうやつかな。とにかく、この先ね)
人形を先行させて、扉を観察していたアリスだが、突如中から聞こえた破壊音に動揺してしまう。
それが、いけなかった。
「霧雨さん!」
残るレッドキャップスを総動員し、強引に扉を開ける。
防御魔法を展開し、上海と蓬莱に武器を構えさせながら。
飛び込んできた光景は、少女趣味な広い部屋の床で、粉々に散らばった箒らしきもの。
つぎに手で掴める大きさの八角形…紫から説明されていたミニ八卦炉…を構える、白と黒の快活そうな魔法少女霧雨魔理沙。
「誰だ!?」
そして宝石を並べたような羽を広げる、一見幼くも魅惑的な雰囲気をまとう吸血鬼妹、フランドール・スカーレット。
「アハッ」
アリスは二人と同時に目が合う。
しかしアリスの意識は、自分へ手を向けたフランにのみ向けられた。
「貴女もなの?」
アリスは紫から聞いていた、フランの能力を防ごうと、幻惑魔法を展開した。
同時に全ての人形を突撃させる。
加えて、魔法による攻撃をしようと。
「貴女って遅いのね」
それら全てを超越した速度でもって、フランはアリスの背後にまわり。
《不味いな》
アリスの目を、握り潰した。
間違いなく、本人のそれを。
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