食戟のソーマ×ジョジョの奇妙な冒険~Sugar Soul~   作:hirosnow

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ブリング・ミー・トゥー・ライフ その1

 幽波紋(スタンド)__それは、人間の精神エネルギーが形を成したものである。生命エネルギーが作り出す、パワーある(ヴィジョン)であり、傍らに現れ『立つ』というところから、『幽波紋(スタンド)』と名付けられた。

 

 

 西園和音は、ひたすら、目の前の出来事に、驚愕するばかりだった。編入学を希望する、目の前の少女は、なんと、スタンド使いだったのだから。

 スタンド使いという言葉を言い換えると、超能力者とするのが、比較的、一般的な概念に近付くだろうか。非日常的な、不可思議な現象が発生するなら、それは、スタンドに由来することが多い。

 和音は、世の中にどのくらいスタンド使いが存在するか知らないし、また、それを知るための統計手法にも窺い知ることはないだろう。だが、この遠月学園という限られた空間の中で、スタンド能力を持つ者は集い、また、力を持たぬ者も遠月の中で目覚める者が増えていることを和音を含めた関係者の多くは認識していた。

 遠月という地が力を与えるのか、総帥を始め創始者たちが築き上げた機構(システム)が能力を呼び覚ますのか、はたまた、才ある者たちの人の(えにし)が新たなる才を引き寄せるのか。その(ことわり)こそ知らぬが、料理に情熱を傾ける者が、環境に喚起されて、スタンド能力を持つに至ったとしても、不思議ではないと西園和音は考えた。

 

 

「ねえ、お姉さん。あんたも見えているんでしょ、あたしのスタンドがサァ」

 二条理莉香のスタンド__人というよりも、SF作品に出て来るアンドロイドかサイボーグを彷彿させる『それ』を彼女は『ブリング・ミー・トゥー・ライフ』と呼んでいた。

 彼女のスタンドを分類するなら、近距離パワー型に該当する。射程距離は2メートル程度。彼女のスタンドは、姿を現すときは、常に彼女の傍に立ち、常に理莉香と共にあった。

 メレンゲを作るとき、グラニュー糖を、全部、一度に入れられないので、数回に分けて投入する必要があるが、スタンドに泡立てを行わせて、理莉香自身が少しずつ分量を調節しながら、加えることができるので、このような場面でスタンド能力は極めて有用だった。

 そのあとも作業は続き、メレンゲに粉糖、アマンドプードルを混ぜて生地を作る。それから、生地の硬さを調整するために、生地の気泡をひとつひとつ、潰してゆく。これらの作業に要求されるのは、筋力のしなやかさと精密性だが、理莉香のスタンドはこれらの要求を十二分に応えた。

「な、なんて、力強さと緻密さを兼ね備えたスタンドだろう。そして、そのコンビネーション!!」

 和音は、思わず溜め息をついた。スタンドは、本体となる人間の精神からなる。言い換えれば、スタンドは、その人間の身体同様に一部分なのだから、息が合うということは必然のように思われる。だが、それをコントロールすること、及び、能力を上限値まで引き出すということとは別次元のポイントだ。理莉香はスタンドの特性を、その力を完全に自分の支配下に置いていた。

 生地が出来上がったようだ。理莉香は生地を、丸口金を取り付けた絞り袋に入れると、天板の上に敷いたオーブンシートへ直径が3センチ程度になるように絞り出した。

 トントン、と、天板の下部を軽く叩く。生地の中に出来た余分な気泡をこうして、抜いてやるのだ。この小さな工程が焼き上がりを左右するからだ。表面が乾燥するのを確認すると、理莉香はオーブンへ投入した。

 中火で約3分ほど焼き、生地の下部が膨らみ、(ピエ)ができたら、今度は7~8分、温度を下げて焼くのだ。この(ピエ)が綺麗に出来るかどうかがこのお菓子のできを分けるポイントとなる。生地を焼くと表面が硬くなる。生地の中の空気が膨張するわけだが、硬い膜のおかげで、上に逃げることができず、下に膨らむわけだが、それがまるで足のようなので、(ピエ)と呼ばれるに至った。

 生地を混ぜる段階で、理莉香が丁寧に気泡を潰していたのもこのためである。気泡を潰しすぎると、焼いたときにボリュームが出ず、形が崩れてしまう。逆に気泡が必要以上に残ると膨らみすぎて、生地が割れたり、生地に艶が生まれない。その加減が重要であり、難易度を要する。

 生地が焼けたことを確認すると、天板の上で冷まして、粗熱を取り、その間に、生地と生地の間に挟むフィリング__バタークリームの準備に取り掛かった。

 

 

 十数分の時間が経過した。

 理莉香のバタークリームを混ぜ合わせていた。二階堂圭明の皿__フォアグラのソテーを具材にしたオムレツが完成したのは、このときだった。

「試験官。僕の料理は出来ました。冷めない内に、試食をしていただきたいです」

 はやる勢いの二階堂を西園和音は静かに制した。

「実際に料理を食するのは私ではありません。審査を行うものは別におります」

 和音は、ここで一息ついた。そして、緩慢に、しかしながら、厳かな口調で次のように言葉を次いだ。

()()()()()

 二階堂の顔つきが変わった。今までは、余裕を浮かべて、泰然と構えていたのだが、その表情からは一切の笑みが失われていた。二階堂は、十傑という言葉の意味を知っていた。

 遠月十傑評議会__遠月学園高等部に在籍する生徒の(いただき)に座する者。それが、どのような意味を持つか、学外の人間であるはずの二階堂ですら、知っていた。正確には、それくらいに『十傑』の名が広く浸透していたからに他ならない。

「しかし、十傑はその名称の通り、十名の生徒からなる合議体です。今回の編入学希望者は22名の11組ですから必然的に余りが出てしまいますので、二階堂さんと二条さんには、十傑ではありませんが、特別に選考委員をお呼びすることに致しました」

 和音が言葉を言い終えるのを待って、この調理実習室へ優美な仕草で、一人の少女が入室した。

 美しい少女だった。気品という言葉がそのまま、人の姿を為したと言っても過言ではないだろう。男性はおろか女性でさえも、その美貌に見とれて、惚けたとしても不思議はなかっただろう。しかし、二階堂は、先に恐怖にも似た感情に支配されていた。

 そのような彼の心中を知ってか知らずにか、和音は感情の起伏のない静かな口調で、来訪者の名前を告げた。

「当学園総帥、薙切仙左衛門の孫に当たります、薙切えりな様がお二人の課題を評価されます」


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