「皆さん初めまして、今季から顧問を任されました
楽器振り分けの翌日の部活。音楽室に姿を見せた新しい顧問の先生は、そう言って深く腰を折った。先生という
「イケメンだよねー。蔵守くんはどう思う? 男子から見て」
「まあ……ハンサムじゃないんですか?」
始業式で生徒達に姿を見せてから、女子の間では格好いい先生だとチラホラ噂にはなっていた。間近で見ると、確かに整った顔立ちをしているのがはっきり分かる。喜多村先輩が黄色い声をあげるのも無理もなかった。
「皆さんと一緒にいい音楽を作っていきたいと思っていますが、何分私も吹部の顧問を担当するのはこれが初めてです。補佐や副顧問は何度かやってきたので、技術的な指導に関しては自信がありますが、部活の方向性をどうするかについては
滝先生はそう言って顔を上げると、音楽室の黒板に近づきチョークを手に取った。
「そこで、皆さん自身で今年の吹部の進む方向を決めてほしいのです」
先生が黒板に書き込んだその文字を見て、思わず目を丸くした。
そこにあったのは、"全国大会出場" と "思い出づくり" の二組の六文字。
「本気で全国大会出場を目指すか、楽しい思い出づくりで済ませるか、を」
「思い出づくり、というのは具体的には……」
滝先生の大雑把すぎる二択に、誰も言葉を返せないでいる。部長としての責任を感じたのか、小笠原先輩が困惑した表情で尋ねた。
「そうですね。私としては……思い出づくりで十分だというのなら、出場メンバーを選抜してまでわざわざコンクールの練習に力を入れる必要はないと思っています。文化祭や地域のお祭り、野球部やサッカー部の応援。そういう全員で参加できる舞台での演奏を気軽に楽しめる範囲で、今年のスケジュールを組むつもりです。コンクールには形だけの参加、という事になるでしょう」
ひと呼吸おいて、滝先生は言葉を続けた。
「逆に、全国を目指したいのであれば、練習もコンクールに焦点を当てた厳しいものになります。私としてはどちらでも構わないので、皆さんで決めて下さい」
音楽室がざわめく。
思い出づくり、というのはまだ分かる。万年銅賞の吹部が、部員をふるい落としてまでコンクールに出る意味があるのか。時間をかけてコンクールの為だけに練習する意味があるのか。去年のコンクールが終わってから、ずっと考えていた事だった。
しかし全国大会出場とは一体どういう考えだろう。今年から北宇治に来た先生とはいえ、顧問を引き受ける位だ。少しくらいは吹部の事を調べていると思っていたが、ここ数年の吹部の低空飛行っぷりすら把握していないのか。
決めろと言われても、現実的に考えると選択肢などありはしない。思い出づくり一択だ。サンフェスや定期演奏会のように、部員全員で参加できるイベント中心にスケジュールを組んだ方が、よほど有意義に決まっている。
……いや、それ以前に。
――中学では無理だったけど、高校では全国行ってみたいんだよね――
「その二択、両極端すぎじゃないですか?」
喜多村先輩の言葉に、はっと我に返った。至極もっともな意見に、三年生の面々から口々に同意の声が上がった。
「では、去年と同じように指導は適度なレベルで抑えて、コンクールに出るという選択肢も追加しますか」
"去年と同じ"
何気ない様子で黒板に追加されたその五文字に胸を突かれた。音楽室の空気が重くなっていくのがはっきりと分かる。
口振りから察するに、どうやら滝先生は去年の事を知っているようだ。おおかた松本先生から聞いたんだろうが、それならもう少し言い方を考えて欲しい。内心、舌打ちした。
先輩の方から
出会い頭に恥部を公にされたようで、この先生に対する心象は良くなかった。
「……では今年は、全国大会出場を目標に活動していく事になります」
部活の方向性をどうするか。
部員の数が多い事もある。田中先輩の鶴の一声で決まった多数決でも、やはり去年の方針を継続しようという人はいなかった。
思い出づくりを希望するのは斎藤先輩に自分、そして鎧塚さん他、ごく少数。
結局消去法で、全国大会出場を目標にする方針が大勢を占めた。といっても、勢いよく手を挙げた吉川さんや中世古先輩に引き摺られるような形で挙手する人がほとんど。どこまで本気なのかは疑わしい。
「ご苦労様です」
小笠原先輩の言葉を受けて、それまで様子を見守っていた先生が満足げに部員を見回した。
「思い出づくりを希望する方もいましたが、あまり気を落とさないで下さい。みなさんのやる気次第で、コンクール以外でも演奏する機会を積極的に作っていくつもりですから。お互いが決めた目標に向かって、これから頑張っていきましょう」
先生のその言葉を聞いても、斎藤先輩の表情が晴れたようには見えなかった。
「では早速ですが、今現在の皆さんの技量がどれほどのものか、テストしたいと思います。これから海兵隊の楽譜を配りますので、今日を含めて四日で仕上げて下さい」
四日!?
さすがにぎょっとして、滝先生を見つめた。いくらなんでも短すぎる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 一年生には初心者もいますし、とても部活動の時間内では仕上がりません」
「初見の方は演奏に参加しなくて結構ですよ。経験者の方や上級生は一度はやった事があるでしょうから、それだけあれば十分でしょう?」
本気で全国を目指すのならば確かにそうだろう。
慌てふためきながら悲鳴をあげる小笠原先輩だが、それに対する滝先生の返答は素っ気ない。
「でも……」
「自信がないのなら、部活の時間外に自主練でも何でもやって構いませんよ。手続きの方は私が済ませておきましたので。全国を目指す位なのですから、その程度は苦でもないでしょう?」
尚も言い募ろうとする小笠原先輩の機先を制して、滝先生は反論を封じてしまった。言質を取られた事を悟って先輩達は一様に苦い顔をしている。
滝先生はそれで話すべき事は全て話したと言わんばかりに、さっさと音楽室を後にしてしまった。
『……』
重苦しい空気が立ち込める音楽室。誰が言い出すまでもなくミーティングはお開きになり、各自それぞれのパートに分かれていった。
「大丈夫なんですか先輩。全国大会出場なんて目標にしちゃって……」
パートメンバー四人揃って教室へ練習に赴く道すがら、思わずため息をついた。
去年の最悪の状態と比べれば、吹部はマシになってはいる。ならばコンクールで上を目指せる見込みがあるかというと、全然そんな事はない。全国出場なんて冗談にしても笑えなかった。見栄を張っている場合ではないと思うのだが。
「心配しなくても、本気で全国行こうなんて誰も考えちゃいないわよ。一握りのバカを除いて」
へっ、と岡先輩が鼻で笑った。……この人、中世古先輩や吉川さんに何か含むところでもあるんだろうか。
「手を上げた理由は別のトコ。一年の時に出場できた来南はともかく、他の三年にとっては去年のコンクールが初めてだったでしょ。それなのに結果がアレだし。審査員にどう評価されるかは別にして、自己満足できる程度の合奏はしてみたいじゃない」
「形だけの参加って事になったら、また去年みたいに先生の指導もおざなりになっちゃうかもだしね。……聞いてる分には、面白かったけど」
「……おい。私も演奏してたんだぞあの時」
去年の喜劇?を思い出してか、軽く吹き出す喜多村先輩の
「それは分からなくもないんですけどね」
ほとんどの三年生は、未だにコンクールの舞台で日の目を見ていない。そんな先輩達にとって今年は最初で最後のチャンス。花を持たせたいという気持ちは自分にもある。
ただ、先生の言葉を一年生達がどう受け取っているかが気になった。真に受けて、変な夢を見なければいいが。あれが呼び水となって、またぞろ部内で対立が生まれるのは勘弁して欲しかった。
「にしても……、妙な成り行きになりましたね。今の時期に全員揃って海兵隊の練習なんて」
部活の方針について、それ以上考えるのは止めにした。決まった事にグチグチ言ってもしょうがない。
「うん。大して難しい曲じゃないけど、それでもこの短期間で仕上げるのは難しいかなぁ」
喜多村先輩も復活したようだ。先生から手渡された楽譜を眺めながら、呟く先輩に頷いた。
事前に楽譜を用意していた事といい、時間外練習にあたっての手続きを済ませていた事といい、手回しが良過ぎる。どちらでも構わないと言ってはいたが、先生の頭の中ではどういう指導をするか、既に固まっていたとしか思えない。
「……サンフェスも海兵隊で行くんですか? あまり時間ないですけど……」
自分の後ろについてきた鎧塚さんが、楽譜をファイルにしまいながら喜多村先輩に尋ねてきた。ファイルは楽譜でパンパンになっている。彼女の中学時代の部活動が活発だった事が一目で見て取れた。
「どうかなぁ。別にダメって事はないけど、ああいう場ではもっとセンスいい曲を披露した方がいいと思うけどねー」
海兵隊。吹奏楽経験者なら誰でも一度は演奏したであろう曲だけに、知名度に関しては問題無い。初心者用の曲というのが微妙に引っかかった。
コンクールのように、上の大会への出場権を賭ける訳ではないといっても、サンフェスは京都各地の吹部が集まる一大イベントだ。何十人も部員がいれば、他校の目が気になる人も当然出てくる。それなりに体裁がつく曲を選ばないと、練習する上でのモチベーションにどう響いてくるか分からない。
「先生は時間外練習してもいいって言ってましたけど……どうします。今日から早速やりますか?」
ミーティングが長引いた事もあり、腕時計の短針は五に達しようとしている。部活を普段通りに終えるのであれば残り時間はいくらもなかった。
「え~、嫌だよ。今日はいつも通りに終わらせよ? 今日のミーティング、あの先生のおかげでなんかピリピリしてたし疲れたよー」
「四日しかないんですから、今日の内に一通り吹いてみた方が良いと思うんですが」
「サンフェスで海兵隊やるにしても私らはチアリーダー、アンタは
「それはまあ。確かに……」
喜多村先輩からも岡先輩からも、色よい返事は得られない。二人とも、海兵隊を通り越してサンフェスの方に気が向いているようだった。
とはいえ、先輩達の言葉に
腕を組んで考え込んだ。去年と違い、後輩への指導もある。先々の事を考えると、今のうちに
「……じゃあ、海兵隊の練習は明日からで。それとサンフェスの方、各自出来る範囲で準備お願いします」
「おっけー。でもあのセンセーも、本気で全国行こうなんて考えてんのかねー? 吹部の顧問をするのは初めてとか言ってたけど」
「その内嫌でも分かりますよ。顧問ですから」
首をかしげる岡先輩に生返事をしながら、滝先生の姿を思い返した。淡々とした口調、穏やかな表情。どちらかも知的な印象を受けただけに、あんな現実離れした発言をするとは思いもしなかった。指導に自信があるのか、大口を叩いただけか、あるいは先生も北宇治に来たばかり、教師達の間で見栄でも張りたいのか。
とりあえずは、様子見するしかなかった。
滝先生と部員達の初会合から二日後の放課後。部活が始まるまでのわずかな時間、クラスの窓際の席でまどろんでいるとスマホに着信音。岡先輩からだ。この後すぐ顔を合わせるはずなのに、わざわざ連絡を入れてくるあたりロクな用事ではない。頭の中で警戒警報が鳴り響く。
"今日、私が腹式呼吸の指導役なんだけどさ。お腹痛くて……。ちょっと重い日みたいなんだよね。そう、アレなの。あ~、大丈夫大丈夫。部活休む程じゃないってば。ただ、あんまり立って動きたくないの。うん、それじゃ指導代わりにやってくれる? ありがとねー"
「……」
岡先輩は言うだけ言って、一方的に通話を打ち切った。重い日とかアレとか、一応ぼかしてはいたが、ガードの緩さもここまでくると重症だ。中学そして高校と、吹部という極度に男女比が不釣り合いな環境で過ごしたせいだろうが。
それはさておき、面倒な仕事が回ってきた。指導自体は別にいい。相手は右も左も分からない初心者。対して自分は腐っても楽器経験六年目。一人でも滞りなくこなす自信はある。が、新入部員は大半が女子。ここは同性のサポートを頼んだ方がよさそうだ。
「……」
「イチ、ニ。イチ、ニ」
教室を見渡すと、鎧塚さんはきりのいいところまで読み終えたのか、文庫本を閉じて部活の支度中。大野さんは、何故か教室の中で反復横飛び。……サンフェスは来月頭。北宇治のユニフォームはボディラインがくっきり浮き出るし、ダイエットのつもりなんだろうか。
「鎧塚さん、悪いけど一年の腹式の指導、手伝ってくれないかな」
「あれ、今日はそっちの先輩の番じゃなかった?」
鎧塚さんが返答するより前に、大野さんが口を挟んできた。ここのところ、大野さんとはあまり喋っていない。どことなく話に混ざりたがっている様にも見えた。
「お腹痛くて動きたくないってさ」
さすがにストレートに○○とは言えないが、そこは女子。二人共すぐに察したようだった。が、彼女達は少し口元に手を当てて思案顔。ややあって、二人そろって生温かい視線を向けてきた。
「……本当に○○と信じたわけですか。ピュアですねえ」
「……知らぬが仏」
「は?」
珍しく呼吸を合わせる二人を
「やばい、急がないと。で……鎧塚さん。どうかな?」
「……いいよ」
ほっと一息ついて支度を始めると、大野さんがふくれっ面をして睨んできた。
「蔵守君たら、さっきから鎧塚さん鎧塚さんって言ってばっかり。私には頼まないんですかー。同じクラスの吹部仲間なのにー」
ハブられたと思ったのだろうか。彼女は打楽器担当なので、ハナからアテにしていなかっただけなのだが。
「そんな事言われても……。大野さん管楽器の経験ないんだろ。腹式呼吸の指導できるの?」
「できないよ?」
ふんっ、と腰に手を当てて仁王立ちする大野さん。何を威張ってんだか。
「でもそこは一言声だけでもかけてほしいかな。まあ断るんだけどね」
「大野さんも大概ヒネくれてるよね……」
そう呟きながら、ちらりと横目で鎧塚さんを見やった。以前の、グリム童話のやりとりが頭をよぎる。
「……何?」
「なんでも。一年生待たせてるし、行くよ?」
これからひと仕事こなさなくてはいけないのに、なんだか頭が痛くなってきた。
どうして自分の周りには、こう面倒くさい性格の女子しかいないんだろう。
「あ! 風船先輩だ」
「今日は風船先輩が指導役ですかー?」
希望者のみ参加という事になっていたはずだが、多数の一年生が待ち構えていた中庭。昇降口からそこに足を踏み入れた途端、女子部員から珍妙なあだ名を拝命した。楽器振り分けの時の、井上さんとのやり取りが一年生の間で広まったのは想像に難くない。相変わらず女子の噂は出回りが早い。
「……良かったね。早速あだ名もらって」
「欲しければ譲るけど。風船も一緒に」
フランクに接してくれていると言えば聞こえはいいが、もう少し先輩としての威厳も含ませて欲しい。去年のはまだ愛称と言えなくもなかったが今年は風船。モノ。地味にランクダウンしているのも
「準備はできてるようだし、早速始めるよ」
『はい!』
腹式呼吸の指導は、難しい事はなかった。前日の担当役だった中世古先輩の指導が行き届いていた事もあって、おおまかな手順はみんな心得ている。軽くおさらいをして、細かな所の手直しをするくらいしか仕事はない。
「風船は使わないんですかー?」
既に一年生達の間では、自分はそういうキャラで固定されているのだろうか。
「中世古先輩が、吹き戻しを使った方法を教えたって聞いてるからね。まずはそっちをマスターすること。いいね?」
『はいっ』
教えるのも
「鎧塚さんからは、何かない?」
スカートに手を添えながら、てくてくと自分の後ろをついてきた彼女に確認をとった。心地よい春の風が吹いているが、それでスカートが
「一つだけ。腹式呼吸は部活外でも、普段の呼吸から意識して行って」
いくらか考え込んだ後、鎧塚さんは一年生の方に向き直ってそう答えた。
「実際に演奏している時、呼吸の取り方を意識してる余裕なんて無い。お
『はい!』
確かに演奏中は、指揮者の一挙手一投足・キーの指使いにどうしても神経が集中してしまう。呼吸の事まで気が回らない。さすがに鎧塚さんは強豪・南中出身だけあって、後輩へのアドバイスも一家言あった。心なしか後輩達の返事も、自分の時より大きい。
「じゃ、練習を続けるよ。肺に出来るだけ多くの空気を入れてー、ゆっくり出してー」
リズムを取りつつ、一年生
腰に手をあてて、息を吸っては吐いての繰り返し。やり方は覚えても、慣れないうちは体が持たない。何度か続ける内に、息の続かない子も出てくる。それで新入部員の誰が経験者で誰が初心者か、申告されずともおおよそ見当はついた。経験者の一年生については指導する必要も無さそうだったが、同級生と行動を共にするあたりに、女社会な吹部の側面が垣間見える。
今一度、一年生を見渡してそれぞれの顔と担当楽器を頭の中で符号させていく。さすがに打楽器の井上さん達や、コンバス担当の聖女の子までは参加していない。木管・金管の一年生は一人を除いて、全員が集っていた。
「……トランペットの綺麗な子、いない」
「いや、あの子は来る必要ないと思うけど」
楽器振り分けのあの日。思わず目を見張るようなトランペットの演奏を披露した子がいた。一度聞いただけで、並の腕前ではないと分かるその響き。中世古先輩のものとも、また違う。
時間も押していたし、他の希望者もいた。演奏は一瞬の事で、その後に喜多村先輩達が音楽室に戻ってきた事もあってすっかり失念していたが、トランペットの子は入学式の日に見かけた一年生に間違いなかった。
あれだけ吹ける子が周りと歩調を合わせても、嫌味に受け取られるかもしれない。そう割り切って参加していないのであれば、なかなかさっぱりしている。
「私もそう思う。だけど、優子が目をつけてたから。気になって」
「……そっか。吉川さんも南中出身だからね」
強豪校で
「先輩達が話してるのって、
たまたま近くにいた、ショートカットの元気そうな子が、自分と鎧塚さんの会話に喰いついてきた。
「そうだけど。君は確か低音の……」
「はい! チューバの
なるほど……、それでか。南中とはライバル関係にある強豪の北中出身なら、あれだけ吹けるのも納得がいく。
久美子と呼ばれた、どことなくタコを彷彿とさせるもっさりした癖っ毛の一年生にも見覚えはある。田中先輩の口八丁で低音パートに
「すみません……。高坂さんトランペット滅茶苦茶上手くて。北中でも上級生達、高坂さんに頭が上がらなかったんですよ。生意気に思われるかもしれませんけど」
そういう彼女も、北中吹部の出身だけあって苦もなく腹式呼吸をこなしていた。実力はありそうだが、練習に参加しているのは周りの目が気になるからか。
つまらない事を気にしている。そう思わなくもなかったが、下手に個人行動をとらせて陰口を叩かれる原因を作るのも馬鹿げていた。本人の意思で参加しているのなら、余計なお節介をかける事もない。
「別に気を悪くしてないよ。なかなかの強心臓だなって思っただけだから。トランペットは吹奏楽の顔だし、それくらい肝が太い方がいいのかもね」
口ではそう言ったものの、頭の中では様々な思いが
北中とて強豪。そこの上級生達も一目置くレベルとなると、高坂さんとやらのトランペットの腕前は相当なものなのだろうか。
遅かれ早かれ、頭角を現してくる。予感というより確信に近い。吉川さんも、新入りが中世古先輩とソロの座を競い合いかねないと懸念しているのかもしれない。
中世古先輩は三年生の中でも特に良心的な人ではあるが、人望があるのも
「おっ? 話が分かりますね、バルーン先輩!」
「は、葉月ちゃん!」
「……」
フランクなのと、馴れ馴れしいのはイコールではないはずだ。
先輩への敬意が見えない後輩に、即興で膨らました風船の破裂音をお見舞いして、その日の指導を終える事にした。