Fate /Divinely Warriors 作:なんばノア
クローズエリアの中腹。夥しい森林の影影とはうって変わった、青々とした草花が
シン――と、音の一切を断絶したかの如く、その草原には静寂のみが漂っていた。
否。漂うというのなら、殺気のソレもまた然り。
常軌を逸した殺意の混濁。当然と言えば当然。当って然るべき必定。向かい合う両者互いに、同じく
「――貴様。ランサー、と言ったな」
暗闇の中、威厳と覇気に満ちた双眸が光る。大柄で幹の太い男。声は野太く僅かにしゃがれている。年はそう、予想するに四十から五十といったトコロか。その姿は、ひどく荒んで見えた。
「えぇ、如何にも。私はランサーのサーヴァント。コチラからもお尋ね申し上げますが、貴方はバーサーカーで間違いないのですね?」
対してコチラは、細身の槍兵。目元に包帯らしき布きれを巻きつけた、視覚無能の人物。か細い声音ではあるが、たしかな透き通りと華美な音色にあるため、それはこの広大な草原の中であってもよく響く。年齢は恐らくというかなんというか、それは眼前の狂戦士と比べればやはり若すぎる。清やかな雰囲気を纏った、誠実な空気の青年であったと言える。
「如何にも。間違いなく余は、バーサーカーを冠するサーヴァント。どうした。何か不明瞭な点でもあったか、槍兵よ?」
「いえ。バーサーカーと言われますと、貴方は些か以上に正気を保ってらっしゃれる」
そう。バーサーカーとは即ち狂戦士。であればその人格、はては精神が破綻しておらねばならぬ筈なのだ。
サーヴァント召喚の際に唱えられる詠唱。この間隙に、
――しかし、だ。そんな優れた能力値のサーヴァントが呼べるのであれば、それこそ、聖杯戦争はバーサーカーの取り合いとなる事は想像に難くない。だが、それは有り得ないと断言できる。
先述に示した通り、バーサーカーには本来、自我があってはならないのだ。『狂化』即ち、それは狂うというコト。どんなに高潔な英霊であれ、その自我を狂わせばそれは獣同然の、本能のまま生きる汚らしい亡者と化す。そんな使い魔は戦闘以外には何の役にも立たない。であれば、汎用性を考慮してまでバーサーカーを好んで召喚する者などそうはいまい。
しかし、目の前の貴族然とした御仁はどうであろう。全くもって、これには微塵たりともの狂気性を感じられないではないか。そも自我が消失するとは、思考が希薄になり言語感覚すら曖昧になるのが常。だがしかし。だがしかしだ。自身をバーサーカーと呼称したこの男は、全くもって正気のままではないか。
ランサーは男の言葉を訝しんだ。とてもではないが信じられない。しかし、ランサーには男が嘘をついているとも思えなかった。いや、それは確かだとも言える。聖人であり救世主の加護により賜った彼の目に、その男に邪まな色は窺えなかったのだから。
「槍兵よ。そなたは余の、バーサーカーとしての、その特性を疑っておるのだろう」
まるで心でも見透かしたかのような男の言葉に、ランサーは多少驚きの様子を見せる。しかし、それも僅かな間のみ。男の言葉に嘘は無いと、そう直感的に理解し、その詳細を知りたいと思ったのだ。
「貴方の仰る通りです。恥かしながら、若輩の私には貴方のソレが理解に及ばないようです。――ですから、この愚かな私めに、どうかその道理を教えては頂けないだろうか?」
ランサーはその鋭い慧眼を以てして、彼、バーサーカーの正体を看破していた。いや、真名まで理解出来得るわけではない。だがその姿、立ち振る舞い、そして、威厳を思わせる空気の密。それは間違いなく、いわば王族や、皇帝のソレに違いないモノ。彼は良く知っている。己が仕えた皇帝の事を。それと同じモノを、眼前の男にも悟ったのだから。
「よい、許そう。貴様の願い、余自らが応えてやる」
快く応じたバーサーカーもまた、彼の目に巻く布の正体に気付けぬほど、その眼は曇っていなかった。あれは聖骸布。彼ら共通の、共に信ずるとある宗教間における、一つの清き布。――視界不能。即ち、盲目を連想してしまったバーサーカーは、男、ランサーの真名を予想してしまった。彼はともかく、彼の持つ槍は間違いなく価値のあるものだと、そんな相手を無下にするコトこそ、彼にとっては名折れそのものだ。
「槍兵よ。貴様の疑念は正しい。――槍兵よ。狂戦士とは皆、そのクラスで召喚されればさえすれば皆、どんなに高潔な英霊であったとして皆、それは例外なく無類なく狂気概念を付与され、自我を忘却されるのが常なのだ。貴様の疑念の言うところのこれは、至極正しい」
もっとも、そのように高潔な英霊であれば、そも狂化の付与を受け入れる事はないのであろうが。
男は続ける。
「だが――だがしかしな、槍兵よ。この狂化というものはあくまで、史実において
バーサーカーの簡素的な説明に、コトの全てに合点がいったランサー。それを悟ってか、バーサーカーはまるで試すかのような視線で、ランサーを見やる。
「理解がいったか、槍兵よ」
「無論です。ここまで教えていただけたのなら、その答えは明白でしょう。――つまり、」
そう、つまり――
「――貴方は生前から、何ひとつ変わらず
ランサーの返答に、凶悪な笑みを浮かべるバーサーカー。
そう。この男は、シラフで頭がおかしいのだ。それも、ぶっちぎりに。
バーサーカーの狂化属性は自身深層に眠る狂気を表面へと引き上げ、それをもとにステータスの底上げが成されるのだ。――だがしかし、言ってしまえばどうだろう。もしも、仮にもしも、今回のバーサーカーが、史実においてその有り方が、その伝説が、その根本的な人間性が、元から狂気的であったのなら。
そう。男の狂気はシラフのそれそのもの。男が狂っていなかった時期など、ありはしなかったのだ。
そして、それで十分だと言わんばかりに、ランサーは構える。槍を構え、前傾姿勢に変更する。
対するバーサーカーは完全に動く気配なし。なるほど。受けに徹する腹づもりなのだろう。
――両者互いに殺気を散らす。それは花火のように、閃光のように、暗い闇を祓う光となって。――そしてまさしく突如。二人の目の前に、まごう事無き光を纏った闇が現れるのであった。
――ゴウ、という地穿つ鈍い音色。砂塵をまき散らし、にらみ合う両者の視界を遮断する。
暗闇に舞う煙を払いのけ、両者ともに飛来物を見やる。――そう。閃光は、あろうことか空から飛来してきたのだ。軽いクレーターの中心、黒装束の美しい女の姿に、両者ともに唖然とした。
突如の襲撃。唐突な飛来物。そして、狂気的なまでに美しい、女。それら全てを瞬時に理解し受け入れる事は叶わずとも、ランサーは既にコトの状況を理解し始めていた。そして、女の手に握られたモノの正体にさえ。
「――あぁ…! ヨハネ様、ヨハネ様。ヨハネ様の気配を辿ってこんな所まで来てみれば、こんな所にヨハネ様がお二人も――!」
現れた女もまた、気が触れていた。