ご注文はチョットした人生のやり直し?ですか?   作:IS提督

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 先に記載させて頂きます。
 この小説は、未成年の喫煙を勧める物ではありません。
 物語中に喫煙する人物(未成年)が出てきますが、決して未成年の方々は喫をしない様にお願い致します。
 未成年の飲酒、喫煙は、法律により禁止されています。
 


第52話

第52話

 

シートにもたれ掛かっていた正一の背中が、一瞬ではあるがシートから浮くような感覚を覚えた。

「到着致しました」

 

リムジンを運転していた男が、車内灯を一段階明るくしてココア達に声を掛けた。

男の外見はパッと見た感じ執事が着る様なスーツを着ていて、目元は優しく、しかし何処か厳しい目をしている。歳は60~65歳くらいの適度に髭を生やした男。

歳のせいか、髭の7割近くが白色の髭。その黒髭の間に適度に散っている白髭の配色のおかげで、綺麗な灰色......ダンディな雰囲気を醸し出していた。

良い歳の取り方をしているといった印象を受ける。そんな男であった。

男はすかさず車から降りると、正一達が乗っている席のドアを開けた。一切の無駄の無い洗礼された動き。車から降りてドアを開けただけであったが、正一にはその洗礼された動きを見てその人物が、執事としての......その道のプロフェッショナルだと尊敬の念を抱いた。

 こう言っては何だが正一自身、執事やら金持ちに仕えている使用人達に何ら理解も無ければ興味もない。自身の関係の無い分野だ。と関心を持つことがなかった。しかし、この中年の男は違った。

今の動きには長年培った技術が詰まっていると正一は感じたのだ。

 

「ありがとうございました」

 

ココアとチノがリムジンを降りると同時に、運転手に対して礼を述べる。正一も、ココア達の後にリムジンを降りようとした時に運転手によって降りる事を止められた。

 

「田中様、少しばかりお時間よろしいでしょうか?」

 

正一は、何故? と思いながらも運転手の要求に答える事にした。夜もそこそこに遅く、若干の眠たさが正一を手招いていたが、運転手から放たれる何とも言えない雰囲気......何か大事な用があるやも知れない。

 

......しかし、出会って間も無い俺に一体なんの用が?

 

「お時間は余り取りません」

 

しまった......。不満が顔に出てしまっていたか?

 

しかし、正一の考えた事を確認する間もなく、運転手はそう言うとリムジンの車内に入り、先程までココアとチノが座っていた側のシートに腰を掛けた。

外からは「正ちゃん?」と言ったココアの声が聞こえた気がしたが、ドアのバンッという閉鎖音にかき消された所為で、実際にココアが正一の事を呼んだのかは定かでは無い。

 

「要件をお話します」

 

ドアの外に向いていた正一の意識は、運転手の声を聞いた途端に車内に戻った。

車内灯によって照らされている運転手の顔は、先程まであった目元の優しさが消えた代わりに、何か複雑な感情を抱いて居る様な顔付きであった。

何か心配をしている様な......。何かを案じているような......。この運転手に関しては正一は何か心配事を掛けるような事は一切無い。しかし、運転手は正一に対して明らかに心配をしている様な雰囲気......態度を示していた。

 

「旦那様から、コレを返すように言われました」

 

白色の薄い手袋を付けたまま、運転手は自身の上着の内ポケットに左手を入れる。フゥと少し重めの息を付くと、少しゆっくりとした動作で少し小さめの四角く柔らかい箱と、その箱よりも3周りも4周りも小さい箱の両方を取り出すと正一の前に出した。

「コレは......。」

 

その箱に正一は見覚えがあった。それもその筈だ。数日前にリゼに没収......預けたフランスを代表していると言っても過言ではない黒煙草《ゴロワーズ・ブリュンヌ》。

 

「お嬢様が、貴方からこの煙草を預けた日の内に、貴方の言葉の通りこの煙草を旦那様に渡したのです」

「......」

 

リゼがこの煙草を、手々座に渡した事は容易に想像が着いていた。

今回の食事会は、俺が前回にリゼに話した事を手々座に話さなかったら誘われなかったからである。

 

「旦那様からは『俺の予想通りなら、アイツにはコレが必要だ』......との事でしたが」

 

正一は運転手が差し出した物を受け取ろうと手を伸ばしたが、出していた腕を上げ、正一が受け取る事を拒んだ。

「あ」と声を上げる運転手。どうやら無意識的に、正一に煙草を渡す事を拒んばのだろう

未成年の喫煙は、150年後の今でも変わらず禁止されている。煙草は身体に悪い。

大人として、禁止されている喫煙を大人が公認し、助長する事を運転手自身は許せない事なのであろう。

 

「優しいですね」

そう言いながら正一は、運転手が1度渡す事を拒んば煙草を受け取る。

今度は拒むこと無く、正一の手の元に運転手が握っていた物が渡った。

正一の言葉に何処かやるせない表情をしたと同時に、運転手は合わせていた目を逸らす。

 

「優しいのであれば、旦那様に煙草を突き返していますよ......」

 

呟く様に放たれた言葉は細く、今にも消えそうな震えた声。大人としての責任が運転手を推し潰そうとしていた。

そのか弱い声を正一は確りと聞いていた。聞いていた上で、彼は受け取った物を自身のズボンのポケットに詰めた。

 

コレは一種の覚悟だ......。友達を......友達を守る為ならば、俺は普通に生きて行くことを辞める事辞さない......。

辞める事を辞さない? いや......もしかしたら最初から普通に生きて行くことを諦めていたのかな......。

 

そう思いながら正一はドアを開け、リムジンから降りた。正一が降りると同時に、運転手も後部座席から降りた。

車外には誰も居らず、リムジンのハザード音だけが聞こえる。

正一と同時に降りた運転手は、戻るべき職場に帰る為に運転席のドアを開けた。

 

「それと......。コレは私からです」

 

正一が別れの挨拶を口に出そうとした瞬間に、運転手がアルミ製の小さい円柱状の筒を彼に渡した。

月明かりに照らし、それが携帯灰皿とわかった頃には運転手は座席に座り、エンジンに火を入れていた。

正一は急ぎ足で運転席に向かうと、コンコンと二回程窓ガラスをノックした。少し高めのモーター音と共に下へ動く窓ガラス。窓ガラスが全て下がりきった後に、正一は今夜の事全てに礼を述べる。

 

「気にしないで下さい。あなた方はお嬢様の大事な友人ですので......」

 

在り来りな、テンプレートとも取れる言葉を正一に掛けると同時に、心配そうな視線を正一に向け、言葉を続ける。

 

「敢えて私からは何も言う事が出来ません。......しかし、貴方が悲しめば他に悲しむ人が居る事を忘れずに。......ホンの少しの間しか時間を過ごす事しか出来ませんでしたが、私にはそれが分かりました。それでは、また何かありましたら」

 

そう言うと運転手は窓ガラスを閉め、緩やかに車を発信させた。

 

車のエンジン音が聞こえなくなった後に正一は先程、運転手から受け取った煙草のソフトパックの銀色のフィルムの片方を破り、フィルターの付いていない両切り煙草を咥える。そして煙草のパックよりも、3周りも4周りも小さい箱からマッチ棒を取り出し、マッチ棒を擦った。

ジュボッと景気の良い音を立てると同時にオレンジ色の灯りがマッチ棒の先端に灯る。

その灯りを口に咥えている煙草の先端に火を点け、マッチ棒を振り灯りを消した後に携帯灰皿に入れる。

......ゆっくりと穏やかに口内に煙草の煙を流し込み、鼻6割、口4割の割合で煙を吐き出す。

黒煙草特有の香りが正一を包み込む。土の様な、はたまた鰹節の様な香りが正一を包む。再度ゆっくりと口内に煙を導き、煙を肺に入れること無く鼻と口から煙を吐いた。

肺には決して入れずに......。




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