鉄の手は救いとなるか。   作:上代

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第七話:身辺整理 其の弐

 身体が求めるままに酸素を吸い、喉の渇きに従い水を飲む。

 誰に迷惑を掛ける訳でもなく、他の誰もが同じように過ごせる環境のなんと尊いことか。

 漂流と戦いの果てに辿り着いたビーハイブはまるで理想郷だ。多少怪しい形跡があるものの無闇矢鱈と攻撃してくる下種な輩は居らず、此処へ到る道中で傷ついた心身を癒すには丁度良い。

 このまま安穏と暮らして行けるなど露ほども思っていないが、成る丈長く続いて欲しいと願うのは身勝手な我が侭だろうか。生来の資質から荒事は得意だが、生憎と血に酔うほど逸脱した人間ではない積もりだ――血に猛る性格なのは否定のしようもないが。

 

 五感の調子が戻りつつあるマルシュ・ヴェストはステンレス製のマグカップをテーブルに置き一呼吸を経て、そのままベッドへ横になりたい衝動を如何にか抑えつつ眉を揉んだ。

 ビーハイブの居住区画にある彼の私室は他と違い個室を用意されていた。相部屋ではない理由を尋ねると団長特典だと返されているし、ベッド一つに机と椅子、ルームケースと他と代わり映えしない様相だが、もらっておいて損はない。

 彼も一人の人間である。誰にも邪魔されず寛げる空間は必要だ。

 以前は「鉄面皮」と言われてきたがその実、火がつけば容易く燃え上がる感情を持っているし、人並みの欲求も十全に備わっている。

 だが――いま室内にある状況は勘弁願いたい。蓄積する疲労から溜め息を吐きたいところだが、それで周囲に不快感を与えては意味が無いだろう。

 諦めて観念した彼は現実と向き合うべく、招かれざる客と対面する覚悟を決めた。

 

(……どうせ、回避できない厄介だろうし)

 

 一応部屋主である筈なのに、マルシュは出入り口近くの壁へ背を預けていた。

 備え付けの椅子にレイン・ファーレンがちょこんと座り、ベットにはジークリート・ファルケ・クレイスターとクロエ・ヘンダーソンが一人分の空間をあけて腰掛けている。

 数分前にレインが「お邪魔しまぁす」とはにかみながら訪問して来たのは、まぁ別に構わない。

 気心知れた仲であるから疑いもせず、短い返事をして扉を開けた。ただ、その時に目が泳ぐ少年の不自然さに気づかなかったことが悔やまれる。

 少年だけが居るものと思って開ければ、なんとまぁプラチナ色の少女と茜色の侍女がキナ臭い雰囲気を纏って立っているではないか。反射的に閉めようと腕に力を込めたマルシュは悪くない。尤も、その行動を読んでいたクロエが踏み込んで部屋へ滑り込み、ジークリートに脚と肩を使われ扉が閉められないようにされたが。

 

「クロエから話してくれるか?」

 

 指名されてニコリと微笑む妙齢の女性に、話す内容が穏当だろうと望みを掛けた訳ではない。

 むしろ、その逆である。

 最初に強烈な一撃に見舞われれば、他のダメージなど「比べれば容易い」と錯覚できるだろうと心の安定を図りに走ったのだ。

 先陣を切らずに済んだジークリートは息をつき、レインも何処か安堵しているように思えた。

 クロエが居住まいを直している刹那に、マルシュは直撃コースに身構える。

 波打つ茜色の髪が流れるのを横目に、ついで薄桃色のルージュを引いた形の良い唇が男の視界を奪う。思考より欲求が前面に出ようと抵抗しているが、獣性を頑強な鎖で留め置く。

 

「はい。では、まず私とお嬢様の立場から説明をした方が宜しいかと」

「ん……立ち振る舞いから、俺達とは違う世界の人間とは思っていたが」

「その捉え方で、恐らくは問題ないでしょう」

 

 普段の茶化す雰囲気を捨て去った茜色の美女は、錆色の青年を見上げとうとうと語り掛ける。

 たおやかな所作で隣の少女へ右手を向けられれば、自然に視線を誘導されてしまう。

 感情を込めずとも人の思考を操る手管に、マルシュは場違いにも感心していた。

 

「火星のアフリカユニオン領アキダリア独立自治区。ハーフメタル以外の資源が乏しい状況下で、まだ一定の利益を上げ続ける地区と言われています。

 そこに根を張り富を築いたクレイスター財団の御息女が、こちらのジークリートお嬢様です」

「……本当に、お嬢様だったんだ」

 

 彫像のように動かない端麗な少女の出自に、紅顔の少年は何処か納得していた。

 ヒューマン・デブリの身であった自分達とは違うと感じていたが、想像した身分以上の隔たりに成程と頷いてしまう。

 何度か人身売買の取引を――富裕層の人間を見た事があるが、彼女が漂わせる上流家庭育ち故の気品は鮮度からして異なる。乾いた草木に水をやり湿らせるのと、瑞々しい樹木の枝葉を濡らすほどの差がある。例え土壌を同じとしても、性質が違えば見栄えの良さも様変わりするというもの。

 ともすれば、何故そのような身分の者がこんな場所に居るのだろうか。

 不躾ながら好奇心が勝ってしまうのは、レイン生来の気質故か。

 

「クレイスターは創業二〇〇年を超える大企業です。一般向け鉄鋼材から軍事品まで幅広く扱い、火星の企業連と深い関わり合いを持っています。上層部の大半が一族で占められ保守的な面もありますが、モビルワーカー及びモビルスーツの造詣に詳しい技術開発部門を擁し、先代がギャラルホルン火星支部と懇意にされていたことから、今だ翳りを見せません。

 アキダリア地区へ度々多額の寄付金を送り市民から受けが良く、経営が傾こうと人員削減を良しとしない方針は初代から変わらず社員の信頼も厚い。

 クレイスターの名は同地区で知らない者など存在しないビッグネームです」

「…………なるほど、そういう事か」

「ん? マルシュ、どうしたの」

 

 鳶色の眼を細めた青年が壁から離れ、抑揚の欠け始めたクロエを見下ろす。

 ジークリートを一瞥するといつもの凛々しさは何処へやら、柳眉を顰め顔を俯かせていた。

 マルシュは益々嫌な予感が胸中で渦巻くも、上目遣いで揺れる円らな紅の瞳は弱々しく見る者の庇護欲を燻られる。

 加えて彼ら――クロムハーツが抱える子供達に酷似した、遣る瀬無さを嗅ぎつけると、どうにもこの男は無碍にできない。

 外見は無反応ながら青年の心情を少年は察していたが、密かに嘆息するに留めた。

 マルシュが回復するまで待ってもらった件もあって、厄介な問題に足を呑まれていると自覚していても袖を振れずにいる。まだ仲間と認めた訳ではないが、二人がビーハイブに居てくれたお陰で助かった部分も大きく、其処は認めてあげなくては可哀想だとも。

 戦場以外では温情を見せるマルシュと同じく。いやそれ以上にレインは人が良く、甘かった。

 

「権力を有する家にありがちな、何処にでもある後継者争いです。

 今回宇宙海賊に襲撃されたのも、次世代を担うべき子息縁者が手引きしたもの。

 クレイスター社が開発した試供品を宇宙環境下で試験をする。その検分役にお嬢様が指名されました。他の社員では務まらないよう、社の有形財産であるガンダム・フレームすら持ち出して。

 あとは目標ポイントへ航行中に雇った宇宙海賊が輸送艦を攻撃し、不幸にも殉職した社員の中に当代直系のジークリート・ファルケ・クレイスターが含まれれば、残りの有象無象が足を引っ張り合い、幸運な生き残りが落着するという訳です」

「そんな……家族同士で殺し合いするなんて、おかしいよ」

 

 さも当然の如く語るクロエに、薄ら寒いものを感じたレインが自らの身体を抱いて震えた。

 神妙な顔で聞いていたマルシュなぞ、鉛弾や刃物の応酬が日常茶飯事だった自分達と通じるものがある、と謀略に対してズレた感想を抱いていた。

 物心ついた頃より命の遣り取りが日常だった青年にとって、殺し殺されは然して驚くべきものではない。

 ただ、肉親同士で殺し合うのは後味が悪いのでは、などと考えたくらいか。

 

「他の有象無象……つまりジークリートは集中攻撃された、と?」

「お嬢様はクレイスター社に莫大な利益を齎す存在、と当代より特別期待が掛けられておりましたから。事実十三歳でモビルスーツの設計を成され、社が所有するモビルスーツ群の幾つかはお嬢様が再設計されたものです。学生時代に装備一式を卸し、会社へ利益を上げられたのですよ。

 今此処にあるガンダム・ブエルは五年前まで外装がなく、厄祭戦時の資料が乏しいこともあって構成復元すら難航していました。仮社員扱いでこのプロジェクトに参加したお嬢様は、二年の月日を掛け現状の機体構成を確立なさっています。その道三十年以上のベテランが何度トライ&エラーを重ねても解決できなかった問題を、です。才覚溢れるお嬢様を妬み疎む者が現れるまで、然して時間は掛かりませんでした」

「話を聞くに、一人二人が仕組んだものではないようだ。失敗が発覚すれば当然次の行動に移ると思う。此処は火星から離れているし、幾つかのデブリ帯を踏破しなくては近づけない。

 解せないのは、優秀なエンジニアである彼女を殺めてまでする事なのか。こう言っては失礼だろうが、金の生る木と見ていれば如何にか生かして搾り取ろうと画策するのが自然に思える」

「はい。その通りでしょう」

 

 クロエがあっさり頷き、その反応からマルシュは腕を組んだまま思考に耽る。

 当事者ながら一言も話さないジークリートを気遣いつつ、レインは己が信頼する青年に軽くない怒りを覚えていた。 

 

(なんだよ二人とも、ジークリートさんの事少しは考えてやれないのかなぁ!?)

 

 二人から、面と向かって言われている訳ではない。

 確かに状況分析は客観的に俯瞰しなければならないだろう。それくらいレインにも分かっている。伊達に実戦を潜り抜けてはいないし、小隊指揮官の経験も積んでいるのだ。情報を揃えるには考えを整理する意味も込めて口に出し、つらつらと並べていく事も大切だろう。

 正確な情報を鑑みれば、状況を逆手にとって相手を罠にかけることも出来る。

 それでも、命が狙われている人の気持ちを放置して良い訳がない。

 好奇心で他者の事情を覗いていた身とはいえ、自然に振る舞っただけで敵視される少女に同情したのか、少年由来の感情の振り幅も相まって言葉を重ねていく二人に一言物申そうと決めた。

 

「ねぇ、二人とも!」

「――そうか、()()()試験場だったのか」

 

 一念発起して腰を上げたレインは、ぽつりと漏らしたマルシュの言葉で固まった。

 それどころか、ジークリートの華奢な肩が揺れ、クロエの口角が上がる。

 少女は良心から来る後ろめたさから、女は話す相手が案外聡いと知れたから。

 

「マルシュ。ごめん。ちょっと。どういう事か分からない」

 

 少年は、嘘をついた。

 青年の一言で、どういう事か何とはなしに分かったから。

 何となく。そう何となくだが、会話の中に不穏なものが含まれていたから。

 人間の悪意から攫われ屑鉄同然の価値で売られたとしても、他人を真っ向から疑えない少年は人の善性を信じたかっただけ。仲間以外でも信用できる、そんな人間に居て欲しかっただけなのだ。

 そう――レイン・ファーレンはジークリートとクロエを仲間として見ないながらも、信用できる人物と想い接していた。

 

「レイン? ……わかった。まずは椅子に座れ。それから落ち着いて聞いてくれ。

 クロエも、ジークリートも。間違っていたらすぐに俺の話を止めてくれ。

 今から言う内容は恐らく、二人からしても良い話ではない筈だ」

 

 顔色が冴えない少年に何事か言おうとして、青年は硬い表情の下に敷いた。

 マグカップに入った水を呷り、口の中をスッキリさせてから行き着いた考えを披露する。

 途中で「違う」と割って入られるのを、期待しながら。

 

「クレイスター社が指定した試験場はここビーハイブ。いや、厄祭戦時に存在していた軍事基地で行われる予定だった。エイハブ・ウェーブの固有周波数、ブエルの個体識別がデータベースに登録されていた事から此処はブエル所縁の場所なのだろう。だから此処を選んだ、ブエルに詳しいジークリートを派遣し易くする為に。社の重要人物を移動させる納得し易い理由を演出する為に。

 その場合はビーハイブの位置は知られていると考えるのが普通だ。航行経路を提出せねば組織は表だって動けないだろうし、計画した人間からすれば公然の犯行だろうからな。

 二人がビーハイブの復旧に力を貸したのは、計画した人間の追跡に備える又は拠点を確保する為だ。防御力が高ければ高いほど、環境が改善されるほどに生存率が上がるのだから。

 全てがそうとは言わないが、これらは多分善意からの行動だろう。

 逃げるなら此処を捨て、適当な場所へ身を隠せば良い。追跡されようとビーハイブを住処にした俺達に相手をさせ、可能な限り時間を稼がせた方が楽だし、何より安全だからな」

 

 きつく握られていた手から力が抜けるのを見届けて、少年から視線を外した。

 小さく漏れた吐息から察するに、レインの心情は落ち着いたのだろう。

 クロエの微動だにしない姿勢はともかくとして、伏せがちなジークリートは負い目に感じているようだ。友好的な関係を維持するなら、あまり此処で(つつ)くのはよろしくない。

 マルシュ自身思わない訳ではないが、二人の仕事振りを理解しているだけに責めるのは筋違いと切った。一月前までは土気色に似た顔色だった団員達に、歳相応の喜色を蘇らせた功労者を無碍にできない。此処で毎日見掛ける活気溢れる光景は、今まで望もうとも叶えられなかった、得難いものと理解出来る故に。

 それに推測通りなら、彼女らは事実を秘したままビーハイブから立ち去る事も出来た。

 逃げず留まった二人の人間性を信じたいのは、マルシュも同じだった。

 

「恐らくだが、クレイスター社に貢献してきたジークリートを殺害する気は無かった。ガンダム・フレーム機を手掛ける才能、既存モビルスーツを改修する知識は莫大な財産になる。此処に幽閉して成果だけを吐き出させる積もりだったのではないか?」

「でも、海賊達に襲撃されたとき、ジークリートさんは手傷を負っていたんじゃ?」

「いや。最初は確保する手筈だったのだろう。クルーの殉職は筋書き通りだったとしても、輸送艦の応戦は抵抗が余りにも弱過ぎた。無論、一般人が満足に自衛できると思ってはいないさ。

 だが、最大戦力であるモビルスーツを動かさなかった理由が分からん。阿頼耶識用の前部シートは使用不可だとして、後部シートはサブパイロット――緊急時に機体操作可能なシステムになっている。携わったエンジニアの連中がそれを知らない筈も無い。そうだろう?

  となると――()()()()で俺達を待っていたクロエは、何をしていた?」

 

 マルシュの話をじっと聞いていた二人の女性が顔を見合わせる。

 疑念を抱えたままのジークリートは「貴女は何者なんだ」と紅の瞳一杯に問い詰めていた。

 不安げな少女を茜色の眼に映すクロエは、只々仄かな笑みを返すだけでそうそう応えない。

 腕を組み待つ姿勢を取るマルシュと違い、半信半疑に陥ったレインの視線を受けて、それで漸く彼女は言葉を紡ぐ。

 

「私は、正規のクルーではありません」

「……そして、私の侍女でもない」

「はい。私は当代から――ジークリートお嬢様の父上から護衛を命じられた者です」

「父から?」

「不穏な動きを察知した当代、ユーグハルト・フォン・クレイスター様から指示を受けたのは、私を含めて三名おりました」

 

 幾つかの単語を脳内で整理していたマルシュは、傍らでごそごそと身体を揺らし首から吊るしたタブレット端末で検索しているレインを見下ろす。

 クレイスター社を調べているのだろう。少年は小さく頷きを繰り返しながら社の公式情報を読んでいる。暫く覗いていたが文字の羅列にどうも興味が湧かず、青年は視線を切った。

 

「エンジニアに紛れて潜入していた私達は、お嬢様と積荷のモビルスーツを確認した後、帰還する為の足を調達していた折に宇宙海賊の接近を知りました。

 最初は、運が悪いとだけ思っていました。ですが状況確認の為メインブリッジで様子を窺っていた折に、海賊達は”ロザリアの使い”と名乗り降伏勧告をしていたのです」

「あ、姉の名を!?――――いや、そうだね。彼女なら。やりかねない」

 

 首を傾げる青年の裾を摘まみ、少年はユーグハルトの長女にその名が載っていると画面を指す。ただ社長のプロフィールにあるだけで、どのような位置に就いているか説明は無い。一族で上層部を固めているのだから、高くてもその辺りということだろうが。

 発言から想像するに、姉妹仲は相当によろしくないらしい。

 

「私達は降伏勧告を聞きながら内部抗争の渦中にある、そう判断しました。

 引き渡しをキャプテンが承諾した時点で対空砲を自動迎撃モードへ切り替え、本艦以外を全て攻撃対象にプログラムを変更したのです。あとは、マルシュさんなら分かりますね。

 抵抗を諦めていた社員――彼らクルーが殺害された原因は私にあります。

 ()ねての打ち合わせ通り一人はお嬢様の救助に。一人は艦内から脱出する為の艦艇を。私は戦力を確保する為に積荷――ガンダム・ブエルへ向かいました。

 仮想パイロットを設定しスリープ・モードで待機していた私は、仲間からの通信が途絶えたことを知り、単独でお嬢様を救助し脱出せねばならない事態に焦り、絶望しました。

 後部ハッチに戻り中身が空っぽのモビルワーカーを数機見つけ、海賊達がお嬢様を奪取し戻って来たタイミングで仕掛けようと覚悟を決めた時に、ヘルモントさんが一人突入して来たのです。

 ……それからは、皆さんもご存知の筈ですね」

 

 告白を終えた彼女は目を伏せ、再び視線を戻す頃には柔らかい微笑を湛えていた。

 その晴れやかな顔の対応に困ったのは、マルシュとレインである。

 中心人物であるジークリートは、話が終えた辺りから肩を抱き沈黙していた。

 見目麗しい少女が己を抱き、睫毛を震わせながら悩むさまはなんとも絵になる姿ではある。が、騒動の種であると理解した二人から見れば色恋など皆無であろうことは間違いない。別の意味で目を離せない人物として認められてもだ。

 話し掛けようにもクロエの一瞥が突き刺さり、己の部屋でありながら立場が無いマルシュは苦笑した。レインもそうだが、思考に耽るジークリートの邪魔をする気はてんで無い。

 ただ、自室でやってくれと頼みたいだけだ。

 

「とりあえず、クロエはジークリートの侍女ではないが問題は無い、という訳か。

 ……さて。一先ずこれで解散か?」

 

 ビーハイブに辿り着くまで寝ず休まず戦った青年も、流石に其処(ベッド)がもたらす休眠(よっきゅう)には勝てなかったのか、この集会を打ち切ろうと画策した。

 悩むジークリートがはっと顔を上げ小さく謝罪する。此の場で心の内に籠もっていたのを恥じているのか、その頬は桜色に染まっていた。

 少女の様子を見守っていたクロエは頷くも、意味あり気にレインへ視線を移した。同意した上で動かない彼女に釣られ、マルシュは少し首を回しただけで何処ぞへ飛んでいきそうな意識を懸命に引きつつ、バツが悪そうに頬を掻く傍らの少年を促した。

 

「ご、ごめんね、マルシュ。その……六番ゲートと物資貯蔵庫の中身を報せる機会が中々なくて。

 もののついでに、此処で聞いてもらっていいかな」

 

 見上げる草原の瞳は心底申し訳なさそうに。しかし、さも決定事項であると言わんばかりに声を通らせた。タブレット端末を膝の上に置き操作する様子からも、止まる積もりは無いらしい。

 後回しに出来る話題ではないし、封印されていた”開かずの間”には興味もある。厄祭戦時の代物が眠る物資貯蔵庫も同じく。恐らくは日々の就労で浮いた余力をあてがった程度で、本格的な調査と言えず触り程度のものかもしれない。

 だが、ガンダム・ブエルに関係するものであれば記憶すべき情報に違いない。

 モビルワーカーを操縦する時と明らかに異なる、あの機体の感覚を掌握する一体感は()()()にはキツイ。元々阿頼耶識システムはモビルスーツを扱う為の技術だったのだから、本来なら違和感を覚えるのは逆なのだろう。

 その違和感を払拭しアレを乗りこなすには、感覚以上に仕組みを理解する必要がある。

 十全に扱おうとするならば、阿頼耶識でリンクした情報以上に機体を掌握しなければ。

 その一助となるのなら、生物の三大欲求を押し殺すのも致し方ない。

 明日の糧であるから、此処は我慢である。

 

「わかった。頭に叩き込む方向で。判断は後日という形で頼む」

 

 先の戦闘では機体に振り回されていた。

 いや、阿頼耶識システムを通して寄越される膨大な情報量に溺れていたというべきか。

 パイロットとリンクした瞬間に押し付けられる操作方法と処理手順、取りこぼし無く脳髄に刻み込まれる機体状況はさながら瀑布の如く。その場に抗うことは人に過ぎたるもの。抗おうとすれば目の奥が痛み、頭の中央からナニカが漏れるような感覚に襲われたものだ。

 情報群(シナプス)という奔流に踏み止まろうとせず流されるまま任せれば、脳が自己防衛に窮するまで受け皿を広げてくれた。一か八かの賭けではあったが、脳死せず意識を刈り取られることもなく戦場へ赴けたのは幸運だった。その博打に挑む覚悟が出来ず、耐え切ろうと構えた結果が全身内外の血塗れである。次回以降はああならなずに操縦出来れば助かるのだが。

 

(……モビルスーツの適性テスト、確か明日だったな)

 

 タブレット端末に調査記録と映像を出して説明するレインの話を聞き覚えながら、マルシュは己が経験した痛苦がテスト受験者の糧になるかもしれぬ、と明日の試験場に顔を出すことを決めた。

 それ以外に余計な思考を伸ばすことは無く。反応なしに説明を続けるのが辛くなった少年に相槌を打ってやり、同席している知識層の二人から補足と現状考えられる予想を立てて貰い、四苦八苦しながらも理解しようと努める。

 

(……知恵熱が、出そうだ……!)

 

 然も当然の如く展開される施設考察を相手に、浮上する恥を忍んで説明を請う。

 勿論、教師役はジークリートとクロエの二人だ。説明をしていた筈のレインもマルシュと同じ生徒に早代わりしていた。

 理路整然と述べられても残念ながら予備知識もないマルシュでは頭が追い着かず、噛み砕いた上で粉状にしてもらい漸く飲み込める程度のもの。彼も鉄面皮の下で必死に追い縋り、時に助け舟の解釈を施されながら咀嚼している。それでも完全に把握は出来ない。そもそも芽吹く土壌があっても知恵という種がなかったのだ。それが只今撒かれたとしても易々と実るものではない。

 逆に戦闘関連に繋がる議題であれば即座に喰い付けたのは、ある意味才能と云うべきか。

 隣で紅顔を歪めているレインも、恐らくは同様の状態に陥っているのだろう。

 此処で解散などと口にしなかったのは益体の無い意地故か、それとも教えを請う側でありながら場を閉じる厚顔さを持ち合わせていなかったからか。

 結局二人に冷却時間が訪れたのは、教師の真似事に興が乗ったジークリートに、クロエが日付が切り替わってしばらくした事を伝えてお開きになってからである。

 

「これは、死んだように眠れるな……ははっ」

 

 三人を見送った後、マルシュは吐いた言葉通り深い眠りに入った。

 翌日、目の下に隈を作ったレインが起こしに来たとき。あまりにも安らかに眠っているものだから起こすのを躊躇い、見ている間にふつふつと説明できない怒りが湧いてきた為頬を引っ叩いて目覚めさせようとしたのは致し方ない事であった。

 それでも起きず、感情に唆されるまま力の限り往復ビンタを繰り出し、瞼を開いたマルシュから間髪入れず逆襲されたのはご愛嬌である。

 

 

 

 

 

 

 

 




マルシュ・ヴェストは天才ではない。
かといって戦闘分野を鑑みれば凡才ではない。
ただ、独学で生きてきた彼は知識が足らないのだ。

アンケートは寂しい結果に終わりそうです。
参加してくれたリドリーさん、佐田さんに感謝を。
喜んでもらえるか不安ですが、当作品のプロトタイプをメールで送ろうかと考えています。
承諾して頂けたらメール内容に記載して送る予定であります。

そして何と、坂本 真さんからイラストを頂きました!
クロエ・ヘンダーソン

【挿絵表示】


美人さんです。何処となく薄倖な印象を受けますが本編の彼女はどの位置に座るのか……。
この華奢な身でマルシュと鍔迫り合いした、そう考えると外見に表れない筋肉の持ち主な可能性。
坂本さん、ミステリアスな美女、ありがとうございます!
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