Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第六話 『幼女は遅れてやってくる』

 

 

「待つばかりが女ではない。我は動く女なのだ」

 

 

 噴水の縁からラルトレアは立ち上がった。時刻は真昼間、日差しが少々ヒリヒリする時間帯だ。ラルトレアには自負があった。

 ただの吸血鬼ではないという自負、平凡ではないという自負。

 

 自分は平凡ではない、女としての自分もまた平凡ではない、優れているというロジックだった。

 

 

「スバルが力を発動させているのは間違いない。スバルもまた巻き込まれている可能性もあるにはあるが、それは考えても無意味だな。スバルだと仮定して行動しよう」

 

 

 さて、とラルトレアは周囲をぐるっと見まわして腕を組んだ。

 

 

「――どこに行けばいいか……スバルが現れるポイントはどこだ。あのリンゴを売っている八百屋、サテラと出会った裏路地、大通り、貧民街、盗品蔵……」

 

 

 場所はいくつか候補がある。だがそのどれも確証がない。

 スバルに『力』があったとして、スバルはどこへ行くだろうか。

 それに。

 

 

「……刻限もある。スバルが『力』を使ったのは日が落ちてからだ。時間の制限もあり、きっとスバルは絶えず移動しているはずなのだ……くそっ、わずらわしい……!」

 

 

 簡単に答えが得られず、むしゃくしゃしてしまうラルトレア。

 

 

「くっ、……スバルめ、我をこんな気持ちにさせおって……」

 

 

 

 むしょうに胸を掻きむしりたい気分なのだ。

 こうやって腹を立て、悩んでいる間も、刻々と時間が過ぎていく。早く選択しなければならないのだ。それがラルトレアを焦らせる。

 

 

 

「こう考えるのは癪だが……スバルがあの銀髪に力を貸そうとしている、のだろうな。ぐぬぬ……なぜ我に振り向かぬ……いっそのことあの女を殺してしまいたい……だがそうすればスバルが……歯がゆい! ああ!!」

 

 

 思わず、整った長髪をぐしゃぐしゃにしてしまう。一度冷静になるために思い切り感情を発露させ、深呼吸して呼吸を整えていく。ぼさぼさになった髪も、ゆっくりと元の形へと戻っていった。

 

 

「盗品蔵だ。盗品蔵だろう。あそこに行くのが一番手っ取り早いだろう。サテラが徽章を盗まれるかどうかは分からない。ただ、あそこに居ればおのずと結果がわかる。追うように辿っていっても結局間に合わないのでは意味がないのだ」

 

 

 現在時点で移動しているスバルを探しに、大通りや八百屋、裏路地をうろついていては埒が明かない。出会う可能性よりも、すれ違う可能性の方が高そうだ。

 

 それなら、最初から最終目的地に行っていた方が楽だし効率的だ。

 

 

「待っておれスバル」

 

 

 

 盗品蔵へと幼女は駆けだした。

 この肉体能力、歩幅ではあそこに到着するまでに結構な時間が経ってしまうだろう。ならば急がなければならない。

 

 人混みをかき分けるように、大通りを突き進んでいく。低い視点では周囲の状況を確認する余裕はない。

 

 あるときは爬虫類の肌を持つ長身の股下をくぐり抜け、また、あるときはラルトレアと同じくらいの背丈の獣人の横を通り――

 

 肉体が持てる限りの、童女の身体能力すべてを使って走り抜ける。途中、さまざまな者たちが目に入る。

 

 桃色の髪の若い踊り子や、六本もの剣をぶら下げた剣士。妙な人だかりができていたところもあったが、今は無視。気にしていては時間を無駄にする。

 

 

 

 そうしてようやく、三十分くらいで貧民街へと入ることができた。貧民街の入り口から、盗品蔵への道順を思い出していると――

 

 

 ぐにゃり。

 

 

 視界がぐにゃぐにゃと、とぐろ巻くヘビのように渦巻きはじめた――

 

 

 

「――は? どうしてだ――?」

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「…………早まったのか? 一体どうすれば良いのだ……」

 

 

 

 目の前にあるのは広場だった。

 中央には噴水があり、石畳らしき道路に自分は突っ立ってる。

 

 もう四度目だ。

 

 

 今一度、「戻る」前の状況を思い出す。猛ダッシュして貧民街へ着いたかと思えば、すぐこれだ。

 あのときまだ日は暮れていなかった。

 

 

 ならば。

 

 スバルが巻き戻す”タイミング”を早めた、ということだろうか。

 

 

 

「……盗品蔵に行く選択肢は無いか」

 

 

 時間的にどうあがいても、今の肉体では間に合わない。力を得るには誰かから血を吸わなければならない。

 どしんどしん、と目の前を地竜が歩いている。

 

 

「あまり獣の血は好かないが……いや……面倒なことになるだろう」

 

 

 地竜を襲うと暴れ出しそうで怖い。小動物の方が良いが、見かけたものといえば貧民街のネズミくらいか。

 ――ドブネズミか、あんなものを……。

 

 この際仕方ないのかもしれない。

 だがネズミを狩るには貧民街にたどり着かなければならない。

 他にネズミが居そうなところ――

 

 

「裏路地か。裏路地ならすぐに行けるのだ」

 

 

 行動を決めたラルトレアは早かった。考え込んでいた頭を持ち上げて、ついていた頬杖を離す。勢いよく立ち上がって、

 

 きゅるるぅ……。

 

 ラルトレアの小さなお腹が悲鳴をあげていた。

 

 色々と考えることが多くなりすぎて、頭を使いすぎたかもしれない。「戻される」たびに、考えることが多くなるのだ。疲れもしよう。

 

 

「お腹が減ったのぉ……早く血を吸わねば……」

 

 

 空腹でお腹と背中がひっついてしまいそうだ。早く血を吸いたくてたまらない。”吸血衝動”が抑えられなくなったらお終いなのだ。

 無意識のうちに良い匂いにつられるようにして、大通りへとラルトレアは駆けだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃スバルといえば。

 

 

 

「つまり、これはアレか」

 

 

 顎に当てていた手を前に向けて、指パッチンする。

 

 

「――死ぬたびに初期状態に戻ってる、ってことだな、神よ」

 

 

 

 馬鹿馬鹿しいと除外していた考えを、ようやく結論としていたところだった。

 

 

 

「死に戻り、もっとまともに言うと……『時間遡行』ってやつになんのか、これ」

 

 

 

 つまりスバルは限定的タイムトラベラー、ということになる。

 

 

 

「『死に戻り』してたって考えると、どうにもこれまでの不自然さの辻褄がきっちりかっちり合っちまうんだよな……」

 

 

 一度目の死は、ラルトレアと二人で盗品蔵に入ったときだ。

 ラルたんの説得でサテラを一人で行かせてしまい、その挙句踏み込んだら殺人鬼とこんにちは。サテラは首を斬られており、ラルたんとスバルも腹を切り裂かれる最悪エンド。

 

 

 そして二度目の死は、ロム爺とフェルトが殺され、その後の抵抗もむなしくエルザに惨殺された。

 

 

 三度目の死はほんの十数分前に体感したばかりだ。

 これこそまさに、犬死というのを体現した死に方だった。

 まさかトン・チン・カンに殺されようとは。

 

 

「一回目と二回目から考えて……俺はたぶん二回、エルザにやられてるな」

 

 

 一回目、盗品蔵に居たのはエルザだったのだろう。

 倒れていた大柄の老人の死体はロム爺で正しかったわけだ。

 

 

「二回も同じ相手に殺されてんだな。単純に考えて、エルザはエンカウントすると死亡が確定する死神キャラってことだろ。それに……」

 

 

 

 エルザと遭遇した場合のことなど、考える必要があるか?

 

 

 遭遇する可能性があるのは、『盗品蔵』のみだ。

 

 そしてそこに赴く理由は『徽章』であり、それを取り戻すという目的は『彼女へ恩を返す』という理由だ。

 しかし、『死に戻り』によって巻き戻ったスバルにとって、その恩義は存在しない。

 

 

『誰だか知らないけど、人を『嫉妬の魔女』の名前で呼んで、どういうつもりなの!?』

 

 

 三度目の状況がそれを物語っている。

 スバルとサテラの関係はリセットされている。

 いやサテラだけではない。この世界の住人たち全員だ。

 

 

 ならば徽章のことなど綺麗さっぱり忘れて、エルザと遭遇するというBAD ENDフラグを回避する。

 

 

 

「ラルたんは、どうなんだろうな……」

 

 

 ラルたんとは一回目以降、一度も会っていない。あの広場に行かなければスバルはあの幼女と出会うことがないのだ。

 ラルたんが居たからといって、あの惨劇になったわけじゃない。

 

 

「でも今考えれば、盗品蔵に入るときのラルたんはすこし様子が変だった」 

 

 

 明らかにラルたんはサテラを一人で行かせたがっていた。

 これは一体どういうことだ?

 ラルたんもまた、スバルと同じく異世界召喚されている。スバルが『死に戻り』の力を持っているのだから、ラルたんも何かしらの力を持っている可能性が高い。

 

 

「ラルたんは味方……だよな? なら、また広場に行くか? いや、でもわかんねえ……誰が味方か、敵か、もう全然わかんねえぞ……」

 

 

 あんな可愛い幼女に見えて、実は、ということもあるかもしれない。

 暗い顔をして座り込んでいたのも、そのあと見せた笑顔も演技かもしれない。

 現にエルザは完全な異常者だが、外見から分からない。

 ニコニコ笑っていても、どういう人間かなんて分かりっこないのだ。

 

 

「とにかく今は……」

 

 

 避けられる地雷は避けて通る。少しでも怪しい道は通らない。それが正しい。

 

 

「ま、ケータイが金になることはわかってるしな。ロム爺に頼らなくても、適当に信用できそうな店を見っけて売っ払えば軍資金は作れるだろ」

 

 

 聖金貨二十枚以上だ。

 いまいちわかり難いが、適当な宿に何泊かできるぐらいの金額ではあると思う。

 

 

「売り払ったら、その金がなくならないうちにどっかの店に下働きとして雇ってもらうとかしかねえよなぁ……」

 

 

 かなり不安だが、少しくらいブラックでも殺されるよりはマシだろう。

 

 

「そうなれば話は簡単だ。とっとと行動しないと日が暮れちまう。なあ、オッサン」

 

「さっきからブツブツ言ってると思ったらなんだネ、急に。なあ、とか言われても知らないヨ」

 

 

 隣で露天商をやってる主人が迷惑そうな顔で答える。

 頭にターバン巻いて、壺や皿を売ってる露天商だ。

 

 

「俺もこうやって持ち物売ったらいいのかな……でも、この残念な壺とかと一緒の感じで売って儲かんのかなぁ。どう思うよ、オッサン」

 

「他人の売り物見ながら残念とか言わないでヨ! なんなの、チミ!」

 

「いずれ富豪として名を上げる男だよ。ケータイ成金とでも呼んでくれ。……それって巻いてると頭とか痒くなんない? なんで巻いてんの? ハゲてんの?」

 

「意味わからない上に失礼極まりないヨ! どっか行ってよ、商売にならないじゃない!」

 

 

 露天商の主人の態度はかなり冷たい。

 

 ――ただすれ違う他人に接する人間の心なんて、どの世界でも一緒だよなぁ。

 

 

「でもさ、自分が切羽詰まってても人のこと助けちまうお人好しもいんだよ」

 

 

 大切なものが盗まれたあとで、それを盗んだ相手を追いかけてる途中なのに、役立たずの自己満足に付き合って、ひどい最期を迎えてしまうお人好しが。

 

 

「三回も繰り返してみると、色々とわかってくることもある。いや、それでわかってこなかったらだいぶ頭可哀想だけど、俺の頭はそこまでじゃない」

 

「なにを言い出したのヨ、今度は」

 

「たぶん、パターンがあんだよ。運命って言い換えてもいいな。――何度やり直しても、この展開は必ず起こるって運命が。たとえば……」

 

 

 必ず、サテラはフェルトに徽章を盗まれる。

 ならば、二回目も盗品蔵の現場に到着しただろうサテラはどうなった。

 足手まといはいないが、あのエルザに勝ち得たのだろうか。

 

 

「それはわからない。わからねぇまんまだ。だけど、わかることもある」

 

 

 このままだと、間違いなくフェルトとロム爺は殺される。そして、サテラとエルザは一戦を交えることになる。

 フェルトは盗人の業腹な娘で、ロム爺は盗品を裏で買いつけて売りさばく小悪党だ。二人とも居なくなれば清々するところだ、が。

 

 

「あー、こんな気持ち、パソコンの前じゃすっげぇバカにしてたくせによぉ」

 

 

 同情とか慈悲とか馬鹿馬鹿しいと、そう振舞っていたはずだ。

 自分は情が薄い人間だと思っているし、現代人は誰もがそんな感情が希薄なものだ。

 だからどんな事態に陥っても、知っている人間が死ぬ、くらいの情動は淡々と受け止めると思い込んできた。

 

 

「なのに、嫌なんだよ。気持ち悪ぃんだ。善人とは程遠いよ、二人とも。――でも、いっぺん知り合った奴らが殺されるって知ってて、見過ごすのは無理だな」

 

 

 けっきょくは、そう振舞っていただけという話なのだろう。

 バーチャル感覚で皮をかぶって、いざリアルになればこのザマだ。

 

 

「それにやっぱサテラ……ってか、あの子も見捨てられねぇ。でも、ラルたんはこの事件に巻き込めないな。だからといって俺に匿う家なんてないし、衛兵に頼るしかないか。そうだな、今はサテラだ。サテラの方が危ない気がする」

 

 

 同じく異世界の召喚されて右も左も分からないはずの幼女、ラルたんだが案外と根が強いところはある。というか、スバルよりもしっかりしているのだ。

 

 差し迫った危険はラルたんにはないはずだ。途中衛兵に声をかけて保護してもらう方がいいかもしれない。

 

 

「となると、サテラは……」

 

 

 

 名前をつぶやいて、偽名なのだろうなとスバルは思う。

 

 思い返せば一度目の世界で、彼女はその名前をあまり口にしなかった。それで三度目の世界のやり取りだ。

 

 つまり信頼が足りなかったということだ。好感度不足だったため、名前獲得イベントで失敗判定を食らったということだ。

 

 

「んだらば、今度は名前くらい、ちゃーんと教えてもらえるように頑張りますか」

 

 

 その場で屈伸して、スバルは「うーん!」と体を大きく伸ばす。

 

 

「男にはやらなきゃならねぇときがある。――そうだろ、オッサン」

 

「そうネそうネそうヨその通りヨ、だからとっとと行ってヨ」

 

 

 

 おざなりの手振りで背中を押されて、スバルはすたこらと露天商からひとっ走り離れた。

 しばし人込みをかき分け、二百メートルほど走ったろうか。

 

 

 

 

「さて……どこに行ったら会えっかな」

 

 

 

 

 

 考えてみると、偽称サテラとの接触はかなり偶然に頼った部分が多い。一度目、三度目に彼女と遭遇しているが。

 

 ……場所は、どちらもこの最初の大通りから離れていない、ということしか覚えていない。せめて時間を確認する癖があればよかったのだが、出会えたタイミングを記録するというストーカー行為はしていない。

 

 

 

「うなれ! ささやけマイレーダー! 銀髪美少女はどっちだ!」

 

 

 

 奇異の視線を浴びるスバルは、なんとなく感じるものがあったような気がして、しばし誘われるままに行軍を続行。

 

 次第に周囲が見覚えのあるような雰囲気になり始め、「案外、俺のセンサーの感度も捨てたもんじゃなくね!?」とか思い出して、ふと気付く。

 

 

 ――どうもいつの間にか、通りから外れて細い路地に入っているらしい。

 

 

「ここって、一回目の路地か……?」

 

 

 

 自信はない。

 この異世界の路地はどこも似たような造りをしているのだ。

 そもそも一回目の路地だとしても、二回目では出会っていないのだ。

 しかし二回目とは少し状況が違うだろう。出会えるかもしれないし、出会えないかもしれない。

 

 

 そう考えて、スバルは自分がミスを犯していることに気づいた。

 一つ、重大ともいえないが、降りかかる不運を忘れていたのだ。

 

 ここにいれば、二人と遭遇できるかもしれない。

 しかし、それは別の再会をも意味するのである。

 

 

 つまり、

 

 

 

「もうどんだけ俺のこと好きなんだ? さすがのスバル君も困っちゃうぜ」

 

 

 両手を挙げて「やれやれ」というアメリカ人のポーズ。スバルの視線の先、路地を塞ぐようにチンピラトリオが立っていた。

 服装も人も同じなら、その目的も装備も変わり映えがない。

 

 

「あの二人にはなかなか会えねぇってのに」

 

 

 彼女らに会えないのは、彼女らの行動がさまざまな要素に左右されているからだろう。

 

 逆説的に考えると、この頓珍漢三人組とスバルが遭遇するのは、彼らが最初からスバルに目をつけているからに他ならない。

 だから一回目も二回目も、そして三回目も、どこの路地に入ろうと、彼らとはエンカウントする運命にあるのだ。

 それはまさに星の下で神が定めし共通ルートということである。

 

 

 

「なんで銀髪美少女と会うのが共通ルートじゃないんだ? 神よ、どうして俺にこんな酷い仕打ちを?」

 

 

「さっきっからブツブツと、何を言ってんだ、あいつ」

 

「状況がわかってないんだろ。教えてやったらいいんじゃないか?」

 

 

 

 彼らとの掛け合いも定型文から離れることはない。

 

 うんざりする反面、舐めてかかってはいけないと思う気持ちがあるのも事実だ。

 トンチンカンとの遭遇はクリア条件としては緩めだが、三度目の死因は彼らだ。

 

 

 一回目のように美少女が助けてくれるか、二回目のように自力の奇襲かで突破できるとは思うが、それも万全ではない。

 

 この先のイベントを考えると、手傷を負うのは避けたい。

 

 

 

「かといって、交渉手段の荷物を渡して逃げるのも違うしな」

 

 

 

 二回目のときのように、こちらに何の損失を出さずに切り抜けられるのが理想。

 時間を余り掛けないのが最善だ。

 どうにか彼らを避けることができないものかと、スバルは腕を組んで頭をひねる。

 

 一方、そんなスバルの態度に無視されたとでも思ったのか、優位のはずのトンチンカンの表情は険悪に染まるばかり。

 

 

 ――ふと、三回目の死の瞬間を思い出した。

 

 

 あのときに、トンチンカンが最後に話していた内容はなんだったか。先に死んだ脳が理解していなかったが、今ならば理解できるはず。

 ――確か、そう。

 

 

「衛兵さぁああああああん!!!」

 

 

 

 スバルの救命信号に、トンチンカンが思わず飛び上がる。

 路地裏の静寂を打ち砕き、大通りにまで割り込んだろう声量。

 助けを求めるなど、幼女の前でなければ、プライドに些かの傷もつかない。

 

 

 ――スバルお兄ちゃん、かっこわるい……

 

 そうつぶやくような幼女は、今いない!

 

 

 

「誰かぁああああ! 男の人呼んでぇえええええええ!!!」

 

「てめ……っ。ふざけんなよ!? ここで普通、いきなり大声出すか!?」

 

「状況的にこっちの命令きかなきゃ痛い目見る流れだろうが! 要求も聞かずにこれとかやんねーぞ、普通は!」

 

「黙れ!! なにが普通だ! お前らの相手なんぞしてられっか! こっちゃ黒金銀美少女とキャッキャウフフに命賭けてんだよ!」

 

 

 

 地面を踏み鳴らし、逆上するトンチンカン目掛けて怒鳴りつける。

 開き直った風で口撃するスバルだが、その内心は表に出ないだけで焦燥感が募りまくっている。

 

 

 叫びは大通りまで間違いなく届いたはずだが、そちらからのアクションは見られない。

 

 

「やっぱ、失敗か……」

 

「おどかしやがって……ほんの少しばかりだが、ビビっちまったじゃねえか」

「ほんの少しだけな!」

「ほんのちょびっとだけだけどな!」

 

 

 息の合った連携で、小者ぶりを否定する小者ぶり。

 男たちは一度、深呼吸をして気を落ち着かせ、各々が獲物を手に握り始める。

 

 

 ナイフ、錆びた鉈。そして、

 

 

「ひとりだけ素手って(笑)」

 

「うるっせえな! 俺は武器ない方が強いんだよ! あんま舐めた口きいてっと、本気で殴り殺すぞクソがッ!」

 

 

 一応馬鹿にして挑発してみるが、状況は悪いままだ。

 

 武器が抜かれてしまった以上、突破が厳しくなってしまった。

 無傷の突破どころか、五体満足でいられるか怪しい。

 

 

「勘弁してくれよ。……痛いのはごめんだ」

 

 

 死ぬというのは何度やっても慣れるものではない。

 刃物で激痛に溺れて死ぬだなんて死に方は二度とごめんだし、何より――。

 

 

「今まで『死に戻り』してたからって、今回もできるとは限らねぇ……」

 

 

 回数制限付きでないとどうして言える。

 体のどこかに数字が刻まれている形跡はない。

 

 だが、コンティニュー回数の打ち止めという意味で形跡が消えているとしたら、ここでむざむざと犬死すれば、それきりでスバルの異世界生活はBADENDを迎える。

 

 

「……つまり、傷を負ってでも逃げるのが正解ってことか」

 

 

 

 

 歩み寄ってくる三人組を見ながら、スバルは腹を決めかねていた。いざとなってみると、思考がうまくまとまらない。

 

 ――ちょっ、やばいやばい、どうするどうするよ!

 

 

 

 

 

 

「――そこまでだ」

 

 

 

 その声は圧倒的な存在感だけを叩きつけきた。

 

 

 スバルが顔を上げたその先、ひとりの青年が立っている。

 

 

 目を惹くのは、燃え上がる炎のように赤い頭髪。

 その下には真っ直ぐに輝く青い双眸がある。異常なまでに整った顔立ちは凛々しさを完璧に演出していた。

 

 すらりとした長身を、黒い服に包み、その腰にシンプルかつ威圧感を放つ騎士剣を下げている。

 

 

 

「たとえどんな事情があろうと、それ以上、彼への狼藉は認めない。そこまでだ」

 

 

 

 カツンカツン、と青年は悠々とチンピラトリオの隣を抜けて、彼らとスバルの間に割って入る。その堂々とした行為に、誰もが声を上げられない。

 

 だが、彼らとスバルでは沈黙を選んだ理由が違うようだ。

 

 

 

「ま、まさか……」

 

 

「燃える赤髪に蒼色の瞳……それと、竜爪の刻まれた騎士剣」

 

 

 

 トンチンカンは確認するように指差して、最後に息を呑んで、

 

 

 

 

「ラインハルト……あの『剣聖』か!?」

 

 

 

「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎる」

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「し、しまった……道に迷ったしもうた……」

 

 

 例の裏路地を探しているうちに、ナチュラルに迷子になってしまったラルトレアはきょろきょろと首を回して、壁伝いに大通りを進んでいくと――

 

 

「剣聖とかどんだけついてねえんだ!」

 

「つり目男の方はカモだったのによお! アレはわりに合わねーよ!」

 

「あの黒髪、いきなり叫び出すとか頭おかしいだろ!!!」

 

 

 

 どこかで見たようなチンピラ三人組が建物の合間から飛び出して、一目散に走っていく。なにか恐ろしいものでも見たように、顔が恐怖に引きつっていた。

 

 

 そして、黒髪、つり目。

 ピンときた。この三人組はスバルとはぐれた時に出会った男たちだ。

 

 

 

「その路地か! スバル! 我を置き去りにした仕打ち、忘れはせぬぞ! パンチかお尻ぺんぺんだ!!!」

 

 

 スバルへのお仕置きを考えながら、一体の幼女はチンピラトリオが通った思しきルートを突き進んでいく。

 

 路地をぐんぐん突き進んでいく。

 見覚えがある。この道だ、このルートだ。この先に、スバルと銀髪、おまけで毛玉がいたのだ。

 そこで二度目かの角を曲がったところで――

 

 

 

 いた。

 

 

 

 

「っと、ラインハルトさん……でいいんスか?」

 

「呼び捨てで構わないよ、スバル」

 

 

 

 

 キュゥゥウ――と、猛スピードで前へ進もうとする足を止めるようと踏ん張ると、石畳から摩擦で煙がもくもくと出ている。

 

 ラルトレアは見た。

 

 

 天敵だ。赤髪の男――腰に騎士剣をさした、最強の男。ラルトレアが本気を出しても殺せないであろう相手。

 

 

 

「――ラインハルトォォオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 吶喊していく幼女。

 

 一滴も吸血していない今は、一つも『血霊器具』を発動していない。吸血鬼のオーラをぷんぷん発するだけの、ただの幼女である。

 身体能力さえも幼女並み。

 

 酷使した足が悲鳴を上げ、ついにはそのふくらはぎに電撃が走った。

 

 筋肉が痙攣――つまり、足が攣っていた。

 

 

 

 だが、それでもラルトレアはくじけない。

 

 

「おっ、うっ、いっ、く、くらえ、渾身のっ、こぶしっ!」

 

 

 

 へにゃへにゃ~っと、路地裏にただよっていく『幼女拳』は――

 

 

 ぽすん。

 

 

 ラインハルトの腹部にやらわかく突き刺さった。そこで力尽きたラルトレアは、まるで餅のようにぐにゃりと地面へと突っ伏した。

 

 

 

 

「もう、力が出ない……のだ」

 

 

 




A「――ぺろっ! これは吸血鬼のオーラ!! みなが危険だ!!」

B「心配ありません、あれはただの幼女です」


A「なんだ、ただの幼女か……」
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