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アナタに飲み込まれたアリスの各パーツと魔導書は、保護のための粘膜に包まれて、長い首の中を流れるように下り、数多ある臓物の中でも一際特殊な物へ送られた。
そこは、人為的に新しく作成された、アリスのための器官。
様々な形をした触手が、ところせましと蠢き、溜め込まれたアナタの魔力で満たされているそこで、アナタは先ず魔導書に意識を集中。
魔導書は、アナタの魔力を吸収、消費。
アリスが死んだ瞬間、魔導書が自動で急激に魔力を奪ったためにアナタは傷付いたが、今回は緩やかに送り込むので怪我をすることもない。
そして魔導書に記された中で、最も複雑な術式が発動準備を始めた。
しばらくは、魔導書は自動的に準備を進めるので、アナタはその間に用意するものがある。
蠢く触手の隙間から、小さなピンク色の肉塊がせり上がり、泡立つように増殖しながら形を変えてゆく。
それは人間を模した肉だ。
それは厳密に言えば人間の物でない。
しかし、物質や構造などは人間と同じだ。
遺伝子やミトコンドリアすら含まれている。
それは、アナタと魔界の民が、キングギドラという宇宙怪獣の生命力と世界の根本原理を表す魔法と真理を導き出す科学を用いて、神の期待に見事こたえようと作り出した、アリスのための肉塊だ。
アナタの意思で、肉塊は形を整えた。
それには丈夫な骨がある。
それには健康的な臓器がある。
それにはしなやかな筋肉がある。
それは、人間と変わりない胴体として、なんら問題なく機能する。
粉微塵になってしまった胴体と、肌の色、体毛の濃さ、乳房の形、血管の形や汗のでる箇所などなど、あらゆる部分で同じだ。
その新しい胴体の元へと、形の残る各パーツが触手によって運ばれ、それぞれ付いているべき箇所にあてがわれた。
アナタが魔導書に記された別の術式を用いると、アナタの魔力を使って傷口が癒えるように各パーツが繋がり始める。
一見するとひとつの体だが、非常に微細な尺度でみると、各パーツは魔力によって接着されているような状態だ。
フランが能力を用いた際、起点のあった胴が破壊された時点でアリスは即死。
アリスの各パーツを繋いでいた魔法が効果を失い、フランの能力が及ぶより先に頭部と四肢は、ちぎれたのだ。
やがて、完全に五体満足の死体となったところで、アナタは最初に準備した術式を発動。
魔導書から、それぞれ微妙に色合いの異なる、不安定な明滅をする玉が六つ飛び出した。
それはアリスの頭と四肢、胴体にそれぞれぶつかるように入り。
次いで、勢いよく魔導書から飛び出した光輝く球体が、体全体を包み込み、吸収されるように入っていった。
それらは、死んだことにより元通りのバラバラな状態になってしまった欠片。
本来別人だったそれらを、再び一人分の魂として構築する為の術式が、アナタの莫大な魔力を糧に発動し。
自分の体が本来どうあるべきかといった、人間を精神的に人間たらしめる情報が最も多く残っている、比較的欠損の少ない魂を中心とし。
人間の体を正常に機能させるための、肢体の動かし方や、臓器の制御方法などといった情報ならば残っている、死者からかき集めた魂の欠片を組み合わせ。
アリス・マーガトロイドという一人の少女が蘇生された。
『よし』
アナタは残滓を体内で処理しつつ、アリス宅の浴室に薬湯を張らせる。
作業するのは、アナタの体の極一部を元にして作った肉人形。
成熟した個体ならば、わずかに残った尻尾からでも再生可能な、アナタ達ギドラ族が魔法を学んだ結果である。
それにしても、とアナタは自嘲する。
ギドラ族の中でも、わざわざ魔法を駆使した分身を用いてまで一人の少女を世話する物好きは、間違いなく自分しかいないのだろうな、と。
アナタ達は、遥かに小さく脆弱な人間達に、何度も煮え湯を飲まされている。
アナタの知る中でも、遥か遠くにある星で若い個体が操られてしまったり、悲惨なものでは再生を封じられ、機械を組み込まれ、人間の道具にされる等。
ギドラ族はだから、人間をあまり良くは思っていない。
アナタという個体は偶然が重なった結果の例外にすぎない。
体内から転移させ、肉人形を操作して、薬湯に入れると、ほどなくアリスは目を覚ました。
「…先生?」
どこか不安そうなアリスに、アナタはなるべく穏やかな声を送る。
『アリス、大丈夫かい?』
「ええ、特に痛みも何もないわ」
『よかった。体はきちんと動くかな』
浴槽で動かせる範囲で、控えめに各部を動かしてみたアリスは、当然だと思った。
「問題ない、当然よね。だって先生が、あの魔導書で、やってくれたんでしょう?」
『そうだよ』
「だめになるはずが、ないじゃない」
『慢心はいけない。私や、魔導書を作った彼女達だって、失敗はするさ』
肉人形が、アリスに小さな瓶を手渡す。
『飲みなさい』
アリスは躊躇うことなく、一息に飲み干した。
「まっずい」
『妙薬だからね。それに空きっ腹だから、余計だろう』
「ね、まだ食べちゃダメ?」
『今の薬が効いて、トイレに行きたくなるまでだ。前も説明しただろう』
「はーい…ねえ、先生」
『うん?』
「…すみませんでした」
暗い顔のアリス。
アナタはギドラ族特有の声で、カラカラカラと笑った。
『アリス、君は結果として、紫の望みを叶えた。アリスが代わりに戦ったから、あの子は殺されなかった。アリスが恐怖を植え付けたから、あの吸血鬼は素直になれた。私では吸血鬼を殺してしまったかもしれないし、あの子は魔法使いを諦めてしまったかもしれない。どちらも紫の思惑に反する』
別の薬液が入った瓶を肉人形で渡しながら、アナタは復元したアリスの衣類を部屋へ転送する。
『それに、アリスは最近、死ぬ事への恐怖が薄れていたろう。だから、うっかり死んでしまう』
「はい…」
『手間をかけさせた、なんて事はいい。ただ、死んだときの恐怖と、苦痛を、良く思い出しなさい』
ところで、と。
アナタはアリスの前に、鉢植えの小さなバラを転送、宙に浮かべた。
『これは、夢幻館から?』
「あっ!そう、そうなの先生、文に教えて欲しいことがあるのよ、連絡してもらえないかしら」
※
太陽の畑と呼ばれる場所がある。
常日頃、向日葵が咲き誇る其所は、辺りを暗い森に囲まれ、中心部には小さな洋風の家がポツンと建っていた。
姿を消しているアナタは、文が見せてくれた写真と同じ家だと判断。
連れてきてもらったアリスは、森と畑の境目に立ったまま、手近な向日葵を顔に寄せ、声をかける。
「さて、いるかしら…もし、幽香さん、もしもし」
ざわり、冷たい風が吹き抜ける。
嵐の前のような、嫌な予感に従って空を見上げれば、上等な日傘をクルクルともてあそぶ少女がそこにいた。
「律儀にも畑に踏み入らず、わざわざ私を呼び出すだなんて、久し振りだわ。どちら様かしら?その薬草の香りからして、初対面だと思うのだけれど」
思ったより話の通じそうな印象を受けたアリスだが、決して油断しないよう自分に言い聞かせ、簡単な挨拶と自己紹介を交わした。
「それで、貴女に渡すよう、頼まれた物があるの」
「私に?はてさて、どちらさ…ま…」
アリスがバラを見せた途端、幽香は凍り付いたような顔になり、傘の柄を強く握り締めた。
すぐに表情を取り繕うものの、握り締めた手は震えてすらいる。
「夢幻館という館の主が、貴女に、と」
「そう…」
アリスは、その反応をいぶかしみながらも、降りてきた幽香に手渡した。
「ありがとう、わざわざ持ってきてくれて。けれども、あなたはこのバラが普通でないことに気付いているのかしら」
「簡単な説明は受けたわ。枯れないんでしょ、そのバラ」
「ええ、そうよ。このバラは、魔力や妖力を吸いとる事で自らを保っている。あなたも道中吸われたのでしょう?流れている魔力の一部が同じだわ」
アリスは頬をかきながら、目をそらした。
「防げなかったわ、悔しいことにね。良くできたバラですこと」
「同行者はキチンと防いでいるのにね」
「…」
「雄弁な睨み方だわ」
「見えてるの?」
「いいえ。けれども植物達は感じているわ、人間的に表現するならば、ひどくひどく怯えている。と言うよりも、このバラに魔力が残っているのよ。気付き、防ぐ前にこぼれたものを吸い上げたのね…まあ」
幽香はアナタが居る方に視線をやりながら、続ける。
「これ以上は言わないわ。アリス、あなたは余計な事を聞かず、言わず、ただ届けてくれたのだから」
次は遊びにでもいらしてね…そう言って、幽香はポケットから小さな種を一粒、アリスに渡す。
「これは?」
「お礼とお土産よ。瓶でもグラスでも、とにかく綺麗なお水を入れて、日陰に置いておけば自然に育つ薬草よ。美しい花を咲かせるから、それを摘み取って煎じると良いわ」
「ねえ、どんな効能があるの?」
「ふふ、それはね…」
「なになに?」
アリスの耳元で幽香が囁く。
大妖怪に随分なスキをみせるあたり、僅かな会話でひとまず害無しとみた判断力を認めるべきか、気を許し過ぎだと
言うべきか、アナタは首をそれぞれ傾げた。
結果としてなんら滞りなく帰路についたアナタとアリス。
植物を愛すると聞いていたので、踏み荒らさぬよう姿を消し、場合によってはアリスの手助けをしようと警戒し続けていたアナタは、頬を染めて何やら悩んでいるアリスを連れて、ちょっとした脱力感に苛まれつつ帰宅した。
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後日。
アリスが薬草を育てている間、妖怪の山と呼ばれる場所で、天狗達の組織は極秘の会議を行っていた。
トップ以下上層部の一部のみ参加する重要な会議で、皆が固い表情のなか、射命丸文だけはいつもの調子で薄ら笑いを浮かべていた。
「天魔様や大天狗様は当然ながら別として。誰とは言いませんが…あなた方の中にギドラ様を見くびっている者がある。総力をもってすれば…なんなら幻想郷の各勢力を利用すれば、などと。ダメですねぇ、いやホント困ります」
幹部には快く思わない者もいるが、表だって言うことはできない。
「まあ気持ちは分かりますよ、何せ大半の者は、ギドラ様を写真や報告書でしか知らないのですから」
なにせ彼女は、組織の中でも指折りの古株であり、実力者。
半ば引退し、普段は下っぱのように振る舞い、その実気ままに飛び回る彼女は、居並ぶ幹部達を冷たく見据える。
「そこで、コレ」
そんな文が懐から取り出した、幾重にも封印の札が貼られた小さな小さな壺に、皆が息を飲む。
「ある人物に妖力を圧縮してもらいました。雑多な妖怪の物ですが、これだけあれば十分です」
言いながら、文はニタリと笑う。
楽しみで仕方がないと言いたげに。
「これと、河童の開発した秘薬。あの女の予測が正しければ、例の花は、さぞや立派に成長するでしょうね…」
何を思い描いているのか、どこか恍惚とした目で遠くを見る文に、幹部達は顔のひきつりを隠せなかった。
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