二つ名持ちモンスター【片冠ドスマッカォ】   作:変わり身

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 (下)

――ドスマッカォと7号の奇妙な暮らしが始まってから、7日目の朝を迎えた。

 

「グァ、ルルルァ……」

 

まだ、太陽が上って間もない時間帯。

やかましく囀る小鳥の声で目を覚ましたドスマッカォは、大きく顎をこじ開けあくびを漏らす。

 

その様子には最早警戒心は微塵もなく、妙な動きがないか常に7号の動きを伺っていた最初の頃と比べれば、随分と気を許したようだ。

ドスマッカォ自身にもその自覚はあるらしく、あくびを終えた後に小さく舌打ちを漏らしていた。

 

ともあれ、落ち着ける場所があるのは悪い事ではなかろう。ドスマッカォはそう己を騙し、固まった筋を解しながら外に出る。

……洞穴の中に7号の姿は無かった。大方、いつものように荷車の整備に行っているのだろう。

 

「グルァ……」

 

うっすらと靄のかかる、いつもと変わらぬ朝だ。少し肌寒い気もしたが、療養により体力が落ちているせいだろう。

そうして朝飯代わりにそこらを飛んでいるブナハブラを食い散らし、川の水で喉を潤していると、7号の背中を見つけた。

 

やはり荷車を弄っていたらしい。ごしごしと熱心に布で磨いていたが――そこにいつもの精彩は無いように見える。

心ここにあらず、とも言うべきか。どことなく惰性で磨いているだけのようにも感じられた。

 

「……にゃ? あ、ああ、モンスターさんかにゃ……おはようだにゃ」

 

やがてドスマッカォの存在に気づいたのか、7号は振り返るとペコリとお辞儀をする。

しかしその姿もどこか弱々しいものにも見え、ドスマッカォの表情が怪訝に歪む。

 

「あ、え、ええと。そだにゃ、包帯、巻き直さないとだにゃ」

 

その感情を聞き取ったのか、7号は取り繕うように笑顔を浮かべると、どこからか救急箱を取り出しドスマッカォの治療に当たる。

2日前のマッカォ達との一件からこちらこの調子だ。何か悩みでもあるのか、行動の一つ一つが白々しい。

 

「……フスン」

 

「にゃ? あ……」

 

何となくイライラする。ドスマッカォは軽く鼻息を漏らすと7号の手を振り払い、己の歯で巻かれた包帯全てを引きちぎった。

 

その下から出てきたのは、未だ出血を続ける深い傷跡――などでは無く。ほぼ完全に癒着した筋肉の姿だ。

無論、ハンターの大剣による斬撃の痕跡は皮と鱗にしっかりと刻まれている。しかしきちんと処置されていた為か痛々しさは無く、むしろある種の勲章としての趣すら漂っていた。

 

頭の冠羽根を除き、概ね完治と表現していい状態だ。

 

「わぁ……これ、殆ど治ってるにゃ! 後遺症みたいのも無いのにゃ? やっぱりスゴイのにゃあ……、……」

 

7号はそんなドスマッカォの姿に喜びの声を上げたが、やがて何かに気づいたかのようにハッとなり、尻すぼみ。

ただ張り付いた笑顔だけが残り、何とも微妙な空気が漂う。

 

「グギャ、ギャウ……!」

 

「にゃぐ!? うぅ……そんな詰め寄らないでにゃ……」

 

いい加減に業を煮やしたドスマッカォが7号に詰め寄り、一体何なのだと凶相でもって脅しをかけた。

ここ数日で慣れたとは言え肉食竜の凄みにはやはり恐怖を感じるらしく、7号は大きく肩を震わせ縮み込み。

 

そしてチラチラとドスマッカォの様子を伺い、やがてブチ切れそうになった頃合いになり、渋々とその口を開いた。

――曰く。

 

 

「――その、ボク。オトモにスカウトされちゃった……のにゃ」

 

 

「……グァ?」

 

オトモ。ほう、オトモ。……オトモンではなく?

7号の言っている事の意味がよく理解できず、ドスマッカォの首が横に傾げた。

 

 

 

 

『――あのですね。メラルーさん、オトモに興味とかありませんか――?』

 

……始め、ネコ嬢と名乗る竜人からその提案をされた時、7号は絶対に断るつもりで居た。

 

記憶が無く、色々な知識も欠けている7号ではあるが、それでもオトモという言葉の意味くらいは知っている。

確かそれは、人間のハンターに付き従う助手のような存在であった筈だ。

 

《い、イヤにゃ。そんなの絶対、イヤなのにゃ……!》

 

人間に変な事をされた思い出しか無い7号にとって、そんな職に就く事など拷問以外の何物でもない。

思わずターバンの下耳を抑えつつ、全力で断りを入れようとしたのだが――その怯えを敏感に感じ取ったのか、ネコ嬢は慌てて言葉を重ねた。

 

『だ、大丈夫ですよ。今ベルナ村に居るハンターさん、とってもいい人ですし! それにほら、優しくて可愛い女の子なんですよ!』

 

『そんなこと言われてもヤなものはヤですにゃ……! ごめんなさいにゃけど、この話は無かったことに……』

 

まさに取り付く島もなし。

7号は肉漁りを手早く切り上げると、荷車を引いていそいそとその場を後にしようとして――。

 

『そ、そんなぁ……容姿の条件にピッタリ合う方、やっと見つけたと思ったのに……』

 

――ピタリ、と。

ネコ嬢のそんな呟きが鋭敏な耳を擽り、思わず足が動きを止める。

 

……容姿の条件に、合う?

 

『……あの、一ついいですかにゃ。その容姿の条件っていうのは、一体……?』

 

『へ? あ、えっとですね。これはハンターさんの強い要望なのですが――何でも、とっても長い耳を持ったメラルーさんを探してるみたいなんです』

 

『!』

 

大きな驚きが7号を襲い、立ち竦む。

 

そうして続けられるネコ嬢の話では、そのハンターの少女は以前、古代林で長い耳を持つメラルーを――つまりは7号を見かけた事があるのだそうだ。

離れた場所、ベースキャンプからの双眼鏡越しであったとの事だが、長い耳を弄るその姿を可愛らしいといたく気に入り、堪らずネコ嬢にスカウトを依頼したらしい。

 

――つまるところ、一目惚れ。7号は生まれて初めて、その長耳を肯定されたのだ。

 

《う……うそにゃ。こういうのが、手なのにゃ……》

 

ぐらぐら、と。頑なだった心がぐらつく音が聞こえる。

ネコ嬢はそんな7号に首を傾げたが、気を取り直し。徐に大きな背嚢からベルナチケットを取り出し、7号の手を取って肉球に乗せた。

 

『ええと……あまり乗り気ではないようですが、もし心変わりをいたしましたら、このチケットを持ってベルナ村をお尋ねください。その時までハンターさんが募集をかけているかは分かりませんが……私が責任を持って掛け合ってみますので』

 

『にゃ、にゃあ……」

 

『それではお忙しいところ申し訳ありませんでした。ご一考、よろしくおねがいしますねっ!』

 

ネコ嬢は最後にそう残すと、にこやかに立ち去った。

夕焼けに消え行きながら手を振る彼女に、こちらも呆然としたまま手を振り返し……すとんと視線をチケットに落とす。

 

『ぼ、ボクの耳に、一目惚れ……にゃ……?』

 

……嬉しい。

例え相手が人間、それもハンターであったとしても、頬のニヤつきを止めることはできなかった。

 

 

 

 

「……そ、それで、その。どうしようかにゃあ、なんて……」

 

「…………」

 

7号の話が終わり、沈黙が場を支配する。

 

ドスマッカォは目を閉じ黙ったまま動かず、7号はビクビクと怯えながらその様子を伺っている。

それもその筈。7号の言葉が真実だとするならば、それは即ち。

 

「――グ、ルァグ……」

 

――お前は、己の敵となるつもりなのか。

 

絞り出すように、ドスマッカォは押し殺した唸り声を上げた。

 

そう、つまりはそういう事なのだ。

野生と食欲に支配された鳥竜種の脳でも、話が通じるのならばそれくらいは理解できる。

ハンターとは、ドスマッカォを下したあの人間。オトモというのはハンターの腰巾着。そしてもし7号がそれになるとするならば――答えは最早考えるまでもない。

 

ギシリとドスマッカォの歯が擦れ、生まれた火花を見た7号が慌てて弁解を始める。

 

「ま、待ってほしいにゃ! ちが、そんなつもりじゃなくて、ボクは……!」

 

――何が違う。迷いとは、そうであるのだろうが。

 

ドスマッカォの脳裏に、先日のマッカォ達の姿が浮かぶ。

このメラルーも結局は奴らと同じだったのだろうか。ハンターという己よりも強大な力に、いとも容易く流され、裏切っていく。

 

……こいつも。

こいつも。

こいつも!

 

「――ッッッ!!!」

 

少しずつ片冠が羽根開き、頭を抱えしゃがみ込む7号を収める視界が血走り始め――。

 

「違うのにゃ、だって、だって、ボクの耳……!」

 

「……ッ」

 

――そして今まさに怒りの咆哮をあげようとした瞬間、7号のターバンの隙間から垂れた長耳を見た。

 

同時に過去の言葉が、マッカォ達へ対峙した時の言葉が、そして心に生まれた波紋の感覚すらもが鮮やかに蘇る。

 

 

――――モンスターさん、スゴイって思ったにゃ。

 

――――モンスターさん、凄く頭の羽根を大事にしてたにゃ!

 

 

「…………」

 

……冠羽根、そして耳。

ひょっとすると、それらに抱いている感情は同じ類のものであるのだろうか。

 

あの感情、起こった波紋。

己が受けたそれと似たものを、オトモの誘いに感じたのだろうか。

 

嬉しかった? 絆された? だからこそ、迷う?

 

――己と同じ思いを、これも。

 

「……?」

 

何時まで経っても怒られない事に業を煮やしたのか、7号が恐る恐ると顔を上げた。

 

するとそこには、怒るどころかゆっくりと冠羽根を畳むドスマッカォの姿があった。

否、血走ったままの目から察するに、怒りは変わらず留まっているのだろう。しかし、それと同時にどこか納得を得たような雰囲気があり、7号はその様子に困惑する。

 

そしてドスマッカォは無言のままに顔を逸らし――思い切り、大きな尻尾を地面に叩きつけた。

 

「にゃ、にゃぐぅぅぅ!?」

 

砂塵が舞い、土塊が飛び散り。癇癪を起こし、怒りを発散するように、何度も、何度も。

腰を抜かした7号は、涙を浮かべながら丸まる事しか出来ず。

 

「――グルァ……」

 

――勝手に、選べ。

 

そして、最後の一撃を終えた後。息を乱し、未だ収まらぬ怒りを堪え、理性の光を7号へと向けた。

 

「っ、え、えらぶ……な、何を、ですにゃ……?」

 

しかし、それ以上は語らない。

ドスマッカォは震える7号を残し、高く跳躍。突き出た岩肌の上に登ると、今度は野生の光を向ける。

 

「…………」

 

「…………」

 

数秒、或いは数分か。

二匹はそのまま静かに見つめ合い――ドスマッカォは引き剥がすように目を逸らし、岩の向こうへと消えていった。

 

後に残された7号は暫くその去った先を見つめていたが、やがてふらつきつつも立ち上がり。弱々しい足取りで隠れ家へと歩き出す……。

 

「……えらぶ。ボクが……」

 

ぽつり。呟くように発した言葉は風に流され露と消えた。

最後一度振り返ったその目には、迷いと恐怖、大きな寂しさ。そして一雫の強い光が宿っており。

 

 

「……わ、わかったにゃ。モンスター、さん。ボク、ボクは――」

 

 

――この日を堺に。7号は、古代林より姿を消した。

 

それと同時に、ベルナ村のハンターの下に一匹のオトモが加わった。

 

アイルーではなく、メラルー。

そのオトモは、地につく程に長い長い耳を持っていた――。

 

 




『ハンターさん』
可愛いもの好き。初めて7号を見た後、速攻でネコ嬢を訪ねた。

『竜人族の少女』
長い耳のメラルーを探して一日中歩き回っていたそうな。
スカウトって大変ね。

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