北宇治高校ダブルリードパートへようこそ   作:言巫女のつづら

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第28話 近づくオーボエ(ダブルリードパート2年・鎧塚みぞれ 視点)

 人気のない科学準備室。

 私は鏡の前に立ち、自分の長い髪を見つめた。今日は特別な日、変化の時。

 深呼吸をして、髪を手に集める。指先が首筋をかすめ、少し緊張が走る。ヘアゴムで髪を束ね、普通に高い位置で固定するのは芸がないので低めに、やや左寄せにしてみる。何度か試すうちに満足のいく形になった。

 

 

【挿絵表示】

*1

 

 ポニーテールなんていつ以来だろう。

 

 目立ちたい。そんな感情は子供の頃から薄くて、可愛く装う事はどこか怖くて、おとなしい髪形で居続けた。鏡の前でくるりと回って、横顔も確認した。揺れるポニーテールと露わになった首筋が、少し照れくさい。

 

「蔵守君も男の子だから、こういうのが好きなはず……だよね?」

 

 ふだんとはちがう私をみたら、蔵守君も驚いて気絶したりしないかな、さすがにそれはありえないか。でもどんな誉め言葉をかけてくれるか、期待するぐらいはいいよね……?

 

「……準備万端。ぬかりなし」

 

 私は少しだけ、ほんの少しだけ鼻息を荒くしつつ、科学準備室の扉に手をかける。

 

――ジキハズレダガ、ツギハオマエダーー

 

 ……? 何か聞こえた?

 

――コノチカクニイルノハマチガイナイ。モシオマエガミツケタラコノバショニ――

 

 

 

 

「ワン、ツー、スリー。ここでフラッグをトス」

 

 グラウンドでは二人が既に練習を始めていた。

 蔵守君が、川島さんの目の前でフラッグを振り回してから頭上にトスし、手を広げてキャッチする。そのまま腕を下ろしてフラッグの持ち手部分……ポールと地面の角度が45度になったところで、彼の動きが止まった。

 

「……とまあ、こんな感じにフラッグをキャッチする時は、必ず手のひらを開けて取ること。下手に(つか)みとろうとすると指とポールがぶつかって突き指することもあるからね」

「了解です!」

「それじゃ、俺の動きに続けてやってみて」

 

 蔵守君が手本をみせて、川島さんがその動きに合わせてフラッグを動かす。さすがに聖女出身だけあって筋がいい。一度目は硬さがあった動きも、二度三度と繰り返すうちに蔵守君とほとんど遜色がなくなった。

 

「驚いたな。川島さんは聖女でもカラーガードやっていたのかな?」

「やった事はありますけど、経験者だと胸を張って言えるほどじゃないですよ?」

「つまりブランクがあってもここまで出来ると言う事か。これじゃ、来年の今頃は俺が教えを乞う側になりそうだ」

「いえ、まだ全然です! 他に気をつけなくちゃいけない事ってありませんか?」

「そうだね……」

 

 蔵守君は、川島さんの飲み込みの速さに舌を巻き、そしてそれに胡坐をかかない貪欲な向上心に目を丸くしているようだった。

 

「頭で、考えすぎない事かな。次の動作はああで、その次はこう、そんな風に考えながら動いてると、どこかでぎこちなさが出てしまう。そういうのをやめて、直観のままに次の行動に移るんだ。最初はそのせいで間違う事も多いだろう。それを減らすには何度も反復練習して、体に覚え込ませていくんだ。そのうちに、自然とできるようになるよ。毎日ラジオ体操を続ければ、曲がなくとも頭にフレーズが浮かんで次の動作に移れるようにね」

 

 そのあたりは普段の部活で反復練習するのと同じで、蔵守君はさして特別な事を言っている訳ではなかった。ただ、堺さんを慰めた時もそうだけど、彼はその練習がどういう目的で行っているかを忘れない。そういう彼の資質は、奏者よりも指導者に向いているのかもしれない。

 

「……指導者と言えば、蔵守君には政治力みたいなものもある」

 

 もともと私とは対極に位置する社交的な人、という印象はあった。それが最近では、立場が人を作るとでも言うのだろうか。滝先生の舌禍を抑えたり、部員達のガス抜きをしたりと、先生とみんなの間を取り持とうとしているうちに、老獪さのようなものが見え隠れするようになってきている。

 それが顕著に表れたのは、彼のコンサートマスター就任だった。それまでのコンマスは鳥塚先輩で、先輩からしてみれば「貴方は不適任」と判断されてお役御免にされた上、その役目を引き継いだのは同級生ですらない後輩ときてる。二重に面目を潰された格好なのに「蔵守になら喜んでコンマスを任せられるよ」と、むしろ誰よりも積極的に彼のコンマス就任を後押しして周囲を困惑させていた。一体、水面下ではどういう裏工作があったんだろう。

 

 

 

 

「裏工作? そんなもんないよ」

 

 休憩時間になり、二人だけになったタイミングで事情を尋ねると、蔵守君はあっけらかんとした様子で答えた。

 

「ほんとう?」

「ほんとほんと。確かに、先輩達を差し置いてコンマスになっていいのかとは思ったよ? だから本決まりになる前に、鳥塚先輩にお詫びというか釈明に行ったけど、やった事といえばそれくらいかな」

 

 こういう事に関しては上司を全く当てにできないからね、と蔵守君は苦笑する。

 確かに、滝先生が親身にアフターケアをする姿というのは私も想像できない。私も他人の事は言えないけど、こと人間関係に関しては鈍感な人なので「どうしてそんな事をするんですか?」と本気で思っていそう。

 

「鳥塚先輩も初耳だったようで、俺も驚いたよ。コンマス交代の件は、どうも先輩の頭越しに進んでたみたいだ」

 

 蔵守君の説明でようやく事情を把握した先輩は当然の事ながら気分を害した。彼はそのあおりを受けて、いつも通り愚痴の聞き手にまわっていたらしい。

 

「ああ、そういえばその時、こんなやりとりもあったかな」

 

――全国を目指す以上、コンマスも今までのような肩書だけの役職とはいかなくなるでしょう。先輩の責任は一層重くなると考えた方がいいかもしれませんよ――

――お、おどさないでよう――

――先輩はただでさえ大所帯のクラのパートリーダーの負担が大きいんです。今回の件は、滝先生が先輩を軽んじているのではなく、先輩の重荷を減らそうという配慮ではないでしょうか――

――配慮ねえ、私には話を通してくれないのに?――

――せ、先生も教師と顧問の仕事で忙しくてうっかり忘れちゃっただけかと――

――はいはい、そういう事にしてあげましょ――

 

 それで鳥塚先輩も気が済んだらしい。現状のままだと負担は重くなるだけですよと言われれば、当事者なのに蚊帳(かや)の外にされた不快感さえ収まってしまえば話はそれで終わり。「普段からやってる事にようやく肩書きが追いついたってとこかな?」と先輩も納得してくれたそうだ。

 やはりコンマスの交代が円滑に済んだのは、彼の根回しがあった。本人は自覚ないみたいだけど。

 

「……蔵守君は頑張り過ぎ」

「そう? じゃあこの怪我の手当ては自分でしてくれる?」

「……最後までやって」

 

 蔵守君の反応は、期待通りではあった。

 スタンドミラーの前に身長順に並んで、フラッグの動きを合わせる練習では、鏡を確認しているように見せかけて私の後頭部をチラチラ覗いているのが丸わかり。彼の下手な芝居が面白くて、でも嬉しくて、ついつい口元が綻んでしまった。

 

 そんな浮かれた気持ちがいけなかった。

 頭上にトスしたフラッグをつかみ取ろうとしたその時。

 

――痛っ!――

 

 まさに彼が注意した通りの禁じ手を犯してしまい、フラッグを掴み損ねた私の指先がポールにぶつかってしまった。彼は慌てて保健室に飛んで行き、今こうして救急箱をがさごそやって湿布を取り出している。

 

「らしくないミスだったね、フラッグの取り方ど忘れしたの?」

「……そんなところ。集中を欠いてただけ」

「へぇ、鎧塚さんが集中を欠くなんて珍しいね。むしろ俺の方が集中できなかったんだけど」

 

 私の頭をチラチラ見ながら、蔵守君が湿布を手ごろな長さにカットする。

 もっとじっくり見てもいいのに。

 

「そのポニーテール、何かのイメチェン?」

「体動かすから、まとめてきた」

「思ったより普通の理由だった」

 

 さすがに蔵守君の気を引きたいから、とは言えない。

 

「でも似合ってて可愛いよ。それじゃ湿布巻くから指出して」

 

 私は蔵守君の言うがままにした。彼の指が肌と触れ合った瞬間、顔が熱くなる。褒められた事でも顔が熱くなる。

 蔵守君も顔が赤いけど、苦悶の色が抜け切れていない。恥ずかしさもあるかもしれないけど、大半は急いで救急箱持ってきたせいだろう。

 

「……そんなに急がなくてもよかったのに。美知恵先生に捕まらなかった?」

「あやうく捕まりかけた。でも場に居合わせた一年生に矛先が移ってくれたおかげで何とか逃げ切れたんだよ。「む? 何だお前ら、そのスカート丈は!」って感じで」

「そうなんだ」

 

 横顔にしかめっ面を浮かべて、ドスのきいた声色で美知恵先生を真似るのがとてもそれっぽいので、思わず微笑が漏れてしまった。

 

「美知恵先生は、相変わらず」

 

 公正だけど厳格でかたくるしそう。私が他人を批評するなんておこがましいと思うけど、それが美知恵先生の第一印象だった。化粧をしても隠し切れないのか、いつも目じりに皺を寄せて、鋭い眼光を相手にぶつけている。中年にありがちな肥満とは無縁な痩せた体躯も、本来なら行き届いた自己管理を表すはずなのに、相手を威圧する強い視線のせいで神経質さがより印象に残る。そして実際に先生と正対した新入生には、隈無(くまな)く校則チェックが入り、第一印象通りの先生だと認識することになる。これが去年の今頃も、校舎のあちらこちらで見られた北宇治の恒例行事だった。

 

「おかげでたまに鉢合わせするゾンミには逃げられてばっかりでもあるけど」

 

 ゾンミってなに。

 いや、誰の事か察しはつくけど。

 蔵守君と鉢合わせして、そこから逃げ出すシチュエーションに置かれている。そんな人物、人間関係に疎い私でもすぐに思いつく。

 

「……ゾンミって、希美のこと?」

「そうだよ。俺が視界に入るやいなや逃げ出して、追いかけたら校内を転々として、いよいよ追い詰められたら女子トイレに逃げこむあの傘木だ」

「そこまで追い続けるのもどうかと思う」

 

 蔵守君の脳内では、希美は大人気狩猟ゲームの顔役だったのに、エリア移動を繰り返してハンターから逃げまくる某飛竜のような扱いになっているみたい。そのうちペイント弾ぶつけられそう。

 女の子にそういうことしちゃいけない。いやそんなことはどうでもいい。それより。

 

「……蔵守君は、希美のことあだ名で呼ぶようになったんだ」

 

 なにか、嫌だった。去年からずっと一緒にいる私は相変わらず「鎧塚さん」なのに。

 

「そういうわけでもないけど。ただね、滝先生に意見書提出する時に、図書室のカウンターに使えそうな本を山積みにしてたのは見たでしょ。そのなかに」

「そのなかに?」

「『相手の動きを封じるには、いきなり突拍子もない言葉をぶつけて、混乱させるのがコツである』……と書いてる本があってコレだ!と思ったわけ」

 

 確かに混乱させられたけど。希美ではなく、私が。

 けが人の私を混乱させて、蔵守君は何がしたいの。

 

「まあそういう訳で、次はこの手で傘木を足止めしてみようかと」

「……私も、名前を呼び捨てにしていい」

「へ?」

 

 蔵守君の手が止まった。湿布を貼りかけた指先で、私の手を軽く押さえたまま。

 

「蔵守君と知り合ってもう一年になる。いつまでも「鎧塚さん」は他人行儀」

「いやでも、彼女でもない女子の名前を呼び捨てにするのは抵抗が」

「私は気にしない。希美や優子にだって呼び捨てにされてる」

「いやいや、女同士じゃん。俺男なんだけど」

「……確かに親以外の男性から名前を呼び捨てにされた事はない。蔵守君に私のはじめて、奪われちゃう」

 

 蔵守君の手が完全に止まった。止まったというか、固まった。

 

「え、あの、はじめてって」

「名前を呼び捨てにされるはじめて」

「あ、うん。そうだよね」

 

 なんだか蔵守君の顔が真っ赤になっている。何を想像したんだろう。

 

「でも急に呼び捨てって」

「希美の事はゾンミって呼ぼうとしてる」

「あれはあいつを捕まえる為の戦略的な意味合いが」

「なら私にも戦略的に呼び捨てして」

「(戦略的な呼び捨てってなんだろう……)じゃあ……みぞれ。これでいい?」

 

 みぞれ。

 その響きが私の心臓を直撃した。想像していたより数倍も破壊力があって、危うく湿布を貼られている手を引っ込めそうになる。

 

「……うん、それでいい」

 

 声が震えていないか心配になったけど、どうにか平静を装えた。たぶん。

 

「よかった。でも慣れるまで時間かかりそうだな」

 

 蔵守君はほっとした様子で湿布を貼り終える。彼の指が離れた瞬間、なぜか少し寂しくなった。

 

 ……。

 

 寂しいと言えば。

 

「……蔵守君」

「なに?」

「……希美はどうして、退部したこと、言ってくれなかったと思う?」

 

 私を見守る彼の表情に、困惑の色がありありと浮かぶ。このタイミングでそれを聞くのか?と言いたげだ。でも今の私は人生最大のアクセルを踏んでいるのだ。それならこのまま突っ走ってしまってもいいだろう。きっと。

 

「私は希美を友達と思ってる。……でも希美は私に一言もなく辞めた。きっと希美にとって、私は替えの利く友人Aくらいの扱い。悲しい」

「……それはホラ、よr……みぞれがコンクールメンバーだったから」

 

 退部したと伝える事自体が「一緒に辞めない?」という圧をかけ、コンクールに出場するかしないかで板挟みになるのを懸念したのだろう、と蔵守君は言う。

 

「賭けてもいいけど、細かいことに気が回らない希美からそんな思いやりは出てこない。だから多分違う」

 

「……ホントに仲良いのかこの二人」

「何か言った?」

「……何にも。友情は、相手を信じるところから始まるんだよ」

 

 一瞬、蔵守君がまるで神父のように見えた。

 

 

*1
AI生成。背景その他は適当です




1万字を超過したので、残りは明日か明後日に投稿します(多分)
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