二つ名持ちモンスター【片冠ドスマッカォ】   作:変わり身

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ベルナ村の麓に広がる古代林は、大まかに3つの区分に分ける事が出来る。

 

見晴らしのいい広場を中心とした浅層。

洞窟や切り立った崖を中心とした中層。

そして、陽の光さえも満足に届かない奥地――深層。

 

同じ古代林と言えど、場所による環境の変化は非常に大きいものだ。

当然そこに住まうもの達も画一的となる訳がなく、皆己の生を繋ぐべく、それぞれの適応した場所で奔走する。

 

気性の穏やかな草食種は浅層に、鳥竜種を始めとした縄張り意識の強い生物は中層から深層に。

細かな差異はあれど基本的にその分布は変わり無く、メラルーのような獣人種においてもそれは同じ。凶暴な肉食種を避け、古代林の浅い場所に小さな集落を築いていた。

 

――7号と自称するメラルー。その一匹を、別として。

 

 

 

 

(……うーん。採集ポイント、無いにゃね)

 

古代林の中層。ハンターや龍歴院の人間達がよく利用する中継地点のほど近く。

荷物を載せた荷車を引いた7号は一匹、草むらを漁りつつ溜息を吐いた。

 

(そこそこ毟られた根があるし、こりゃあ誰かに先を越されたにゃぁ……)

 

そう心中で呟く7号の足元には千切れたゼンマイの茎が残っており、何者かの手が入った事は明白だ。

ハンターか、龍歴院か、それとも同族のメラルーか。何にせよ、この辺りに目ぼしいものは少ないだろう。

 

7号はそう結論付けると立ち上がり――しかし見切りをつけるでもなく、頭に巻いたターバンを外し目を閉じる。

……中から垂れた長耳は、その先が地に触れる程に長い。明らかに、メラルーとしては異常という他ない発達具合だ。

 

「――……、にゃふふ」

 

そうして五秒ほどの時が過ぎ、やがて目を開くと迷いなく草むらの一つを掻き分ける。

するとそこには小ぶりなゼンマイが隠れるように生えており、7号は小さく笑みを浮かべると手早くそれを刈り取った。

 

――聞いたのだ。草とゼンマイが擦れる、僅かな音を。

 

「この辺りにあるのはこれだけかにゃぁ……とりあえず、もう別の場所に――、!」

 

ゼンマイを荷車の上の袋へ放り込み、ターバンを巻き直すその途中。7号はふと動きを止めると、勢い良く背後を振り向いた。

そしてすぐ様焦ったような表情を浮かべると、慌てて荷車を持って全力疾走。遠くの木陰へと自分の体ごと押し込んだ。

 

身を丸め、息を潜め、存在感を可能な限り薄くする……。

 

(ぼ、ボクはここに居ないにゃ……単なる石っころだにゃぁ……!)

 

そんな自己暗示までかけ、待つ事数十秒。先程7号が見ていた方角から、幾つかの小さな影が現れた。

小柄な身体に、黒い体毛。7号と同じく、山菜の収穫にやってきたメラルー達だ。

 

ごく普通の短い耳を持つ彼らは軽く周囲を散策すると、山菜の姿が見つからない事にガッカリと首を落とす。

 

「あー……ダメだニャ。ここはもう誰かに取られた後っぽいニャア」

 

「ちぇ。このへん仕切ってるドスマッカォが居なくなったから、取り巻きでゴタゴタやってる今がチャンスだと思ったんだけどニャ……」

 

ドスマッカォ。メラルー達の言葉にドキリと心臓が跳ねた。

同時に僅かに身体がガサリと揺れるが、幸いにも彼らには気付かれなかったようだ。

 

「まぁ大方さっきのハンターに決まってるニャ。全く、ホント迷惑なオナゴだニャ」

 

「オレ達の盗み邪魔するわスタンプは持ってくわ、メラルーよりも手癖悪いよニャア、あの娘……」

 

グチグチ、だらだら。

余程鬱憤が溜まっているのか、メラルー達はベルナ村専属の――正確には龍歴院専属ハンターへの不満を垂れ流す。

 

メラルー達にとって、ハンターという存在は基本的に敵である。それはこの古代林に住むメラルー達にとっても同じ事。

中にはオトモとしてハンターに付きそう個体も居るようだが、少なくともこの二匹に関しては違うようだ。語られる愚痴は留まる事を知らず、何となく居心地の悪ささえも感じてくる。

 

「――あ、もしかして、あのナガミミが取ってった可能性もあるニャ?」

 

「ッ!」

 

ナガミミ、長耳。つまりは7号。

唐突に水を向けられ、思わず漏れそうになった声を両の肉球で押し留めた。

 

「あぁ……そういや、そんなのも居たニャね。この頃姿を見ないからすっかり忘れてたニャ」

 

「アイツ不気味なほど耳が良くて、山菜も取り放題だったのニャ。もしかしたら、またズルっこして好き勝手やってるのかもしれんニャ」

 

「あり得るニャ。今度見かけたらとっちめるのニャ。例えやって無くても羨ましいからまーたあの耳固結びにしてやるニャ」

 

(う、うぅぅ。あれ痛いからもうやだにゃぁ……)

 

ターバンの中に隠した耳が疼く。

今すぐ飛び出し身の潔白を訴えたいところではあったが、あのメラルー達がそれを聞くとは思えなかった。

 

故にグッと堪え、隠れる事に専念するが……その後もメラルー達のハンターや自分に対する愚痴が流れ続け、どんどんと気持ちが沈んでいく。

 

「おっと。あんまりゆっくりしてると、マッカォが来るかもしれない。さっさと帰るかニャ」

 

「……改めて見るとキノコや木の実も見当たらんニャ。許すまじナガミミ……」

 

(だから冤罪だにゃぁ……)

 

そうして何とかメラルー達をやり過ごし、戻ってこない事を確認。

フラフラと木陰から身体と荷車を引き出した7号は、憂鬱混じりの溜息を吐き出した。

 

(……ボクだって、好きでこんな耳してる訳じゃないのにゃ……)

 

元々余所者だったという事もあるのだろうが、何よりもこの耳と力がいけないのだろう。事あるごとにやっかみ受け、もうウンザリだ。

いっそ切り落としてしまえば楽になるのかもしれないが――残念ながら、そこまでの度胸は持ち合わせていない。

ならば我慢する他無く、モヤモヤとした気持ちが胸に溜まり、再び溜息を毛玉と一緒に吐き出した。

 

「……はぁ」

 

何というか、かなり疲れた。

ゼンマイを見つけた嬉しさなどとうに消え失せ、ぐったりとした疲労感が身を包み。7号は鬱々とした足取りでもって、のたのた家路についたのだった。

 

 

――遥か遠くから注がれる双眼鏡越しの視線に、全く気付かずそのままにして。

 

 

 

 

「……た、ただいまですにゃ~……」

 

浅層から少し離れた、中層の端。7号が密かに築いた隠れ家の中。

焚き火の僅かな光が不気味に揺らめく洞穴に、7号の小さな声が木霊した。

 

自分の家なのに、何故こんなに怯えなくてはならないのか。胸裏でそんな悪態をつくが、返ってきた鼻息にビクリと肩を揺らした。

 

「えと、カラダは変わりないにゃ? どっか痛かったり、カユかったり……」

 

「(フスン)」

 

「あ、だいじょぶかにゃ。なら良かったにゃぁ、へ、へへへ……」

 

7号の浮かべる愛想笑いの先にあるのは、極彩色の竜の姿。

言うまでもない、身体に包帯を巻き付けたドスマッカォがどっしりとその身を横たえていた。

 

――7号が大怪我をしたドスマッカォを拾った日から、既に3日の時が経っていた。

 

「……じゃあ、まぁ。とりあえず今日のご飯を作るにゃ。山菜があんまし採れなかったから……ち、ちょっぴし量は少ないかも、にゃけど……?」

 

「グルル……」

 

「あ、かまわないですかにゃ。……ボクを食べるとか言われないで良かったにゃ」

 

7号はほっと溜息を吐くと、荷車から収穫してきたゼンマイや草食獣の肉を取り出し、調理を始める。

 

メラルーと鳥竜種。普段ならば喰うか喰われるかの関係ではあったが、この3日の内にそれなりに打ち解けてきたらしい。

7号に怯えはあれど過度なものではなく、ドスマッカォも本能に任せた凶行に走る事もなく7号の存在を受容している。

 

おそらくそれは、ドスマッカォが未だ満足に動けない状態である事が大きな要因としてあるのだろう。

7号においては逃げようと思えば逃げられ、ドスマッカォにおいては下手に反抗しても損しか産まない。

そのような殺伐とした保険と損得の上に成り立った関係ではあったが――しかし、それで上手く回っている事もまた事実。

 

互いの裡はさておき、端から見れば意外と平和な日々を送る二匹であった。

 

「……そろそろ、傷が薄くなり始めて来たにゃ。薬草塗ってるとは言え、やっぱり竜って丈夫だにゃあ」

 

「…………」

 

食事を終え、一息ついた後。びくびくとドスマッカォの包帯をとり替えていた7号は、心なし小さくなり始めている傷を見て呟く。

 

ベルナ村のハンターから受けたと聞く裂傷は、当初は肉は勿論骨さえ覗ける程に深く大きいものだった。

しかし今や骨は肉に埋もれ全く見えず、傷そのものが徐々に癒着を始めている。生物として驚くべき回復力だ。

 

「んー……でも、頭の羽根だけ全然治る感じしないにゃ。やっぱりここも薬草とか塗った方が――にゃぐぅッ!?」

 

「グギャァッ!!」

 

包帯の巻き直しが終わり、切り飛ばされたまま回復の兆候を見せない冠羽根に7号が触れようとした瞬間、ドスマッカォが右側頭部に残った冠羽根を開き威嚇した。

血走り、殺気に満ちた目が7号を射抜く。

 

「ご、ごめんなさいにゃ! いいいい痛かったにゃ? 謝るから食べないで……」

 

「……グルァゥ」

 

途端もんどり打って身を引き五体投地、震えながらに許しを請う7号の姿に却って冷静になったのか、ドスマッカォは一つ唸って冠羽根を畳み収める。

気まずい沈黙が辺りを包み、7号の震える僅かな音だけが静かに響き。

 

「……グルァ、グルル……」

 

「に、にゃ、えっ?」

 

するとその空気を嫌ったのか、ドスマッカォは面倒臭気な表情を浮かべ、溜息と共に唸り声を落とした。7号しか理解できない言葉だ。

 

――このドスマッカォにとって、冠羽根は群れを統率する者の証であると同時、己の矜持を示す物でもあった。

 

言い換えるならば、オスとしての格そのもの。

例え今はこのような惨めな姿となっていようと、メラルーごときに触れさせたら本当に己の何かが終わってしまう――ドスマッカォは、そう思えてならなかったのだ。

 

(……グギャ、グ……)

 

――こんな死にかけの醜態を晒しながら、何を格好つけていやがる。

矜持など、ハンターとの戦いで地に落ちたと言うのに。ドスマッカォは未だ過去の輝きに縋る己に気づき、自嘲する。

 

どうせ7号も呆れ、嗤っているだろう。

ああ、また全てがどうでも良くなった。半ば投げやりとなったドスマッカォは、もし嗤っていたらいっそ喰い殺してやるつもりで顔を上げ――。

 

「ほわあぁぁぁ……」

 

「……?」

 

予想とは裏腹に目を輝かせる7号の姿を見て、開きかけた顎を閉じた。

……なんだろうか、この澄んだ目は。

 

「……え? あぁえっと、あの。何ていうか……モンスターさん、スゴイって思ったにゃ」

 

「――グルルァァ……?」

 

それは己をバカにしているのか?

再び冠羽根を開きつつ牙を剥き出せば、7号は違う違うと首を振り。

 

「ち、違うにゃ! ただその、頭の羽根がそんなになっても、変わらず大切だって言えるのって、いいなぁって……」

 

「……?」

 

「……え、えっと。薬草切れたにゃ、ちょっと取ってくるにゃ!」

 

一体何が言いたいのか。ドスマッカォがそう問いかければ、7号は逃げるように洞穴から飛び出していった。

その跡には今し方切れていると言っていた薬草が数束転がっている。どうやら、メラルーとしては致命的に嘘が下手であるらしい。

 

……嘘が下手。成程、そうか。

 

「……フスン」

 

ドスマッカォは暫く洞穴の出入り口を見つめていたが、帰って来ない事が分かると鼻を鳴らして横たわる。

それは以前のような不貞寝――ではなくて。

 

――モンスターさん、スゴイって思ったにゃ。

 

「…………」

 

うっすら、と。

ドスマッカォの口角が僅かに上がったように見えたが、果たして気のせいだったのか。

 

焚き火の照らす薄暗闇の中に、やがて穏やかな寝息が木霊した。

 

 

 

 

「はぁ……やってしまったにゃ」

 

夜。隠れ家から少し離れた崖の淵。

勢いのまま飛び出した7号は、先程自分がしでかした迂闊を反省していた。

 

(モンスターさん、すっごく怒ってたにゃあ……。うぅ、怖いのにゃぁ……)

 

自分に向けられた血走った瞳を思い出し、ブルリと震える。

少し打ち解けたからと言って調子に乗ってしまったようだ。意思疎通が出来るとは言え、本来は獰猛な鳥竜種であるのだから、もっと慎重になるべきだった。

手負いという事実が心に油断を産んだのだろうか。これからは、もっと慎重にならねば。

 

「……でも、やっぱりスゴイのにゃ。モンスターさん」

 

ぽつりと、零すように呟く。

そう、7号がドスマッカォに語った最後の言葉。あれは言い訳でも何でも無く、掛け値なしの本音ではあったのだ。

 

「…………」

 

俯き、しゃがみ込む7号は、目の前に垂れた長い耳を見る。

 

何時も通りに凄く変で、何時も通りにみっともない。そんなカタチ。

今でこそ、こんな不気味としか言いようのない風体ではあるが――元々、この耳は普通の形をしていた筈なのだ。

 

何があったかはよく覚えていない。

それどころか、普通のメラルーであった時の記憶がすっぽりと抜け落ちている。いわゆる記憶喪失というものなのだろう。

 

 

――おお、成功じゃ! 今日からお前は驚異的な力を持つスーパーアイルーとなったのだ!!

 

――ヤツら風に言えば7号ですかね! というかこれはメラルーですけども!

 

――なにぃ!?

 

 

……その元凶たる人間二人。自分に『何か』をした奴らの姿を思い出し、むかむかと怒りが再燃する。

 

一体奴らは何だったのだろう。後日実験と称しボルボロスをけしかけられた際、力を用いて会話し穴堀りを誘導。閉じ込められていた施設に穴を開け、強引に脱出を果たしたのだが――その前にせめて一回でも引っ掻いておけばよかった。

この外見により受けた苦労を思い出し、今更ながらに後悔しきり。

 

……ともあれ、だからこそ。

背景に様々違いはあれど、己の醜い部分を認め大切なものとしているドスマッカォの在り方は、7号にとって酷く眩しく映るものだった。

 

「……はぁ、とりあえず、帰るかにゃ……」

 

ふるふると首を振り、心を覆う自己嫌悪を振り払う。

どうせ帰ればドスマッカォは変わらずそこに居るのだ。逃げたまま、いつまでもウジウジしていた所で変わらない。

 

(うぅ、素直に謝れば許してくれるかにゃぁ。せめて何かお土産でも……)

 

夜闇の中、キノコか山菜でも落ちていないかと辺りを探る。

しかしやはり月明かり程度ではよく見えず、7号はひとまずターバンを外し、よく草の音を聞き分けて――。

 

――ギャアァァッ。ギャアァァッ……。

 

「……!」

 

途端、無数の叫び声が耳に飛び込み、咄嗟に肉球で蓋をした。

それはこの中層では聞き慣れたモンスターの声――マッカォ達の、仲間呼びの声だ。

 

距離からするとかなり離れた場所で吠えているようだが、妙な不安感が心を煽る。

 

「……こんな時間に、狩りでもしてるのかにゃ」

 

とりあえず言ってみたものの、何か違う気もした。

7号は暫く声のした方角を警戒していたが、やがて振り払うように視線を逸らし。手近に生えていたキノコを摘み取ると、足早にその場を後にする。

 

――振り向けば、深層の方角から幾匹もの野鳥が飛び立ち、夜闇の中へと消えていった。

 




次回は後日。

『ドスマッカォ』
跳躍のアウトロー、または古代林のチンピラ。
本当は多分もっと小物感あふれるモンスターだけど、大好きなので贔屓してます。てへ。

『7号』
めっちゃ耳の長いメラルー。いわゆるナンバーズ7号。
もし今後公式で本物の7号が出てきた場合、こいつの存在は忘れてくださいお願いします。

※やべぇ! アニメに7号出ちまった!
でもナッツくんその場のノリで名乗った感じだったし許して!

『ハンターさん』
女の子。本家のガチムチではなくストーリーズのロリキュートな雰囲気でオナシャス。

『7号に何かした二人』
アニメではOPに居ないのに顔見せしてたあの二人。
それより早くアユリアちゃん出してくれよー頼むよー。

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