銀河HP伝説   作:アレグレット

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暁にも重複投稿していますが、こちらは向こうと多少違います。こちらは原作人物のみです。


一日副官!適声試験!!

エルンスト・フォン・アイゼナッハは沈黙提督と評されている。いや、事実そうである。その声を未だかつて同僚たちは聞いたことがなく、アニメにおいて彼が発した声はただ一言「チェック・メイト」のみであった。(この一言が発せられた瞬間を分秒まで記録されていた、というのはよほどの事であろう。)

 そんなアイゼナッハであるが、彼もまた軍隊に所属し、しかも上級将官である以上、だんまりを決め込むわけにはいかない。平素ならともかく、艦隊指揮においてはどんな寡黙な軍人であろうとも、等しく命令を下さなくてはならないのだ。

 

 だが、アイゼナッハは断固として、いや、面倒くさいだけなのかもしれないが、声を発しない。口を開く代わりに、ジェスチャーを行って命令を伝える。これがまた曲者なのである。彼のもとに就く副官は、皆このジェスチャーを理解し、正確かつ迅速に伝えなくてはならないという平素の副官任務+アルファの資質を要求される。

彼らは何一つ見逃さないようにと眼をひん剥き、アイゼナッハの一挙一動をそれこそ嘗め回すようにして観察するのである。したがって、アイゼナッハ麾下の副官たちは皆ドライアイに悩まされるというおまけがついてくる。『「目の霞には、アルガード!」が必要です』というCMをアイゼナッハ麾下の全将兵は知っている。

 

 

 

今宵もゼー・アドラーでは主要提督が勢ぞろいして酒杯を交わしあっていた。涼やかな夕刻、暑かった昼間が嘘のような涼しさである。そんな中をテラスに微風にふかれ、好きな酒を飲むというのはなかなか乙なものだろう。こういう時の為に、ゼー・アドラーには、店内の席だけではなく、そとのテラス席も設けられていた。

「どうだ卿ら、もし卿らがアイゼナッハの副官であったなら、グリースやグリーセンベックのように上官の指示をうまく伝達できるか?」

ミッターマイヤーがふと話題を変えて提督たちに振ってみた。

「無理でしょうな。まずアイゼナッハが何を考えているかがわかりませんと、そのジェスチャーを理解しようがない。」

ワーレンが真っ先に答える。

「そうか?奴のジェスチャーはそう難しいものではないと思うが。それにジェスチャーなんてものは、前、後ろ、右、左、上、下、撃て、撃ち方やめ。これだけ覚えていれば、後はそれを組み合わせれば問題なかろう。」

と、ビッテンフェルト。だがこれには誰もが口には出さないものの異論ありという顔をしていた。

「そのような単純な指令で艦隊が動かせるようなら、俺たちは必要ないな。」

ロイエンタールが苦い笑いを浮かべた。

「ですが、誤伝もあるかと思いますし、ジェスチャーは単純かつ明瞭な方が良いと思いますが。」

と、ミュラー。その隣で、ワーレンも

「そうだな。戦局によって指示は変わるだろうが、基本的なジェスチャーは単純な方がいいと俺も思うぞ。」

「どうなんだ?アイゼナッハ?」

ルッツが水を向けたが、当の本人は面白いのだか面白くないのだかよくわからない、つまりいつものとおりの顔でいつものとおりの酒をいつもの調子で飲んでいるだけであった。まさに暖簾に腕押しである。

『はぁ・・・・。』

提督たちが一斉にと息を吐いた。

「どうだ、卿ら、一つ賭けをせんか?」

ミッターマイヤーが提案した。

「賭け、と言いますと?どのようなものですかな?」

メックリンガーが尋ねた。

「うむ、今ここにいる一同のうち、誰が最も的確にアイゼナッハの指示を伝えられるか、という賭けだ。むろん・・・・。」

提督たちが何か言いかけたのを見て、ミッターマイヤーは、

「実際の戦闘でためしはせんさ。そのような兵の命を軽々しくもてあそぶようなまねは断じてせん。平素の勤務の中、あるいは演習のさなかの中で試す、ということだ。」

「面白そうだな!」

ビッテンフェルトが声を上げた。他の提督たちも面白そうだと言った顔をしたが、

「しかし、ビッテンフェルト提督、アイゼナッハ提督を、その、ダシにするような真似をしてもよいのでしょうか?」

ミュラーがためらいがちに言うと、意外なことにアイゼナッハは親指を一本立てて見せていた。これは「異議なし」のサインであることは皆が知っている。

「よし、アイゼナッハがそういうのなら、問題なかろう。」

ミッターマイヤーは満足そうにうなずいた。

「俺はグリースら以外、つまり卿らは誰一人として意思伝達に成功できないという方に賭けるぞ。そうだな、全員がたらふくここで飯を食う、その代金をかけるとしよう。」

「ほう。ならば俺はその逆に入れよう。これだけ人数がいるのだ。グリース一人がアイゼナッハの聡明な代弁者というわけではあるまい。」

ロイエンタールが応じる。他の提督たちも皆同様にうなずいている。

「私もだ。はは、そうなると、ミッターマイヤー閣下お一人が、我々の誰一人としてアイゼナッハ提督の意志を伝達できない方におかけになった、ということですな?賭けの率としてはあまりおすすめできない展開ですが。」

と、メックリンガー。

「そういうことだな。だが卿ら、あまり安易に考えない方がいいぞ。」

その言葉に対して、

「なに!大丈夫ですとも!」

「アイゼナッハのジェスチャーの一つも伝えられないで、何が僚友か!」

「やって見せるとも!なぁに、お茶の子さいさい、すぐに片づけてやるさ!」

等という、ミッターマイヤーの挑戦に応ずる高らかな答えが返って来たのである。

「よし、では何人かを卿らが指名してくれ。それが1日交代で副官を務める。もしも、その中で一人でも完璧に伝達できれば、卿らの勝ち、俺の負けだ。それでいいな?」

ミッターマイヤーの言葉に全員がうなずいた。

 

* * * * *

第一の「副官」は、ルッツだった。堅実な彼ならば、きっとアイゼナッハの指令を余さず理解できるに違いない、と諸提督は思っていた。そんなわけでルッツは「アイゼナッハの一日副官」という臨時職に就くことになったのである。

「・・・・・・。」

ルッツはアイゼナッハの挙動を一挙一動余さず見逃すまいとずっと視線を張り付けたまま傍らに立っていた。もう2時間近くも立ちっぱなしである。

だが、アイゼナッハは先ほどからずっと前を向いたまま身じろぎ一つしない。

「おい、アイゼナッハ。」

たまりかねてルッツは声をかけた。

「何か不足はないか?書類の整理をしてやろうか?それともコーヒーでも持ってくるか?」

暖簾に腕押しだった。アイゼナッハはヤーともノインとも言わず、微動だにしない。

「なんということだ、之では俺は人形同然ではないか。」

ルッツが思わず天を仰いだその時だ。アイゼナッハが右手の人差し指と中指を掲げた。Vサインに似ているが、わざわざ指の腹の部分をルッツに見せている。これは何かあるに違いない。

「・・・・・・!!」

ルッツはうろたえた。こんなジェスチャーは事前にグリースに聞いたものの中にはなかったのだ。ルッツはもう一度アイゼナッハに目顔で懇願した。「いったいどういうつもりなのだ?」と。

アイゼナッハは顔色を変えずに、またもう一度同じ動作を繰り返した。ルッツは絶望的な気分に陥った。いくら考えてもアイゼナッハのジェスチャーを理解できないのだ。ルッツは焦った。焦りに焦った。

(待て、よく考えろコルネリアス・ルッツ!アイゼナッハは何をしようとしているのか?何を欲しようとしているのか?コミュニケーションが絶望的に無理な以上は周りの状況から判断するほかない!)

ルッツは周りを見まわした。今書類決済箱には何もない。そして時刻は12時を回っている。午後の予定は1時から幕僚会議だ。そこまで思い至った時、ルッツの脳裏に天啓がひらめいた。

(わかったぞ!!そうだ!!そうに違いない!!あえて指の腹を見せたということは、すなわち「腹」を強調したいのだ。そして時刻は12時を回っている。つまり昼飯が食いたいということだ!そして2本出したということは、アイゼナッハと俺の二人分を持ってこいということなのだろう!なんだ、簡単なことではないか!!)

ルッツはさぁっと目の前の靄が晴れ、晴天を仰いだような気分になった。彼はいそいそと部屋を出ていき、とびっきり上等の昼飯を2人前注文するように従卒に指令した。

「大急ぎだ!とびっきりうまい飯を頼むぞ!」

ルッツはそう念を押した。

 

そして5分後、超特急の速さで持ってこられた昼飯をルッツはアイゼナッハの前に出してやった。デスクはルッツの手際よさで、片付けられ、綺麗に拭かれ、2人分のお茶も出ている。

「さぁ、どうだ!!卿も腹が減っただろう。俺の分までオーダーの指示をしてくれるとは、僚友がいのあるやつだ。一緒に食おう。」

だが、アイゼナッハは目を一瞬しばたたかせ、それっきり動かなくなってしまった。顔色ににわかに不安と申し訳なさが浮き出てくる。それを見たルッツは嫌な予感がした。先ほどの晴天が一気に暗雲と化すような気分だった。

「ど、どうした?好みに合わなかったか?」

アイゼナッハは申し訳なさそうな顔をし、身をもじもじさせている。と、そこへグリース副官が入ってきた。

「どうかなさいましたか?」

一瞬グリースが動きを止め、一目自分の上官の顔を見た瞬間、顔色が真っ青になった。それを見たルッツの顔色も青色に変わる。何かとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。

「・・・閣下ァ!!!」

金属質の叫びをあげたグリースが慌ててアイゼナッハに駆け寄り、ついであわただしくとった従卒対応の電話口に怒鳴りつけるようにして叫んだ。

「バカ者!!昼飯を用意しろと誰が言ったか!?閣下は専用のトイレ(大)の用意をしてほしいとおっしゃっているのだ!!!ただちに閣下の専用トイレ個室にオマルを設置しろ!!!」

「な、なんだと?!」

ルッツが愕然となった。

「あぁ、ルッツ閣下、申し訳ございません。実は・・・・。」

グリースはそっと顔を近づけた。本来なら非礼に当たるところなのだが、今はいったいどういう意味なのかを知りたいという思いで胸が一杯のルッツにはそれを考慮する隙間などなかった。

「今から申し上げることは他言無用に願います。とても外聞にはばかるものでありまして・・・。」

ルッツはうなずいた。

「実はアイゼナッハ閣下は最近便秘気味なのです。専用のオマルを愛用していらっしゃいまして、これがないと、その、大の方が上手くできないというわけなのです。」

ルッツの頭の上に!マークと、?マーク、そして特大の「がっくり」マークが浮き出ていた。

「そ、そうだったのか、それは失礼なことを・・・・。いやグリース、従卒を責めるな、昼飯は俺が頼んだんだ。・・・・そうか、アイゼナッハ、すまなかった。まさか卿がそのような事態に陥っているとは思わなかった。」

アイゼナッハは申し訳なさそうな顔をし、冷や汗を吹き出しながら、グリースに付き添われて、部屋を出ていった。

「信じられん。いや、信じたくはないというべきか・・・それにしても、アイゼナッハが便秘・・・そのようなことを知らなかったとは、副官云々以前に僚友失格ではないか。」

そう反省し、後で「コーラック」を差し入れしてやろうと思うルッツであった。

 

 

 

翌日――。

「私ならやれる、やれる、やれる、やれる・・・・・。」

黙然とデスクの前に座るアイゼナッハのわきで、一人祈るようにしてつぶやいているのは、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフだった。その無邪気なしぐさがとてもかわいい。

ルッツの惨敗を受けた提督たちは緊急会議を開き、聡明かつ美貌の彼女に白羽の矢を立てた。彼女は提督ではなかったのだが、意外なことにミッターマイヤーは反対しなかった。自信満々に「よかろう!」と言い放ったのである。

彼女にならアイゼナッハも多少の手心を加えるに違いない。いや、もしかしたら一日何もしないで済むかもしれない。要は一日耐えればいいのだ。簡単なジェスチャー一つクリアすれば、それで立派に「伝達」を果たしたことになるではないか。

 多少曲解のきらいがないでもないが、ともかくヒルダは自身が非番の日に「一日副官」として勤務に就くこととなったのであった。

静かな部屋にただ女性の美しい澄んだ声のみが響くというのは、いいものだろうが、内容が内容なのでアイゼナッハも表情を変えない。もっとも彼の胸中は複雑だった。

アイゼナッハも木石ではない。妻子持ちだったが、美貌の女性が副官であってくれれば、彼としては申し分ない。しかもその副官がてきぱきと仕事ができる人ならなおさらだ。彼女のおかげで溜まっていた書類は滞りなく決済され、問題は一掃され、今穏やかな時間の中こうして提督執務室で時を過ごしている。

 

しかしながら、と彼は思う。いくら賭けとはいえ、ローエングラム公の秘書官が・・つまり、元帥閣下の直属の秘書官が大将の「副官」でいいのだろうか、と。

 

「提督、何かお飲み物はいかがでしょうか?」

女性からこんな風に言われてみたい物だとかねてから思っていた。そして今それが文字通りかないつつある。アイゼナッハはこんなことを考えてくれたミッターマイヤー提督にひそかに感謝しつつ、ゆっくりとうなずいた。手を動かすジェスチャーよりもこの方がわかりやすいだろう。

「かしこまりました。すぐにお持ちいたします。何がよろしいですか?」

さて、何にしようか。今はちょうど10時、おやつの時間だ。普段の自分ならここでコーヒーを一杯もらうのだが、相手が女性であれば、紅茶が望ましいのではないか。そう思ったアイゼナッハは指を3度ならした。

「・・・・・!!」

とたんにヒルダの顔色が変わった。彼女は慌てた様に手元のメモ帳を取り出してあわただしくめくっている。

「え、え?え!?3回?・・・ええっと、確か・・・1回がコーヒー、2回がウィスキーだったわよね。さ、3回なんて・・・・あったかしら・・・・。」

しまった!!そうか、3回は彼女のヴォキャブラリーにはなかったのか。アイゼナッハは内心しまったと思ったが、今更訂正するのも間が悪いので、やめておいた。

「3回・・・3回・・・・3回・・・・。」

ヒルダが呪文のようにそれを唱えていた。それを見守るアイゼナッハの顔にも汗が出ている。頼む!どうか意志が通じてくれないか!

「あぁそうなのだわ!!!」

ヒルダは不意に叫んで、微笑を取り戻してアイゼナッハを見た。

「かしこまりました。提督。すぐにお持ちしますね。」

そして軽やかな足取りで出ていった。ほっと一息ついてアイゼナッハは椅子の背もたれに寄り掛かった。

 

きっかり3分後――。

 

湯気の立つ香りのいいものがカップに入れられて、運ばれてきた。2つ。

「お待たせいたしました。提督、どうぞ。」

ヒルダのひんやりとするほっそりした指の感触をつかの間味わいながら、アイゼナッハはカップを受け取った。そして馥郁とした香りを堪能しながら、唇にカップを傾ける。いいものだ、こういうのは。1日と言わず、こういう女性となら何日だって副官として――。

 

「ブ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!」

 

とたんにアイゼナッハは中身の液体を口から噴射してデスクにぶちかましていた。鼻に口に喉に、とんでもない刺激物が入り込み、一斉に体のあらゆる機能が最大出力のアラートを発している。

「きゃあっ!!」

ヒルダが慌てて飛び下がり、ついで疾風ヴォルフに負けない快速ぶりで部屋を飛び出すと、4秒後に雑巾を取って戻ってきて一生懸命にデスクの上を拭いた。

「ご、ごめんなさい!私、何かヘンなことをいたしましたか?」

ヘンなこと、ではなく、ヘンなもの、という表現が正確だ!とアイゼナッハは思いながら、ゲホゲホホェェェェとせき込んでいた。

 

バ~ン!!というドアが勢いよく開けられる盛大な音とともにグリースが部屋に飛び込んできた。

「ど、どうかなさいましたか!?」

「な、なんだかよくわからないの!突然提督がカップの中身を――。」

「中身?はて、これは――。」

取り乱しているヒルダをよそに、カップの中身をみたグリースが恐る恐る味見をし、とたんに顔をものすごくしかめたかと思うと、若き秘書官・・・もとい、副官にその苦い顔を向けた。

「これはセンブリ茶ではないですか!なんだってこんなものを閣下のお茶になさったのですか?」

「ええっ!?駄目なのですか!?だって、3回ならしたんですもの。3回指慣らし・・・・さんパリッ・・・・サンパリ・・・・センブリ・・・・かなって。」

アイゼナッハと彼の忠実な副官は、フロイライン・マリーンドルフらしからぬ、そのとんでもない強引きわまる解釈に一斉にと息を吐いた。

「そのような強引な解釈は今後厳に慎まれますように・・・・・。」

というのがグリースの、そしてアイゼナッハのヒルダに対しての心からの感想であり要望であった。

 

その夕方、ゼー・アドラーは立て続けに失敗した提督と美貌の秘書官を囲んで皆がからかっていた。

「駄目ではないか、ご両所とも。アイゼナッハだから良いものの、他の貴族の上官にでも当たったら、それこそギロチンものだぞ。」

ケンプが冗談交じりにそういうと、レンネンカンプは、

「いや、アイゼナッハ提督の意志を理解しようというのは、聡明なご両所をもってしてもなかなか難しいというもの。卿はできるか?」

「いや、難しいな。俺には無理だ。もし俺がアイゼナッハの副官に当たったならば、なるべく無難な回答を出すか、若しくは皆で話し合って結論を出すな。」

「さすがに一人だと独りよがりの結論になってしまうだろうからな。しかし難しい!俺は自信がなくなってきた。棄権してもよいか?」

「ビッテンフェルト、卿がそういうのならそうしてもいいが、さて、そうなると賭けは俺の勝ちになるな。」

と、ミッターマイヤー。妻がいる彼はケンプ、アイゼナッハ、レンネンカンプ等の妻帯者たちと共に、一同に「お先に失礼する。」といい、店を出ていった。ミッターマイヤーは意気揚々と。他の提督たちは無表情に。ヒルダも「申し訳ありませんでした。」と何度も謝りながら、店を出ていった。

のこされた提督たちは、頭を抱えていた。

「ああくそっ!困ったぞ。このままではミッターマイヤーの奴の一人勝ちになってしまう。しかし俺は自信がないしなぁ・・・・。」

ビッテンフェルトが整った顔をしかめたが、ふと、思いついたことがあったらしく、指をパリッと鳴らした。

「そうだ!キルヒアイス提督はどうだ?」

『キルヒアイス?』

諸提督が一斉に声を上げる。

「そうだ、キルヒアイス提督だ。提督ならきっと大丈夫だ。何しろあのローエングラム公の副官を長年やってきたのだからな。キルヒアイス提督ならきっと完璧にこなすに違いない。」

ビッテンフェルトの提案をロイエンタールが興味深そうに聞いて顎に手を当てた。

「なるほどそうか。確かにキルヒアイス提督なら、あのアイゼナッハであろうと、十分に意思疎通を図れるに違いないな。だが、問題はローエングラム閣下がそれを了承なさるか、ということだが・・・・。」

「面白いではないか。」

不意に後ろから聞き覚えのある声がした。一同一斉に後ろを向いて、そして一斉に椅子から飛び上った。

「か、か、閣下!!!」

ケスラーが愕然となった様子で中腰のまま固まる。ラインハルト・フォン・ローエングラム公がその端正な顔を一同に向けていたのだ。そばにキルヒアイスがいる。

「なに、気にするな。たまたま宰相府からの帰路に通りがかっただけだ。すると卿らの話さざめいている声が聞こえたのでな、キルヒアイスと二人で酒杯を傾けながら聞いていたのだ。なかなか面白そうではないか。」

どうだ、キルヒアイス、とラインハルトが水を向けた。

「やってみないか?ミッターマイヤー一人に勝ちをむさぼらせるのはいささか面白みがないと思うが。」

「ラインハルト様も、お人が悪いですね。」

急に水を向けられて、キルヒアイスは困ったような顔をしている。

「フ・・・だが、私としてもアイゼナッハがどういうジェスチャーをもって意思疎通を図っているのか、興味がある。なんなら私自らが『一日副官』をしてみても――。」

『いやそれはいけません!!!』

一同が一斉に声を上げた。これが実行されたら、アイゼナッハとラインハルトの間に修復しがたい亀裂が入るかもしれないという危機感が一同の頭の上にあった。「副官、駄目、絶対!!」という声にならないコーラスが諸提督から放たれた。

「そ、そうか、ならキルヒアイス、お前がやってみてくれないか?」

「仕方ありませんね。ですが私も興味があります。わかりました。微力を尽くしてみましょう。」

キルヒアイス上級大将はそう言った。

 

 

 

 

* * * * *

 

困ったものだ、とアイゼナッハは思う。大将、上司の首席秘書官、そして今度はラインハルトの腹心にして上級大将たるキルヒアイス提督が「一日副官」である。この調子ではやがてラインハルト・フォン・ローエングラム公自らが「一日副官」になるのではないかと、アイゼナッハは戦々恐々としていた。

 そのキルヒアイス提督は、数時間の立ちっぱなしを一向に苦にする様子もなく佇んでいる。椅子を用意して差し上げなくてはと思うのだが「一日副官」である以上そんな気遣いはできないというルールになっているのだからそれもできない。

 

早く終わらないかな、という思いで、アイゼナッハはボリボリと顎の下を掻いた。

「従卒!」

とたんに、キルヒアイス提督の声が執務室に響いた。風のように飛び込んできた従卒に、

「アイゼナッハ提督に、熱い蒸しタオルをもってきて差し上げなさい。」

おやおや、とアイゼナッハは思った。ただ痒かったから掻いただけなのだ。だが、訂正するのも恐れ多いので、黙って好意を受けることにした。

蒸しタオルが持ってこられると、アイゼナッハは黙ってそれを受け取り、黙って自分の顔を、手を拭いた。ちょうど気分転換がしたかったところだ。これはこれでいいものだと思う。

アイゼナッハはほっとして、椅子に寄り掛かり、目を閉じた。何もすることはない。書類決済も既に終わっているし、開かなくてはいけない会議も出席しなくてはならない会議もない。アイゼナッハは目を閉じていたが、次第に退屈になってきた。まさか軍務中に寝るわけにもいかない。特に「一日副官」とはいえ、キルヒアイス提督がいらっしゃる前では。そこでデスクの引き出しから一冊の本を取り出して読み始めた。第二次ティアマト会戦で勇戦したシュタイエルマルク提督が著した「戦術論」だ。彼はそれを読みふけった。

しばらくは微風のふく執務室にパラパラとページをめくる音がするだけだった。と、アイゼナッハは鼻が突然むずがゆくなるのを感じた。吹き込んできた微風の中に何かゴミが入っていたのだろう。彼は鼻を鳴らした。

「従卒!」

おやおや、今度はなんだろう。

「アイゼナッハ提督にティッシュをもってきて差し上げなさい。」

グッドタイミングだ!アイゼナッハは思わずそう叫びたくなるほどだった。従卒がすっ飛んで持ってきたティッシュペーパーを何枚か引き抜き、鼻に当て盛大にかんだ。あぁ、すっきりした。アイゼナッハは晴れやかな顔でそれをぽいっとゴミ箱に放り込んだ。

 流石はキルヒアイス提督だ。今までの「一日副官」の中で彼が一番的を射ている。残念だ、さすがに上官を自分の副官には出来ない。なによりそんなことをすればローエングラム閣下がどうおっしゃられるかわからない。

 そうこうするうちに、夕刻になり、キルヒアイスの「一日副官」終了まであと2時間ほどになった。このままいけば賭けはミッターマイヤーの負けになる。

 最後の最後でミッターマイヤー提督が負けることになるのか、そう思った時、ふと、大事なことを思いだしたアイゼナッハは愕然となった。

 今日はAIL48の野外ライブがある日ではないか!!!AIL48とはローエングラム公がプロモートし、それをウェストパーレ男爵夫人が育成した庶民アイドルの集団で「歌って踊れるそれでいて身近なアイドルがあなたのもとに!!」というコンセプトで始まった物である。集団となった美少女たちが織り成すステージの破壊力は、既に帝国全土をAIL48のファンで埋め尽くす勢いになっている。アイゼナッハも実はこのファンの一人なのだった。

 コンサートチケットなどは高値で取引されており、アイゼナッハは苦労してようやくそれを手に入れたのだ。

 まずい!!とアイゼナッハは思った。後2時間ほどでコンサートが始まる。だが、そのためには1時間有給休暇を取っていかなくてはならない。アイゼナッハはうっかりして今日の今日まで有給休暇の申請書を出していなかったのである。グリースがいてくれれば、そのようなことはすぐにやってくれるのだが、相手はキルヒアイスだ。AIL48などわかるだろうか?いや、そもそもそう言ったアイドルグループがこの銀河系にいることを、あの真面目一徹の彼は知っているのだろうか???いくら彼の親友兼上司がそれをプロモートしているとはいっても。

 そして、最悪なことに、今日はグリースもグリーセンベックも不在だった。彼らは休暇だったのだ。目的はAIL48のライブの観戦であることは言うまでもない。部下たちが行けて、上官たる自分がいけないとは!!ふがいなさを我慢しながら、アイゼナッハは頼みの綱の上官を見上げた。

 頼む!!!通じてくれ!!!アイゼナッハはそう念じながら、キルヒアイスに向けて必死にジェスチャーを行った。

 まずキルヒアイスに向けて人差し指を突き出す。そして両腕を頭の後ろに組んで、体をのけぞらせる。ついで体を起こすと何やらペンをとって書くような動作をする。

 

「1時間有給休暇を取りたいので、許可申請書を作成してほしい。」と。

 

キルヒアイスは目を見開いた。信じられないという表情が彼の顔に浮かんだ。暫く両者の間には無言の一時が流れた。

「わかりました。では早速手配いたしましょう。」

ほっ、とアイゼナッハは椅子に寄り掛かった。なんとかキルヒアイスは理解してくれたらしい。あの表情は無理もない。普段自分はめったに有給休暇など取らない。ましてその理由がAIL48のコンサートへ行くことなのだと知ったら彼はどう思うだろう。それにしても、とアイゼナッハは思う。普段ならどんな用事でも5分もかからず戻ってくるはずのキルヒアイスがなかなか戻ってこないのはなぜなのだ、と。

 

アイゼナッハはやきもきしながら待った。ほどなくしてキルヒアイスが戻ってくる。ようやく来たか、そう思ったアイゼナッハの目が釘付けになる。キルヒアイスは筋肉質ムキムキの男を連れてきていたのだ。そして彼の手には山のような書類が抱えられている。

「提督、ではこちらにいらっしゃって準備をお願いします。」

準備だと!?なんだ準備とは!!こちらはコンサートに行きたいのだ!!うろたえた顔をするアイゼナッハの腕をがっちりと筋肉質の男がつかみ、控室につれて行った。軍服をすばやく脱がされ、ジムで着る様なシャツと短パンをはかせられる。

「さぁ!!行ってみマショウ!!アーユーレディー!?テリーズブートキャンプの始まりだゼィ!!!」

いつの間にか同じようなシャツと短パンをはいていたキルヒアイスが構えのポーズをとる。それが何なのか知ったアイゼナッハは失神しそうになった。

 

 1時間後――。大汗をかいて半死半生になったアイゼナッハは机に向かっていた。帰れない。いや、コンサートなどもはやどうでもいいのだが、帰れない。

 

 なぜか?

 

 大量の書類の山が彼のもとに出現していたからである。アイゼナッハとキルヒアイスは12時近くまでみっちりと部屋にこもり、書類の整理をすることとなった。

 

 

 

 翌日――。

「どうやら、アイゼナッハの意志を正確に伝達できるような奴はいなかったようだな。賭けは俺の勝ちというわけだ。」

一様に憔悴した提督たちの前でただ一人誇らしげにミッターマイヤーが言う。

「それにしても、キルヒアイス提督まで失敗なさるとは・・・・。」

ケスラーが信じられない顔をしている。

「もうしわけありません。まさかアイゼナッハ提督がAIL48のファンで有られたとは・・・・。」

キルヒアイスが神妙な顔つきで謝る。アイゼナッハは無表情だったが、内心は憮然としていた。右手は腱鞘炎になりかけているし、全身が筋肉痛である。もう二度と「一日副官」などこりごりだ!!!やはり自分の元にはグリースがいてくれなくては困る。これからは彼の給料を倍にしてやろう。

 

 あらためて副官の偉大さと大事さを認識したアイゼナッハであった。

 

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