鉄の手は救いとなるか。   作:上代

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第五話:帰還

 鉛のように重い、とはよく言ったものだ。

 身体に圧し掛かるものとは違う。内側から生じる荷重とでもいうのか、皮膚の下に鉄板でも仕込まれた心地だ。潰されることはないから、呼吸に支障がない点は有り難かった。

 冷たい床の上かどこぞの柱にでも寄り掛かり休んでいるのだろうと想像し、約三五〇時間ぶりの睡眠に浸るのは贅沢ではないだろうと意識を沈める。

 泥のように眠る、いや落ちる最中にふと違和感を覚えた。

 沁みこむように伝わる、この十年以上感じた事のない感覚に浮沈する意識はうろたえた。

 この程好い刺激に誘われるまま堕ちたい。いや、十全に感じ浸りたいと食い下がる。

 随分と昔に経験したこの安らぐ心地は、とても懐かしい出来事であった筈なのに。

 後頭部を抱えられ、背を押すように回され包み込まれる感じは、何処で味わえたものだったか。

 溶けるような温かさと、頬に触れるこの柔らかさは、一体何なのだろう。

 これが何なのか確かめたいが、触ろうにも腕は持ち上がりそうにもない。

 瞼を開けようにも、この柔らかいものに軽く押し付けられ視界が抑えられていた。

 身じろぎをすると抱えられた後頭部がずれ、口に何かが触れた。

 身体の奥底でふつふつと湧く衝動に襲われるまま、僅かに開いた口でそれを含む。

 

「――――ぁ」

 

 小さく震えた。自分の身体ではなく、優しく包んでくれている方から伝播した動きだ。

 不思議な安心感に踊らされ少し固い感触を味わい、咥えたままでいると面白いように震える。

 その震えが一層高ぶり、強く押し付けられた拍子に舌が当たり舐ったところで揺さぶられるが、今度は横槍を入れられることなく思考が暗闇へ静かに沈んでいく。

 

「――――っ」

 

 徐々に掛かる身体への締め付けに、鈍化したままでは抗いようもなく。

 若干の息苦しさの変わりに包み込む温かさが濃くなり、その癖妙な達成感と征服感を覚える。

 意識が薄れる前に気づいたのは、顔に掛かる熱い吐息は最近覚えた味だったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二番ドックの中央に擱座したガンダム・ブエルは、注目の的だった。

 藍錆色で統一された機体はドック内のライトに照らされ存在感を増し、非戦闘員の子供達からは怖いもの見たさに覗かれ「かっこいい」「でもなんかこわい」など稚拙な感想を述べられていた。

 収容した鹵獲モビルスーツの固定作業を進める団員達も、ガンダム・フレーム機に興味があるのだろう。彼らにとっても絶体絶命の危機に登場した救世主なのだから、気になってしまうのは致し方ない事か。子供達と同じように無遠慮に指差して似たような言葉を並べていた。

 

 とはいえ、非戦闘員との区別が女、子供の括りではなく「戦闘的か否か」で分けられている事から同年代の枠組みであることには違いなく。十代前半の子が団員達のあとをついて回る姿を見掛ける事があれば、十代後半でも非戦闘員と見做されている者が居る。

 これを決めたマルシュ・ヴェストは年齢を重ねた人間なら前に出す、というやり方を頭ごなしに否定する訳ではない。戦闘での足手纏いを省き無駄死を避ける為に選別しており、大きな音や声に身体を数秒以上硬直させない、指示を受けた時周りを見ず教えた通りの姿勢をとる、模擬戦でどのような行動でもよいのでマルシュの身体に触れる、これらを終えた者から順に各隊へ配属される。

 銃声や怒号が飛び交う中で震えるならまだしも、身体が固い者は総じて動きが遅れ負傷するリスクが高い。指示を受けた瞬間に特定の動作、行動を執れない人間は集団行動に向かず予想外の失態から作戦失敗が起こり得る。最後の模擬戦は単純な精神論で、ひたすら躱され打たれ続けても食い縛り挑む根性があるかどうか直に見定める為だ。

 最後の模擬戦はどれだけ要領が良くとも忍耐と体力を要求される。これに何度もチャレンジしたのはレイン・ファーレンが過去最多で、冷やかしていた団員が止めに入り救護班を何度も呼ぶ事態を起こしていた。この件でバッシングされたマルシュは「気づいたら熱くなっていた」と非難する団員達に返し驚かせており、模擬戦で唯一人「鉄面皮」を本気にさせたレインは「やればできるヤツ」と評価を改められた経緯がある。

 ちなみに模擬戦で手を抜く、あるいは手を抜いたと見られた場合はジェイ・ジェイとの真剣勝負(ガチンコ)で、急所を狙った痛打と締め技が容赦ないことから性格矯正訓練との渾名で恐れられている。

 なお、最初にやらかしたのはリシュー・ヘルモントである。

 開始前は「返り討ちだ!」と息巻いていたリシューのやられっぷりに、最初はゲラゲラ笑っていた見物客も相手が落ちるまで手を抜かないジェイ・ジェイの本気に目を逸らすほどだったという。

 

「間近で見ると、やっぱり怖いね」

 

 現場に駆けつけたレインは動かない機械仕掛けの巨人を見上げ、その硬い膝当てに触れる。

 ブエルを降ろした際の膝を突いた前屈み姿勢からは、とても一度の戦闘でモビルスーツを()()撃破した荒々しさを窺うことはできない。しかし紅いツインアイとフェイスタイプ、人型に近い造形は機械群である筈なのに生物じみた風格を有していた。

 握ったまま引き摺るように置かれた大質量兵器の大鎚はモビルスーツに叩きつけた衝撃で幾つか凹凸と傷があり、その鏡面にはオイルや塗料が犠牲者の血痕さながらに付着していた。

 周りから激戦を称える声がちらほら聞こえる一方、この機体が力尽きた狂戦士の最後を表現しているようで、レインは嫌いだった。

 

「ねぇおじさん。さっき組み立てたハンガーに固定できないの?」

 

 コックピットハッチ付近、胸部装甲上に立つジェイ・ジェイは機体の足回りをうろちょろするレインを見つけ、溜め息を吐くと首の後ろを掻いた。

 隣で作業しているジークリート・ファルケ・クレイスターも片目を閉じ苦笑している。

 

「ちったぁ落ち着け。ハンガーに固定するにも作業アームはまだ設置中だ。その前にモビルスーツが自力で動いてくれりゃ面倒が少なくなる」

 

 故障したモビルワーカーを戦闘中に応急修理したり、艦船の搭載設備をメンテナンスした経験があるジェイ・ジェイだが、モビルスーツの整備なぞした事が無い。手に持ったマニュアル頼りでなんとか作業しているのも、ジークリートが提供してくれたお陰なのだ。

 作業自体もこの十代後半に見える少女から丁寧なレクチャーを受けつつ進めていた。今までお目にかかったことが無い容姿端麗な女の子が、白いツナギを着込み自然な口調と滑らかな所作で歳が一回り離れた大男に教授する。

 彼の厳つい外見から怖がられるのが普通なのだが、この少女はプラチナ色の髪を靡かせながら「よろしく」と握手を求めてきた。戸惑いつつも応じたのは円らな紅の瞳と首を小さく傾げる愛嬌に負けたというか。何処か不思議な魅力を備えているのは、このコックピット内で眠りこけている我らが団長殿と同じ類なのだろう。

 組み立てたハンガーも彼女が乗船した輸送艦より予備機を運び出したものだ。更に輸送していた積荷がこのモビルスーツだと言うのだから返却要求の可能性もある。

 加えて困ったことに輸送艦に居るクルー連中は決してこちら側へ移動してこない。情報を含めた物資交換の場を設けたいのだが「必要最低限のもの以外は応じるそうですよ」とジークリートから告げられた事で頭が痛くなった。海賊同様に自分達を恐れていると分かったからだ、

 作業の合間に話を聞けば、マルシュが艦内の海賊残党を皆殺しにしたらしく。その時の光景がいつまでも脳裏から離れなくなってしまい、恐怖を拭うことができないと。全面拒否ではなく物資を融通してくれるのも、これを代価に助けてくれという心情の現われか。

 良くも悪くもマルシュのせいか、とジェイ・ジェイは苦い笑みを浮かべた。

 

「繋がりました。これでハッチが開きます」

「おぉ、すまん。モビルスーツの整備はしたことがなくてな、助かる」

「ふふっ、構いませんよ。数をこなせば慣れるのは共通でしょうから」

 

 立ち振る舞いに隙がない、洗練された仕草は明らかな上流階級出のもの。

 古参兵が恐れ入るのは、確実な身分の隔たりを個人の力量で取り払う爽やかな物腰だ。

 自分の感情を騙すのさえ苦労する時代だというのに、彼女は他者の感情を刺激せず自然体のままでいさせる。初対面故に必要な警戒を、知り合いと会話する程度まで注意感度を下げる特異性。

 

「上手いもんだ。エンジニアなのか?」

「いえ。時間があったのでマニュアルを読んでいて。本職の方ではありません」

「ホォ。そいつはまた、頭がいいなとしか言えんな」

「ありがとう。でも偶々読んだ項目が記憶に残っていた、その程度ですよ」

 

 何より気品を漂わせながら供も無くたった独りで、名前どころか顔も知らぬ連中の住処へ足を運ぶ度胸が良い。緊張の汗一つかかずやれることをやる態度は実力社会では大概好かれる。能力が高ければ敵が増えるものだが、ジェイ・ジェイの属するコミュニティは治める長が不和を嫌がる傾向から表立った敵意は御法度だ。

 彼女さえその気なら、案外上手くやっていけるんじゃないか、と見立てている。

 輸送艦に戻らず此処で生活する意味を考え、無理だろうと一人答えを出した。

 

「ハッチ、開放します」

「了解。お前らは万が一の事もある、下がれ! 救護班はモビルスーツ近くで待機だ!」

 

 ジェイ・ジェイが手を振って退避を促すと波が引くように下がり、代わりに救護班が進み出る。

 肩越しにその光景を見ていたジークリートは、小さな子供達が乱れず行動した事に驚いていた。大男の腹に響く声に驚いて逃げた訳ではなく、当たり前と言わんばかりに整然と流れた人波に感動すら覚える。特に彼女が知る年代の子と違い、無駄口や反抗を示さない点が印象的だ。

 経験していない事ばかり続き、当たり障りのない笑みを外面に拵えていた少女は興奮していた。

 

 ジークリートという少女は一種の天才であった。ある程度興味を引かれればすべからく吸収し、技術や知識を修めれば他へ目移りしてを繰り返す。特別な演算能力や運動神経に恵まれた訳ではないが記憶力に秀で、一度目にしたものは忘れず経験した事柄は触覚や嗅覚等で補填し、自らの内へ保管する。日常的な行動行為は詰まらない瑣末な事に分類され、立ち振る舞いは過去の自分を読み取った影法師のようなもの。かつては人型の学習装置のようだ、と自己嫌悪した事もある。

 繰り返し同じ味をあじわうことに熱意を持てず。しかし他人はそれを楽しいと歓喜する。隔たりは自分で築くよりも先に気づかされたというべきか。詰まらないと世を斜めに構えて見るのは早過ぎだと思えたが、最初に感じてからも矯正するものも相手もいなかった彼女は日々楽しみを奪われていく感覚に追われていた。

 刹那の快楽がために男の欲望を身体で受けるほど、彼女は自らを捨ててはいない。現実から目を背け夢を見たままの、御伽噺の乙女ほどではないが彼女なりの審美眼を持ち合わせていた。この歳に到るまで恋どころか、異性と好意からの抱擁すらした事はないが。

 海賊達を殺し終えたマルシュに戦いを求めたのも、ジークリートが純然たる剣に生きる者ではなく其処に「楽しみ」を見出そうとしたから。ただ、剣で斬り合う時に実戦の感覚を味わい、血を流しながら剣を振るう自分に生を実感していたから。最期だと思えた時に出現した錆色の青年はどんな男よりも印象に残るが、あの血みどろな外観と硬い貌はどうだろう。

 別の意味でドキドキしたのは、まぁ確かではある。

 

 胸部装甲と頸甲がせり出し、コックピットハッチ前後のフレーム兼ショックアブソーバーが上昇すると備わったレールに沿ってコックピットブロックが上昇する。

 このリフト形式は負傷した場合や機材変更の際に有効で、特にガンダム・ブエルは複座式コックピットを採用しているだけに必要な機構であった。緊急事態の際に、迅速な脱出を求められたとき後部座席がどうしても危険に陥り易い。攻撃されたとしても正面はガンダム・フレームのコックピットブロックが、上は頸甲が屋根代わりになるので防御面も考えられている。

 ジークリートはフレームに手を置きながら、上昇してくるコックピットブロックを見下ろした。

 

「おはよう、ミスター・ヴェスト。目覚めはど、う……」

 

 其処で、ジークリートは固まった。

 あまりに凄惨な状態に――いや、それもあるのだが。

 どうしたらいいか過去の経験から対応できないことに、言葉を失ってしまった。

 

「このような格好で失礼いたします、お嬢様」

 

 半裸のクロエ・ヘンダーソンが其処に居たからだ。

 頸甲が(ひさし)のように照明から影を作り、それが女性の白磁が如き肌とほのかに色づいた桜色が妖艶なコントラストを視覚に訴えた。同性のジークリートすらその扇情的な美しさに思わず息を呑む。

 彼女は上半身裸で気絶したままの血の乾いたマルシュを抱え、その肌と肌を合わせていた。

 まるで幼児を抱かかえるような姿だったから面食らったというか。その豊満な胸に埋もれているのではないかと疑うくらい身を寄せ合う二人は、ジークリートから二の言を取り上げる。

 ちょっと左の乳房と中央が、光の加減にてらてらと妖しく反すのは気のせいだ。

 気のせいだと言い聞かせながら頬と首を赤く染めたジークリートは、コックピット内に脱ぎ捨てられた上着を引っ掴むと二人の姿を隠すように叩き付ける。

 

「ありがとうございます」

「別にいい! だいたい」

 

 君は私の侍女じゃないだろう、そう言い掛けた口を閉じた。

 此処で口にしてしまうと面倒以外の何ものでもない。確かに彼女がどうして侍女を自称するのか問い詰める必要がある。だが、今はその時ではないだろう。

 意識を失った状態のマルシュは彼女の腕の中で呼吸している。

 鋭い眼光は隠されている為か目尻が下がり、起きている時に比べ親しみ易い顔になっていた。

 ただ、身体中に広がる様々な傷跡が彼の人生を物語る。クロエが拭ったのか血の跡がうっすらと皮膚に残る程度で真新しい傷はない。一人、二人を切り伏せるのがやっとだったジークリートは素直に場数の違いを認め、瞳を猫のように細めた。

 

「……ジェイ・ジェイさん。彼はまだ眠っている。問題はないからこのままで」

「ちっ、まだ寝てるのか。叩き起こしたいところだが、阿頼耶識と繋がっている間は無理に起こせないからな。強制解除して脳死なんてされちゃかなわん。

 お前ら、先に鹵獲モビルスーツをハンガーに固定させるぞ!」

「おじさん! マルシュまだ起きないの!?」

「自然に起きるまで下手な刺激は御法度だ! 強制解除なんざしたらシステムに意識が残ったまま戻れなくなる! それでもいいならやってやるぞ!?」

 

 いい加減堪忍袋の緒が切れそうなのか、両手をばたばた動かすレインを見下ろしたジェイ・ジェイが怒鳴る。コックピットブロックが開放されてからずっと「まだ? まだ?」と催促されていたらしい。心配する気持ちを汲んで大目に見ていたようだが、流石に鬱陶しくなったようだ。

 阿頼耶識システムと接続状態にあるパイロットが気絶した場合、意識が回復するのを待たず物理的にリンクを解除するのは禁じられている。コンピュータが情報をパイロットの脳へと送り影響を与え続けている為と考えられている。

 危険な行為を臭わせたジェイ・ジェイに恐れをなしたのか、レインは脱兎の如く逃げ出した。

 

「だ、だめだめだめ、だめだよ!? そんなことしちゃだめーっ!」

「リシュー達と今後のことでも話し合え! なんでもかんでもマルシュに任せるんじゃあない!」

「むぅ……むー、わかったよぉ」

 

 大声で喚くレインに「いい加減こいつも休ませてやれ」と周囲も巻き込んで怒る。

 ドック中に響き渡る大音声に誰もが耳を塞いでいると、

 

「軽く揺する程度ならパイロットを傷つけないかと」

「…………はぁっ」

 

 マルシュを小さく揺するクロエのマイペースさに、ジークリートはもやもやした。

 恐らく体温が急速に低下した彼を暖めるためにしているのだろう。確かに積荷状態だったブエルの空調はお世辞にも良いものとは言えない状況だった。

 当初は目的地に到着後最終調整に入る予定であったから、インターフェイス以外作業進捗を進めておらず。宇宙空間ではノーマルスーツ前提となる点もあってか、コックピット周りは厄祭戦終結時のものを踏襲した仕様のままで後部座席に操縦権を移し運用する予定だった、とガンダム・ブエルの整備に携わったクルーから聞き出していた。

 設備に暖房を求められず、止む無く致した人道に基づく緊急的措置だ。現に彼女は情愛的なものを挟まず事務的に保温目的で暖めている。

 あの艦内での血塗れた青年を想像していただけに、同性の艶めいた肢体をまざまざと記憶することになろうとは。

 

「この場が落ち着いたら、話聞かせてもらうよ」

 

 もやもやを振り払いがてら、キッとクロエを見据える。

 見上げる茜色の双眸は、ぼんやりとしていてとても頼りなさそうだった。

 艦内での立合いやマルシュをモビルスーツに乗せた経緯から油断ならない人物に思える。

 あの戦いで、彼女は体格差や武器の数からマルシュに押されっぱなしだった。

 それでも始終有利な立ち位置で押し通した印象が強い。人の狙い所を上手に転がし操るような、真っ向勝負を避け裏で物事を画策する類の。

 

「……そうですねぇ。協力をお願いしたい人も居ますから。

 二人っきりはできませんけど、それでよろしかったらお話いたしますよ。お嬢様」

「彼に? 何をお願いするっていうの?」

「お嬢様もせっかちですね。あ・と・で、と申しましたのに」

 

 三日月の形に深まる笑みは、からかい遊ぶ子供のようで。

 一見小馬鹿にしている体だが、後に残らず流せる程度のもの。

 それは多分、クロエに悪感情が一欠けらもないせいだろう。

 彼女は不確かな身分と豊富な技能が隔たりを呼び、何を企み考えているのか読めない。そのせいで疑われる人物筆頭なのに、ジークリートとの会話を心の底から楽しんでいる。

 

「訳が解らないよ」

 

 ジークリートの呟きは果たして届いたのか。

 クロエは微笑んだまま、マルシュの身体を抱いていた。

 その影で、少し震えた指先を隠したまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二番ドックに新設されたモビルスーツハンガーにて、作業アームを組み立て通電作業を行う整備兵達は宙を漂うモビルスーツを仰ぎ見る。

 ガンダム・ブエルが破壊したモビルスーツが五機。機体ごとに様々な損傷具合から内部機構を露出させていた。共通しているのは大質量兵器による面圧損壊か。他に見受けられる打突痕は比べて小さく、拳や蹴りを受けたのだろう。

 流用するには些か不恰好だが贅沢は言ってられまい。使えるならば何でも使う彼らは、そうしてヒューマン・デブリと酷使されていた時から此処まで繋いできた。

 しかし、これまでと違い戦力拡充で新機材やら増える一方だ。今回は補給物資を恐喝紛いの手段で確保できた。だが次の補給は何処で、どのように段取りするのか未定だ。 

 補給の目処が立たなければ破産するのは目に見えている。

 新しい武器を手放しで歓迎できない状況はまだまだ続くようだ。

 

「モビルスーツ。いいよなぁ!」

 

 とはいえ、最大戦力であったモビルワーカーを圧倒する存在に、彼らは釘付けだった。

 他人に使役される立場から解放された彼らは、生来の感情を急速に取り戻しつつある中で、簡単に見て分かる強さを示す機動兵器に憧れを持ち始めていた。

 過去にその力が無かったせいで家族を喪い、人間から屑鉄同然の価値へ堕とされた身だ。純粋な力への渇望は誰よりも強いものがあった。

 

「団長のモビルスーツ、格好良かった」

「うんうん! なんかこう、ギューン、ドーン、ズバッってさ!」

「違うよ、ドーン、ドーン、バッシーンだよ!」

「はぁ!? ギューンからだって!」

「ドーン、だよ! あのデカイハンマー見ろよな、一発でぺしゃんこだぜ!!」

 

 手振り身振りでどちらの擬音が正しいか論争をしている少年達は、些細なことでぶつかり合う。

 薄暗い部屋の片隅で震えていたとは違う、当たり前の子供らしさは尊いものだ。

 暴力的な話に流れてしまうのは、環境が環境なだけに致し方ないことかもしれないが。

 偶に発生する見るに耐えない喧嘩に「あの頃のお前らは」と硬い声で説明を始める人は、まだ疲れて眠っている。やんちゃなお子様達は彼の目を掻い潜りじゃれあい遊ぶのが好きだった。

 何やら他愛のない殴り合いを興じ始めたが、一人その中から抜け出した。

 レインと同年代かその下くらいの少女は、肩まで掛かる銀髪は小さな鼻を境に分かれ、髪に隠されない口元も白いネックウォーマーで隠していた。

 前髪を其処だけカットしているのか、右の瞳だけを見せている。

 その琥珀色の瞳を爛々と輝かせる先は、少年達が先ほどまで眺めていたもの。

 

「モビルスーツに、乗りたい」

 

 想像してわくわくするのだ。格好良い自分というヤツに。

 今まで庇われ続けていた自分が、救ってくれた人を助ける姿を心に描いてドキドキする。

 反応が遅れて逃げ切れなかった時に、代わりに銃弾を肩に受けたあの人を。

 肉が抉れ血が飛んでいるのに。彼はたった一発の拳骨と「怖かったらな、頭を下げるんだ」って真剣な顔で諭すだけ。殴られ蹴られた訳でもないのに、胸が痛くてワァワァ泣いていた。

 

「団長を、見返したい」

 

 守るべき対象としてしか見ない人を、見返す。

 いや、違う。団長の代わりに、自分みたいなのを守ってやるんだ。

 反射神経は若手で一番、指示遅れは挽回の最中、模擬戦の結果で根性はレインの次とそこそこな評価をもらってる。マルシュ・ヴェストの直属、第一部隊に入る為の訓練は欠かしていない。

 いつか。いやそんなんじゃ待てない。近い将来必ず認めてもらう。

 そうじゃなきゃ――

 

「団長の次に、モビルスーツパイロット、なる」

 

 たどたどしい言葉をネックウォーマーの内に当て、銀髪から覗く大きな琥珀色の瞳一杯に映す。それは藍錆色のガンダム・フレーム機ではなく、損傷した薄藍色のロディ・フレーム機だった。

 保温性の高い手袋に包まれた小さな両手を広げ、迎え入れるように、承諾を求めるように。

 彼女――サラ・ラックは人間の価値より、並び立てる力を自己証明として望む。

 何故なら少女の首後ろには、不自然な盛り上がりが作られていたから。

 モビルスーツの性能を限界まで引き上げることが、出来る下地があるから。

 

 ――――ワタシなら、アナタを、受け入れられる、よ。

 

 その阿頼耶識被手術者の少女は、”ピアス”が二つあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マルシュを羨ましい、と一瞬でも思った貴方。

――お喜びください。阿頼耶識手術行きです。

後ろを向いて楽にするんだ、何、運が良ければ「ヒーロー」になれる。
運が無かったら? ……「分の悪い賭けは嫌いじゃない」ンだろォ(悪い笑顔)

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