二つ名持ちモンスター【片冠ドスマッカォ】   作:変わり身

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 (中)

『――――――ッ!!』

 

理解不能の怒号と共に、ディノバルドの刃尾が一閃。目前の敵を縦に割らんと振り下ろされた。

対するドスマッカォは冷静にそれを見極め、軽く右に跳躍して回避。直ぐ様反撃に移り、発達した腕部を叩き込む。

 

――衝撃。

 

ディノバルドの青黒い厚皮と刃尾の落ちた地面が、ほぼ同時に炸裂音を発した。

 

「グ……グッ……!」

 

……しかし、その威力差は歴然。

厚皮にめり込んだドスマッカォの爪と拳はその先の肉に通らず、軋みを上げ。刃尾が落ちた地面は深く割れ、土塊を周囲に撒き散らす。

 

明らかに、力負けしている。

 

『――ァァァアアアアッ!』

 

「! ギィッ!」

 

横合いに感じた殺気にドスマッカォが身を屈めれば、その頭上を大きな顎が通過する。

途端に固い牙を噛み合わせる音が鳴り響き、あれに噛まれれば一溜まりもなく砕かれるだろう事は容易に察せられた。

 

ドスマッカォはゾッとしつつも瞬時に尻尾を地面に突き立て、バネを開放。再び大きく跳躍し、距離を取り――瞬間、眼下を刃尾が薙いだ。

ディノバルドに纏わり付く黒い靄が真下で吹き荒れ、崩しかけたバランスを身を捻ることで立て直す。

 

そして素早く尻尾で地面を叩き着地の衝撃を和らげると、その勢いを利用して諦めずディノバルドへと飛びかかっていった。

 

……やはり、格上だ。

絶え間ない応酬を繰り広げつつ、ドスマッカォは素直にディノバルトへの畏怖を抱く。

 

何らかの理由で理性を飛ばしているにも関わらず、その動きは機敏であり、的確だ。

おまけに重さもかなりの物で、一撃でも喰らえばその時点で死ぬ。少なくともドスマッカォにはそうなるであろう確信があった。

 

では何故、そんな強敵とこうまで上手く立ち回る事が出来ているのか。それはやはり、ハンターとの戦闘経験があったからこそなのだろう。

あのハンターの少女が振り回していた大剣と、ディノバルドの刃尾。形は元より、取り回しに幾つか重なる点を感じたのである。

 

速度はあるが範囲の狭い振り下ろしに、隙はあれど範囲の広い薙払い、その他細々。体格から来る違いは大きいとは言え、攻撃としての性質は似通っているように思える。

それを念頭に置いていれば、ディノバルドの筋肉の動きから大まかな攻撃予測は立てられた。

 

――大怪我を負い、冠羽根や子分を失ったあの一戦。

 

ドスマッカォとしては恥じるべき記憶であれど、確かに得るものはあったのだ。

 

何度目かの攻撃を避け、返す鉤爪で厚皮を裂き、また離れ。

例え未だ明確なダメージを与えられていないとしても、その機会を幾度も掴めているという事実に、ニヤリと不敵な笑みが浮かんだ。

 

『――――グアアアァァアアアアアア!!』

 

「!」

 

するといい加減に焦れたのか、ディノバルドは苛立ちも顕に大きく刃尾を振り上げた。

同時に黒い靄もその量を増し、周囲の景色を塗りつぶす。目眩ましだ。

 

靄に包まれたドスマッカォは咄嗟に足を止めかけ――逆に大きく踏み込み横に飛び、尻尾で着地。大きく力を溜め込んだ。

広範囲に目眩ましを撒いたとなれば、次に来る攻撃の種類はそう多くない。思い出せ、かつて己が捲き上げた砂塵に対し、ハンターはどうしたか――!

 

「ギ、グルルァァアッ!!」

 

――斬、と。やはり、敵ごと靄を払う横薙ぎの一撃が襲い来る。

それを読んでいたドスマッカォは瞬時に尻尾のバネを解放すると、今度はほぼ垂直に跳躍。薙がれた刃尾を悠々と躱し、飛翔した。

 

高く、高く、高く。ディノバルドの身長よりも高く空を舞い、身を捻り。

それはまるで、何時かのハンターの行った飛翔の極意。蒼い燐光こそ無かったが、ドスマッカォの目には己の半身を切り裂いたあの一閃が見えていた。

 

「グルアアアアアアッ!!」

 

そうして、攻撃を外した勢いでたたらを踏むディノバルドの頭部。

丁度真下に位置したそれに向かい――全身全霊を持って、その鉤爪を振り下ろす。

 

『――――――――ッッ!?』

 

ブチリ、ブチリと。おぞましい絶叫と共に、鈍い音が2つ響いた。

 

一つはドスマッカォの鉤爪が厚皮の硬さに耐え切れず、肉ごと捲れ吹き飛んだ音。

そしてもう一つは――ディノバルドの片眼が抉り抜かれた音。

 

――そう、ドスマッカォの一撃は正確にディノバルドの眼球を捉え、右腕の爪を代償に無理矢理引き千切ったのである。

 

「ギ、ルァ……!!」

 

少し離れた場所に、紅い眼球の突き刺さった己の爪が落下した光景を確認し、ドスマッカォは口端を歪めた。

 

攻撃手段の一つを失ったのは文字通り痛いが、片腕の爪と眼球だ。ダメージの総量としては確実にこちらが上回っている。

 

勝ちの目が、見えてきた。

鼻先のピリつく刺激臭の漂う戦場。ドスマッカォは血の滴る右腕の痛みを堪えつつ、ディノバルドへと更なる追撃をかけ、

 

「…………?」

 

……刺激臭?

 

何故そんなものがする。

ふと、疑問に思った瞬間。ガチン、と何か硬質な物同士が擦れる音がした。

その音源は、今まさに尻尾で叩き飛ばそうとしているディノバルドから聞こえ――。

 

「――グ?」

 

 

――直後、轟音。ドスマッカォの全身は、激しい爆炎に包まれた。

 

 

「カッ……!?」

 

羽根鱗が焦げ付き、肉が焼ける。

身体の爛れるあまりの痛みと苦しみに、吹き飛ばされ転がったまま起き上がれずにのたうち回った。

 

……何が、起きた……!?

 

辛うじて無事だった眼球を動かせば――そこにあったのは、自身の刃尾を咥えながら、激しい火花を振りまくディノバルドの姿だ。

ガチン、ガチンと牙と刃尾を擦る度に、周囲の靄の一部が小爆発し火を噴き放つ。その異様とも言える光景に、ドスマッカォは理解する。

 

――あの野郎。この黒い靄に、何かを混ぜていやがる……!

 

先程黒い靄を吐き出したのは単なる目眩ましではなかった。

おそらく混ぜた物質は、酷く発火しやすい物質なのだろう。ディノバルドは自身の牙と刃尾を用いて、その物質に引火させるか何かをしたのだ。

 

「料理」という概念を知り、己で鍋に着火した経験がなければ決して分からなかった。思っても見なかった攻撃方法に唖然とし、ドスマッカォは暫し呆然として。

 

『――――――ッ!!』

 

「! ッグ、ギャアアアアアッ!!」

 

その隙を逃さず吐き出された豪炎を、転がる事で反射的に避ける。大地が燃え、炎が盛った。

 

そうだ、今は驚いている場合ではない。

ドスマッカォは火傷塗れの全身が訴える悲鳴を無視して立ち上がり、ふらつきつつも走り出す。

 

そうして何とか一旦距離を取ろうと図るものの……その動きからは精彩が失われ、おぼつかない。

当然ディノバルドの狙いを外し切る事は出来ず――走る先へと的確に爆炎を置かれ、直撃。

再び大きく吹き飛ばされ、地を転がった。

 

「グ、ギィ……!」

 

熱い、熱い、熱い――痛い。

叩きつけられた事で遠くなっていた意識が戻り、激痛が脳を灼く。焦げた冠羽根がはらりと落ち、更に枚数が減った事を知った。

 

「グ、カカ、ガ……」

 

……せっかくハンターから受けた傷は癒えたと言うのに、また大怪我だ。

立ち上がる体力すらも、既に無い。最早ディノバルドが刃尾を研ぐ音を、壊れかけた聴覚で聞き続けるしか無く。

 

「――……」

 

死にたくないと、恐怖が湧いた。

 

しかしそれはハンターとの時に感じたものより、ずっと小さなものだった。

今回はディノバルドの片目を潰したという戦績があるからなのか、それとも。

 

『――――――!!』

 

ゆっくりと歩くディノバルドが残った眼を怒りに燃やし、大きく刃尾を振り上げる。

 

片目を失った所為か、平衡感覚は削がれているようだが……しかし倒れている獲物を見逃す程に、狙いは甘くならないだろう。

ドスマッカォも最後まで諦める事無くディノバルドを睨むものの、それ以上の事はできそうもなかった。

 

――嗚呼、死ぬ。心臓が早鐘を打ち、全身に痛みを送る。

 

「――……」

 

ドスマッカォは、無意識の内に何事かを呟いた。

仲間呼びの声。誰も来ないと分かりきっているが故の、悪あがき。

 

そうして、決して視線を逸らさず睨み続けるドスマッカォに、炎と凶気を纏った刃尾が勢い良く振り下ろされた――。

 

 

「――――にゃ、ぁぁぁあああッ!!」

 

 

――刹那、光が弾けた。

 

 

『――――――ッッ!?』

 

「ギャ、グァッ!?」

 

目が灼ける。あまりの光量に視覚が潰れ、平衡感覚すらも飛んだ。

ドスマッカォは思わず全身を大きく跳ねさせ、その痛みに呻いたが――それ以上は無い。どうやらディノバルドも同じ状態のようで、混乱し、たたらを踏む音が聞こえた。

 

「うんしょら、どっこい、にゃっ、にゃっ……!」

 

続いてガラゴロという鈍い音が聞こえ、己の身体が何かに乗せられ引きずられる感覚がする。

 

もう、ここまで来たら分からいでか。

ドスマッカォは地面に擦られる尻尾の痛みに青筋を浮かべ、牙を剥く。それはある種、歪な笑顔のようにも見えた。

 

 

「――モンスターさん、だいじょぶかにゃ!?」

 

 

取り戻した視界に映るのは、己を荷車に乗せ運んでいるメラルーの姿。そして

 

 

「――やあああああああッ!」

 

 

手に持つ大剣を振りかぶり、ディノバルドへと突貫する人間の少女の姿。

――7号と、ハンター。今のドスマッカォにとって最も会いたくない者達が、そこに居た。

 

 

 

 

「しッ――!」

 

ハンターの持つ大剣が空を裂き、振り下ろされる。

 

当然、標的はディノバルドだ。

その視界は未だ戻っては居ないらしく、ふらふらとおぼつかない足取りではあったものの、しかし殺気は感じていたらしい。

 

『――――――!』

 

ディノバルドは咄嗟に体を捻ると刃尾を掲げ、大剣の重い一撃を受け止める。

甲高い金属音と火花が散り、そのままハンターを吹き飛ばすべく、軋みを上げる刃尾を大きく振り回し――外した。

 

その時には既にハンターは空中を飛翔し、蒼い燐光を振りまいていたのだ。

彼女は足元を通り過ぎる凶刃の側面を更に蹴り飛ばすと、高く高く飛び上がる。そして全力で大剣を振り下ろし――こちらも、外す。

 

それも当然。ディノバルドは先程似た攻撃をドスマッカォより受け、片目を失っている。

例え理性を失った状態であろうと、生存本能から来る原初的な学習能力までは錆びついていなかった。

 

一進一退の攻防。固い刃尾と大剣による剣戟の音が、古代林の草原に繰り返されていた。

 

 

 

「グ、ゥゥルルル……!」

 

その光景から、少し離れた場所。

7号からの手当を受けていたドスマッカォは、何故お前らがここに居るのだと、そう問うた。

 

「……ベ、ベルナ村で、騒ぎになってるのにゃ。変なディノバルドがこっちに向かってるっていう……」

 

「グルァ!!」

 

――そういった事ではない!

ドスマッカォは治療の手を振り払うと、動けないままに7号を睨みつける。

 

村を守る。その為にディノバルドを斃す。そこまでは良い。

しかしそれは、ドスマッカォが死んでからでも問題はなかった筈だ。わざわざ分散してまで助け、こうして治療までする意味がどこにある。

以前ならばいざ知らず、今のお前はハンターの側で、敵だろうが。そう吐き捨てて威圧した

 

7号はその迫力に顔を青くして震えたが――しかし悲鳴は上げずに、ぐっと堪えて。

 

「……き、きこえた、のにゃ」

 

「……?」

 

ぽつりと、零すように呟いた。

 

「さっき、ボクの耳に聞こえたのにゃ。モンスターさんの声が……仲間呼びの、声が」

 

「…………」

 

そんな物は知らない。そう答えたいところではあったが、強がりにしかならないと分かっていた。

故にドスマッカォは黙り込み、口を噤むしか無く。

 

「だったら、聞こえたのなら。ボクは絶対に飛んで来るのにゃ。だって、だって――」

 

……だって、何だろう? 勢いに任せて喋っていた7号の言葉が止まる。

 

(え、えーと、うんと……)

 

自分とドスマッカォの関係は、どう表現するべきか。

友達、というには少し違うし、かと言って他人ならぬ他獣とは絶対に言いたくなかった。

 

ならば、後に残るのはただ一つ――。

 

 

「――そうにゃ! だって、ボクはモンスターさんの、オヤブンさんの子分なのだから!」

 

 

そう、それが一番しっくり来た。

感じた恐怖も、尊敬も。親分と子分という関係性ならストンと落ちる。

 

「――……」

 

そんな力強い宣言に、ドスマッカォは呆然と目を丸くした。

そしてはたと我に返った7号は、調子に乗った恥ずかしさに顔を赤くしながらも彼の治療を再開する。

 

「……そ、それに、ボクは敵になったつもりは無かったのにゃ」

 

「……?」

 

「ボク、今でもオヤブンさんが頭の羽根を大切にしてるの、スゴイって思ってるにゃ。だから、ボクもそう思えるようになりたいって……」

 

……嫌いで嫌いで仕方なかった、自分の耳。

気持ちが悪く、みっともなく。今までが今までだけに、どれだけ頑張った所で、好きになるどころか大切な物として見る事はできそうに無かった。

 

けれど、それを好きだと言ってくれる者と一緒に居れば、その内認識も変わるかもしれない――そう思ったのである。

そしてそれがハンターであり、オトモになった大きな理由なのだ。7号は恥ずかしげに俯きつつ、そう言った。

 

「あ、あと、ボクがハンターさんと一緒にいれば、オヤブンさんと出会わないよう立ち回れるにゃ? い、言い訳かもしれないけど、そのぅ――」

 

「…………」

 

しどろもどろに話を続ける7号に、ドスマッカォは小さく呆れた。

 

どうやら、このメラルーは群れというものを理解していないようだった。

人間達ならいざしらず、獣たちにとっての群れという枠組みは絶対だ。相手の側に付くという事は、即ち敵に回る事と直結する。

 

仮にも己の子分を名乗るのであれば、それは裏切り以外の何者でもない行為だというのに。

……妙に弾み、安堵する胸に気づかないふりをしつつ、ドスマッカォは溜息を吐き――。

 

 

「――う、ゃあっ!」

 

 

「っ、は、ハンターさんッ!?」

 

「!」

 

突然、吹き飛んできたハンターが付近の地面に叩きつけられ、転がった。

ゴロゴロと土煙を上げ、身を削り。見る限り相当な勢いで落下したらしく、7号は咄嗟に立ち上がりハンターの体力を回復させる薬草笛を吹き鳴らす。

 

「……ふぅ」

 

とは言え土煙の中から現れたハンターは、大きな傷はあれど致命傷は負っていないようではあった。

7号の笛により徐々に傷が言える中、調子を確かめるように大剣を軽く振るなどしている。

 

……呆れる程のタフさだ。奴の攻撃一つで瀕死になっているドスマッカォは、面白くなさそうに鼻息を漏らした。

 

『――――――……!』

 

対するディノバルドも、それなりにダメージを負っているようだ。

青黒い厚皮には幾つもの傷が付けられ、その隙間からは幾筋もの血を流し。巨体を大きく上下させ、あからさまに疲れた風体でハンターの動向を注意深く伺っている。

 

「え、えっと、だいじょぶですかにゃ? 痛かったら、もっと笛吹くにゃ」

 

「…………」

 

「にゃ? にゃっ?」

 

7号の慮りにハンターは静かに首を横に振ると、ひょいと持ち上げ抱きしめる。

無表情ではあったが、うっとりと。そうして一頻り満足すると――ぽん、とドスマッカォの隣に下ろした。どうやら、診ていていいという事らしい。

 

「――……」

 

「…………」

 

(ひ、ひぃぃぃ……)

 

ドスマッカォはそんなハンターを憎々しげに睨んだが、衝動的に襲いかかるような事は無く。

ハンターも彼をじっと見つめたきり特にアクションをせず、ただ7号がハラハラと二者の様子に胃を痛めるているだけで――。

 

「……ん」

 

つい、と。唐突にハンターが視線を逸らし、懐から何かの瓶を取り出しかと思うと無言のまま放り投げた。

そして回復薬を取り出し服用すると、ディノバルドに駆け出し戦闘再開。抜刀しつつ飛びかかる。

 

「え、飲めって……?」

 

終始無言のままの彼女であったが、耳の良い7号は去り際に何某かの言葉を聞いたようだ。

二匹は思わず互いをちらと見て、ドスマッカォの眼前に転がったそれを眺めた。

 

「いにしえの秘薬、だにゃ……?」

 

するといち早くその正体に気づいた7号が声を上げ、急いで瓶を拾い抱え込む。

 

「グルァ……?」

 

「え? そ、そですにゃ。スゴイ貴重品……というワケでも無いケド、かなり作るのが大変な回復薬にゃ。何でも、どんな怪我でも一発で治るっていう……ハッ」

 

説明している途中、ふと気づき。7号は慌てて瓶のフタを開けると、意気揚々とドスマッカォに突き出した。

どことなく妙な匂いが鼻を突き、思わず顔を顰める。

 

「これ……ハンターさん、飲めって言ってたのにゃ。きっときっと、オヤブンさんに言ったのにゃ!」

 

「…………」

 

7号は笑顔でそう言うものの――ドスマッカォの表情は浮かない。

 

当たり前だ。あのハンターはかつて己の冠羽根と身体を引き裂いたのだ。

そのような者からの施しなど、例え傷が治るのだとしても受け取りたくはなかった。

 

……しかし。

 

「――……」

 

ドスマッカォは、再び壮絶な切り合いを繰り広げているハンターとディノバルドを見た。

どちらも己より格上なのは明らかで――だからこそ、腹が立つ。

 

――奴らに対し、己はこんな所で何をしている。

 

今この時。ただ一匹だけ残った子分と名乗る存在の前で。己は、どんな無様を晒している――?

 

「――ッ!」

 

「に、にゃっ」

 

このメラルーが居る限り、己は未だ群れの長だ。なのにこのまま呻くしか出来ないなどと、そんな情けない話があるものか。

それに比べれば、ハンターから施しを受ける屈辱などいとも容易く呑み干せる。

 

ドスマッカォは7号の手から食い千切るように瓶を噛み――そのまま、口内で噛み砕いた。

 

「グ――カッ!?」

 

途端妙な味が舌上に広がり――ドクン、と心臓が大きく脈打った。

同時に全身が燃えるように熱くなり、ズキズキと表皮が痛む。火傷で爛れた部分が再生し、新たな鱗に生え変わる。

 

竜としての肉体が、傷を受ける前より強靱な肉体を形作ろうとしているのだろう。

燃えた皮も、焦げた鱗も、折れた爪も。この戦いで傷ついた全ての部位が凄まじい熱量を発し、疼き。

 

「――ッッ!!」

 

――しかし、その熱が未だ生え揃わない左側頭部の冠羽根まで及んだ瞬間。ドスマッカォは大きく目を見開き、抵抗した。

 

「ギ、ガ、カヵ……ッ!」

 

嗚呼、ダメだ。馬鹿にしている。

 

ハンターに斬られた誇りが、ハンターの施しで治されるだと? 全くもってつまらない茶番だ。

 

例え屈辱は呑めたとしても、それだけは許せない。許せる訳がないだろう。

幾ら見苦しくとも、惨めであっても。奴の手で冠羽根を元に戻される事だけは、決して受け入れてなるものか。

 

もしそうなってしまったら――己は今後一生、ハンターよりも「格上」にはなれない。

 

否、それどころか、決して逃れ得ぬ敗北者という、あってはならぬ「格」を背負う事になる……!

 

「――グ、ガアアアアアアアアァァァッ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

絶叫。

ドスマッカォは裡に流れる熱の奔流に抗い、己の頭を強く地に叩きつける。

 

何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も、何度も。

治るなと、余計な事をするなと。怒りと願いを込め、強烈に。赤肌が割れ、血が舞った。

 

「お、オヤブンさん! オヤブンさん!?」

 

傍らの7号はそんな異常な様子に慄き、必死に止めようとしがみつくが、それすらも振り払い。

 

 

「――――ッッ!」

 

 

――そして、最後。

 

とてつもない轟音と共に砂塵と血煙が舞い――動きが、止まった。

 

 

 




五話前後で終わると言ったな。すまん、ちょっと伸びるのじゃ。
0時までには全部投稿しますー。

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