「はぁ……いい加減、復活なんかしない、わよね……」
無我夢中だった。持てる限りの手段を駆使し、今度こそ誰の前にも現れないように、何度も何度も弾を撃ちこみ、認識を惑わし、そして消え去るのを見届けた。それは思っていたよりも呆気なくて、全て消えた後の私の荒い息が何だか虚しかった。
こんなにも、簡単だったのか。
私が怖じ気付くこともなければ、私はあの時に妖夢の記憶が消える様な惨事を起こすこともなかったのだ。
「あ、あの……」
「……はぁ」
「あのっ!!」
戦闘で荒れた地面。その真ん中で立ち尽くす私に妖夢が声を掛けた。
「その……お力になれず、申し訳ありません……」
「いいのよ。妖夢だけは、守りたかった。危険な目には合わせたくなかったもの」
「だとしても、ですよ……それが理由で、貴方が死んでしまっても構わない理由にはなりません。今のあの、訳の分からない牛車がどれだけ危険だったのかなんて知りません。いえ、知っている気はするのですが、覚えていません。それでも、仮にとても危険な存在で、貴方の命を脅かす存在だったなら、構わず二人で逃げていれば、二人で協力して戦えば、それこそ良かったではないですか。それなのに……」
「いいの。気にしないで」
あの時の私はもう何処にも居ない筈だけど、それでも私は私。自分の心さえ、今はもうコントロールできていないのかしら。誰かの世界を狂わせることはできるのに、足元はボロボロと崩れている。それに気付かなかった。結局、砂上の楼閣に満足していただけなのだろうか。
「……あの」
「どうしたのよ」
「ありがとうございました。それで何処か、怪我をしたりとかは」
「大丈夫よ。大丈夫だから」
心配そうに聞いてくる。私はただ、穏やかに微笑むのが精いっぱいで、情けなくて、笑って欲しくて、切なくて。
そうだ、早く星を見に行かないと。目的を忘れてしまってはどうしようもない。
だから私は妖夢の手を掴んだ。
その手を、更に妖夢が包み込む様に握った。少しだけ冷たい手で、握ってくれた。
「……私の手を引いて、行こうとしないでください」
「えっ……?」
「……貴方は、こんな私を……こんな、貴方のことを何一つとして覚えていなかった私を、ずっとずっと導いてくれました。だけど……もう、そうやってもがく貴方を見たくありません」
「そんな、導いていただなんて……大袈裟よ。私は結局何もできていないもの」
「そんな主観的に自分を妥協する。そんな姿を、誰が望むというのですか……!!」
「……分かっているわよ。自分に自信を持っている訳でもない、ただ幸せだった遠い昔に思いを馳せて、二度と帰って来ることはない過去に近付こうともせず、前を中途半端に向いて、誰かに背中を押された時だけやる気を出す。私がそんな存在だって、誰が見てもわかるじゃない。誰も望んでいないと知っていても、それ以上は望めないなんてこと、何よりもわかりきっていることじゃないのよ!!」
引っ張られた。
そして、抱き締められた。
あぁ、初めての感触なのに。
こんなに、懐かしく感じるのはどうしてなのかな。
「だったら……大丈夫なんて、言わないでくださいよ……」
「……それ以外に何か言える程、強くないもの」
「なら、私が貴方を支えます。他に貴方の隣に立つべきだった誰かの代わりに、私が」
「妖夢……」
「だからもう、もがかないでください。私が、導になりますから。私は、ずっと、もう、貴方のことを……鈴仙さんのことを、忘れたりはしませんから……だから、だから……!!」
体が離れる。感極まったのだろうか、妖夢の頬を涙が伝った。それを拭うこともなく、ただ私の手を握り続け、私のことをじっと見つめてくる。
川が流れる音がした。
「どうして、貴方が泣いているのよ」
「……やっと、言いたいことを伝えられたなって、そう思うと心が軽くなって……」
「変わらないわね」
「……やはり、鈴仙さんは嘗て私と出会ったことがあったのですね。今の私が知らない、もっと昔に」
「出会っただけで終わらなかったのよ。約束を果たす前に、貴方の隣に立てずに失ったの。そして、約束も……果たせなかった」
「約束、ですか」
「ねぇ、代わりに……いえ、今度こそ、その約束を果たしてもらえないかしら」
私は言った。何てことの無い一言だけれど、それはきっと、この過ごしてきた日々に決着をつける、とても大事な一言。
星を見に行こうと提案されたのが、もうとても前のことだと感じる。
それは全て、私の弱さと理不尽に奪われた。
それから私は私を見失い、不安定な足場の上でフラフラと、ただ情けなく彷徨っていた。
そして今日、師匠やてゐ、姫様に言葉をいただいた。
理不尽に勝ってしまったことがまた何かを壊しかけたけれど、それでもそれは私の軸になったに違いない。
そして今、
妖夢は首を縦に振った。
「その約束、今の私は覚えてすらいませんが、それでも貴方となら、鈴仙さんとなら何だって叶えられます。私はもう、何も忘れません。貴方のことだけはもう、忘れたくありませんから……!!」
「ありがとう、妖夢」
私はもう手を引かない。
妖夢は自然と、そんな私の隣に立った。
今やっと、離れ、遠ざかっていた距離がまた、一層近くなった。そんな気がした。
「一緒に、星空を見に行きましょうか」
もう大丈夫だ。強がりでも何でもない、心の底からの自信を持った言葉。
貴方が何も覚えていなくても、それでも構わない。これから先、隣に居てくれるのなら、それだけで良かったんだ。
恋し、愛し、縋った彼女は何も変わることなく傍に居た。ずっと近くでずっと見てきた。
何かを変えてしまったのは私の心で、それがずっと邪魔をして、距離をまた縮めることを拒んだ。
知らないことに恐怖してずっと逃げ続けていただけで、
いざ触れてみると、こんなにも温かい。
それでも、嘗ての妖夢がまた別で居るのなら、私は今彼女に伝えたい。
妖夢に出会えたこと、それは間違いなく、この世界に生まれ生きて果てていく、その過程の中で最高の幸せなのだ、と。
この恋情はまだ完全には開花していないかもしれないけれど、もう誤魔化したりなんかはしない。
あぁ、きっと、星の綺麗な場所は近い。
貴方となら、その星空は、夢物語のように美しいのだろう。
『約束』完結いたしました!!
まさか連載するだなんて、一話目の時は思っていませんでしたが、こうして終わってみるとやはり書いて良かったなと思います。
自分に自信が無い時、ふとしたことでやる気になったり、それが直ぐに崩壊したり。こんな僕が言うのも説得力に欠けますが、心は強いものではないのです。
だけど、そんな心を支えられる誰かが居るのなら、それは何よりも誰よりも大切にしなければならないでしょう。
まぁ、長々と臭いこと語るのも恥ずかしいので、後書きはこの辺りで
これまで読んでくださった全ての皆様、本当にありがとうございました!!
またいつか、何処かでお会いしましょう!!