二つ名持ちモンスター【片冠ドスマッカォ】   作:変わり身

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結(上)

『――――――!!』

 

……古代林、中層。

緑豊かな森林の中に、暴虐の吠声が木霊する。

 

『――!! ――!! ――――!!』

 

理性を失った、本能そのものの叫び。獰猛に、狂乱に満ち、凶気を放つ。そのような声。

古代林という場所に極めてそぐわない「それ」は、立ち並ぶ木々を薙ぎ倒し、生息する動植物を裁断し、血飛沫と破壊を撒き散らしながら突進する。

 

――その姿たるや、正しく暴虐。

 

極限に、そしてある種純粋に。善悪を超越し、おぞましき黒き気配を濃く纏うその存在は、そうと表現する他無く。

己の身体すらも省みず、ただ破壊だけを撒き散らす。

 

『――――――!!!』

 

ギョロリ、と。黒の中で爛々と輝く紅い瞳が、唐突に木々の隙間へ注がれた。

森林を抜け、崖を下り、草原を横断したその先に、密集する数多の気配と喧騒を捉えたのだ。

 

酷く。酷く。酷く――癇に障った。壊したいのだ。己を含んだ全てのものを。

 

怒りに依らない凶気の衝動は意識その物を灼き、思考能力を焦げ付かせ。意味など生まれようもなく、ただ動くのみ。

青黒い厚皮から真っ黒な靄を吹き出し、「それ」は進路をはっきりと定め、駆け出した。

 

視線の先にあるものは、人の営み、その集落。

ベルナ村――かの平穏の地を、凶気に満ちた紅き瞳が貫き、穿ち。

 

『――ァァッァアァアアアアアアア――!!!』

 

……そうして、「それ」は。

己の限界を超える程に、裡に灼熱の呼気を押し込み、留まらせ――――。

 

――次の瞬間、強烈な怒号が古代林そのものを震わせた。

 

 

 

 

 

――ぐつ、ぐつ。ぐつ、ぐつ。

 

ここ数日すっかり聞き慣れた音が、鼓膜を揺らす。

肉と山菜を入れた湯――スープと言ったか。それを煮る音だ。

 

ドスマッカォはただ一匹、歪んだ鍋が生み出すその光景を無表情に眺めていた。

 

「…………」

 

不格好な焚き火の明かりがゆらゆらと揺らめき、いつもの洞穴を不気味に照らし出す。

 

……否、そこはいつもの洞穴ではなかった。

毛布、荷車、救急箱、その他諸々。少し前まで雑多に置かれていた筈の日常品はその全てが姿を消し、生活感の消えた殺風景な光景が広がっている。

 

――ここの主が消えた。その証左だ。

 

「……グァル」

 

と、そうしている間に湯が煮えた。

 

ドスマッカォは直接火に落としていた鍋を器用に爪で引き上げると、その中身を覗き込む。

途端、朦々とした湯気が立ち込め、妙な匂いが鼻を突く。それは7号がいつも作っていたスープとはまるで違う、生臭いもの。

 

……何となく、嫌な予感がしつつ。ドスマッカォは顔を顰めながらも、これまた妙な色合いをしたスープに舌を突っ込んだ。が。

 

「――……」

 

嗚呼、何というべきか。

乱雑に歯で噛み千切っただけ、血抜きもしていない肉はただただ臭く、粉っぽく。キノコと山菜を適当に入れただけのスープもまたアクがくどい。

おまけに歯を擦った火花で雑草を燃やしただけの火加減もめちゃくちゃだったらしく、率直に言ってかなりマズイ。7号が作ったものとは天地の差だ。

 

「……フスン」

 

しかし、こんな物でも生肉を齧っていた時よりは幾分か味に彩りがあり、体の調子も良くなるのが泣ける所だ。

ドスマッカォは不機嫌を隠さず鼻息を漏らすと、鍋の中身を一思いにかき込み、飲み干した。

 

……古代林より7号が消え、数日。ドスマッカォは、また一匹となっていた。

 

 

 

 

――先日のやり取りの後。戻ってきたドスマッカォを迎えたのは、無人と化した隠れ家の姿だった。

 

……結局、7号はドスマッカォと敵対する道を選んだらしい。

当初、それを理解した彼は激怒し、憤りもしたが――しかし、同時に納得した部分も確かにあった。

 

何せ、あの7号が選んだのだ。

 

ドスマッカォの一挙手一投足に怯え、事あるごとに愛想笑いを振りまいたあの臆病なメラルーが、その威圧を受けながらもなおハンターのオトモとなる事を選んだ。

それは、強大な力にへりくだった者の刹那的な選択だとは思えない。むしろ、勇気を持って一歩を踏み出したのではないのか。

故に怒りはあったが、裏切られたという感情は殆ど湧く事は無かった。

 

……認めたのだ、その選択を。

 

そもそも、ドスマッカォに7号の行先を決める権限は無い。

 

単に助けられ、少しばかりの情が湧いた。それだけ。

怪我が治った以上は、さっさと捨てるべき格下なのだ。少なくとも群れのリーダーであった時の彼は、そんな思考をしていた筈だった。

 

だというのに、こうまで7号にこだわり心を乱している。何とも恥ずかしい話だと、舌打ちを鳴らしたドスマッカォであった。

 

ともあれ、そうと納得したのならいつまでも7号の影に囚われている訳にもいかない。ドスマッカォは、以前の健常な生活へと戻っていった。

 

無論、子分達を失った以上は全く同じ生活には戻れない事は分かっている。

しかし同時に「料理」を始めとした多少の文化的概念を会得したのだ。7号の見よう見まねが殆どとは言え、もしかしたら以前よりも豊かな生活にはなっているのかもしれない。

 

……ただ、心に感じる隙間風のようなものは、どうしようも無かったのだが。

 

 

 

「……グルァ、ッグ……」

 

マズいスープを全て平らげ、ゲップを一つ。

ドスマッカォは苛立ち紛れに鍋を壁に投げつけようとして――ほんの少し躊躇い、軽く放り投げるに留めた。

 

かつてあの鍋を抱えて嘆いていたネコを思い出した訳では無い。決して。

 

「グァル……」

 

そうしてゴロリと寝転がり、居眠り混じりに今後の事を考える。

 

果たして、これから己はどう生きていくべきか。

以前にも軽く考えた問題であったが、今となっては非常に切迫した問題だ。

 

子分があのザマとなった以上、昔収めていた縄張りはもう存在しないだろう。

敵対していた群れは幾つかあり、その頭はどれも己と同じ程度には知恵がある。縄張りを奪われた直後ならまだしも、こう時間が立ってしまっては、何とも。

 

加えて、群れを率いていない状態ではもうどうする事も出来ぬと悟り、ドスマッカォは早々と諦める事にした。元より、最早執着は薄れていたのだ。

 

ならばやはり、旅か。

未だ見ぬ新天地に希望を想い、古代林を捨て立ち去る。やはり屈辱の残る選択ではあったが――以前よりも引っかかりが少なく感じ、片眉を上げた。

さて、何故か。少し考え、思い当たる。

 

――ハンター。奴の存在が原因だ。

 

「…………」

 

ハンターの力に恐れ慄いた、という訳ではない。問題は、奴の腰巾着を「選んだ」者の存在だ。

 

おそらく、何時かは奴も再びこの古代林へ訪れる事だろう。それもハンターと共に、何かのモンスターを狩る為に。

それがジャギィやイャンクックどもならば構わない。むしろ諸手を挙げて囃し立てる所ではあるが――もしそれが、己だったとしたならば。

 

「――……フスン」

 

嫌か。だからか。だから旅に出ても良いと思っているのか、己は。

何だかんだと強がりながら、結局はこれだ。逃げ腰の考えを抱く自分に腹が立ち、尻尾を床に叩きつけた。

 

……本当に、己は弱くなってしまった。ドスマッカォはそれ以上何も考えたくもなく、意識を手放し不貞寝した。

 

 

そうして次に目が覚めた時には、日は高く上がっていた。

始末を忘れていた焚き火も完全に消え去り、僅かに煙を吹いている。どうやら、それなりに長い時間眠っていたらしい。

 

「…………」

 

寝ぼけ眼のドスマッカォは、暫くぼうと焚き火の上げる煙を眺めていたが――やがて立ち上がり、尻尾に鍋を引っ掛けながら外に出る。

 

――やはり、旅だ。己は旅をするのだと、そう決めた

 

もういい知らん。何も知らん。

屈辱だ何だ、ああ結構。それら全て、散った左の冠羽根に押し付ける。

ドスマッカォの頭は元々深く考えるように出来ていないのだ。ならば考えなしになった方がより「らしい」。

 

鍋は旅支度の代わりだ。ドスマッカォは半ば自棄糞になりながら歩き、中層を抜け浅層へと足を進め、

 

「――……?」

 

ふと、違和感を感じた。

 

……いやに静かだ。森の中、いつもならばやかましい程に囀る鳥の声すら無く、しんと静まり返っている。

まるで古代林全体が何かに怯えているようだ。ドスマッカォの頭が急激に冷え、気づけば無意識の内に身体が警戒態勢を取っていた。

 

「…………」

 

そして、前、右、左、背後。せわしなく視線を散らしながら、一歩前に出た――その瞬間。

 

 

『――ァァッァアァアアアアアアア――!!!』

 

 

「――ッ!?」

 

ぶわりと、全身が総毛立つ。

 

何も考える余裕など無かった。

ドスマッカォは激しく鳴り響く生存本能に従い、咄嗟に跳ね跳び付近の岩山の上に身を隠す。

 

……岩山?

 

何故草むらに隠れなかった――行動が終わった後に脳の片隅で思ったが、すぐにその疑問は氷解した。

 

 

『――グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

斬――。

古代林その物を揺るがす怒号が森奥から炸裂し、同時に見える範囲の景色が一文字に切り裂かれたのだ。

 

ゼンマイも、土も、大木も、全てが真横に薙がれ。その鋭き斬撃の余波はドスマッカォの隠れる大岩の半分程までを削り、ようやく止まる。

もし判断を間違っていれば、今の一撃で死んでいた。否応なく理解した彼の赤肌から、勢い良く血の気が引いた。

 

――何だ、これは。一体何が起こっている……!

 

そう混乱するドスマッカォの問に答えるように、広くなった森中を巨大な影が横切った。

 

 

『――――――!!』

 

 

それは、青黒い厚皮を持つ竜だった。

巨大な顎と、それに伴う巨体を持ち。先の現象を成したと思しき、刃物を想起させる長大な尻尾が特に目を引く、二足歩行の巨大竜。

 

――斬竜ディノバルド。古代林の深層に住まい、滅多に表に出てこない凶悪なモンスターだ。

 

幸運にも、奴はドスマッカォの存在には気づかなかったらしい。

身体から真っ黒な靄を吹き出し、凶気に塗れた咆哮を上げるディノバルドは周囲の惨状になど目もくれず、一直線に走り去る――。

 

「グ……ァア……」

 

そうして静けさが戻り、数刻。逸る心臓を押さえ込み、ドスマッカォは大きく息を吐きだした。

足音が完全に消えるまで爪一本動かす事ができなかった。見つかればどうなっていた事か。

 

ディノバルド。その存在自体は、ドスマッカォも知っていた。

喧嘩を売ればまず確実に殺されるであろう、己よりも遥か格上のモンスターだ。

 

今まで相対した事はなく、マッカォのリーダーとなる前に一度か二度遠目で見た事がある程度だったのだが……何故今、こんな所に?

あの真っ黒な靄の影響だろうか。少なくとも、以前見た時にはあのような現象は無かったように思える。

 

「…………」

 

そういえばと、マッカォ達の「妙な竜に縄張りを侵された」という言葉を思い出す。奴の事だろうか。あの暴れようでは可能性は大きい。

 

しかし、どうも理性を失っている割には、ハッキリとした目的があるように見える。

ドスマッカォは未だ震えの止まらぬ片足を気にしつつ、ディノバルドの去った方角を振り返り。

 

「…………!」

 

気づいた。

切り倒された木々の隙間。そこに広がる大きな草原を行く青黒い背中のその先に、小さく村が見えた。

 

確かあの場所は、あの忌々しいハンターが拠点とする場所だった筈だ。

あんなバケモノが襲来したとなれば、どれだけの被害が出るか及びもつかない。もしかすると、ハンターすらも屍となるのではないか。

 

ドスマッカォはその地獄絵図を思い、昏い笑みを浮かべ――すぐに引っ込んだ。

 

「グ……」

 

……ハンターの、拠点。

それに付随して長耳のメラルーの姿が脳裏をちらつき、苦虫を噛む。

 

――馬鹿が、何を考えている。

 

人間は、あのハンターは己をこんな惨めな姿にした原因だぞ。

その腰に何がくっついていようが関係ない。ざまぁみろと嗤い、喜ぶべきだ。そうだろう。

 

ドスマッカォは半ば言い聞かせるようにして再び嗤おうとするが、しかし上手くいかない。噛み締めた歯がガチリと音を立てて滑り、また腹が立ち。

 

「……、……」

 

――そして舌打ちと共に首を振った時、視界に入った物がある。

 

先の斬撃により一定の高さで刈られた草の上。そこに、同じくすっぱりと断たれた金属が見えたのだ。

……否、単なる金属ではない。見覚えのある歪み方をした、見覚えのある丸い容器。7号の隠れ家から持ち出した不良品の鍋が、無残な姿で転がっていた。

 

おそらく先程飛び上がった時に落とし、そのまま巻き添えを食ったのだろう。

鍋の欠片を咥え上げたドスマッカォの目が血走り、片冠が開きかけ――何かに気づいたかのように、怒りの兆候が止まった。

 

「――……」

 

まぁ、待て。冷静に、筋道立てて考えろ。

 

まず、ディノバルドが斬撃を放った。

そしてドスマッカォがそれを避け、代わりに鍋が壊された。ここまでは良い。

 

――では、これが意味するところとは、つまりどういう事なのか……?

 

「――グルァァァ……!」

 

――嗚呼、そうだ。己は、ディノバルドに喧嘩を売られたという事だ。

 

それも所有物を破壊され、言ってみれば手傷を負わされた状態だ。

だとするならば、ドスマッカォはどうするべきか。強大な力に怯え、敗走するという行為が大・大・大・大嫌いなこのドスマッカォはどう動くべきなのか。

 

何。そんなもの、考えるまでもない……!

 

「グギァルッ!」

 

ギラリと目を光らせたドスマッカォは、力強く大地を踏みしめるとディノバルドを追って走り出す。

 

勝てないだの、殺されるだの、そんな恐怖は驚くほどに少なかった。

あるのはただコケにされたという屈辱と、安堵混じりの激しき闘志。

 

――己は7号の為に走るのではない、プライドにより走るのだ。

そうだ、だから何も引っかかりはない。己自身の為、それ以外の理由は無い。絶対に!

 

……今この瞬間、ドスマッカォは己に対し理屈の鎧を纏わせた。

それは短絡的な鳥竜種の枠を逸脱した思考ではあったが、当の彼はそれに気付く事は無く。

 

「――ギイェァアアアアッ!!」

 

幸いとも言うべきか。周囲のものを無作為に破壊しながら動くディノバルドの足は遅く、すぐに追いつく事が出来た。

ドスマッカォは大口を開けて咆哮を上げると、同時に宙へ放り出された鍋の欠片を大きな尻尾で打ち据える。

 

そうして鍋の欠片は衝撃波すら伴い空を裂き――ディノバルドの背中に激突。大きな音を撒き散らす。

 

『――――――ッ!?』

 

ディノバルドも流石に驚き、足を止め。咄嗟に背後を振り返り――。

 

「!?」

 

――目の前に広がる鋭い鉤爪に、咄嗟にその場から飛び退いた。

 

ドスマッカォの必殺技とも言える、強靱な尻尾による大跳躍。

大型モンスターの突撃速度よりも速いそれを用いて一息に距離を詰め、ついでとばかりに奇襲を行ったのだ。

 

「ギィッ……!」

 

繰り出された鉤爪は虚しく宙を掻いたが、ディノバルドの動きを止める事には成功した。

ドスマッカォは飛びかかった勢いを砂埃を上げて殺しつつ、二度三度と跳躍。ディノバルドと向かい合うようにして、ようやくしっかりと着地する。

 

――その構図は、奇しくもディノバルドからベルナ村を守っているようにも見えるものだった。

 

 

『――――ッッ!!』

 

 

咆哮。

 

理性を失った怒号と、己を奮い立たせる叫びが重なり、漂う砂塵の全てを吹き飛ばし。

直後、二者は意思を交わす間もなく互いに強く地を蹴った。

 

――斬竜と跳狗竜。

 

「格」は違えど、古代林において実力者と目される者達の殺し合いが、今ここに幕を開けた。

 

 




『料理をするドスマッカォ』
カラスだってクルミ割ったり色々するんだから、ドスマッカォさんも出来るっすよ!


『凶気のディノバルド』
獰猛化と黒の凶気って似てるよね。正直XXでもストーリーズのアレコレちょっと期待してるんですけど、どうですかね。

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