視界が揺らぐ。フラフラ揺らぐ。全ての色合いが鮮やかな真紅に固定される。
高速で宇宙を駆ける機動兵器を操縦するマルシュ・ヴェストは、焦点の定まらない視界と時間が経過するごとに体の何処かで血管が千切れる感覚に襲われていた。
脳漿が絶叫している。もう許容量限界だと。これ以上処理できないと拒否をする。
心臓が暴走している。これ以上は自殺行為だと。防衛本能が抑えようと締め付け激痛が打つ。
血管が悲鳴を上げている。処理機能を急速に廻らしかつ継続しているものだからプチリプチリと毛細血管が断裂し、顔の穴という穴から血が流れ路を作る。古傷の多い皮膚の下は赤黒く染まり、心拍からの異常事態に体温調節が破綻しているのか、裸の上半身から汗が噴出し濡れていた。
流血から半死半生と察せられる身は見るに耐えず、適切な処置をせねば命に関わる。
それでも、彼には此処で止まる選択肢は有り得ない。
「あ、がアァ――Arrrr――■■■■■■■――――ッ!」
コントロールグリップを離さない両腕も同様に変色し、喉にも影響が現れだしたのか声帯は言葉を成さない。恐らくレインへ伝えた帰還の挨拶が限界ギリギリだったのだろう。一八〇度を囲うモニターを睥睨する顔付きは血に飢えた餓狼が如く。錆色の青年が吐く息は獲物の血肉を貪ったかのように血の臭いを濃くしていた。
前屈みでシートに座るマルシュの背中にはソケットが固定され、其処とシートに埋設されたデバイスとを繋ぐケーブルが伸びていた。時折ケーブルが生き物のように脈打ち、それを受けた青年の体躯が仰け反る。余程の痛みを伴うものなのか、食い縛った歯の間から血を含んだ唾液が垂れる。
「まるで拷問に耐える囚人ですよ、マルシュさん」
その女の声は青年が固定されたパイロットシートの後ろから流れてきた。
痛ましい様相に何も感じないのか。茜色の女、クロエ・ヘンダーソンは平たい感想を述べた。
珍しい複座式コックピットの後部席で機体の出力調整を行い、前部席で自らの血に濡れた青年を見つめる。彼女には想像出来ない痛みを受けながら泣き言一つ漏らさず、初めて操縦するモビルスーツを手足のように扱う彼は、痛覚耐性の訓練を受けているとしても異常の一言に尽きた。
マルシュはモビルスーツの操縦訓練を受けていた訳でも、その技能の天才でもない。
では何故卓越した操縦スキルを持つパイロットのように扱えるのか。それは彼の背中とシート内にあるデバイスを繋ぐ機構に秘密があった。
阿頼耶識システム。厄祭戦時代に登場した有機デバイスシステムの名称。
本来は宇宙作業機械の操縦用に開発したものが、モビルスーツの性能を限界まで発揮させる目的で軍事転用されたシステム。これはパイロットの脊髄に”ピアス”と呼ばれるインプラント機器と操縦席側のデバイスを接続し、パイロットの脳神経と機体のコンピュータをナノマシンを介して結ぶことにより、操縦者の脳内に空間認識を司る器官を擬似的に形成する、というものだ。
これによって通常はディスプレイ等から得る情報をパイロットの脳へ直接伝達させ、機械的プログラムに制限されず操作が可能となる。この”ピアス”を複数埋め込むことは可能で、回数を重ねるごとに伝達される情報量も増加する。
モビルスーツを操縦するならば必須のように思えるが、この手術は成功率が低く、成長期の子供でなければ定着しない等の欠点があった。また阿頼耶識システムのデバイスと”ピアス”を直結するにあたり、首のつけ根と背中の上部間で肉が盛り上がった天然の端子口を形成する。
これによって肌から不自然な服の浮き上がりを晒してしまい被手術者は一目で気付かれる。現代は医療技術が進化しているだけに地球圏では再生治療が発達しており、人体に機械を使用する事を忌むべきものとする風潮がまかり通った結果、機械的な義手義足すら忌み嫌い、阿頼耶識手術を受けた者は「宇宙ネズミ」と侮蔑され、手術の痕跡が色濃い”ピアス”を”ヒゲ”と蔑まれる。
(忌み嫌う理由が、よく解る気がしますよ)
獣じみた唸りを敷くマルシュの姿を、抑揚の無い冷めた心に留める。
ガンダム・ブエルとリンクした青年は、生物的動きをモビルスーツに演じさせ敵を翻弄する。
モニターに映るロディ・フレームの機体をハンマーで殴打し、スラスター制御で反転した敵機が振るう大鎚、その持ち手を足場に踏み締めた。叩きつける相手を見失ったハンマーの遠心力を機体全体で吸収、その上で担いだハンマーを敵機の頭上に振り下ろした。
マルシュが必要とする視点でモニターが、モビルスーツのカメラが繊細に動く。そうなれば当然コンソール以外の外部映像を共有しているクロエも、人を模した巨大兵器の頭部がハンマーに潰り飛散する様子をリアルタイムで拝見することになる訳で。
この意図しない強制的回転と視覚的暴力の付け合せは、流石のクロエも眩暈を覚えた。身の臓物が直接回ったような、下腹部からこみ上げて来る衝動を婦女的名誉の為に何とか堪える。
(こんな動きをされても、想像より身体にダメージがない。
これがモビルスーツ――いえ、ガンダム・フレームの脅威ですねぇ)
モビルスーツに搭載されたエイハブ・リアクターの粒子は慣性制御効果を持ち、耐Gシステムとしてコックピット近くにリアクターを配置する事で効率的な耐G効果を生み出し、人体に悪影響を及ぼす機動からパイロットの身を守り負担を軽減しているのだ。
そして、このガンダム・ブエルはガンダム・フレームと称される厄祭戦末期に開発されたもの。このフレームの特徴はエイハブ・リアクターを二基搭載している事にある。他フレームに比べエイハブ・リアクター他の恩恵が強い反面、二基のリアクターを並列稼動は技術的困難を極め、ガンダム・フレームの生産数は他と比べ遥かに少ないとされている。
(!? まだ、攻撃を?)
腰部及び脚部に備わったスラスターが力強く吼え、再度持ち上げたハンマーを全身を使って叩きつける。その衝撃でモビルスーツの四肢がピンと張り、各推進部から火が消えた。
振り下ろしたまま敵機の肩を蹴り、漂流していたデブリへ押し流す。
力無くデブリ表面に当たる頃に、何故彼らの領内である施設側へ流さないのか、その理由に思い当たった。
(そういえば、この方は容赦しない人でした)
彼女の予想通り、デブリと接触して止まったモビルスーツ目掛け突撃したブエルは、二回転半の遠心力と熱相転移スラスターの爆発力を活かした叩き潰しを胸部へ放ち、デブリを崩壊させながら圧し切った敵機をドックゲートに向け放り捨てる。
クロエが旅して来た艦を襲い、クルーとその関係者を殺害した海賊を、たいした感慨も無く皆殺しにした人間なのだ。奇跡的に生き残ったクルー達からは礼の言葉どころか「助けてくれ、殺さないでくれ」と必死に懇願されていたのだ。海賊から救ってくれたのに関わらず、だ。
そういう敵に容赦する筈が無いパイロットが乗っている。正確に言えば、乗るよう仕向けた。
先の会戦が始まり打開策に困窮した彼女は、想い掛けず三つの幸運を拾っていた。
一つ目は人質の意味を解し交換条件に諾と言える人間が相手だったこと。二つ目はそれを履行した人間が”ピアス”を二つ有しており、ガンダム・ブエルの起動シークエンスを乗り切る容量を持っていたこと。三つ目は心身に掛かる負荷より優先すべきを悟れる状況判断力に長けていたことだ。
前提条件であった阿頼耶識システムの有無は、艦外でのモビルワーカー戦を観察していたクロエの直感だ。マルシュを始め彼らはスラスターノズルの角度調整よりも細かく三脚を操り姿勢制御していた。判断材料はそこだけだったが、的中してしまえば予想を立てるより時間短縮になる。
初心者では苦戦すると思い、助言がてらモビルスーツのナノラミネートアーマーは堅牢だと教えてやれば「知っている。ブエルが教えてくれた」と
「あ、がっ」
しかし、パイロットの動きに精彩さが欠けてきた。散々に掻き乱された痛みに慣れ始めたのかもしれない。激痛を誤魔化す為に作業に没頭していた節があり、最初に艦を襲うモビルスーツを沈黙させた時は野を走る獣の如く乱暴で奔放だった。
この施設に到着して更に二機倒した。それでもエイハブ・ウェーブの反応からもう一機いる。
だが、このまま無理にシステムと同調すればマルシュの意識が維持できないと判断した。クロエは機体出力を下方修正し、モビルスーツのコンピュータからパイロットへ送られる情報量を制限すると共に、システムへフィードバックされたパイロットデータの更新作業を並行する。
ブエルが起動してからマルシュを傷つけるもの。それはモビルスーツを制御するに必要な情報の受け皿不足、体内で生成されたナノマシンの過剰処理から起こるオーバードーズを発症し掛けている前兆だった。相性による差こそあれど、適合力が足りなければナノマシンがそれに合わせようと増殖し不具合を埋める働きをする。このダメージを負い易いのは映像処理を転送する関係から網膜及び眼球、情報処理に負担を強いられる神経組織である。
今ブエルのじゃじゃ馬ぶりに乗り手のマルシュは翻弄され、一方的に痛めつけられている形だ。
無論、対応策は存在する。マルシュの動体視力と反射速度に、コンピュータの演算能力と各制御システムが適合すればパイロットの負担が減る。通常は戦闘後に実戦データをコンピュータが吸い上げ最適化を図るものだが、クロエはそれを随時修正していた。
「……す、まな、い。手間を、かけ、る」
「いえいえ。こちらはシステム調整と機体管理がメインですから」
ガンダム・ブエルは複座式のコックピットを採用しており、他モビルスーツと比べて一回り機体が大きい。出力強化型と言うべき能力を有しているが、その分燃費が悪く継戦能力に難がある。
特徴的なガンダムフェイスと烏帽子兜状の頭部に比べ、突き出た胸部装甲以外上半身に際立った点はなく軽装な印象があり、その分下半身は装甲によって強固に守られている。背中は接続されたサブアームが二基固定されているだけで推進基はなく、腰部に四基、両脚に各三基ずつ計六基備わっており直進に強い配置となっていた。
出力が高いだけにペース配分が難しいようで。マルシュの要望に度々クロエが調整を行い適正化を試みているが、不満げな表情から最適なものとは言えないのだろう。
機体を数値で動かす通常のパイロットと違い、阿頼耶識の被手術者は反射で操縦している。共通しているのは感覚や勘といった個人の資質によるところか。
長時間の訓練を必要とせず、膨大な情報を知識で処理せず体感で受け止められる。
常人が機体を歩かせる、物を持たせる作業に四苦八苦するところを、阿頼耶識システムとリンクしているパイロットは自身が歩く、物を掴む程度の難易度でクリアするのだ。
自身の体感した技量がそのまま機体へフィードバック、実行可能な行動とすれば。先ほどのハンマーの持ち手に足裏を合わせ、振り回されながらも打点を定め攻撃する無茶な戦闘行動もこの青年にはできる、という理屈になる。
そう考えたあたりで、クロエは心の中で無理と断言した。
エイハブ粒子による耐Gシステムの恩恵がパイロットを保護してくれている。誤解しがちな理屈だが、モビルスーツであるからできた芸当に他ならない。
生身では到底不可能な動作であろうと、モビルスーツ――――いや、二基のエイハブ・リアクターを搭載するガンダム・フレームだからこそ実現可としたのだ。
「身体のお加減はいかがです?」
「……身体が、熱い、ような、寒いような、感覚、だ。おそら、く、血より、水が足り、な、い」
「脱水症状ですか? これ以上の戦闘行為で倒れると厄介です。帰還をおすすめしますよ」
――不味い。敵性反応が健在な状況でパイロットを失ないかねない。
やんわりと勧めながらクロエは臍を噛む。モビルスーツの慣らし運転も無く一対一の状況下で勝てたのは僥倖だった。だが敵モビルスーツが一機でも残ると勝ち目が無いのは明白だ。出撃前に聞いたマルシュ達の戦力では抗うことすら叶わず全滅するだろう。
本人が言う通り、凝固作用が始まったのか本人の体質なのかは不明だが、身体を染めた血はそれ以上流れてくる様子は無い。ただ発汗の方は今も続き肌を晒したままのマルシュから微かに湯気が見え、体温低下による弊害も懸念される。
「まだ、だ。まだ、いける」
呼吸を整えた錆色の青年は、静かにコントロールグリップを引いた。
前のめりな痩せ我慢にクロエは黙って従う。彼がまだ動くなら、その後のことはおいおい考えれば良い。海賊達に与しない事情がある彼らが負けると困るのだから、戦ってくれれば問題は無い。
ただ、コンソールへ流れるパイロットデータの変化値が、必要にかられエンジニアの真似事をしていた彼女の関心を惹いた。調整された出力ではスラスターの勢いは下がる筈なのにモビルスーツの速度に衰えが無く、目にした時は操作を誤ったかと疑いかけた。
ブエルは元々下半身に推進基が集中していた関係から姿勢制御に難があった。阿頼耶識システムによって制限無く自由な動きを可能としているが、機械的動作に頼らず模倣するのは自身の行動による。従って自分の体に推進部がある訳がない人の身では易々とバランスがとれるものではない。
宇宙環境で暮らしている人々は無重力空間をエアガン等の推進力を用い移動する方法を学ぶが、人一人動かす程度のものと、物体に接触後もそれごと押し出す強烈なエネルギーを混同してはならない。経験したことの無い力は今まで触れたことの無いものだからこそ恐れ、慎重に扱わなければ為らないのだ。間違っても事を逸り機体操作を飲み込めない内に走り出しては大事に触る。
その一例が情報量過多によるパイロットへのダメージなのだが、彼はどうやら実戦で学習していたらしい。下半身が押し出され上半身は引っ張られる形だった先ほどまでとは違い、水面に頭から潜るような独自の前傾姿勢をとる事で効率化され、藍錆色のモビルスーツは十基から成る推進力で放たれた弾丸が如く
「――――俺の糧に為れ」
俯きぼそりと零れた呟きに、クロエは訳も分からず震えた。
エイハブ・ウェーブを知覚した敵機が遠方よりライフルで応戦するも、スラスターの角度を変え火線を躱す相手には悪足掻きでしかなく。
ブエルは背部のサブアームを展開し左右のハンマーを保持すると、敵機の頭部を左手で無理矢理持ち上げ首元を晒させ、其処へ四本貫手の形を作った右手を刺し込んだ。
――――パキィ、グジュ。
その光景を目の当たりにしたクロエは瞬くことも許されず、固い唾を嚥下した。
何かに耐えるように震えるマルシュが熱の籠もった吐息を垂らすのと、ギチリギチリと金属同士が擦り合う音が途絶えたのは同時だった。
● ● ●
遠距離観測で映される戦闘風景に管制室は騒然となった。
勝ち鬨だと幼い雄叫びを上げる少年達、戦闘が終わった事による安堵から抱き合い泣く少女達。
大音声どころか噛み合わない合唱団に頭を痛め、一難去ったことを喜び合う団員達と様々だ。
今回ばかりは皆のはしゃぎようも仕方ない、と年長のジェイ・ジェイは苦笑いを刻む。
厳しい強面に太い眉、短く刈り上げた黒髪に鋭い黒目の大男は、マルシュが一人で仕事をしていた時からの古い縁を持つ。同じ防弾性能を高めたノーマルスーツを着込んだまま壁に背を預けていたが、レイン・ファーレンの落ち着かない様子に目を細めた。
「どうした、坊主」
腹に響く低い声に少年は反射的に頭を抑える。
ジェイ・ジェイは拳骨を食らわした事を思い出し、くっくっくっと笑った。
「浮かない顔をしているが、何か気になるのか?」
「う、うん。ちょっと」
「マルシュがモビルスーツを何処で手に入れたか、モビルスーツを持ってる連中と事を構えたのも問題だろうよ。此処を拠点にする話は決定だとして、手持ちの装備でどうやりくりするかも、な。
まぁ、坊主が心配しているのは違うかもしれんが、リシュー達はもうじき戻る。その時に説明してくれるだろうさ」
先立ってリシュー達から連絡があったのも和やかなムード作りに一役買っている。
向こうもモビルスーツに襲われたらしく、少なくない被害を受けているとの話だ。結果がどうであれ受け入れるしかないが、戦闘に参加した仲間達が一人でも多く帰還してくれればいい。
これ以上仲間達を失うのは辛い。逝く方も残される方も。
「さて、俺達はマルシュが倒したモビルスーツを回収して来る。上手くすれば、使える部品を付け直して戦力が増えるやもしれん」
「熱源反応は無いから心配はないと思うけど、気をつけてね」
「邪魔にならんよう戦闘が終わるまで待機させてた訳だしな。機体をモビルワーカーで牽引するだけだ。問題はないだろうが、ありがとうよ」
「うわぁ!? ちょっと、もう!」
乱暴に一撫でして出て行くジェイ・ジェイを見送り、不満げに頬を膨らませたレインはデスクに座り計測されたエイハブ・ウェーブの数値を保存していく。
エイハブ・リアクターはワンオフ品である為ウェーブの固有周波数にも個体差があり、マルシュが搭乗するモビルスーツや今しがた沈黙した敵機のエイハブ・ウェーブから個体識別を可能としている。ジェイ・ジェイの話通り鹵獲モビルスーツを流用するなら登録して損は無いだろう。
コンソールを操作し、表示された欄の一つを指先でなぞる。
「ASW-G-10 ガンダム・ブエル、かぁ」
ガンダム・フレームと呼ばれる特殊な機体。
厄祭戦を終焉に導いたとされる、希少価値の高いモビルスーツ。
他のモビルスーツを圧倒して戦闘を終わらせた。ちょっと外見が怖いけれど、こちらに背を見せて宇宙を睨む姿はまるで守護神のよう。小さい子達がわいわい騒ぐのは無理ないことだとレインも思う。ハンマー二刀流なのはちょっと、いやかなりバランス悪そうに見えるけども。
シャープな上半身に比べ、スラスターの配置からスカートを履いたような足回り。火器類は見当たらず大質量破壊兵器のハンマー二本。専ら近接格闘戦主体なんだろうか。モビルワーカーと小型コンテナ艇しか触ったことが無いレインにはよく分からない。
今は不安も忘れて戦力強化を喜ぼう――待て。おかしくないか。
「おじさん、聴こえる?」
デスクに置かれたヘッドセットを耳にあて、回収作業にモビルワーカー隊を出しているジェイ・ジェイへ通信を繋ぐ。数秒の間を置いて訝しげな声が漏れる。
気づいた事が杞憂であればいいと願い、モニターに映るガンダム・フレーム機を見つめる。
『坊主か。何だ?』
「敵のモビルスーツよりマルシュを先に回収して」
『――分かった。先にマルシュを回収する。何処へ運べばいい?』
古参兵はレインの声音から察したのか疑問を返さず承諾してくれた。
問題は収容先だ。戦闘で一番ドックはゲートが破壊されている。三、四番ドックはゲートの損傷具合と一部崩壊しており復旧の目処が立っていない。最初にマルシュ達が本営を敷いた二番ドックが妥当か。あそこには最初に回収したモビルスーツも運ばれている。
まとめて置いておく方がいいのかもしれない。分散させて管理するのは面倒だし、強力な戦力だと証明済みのモビルスーツが近くにあればみんなの不安も和らぐ。
「二番ドックに収容してくれる? 先にモビルスーツ放り込んだところだよ」
『二番ドックだな? わかった。六番ドックの方が面倒がないと思うが』
「ううん、あそこはまだいいよ。マルシュが把握していないことを進めたくない」
『……やれやれ。仲が良いにもほどがある』
ジェイ・ジェイが何か呆れたような物言いをする。聞き咎めたレインが尋ねてもはぐらかした。
彼が言う面倒なことに見当がついている少年は、働き詰め戦い詰めで問題事に溺れてしまわないよう気遣った積もりだ。問題事が山を築いているうちはマルシュを含め自分達に休む暇はない。
それでも二週間ぶりにまとまった時間を睡眠に当ててもいいと思う。団員に交代で休むよう指示する癖に、見張り番やら装備の点検の合間に何処か適当なところに腰掛けているだけなのだ。
それに六番ドックは
自分達の
『坊主』
「ん、おじさん?」
『マルシュのモビルスーツを牽引する。……救護兵を用意してくれ、呼び掛けても反応が無い』
「! 分かった。二番ドックに待機させておくから、出来るだけ急いで!」
『了解だ。ん。ああ――牽引役以外にもモビルワーカー一個小隊に護衛させる』
「えっ、まだ敵がいるの!?」
慌てて管理モニターにかじりつくが施設周囲を飛び交う熱源反応に変化は無い。こちらに近付くエイハブ・ウェーブの反応は帰還連絡を寄越したリシューの搭乗する艦船だろう。
落ち着かないレインの様子に呆れ、モビルワーカー隊を指揮する大男は敵の存在を否定した。
『敵はおらん、ちったぁ落ち着け!』
「で、でも護衛が必要って!?」
『あ~……説明不足なのも悪いが、とにかく落ち着け。大した事じゃない。
念のためってヤツだ。坊主は他にやることもあるだろう? そっちに集中しておけ』
「うー? ん、わかった」
(全く。坊主はいつまで経っても変わらんな)
コックピットの中で嘆息するジェイ・ジェイは、携帯火器をマジックハンドとアンカーに換装したモビルワーカーに搭乗していた。動かない藍錆色のモビルスーツへ接近すると両肩部にアンカーを射出し固定させ、施設マップを呼び出し指定のドックゲートを目指す。
付近を漂流していた敵機を一瞥し、他のモビルワーカーに牽引の指示を出す。戦力以前にエイハブ・リアクターの売却金額を考えれば、捨てるのはやはり惜しい。
人体ではないとしても、両腕が潰れ胴体の装甲に食い込んだ異形の姿は恐ろしいものがある。間接的に攻撃された身としては良い感情を持っていないが、このようなザマを間近にみると罵倒より先に同情してしまう。
「こうはなりたくないもんだな。よし、俺と三番機はこのままモビルスーツを牽引。
二番機以下は同行して護衛に就け。何も来ないとは思うが、油断するな」
『了解しました!』
『任せてください! もしものときは、盾になってでも団長を守ります!』
「そういうのは止めろ。マルシュは誰かが自分の身代わりになることを酷く嫌う!
あいつに褒めて欲しかったら早く一人前になって支えてやれ!」
『りょ、了解っ』
危うい考えを持った少年達に、はっきりと否定してやる。
先頭で戦う人間の考えは功名心からの先駆けか、仲間より先に危険を請け負うかのどちらかで、彼らが慕う青年は確実に後者だ。その類の人間は他者が己の為に危険に曝すことを嫌う。
(親か兄弟代わりに見てるのか、よく懐いてる。嫌われるよりは良いんだろうが、な。
このガキ共が、動けない団長の弾除け代わりに護衛をした、って聞いたら、あいつは喜ぶんじゃなくてただ怒るだけだろうに。純粋な好意と言えなくも無いが、歳相応に視野が狭いな)
だが、恩返しの感情を抱いているのだとしたら、それはとても良いことだと年長の戦士は想う。
人身売買を経て、ヒューマン・デブリの未来に絶望していた子供達だ。捨て鉢に成り掛け無為に危険な、死に易い生き方から誰かの為に何かしたいと考えを変えたのだから。
今はまだ返せるものが小さいと考えてしまう。だから我が身を、と思考が逸るのだろう。其処を正して別のやり方を教えるのが自分の役目なのだろう。
日々をどう切り抜けるか思案していた自分が、毎日何を教え学ばせるか腐心する。
どうせ悪運に愛された彼の事だ。皆の心配をよそにコックピットの中で寝惚けてるんだろう。
もうすぐ叩き起こすことになるのだ。それまで休んでるがいい。起きたら仕事が山のようにあるのだ。明日のことを考えながら、呻こうが嘆こうが働かせてやる。
(初めてお前と組んでからこっち、暇が全くなくて敵わんよ。どうしてくれようか)
牽引するモビルスーツ二機ではなく、続くモビルワーカー隊に視線を置く。
いつになったら休暇を得られるのか。先が長い、長過ぎるとジェイ・ジェイは笑う。
鉄火場を渡り歩いた三十路近い男は、今までと異なる職場環境を楽しんでいた。
ガンダムが無事出せたので一段落。
まったり進めるので、長い目で付き合ってくだされ。
次から彼らの身辺整理を話にする予定(つまり戦闘は……)。
では次話で会いましょう。