『何かしら? 可能な限り応えるけれど』
「……そうね。優曇華が同行するのであれば、彼女の永遠亭からの外出の許可を下そうかしら」
「本当、ですか……?」
「えぇ」
一度妖夢を病室に送った後、私は師匠に件のことを頼みに来ていた。相変わらず師匠の部屋には色々な薬品が置いてあるけれど、どれもきっと妖夢には効かない。勝手にそんなことを思ってまた心の中に暗い雲を作ってしまう。
師匠はそんな私を見て目を細めた。
「……優曇華」
「は、はい」
「いつまでそんな顔をしているの?」
それは、私の心に突き刺さる言葉だった。いや、本当は何てことの無い言葉なのかもしれないのに。それは冷たい、氷の刃の様に私の心に突き刺さり、それでも抉る様にかき回されることもなく、刺さったまま止まる。
「すいません……」
「確かに辛いでしょう。今すぐにでも逃げ出したいでしょう。だけれども、貴方はいつまでそうやって目を背け続ける気なの?」
「そんなつもりは……」
「貴方と一緒に外に出る許可は下した。けれど、肝心の貴方がいつまでもその様子だと流石に二人だけでとはいかないわよ」
師匠はその瞳も冷たく、ただじっと私を見詰める。今すぐにでも逃げ出したくなるような、そんな威圧感がある。思わず一歩下がってしまった私を、師匠は更にキッと見詰める。
「……すいません、師匠」
「謝罪を求めている訳ではないの。ただ、今の貴方にはとても非常事態に対応できるとは思えない。そう、忘れた訳ではないでしょう? 彼女が記憶を失った原因」
「……それは」
「今の妖夢は満足に動けない。そして、もう一度他の妖怪に襲われないとも限らない。貴方に任せると言うことは、まさにそんな奴等に襲われた時に彼女を守る義務を担ってもらうことなの。それが、今の貴方に出来るの?」
その問いに私は答えられなかった。
私は、そんなことをしたい訳じゃない。守るとか、その義務を負うとか、そんなことを理解している訳じゃない。ただ私は、妖夢との時間が欲しいだけなのに。強くなれなくても良くて、ただ彼女の傍に居たいだけなのに。
分かって無い訳じゃない。師匠は妖夢を診る立場、彼女の行動全てを仕切るのは今師匠であり、もし何かあればその責任は師匠にある。つまりは、師匠は妖夢を安全に過ごさせる義務があるのだ。
何で、ただ一緒に、私は妖夢と一緒に居たいだけなのに。
どうして、守るとか考えないといけないのだろうか。
どうして、師匠に振り回されないといけないのか。
瞬時にこんなことを考えた自分が情けなかった。だけど、私はそれ以上余裕が無くて、思わず呟いていた。
「何でそんなことしないといけないんですか」
それを師匠が聞き逃す筈もない。その視線は更に冷たく、私を刺す。
「……それなら、彼女の付き添いはてゐにでも頼むわよ」
「嫌です」
「なら、貴方達二人にてゐも同伴してもらう?」
「……嫌です。二人で行きます」
「……そう。ならこれ以上は何も言わない」
少し師匠の頬が緩んだ。兎に角、話は終わったので、これ以上ここに留まる理由は無い。
私は一礼し、後ろ手に扉を開けた。そしてふと思い出して師匠に言った。
「あ、その……いつものお薬をいただけないでしょうか……?」
「精神安定剤のこと?」
「はい……」
「ダメよ」
「そう、ですか……」
それは何となく分かっていた。それでも少し残念に思った私は今度こそ部屋を出る。薬に頼らないと何もできない様では、ダメだよねぇ。
「優曇華」
「……なんですか」
「……元気を出せとは言わない。だけど、私はいつでもここに居るわ。忘れないで。もう一度貴方が心から笑う姿を見たい者も、少なからずこの世には居ると言うことを」
はい、とだけ小さく答えた。
私は最後に本心から笑ったのはいつなのか、もう思い出せなくなっている。そんな私にかかる期待があることに、とても申し訳なかった。
何なんだろう、私って。もう、分かんないや。