鉄の手は救いとなるか。   作:上代

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第八話:視線の先

 腰まで伸びた銀髪で顔の右半分を隠し、眠たそうな琥珀色の左目が特徴的なサラ・ラックという少女は、ぼんやりとした顔と眺める()()の瞳で相手を困惑させ、話し掛けられても返事がたどたどしくワンテンポ遅れてしゃべる事から、好きこのんで側に居る人間は少ない。

 トレードマークのネックウォーマーの下でぼそぼそと呟き、それが周囲に届かせる気がいま一つどころか多く足りない彼女の態度は他者との意思疎通を妨げる最たるものであった。喧騒にあっては虚しく掻き消されるだけの存在力は、社交性に乏しい人物の印象を強調する。

 しかし、それは健全な社会の一般常識を当て嵌めれば、である。

 ヒューマン・デブリの集団――クロムハーツでの彼女の序列は高く、最古参に挙げられる。

 まだ名も無く微力以下の拙い扶助組織であった頃にマルシュ・ヴェストを筆頭に築き、ジェイ・ジェイ、レイン・ファーレン、リシュー・ヘルモントに続き名を連ねた「最初の五人」の一人。

 それが此の組織でのサラ・ラックの立ち位置であった。

 無論、他と同じく初期の賛同者であったが故の位置である。

 戦いとは無縁の生活をしていた彼女は戦闘知識、あるいは工作技術が豊富な訳も無く。身体能力は機敏ではあったものの筋肉量で大の男に勝てはしない。

 そうである筈なのに過酷な修練を経て近接戦闘――懐に飛び込み刺突、零距離射撃を得意とする突撃兵に変貌しているのは如何な事象か。マルシュを模擬戦とは言え本気にさせる根性を発揮したのがレイン少年であるのなら、彼が掲げ規定している「戦闘素質」の第一人者は彼女であった。

 特にモビルワーカーの技術はマルシュに次いで優れ、機体に02のナンバーを付けている。彼が戦闘行動をする際はたいてい相棒役(バディ)を務め、前衛(フォワード)を任せると機動戦で敵陣を掻き乱すことに重点を置く。白兵戦も反射行動に長じた彼女らしく、中距離以上ならば適う者もちらほら居るものの、こと近距離ならばマルシュと並びツートップの腕前を有している。

 尤も、屈指の手練であろうと手加減という言葉を知らなければ覚える気もないこの少女に指導役は任せられず。一見物静かな女の子にしか思えない、けれど荒事専門のサラ個人に任せられる平時の仕事は驚くほど少ない。お陰で教導役は専らマルシュが務め、その足りない所をジェイ・ジェイが補佐しており、サラはその様子を眺めるのが定位置であった。

 

 

 

 彼女が女性の身でありながら戦士の道を選んだのは、他と同じくその出自(ヒューマン・デブリ)に原因がある。

 サラと同年代の多くは、性別と年齢に価値を見出され”商品”となりその手の商売で金を稼ぐ人間の下へ売りに出される。其処で女性の機能を酷使され一方的に喰いものにされ潰れるか、相手の男を虜にして身請けまで事を進めるかは、その子の境遇と運次第なのだろう。

 捕らえられ泣き暮らしていた少女達が売り買いされていく中で、サラは一人残された。

 痩せ細り頬がこけていた彼女は「病弱か、病気持ち」と判定され偶々買い手が居なかった。呼吸だけしている皮と骨では客が取れないという事なのだろう。事実栄養失調で満足に動ける状態ではなかったサラは、此処へ投げ入れられた時も大人の脇に軽く抱えられて運ばれた。

 そして買い手がいない商品は、売り手にとっても不要である。

 最低限の食事や入れている寝床――牢獄と変わらないものであっても其処に人間が居れば場所をとる。一方的に奪い搾取し売り物にする海賊と奴隷商人には売り物になるまで世話をするほど気が長い者など居ない。仮にその積もりがあったとしても、生来の愛らしい容貌は見る影も無く、略奪された現場で火傷を負っており、再生治療を施さなければ売れるものでは無かった。

 確実に売れる見込みも無く、置いておいても”その価値”はない。

 その場合は屠殺の末路しかなく。理不尽かつ他者の身勝手な理由で人生を奪われ、閉じられる。

 サラも同じ最後を辿る筈だった――その例外となったのは、意外にも買い手が見つかったからに他ならず。最低金額で購入された少女は所有者となった海賊達から厭に嗤われ、唯一の衣類であった襤褸を握られたまま運ばれた。手荒く引っ張られミシミシと軋む身体。その痛みを認識できないほど衰えていたサラは、やはり他の少女達と同じく心を閉ざしていた。

 

 そうして塵を捨てるように放られた先で、彼と出逢った。

 鉄色のざんばらな髪に切れ長の鳶色の眼、彫りの深い顔立ちの少年は引き締まった筋肉質の体躯を有し、緑のシャツとグレーのズボンでただ部屋の中央で胡坐をかいていた。

 其処はサラが入れられていた牢獄に似た部屋で、饐えた臭いが鼻に衝くイヤな場所だ。冷たい床に座っていた少年はサラの軽く細過ぎる身体を受け止めた。彼は表情筋が寸断でもされているのか、その時に嗅いだものにピクリとも反応せず、人を不快にさせる視線に晒されても動じない。

 ニヤニヤと顔を歪めたままの海賊はサラを指差し「お前への褒美だ」と言う。

 自己賞賛し始めた海賊へ、彼はサラを抱えたまま這い蹲り「ありがとうございます」と言う。

 嗤われながら『鉄面皮』と呼ばれた彼は、海賊達のお気に入り――役に立つ手駒の一つだった。

 海賊は『鉄面皮』が唯々諾々と従う態度をそれなりに評価していたらしい。それでいて、お前のようなヤツには()()が見合っていると分からせる為の道具(サラ)だった。

 少女は彼にとって、単なる代替品とは違うがやはり其処までの価値しかないと仕込む教材。

 ヒューマン・デブリとその所持者。此処では暴力が律法であり、階級制度と罷り通った世界。

 それがサラを攫われ買われ放り込まれた場所であり、今後は其処で生きるということ。

 少女は溌剌とした子ではなかったが愚者ではない。場の流れから周りが自分にナニカイヤナコトをさせるのだろうと感じ取ってはいた。けれど、動く体力も考える気力も尽きていた彼女は、諦観から思考に霜が降り始めても拒めなかった。 

 それは海賊にとっては好都合で、だからこそ買ったのだろう。

 同じ体温を持ち性別が異なればすること――ヤることは大概一つだ。

 その傾向が強い年代に性対象を与えれば、答えは蓋を開けるよりも簡単だ。そうでなくても不平不満を蓄積する環境に置いているのだ。日頃堪っているものも加われば当然の帰結と言うべきか。

 この『鉄面皮』に限らず、命が呆気なく消え飛ぶ戦場に出されしぶとく生き残っている者は何を考えているか判らない。殺し殺される場所で生活しているならば暴力の在り方を学習している。

 だからこそガス抜きは必要で、働きが良い男子にくれてやる褒美は()()に限る。

 もし反抗心が残っていたとしても、()()()()()()少女にぶつければ良いと考えているのだろう。

 サラが後で知り分かった事だが、他に海賊から気に入られた男は「自由にして良い」と許され、買い与えられた女を散々に鳴かせ責め続けたらしく。自分より下位の人間を組み敷き好きに扱える権威、肉体的欲求を晴らすことができる存在は、所有者である海賊と褒美を頂いた人間の双方に、随分と都合が良かったのだろう。

 片や褒美を与えれば反抗心が薄れ、次を望んで従順になった挙句血生臭い所業を嬉々として実行する駒を。片や一方的に鬱憤をぶつけることができ、快楽を貪れる上に征服感と嗜虐心を満たしてくれる玩具を手に入れられるのだ。

 数多くある()()も手伝い、今後の手綱を握る為に『鉄面皮』を飼い殺そうとしたのだろう。

 けれど、彼は海賊達が想像する情欲に耽ることはしなかった。

 正しく述べるなら、行為だけはしようとしていた。

 ゲラゲラと下卑た笑いで囃したて観賞する海賊達の前で、サラは彼に襤褸を剥ぎ取られた。

 其処にあるのは白く美しい裸身――ではなく。皮脂と垢で汚れ悪臭を漂わせた未発達の身体と、満足に火傷を治療されず放置されていた水疱と焼け爛れ固まった皮膚だった。

 それを見た海賊達は予想より酷かった見世物に萎えたのか、呆けたまま声すら漏らさない少女を気味悪がり大半がそそくさと退散していった。

 少数の性根が腐った者達はそのまま行為を見物し、性交相手の酷さに流石の『鉄面皮』も狼狽しただろうと高を括っていたが。

 

「――――ぅ」

 

 裸にされても反応しなかった少女を剥いた襤褸の上に寝かせると御自慢の嗅覚は失ってしまったのか、悪臭を漂わせる少女へ覆い被さり無遠慮に舌を這わせる。

 『鉄面皮』が女の部分を喘がせ始めたと理解した海賊達は「汚ねぇヤツ」「期待外れだ」と罵倒を残し、顔の前で手を振り空気を払う仕草を大袈裟にして去って行った。

 その後もしばらく行為は続き、痩せた足の付け根に彼の頭が沈んだ所で少女から色彩豊かな悲鳴が上がり、肉が薄い腰をくねらせ四肢を我武者羅に振り回した。

 

「――――――ぁっ」

 

 サラの仰け反った細い喉から発せられた言葉が「いや」だったのか「やめて」だったのかは本人にすら分からない。ただ感じたものは大きな波が小さな体躯を翻弄していた事と、息が途切れ頭の中が真っ白になったことくらい。

 弛緩する太腿が違う生き物のように小刻みに跳ね、心臓の鼓動がどくどくと血液を循環させる。

 未知の経験にサラが目を白黒させ小さな口を見っとも無く開いている間に、心が壊れ始めた少女のからだを翻弄した彼が体を起こし何事か呟いていた。

 

「連中、やっと行ったか……強姦するまで見ていると思ったけど、今日は其処まで残らないのか。ともあれ、お陰で助かった――このままはちょっと、辛かったし」

 

 彼は弛緩したままのサラを放置したまま部屋の隅っこに転がっていた水筒を拾い、ガラガラとうがいするとそのまま近くのバケツへ吐瀉した。

 一息ついた『鉄面皮』は口の中をもごもごと探り、顔を顰めるとまた同じ事をする。何度か繰り返してスッキリしたのか、身じろぎするのも億劫になったサラへ近寄った。

 その間も、発熱したように火照り息が乱れたままのサラは動けず、身体を起こされると敷かれていた襤褸に包まれ、抱きかかえられた。

 太く筋肉質ながら温かい両腕は不思議な心地良さで疲労困憊の少女を迎え、壊れ物を扱うように胸へ引き寄せられると先ほど翻弄された熱さとは違う高鳴りを覚える。

 それが性的興奮の余韻なのか、嫌悪による拒否感情であるのか幼いサラは覚束ない。

 けれど、それは何処となく両親が抱き上げてくれた腕に似ていた。 

 

「まずは、身体を洗おうか。ちょっと、いや、かなり個性的かつ独特(マニアック)な味と臭いだもの。

 キミを”好きにしていい”って言われたし、ならどうしようともオレの勝手な訳だから」

 

 かなり、いや結構失礼な事をほざいているが、確かに少女の身体は汚れ傷ついていた。

 今は喚く力も無いし、あっても疲れるだけだからしない。何事か言ってやりたい気持ちは多少あるけれど。牢屋から出て一歩、一歩と気をつけながら薄暗い通路を進む『鉄面皮』の声と温かさはヒューマン・デブリに堕とされてから今まで接せられた事がないもので。

 淡々とした口調ながら鳶色の眼は無感情ではなく。火傷痕や擦れた傷が痛むと「少し我慢して。部屋はすぐそこだから」と小声で元気付けようとしていた。

 その気遣いが少し前までは近くに。手を伸ばせば掴める距離に在った筈なのに。

 脳裏に思い出されるのは、鮮やかな赤。床一面に広がった赤黒い血溜まり。

 過去の光景を思い出せば、視覚情報は吐き気を誘発させ喉が引き攣らせ、肉を焼く異臭は臓腑を徹底的に揺さぶり、()()()()()()()()をサラに突きつけ、刻みつける。

 ――嗤う知らない誰か。叫ぶ知っているダレか。

 奪われる物資と壊されていくワタシのオウチ。

 倒れるオカアサン。撃たれるオトウサン。火に巻かれて倒れるワタシ。

 辛い。悲しい。痛い。苦しい。会いたい。会えない。何故。何故。何故――。

 

「ぅっ。ぐす。うっ、ぅぅぅ~~っ」

 

 喪った家族から「可愛いサラ」と褒められた顔の右半分を火傷で失った少女は、満足に見えなくなった右目から流れた涙が焼けた皮膚にじくじくと沁みる。

 意味のある言葉を返さない少女の小さな小さな、けれど耳にした者へ確かに刺さる慟哭は嗚咽に伴われ喉を震わせた。

 それを受け止めようとでもいうのか、サラを包むように抱き直すとしっかりとした足取りで歩く。

 

「洗ってスッキリしたら、少し食べようか。それからぐっすり眠ろう」 

 

 ぼさぼさの髪に置いた手で幼児をあやすように、掌で体温を伝えるように撫でながら『鉄面皮』は弱り切った少女へ言葉を掛ける。

 恐る恐る見上げたサラの左目は涙で歪んだままだった。きっと『鉄面皮』は表情に乏しい人間なのだろう。感情の出し方が上手ではない少女にも、彼は下手くそだと思う。

 それでも、温かい。

 ()()()、温かいのだ。

 生の感情を剥き出し嗤い殴り奪うような大人ではない。検分と言って厭らしく触る男でもない。

 けれど、安心は出来ない。

 彼は少女の身体の、おいそれと触れてはいけない所を弄んだのだから。

 その件に関しては他の男と同じ。いや、一歩踏み込んだ行為をしていたのだから尚更酷いか。

 だが、しかし、それでも。

 この少年の腕の中は、気持ち良い。

 それだけは、サラの摩れた心に休息をくれた事は本当だった。

 

「名前、は」

「ん?」

 

 そう尋ねると『鉄面皮』の少年は目的の部屋に着いたらしく、サラを片手で抱え直すとカードをリーダーに差し込んだ。スライドするドアを横目にくぐり、ドアロックを確認している間に照明が自動で点く。部屋は四人が寝泊りする共有スペースなのかベッドが四つあり、それ以外は洗濯紐に吊るされたタオルや衣類があるだけ。

 使われてないベッドにサラを横にさせると、桶と水が入ったタンクを手に取る。

 吊るしてあったタオルを適当に見繕い、タンクから注いだ桶に十分な水が溜まると其処へ放り、軽く絞ってサラの隣に立つ。

 顔を拭くごわごわとしたタオルは想像したより気持ち良くはない。

 でも、それを操る手の拭き方は心地良い。

 うっとりとまでは行かずとも、このまま任せても良いと思えるくらいに。

 人心地ついてから、サラは少年を知ろうと左の瞳を瞬かせた。

 

「ワタシ、サラ。サラ・ラック」

「サラ、か。良い名前だな。オレはマルシュ。マルシュ・ヴェストだ」

 

 そう言って少年――マルシュは硬い表情を崩して、にへらと笑う。

 不意打ち――天井の仄かな光源すら眩しいと、閉じかけていた右目を見開くほどの。

 自分と同類だと思っていた少年が、硬い仮面の下に隠した生来の明るさを覗かせる。それは僅かばかりの驚きと、手酷い裏切りをサラの胸中に渦巻かせた。

 無表情に近く言葉も平坦な声音だったのに。暖色の笑顔を見せ付けるなんてズルイ。

 淡々とした同じ寒色に染まれ。あの体温を手放したくない。離れず一緒に居て欲しい。

 

「これからよろしく。……まずはサラが元気になってからだけど」

「今日から、()()()()()?」

「うん。今日から一緒だ!」

 

 ニコリと笑い甲斐甲斐しく拭いてくれる少年を、傷だらけの少女は濡れた瞳で見つめる。 

 まだ感情を殺す事に慣れていなかった頃の、弛まぬ忍耐を試されていた頃のマルシュ・ヴェストは同居人を喪った空虚さを埋めようと、新しい入居者を手厚く看護しようと親身になって労わり。

 ヒューマン・デブリの少年が唯一所有する事になった少女――サラ・ラックは、帰らない家族の代わりとなる対象と捉えたのか、静かに湛えた琥珀色の瞳を爛々とさせ彼を追っていた。

 二人の邂逅は、肉体的な触れ合いと依存が多分に含まれた出逢いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――懐かしい、思い出(ユメ)だった。

 

「少し、慣れて、きた……かな」

 

 うっすらと瞼を開き、琥珀色の目を開く。

 其処は彼女が搭乗したベルペ・ロディのコックピットシート。手前のコンソール及び各計器から出力されるグリーンカラーの数値を見る事無く、銀色の髪を上半身に溢したままのサラは普段通りの惚けた顔でディスプレイを眺める。

 凹凸のない細身から伸びた両腕もやはり枝のようで、彼女が女性兵士だと看破できる者は極僅かだろう。言っても信じない方が大多数を占めることは想像に難くない。

 着ているものは実用性一点張り、作業服同然のノーマルスーツではなく。他の団員と同じ小豆色のシャツに紫鼠色のパンツで。上着もなく身体のラインを容易く浮き彫りにする服装であるのに、そうと判らないのは十代半ばに差し掛かる女子としては聊か哀れではなかろうか。

 ただ、コントロールグリップを握る指先はしっかりと絡み、本人の意思以外で離れる事はない。

 それが単なる女の子と、サラ・ラックという兵士を見分けるポイントだろう。

 

『阿頼耶識の初回起動(コンタクト・リンク)時より情報量は安定しています。最適化にはまだほど遠い領域ですが、パイロットに負担なくフィードバック出来ていますから一先ずは安心ですねぇ。

 頭痛、吐き気、手足の痺れはありませんか?』

 

 オペレーター役のクロエ・ヘンダーソンは調和された微笑みをワイプに映し、パイロットとモビルスーツの診断を並行に進める。婦女然とした表情でありながら違和感を覚えるのは、彼女が無骨なヘッドセットを装着しているからだろう。

 何やらテンポ良く聴こえるのは、恐らくコンソールに打ち込まれるキーのものか。

 

「へい、き。少し、頭が、ぼ~と、した、だけ」

『うーん……交感神経の変調でしょうか? 同じ傾向が出た場合はすぐ申し出て下さいな。

 モビルワーカー慣れした貴女のインターフェイスに、モビルスーツの情報量を飲み込ませるにはまだ”ならし”が必要ですから。無理をしても痛いだけ、ですよ』

「…………ん」

 

 相手の不自然な間に構わずデータ収集に勤しむことに決めたのか、クロエ側からは応答は無い。

 サラの方は然程関心が無いのか反応を示さず、ディプレイを見つめたままコンソールを操作する。

 パイロットからの指示に従いドックに幾つかあるクラブトロリーのうち一基がレール上を走り、ずんぐりとしたベルペ・ロディがワイヤーロープに牽引される。そのまま徐々に速度を上げつつ、レールストッパーと接触したクラブトロリーを起点にワイヤーロープが大きく弧を描き、ピン、と張った瞬間ロックが外れ遠心力を初期速度に、ビーハイブのニ番ドックから宇宙へ進み出た。

 直立姿勢のまま進行するモビルスーツがエイハブ・スラスターを吹かし、姿勢を変更した背後でゲートが閉じる。腰のハード・ポイントに一〇〇ミリライフルと予備マガジン、両手で超質量兵器のハンマーを握る姿はさながら防人の如く頼もしい。

 そのパイロットに選ばれたサラはモビルスーツを容易く扱っているが、これは彼女がモビルスーツの操縦を猛特訓した成果ではなく。マルシュと同じく背中に存在する”ピアス”と接続された阿頼耶識システムの恩恵にある。

 コンソールに視線を移さずとも機体状況を把握できるのは阿頼耶識を通じ脳と網膜に情報を直接伝達しているからだ。熟練パイロットのように感覚で扱うのは体感で抑えられる情報量の多さによるもの。そうでなくては搭乗二回目で此処までスマートに操縦は出来ないだろう。

 

(まだ、上手く保持するのは、難しい、かも)

 

 今回の実機訓練は熟練度を上げる、慣れさせる目的がある。

 簡単に言えば。一定の方角に流れた機体を一度停止させ、別方向へ合わせることだ。

 それには機体に働く慣性を消し、修正せねばならない。

 フロント部にある逆噴射(バック)用のスラスター、脚部と背部のも使い姿勢を整えようとする。

 メインの熱相転移スラスターは燃料の関係で今回使用を禁じられており、少々大回りでも出力に物を言わせて帰還する、という方法を封じられているのが辛い。是が非でもエイハブ・リアクターで生成、エネルギーに転換されるエイハブ・スラスターを制御下に置かなければビーハイブに帰れない。帰れない未来をうっすらと考えて、それは悲しいとサラは思った。

 ぐるぐる機体を回転させる下手は打っていないが、微動だにせずピタリと止まりもしない。

 

『サラ』

 

 不意に届いた声へ反応する。

 喧騒の中――銃撃の最中でも聞き漏らさなかったその声と主に、銀色の少女は意識を割いた。

 生来のものを失った錆色の青年へ視線を留める。

 

「マルシュ」

『ん。モビルワーカーよりモビルスーツの方が阿頼耶識で把握し易い。明確な手足があるだけナマの感覚に近く、しっくりくるだろう。どうだ?』

「わか、る。でも、ワタシの、からだ、に、スラスターは、ない、よ」

『―ーッハ。そう、サラの言う通り。俺達には体を前へ押し出そうとする器官はない。当然だな。

 でも、体を動かす手足はある。そうだろう?』

 

 ディスプレイ上に増えた二つ目のワイプが、精悍な顔つきの青年が語り掛ける。

 素直に聞き入る少女はコントロールグリップから手を離すと胸の前で軽く握り、そのまま前へと伸ばし「押し出す」イメージを捉えようとする。二、三回ほど繰り返したあと、再び機体操縦に戻り阿頼耶識を介してイメージに沿う動きを再現させる。

 サラが掴んだのは空気を押す、体を押す事から転じて支える、その姿勢を維持すること。

 まず、伏せた体を起き上がらせることをイメージした。

 其処に必要なものは、体を支える手と足だけでなく、床などの足場が条件だ。

 さらに物事を単純に、簡単に考える。

 スラスターの噴射基を手足に見立て、推進力を足場と定めてみる。

 

「んっ」

 

 一般的なパイロットであれば各部スラスターの位置、推進量の調整を合わせれば可能なこと。

 けれど、彼女達は阿頼耶識があるだけに「こう動かしたい」と思考すればシステムを通じて最適な操作方法を脳と神経へアップロード出来る。機敏かつ素早い操作が感覚で可能なだけに、数値を整え算出された結果で操縦する従来のやり方とズレがあるのだ。

 それでも()()()()()()()()()()()()()()所に、阿頼耶識の特異性と有効性が秘められている。

 

『どうだ?』

「へいき、できた」

 

 スラスター位置と角度、推進量の関係を「空洞の中で両手足を広げ体を支持する」イメージだけで慣性をゼロにした。ベルペ・ロディの巨体は漂流物が行き交う中で唯一その場に止まっている。

 終わってしまえば拍子抜けするほど簡単で、振り返ればその発想が出て来なかった事が不思議に思える。歯車が噛み合う、欠けていたピースが揃ったなどとは違う「出来た筈なのにしなかった」ような、妙な感想だけが残る。

 彼が助言らしき事を言っていた。何か知っているのだろうか。

 

「……………」

『む?』

 

 初めて会った頃に比べ表情が読み辛くなったマルシュを眺め、昔と変わらず見つめ続けるサラは小さく首を振って「何でもない」と示した。

 口下手、いやコミュニケーション能力を著しく欠いている少女は共感能力にも似た理解者が居ないと簡単な意思疎通以外会話が成り立たない。吃音症に似た言葉が円滑に話せない人であるサラは連続してしゃべることはしない。したとしても相手は極少数に限られる。

 

『恐らくだが』

 

 例えば、彼のような存在は少女にとって貴重だ。

 同じ表情が乏しくとも、目の瞬きや仕草、首の向き加減などで察する。

 態度でおおまかながら心情を把握する。俗に言う「見れば判る」というタイプは得難いもの。

 

『モビルワーカーの時より思うが儘に動かせないと感じているのであれば、それは正解だ。

 パイロットの安全を考慮して、モビルスーツから送られる情報量を制限している。

 この場合は()()()()()()()らしい操縦は出来ない。常時情報量に脳神経が侵される状況下は人体に悪影響を残す恐れがある。パイロットを育成する前に潰す馬鹿は居ないって事だな。

 ……しばらく慣らし運転で我慢しろ。様子を見て徐々に制限を緩める予定だからな』

 

 安全の為に制限を掛けた等と。

 平坦な声で、彼はそんな事を言う。

 必要に駆られてとは言うものの、彼は強引にモビルスーツを動かした。

 その際に被ったダメージを省み、仲間が傷つく姿を見たくはない、と痛感しているのだろう。

 当人はモビルスーツから降りてから丸一日意識が戻らず。三日は満足に起き上がることも出来ないまま過ごし、一週間掛けて体力と身体能力の回復に専念した。

 未だに感覚が万全ではないらしいが、それでも皆の前で問題など無いように振る舞っている。

 ――だからだろうか。彼の物言いに少女は素直に頷けた。

 サラ・ラックには、いつかの鉄色の少年が、錆びた青年に重なって視える。

 熱が灯っていなさそうな硬い貌を透かして、あの頃に感じ得た温かいモノを。

 

「ん。わかった」

『そうか』

 

 少女は今も変わらず、見え辛い瞳のまま彼を追う。

 彼が其処に居ればその場に座り、居なければ自分が果たす仕事を果たして姿を探す。

 ――――ずっと、一緒。

 失ってから得た温もりと、その言葉に夾雑物など入る隙間なぞなく。

 マルシュ・ヴェストの背を追う者が多く居る中で、等身大の彼を求める瑕だらけの少女(サラ・ラック)は今日もオツトメを完了させ、在るべき場所へと戻る。

 一意専心の主をもったベルペ・ロディは、その巨体に漂流物が掠る事も無く帰還した。

 何事もなくモビルスーツハンガーに固定され色を失うモノアイは、迎えに来た錆色の青年の腰へ頭突きの体勢で突進する銀色の少女を映していた。

 

 

 

 

 




気づいたらこんな内容になっていた。
困惑している。
反省はしてない。

(主人公の)内堀は埋める為にある……決して防御設備ではない。
ラブコメって難しいですね(真顔)。
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