「はじめまして、と言った方がいいかね?」
シャルロット……トゥーレに案内された一室はまるで科学室に私室を組み合わせたようなミスマッチなもので、その中で声をかけてきた長身痩躯の男性に私達は少し首を傾げる。
「えっと、アンタがジェイル・スカリエッティ……で、良いのよね?」
「いかにも。私が無限の欲望の体現者、ジェイル・スカリエッティに他ならない。もっとも、暫くすれば私は隠居するつもりだがね」
「隠居?」
「なに、二代目に後を次がせるというだけさ」
そこからスカリエッティが話した事はまるで夢物語かと言いたいような出来事だった。
彼の弟子である束博士との出会い、ISの設計、あのフェイトさんと義理の親子だということ、そして一夏との出会い。
「正直言うとね、私は最初一夏君を助けたときは、私自身ここまで変化するなんて予想もしてなかった。彼は運命を変える力でも持っているのかと、何度も思った」
「それは……けど、なんで一夏はあなたと一緒に居るのよ?幾らアンタが命の恩人だからって言っても、あの一夏が悪の片棒を担ぐなんて」
「……まぁ、そうだろうね」
小さく呟いたスカリエッティの表情は何処か物悲しく、ここではない何処かを見ているようなものだった。
「さて、話は変わるが……君達が言っていたそのギャラルホルンだったか?それは確か平行世界で起きている明らかな異常を関知することで、時空間の壁を無視して移動できるという代物だったな」
「えっと、だいたいそういうものだと姉さん……あっちの世界の姉さんが言っていたが」
「しかも1度移動したことのある平行世界なら何度でも、その異常を解決したとしても移動することができる、と?」
「だいたい合ってますよ」
箒とマドカの問にスカリエッティは何処か悩む素振りを見せると、すぐに此方へ向き直り、
「悪いことは言わない。君達はすぐに此方の世界から出ていき、二度と来てはいけない」
「な!?」
その言葉に絶句した。二度と来るなと言われ、ハイそうですか、とは言えるわけがないが、そうしろと言うスカリエッティの表情は本気だった。
「まず第一に、我々は管理局と敵対している。もし君達が我々と協力していることが管理局にバレれば、私達にも君達にも相応のデメリットが出てくる」
「デメリット……」
「そうだな……例えばその平行世界の異常とやらが管理局と共に対処するしか解決する手段がない場合、私達と共に行動していたということがバレれば、それだけ対応が難しくなる。逆に私達はそこから足がついてアジトがバレるかもしれない」
確かに、この世界はどうやら一夏やなのはさん達が言っていたミッドの歴史とほぼ同一で、クローン兵という特殊な第三勢力こそ居るけど、それでも管理局は健在だという話だ。
「そしてもう一つ……といってもこれはうちのエース、一夏君に関係あるデメリットだ。はっきり言おう、これ以上君達と共に行動すれば
「壊れるだと!?」
「どういうこと!!」
箒とマドカが憤慨して問い詰める中、私は何となくだがそれが分かってしまった。
「……一つ聞かせなさい、スカリエッティ」
「ふむ、なんだろうか」
「一夏は多分何かの目的があってアンタと行動してる、もしくはアンタじゃないと達成できない目的のために行動してる……そうじゃないの?」
「……そう思い至った理由は?」
スカリエッティの鋭い視線に若干動揺しながらも、それを見せることなく私は話す。
「まず一夏が私達の知っている一夏と本質が同じなら、自分から悪事を働く人間と共に行動するはずがない。それに最初にこの世界の一夏と会ったとき、私の顔を見て激しく動揺してた。弾と数馬、そしてリインフォースも」
同じ理由で箒も対象になるが、一夏のあの辛辣な言葉からして、その理由に箒は直接は関係ない。同様に殆ど忘れられていたマドカも関係ない。つまり、
「この世界の一夏と私……凰鈴音の関係は分からないけど、恐らく恋人関係。けど、過去に私の身に何かがあったから、アンタ……ジェイル・スカリエッティと協力関係を結んでいる。違う?」
直感で思ったこと、そして感じたことを纏めて話したそれに、スカリエッティはため息を一つついて答えた。
「……付いて来たまえ、あまりに酷だから言わずに済めば良かったが、分かってしまったのなら知らないというにもいかんからな」
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「平行世界……か……」
俺は一人訓練フィールドにやって来ると、小さな声でそう呟いた。
正直言えば、平行世界の彼女達と……特に今は寝ている鈴と、俺の罪の象徴である箒が居たことから予想はしていた。
この世界と違うのだから鈴がISやデバイスを持っていても不思議ではないのに、心の何処かで自分自身を否定されたような、そんな冷たい感覚が腕に覚える。
「……けど、そうだよな」
あの日、あの狂った鈴の母が言っていた事、鈴のIS適正の高さから自分の手の届かない所へ行ってしまうのはある意味当然だったかもしれない。
もしあの時刺されたのが俺だったなら、鈴は俺の事を助けようとしてくれたのか、聞きたい言葉は山ほどある、けど、
「……鈴、
出来るのなら彼女に叱られたい、彼女の側で泣き出したい、あの雪の日に言ってくれた彼女の優しさをまたこの身で受けたい。
けど、それは全て叶わない。俺は彼女を助けるためと手を汚してしまった、狂ってしまった、もし彼女を助けられたとして、自分自身が彼女と会って良い人物なのか……。
「くそ……」
自分自身に吹き出した、溢れた感情に舌打ちし、俺はフィールドを起動して仮想敵……クローン兵とガジェットの混成部隊をフィールドに出現させる。
「ッラァ!!」
デバイスを展開し、まるで狂ったように敵へ突っ込む。まるで全てを忘れたい、そんなひび割れた心の硝子に鞭打つような行為を、俺自身がそうするしかないと諦観に包まれながら。
―――――――――――――――――――――――――――
「何よ……これ」
スカリエッティに連れてこられた部屋の一室、厳重な防壁と魔力を無力化する特殊な結界が何重にも張られた薄暗いその部屋にあったのは、特殊なシリンダー状の機械だった。
その中には緑色の液体と、そして、様々なチューブに繋がれた私が入っていたことに、私は驚きを隠せず声に出していた。
「……これが、彼が私に頼んだ一つの願いだ」
「願いって……」
「……彼はこう言った、自分自身を捨て駒にしても構わない、その代わりに自身の大切な人を助けてくれ、と」
大切な人……つまり一夏は平行世界の私を助けるために……
「……なんでよ」
「鈴……」
「馬鹿一夏、自分よりも私の事なんて……そんなの私が喜ぶわけ無いでしょ!!」
叫ぶように発したその言葉に、周りが一瞬の静寂に包まれる。
「……彼はこうも言っていた、彼女は自分のもう一人の恩人だった、と」
「恩人……」
マドカの繰り返す問にスカリエッティは小さく頷く。
「確かに私は彼の命を救った。けど、彼の心までは助けることができなかった。いや、正確に言えば、この世界の彼女によって救われていた」
そこから語られた言葉は先程の言葉よりもさらに深く、絶句を通り越して絶望した。言われなき誹謗中傷、女尊男卑による迫害、そして、目の前で唯一常に自分の隣に居てくれた恋人を目の前で傷つけられ、二度と目を覚ますことはないだろうと告げられたときの絶望感。
「そんな……」
「酷すぎる……」
「幾らなんでも、これじゃあ心が壊れるよ……」
「……弾と数馬の二人も言っていた、あの時の一夏君は正しく
「「「……」」」
言葉を発することすら出来なかった。一夏は……平行世界の彼の心は既に砕けて散ってしまって居たのだ。心中を察しろと言われても、他人には絶対に不可能だ。
「……私は彼に確かに希望を与えた。私ならば二度と目を覚ますことはないと言われた彼女を助けることが絶対にできる、と。が、今思えばそれは、砕けた硝子を無理矢理繋ぎ直したに過ぎないのかもしれない」
壊れたものは、二度と直すことはできない。例え上手く直せたのだとしても、欠けたピースは必ずいずれ亀裂となって再び……
「これが君達に戻れと言った最大の理由だ、彼女を助けようと擦りきれるように動いてきた一夏君だ、もし君が……平行世界の鈴君が側に長く居れば、1度砕けた心が再び壊れる」
だからと、まるで頭を下げる親のような雰囲気の、そして実際に頭を下げるスカリエッティに、私達は何も言うことが出来なかった。
オマケ
地球 織斑家にて
「む?マドカ、なんだこれは?」
「ん?」
『てがみ』
「私の筆跡だ……けどおかしいな、こんなの私書いてないよ?」
「ではこれはいったい……」
同じ頃、ミッドにて
「あ、あれ?」
「む?どうしたマドカ」
「う、ううん、なんでもないデスよ(平行世界ついでに処分しようとしたんだけど……ま、いっか)」
なお後日、平行世界の自分と出会って黒歴史公開されることになることとなったのは……また別の話。
次は少し時間が掛かります……すまない、投稿のペースが不定期なのと、オイフェの為に石を貯めていて済まない……