北宇治高校ダブルリードパートへようこそ   作:言巫女のつづら

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第2話 言葉足らずなオーボエ

「今日から吹奏楽部にお世話になります。蔵守啓介(けいすけ)です。よろしくお願いします」

 

 サンライズフェスティバルから二週間が過ぎ、もう夏の気配が見え隠れし始めた五月下旬。

 顧問の梨花子先生に入部届を提出し、晴れて自分も吹奏楽部の部員となった。

 

 時期外れの新入部員。当然向けられる奇異の視線に気遅れを感じずにはいられなかったが、密度は思った程でもない。自分の自己紹介も兼ねて、音楽室で開かれたミーティングに集っているのは五十人強。サンフェスの時よりも明らかに少ない。

 女子のセーラー服のスカーフをざっと見ても、一年生である事を表す青が最も多く、次いで二年生の緑。三年生の赤となると、ほとんど見当たらない。

 受験勉強でミーティングに遅れているのか、喜多村先輩が言っていたようにやる気がないので欠席しているだけか。

 

 ……同級生の男子はいるだろうか。

 一段高い指揮台から目につく北宇治高校の男子の制服はいわゆる学ラン。なので女子みたいにパッと見で学年を識別できない。

 足元のシューズの色で見分けていくと、自分と同じ青色のが二人。闊達そうな中肉中背の男子と、大柄で威圧感ありそうな眼鏡男子だ。

 部員の中に同級生の男子がいる事にホッと一息ついた。

 

「ねえねえ、キミ」

 

 挨拶を終えるや否や、切れ長の瞳に赤縁の眼鏡をかけた長身の女子が近寄ってきた。

 

「はい?」

「ユーフォニアムやらない? やってみない? いい楽器だよユーフォは」

 

 ユーフォニアム……。

 スカーフは緑色。喜多村先輩や岡先輩と同じなので二年生か。

 

「あ……いえ。自分は」

「ん? もしかしてユーフォ知らない? ユーフォニアムというのはね、ピストン・バルブの装備された変ロ調のチューバなの。それでね、もともとはオイフォニンって呼ばれてたんだけど、この名前はギリシャ語のeuphonos(良い響き)に由来するもので」

「……あの」

「田中さん、蔵守君はオーボエ希望なのよ。貴方の所は一年生が三人も入ったんだから、ここは遠慮しなさい」

「え~そうなんですか? 残念~」

 

 いつ終わるとも知れないユーフォ談義に閉口していると、梨花子先生が助け舟を出してくれた。田中さんと呼ばれた眼鏡の先輩は渋々といった感じで引き下がっていく。

 

「ではパート練習に移ります。喜多村さん、蔵守君をよろしくね」

「はい。じゃあ、早速行こっか?」

 

 頷いて音楽室を後にしようすると、目の前にぬっと立ちふさがる眼鏡…もとい田中先輩。

 

「気が変わったらいつでも低音パートに来てくれていいからね。君と同じ一年の男子もいるから居心地はいいと思うよん」

「はいはい、あすか。いい加減しつこいよ」

「んあ~」

 

 二つ結びのおさげの二年生が、手慣れた様子で田中先輩を連行していく。

 あの人は普段からあんな調子なんだろうか。

 

 

 

 

「やる気無さそうな吹部と思ってましたけど、ああいう人もいるんですね。変人ぽいですけど」

 

 パート練習用の教室へ向かう道中、つぶやいた。

 

「あはは、あの子は田中あすかって言うの。ユーフォがすっごい上手くて弁も立って、リーダーシップあるから三年生も一目置いてるんだよ。ユーフォの事となると周りが見えなくなるのが玉にキズだけどね」

「それはよくわかりました」

 

 初対面の相手に、いきなりユーフォの講釈をするくらいだし。相当思い入れがあるのだろう。

 

「あすかの低音パートにはセクション練習でちょくちょく出かけてんの。低音楽器仲間だからね。で、私達二年の間じゃ、来年の部長は十中八九あすかになるってもっぱらの噂。アンタも今の内からお近づきになっておいた方が何かと好都合よ。ただでさえ女子が多い部活だから」

「頭に入れておきます」

 

 岡先輩の(ぞく)っぽい発言を適当に聞き流していると、喜多村先輩がスカートを翻しながらくるりと振り返った。

 

「ほら、ここ。この三年六組の教室が私達ファゴットとオーボエ、ダブルリードパートの練習場所。で、この先の突き当りの階段を曲がった先の三年三組が低音パートの練習場所だよ」

 

 教室の扉から中を覗いてみるが誰もいない。廊下を振り返っても自分達三人の後に続く部員は見かけない。(くだん)のオーボエ担当の子は休みなのだろうか。

 

「ところで先輩。田中先輩は知らなかったみたいですけど、自分がオーボエ経験者だって事話してないんですか?」

「ああ、それはね……」

 

 喜多村先輩が返答しようとした矢先。

 突き当りの階段をバタバタと駆け昇って、こちらに近づいてくる女子が目に入ってきた。

 右手に持っているのは楽器ケースだろうか。青みがかった髪色のロングヘアーにぱっつんの前髪。その容姿にはどこかしら見覚えがある。

 

「はあ……はあ……。すみません。遅れました」

「みぞれ、遅い! もうミーティング終わったよ」

「まあまあ。新入部員の紹介以外は大した事してないし。三年生はいつもどおりサボリだから別にいいよ。みぞれちゃん、彼が今日から私達ダブルリードパートのメンバーになる蔵守くんだよ」

 

 ミーティングに遅れた部員は、自分の顔を見て目を丸くしている。

 

「なんだ。サンフェスで欠席したオーボエの子って、鎧塚(よろいづか)さんの事だったんですか」

「あれれ? 二人は知り合い?」

「クラス同じなんです。今まで話した事なかったけれど……」

 

 鎧塚さんは不思議そうな表情で自分を見つめると、やおら口を開いた。

 

「蔵守君、楽器なんて吹けるの?」

「……」

 

 面と向かっての第一声がそれか。

 開口一番放たれた失礼な台詞に、つい先ほどまで話していたユーフォニアムの先輩の事など綺麗さっぱり消え失せてしまった。自分の沈黙をどう受け取ったのか、鎧塚さんは更に言葉を続ける。

 

「オーボエもファゴットも難しい楽器。好奇心で吹奏楽部に入ったのなら、いろいろ試して蔵守君でも吹けそうな楽器にした方がいいと思う……」

 

 息を吐くように失言を重ねる鎧塚さんに、苛立ちは募るばかり。

 この人とうまくやっていく自信がない……。

 

 そんな自分達の様子にこらえきれなくなったのか、先輩達が腹をかかえて笑いだした。

 

「みぞれったら、期待裏切らなさすぎ!」

「大丈夫だよみぞれちゃん。彼は経験者だから」

 

 先輩達の口振りから察するに、鎧塚さんがこういう反応をするのは想定内だったらしい。

 

「……自分の事、黙ってた理由はコレですか」

「みぞれって言葉足らずなトコあるから。どう反応するかちょっと見てみたかったしねー」

「ふふ。立ち話しもなんだし、続きは教室に移動してからにしよ?」

 

 きょとんとした表情の鎧塚さん。

 悪意は無いようだが……どうにも釈然としない心持ちで教室の扉をくぐった。

 

 

 

 

「それで、みぞれちゃんもオーボエを中学からやってるんだけど、凄いんだよ!」

「……そんな事ないです」

「謙遜しないでいいって。蔵守も聞いてみたいでしょ? これからの相方の演奏」

「ソーデスネー」

 

 すっかり不貞腐れてしまったので、返事もおざなりになるのは仕方がない。

 

「もー。いい加減機嫌直してよー」

 

 かしましい女性陣に背を向けてオーボエを組み立てていると、喜多村先輩が宥めてきた。

 

「みぞれちゃんの反応を見たかったのはあるけど、みんなにキミの事、喋ってない理由はそれだけじゃないんだよ?」

「……というと」

「中学から部活一緒でパートも同じってバレたら、変な噂が立つかもじゃない。黙ってたのはその対策ってトコもあるんだよ?」

 

 なるほど。

 別段隠すような事でもないと思うが、だからと言ってこちらから言いふらす類の事でもないのも確かだ。その手の話には食い付きがよさそうな年頃の女子ばかりの環境だし。

 

「……私は知っちゃいましたが」

「みぞれは大人しいし、そういう事しゃべんないでしょ」

 

 そもそもバラすような友達も少なさそうだしね。ほとんど初対面と変わらない相手への第一声がアレだし……。

 そんな台詞が頭に浮かんだが、口に出すのは控えた。

 

「それじゃあ、コイツに披露してやんなよ。同じオーボエ奏者としての感想も聞きたいし」

「わかりました」

 

 鎧塚さんもケースを開いてオーボエを組み立て始めた。黒い管体にまとわりつく白銀の装飾が、陽の光を眩しく反射する。学校にあったものとは細部が微妙に異なっていた。

 

「……もしかしてそのオーボエ、鎧塚さんのマイ楽器?」

「うん、そう」

「へえ~。そういうのって一目でわかるものなんだ」

「さっすが同業者」

 

 先輩達が感心したように呟くが、そんな大した事でもない。

 

「いえ、ただの当てずっぽうです。学校のオーボエは全部セミオートマチックでしたから。鎧塚さんのはフルオートマチック。ほら、よく見ると金属パーツが学校のより多いでしょ?」

 

 そう言うと、先輩達がしげしげと鎧塚さんと自分のオーボエを見比べ始めた。彼女は気恥しそうに頬を赤く染めている。

 クラスでもあまり話すところ見ないし、シャイな人なんだろうか。

 

「ホントだ。確かにみぞれちゃんの方が高級品っぽいね」

「実際値段もセミオートより高いんですよ。音色や響きも違います」

 

 セミオートとフルオート。どちらが優れているかは人によって意見が分かれるところだが、金属が多い分重くて、メンテにも気を使うフルオートの方が運用で面倒を伴うのは確かだ。

 経験者である鎧塚さんはそれを承知で購入したはずだから、扱いには自信があるとみえる。

 

 そうこうしてる内に鎧塚さんはチューニングを終え、譜面台に楽譜をのせてオーボエを構えた。

 

「……準備できました。【魔女の宅○便】の【風の丘】を演奏します」

「いつでもいいよ。コイツに力の差を見せつけて叩きのめしちゃえ!」

 

 自分を鎧塚さんのパートナーにする気が全くなさそうな岡先輩の檄を合図に、彼女の演奏が始まった。

 

♪~

 

「……!?」

 

 鎧塚さんのオーボエが奏でられた途端、激しい違和感に襲われた。

 いつも教室で無愛想な表情をしている彼女とは似ても似つかない、抑揚に富んだフレーズ。目の前の自分達の事など、まるで視界に入っていないかのような落ち着いた演奏の様子。

 彼女にとって、この場にいる面々はみな高校に入学してからの知己。気心の知れた相手などいない。その事に全く怖気づいていないように見える。

 オーボエは独奏(ソロ)を担当する事が多い。それで大舞台に場慣れしているのだろう。にわかオーボエ奏者ではこうはいかない。

 

 肝の太さに感心した次の瞬間、彼女は大きく息を吐いた。

 オーボエは、他の管楽器ほどには音出しに沢山の息を必要としない。それ故に奏者はついつい息継ぎを忘れてしまう。

 しかし、彼女はオーボエ独特の呼吸法をしっかりマスターしているようだ。

 

「やるなあ……」

 

 つい口に出てしまった。先輩達が鬼の首を取ったかのような顔を向けてきたのが気に入らなかったけれど。

 鎧塚さんはオーボエの要諦を見事にこなしている。

 中学の顧問がよかったのだろうが、それだけでは三年間でここまで出来ない。地道に修練を重ねてきたのだろう。

 

 演奏が終わると先輩達から拍手があがった。自分も舌を巻いた。

 

「うんうん。みぞれちゃんの脳が蕩けるようなメロディー、いつもの事だけど聞き惚れちゃうよ」

「どーよ、同じオーボエ奏者としての感想は?」

「あー。上手いって聞いてはいましたけど、これほどとは思いませんでした」

「ありがとう……」

 

 そう言って、また赤面する鎧塚さん。演奏中とそれ以外でまるで人が違う。

 彼女の様子をしげしげと観察していると、岡先輩が身を乗り出してきた。

 

「さ、次はアンタの番よ。さっさと準備する!」

「え? 自分もやるんですか?」

「スクールで鍛え直したんでしょ? 十八番(おはこ)くらいは聞かせられないんじゃ話になんないわよ」

 

 サンフェスであんなグダグダ演奏をするレベルの吹部で、十八番を披露する機会などあるまいに。

 

「一年見ない内にどれだけ腕上げたのか、楽しみにしてるね」

 

 喜多村先輩もノリノリなので、始末が悪い。

 

「笑顔でプレッシャーかけないで下さいよ……」

「ふふ。それで、何を吹くの?」

「それじゃ……【NH○連続テレビ小説・あす○】の【風笛】で」

 

 久しぶりの人前での演奏にやや気が高ぶっている。大きく息を吐いて自分を落ち着かせた。

 

「準備はいいね? いくよっ」

 

 喜多村先輩がメトロノームのリズムを調整して手を放す。

 そのテンポに合わせてダブルリードに息を吹き込んだ。

 

♪~

 

 演奏の最中、リードを巡るこれまでの日々が走馬灯のように浮かんでいく。

 

 先輩を通して借りた学校のオーボエを初めて手にした時、思いのほか感覚が残っていた事に驚いた。

 むしろ今日まで苦心したのはリードの方だった。中学の時から贔屓にしてきた店のリードは、北宇治高校のオーボエと相性が悪い。思うような音が出ない。新しい相棒に合うリードを探すために、街じゅうを駆け回った。

 ようやく見つけたリードとオーボエを繋げたら、次は自分の息とリードをつなげる番だ。

 オーボエと自分の口を繋ぐ二枚のリード。その二枚のリードの隙間に適切な圧力のブレスを注ぐ。

 二枚のリードの間隔、そしてブレスの圧力。これは楽器の種類や奏者によって千差万別だ。個人差があるので顧問や講師の指導だけではどうにもならない。試行錯誤を繰り返して自分で見つけるしかないのだ。

 

 ……最後の旋律を吹き終え、大きな息を一つ吐く。

 視線を戻すと、三人とも目を白黒させている。お気に召さなかったのだろうか。

 

「……どうでした?」

 

 その言葉に、我に返ったのか口々に感想を言い出す

 

「凄い凄い! 中学の時よりうまくなってるよ!」

「なんだツマンない。ブランクもあったし、下手になってたら鼻で笑ってやろうと思ってたのに」

「……びっくり、いい音色」

 

 三者三様の反応。一応、好評が過半数を占めているのでよしとしよう。

 

「ま、いいわ。それじゃ蔵守、アンタの入部歓迎会するから何かお菓子買って来て」

 

 自分の入部歓迎会のはずなのに、何でパシられるんだろ?

 岡先輩のこういうところは、中学の時からまるで変わっていない。

 

「お代は……」

「あン?」

「……いえ、何でもないです。じゃがりこでいいですか?」

「アンタね、ビールのつまみじゃないんだから、もっとマシなお菓子買ってきなさいよ」

 

 なんでそこでビールとかつまみとかいう言葉が出てくるんだ。高校生のくせに……

 内心そんな事を思いながら、コンビニへと足早に駆け去った。

 

 


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