※追記 誤字修正しました。御指摘ありがとうございます。
店を出てしばらく通路を歩いていると、人だかりができてにわかに騒がしくなった。奥の方を見てみると、どうやらアイドルが特設のステージでミニライブをやるらしい。
「アイドルの人気ってすごいですね。どこを見てもアイドルばかりで」
アイドルのことを話の種にしながらこの世界のことを振り返る。
この世界ではアイドルがとてもメジャーな職業である。テレビをつければどこもかしこもアイドル一色で、アイドルブームがあった昭和の時代にタイムスリップしてしまったかと錯覚したほどだ。この世界のアイドルたちは格闘技の重量別階級よろしくA〜Fでランク付けされている。この階級の多さからもアイドル人口の多さがうかがえるだろう。また、小学生の女子のなりたい職業ベスト3常連であり、男子の結婚したい女性の職業ランキングにおいては堅実な医者や公務員などを抑えて見事1位をとったことがつい先日ワイドショーで特集を組まれたほど注目度も高い。(男性はあまり職につかないので結婚したい女性の職業が聞かれる)
一体何故ここまでアイドルの人気が高いのかというと、単純明快である。「アイドルはうんちをしない」からだ。要は下品なことをしないのだ。アイドルは基本的に昔から清廉なイメージを売り物としている。そのため、街中やクラスの女子のように下ネタなどは一切言わないし、男の人をガン見したりはしない。みんなに笑顔を届ける明るく元気な女の子。そんな、男の子の思う理想の上品な女の子が現実化した存在こそがアイドルなのだ。アイドルがうんちをしなくなったのが先か、ファンがアイドルにうんちをしないことを望んだのが先かはわからない。しかし、現代においては世の男の子たちの理想を求める期待に応えることのできる女の子こそが人気者、真のアイドルになれる。そんなアイドルに憧れる男の子たちを見て、女の子は少しでも彼らの気を引くためにアイドルの真似をするようになる。その結果、清廉なイメージを目指すので、女の子のちょっと過激な行動や感情に制限がかかるようになり、男の子の身の安全を守ることにも繋がっている。世の中何がどこに影響を及ぼすかわからないものだ。
少し話が脱線してしまったが、アイドルが男の子だけでなく女の子にも人気なのにも理由がある。もちろん、お姫様のような可愛い衣装を着られることや理想の職業だから男の子と結婚できる可能性が高いことも挙げられるが、それよりも黒い理由がある。それはプロデューサーの存在だ。過去より幾人ものトップアイドルたちが生まれては消えてを繰り返してきた。表舞台に立つアイドルたちの裏にはプロデューサーが存在する。プロデュースという過程がなければ仕事という結果は生まれないのだ。さて、そんな重要な存在であるプロデューサーだが、何故かプロデューサー業界は男性が多く、トップアイドルのプロデューサーにはさらに男性が多いのだ。例えば、いま人気絶頂を誇る如月千早や星井美希などが所属する765プロ。ここプロデューサーも赤羽Pと呼ばれる男性である。この事務所はついこの間まで吹けば飛ぶような弱小プロダクションだったが、そこに颯爽と現れたのが赤羽プロデューサーである。彼は甘いフェイスと誠実な人柄でアイドルたちを率いて、見事トップアイドルにまで導いたのだ。ここでミソとなるのが彼の甘いフェイスだ。弱小プロダクションのアイドルたちが一年やそこらでトップアイドルになれるのかという話なのだが、そこで湧いてくるのが赤羽Pの枕営業説だ。男に飢えた女性が多い社会において彼の甘いフェイスは殺戮兵器となりうる。きっとその身体でいくつもの仕事を勝ち取ったに違いない。そんな噂が巷で流れている。まあ、多分にそうだったらいいなというエロい願望も含まれているのだろうが……。プロデューサー達がテレビ局のおばさん相手にできるのなら自分たちもおこぼれに預かれるかもしれない、そんな願望が彼女らをアイドルへと突き動かすのだ。(実際、過去には自分がプロデュースしたアイドルの一人と結婚した男性も実在する)
「悠貴にーさんもアイドルに興味があるでごぜーますか?」
「いや、あんだけたくさんいると競争がすごそうだなぁって思って。でも、たしかに楽しそうだね」
「もしそうなったら仁奈が先輩になるですねー」
「仁奈ちゃんアイドルだったの?たしかに可愛いからぴったりだね〜」
「うぇえ!?そ、そういうことをいきなりいうのは反則でごぜーますよ、悠貴にーさん」
照れて真っ赤になった仁奈ちゃんの頭を撫でながら話を聞くと、市原さんが仕事で構ってあげられない分の時間を埋めるためと友達を作る新たな機会になればいいと始めさせたんだとか。仁奈ちゃんも色々なことに挑戦したり、新しい友達ができることが楽しいらしい。しかし、仕事はアイドルというよりはランドセルの広告などの小学生モデルとしての方が多いらしい。将来有望そうだし、今のうちにサインでも貰っておこうかな……いや、たしかに可愛いですけど、それはまだ気が早過ぎますって。だから婚約指輪を買うためにジュエリーショップに連れて行こうとしないでください‼︎ちょっと、仁奈ちゃんも一緒になって手を引っ張らないで!……あ、いえいえ、大丈夫です。知り合いなんで警察は呼ばなくて大丈夫です、はい。ほら、二人とも大ごとになる前に落ち着いてください。このままだと警察呼ばれますよ。
「もう、市原さんも親バカが過ぎますよ。いくらなんでも急ぎすぎです、仁奈ちゃんがもっと大人になってからですよ、そういう話は」
「ええ、そうね焦り過ぎたわ。いまはまだそこまですべきではないわね。」
「にーさんは仁奈と結婚するのは嫌でごぜーますか?」
そう言って仁奈ちゃんは目に涙を浮かべる。
「いや、そういうわけじゃないよ⁉︎ただ、結婚するにはまだ早いかなぁ〜って。ほら、まだ知り合って間もないし、結婚できる年齢にもなってないでしょ⁉︎」
「じゃあ、仁奈が大人になったら結婚してくれるって約束してくれますか?」
「えぇっ!?それは…ちょっとぉ「やっぱり、だめでごぜーますかぁ……?」わかった!大丈夫だから!結婚考えるから!だから泣かないで仁奈ちゃん!」
「約束でごぜーますよ!破ったら針千本飲ませるでごぜーますからね!」
そう言って喜ぶ仁奈ちゃん。この子、アイドルじゃなくて女優目指した方がいいんじゃないかな……
そんな会話をしていると、また周囲の人がにわかに騒がしくなった。今度はシャッター音まで聞こえる。
「はいはい、どいてどいて。あ、写真はだめよ。本人が嫌がってるでしょ?撮った人はデータ消さないと逮捕するわよ?」そう言って小柄な婦警さんがモーゼの十戒よろしく道を割ってやってきた。そしてその後ろには
「あ、握野さん」
私服姿の握野さんがいた。
「なんだ、市原さんと逢坂くんだったのか」
「あら、知り合い?」
小柄な婦警さんが握野さんに聞く。
ちょうど3時を回り、小腹が空いたので5人で人目につきにくい個室のあるカフェに移動した。(個室だったり間仕切りだったりで人目を阻む構造がいろんなお店にあるのはやはり人目を気にする男の子のためなのだろうか)
「……というわけだったんです」
さっきの騒ぎを聞きつけてやってきた握野さんと婦警の片桐さんに事の始まりを説明する。
「あっはっは、なんだそんな事だったの」
片桐さんは豪快に笑う。前の世界にいたら快活な体育会系の男の人みたいな感じだろうか。
「はたから見たら事案ものですから今度から気をつけてくださいね。そういえば、小さい頃は早苗さんもよく強引に手を引っ張ってきて、一緒に風呂に入ろうとしてましたよね」
後半の方はぼやくようにいう握野さん。
「結局諦めてあんたが入っているところに突撃したやつね。あの頃はまだわたしも若かったわ……」
「二人は幼馴染なんですか?」
なんだかあまりにも二人の作り出す空気が熟年夫婦のそれに近いので、カップルとかよりもそっちの方かなと思い、聞いてみた。
「そうだよ。小さい頃から一緒だな。こんな身長してるから、よくいろんな女の人に目をつけられて、その度に守って貰ってたな。そのせいで今でも頭が上がらないんだ」
「懐かしいわね、しょっちゅうあんたに言い寄ってた女どもを投げてたっけ。いい乱取りの練習になったわ」
「そうそう、でもそのせいで学生時代は女の子が寄り付かなくなって、青春とは程遠い灰色の学生生活を送ってたな」
「あら、あたしがいたじゃない。それに不満でもあるの?」
握野さんはそう言われて言葉に詰まる。そんな夫婦漫才みたいなやり取りを聞いていると仁奈ちゃんが爆弾を放り込んできた。
「二人は結婚してやがるわけじゃねーでごぜーますか?」
「そうね、お姉さんとしては結婚したいんだけど、中々近くにいる男の人には気づいてもらえないのよ。困ったわ」
「仁奈はさっき悠貴にーさんと婚約したでごぜーますよ」
「あらあら、羨ましいわねぇ。わたしも早く白馬の王子様が来ないかしら。あ、やっぱり似合いそうにないから白馬はいいわ」
そんなことを言いながら握野さんをちらりと見る。またも言葉に詰まる握野さん。
「早苗さんは制服ですけど、お仕事の方は大丈夫なんですか?」
握野さんに助け舟を出すべく、気になっていたことを聞いてみる。
「いいのよ、今英雄の隣にいることが仕事みたいなもんだし」
「いまは護衛官っていう新しいシステムの実験稼働中なんだ」
それに乗っかるように握野さんがここぞとばかりに口を開き、教えてくれる。男性が一人で出かけるのは危ない。しかし、いつまでも家族と一緒に出かけるというわけにもいかない。そこで考案されたのがこの護衛官である。男性が出かけるときに警察の試験をパスした警察官を護衛につけるというものである。これが施行されれば男性の外出頻度が増えることによる運動不足の解消や健康の増進などに期待がかかっているとか。警察の制服というものは存在するだけで女性の行動の抑止につながるらしい。握野さんはナンパされる回数がかなり減ったと嬉しそうにいう。
あれ?さっきは恋愛できなかったことを悔やんでたみたいなこと言ってたのに、言っていることが違くないですか?もしかしてもう身近にいい人でもいるんですか?あー、そうですかそうですか。すみませーん、ブラックコーヒー追加でお願いします。
その後、二人と別れて帰路に着いた。今日は市原さんの車で来ていたのだが、仁奈ちゃんははしゃぎ過ぎて疲れたのかシートに座るとすぐに寝てしまった。
「今日はちょっとはしゃぎ過ぎてしまった気もするけど、どうだった?」
「楽しかったです。誰かと一緒に買い物に行くなんて久しぶりでしたし」
「ならよかったわ。これからもたまに仁奈と仲良くしてくれると嬉しいのだけれど、仁奈もアイドルの仕事がない日は学校から帰ってくるとほとんど1人で寂しいでしょうし」
「もちろんですよ。僕だって知り合いはほとんどいないですし、仁奈ちゃんと一緒にいると楽しいですよ。僕だって家にいる時1人だし……」
「そう、じゃあ、これからも末長く仲良くしてね」
「はい!」
なんかちょっと引っかかる部分もあったが気にしないでおく。
その日の晩御飯は市原家でご馳走になり、帰ろうとしたら仁奈ちゃんに一緒に寝て欲しいとぐずられるなどいろいろあったが楽しい1日だった。もうじき始まる中学校にうまく適応できるか、不安もあるが二度目の中学校生活は楽しみでもある。こうなったらモラトリアムを極限まで謳歌したいものだ。ちなみに、仁奈ちゃんは着ぐるみがモコモコしていて、いい匂いがして温かくて抱き心地が良かったです。