食戟のソーマ×ジョジョの奇妙な冒険~Sugar Soul~ 作:hirosnow
かつて、M県S市杜王町に、一軒の
学生から会社員、主婦層、果てには、洋菓子よりも和菓子を好みそうな老人まで、その洋菓子店の虜になったと言われている。東京の出版社からも、ガイド誌に掲載するために、新幹線に乗って、取材に訪れる者もいた。しかし、返事は決まって、「No」の
さて、この洋菓子店が評判になったのには、理由がある。(というか、世の中に、理由がないものなど、存在しないわけだが。)
一つ目が、この店の
近隣の中学校や高校生の少年たちが、帰りに適当な口実を見つけては、その傍を通りかかるための理由にしていたことからも明白だった。ただし、その容姿は見る者によって、印象が異なるらしかった。
十代の少女のように無垢だと表現するものもいれば、熟成した貴婦人のようだと形容するものもいたからだ。
だが、彼女には小学校に中学年または高学年の娘がいることがわかったので、二十代の後半から三十代の前半くらいではないかということで、彼女に対する年齢にまつわる話は落ち着いたと言える。
二つ目が、ここで販売されるお菓子が、食べると幸運を呼び込むという噂があったことだ。
主に多かったのが、恋愛に係る内容だった。勇気を出して告白したら彼氏彼女ができただの、倦怠期だった彼氏との仲が好転しただの、冷え切った夫婦関係が回復しただの。それから、次に学業や運動などの成績関連も次いで多かったことにも特筆したい。
山岸由花子は、当初、この眉唾物のような噂には懐疑的だった。そんなことで、自分の恋愛運が向上するというならば、世の中に、失恋者など皆無ではないのかと。ところが、占いの類を非科学的だということで、否定する一方で、そのジンクスにあやかってみたい、試してみようと思うのが、人間の
「うそ~?三組の山田君と付き合っているの」
「うん。山田君って、ちょっと、かっこよくて、クラスの人気者でしょ?最初は、私には縁がないかな?って、告白は敬遠していたのね」
この山田君という男子学生を由花子は知っていたが、彼女にとっては、取るに足らない、噂話を同じ程度の、将来性の片鱗を感じさせない、「些末」な存在だった。これが、由花子にとって意中の彼__広瀬康一だったら、その「山田君」と付き合っているという少女は、無事でいられる道理がなかったのだが。
「でも、この間、
「え?あの、ケーキ屋さん?」
「うん。そしたら、なんだかわからないけど、田中君のことで頭がいっぱいになってね、もう、告白するしかないなって思ったわけ」
その女子高生がそこまで物事の件を話したところで、由花子は教室にはいなかった。彼女は、
まだその日の授業の半分も消化していなかったにも関わらず、教室を出るとき、教師とすれ違った。
「おい、山岸。授業は始まっているぞ。早く席に着きなさい」
月並みだが、職務に則った教師の言葉に、由花子は次のように返したという。
「先生は運命の赤い糸を信じますか?私は信じています。でも、赤い糸を、言葉に語りつくせないほどの受難を乗り越えたとして、それは真実の愛に到達するまでの
案の定というべきか、その教師は、否、その場にいた生徒たちを含めて、唖然と目を丸く見開いたまま、その場所で固まっていた。
「先生、月にお給料をどれくらいもらっています?それを一約60分の授業に換算したとして、一回の授業にはどれだけの価値がありますか?私にとって、たかだか数千円にも満たない講義と、愛の重みを比較したとき、私がとるべき行動がどちらかなんて明白ですよね」
由花子は、彼女以外が到底思いつかないほどのインパクトを周囲に与えて、堂々と学校をサボった。
学校を出た由花子は、彼女独自のルールで、人々が遵守すべき交通規則など平気で違反して、かの洋菓子店へ辿り着き、お菓子を購入した。
由花子が手にしたものは、苺のミルフィーユだった。
苺のリキュールをベースにしたソースが、鮮やかな真紅を放ち、頂点には摘んでから時間の経過していない新鮮な苺が飾られている。
「でも、こんなもので、私の運命が変わるなんて…」
店内に備え付けられたテーブルに座し、フォークを片手に口に運ぶ。すると、衝撃が由花子の舌を、それから、体と、そして、精神を駆け抜けた。
苺の甘酸っぱさは、由花子が康一を初めて見たときの初恋を思い出させ、そのあと、口の中に広がるクリームのコクとパイ生地の食感は、胸の中にある康一への愛を何倍にも膨らませた。(あくまでも、由花子の主観に基づく感想だが。)
何にせよ、由花子と康一の愛情はまた一つ、強くなったことば確かである。
それから、三つ目として__当然と言えば、当然なのかもしれないが、彼女のお菓子を口にした者は、みな、美味しさの虜になったという。
虹村億泰は、パッケージを開け、中のケーキを見たとき、溜息をついたという。
「あんだよ。俺は華の男子高校生よ。ケーキなんて、女子の食うもんだぜ。お前もそう思うよなァ?」
傍らにいたハーフの同級生__東方仗助に悪態をついてみせた。
「おめえ、小言がおおすぎんぜ。この前もトニオさんの店で、パスタ食ったときも、辛いもんが駄目だとか云々カンヌンとよ~」
仗助はげんなりした表情で、これに反応した。
「せっかく、お袋が買ってきたんだし、文句を言うなら、おめえは食うな」
ある日の日曜日、虹村億泰は、親友である東方仗助の家に遊びに行くと、仗助の母親である朋子に振る舞われたのが、かの店のお菓子だったのである。
「まあ、待て。誰も食わないなんて言ってねえ。けどよお…」
「じれってえ。食うのか食わないのかはっきりしやがれ」
結局のところ、億泰はフォークで、一口分を切り分けると、「アム」と口の中へ欠片を放り込んだ。
「まったく、いちいち、うるせえ奴…」
仗助が、紅茶を含んだそのときだった。
「ンまぁああ~い!!」
億康の唐突な声に、紅茶の半分を吹き出し、残り半分は気管支の中に入っていき、「ゲホゲホ」と彼を大変に苦しめた。
「おい!!うっせーぞ。鼻の中に入っちまったじゃねえかよぉ!」
「じ、仗助…俺よお、今までケーキなんて、甘いだけのモンだと思っていたけどよ…こいつは『違う』。ビターなチョコレートとオレンジの爽やかな風味がマッチングしてんだよ。香りのワルツっつーかよ、甘味の協奏曲っつーかよ、甘いだけっていう俺の概念を吹き飛ばしてくれたぜ」
どこぞのグルメレポーターでもなったつもりか。トニオさんの店でも同じようなリアクションをしていたなと仗助は、呆れた表情で観察をしていた。
なお、このケーキに感銘を受けた億泰は、自分でケーキ作りを始めるようになり、スイーツ男子の道を歩み始めるが、それはまた別のお話。
■
仗助と康一は、このことをトニオに話してみた。
「そんなことがあったのデスカ」
「ねえ?トニオさんも思うっすよねえ。異常な出来事って奴ですよ」
仗助は言うが、実際、仗助が億泰を連れてきたとき、彼はそれ以上の異常事態に面している。相棒の億泰などトニオの料理を食した後に、異常な位に涙が出て、異常な位、肩から垢がこぼれ落ち、虫歯が抜け、内臓が飛び出る始末だったのだから。
「それに比べたら、些末なことではないデショウカ?」
トニオの日本語は流暢だが、「些末」という日本人でも日常的に使用しない言葉を、トニオは口に出していた。
「ソレより、お料理を召し上がってクダサイ」
コース料理のようなフォーマルなメニューではなく、数人で摘まめるような、軽めの皿がテーブルに並ぶ。
会話もそこそこに仗助と康一はトニオの料理を食べ、舌鼓を打っていた。
「やっぱり、トニオさんの料理は美味しいです。今度、由花子さんを誘って来ようかな」
「へ、へえ…」
仗助は、どうしても、康一があの「プッツン由花子」に好意を抱けることに合理的な説明がつかないでいるのだ。数多の美徳や美しい容貌すら一瞬で掻き消す、
「私もあの洋菓子店の噂?口コミというヤツですカネ、気になったので買って、食べまシタ」
「マジっすか、トニオさん?」
「何を食べたんですか?どうでした?」
「ティラミスと、セミフレッドを買いまシタ。やはり、イタリアのデザートが気になりましたノデ」
「どうでしたか?その、味の感想というか」
「恐らく、デザートに関してなら、私が作るものよりも美味しいと言わないといけまセン」
トニオの発言に、二人はしばしの間、信じられないといった表情で、トニオのことを見ていた。ニュアンスからそれが謙遜という類のものではないことを悟った。仗助も康一も、外食した中で、トラサルディ以上の料理を出す店を知らない。
トニオの事実上の敗北宣言とも取れる言葉は、一種の青天の霹靂に等しいものだった。
「私は、あのデザートの中に、何と言いますか、チョット表現が難しいのデスガ、エナジーを感じマシタ」
トニオはそのように二人に語った。
その店は、
■
時と舞台は移り変わり、東京都K市。
「ふぅうーーーっ…ここかぁ、遠月学園?ってのは__」
一人の少女が、雑木林の並ぶ、整然とした街並みを、悠々と歩みを進めていた。携帯電話に、地図アプリを起動させながら。
少女の名前は、
これは、少女の『信念』__人の精神の座標軸の物語である。
To Be Continued