食戟のソーマ×ジョジョの奇妙な冒険~Sugar Soul~   作:hirosnow

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佐村耕助とシザーシスターズ その3

「ハァ?料理勝負?」

 二条理莉香は、初対面の佐村耕助の口から言い渡された、その提案に露骨な拒否反応を見せた。

「全然、前後の脈絡とその理由が分からないんだけど」

 理莉香の言い分は正しい。耕助の誘いに乗ることについて、義理も義務もなければ、必然性もないからだ。

「言ったよね、あたし。たった、今、あんたに。今日は編入学の試験があるの。あんたも通っている遠月の。このままだと、不合格になっちゃうの。あんたの脳味噌でも理解できるよね?」

 理莉香の声は殺気立っているのか、荒々しさを増している。

「だからだよ。遠月は恐ろしい場所だ。少しくらい料理が出来ても、その内、潰される。だから、俺との料理勝負で、実力を測ってみろって言ってるンだ」

「ハァ…やれやれだわ」

 理莉香は舌戦の末に、諦めるに至った。このまま、押し問答を続けていても、(いたずら)に時間を浪費するだけで、確実に絶望に近づくだけだと考えたからだ。

「まるで、試験管ごっこね」

 理莉香は、昨日、宿泊したホテルで、読んだ漫画の台詞を思い出して、自嘲気味に、魔法の呪文のように唱えてみた。

 

 

 理莉香は、結局のところ、料理勝負を受けることに決めた。そうしないと、この場から立ち去ることは出来ない。

「耕ちゃん。やるのかい?」

 耕助に声をかけたのは、耕助の店の常連さんだった。聞くところによると、大工の棟梁ということだった。

 耕助の行った所業には、腸が煮えくりかえる思いであり、むかっ腹が立ったことは紛れもない事実だが、こうして常連さんと良好な関係を作れていることは、感心すべきことだと考えた。耕助本人ではなく、店を開いている両親の功徳なのだろうが。

「ああ。作るお題は、蕎麦粉を使った料理。材料は厨房にあるものはどれでも使っていい」

 理莉香は、適当に聞き流した。なんにせよ、耕助に有利な条件には違いない。

「棟梁。味見役、お願いするぜ。耕助自慢の鴨南蛮、食わせてやるよ」

「鴨南蛮?」

「知らないのかい?鴨の肉とネギをあしらった季節蕎麦だぜ。お品書きには書いていない、佐村耕助の特性メニューだ」

 理莉香とは対照的に、耕助は闘志を燃やしていた。こういうのを、熱いのではなく、暑苦しいというのだろう。

 理莉香は失礼なことを考えながら、何を作ろうか悩んでいた。調理時間を考えると、入学試験まで残されている時間はそんなにないと思うべきだろう。材料は好きに使っていいとは言うものの、理莉香の得意料理を披露することは難しいと考えた。

 

 

 先に調理を終えたのは、耕助の方だった。

 丼の中に、熱いツユが張られ、蕎麦が泳いでいる。上にあしらわれたのは、鴨肉とネギだ。

「耕助特製鴨南蛮だ。パリパリに焼いた皮、つくね、そして、鴨肉のローストが具材だ。ネギは鴨の油を吸わせてある」

 理莉香は傍目に見て、思う。確かに、旨そうだ__と。そいつをさっき食いたかったな、とも。

 大工の棟梁が耕助の品を口にする。厳つい表情が弛緩する。

「いつもながら、耕ちゃんの蕎麦は一級品だ。とても、中学生が作ったとは、信じられねえ」

 棟梁は、豪快に蕎麦を啜って、鴨の出汁(ダシ)が染みたツユを味わう。理莉香は、調理の最中(さなか)、この棟梁の挙動を観察していた。この観察という作業は、彼女にとって、一種の習慣になっていた。ただ、食べる姿を眺めるだけ。そのように語ってしまえば、身も蓋もないが、それは様々な情報をもたらしてくれることは否定出来ない。例えば、熱い料理で食べる速度が遅ければ、猫舌だったり、適温になるのを待っていることが読み取れる。(ゆる)みきった表情は歓びを、たとえ、厳つい表情を崩さなくとも、一心不乱に食べ続けるなら、それは、料理が美味しいということだと解釈できる。

 棟梁は、蕎麦をあまり咀嚼せずに、飲み込んでいた。通の蕎麦食いによれば、蕎麦は「噛まない。喉越しを楽しむもんだ」そうだ。理莉香にとっては、正直どうでもいい。料理の出来を大きく左右するとも思えないし、噛まないことが消化に悪い気がするからだ。ただ、耕助の料理の()()を見つけられたような気がした。

「それじゃ、あたしの料理を召し上がってもらおうかな」

「お嬢ちゃんの番か。こんな、別嬪(べっぴん)さんの手料理が食えるなんて嬉しいね」

 理莉香は、棟梁の前に平皿を差し出した。

「アリャ?なんだい、こりゃあ。クレープみたいだな」

 見慣れないフォルムに、間の抜けた反応を示した。

「これが蕎麦にはみえねえが」

「ガレットだ」

 耕助がその料理を説明する。

「フランス北西部のブルターニュ地方発祥の料理だ。クレープの起源になったと言われている。蕎麦粉を使った料理だよ」

「へえ。横文字はサッパリだが、まあ、食ってみるか。これ、ナイフとかフォークで食べるのかい?」

 少し困惑した口調で、棟梁は尋ねた。

「基本そうですが、お箸を使っても、手で食べてもいいですよ」

 棟梁は、直に手で持って、口に運ぶことを選択した。

 ガブリ。ガレットに(かぶ)りつく。

 生地がパリッと小気味よい音を立てた。

「美味え!」

 目を真ん丸に見開いて、棟梁が吠えた。

「これは、俺の知っている蕎麦じゃねえ。ずるずると啜りこむ感覚がねえ。けれども、こいつには蕎麦の香りがする」

 理莉香は、生地として使う蕎麦粉に、香りの高い挽きぐるみを使った。挽きぐるみとは、殻を除いた蕎麦の実をすべて挽いた全層粉と呼ばれ、強い風味が味わえる。

 具材は、さっき天ぷらの材料にしたと思われる、海老、鱚、イカ、それから蓮根とキノコがあったので、これらを蒸し焼きにし、生地に加えた。

「じゃ、棟梁。急かすようで悪いけどサァ、俺と理莉香ちゃん、どっちが旨かったか、教えてくれるかい?」

 耕助は勝負の判定を求めた。なお、このとき、耕助は、シザーシスターズから一本の“紐“を伸ばし、棟梁に巻き付けていた。

 彼が命じた不作為とは、「嘘をつかないこと」__。常連客である彼が耕助を贔屓することも考えられたし、同時に、女の子である理莉香に肩入れをすることも考えられた。他意や悪意がなくても、大人からすれば、料理勝負など子供のお遊びに見えただろうから。

「耕ちゃんには、悪リィが俺ァ、お嬢ちゃんの、この、ガ、ガ、蕎麦粉のクレープの方が(うめ)えと思った」

 棟梁が勝敗の結果を口から伝えたときだった。一本の鋏がシザーシスターズから分離して、理莉香の手元に飛んできた。

「俺の負けだ。その鋏で、“紐“を切るんだ。そうすれば、君に課せられたスタンド能力は解除される」

「自動で解除されないんだ?ホントに変な能力」

 理莉香は、躊躇うことなく、“鋏“で“紐“を切った。

 バッツウウウウウン!

 切断時に、大きな音が響いたが、スタンド能力を持たない大工の棟梁には、聞こえることはなかった。

 

 

「やっぱり、行くの?」

「ええ。わざわざ、そのために、杜王町からやってきたのよ」

「考え直さない?」

「ていうか、あんたに、メリットやデメリットがあるとは思えないんだけど」

 理莉香は耕助に尋ねてみた。腑に落ちなかったのは、自分の利得になるわけでもないのに、スタンドを出してまで、編入学試験に行くことを頑なに止めようとしたことだ。

「心配なんだヨォ。君が、もし、合格して、あの、人外魔境に足を踏み入れることが。遠月は、料理の名門校だよ。でも、カリキュラムが鬼のようなんだ。離脱者も少なくない。君がトラウマを植え付けられたりしたら、そう思うとさ、どうしようもなくって」

 ハア、溜め息がこぼれた。

「忠告はありがたいけど、それって、大きなお世話だよ。あたしの道はあたししか決められないからね」

 理莉香は手荷物を持って、耕助の店を出ようとした。

「あたしには、座標軸がある。遠月を受けるのも、その座標軸があるからだ。だから、自分の行動がどんな結果をもたらしても、それに後悔することはないと思う」

 耕助は、理莉香の目つきに、決意の表れを見た。自分が何をしても、彼女の決心を鈍らせることはないだろうと、「言葉」ではなく「心」で理解した。

「わかった。幸運を祈っているよ」

「まあ、そう悲観することはないんじゃない?あたし、合格したら、同じ学校で一緒に勉強できるんだし」

 理莉香はあっけらかんと言った。

「そうか、そうだよな。ふふふ」

 耕助は、気持ち悪い笑みを浮かべた。

「もしさ、そうなったら、俺と友だちになってくれるかな?」

「何、言っているのさ」

 理莉香の反応を見て、耕助は思った。これは、「私たち、とっくに友だちじゃん」という流れだと。

「耕助は、あたしの舎弟ね」

 耕助の読みは外れた。

 だが、力強く、前を見て歩もうとする理莉香を見て、「それもいいか」と思ってしまった。

 

←To Be Continued


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